2026-01-21 1:15:19

【再】#550. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&菊地翔太&堀田隆一

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #素朴な疑問 #千本ノック
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サマリー

「千本ノック」の第3弾では、矢冨弘、菊地翔太、堀田隆一の3人が参加し、生放送形式で英語に関する様々な素朴な疑問に答えています。英語の語源や不規則な文法についての議論が展開され、視聴者からの生質問も取り入れられています。彼らは英語と日本語の言語的な違いや、特に数え方や一人称の呼び方に焦点を当てて話しています。また、文化的な背景が言語表現に与える影響についても考察しています。 このエピソードでは、助動詞「do」の役割やその歴史的背景を探求し、英語が他の言語とどのように異なるのか、「do」が疑問文や否定文でどのように機能するのかについて議論します。英語の語順や文法に関する素朴な疑問を掘り下げ、言語の性質や歴史的背景についても議論が展開されます。特に、英語における他言語からの借用や文法的な困難について詳しく考察されます。 英語の仮定法に関する疑問が多く寄せられ、「If I were」と「If I was」の使い分けについて論じられました。補充法の重要性や英語と日本語の比較についても深く考察され、リスナーの関心を引きます。このエピソードでは、英語に関する素朴な疑問に千本ノック形式で対話が展開され、リスナーからの質問にも答えています。

千本ノックの概要
英語史の面白さを伝える初めての英語史の著者の堀田隆一です。 英語史の面白さを伝え、そのを広げるべく日々配信しています。
英語の語源が身につくラジオheldio。 本日は12月2日金曜日です。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
本日は、昨日12月1日の午後1時から生放送でお届けした千本ノックの回ですね。 こちらのアーカイブということになります。
英語に関する素朴な疑問〈千本ノック〉〈矢冨弘&菊地翔太&堀田隆一〉第3弾と題しまして、昨日生放送を行いました。
平日の昼ということでしたが、生でライブで参加していただいたリスナーの皆さん、30人ぐらいいらっしゃったかと思うんですが、お立ち会いただきましてありがとうございました。
そして、生質問を投げていただいたりもしまして、盛り上がることができました。ありがとうございます。
このシリーズもですね、3回となります。私一人で千本ノックをやっていたこともあるんですけれども、複数人体制と言いますかね。
英語である矢冨弘先生、熊本学園大学、そして菊地翔太先生、専修大学にもお付き合いいただきまして、3人プラス司会の正にゃんということでお届けしました。
事前にリスナーの皆さんからお寄せいただいていた英語に関する素朴な疑問をどんどん取り上げて回答していくときにはですね、そこから新たな議論が生まれたりということにもなったわけなんですけれども、
とりわけ矢冨先生の熊本学園大学の学生さんもギャラリーとしてですね、参加していただいたので、とりわけ後半ですけれども、ライブな感じで議論することができました。
ほぼ60分ということなんですが、58分ぐらいのところでプチッと切れてしまいまして、最後のさよならというのが間に合わずに切れてしまったということがありまして、
続けてですね、チャプター3でプラス10分、今回の反省会と言いますか、振り返り会も含めましてお楽しみいただければと思います。
英語の不規則性
それではお聞きください。
さあ始まりました、KERF主催、英語に関する素朴な疑問1000本ノック第3弾になります。本日は矢冨先生、菊池先生、そしてホッタ先生、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、こんにちは、ホッタです。リスナーの皆さんの生でお聞きの方、それから大半の方は後日にアーカイブでということになるかと思いますが、このシリーズと言いますかね、1000本ノックの第3弾ということで、
今、会の挨拶を司会のマサニャンからいただきましたが、事前に寄せられてきました、リスナーの皆さんからお寄せいただいた質問がですね、前回第2回だけでは全く消化できないということもありましたので、
そちらの方をですね、途中までメインでお答えしながら、そしてせっかくの生放送ということもありますし、Voicyアプリから生の投げ込み質問もお待ちしております。後半ですね、なるべく多くお答えしていきたいというふうに思っております。矢冨先生、今日もご参加ありがとうございます。
ありがとうございます。熊本学園大学の矢冨博士と申します。私の専門は英語史で、特に16世紀、17世紀イギリスの社会言語学、歴史社会言語学をやっております。ホームページとYouTubeで動画を出したりもしておりますので、そちらの方もぜひよろしくお願いします。本日はよろしくお願いします。
矢冨先生は3回目ということで、もうだいぶ慣れてきたと言いますかね。
そうですね、それなりに店舗とかにもですね。
よろしくお願いします。そして今日はですね、前回2回では飛び入り参加という形でご参加いただいたんですけれども、専修大学の菊地翔太先生にも、今日は名前を連ねてというか、正式にということで、簡単に自己紹介をお願いします。
専修大学文学部の菊地翔太と申します。私の専門は英語の歴史で、広く英語の多様性や変化という問題に関心があります。
特に矢冨さんと同じで、初期近代英語、今から400年前の英語に関心がありまして、シェイクスピアの劇作品における文法事項、特に関係代名詞について関心があって研究を行っています。
私もホームページを持っていまして、主に専修大学の学生、英語史の基礎知識がないように、初学者向けのコンテンツを動画や役立つ動画であったり、辞書であったりとかを紹介するようなホームページなんですが、もしよろしければご参照いただけたらと幸いです。
追った方のホームページのURL等は後ほどになりますが、アーカイブでお聞きの方はすでに見られると思います。チャプターに貼り付けておきますので、そちらからお問い合わせいただければと思います。
はい、それでは1時間という時間でですね、この間もあっという間に過ぎていったので、どれくらい数をこなせるかというか、質問含めてですけれども、こなせるかわかりませんが、では早速参りましょうかね、まさにゃんお願いします。
それではまず初めの質問です。
GOODの比較級最上級が、GOODER、GOODESTではなく、BETTER、BESTなのはなぜですか?
