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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。 英語史をお茶の間に思っとうに、英語の歴史の面白さを伝え、
裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。 本日は2月5日日曜日です。いかがお過ごしでしょうか。
一昨日が節分で、そして昨日が立春ということで、 暦の上ではこれから春が始まるということでですね、
いい感じで日も伸びてきましたし、 ますます元気にやっていきたいと思っておりますが、
本日はコメント返しです。 この1週間の間にいただいた様々なコメント、
すべてというわけにはいきませんけれども、 そのいくつかをピックアップして回答返信いたしたいと思います。
新刊と新聞掲載のお知らせ
それでは今日もどうぞよろしくお願いいたします。 本題に入る前に新著のお知らせです。
京都大学の家入洋子先生と私、堀田隆一の教授となる 文献学と英語史研究というタイトルの本が1月12日に発売されました。
開拓者より出版されています。 英語史研究のガイドブックという趣旨の本で、英語史を研究している方、そしてこれから研究してみたいなと思う方に、
過去40年ほどの研究の動向、そして今後の展望を整理して示しています。 研究のテーマを探している方であるとか、あるいはすでに研究のテーマは決まっているんだけれども、
どういう過去の研究があるのかということを調べたいと思っている方に役に立つ本なんではないかと思います。
レファレンスとしても使えますし、それほど分厚い本でもありませんので、やはり通読していただくのが一番いいかなというふうに著者としては思っております。
このボイシーヘルディオでも、つい先日なんですけれども、609回、そして611回で、教職者である家入雄先生と私、伊藤でこの本を紹介する対談をお届けしています。
609回は本書の紹介という、わりとオーソドックスな回なんですが、611回は本書の中から取り分け力を入れている部門の一つと言っていいですね、コーパス、英語史研究におけるコーパスの役割ということについて突っ込んだ議論、対談をしておりますので、そちらもお楽しみいただけるかと思います。
まだ聞いていない方は、ぜひ609回と611回の放送を聞いていただければと思います。
この英語史研究という分野に、そこで関心を持っていただけましたら、この本もきっと面白く読んでいただけると思います。ぜひ手に取っていただければと思います。
文献学と英語史研究、開拓者より1月12日より発売となっています。
このチャプターに本書を紹介する記事へリンクを貼っておきます。そちらからVoicyの609回、611回等々ですね、YouTubeでもこの本紹介しています。いろいろなリンクが貼られておりますので、そちらからご参照いただければ幸いです。
以上、新聴のお知らせでした。今日はもう一つ短めにお知らせがあります。本当はですね、昨日2月4日にお知らせすべきところだったんですけれども、私失念しておりました。
昨日2月4日の産経新聞の長官です。東京、大阪長官、両方ともなんですけれども、文字の発明と題する記事が掲載されています。こちらですね、テクノロジーと人類と題するシリーズなんですけれども、産経新聞の科学部の記者さんが書かれています。
この記事につきまして、私が先日取材を受けることになりまして、文字について私もいろいろと研究しているということがありまして、私の研究室にてインタビューを受けたということなんですね。
他に専門家の方にインタビューされた上で、全体として記者さんがまとめられたという記事なんですけれども、昨日産経新聞に掲載されました。脳の外で記憶、知識を無限に蓄積というサブタイトルがついていますが、テクノロジーと人類、第20回ということで文字の発明と題する記事が掲載されています。
こちらウェブ上に公開されるのはもう少し後のようなんですけれども、私も早速ですね、昨日の産経新聞で読ませていただきました。文字がどれだけ人類にとって大きな発明だったかということを私もですね、2時間ぐらいでしたかね、とくとくと研究室でインタビューを受けながら語ったということなんですけれども、その一部ですけれどもね、