不規則問題ですね。これはいかがでしょうかね。
補充法というやつですね。
そうですね。専門用語では補充法といいますかね。補充するっていうか。
はい、これは私じゃ答えてもらいます。
はい、お願いします。
GOODとBETTER、BESTで全然系統が違うというか、パッと見から発音から全然形が変わるっていうのは多くの人がおそらく気づくことで、これは実は元々の単語が違うんですね。
この言及と比較級最上級で違う単語が元になっていて、それがたまたまというか、この歴史的な流れで違う単語が言及と比較級と最上級という形で今はパラダイムとして成り立っているんですが、もともとは違う単語の言及と比較級最上級だった。
同じようなことは、例えばGOとWENTという動詞にもですね、現れていて、もともとはこのWENTというのはWENDという原型の動詞があったんですが、その過去形だけなぜか生き残ってしまって、一方でGOの過去形というのは使われなくなっている形になっているかなと思います。
この不規則というかイレギュラーっていろいろありますけれども、イレギュラーの中のイレギュラーっていうかね、イレギュラーの王様みたいなのがこの補充法というふうにね、たぶん捉えられるんじゃないかと。
あと、移動詞ですよね。
そうですね。めちゃくちゃですもんね。
そうですね。
あと和形ですね。
4つぐらいの異なる語源が集まってきて、余生集め状態になってるんですよね、語源的には。
そういうのがね。
なので、1つの語源の単語だけじゃ詰めが埋まらないので、他のところから持ってきて埋めた形っていう、そんな意味合いで補充法っていうね、補充するみたいないうことですけど。
確かにね。昔ベットっていうのがあったんですよ、GOODの意味の。
逆にその言及って言うんですか、言及のベットはなくなって、GOODが使われてるってね。こんな変なことはなかなかないぞっていうのがね。
GOODの反対の意味のBADもそうですよね。補充法で。
そうですよね。BADとWORSTですもんね。
なんかね、やたらと頻度が高い単語に多いんですよね。今挙げたもん全部高いじゃないですか。
そうですね。特にB動詞なんかはそうですね。
そうですよね、B動詞ね。ここがまたね、頻度低いのでそれやっても誰も覚え使わないし。
頻度との問題って兼ね合いって絶対あるなと思ってるんですけどもね。
誰かやり始めても次の世代には受け継がれないですよね。
これ不思議の多いね、本当に現象ですけどね。
では次の質問です。なぜ助動詞MUSTには過去形がないのですか。
助動詞ですね。WILLにはWOODっていうのがあったりとか、MAYにはMIGHTとか、そういうことですよね、たぶんね。
そうですね。
これは…
これは小田先生が一番、ジーニアスの第六版。
やってましたね。
英語詞9つくらい。
宣伝ありがとうございます。あそこに載ってましたかね。
じゃあ書いたんですね。
持ってくればよかった。それ読み上げれば済んだんですけど。
あれはですね、MUSTには確かにないわけなんですけど、
これはですね、実はMUST自体がもう過去形だったっていうオチなんですよね。
このMUSTのTが、やはりEDとかと同じ系統なので、まさに過去形なんですよね。
現在形は何だったかというと、もうたんというのがありまして、ただこれがなくなっちゃってるんです、今。
なので、本来過去形だったものが、今現在形で使われちゃっているということで、
さらに過去形を作れないので、MUSTは元通りの過去形の役目も果たしましょうかということで感じになって、
過去形のどん詰まりに集まってきちゃったっていう感じですかね。
他はWILL、WOODとかMAY、MIGHTはまだ、これもいろいろと過去はあるわけなんですけれども、
過去っていうか一冊の過去ですけどね、経緯はあるんですけれども、
MUSTはその点でも一番浮いてしまっているタイプかなっていう気がしますよね。
なので、HAVE TOですか。
HAVE TOが大体MUSTとよく言い換えられるので、
そっちの過去形を用いて明示的に過去であることを示したりとか、
他の方法を使うっていうことで、何とか回避しているっていうのが今の英語なんじゃないかなということですね。
そんな感じですか。補足等、何かありますかね。
そういう意味では、英語って、言語ってかなり体系的にできているように見られがちですけれども、
何とかしているというか、何とかなっているから、それからMUSTの過去形が生まれなかったりだとかっていうことにも関係するのかな。
そういうことですよね。何とかなっちゃうし、何とかしてるので、
これぐらいのほころびっていうのは許すかっていうか、寛容なところも一方でありますよね。
教えるときにいつも思うんですけど、やっぱり実はそんなに体系だってないなっていうところは気づきますね。
本当はね、なってないですよね。
言語学とかも、やっぱり体系だったところを持ってきて示すっていうのがある意味仕事なので、
綺麗なところだけは示して教科書で出してくるんですけど、本当はあれですよね。
ちょっとそれるともう大変なことになっていってカオスになってるっていうね。
今思いついたんですけども、最初の質問と関連してなんですが、
うまいことMUSTが過去を表せないっていうことをHALF2が過去形で使われて表すことができてるので、
補充法ではないですけど、他のメンバーがサポートして何とか機能不全っていうものを解消しようっていう、
そういった動きが全体的にあるのかなって、改めて今考えさせられました。
英語と日本語の正確性
今MUSTさんに質問いただきました。
Voicyのアプリから質問いただきました。
ルクセンブルコさん、ありがとうございます。
質問です。
主格iに対して続格対格がmymeになるのは何となく対応が取れていないように思われますが、
これも補充法でしょうか。もしくは全く別の理由なのでしょうか。
とりあえず質問です。
確かにi、mymeだけ取っても普通じゃないですよね。
これは予測通りで投げていただきました、ルクセンブルコさん。
予測通りで主格のiとmで始まる系列ですよね。
あれは異なる語源ということなので、ものすごい身近なところに実はありましたね。
一番身近なところに、i、myme、そうですよね。
まさに補充法っていうことだと思いますよね。
m系というのと、いわゆるiにつながる、他の言語でもだいたい違ったりすることが多いと思うんですけれども、
ここがずれてるんですよね。まさに補充法なんだろうということですね。
ありがとうございます。タイムリーな質問ということで読ませていただきました。
先ほどもありましたように、言語というのはそれほど体系だったものでは必ずしもないかもしれないという話もありましたけれども、
関連する質問です。質問を読み上げます。
なぜ英語は日本語よりも正確性を求める言語なのですか。
なるほど。
正確性というのが少し難しいポイントではありますよね。
そうですね。
言語の癖みたいなものがあって、例えば英語だと、
四語を絶対に明示するであるとか、三人称のsを絶対に基本的にはつけるといったところとか、
そういうところでは規則だっているとは言えると思うんですけど、
どこにフォーカスするかっていうことだと思うので、
例えばいつも授業で話すのはですね、複数形の話なんですけれども、
英語だと単数複数も絶対に分けると。
これはある意味ではすごく規則だっているというか、
ルールに縛られているんですけれども、
日本語ってそこは曖昧なんですけれども、
日本語の数え方の特徴
ものを数えるときに、例えば何本とか何匹とか何羽とか何個っていう風に数えますよね。
あそこはものすごく日本語がこだわっているところだと思って、
言語によってこういう癖があるっていうのは、
それがなぜかって言われると少しちょっと急ステージなんですけれども、
どこにフォーカスするかによってなぜ規則だっているかとか、
なぜ種類が多いかとか。
これが結構答えにも関わってくるんじゃないかなと思います。
あと一人称の呼び方ですね、日本語。
かなりバリエーションがありますし。
そうですね。正確さというのは今、
ヤドミン先生は文法であるとか、いわゆるカテゴリーと呼ばれるような現象なんですけれども、
癖。私はカテゴリーというよりはフェチとも言っちゃってることも多いんですけど、
フェチ。
算数複数を区別するフェチっていうのが英語で、
日本語は今の文脈ですと、
ものを数えるときに何本とか何匹とか、
あそこに妙なこだわりを見せる一種の助数詞フェチだと思うんですよね。
それそれぞれあって、
今回の正確さってもう一つ、
おそらく質問された方の念頭にあるのって、
いろんな種類の正確さなのかなと思うんですが、
例えば論理性みたいな。
それだと多分ですね、
言葉の作り、文法みたいな話だけではなく文体とか、
英語は論理的な文章を書く、
日本語ではちょっとゆるい感じの感想文的なっていうかね、
そういったものは確かに広い意味では言葉の話題で、
スタイルとか文体っていう話ですかね。
ここは言葉の作りそのものとどう文体っていうのは関わりがあるのかっていうのは、
なかなか面白い話題なんですけれどもね。
英語の正確さっていったときに、きっと多くの方は、
そのあたりの論理性とかね、
それと先ほどの文法の主語が必要とかいうことは、
どこかで絶対つながってくると思うんですけれども、
正確さが難しいですね。
ここのどう捉えるかによって、
ある視点では日本語も十分同じくらい正確という、
それを使いこなせているかどうかっていう、
どっちかというとスキルとかいう問題っていうかね。
だから答え方も難しいですね。
日本人からの見え方とまた、
例えばフランス人から見た英語日本語の正確さっていうのは、
全然異なってくると思うし、
どこから見るかによって捉え方が異なるから、
この質問、そもそも前提はなぜ英語は日本語より正確なんですか
っていう質問だと思うんですけども、
その前提自体がまずどうなのかっていうことを
考える必要が出てくるのかなと思いました。
一般的なイメージとしての英語っていうのはきちっとしてるっていうかね、
日本語は緩いからっていうような、きっと前提なのかなと思うんですが、
言語と文化の関係
そこも言語学的にはどうかわからないんですよねっていう話ですね。
いろいろ難しいですね、前提が。
では次の質問です。
なぜ英語圏にはブラザーやシスターのように年上か年下かを
あまり問題視しないのでしょうか。
日本やアジア圏においては、
上か下かというのはとても重要な情報であるように感じます。
先ほどの質問とも関係するっていうか、
癖とかカテゴリーっていう話がありましたけれども、
宿美先生からこれについていかがでしょうかね。
これはキーワードはサピアオーフの仮説ですかね。
その言語、人間の思想と言語の現れ方というのが関係してるっていう
そういった仮説があると思うんですけども、
なぜ兄弟関係を表すのに日本語では年上年下を区別するのに
英語では一語で区別しないのかっていう話ですが、
そもそもは日本の文化、英語圏の文化で考え方が異なるからですよね。
年長、年少ということを重視するっていうのが
日本社会だと思うんですけども、
それがなぜ形成されたかっていうことはちょっと私にはわからない問題で、
それが兄や弟っていう単語に表出してるっていうふうに
捉えるのではないかと思うんですけども、
そもそもなぜ年長者を敬うという
そういった考え方が根強いのかっていうのはちょっと私は今。
あれですよね、確かに。
一言でよく言われる受競道徳であるっていうようなことで片付ければ、
きれいにはいくんですけどね。
アジアの受競道徳というものが先にあって、
名前としてもしっかり分けておくかみたいな。
一方で、例えば英語話者は兄弟いますって言ったときに、
I have three brothersとかいう言い方をするわけなんですが、
当然ですね、誰が上か下かっていうこと自体はよくわかっていて、
それを言語化して一語で表現するか否かっていうポイントで、
elder brotherとかyounger brotherっていう言い方があって、
必要とあらばそれを使うということですよね。
なので、一語で示すのか二語以上で分析的に示すのかっていうところは、
確かにある、さっきの言い方でいうと、
クセとかフェチっていうことで文化ごとのあると思うんですけれども、
それがどれくらいクリティカルな違いか、一語と二語っていうのは、
ある程度効いてるっていうか重要な違いなんですけれども、
どちらかというと、一語でいうか二語以上でいうかの違いっていうのは、
そんなに別に大きい違いでもないのかなっていう、
常に明示的に表現するかどうかっていう、
文法として埋め込まれているかみたいな問題で考えていて、
どちらかっていうと、このような問題は文化の差として、
フォーカスが当たりやすいですけど、
私はどちらかというと少し過小評価してというか、
英語の表現の特異性
考える傾向はあるかなという、自分ではですね。
大した違いじゃなくてっていう感じですね。
どうですかね、これは。
いわゆるサピアウォークの仮説って、
さっきからみんなが議論しても、
誰も答えがわからないっていう問題で、
入り込んでる感じがしますけどもね。
何かありますかね、ヤドミ先生。
ヤドミ先生おっしゃっていたように、
いつも明示的にそれを区別するかどうかが重要っていうポイントがありますよね。
ということは、日本では兄か弟か、
もちろん兄弟って言った場合にはぼやけるんですけど、
兄か弟かっていうことが、
やはり英語で言うよりかは多いのかなということで、
単純に英語で言ったら、
オールだ、エルだ、もしくはヤンガーをつけない場合の方が、
おそらくですけど比較的多いのかなということで、
そこも含めると、やはり何らかのことは言えそうかなという、
より重視している、していないっていうことが、
やはりかなとは思いますね。
では次の質問です。
日本語で言う、よろしくお願いしますと全く同じ意味の英単語、
英語表現はないのですか。
これはですね、ないですね。
日本語で言う、よろしくお願いしますと全く同じ意味の英単語、
ないですよね。
まず、よろしくお願いしますがものすごく多義的じゃないですか。
そうですね。
言いたいんですけど出てこないんですよね、英語で喋ってると。
すごい言いたい文脈とか思うんですけど、
ピタッとくるのはないっていうことですよね。
お疲れ様でしたもん、みたいな。
そうですよね。どうもってやつもそうですよね。
言わないっていうケースもありますし、
これ私とYouTubeをやってる同僚の井上一平先生はですね、
この辺りある意味ご専門で、
日本語の例えばよろしくお願いしますって言ってるところのアニメのね、
アニメのワンシーンを英語化された字幕ではどういう風に訳してるかを見ると、
ピタッとこないので、
その場面に一番適切そうな英語で、
意味はほとんど被ってないというか、
重なってないっていう。
無言の時すらあると。
こういう時は英語では別に何も言わないんで、
アニメのキャラクターの口は動いてるのに訳さないでおくと。
いろいろご苦労があるようなんですが、
その場に応じるっていう感じですよね。
僕なんか思いつかないことが多いので、
結局黙ってニヤニヤしてるっていう。
なりがちです。
では次の質問です。
なぜONEという綴りでワンと読むのですか?
これもね、
最高のイレギュラーに近いと思うんですけどね。
他にありますかね。
Oで始まってるのに和行、音みたいな。
ワンの関連語はね、ワンスとかはワンから来てるんで、
あるとしてそれ以外ってあるかな?