この記事の中にも反映されています。よろしければリスナーの皆さんもこちらの記事、昨日の長官ということになりますけれどもね、あるいは後日ウェブ上に掲載されるものを見ていただければと思います。
今後にとってもですね、とてもエキサイティングな記事内容となっていると思います。ぜひよろしくお願いいたします。
リスナーコメントへの回答(1)
今日はこの1週間のコメント返しをしたいと思います。
ここ数週間、日曜日がコメント返しの週ということになっておりまして、なるべくこのペースでいきたいなと思っているんですけれども、日曜日たまたまですね、このように比較的ゆっくりと振り返りの時間を持てるという週が続いているということで、なかなか毎週できるかわからないんですけれども、なるべくいただいたコメントに回答するという機会を設けていきたいと思います。
本当は毎日したいところなんですけどもね、なかなか時間の都合でうまくいかずに、こんな形でまとめてのコメントバックとなっています。
では早速いきましょう。
ちょうど1週間前のコメント返しの回、608回だったんですが、そちらにいただいたコメントをいくつか紹介したいと思います。
まずはグレイスさんです。
読み上げます。
まさに先生がおっしゃる通り、コメントすると楽しさ倍増、そして考えを深めることができ、一石二鳥、いやそれ以上になり得ます。
ここに集まっている皆さんは、年齢や元々の関心が様々かと思いますが、切磋琢磨し合っているように感じられます。
私もこれからも英語史の話に参加させていただきたいです。
ということでありがとうございます。
本当にその通りでですね、様々な方がここに集まって聞いていただいているわけなんですけれども、
Voicy全体がそうなんですけれども、リスナーの皆さんが本当に前向きでポジティブなんですね。
そして切磋琢磨している、学ぼうとしているっていう、それ好きなので私このVoicy続けてるっていうことがあるんですね。
ただの音声配信でもなく、ただのSNSではないというふうに思って、だからこそ続けられているっていうところがあります。
前向きでいるっていうことは割とエネルギーがいることだと思うんですよ。
一人ではなかなかできないということで、皆さんからのコメントであったり、質問であったり、
前向きの方向を維持するために、私も本当に大事な場所だなというふうに思って毎日放送を続けています。
グレイスさんの言う通り、本当にコメントをすることでリスナーの皆さんも楽しくなってくると思います。
全体としてポジティブなプラスの空気がどんどん醸成されるということが、私が続けられている一つのポイント、秘訣ということでもありますので、本当にそういう趣旨でコメントいただければと思います。
そしてこのコメントバックもそういう意味合いでお届けしているということです。
グレイスさんありがとうございました。
そしてこのコメントバックの回に、シルバーグラスさんより質問に近いコメントなのかと思いますけれども、
日付の表し方、年、月日のこの順序について、言語によってまちまちであるというような情報を整理しているホームページを教えてくださいました。
英語でもイギリス式とアメリカ式というのは違いますし、他の言語でもですね、またまちまちであるというような情報なんですけれども、
これ確かにいろいろと昔から気になっていたんですけれども、ちゃんと調べたことがないですね。
これは何の問題と言うべきなんでしょうかね。
今何かすぐにコメントできることっていうのは残念ながらないんですけれども、
何の問題と言うべきなんですかね。
習慣というかあるいは統合論の問題というようなね、そういうことで考えられるかもしれませんし、
小読みっていうのは各文化で独自のものが発達しやすいということなんですが、この小読みの表記そのものも何らかの習慣が各自、独自に発達しやすいということなのかもしれないなと思ったりしているんですけれども、
もしかするとこれは数、数詞、一般の表記の仕方とも関連してくるかもしれません。
私の慶応大学の大学院生にですね、数字、数詞を専門にしている院生がいますので、ちょっと問い合わせてみたいと思います。
そしてこの問題に関心を持っていきたいと思います。
シルバーグラスさんありがとうございました。
リスナーコメントへの回答(2)
次にアップさんからのコメントです。
オンフットという英語のイディオムに関する回ですね、こちらについてのコメント、についてのコメントということかと思うんですけれども、
この回のタイトルを聞いて、片足ずつ交互になるからオンフットとなり、歩くという意味に何の違和感もないのになと思いました。
もともとは複数形だったと聞いて、2本の足に焦点を当てるから複数形なんだと納得しました。
これとは違いますが、シューズが気になります。
靴磨きの子供、シューシャインボーイと呼んだと何十年か、ずいぶん前に聞いた記憶があります。
靴も片方ずつ磨く。
日本語では一足が一対の靴で、英語ならぬシューズ。
片方の靴はシュー、単数と複数のことですが、英語の歴史とは関係ないのかもということなんですけれども、
これ英語の歴史と多分関係あります。
シューシャインボーイ、靴磨きの子供、男の子ということですが、
このように複合語を構成する場合には、普段ですと複数形で表示するような名詞ですね。
これが単数形になるっていう現象があるんです。
例えば、a five-year-old girlという言い方があったり、
a three-hour flightのような表現があります。
このような場合にですね、yearとかhourという単位、複数形のはずなんですね、本来。
5歳の女の子とか3時間のフライトということですから。
ですが、普通はですね、sをつけない、単数形のまま裸で現れるということなんです。
複合形容詞の場合に典型的なんですけれども、
これ、なんでそうなのかということはですね、実は歴史的に考えることができるだろうということなんです。
ただですね、sをつけるバージョンも絶対にないわけではないということですね。
この辺、議論はなかなか簡単ではないんですけれども、
こちらに私のブログの方ですけれども、ヘログの1766の記事へリンクを貼っておきます。
そちらも参照していただければと思います。
これも歴史とした英語の歴史の話題となります。
だいたいですね、英語に関する素朴な疑問で、英語詞が関与しないものって少ないですので、
皆さん、安心してこちらにコメントを寄せください。
大抵英語詞絡みの話題になりますので、これは本当に安心してください。
609回、家入洋子先生との対談。
新著文献学と英語詞研究・開拓者を紹介します。
という放送会につきましてコメントいただきました。
これはですね、本当に初めての家入先生との対談企画ということで、私もですね、非常に楽しみにしていたんですけれども、楽しい収録となりました。
こちらにコメントいただいています。
まことつかささんからです。
おはようございます。ビッグゲストの家入先生との対談、非常に楽しく聞くことができました。
次の家入先生との対談も楽しみにしています。
リクエストなんですが、私はこのラジオの対談企画が好きなので、これからもいろいろな先生方と対談していただけると嬉しいです。
ということでコメントありがとうございました。
私もですね、収録していてですね、対談って楽しいので、もっともっとやっていきたいなと思っています。
それからですね、あんなさんよりいただいています。
コメントを紹介します。
以前にこちらの第6章をご紹介された、境界を意識し境界を越えるの放送が好きだったので、今日もお聞きすることができ嬉しかったです。
境界を意識しつつ、必要に応じて取り払うことは一般的なものの見方にも通じると実感しています。
次回のご対談も楽しみにしています。
ということでありがとうございました。
この回につきましては、他にグレイスさん、そしてウミシオさんからもコメントをいただきました。
ウミシオさんはですね、なかなか文外観には荷が重いというようなことかと思いました。
確かに今回の新著文献学と英語史研究というのは、英語史そのものの入門書というよりは、英語史研究者のための手引きという色彩が非常に強いので、
そこそこ専門的なんですね。難しい本かと思いますし、この紹介の放送会も従ってそれなりの水準だったかと思うんですけれども、
英語史という分野ですね、これを広めていくっていうのがある意味ではこのヘルディオの使命でもあるというふうに思っているんですね。
非常に奥の深い分野ですし、簡単でない話題もですね、多い言い訳なんですけれども、ヘルディオを通じて本当に様々な種類であるとかレベルの話題っていうのをこれからもお届けしていくことになると思いますので、どうぞお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