ない気がするんですけど、
あったら寄せていただければと思うんですけど、
めちゃくちゃ変な単語なんですよね。
これは、
いかがでしょうかね。
じゃあ私の分かる範囲で、
ホッタ先生にも書かれていると思いますし、
テキストにも載っていたと思いますので、
ご専門だと思うんですけど、
じゃあ私の分かる範囲でお答えですと、
初期近代くらいまでは、
ワンではなくONEみたいな発音だったと思うんですね。
具体的にいつまでかっていうのがあれですけれども、
もともとはONE、
例えば和の綴りだったらONEで発音していたものが、
ちょっとこのOっていうところがですね、
口を丸める動きが少し入っていて、
そこが強くなってきた。
ところからOからWというふうにですね、
Wの音がちょっと丸まった音が入ってきて、
それがWみたいな形になったと、
この語音ですね、真ん中のWのところが、
今のワンの音に次第に変わっていて、
結局その頭も真ん中も音が変わってしまって、
最初とは似ても似つかない発音になってしまったっていうふうに、
私は記憶しています。
そうですね、残ってるのNの音だけっていうね、結局。
そうですね。
そういうことになりますよね。
このOの部分が丸まってWみたいな発音になった、
方言があったっていうことなんですけどね。
イングランド西部あたりで、
ですから方言のかなり生った発音だったものが、
それがどういうわけか標準語の中に取り込まれて、
それが標準的な言い方になってしまった。
一方、つづり字の方は、
普通に生まれてない、普通のO音だった時代の、
に対応するつづりのままなので、
この辺のチグハグですかね。
スペリングは割と正常に発達してきたものを取ったんだけれども、
発音はイングランド西部に生まれのきつい、
このW音まで入ってしまうものが、
発音にはまってしまったっていうね。
これもだから広い意味で、
この種のチグハグっていうのも、
ある種補充法ですよね。
他から持ってきた。
語源はもちろんワンダーが一緒なんですけど、
ます目でここには絶対これが入るはずでしょっていう予想を裏切って、
全然違うところからポンと入り込むっていうのは、
ある意味アナロジーで言うと、
補充法に近いものってありますよね。
それで言うとですね、
発音と綴りっていうのはそういう一致しないもの、
オンパレードというか。
本当ですよね。一番入ってあるもので。
だから一致しないのは補充法なのであるみたいな言い方、
あり得るかなと思ってるんですけどね。
ちょっとね、面白い抽象化ですね、これはね。
では次の質問です。
関連する質問です。
ワンス、トゥアイスなのに、
スリータイムス、フォータイムスとなるのはなぜですか?
トライスがありましたよね、昔は。
トライスというのはね、
3にCEですかね、トライスっていうのは。
マクベスの頭で魔女が3人集まって、
みんなで一堂みたいなところでトライスっていう風に
今思い出したんですけれども。
そうですね、近代はまだね、
使っていることもあったんじゃないかと思うんですけども、
今は相当古風で、
事実上、日常的には使わないでスリータイムス
って言いますかね。
頻度と補充法の関係
この辺りはどうですかね。
やっぱり頻度が1度、2度っていうのはめちゃくちゃ高いので、
3度だって結構使いますけどね。
頻度が高いと予想できない形と言いますか、
いわゆるレギュラーだったら
1タイムとか2タイムスっていう言い方で、
もちろんこれ言って通じることは通じると思うんですよ、
意味としては。
1タイムパスワードなんていうのはありますが、
これなんかもね、
分かると言えば分かるし、
2タイムスって。
1タイムもありますね。
2タイムスも言えば分かるだろうし、
分かりやすいしっていうことなんですけど、
頻度が高いと少しでも短くするっていうか、
一音ずつ進むんですね、
ワンス・トワイスっていうのは。
3度だって多いんでしょうけどね、
その意味で言っても。
その辺は頻度との問題っていうのが
いつも頭に浮かぶんですけどもね。
ただ一種のこれもやはり補充法ですよね。
語源はワン・ワンスときれいに揃ってるんですけど、
また別の意味でね、
今日のテーマはほとんど補充法みたいな。
マストの話だったよね、さっきの。
日本語から見る英語詞みたいな。
絶対できますよね。
要するにカオスの部分を拾っていけば、
だいたい補充法にはめられるんじゃないかみたいな。
今日はそんな気づきが一流れで出てきたなっていう。
面白いですよね。
頻度が高いものでも、
頻度が高いものほどやっぱり古いものでも生き残るっていうのが
大体言われることなので。
ワンス、ツワイスは割と使われるので、
スライスは生き残れるほどは
頻繁に使われなかったっていうことですね。
そうなんですかね。
関連してファースト、セカンドもそうですかね。
そうですね。
1、2まではちょっと特別な形で補充法ですよね。
3と関係はあるという意味では、
あれも変ですけどね。
ちょっとずつ変さが取れてて、
4以降はちゃんとレギュラーみたいな。
うまくできてるじゃないですかね。
うまくできてる。
これはありますね。
スライスで思い出したんですけども、
世界英語のコーパスを使ったら、
この単語をまだ使ってるという
変種があったような記憶があります。
そうですか。ありそうですよね。
インド英語とか、割と古風なの残しますからね。
さらに思い出しちゃった。
2分の1、3分の1もやっぱり
half、thirdって言いますけど、
4分の1から、クォーターと言えばOKですけど、
a fourthと言ったりもするので、クォーターに変えて。
5分の1からはさすがに
特別な英語があんまり使わないんじゃないかっていうところで、
この辺りは、1、2、3、どこまで頑張るかみたいな
いうところのネタでは共通してるのかなっていう。
面白いですね。
あまり頑張りたくない英語編集では、
1でイレギュラーは終わって、2からは規則的みたいな。
それすごくいいですよね。
すごく楽ですね。
では次の質問です。
教学のタイトルや歌詞などで、
し、どんと、などが出てくるのですが、
文法をあまり気にしないネイティブなどは
気にならないのでしょうかという質問です。
これいかがですかね。
これは近代的な話なのかもしれないですけども。
いいですか。
さっき授業でハリーポッターをやってたんですよ。
今日たまたま映画の最後のシーンを見るっていう場面があって、
ハグリクットがちょうど、
ダズンとの代わりにどんとって言ってたんですね。
それがちょうどさっき気になったところで、
現れるんですよね。
例えばイギリスでも他の世界の、
菊池先生詳しいと思いますけれども、
他の地域でもしどんととか、
わりと見られる。
もちろん一般的ではないですけれども、
方言の特徴とかで、
わりと使われるものだと思うんですね。
かといって違和感がないっていうことではないんじゃないかなって思います。
私もネイティブスピーカーではないので、
どれほどの違和感かっていうのは、
この説明、具体的に説明するっていうのはなかなか難しいんですけれども、
見られるのは見られるので、
そこまで珍しいものが、
信じられないようなものではないと思うんですけれども、
やっぱり気づくんじゃないかなっていうふうに思います。
教養があって、教育を受けて、
標準的な英語を身につけた人からしたら、
もしかしたら一種のスティグマがある、
特定の社会的集団であったりとか、
地域と結びつけて、
もしかしたら見下すような立場の人がいてもおかしくないかなとは思いますけれども、
世界的に見れば、こういった文法も立派に存在してますし、
特に私たちが軽蔑するような文法ではないかなと思います。
私、この三人称でドンと使うという現象は、
中学生の時にすごく意識するような機会がありまして、
私、バスケットボールが好きで、
方言と文法の柔軟性
NBA、アメリカのプロバスケリーグの試合をよく見るんですが、
ある選手がファウルをしていないのに、
ファウル判定になった時に、
相手がフリースローを打つことになるんですけど、
その時にフリースローを外すと、
ボールは嘘をつかない。
なるほど。
ボールは嘘をつかない。
その時に、なぜダズントじゃないんだろう?って。
それじゃあフレーズっぽくない?