最終的にはですね、英語史の輪を広げるということ、減るかつというのが私が日々やっている、やりたいことということですので、応援いただければと思います。
グレイスさんにもコメントをいただきましたけれども、今後英語史研究の世界がますます発展されることを記念しておりますということで、新長を呼んでいただいたということで本当に感謝いたします。ありがとうございました。
ここで合わせてその2日後なんですけれども、611回、家入洋子先生との対談の第2弾、新長文献学と英語史研究より英語史コーパスについて語りますと題して、続けて第2弾をお届けしましたが、こちらにいただいたコメントも合わせてこのチャプターでご紹介します。
この第2回対談では英語史コーパスについて紹介したんですけれども、それにつきまして触れていただきました海塩さんからです。
ここは英語史新聞、書学者向けの辞書として使えます。コーパスとは何か、第4号の1面、第2号の1面、第3号の1面、いつ使う、今でしょうということで、ケルフが発行しています英語史新聞の過去の号でもですね、このコーパスについてはいろいろと触れてきているということで、
ケルフあるいは私に代わって海塩さんが宣伝していただいたということになりますね。英語史新聞へのこれまで出た過去の号も含めまして、そちらへのリンクを貼っておきますので、このチャプターにですね、そちらから飛んでいただければと思います。
そして、まことつかささんからです。
おはようございます。家入先生との対談の第2弾も楽しく聞かせていただきました。コーパスの歴史について知ることができてよかったです。ということでコメントありがとうございました。
20分ほどのこの第2弾はですね、対談だったんですけれども、これ本当に英語史コーパスの歴史、この40年ぐらいのこれ凝縮されていますので、他のどの文章よりもですね、今回の対談すごくまとまってます。
これは家入先生の力なんですけれども、本当に凝縮した良いお話になっていると思いますので、おすすめです。改めてこちら聞いていただければと思います。今話しているのは611回ですね。ぜひまだの方はお聞きください。
もう一つコメントの紹介ですけれども、グレイスさんからいただきました。2月1日に公開された井上一平、堀田隆一、英語学言語学チャンネルの第98弾の中でもコーパスの問題点やデータ収集についてお話しされていましたね。
このボイシーとつながる内容だったので、おお!と思いました。ということで、YouTubeチャンネルの紹介も併せていただきました。ありがとうございました。そうなんですよ、これ本当にタイムリーというかたまたまなんですけれどもね、コーパスの話がそちらYouTubeの方でも話題になりまして、近いところで同じような話題出たなというふうに私も思ってたんです。
それくらいですね、今回のこのヘルディオの対談中にも出ましたけれども、コーパス利用というのが言語研究にとってデフォルトになってきているっていうことで、話に出る機会が多いっていうことでもあると思うんですね。だからたまたまといってもですね、とってもありうるたまたまの符号だったと思うんですね。
グレイスさん、ありがとうございました。
京都大学の家里予子先生との対談を2回にわたって繰り広げたわけなんですけれども、本当に収録が楽しくてですね、もうちょっと長く撮りたいなというか、他の話題でも撮りたいなと思ったほどでした。今後実現するといいなと思ってるんですけれども。
家里先生ご本人にも申し上げたので、ここでも言いますけれども、すごいんですよ。このVoicyでの対談というのも放送を、もちろん公開を前提として対談するわけなんですよね。今回Zoomでの収録だったんですけれども、これ最初にやるとですね、やっぱり当然ながらめちゃくちゃ緊張するんですよ。
今まで様々な方とこのLDOでも対談というのを行わせていただいたんですけれども、やっぱり簡単ではないんですね。打ち合わせをしたりとか、やはり緊張感みたいなのもあったりするんですけれども、家里先生も初めてに近いと言いますか、決して慣れているわけではないと思うんですが、ツッとも合わせてくださるんですよね。
そして自然な対談になってるんですよ。聞いてみると後で、これなかなかできないよなというふうに思う一方で、対談の方に公開されることを前提の緊張感みたいなの、そちらに神経が行ってしまうので、内容に集中できないっていうか、なかなかうまくいかないっていうのが現実じゃないかなと思ったんですけれども。