今でも使われてます。
なるほどね。
いいですね。
そこで強く、英語って多様なんだなってことを意識したってことが経験としてありました。
学習だと標準英語しか勉強しないですからね。
それ以外では、確かに歌詞なんかをね。
さっきの歌詞の例ってシードンケアつけ。
シードンとまでしか書かれてない。
シードンとなんとか。
シードンケア。
デイズナイトですね。
すぐ思い浮かんだのがね、
Beatlesですけど。
ありますよね。
だからドンとだけじゃなくて、
要するにその方言では、
使い手は、
普通に例えば、
She sings a song みたいに、
三単元のSを基本的につけないっていう方言なんだろうと思うんですよね。
ルーダズの場合にはそういう表れですし、
シードンっていう表れなんですけども、
いわゆる三単元のSをつけないっていう言語編集っていうかね、
方言であるっていう可能性が高いと思うんですね。
かなり非標準ではザラにあるっていうことなんだと思うんですけどね。
逆もあるんですよね。
一人称、二人称に三単元のSがつくというか、
私たちにとって三単元のSに見えるSがつく。
I like Sとか。
そうですね。
何でもつくっていう方言もあれば、
何でもつかないっていう。
主語は何でやりSつかないっていうのもあって、
どっちかにしてくれよって感じで、
一番中途半端なのが実は標準英語かもしれない。
何で三単元のとこだけ選んで、
あそこにSをやんなきゃいけないのかって、
絶対分かんないですよ。
これ絶対理屈では説明できないんですよ。
全人称にSをつけるの一種の補充法ですか?
全人称。
これつけるなら全部につけないほうがいいよ。
ないほうが絶対楽だと思うんですけどね。
次の質問です。
助動詞「do」の歴史
英語には疑問文や否定文につく助動詞と言っていいものか、
いささか疑問ですが、助動詞のdoがありますが、
ドイツ語やフランス語、ラテン語などにはないと聞きます。
なぜ英語にだけあるのですか。
しかも近代になってこのようなものが生まれてきたというのは
面白いと思います。
統合的な要請や歴史、社会的背景など
いろいろな要因があるかと存じますが、
この文法事項について教えていただけますと幸いです。
前回の推し単語ですけど、
推し単語でdoが出たんですよ。
平泉先生の口から。
青春のすべてをdoに捧げて。
これを端的にお願いします。
これに話し始めたら2時間くらい。
手短にまとめさせていただきますと、
英語はインドヨーロッパ語族という
広いラングレッジの家族に属していて、
それに他のヨーロッパの多くの言語が入っているわけですね。
ラテン語でもドイツ語でもフランス語でも入っているんですが、
こういう言葉ではこのdoに当たるものが存在しません。
例えば近い言語ですね。
言葉は家族みたいになっているので、
近い親戚の言語、例えばドイツ語、
英語から見るとドイツ語とかオランダ語とか、
一方で遠い言語、同じ起源もあるんだけれども、
例えばイラン語とかインドの言葉とかっていうのはかなり遠い。
皆さん想像できると思うんですが、
この近い言葉だと同じようなものはあるんですが、
例えばオランダ語にはドエンという表現があって、
これがdoのように使われることがあります。
ただルール化は全くしておりません。
あとはドイツ語の方言にはキュンというのがあって、
これがまたdoと同じように使われることがある、
一部地域とか場合によっては。
ただ英語みたいには全然一般化はしていないんですね。
私は大学生の頃になぜだと、
ドイツ語とフランス語を学んだ後に
このdoがなぜなんだということで、
どんどん調べていったんですが、
大訳を言いますと、
doというのはもともとは普通の動詞で、
さらに地域動詞として使われておりました。
例えば、王が城を作ったっていう時がありますよね。
これって王が城を作らせたっていうのと、
王が城を作ったっていうのってほぼ同義になりますよね。
もちろん王が城を作ったって言っても、
王が自分で一ら一ら石を運んで積み上げていったわけではなくて、
進化に命令して作らせたわけです。
この地域動詞の意味を持っていたdoっていうのは、
例えば、
The king made his servants build the castle.
このdidを代わりに使ったとして、
このservantがある場合とない場合、両方可能なわけですよね。
誰にさせたかっていうのが入ってます。
自名だから省略もあり得るっていうことですね。
そうですね。省略があり得るというところから、
このdoっていうのを普通の場面でも使っても、
使わなくてもいいよって空のdoっていうものが
一時期存在してたんですね。
これが英語が体系的に変化するときに、
SVO固順っていうものが今確立してると思うんですけど、
それを確立するのに、
実は疑問文と規定文で都合が良かったんですね。
っていうのは、今では
疑問文でも綺麗に最初にdoが付いてるので、
白SVOってなりますよね。
一方で元々は、
doが使わずに主語と動詞を入れ替えるだけだったので、
so you the star、今でもドイツ語ではこのスタイルなんですけど、
これだと英語のSVO固順を守るっていうのに従わなかったわけなんですね。
なので、それが一つの大きな要因になって、
このdoを使うほうが英語としては役に立つ、都合が良い。
これが一つの大きな理由だったと思います。
なるほど。
いわゆる統合的な説明と言いますか、
ネシエキの意味的な説明っていうようなところで。
いろいろな理由があるんですけど、
一つはこのSVOを守るっていうのが大きな要因だったんじゃないかなと。
そしてドイツ語とかにはそこまではSVOの規則がそこまではありませんで、
違うのはそこかなと。
そうですね。
あと一方ですね、
be動詞はまだAre you a student?じゃないですか。
ひっくり返っちゃってるんで、
これ守るためには、
英語の語順と遊び
Do you be a student?とかになってくれると、
もうbe動詞覚えなくていいっていう活用。
beですべて済む。
I don't be a teacherとかね。
それだと一貫してますね。
一貫しないのが言葉っていうのがね、
今日のテーマでもありっていう。
では次の質問です。
英語は語順が厳格に定められているのに、
一方で当地のような表現が可能なのはなぜですか。
今話してたことですよね。
はい。
どうしましょうかね。
ちょうど最近そうですよ。
ホッタ先生よくヘルディオでお話ししてます。
話してますね。
そうだ、語順の話してますよ。
タイムラインの話題ですね。
どうなんですかね。
語順を固定するということはどういうことかというと、
何が何でも100%SVOというよりは、
例えば90%固めると十分に固定に近いという
取り方をしますよね。
この10%で実は遊ぶんじゃないかっていうのが
私の全く根拠のない話なんですけど、
100にしちゃうと、
その遊び部分が10%を他の有効利用できるんですよ。
SVOは90あればもう確立したと言えるので、
事実上、そこの安心感の上にちょっと遊んでみる
というか、遊ぶというか他の用途に利用してみる
みたいなことが可能になったりするのかなと
考えたりするんですよ。
すごい大きい話ですけど、仮説ですけど。
直接の答えというよりは、
その根っこにあるような言葉の性質みたいなことを
ちょっと念頭に話してみたんですが、いかがですかね。
言葉に絶対はないと言ったら簡単なんですけど、
言葉に絶対はないですし、
語順が確立しているっていうことは逆に考えると、
それを崩したときにはより効果がある。
効果があるっていうのは、つまり協調的な意味合いが出てきたりだとか、
普通とは違うぞっていうのを示せるわけですよね。
なのでそういう意味で、
確立していればしているほど違ったときに、
ある意味有効に使えるということと、
あとは言葉はやっぱりどうしても全て規則ではいかないので、
そういう部分かなとは思います。
英語における他言語からの借用
そうですね。結構深い問題になってきますよ。
これ単純にはいかないっていう。
そぼくな肝と大体そうだと思うんですけどもね。
寄せていただいた。
では次の質問です。
英語は歴史の中で幾度にわたる他国の侵略により変化をしてきました。
高ノルド語だけでなく、フランス語、ラテン語という
多数の言語から英語は釈用してきましたが、
釈用の過程で優位を占める言語はどのような基準で決まりますか。
遺伝形質で優勢因子と劣勢因子が決まっていて、
培養の過程で優勢因子が残るように、
英語の釈用の過程ではどの言語が優勢として扱われるのでしょうか。
それはたくさんの、主に語彙の話だと思うんですけどね。
いろんな言語から英語が借りてきましたという事実はあって、
その中で、今共存しているわけなんですが、
例えば数の上で多いのは何かとか、
あるいは質ですか、質の点で、質って言うんですかね。
語彙の質っていうのもわからないですけど、
比較的フォーマルで使われるとか、
これも優劣という時に何を念頭に置くかっていうことですけどね。
これは話している話者の集団の社会的影響力というものが大きいんじゃないですかね。
その時々の軍事力だったり政治力だったり、
そういう人たちが話す言葉に一種の威信が付加されて、
その集団の外の人たちが、彼らの言語はかっこいいじゃないですけど、
私たちの言語にも取り入れることで言語を宣伝させようみたいな、
そういった動きが英語史の中であったと思うんですよ。
そうですよね。
例えば、コーノルド語、フランス語、ラテン語という3つぐらい挙げていただいたと思うんですけれども、
この3つで考えると、同じ時代にこの3つがガッと入ってきて、
喧嘩したとかいうことはないんですよね。
それぞれ時代がずれて、部分的に重なりますけど、
同じ時代に入ってきて、いろいろ喧嘩してるっていうことであれば、
優劣ってのもあれですけど、面白いのかもしれませんが、
最初に、例えばコーノルド語がガツンと入ってきて、
ある程度英語の中に、語彙の中に定着した。
それでもう規制の事実というか語彙の中に入って定着した状態で、
次にフランス語が来たみたいな感じで、
直接喧嘩はしてないんですよね。
という点では、どんどん積み重ねられてきたっていう、
地層のイメージでいるんですけど、
同じ時代に入ってきたらどうなってたのかなとか、
そういうのはちょっと面白い試行実験ですけどね。
いいですか。
はい、お願いします。
あとは優劣っていうことに関しては、少し外れるかもしれないんですが、
言葉が残るかどうか、採用されるかどうかっていうのは、
やはり新しい概念化、新しい物体化っていうところがあると思うんですね。
例えばフランスから人と物と概念とか、
例えば料理含め法律含め、
様々な新しいものが入ってきた時って、
英語でそれを表す言葉自体がなかったと思うんですね。
そうなると物体がない場合もありますから、
あと概念制度とかっていうのもない場合、
それはやっぱり新しいものを取り入れた時に、
一緒に言葉も採用するっていうのが大きな流れだったのかなと思うんですね。
なので一番最初に概念を持ってきた、
その物を持ってきたっていう言語が採用されやすい、
そして残りやすいっていう部分はあるのかなと思います。
なるほどね。
英語文法の難しさ
実はオーストラリアからですね、
ブーメランとかカンガルーっていうのが来ましたよね。
あれもオーストラリアのネイティブの言語に異心があるかっていうと、
必ずしもそういうわけではなくて、
その物体が完全に新しいもので、新しい概念で、
じゃあそれを紹介する時にどうするかっていうと、
変に言葉を作り出すよりも、
その原始の言葉を採用したっていうことになると思うので、
そういう側面もあるのかなと思います。
物に関しては確かにそう言えますよね。
異心とか関係なく、名前くれって感じですよね、とりあえずね。
そういうことですね。
異心とも関連してますね。
日本語でもね、
すいません、
日本語でも例えばお菓子とかあればフランス語がいっぱい使われますね。
ランゴファンとか。
医療であればカルテなんかっていうのも、
おそらくドイツからやってきたんだと思うので、
それぞれの家で優れているところはやっぱり概念を多く輸出していると思いますので、
同時に言葉も入ってくるってことかなと。
なるほど。
物に引っ付いた名前は割と強いっていうか、
そんな感じですかね。
これは非常に納得しましたね。
日本語の卵乳も大いに載ってたりするんですかね。
同じ例ですかね。
卵乳載ってる。
載ってるんですか。
載ってますよね。
通じるとは確かに聞いたことあるので、
もう載ってる。
通読とかね。
過労死も載ってます。
過労死もあるでしょうね。
海外には馴染みのない、英語圏で馴染みのない文化やその概念っていうものは、
やはり単語として入りやすいかな。
そうですね。
時間50分くらいですかね。
今日、矢野美先生の前と同じで、
Zoomで参加していただいてるんですが、
バックにギャラリーがいるという噂を聞いたんですけど、
何かありますかね。
学生さんかと思いますが、
この機会に1つでも2つでもいかがでしょうかね。
ミスティが2人来てくれているんです。
そうですか。
質問とかある?
1個くらい気になります。
すごいいきなりソワソワしてる。
もうちょっと考えていただいてもいいと思います。
その間に1問では言ってみたいと思います。
英語母語話者の国の人たちが英語を学ぶ際に、
一番苦労する文法の分野というのは何だと思いますか。
これ知りたいですよね。
僕は知りたいな。
何なんですかね。
聞いたこととかありますか。
つづり?
つづり。
質問は文法事項みたいな感じですね。
つづりも広く言うんであれば、
私もつづりで言おうかなと思います。
もしくは苦労すること。
つづりもありということで言うと、
菊池さんと私は一致した感じですかね。
つづりは絶対来るだろうな。
英語子の授業で話を伺ったことがあるんですけど、
should have 格文詞をネイティブはハブの代わりに
should of 格文詞と書くネイティブがいると。
以前ツイッターとかで話題にもなってまして、
小学生なりのネイティブは作文で
実際に書いているネイティブもいたみたいな感じの
ツイッターも見たことがあるんですけども、
これが文法事項で言うと思いつきましたね。
英語、日本語ではザンとゼンって区別する。
あれが好きかっていうのを使う。
福祉のゼンですか。
あれの区別がつかない。
要するに全部つづり発音の話になるんですかね。
帰ってきついと思うんですよ、ネイティブって。
要するに発音先に覚えてしまうので、
その後でつづり字を対応させるっていう順番じゃないですか。
そうすると、なんで同じ発音なのに
違う書き方しなきゃいけないんだよとか、
なんで福祉の時はtenで書いて、
接続詞ですか、ヒカキューナのザンの時は、
あれもだから弱い発音だとゼン、ゼン、ゼンっていう風になるので、
この同じ発音なのに、
文法的な使い方に従って使い分けるんだよっていうのは
多分消せないんじゃないかと思うんですよね。
発音から入ってるから。
我々は文法から入ってるから、
文法機能は違うんだよってことで、
それで違うんですね、スペリングもということで、
納得しやすいんですけど、
ネイティブの方がきついことってある気がしますよね。
いつなんかも悩ませるみたいですよね、
アポロトーキーをつける、つけない、
私たちからしたら簡単なことなんですけど。
間違えないじゃんって。
間違えないですけどね。
ということをね、不思議ですよね。
文法って言うと知りたいですよね。
なんかありますか、あの学生さんの後ろのギャラリー。
学生に聞いてみたんですけど、
口を揃えて家庭法と言っております。
家庭法について語れっていうことですかね。
いや、そういうことじゃなくて、
先ほどの難しい文法ですよね。
すみません、難しい文法ですよね。
先ほどの話題なんですけど、
実際に何が難しいと思いますかって聞いたら、
家庭法っていうことで。
日本人ですかね、日本語語合わせの学習者として。
そうですね、自分にとっては日本人特に家庭法難しい。
難しいですよね。
一つはそう言えるのかな。
これ今度聞いてみましょう、ネイティブの方にね。
すみません、ネイティブにとって。
家庭法もネイティブにとってもやっぱり難しいそうです。
If I wereも正しくは伝統的にはI wereですけども、
ネイティブもI wasって言いますからね。
例えば家庭法現在の概念とかって、
どれくらい理解しているのか。
なんとなくじゃなくて規則として理解しているのかって、
もし聞いたとしたら、結構どうなのかなって思ったりしますね。
ネイティブでだったとしても。
ネイティブの方は文法を勉強しないわけですからね、普通はね。
本格的には。
そういう意味ではこの難しさっていうのも、
結局規範的な文法の問題が出たときに、
何を難しいと感じるかみたいな話なのかなという気がしてきましたけどね。
ヤドミ先生側のオーディエンスの方が他に質問とかはございますでしょうか。
あっという間に残り5分程度。
出てきたみたいです。
お願いします。
仮定法の使い分け
仮定法について質問ですけど、
B動詞を仮定法過去で、
If I were っていう時と、
If I was っていう時って、
具体的な違いだったり使い分けとかってあったりするんですかね。
なるほど。
これはぜひ卒業論文かなんかでやっていただくといいんじゃないですかね。
知りたい。知りたいですよね。
使い分けがあるのであれば。
基本的には伝統的文法ではIf I wereって言うけれども、
場合によってはwasということもあるよっていうのを踏まえての質問ですね。
そうですね。
やはりこのレジスターというか、話す場面が関わってくるんだろうなとは思いますよね。
より書き言葉の方がwasを使いそうで、
話し言葉の方がwasを使いそうなのかなという予想はしますね。
いわゆる交互体だとIf I wasって出てきそうな雰囲気は確かにありますよね。
確かにその辺りのノンネイティブである我々でも何となく感じられるというところを、
例えばコーパスみたいなものを使って実証的にやると、
意外と硬い文体だけどもう出てきてるよとかあると結構面白かったりするので、
これは結構面白い問いだと思いますよね。
地域差もあるんですね。
地域差もあると思いますし。
世界英語でやるとすごい面白そうですね。
絶対面白そう。
交互の場合とかざっくり答えるのでは面白くない感じになりそうで、
むしろいろいろやると硬いところでも出てますよとかね。
1時間いかがでしたでしょうか。
先ほどの生放送の1時間で58分ぐらい取ったところでブチって切れてしまいまして、
最後のご挨拶もせずに生でお聞きのリスナーの皆さんには失礼いたしましたが、
内容コンテンツ自体はほぼ最後の質問に近かったかなということで、
今回も58分みっちり、結構いきましたかね数は。
途中は議論じっくりしたところもありましたかね。
意外と寄せられる質問で共通した質問も多いので、
かなり寄せられた質問の中でもかなりの数に自主的に答えてる感じはしますね。
かぶってるようなのもかなり多いんでね。
先ほど切れてしまったというか、今これ反省会というか事後にですね、
改めてプラス数分取りましょうということでお話ししてるんですけれども、
最後の質問で家庭法のIf、I、はとかね、この辺りの話題なんですが、
他にアイデアありますでしょうかね。
質問いただいた学生さん、何か仮説というか。
質問してくれた学生が、こうなんじゃないかっていうのがあるみたいなので、ぜひ。
お願いします。
自分なりの仮説なんですけど、
私自身学習塾で中学生、高校生に英語を教えているときに、
家庭法の解説の部分を見たときに自分なりに出てきた仮説で、
家庭法でIf、I、はとI、wasを使い分けるときに、
実現する可能性がもう本当に0%であるものには、
Iは、はでね。
ちょっとでも実現する可能性があるものには、
If、I、wasになっているんじゃないかという仮説を持っていて、
例えば、私が鳥だったらというのは、
私がこれから先、人間から鳥になる可能性としてはないので、
If、I、wasという言い方になっていて、
補充法の重要性
例えば、私がもしお金持ちならという表現だったら、
私が10年、20年、30年経った後にお金持ちになっている可能性というのは、
0%ではないので、
If、I、was、a witchという表現になっているんじゃないかという仮説を持っています。
なるほど。
家庭法って仮説の度合いの話ですから、
そこをうまく微妙な使い分けを、
わーとわーずでやっているんじゃないかということですね。
これは面白いですね。
ただ、口語だからとか文語だからというところとは別軸のね。
そうですね。
もともとはわーが伝統的な形だというふうに、
テキストとかでもなっていることが多いと思うんですけど、
例えば、最近はそんな形で発展というか、
分岐しているという可能性はなきにしもあらずなので、
調べてみるとすごく面白いと思います。
面白いと思いますね。
思いついたんですけど、
もしその仮説を証明するためには、
もしかしたら、
1個人内でのバリエーションを見ても面白いのかなと思いますね。
必ずIf、I、wasという人がいるかもしれないし、
wasという人もいるかもしれないですけど、
使い分けがもしあるのであれば、
If、I、wasとIf、I、wasを状況に応じて使い分けている作家さんとか、
あるいは和者がいるかもしれない。
その人材のバリエーションを見ると、
仮説がもしかしたら検証できるのかなって個人的に思います。
なるほどね。
いわゆる仮定法か、
wasっていうと直接法と同じ形なわけですよね。
なので仮定法対直接法みたいな捉え方っていうのも可能かと思うんですが、
そうすると例えば、
As ifなんかもね、
普通の文法では必ず仮定法を使いましょう、
仮定法過去を使いましょうって言うんですけど、
実態としては直接法、
つまりIfみたいなのが使われているっていうところもあったりするので、
こんな問題とパラレルっていうか引っ掛けたりとかすると、
面白いことが出てくるかもしれませんね。
ちょっとやってみないとあれですけどね。
なるほど。
意味の観点から差が出てくるんではないか、
みたいなことですかね。
いろいろとアイディアを出していただいたり、
質問ってそれに触発されていろいろ考えとか
ディスカッションが進むっていうことなので、
そういう趣旨で今回も専門ノックっていうことをやってるんですが、
先生方印象に残ったというか、
ほぼ60分を通じて何かありますかね、
話題とかディスカッションでもいいんですが、
印象に残ったのどの辺ですかね、今回は。
菊先生いかがでしょうか。
私個人としては補充法が自分が今まで思っていたよりも、
英語史上かなり重要なキーワードだったのではないか。
確かにね。
前半、中盤ぐらいまでずっと引っ張ってましたもんね。
補充法で今日は言ったかなというところでね。
宿見先生どうですかね。
そうですね、もうすごく手前見そうなことなんですけれども、
やはりルーの説明をもう少し美しくしたいなと思いましたね。
そんなものをしっかり、そこそこは説明したつもりではあるんですけど、
もっと分かりやすく、もっとキュッと絞ったルーの説明をですね、
用意しておかないとなというところで。
3分で説明してくださいもんね、言った時に急に振られた時に。
7分で分かるルーの歴史を考えてみますね。
これはね、絶対いいと思いますよ。
自分の研究分野だったり、あるいは広く英語史を5分で語ってくださいとか、
これ実は僕考えてるんですよ。
5分でできませんけど、それぞれ60分版、1回の授業90分版から始まって、
60分版、30分版、15分、10分、5分、
1分でやれと無茶振りされてもいけるような、例えば。
バージョンを持っとくっていう。
これは、ボイシーでも10分じゃないですか、基本ボイシーって1チャプターが。
そこで英語史を語り尽くすとか、あるいは自分の専門S複数系の話なんですけど、
これできるかみたいなのって面白いチャレンジだと思うんですけどね。
専門ノックの次は10分クッキング。
10分クッキングみたいな。
まさに今回司会、今回も務めていただきましたが、
日本語と英語の比較
いろいろ寄せられた質問を見ると、やっぱり日本語と英語を比較した質問も多いです。
今回はそういった質問にたくさん答えていただいて、そういう点でも面白かったですね。
そうですね。難しいですよね、日本語との比較って。
比較になると、思考回路がまた変わってきますよね。
日本語についての知識って、我々英語史の研究者っていうことなので、
もちろんある程度は同じ言語つながりで、知識、考え方あるにせよ。
やっぱり同じレベルでやってないので、日本語っていうのは。
比較って難しいんですよね、なかなかね。
ただこれは絶対、皆さんやっぱり関心がある。
当然っていう話題ですし、我々だってそういうところを疑問に思いながらやってきたっていうところなんですけど、
簡単に言えば知識が2倍必要だし、しかもそこを使うために頭を働かせる、
頭の脳の部位がだいぶ違うっていうところから、
はるかに難しい質問になることが多いのかなっていう、答えるのがっていう気がしますけどね。
ギャラリーの学生さんどうですか、今日の質問の中で。
なんかこれ面白かったみたいな、あるいはもっと聞きたいみたいな。
私も補充法の拡大解釈っていうことで今日やってみたんですけど、
これね、補充法の英語史いけると思うんですよね。
何でもそうじゃないっていう気になってきましたね。
一回整理して、補充法の厳しい定義の枠を一回外してみると、
かなり面白い思考実験というか、抽象化した上でもう一回具体に戻ってくると、
この話とまさかゴーウェットの話が一緒になってくると思わなかったみたいな驚きとか発見ってなんかありそうですので、
リスナーの皆さんもこの観点、補充法の典型例は今日わかったかと思うので、
これ実は似てないですか、みたいに寄せていただけるといいかなと思いますね。
すみません、もう最後になってしまいました。さよなら。
ありがとうございました。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
ほぼ60分間の1000本ノックの生放送ですね。
プラス、振り返り、反省会10分ということで楽しくお聞きいただけたんではないでしょうか。
今日は振り返りでも述べましたけれども、補充法の回でしたね。
補充法、サプリーションという用語なんですけれども、英語の不規則性というのはたくさんありますけれども、
その中でも不規則性の度合いが究極に高いというのが、この補充法と関連するさまざまな不規則な事項だと思うんですね。
これにつきましては、このヘルディオでもいろいろと話してきています。
それからヘログの方、ブログの方でも補充法というふうに検索していただけますと、たくさん話題が出てきますけれども、
ここでは、いくつか過去の放送会、補充法に関するものですが、厳選して紹介しておきたいと思います。
5点ほど、もし関心のありの方は、ぜひ今日のテーマでしたので、補充法聞いていただければと思いますが、
まずはですね、第9回、1stのstは最上級だったということですね。
そして第10回、3rdは3プラスthの変形なので、純規則的。
そして11回、なぜか2nd、2番目のは釈用語ということで、まず3つ紹介しました。
関連するものですね。9回、10回、11回です。
これが今回も生放送の中で話題になりまして、リスナーさんからいただいたきっかけとなって、この助数詞何番目のという話にも及んだんだと思いますけれども、
この辺りについて詳しく話しています。9回、10回、11回、いわば続きものということですね。
この辺り聞いていただけると面白いかと思います。
もう一つはですね、b動詞の話が出ました。
b動詞っていうのも最たる補充法の具体例ということになるんですね。
483回、b動詞の謎、1という回、こちらもお聞きいただければと思います。
なおですね、2というか第2回、b動詞についてはまだ放送していません。
これから気が向いたときにお話ししようかなと思っています。
それからですね、最後ですが、364回なんですが、go wentの話なんですね。
実はこれはですね、別のメディアですけれども、YouTubeでこの話題について厚く語ったことがありまして、
そのYouTube動画を受けて、このVoicyでさらに語ったということなので、
英語に関する疑問
まずこの364回ですね、YouTubeでのgo went、合言葉説への反応を受けまして、
と題する回、こちらを聞いていただければ、そちらからですね、YouTubeへのリンクも貼っておりますので、
364回こちらも聞いていただければと思います。
ということで、5つ過去の放送回紹介しました。
9回、10回、11回、それから483回、そして364回ということです。
こちらをお聞きいただければと思います。
このチャンネル、英語の語源が身につくラジオヘルディオでは、あなたからのご質問、ご意見、ご感想をお待ちしています。
Voicyのコメント機能を通じてお寄せください。
それでは、今日も皆さんにとって良い1日になりますように。
もったりうちがお届けしました。また明日。
01:15:19

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