家里先生、内容に集中されてるんですよ。めちゃくちゃ要約になってるんですよ。すごいなと思いましたね。気づいてみたら、私が一番勉強になっていたっていう。一緒に書いて何本も読み直したっていうことなんですが、それを口頭で、今回初めてに近いですね。口頭でこれについてコーパスについてお話ししたということなんですけれども。
めちゃくちゃ頭に入ってきまして、本で読んだのに加えズバッとですね、声で要約いただいて、ものすごく趣旨が脳内に定着した感があるんですよね。
しゃべるってこういう効果あるなと思いまして、ただすごいですというふうに私も直接お伝えしたんですけれども、皆さんも同じように感じられたんではないかなというふうに思っています。コメントありがとうございました。
610回スペルとゴスペルのお話しという回だったんですけれども、こちらたくさんのコメントいただきました。ありがとうございます。コメントをご紹介します。まことつかささんからです。おはようございます。たった一つの英単語からここまで話が広がるとは思っていませんでした。英単語の裏にはこんなにも広くて深い世界があるんですね。
私は塾でアルバイトをしています。その塾の学生から英単語の勉強が単調でつまらないと言われることがありますが、次こんなことを言われたら実はこんなにも面白い世界が英単語にはあるんだぞと教えようと思います。本日も面白くためになる話をありがとうございます。
ということで、確かに英単語をひたすら覚えなければいけない時期っていうのがあって、そうすると本当に丸暗記なので単調でつまらないですよね。
この語源的な知識が役に立つのって覚えるときもそうなんですが、実際に覚えてしまった後で後付けでこういうことだったのかみたいな気づき、こっちの方が皆さんも経験として多いんではないかなというふうに思うんですね。
英語史の知識の面白さっていうのはどちらかというとある程度英語を勉強した後でですね、後からわかる面白さみたいな、後からの種明かしみたいなそういう面白さが多いんですよね。
なので、中高生に英語史の知見でこの単語はこういうふうに覚えるといいよというようなこともですね、考えたりするんですが、これはなかなか実は必ずしもうまくいかないんですね。
その時は頑張って覚えてみてと言っておいて、後から英語史的にはこういうふうに説明できるんだという種明かし。
英語史はこっちが得意なのかなというふうに思っています。皆さんいかがお考えでしょうかね。この辺り中高の英語教育の現場であるいはまあ今は小学校からやってるわけなんですけども、そういった現場で英語史の知識というのを使うことがどこまでできるのかという問題は、
これは実はこの英語史の専門家の間でも昔から議論があるところなんですけれども、リスナーの皆さんのご意見も聞いてみたいところですね。英語教育の関係者も少なくないと思いますので、この英語史の知見をいかに英語教育に生かすかという問題ですね。
これは本当に私自身もずっと考えてきている問題でして、ご感想ご意見何かいただければ大変参考になると思いますので、今日のこの放送会に対してコメントいただければ幸いです。
さてもう一つですね、h74さんからのコメントをご紹介します。私の素朴な疑問を取り上げて解説してくださりありがとうございました。また、つづり字という意味でスペルという方への対応も参考になりました。長年の疑問や違和感が解消されすがすがしい気分です。
同時に別の疑問がわきました。スペルチェックと言いますが、名詞プラス動詞の複合名詞ならスペリングチェックとなるはずです。マイクロソフトが作った用語がそのまま普通名詞化したのかなと考えています。先生はプリーズユースペルチェックと聞くと違和感を感じますかということですね。
前回のコメントにつきましても、日本ではスペリング、いわゆるつづり字のことをスペルと言い習わすということがありまして、私の学生もよく使います。私も交互では使います。ただ英語ではスペルと言わないからね、スペリングとちゃんと言うんですよということは折に触れてですね、紹介したりするんですけれども。
これOEDを調べてみますと、やはりかつてですね、交互で英語、英語でもですね、スペリングの意味でスペルという、いわゆる省略形ですよね。交互省略形を使うという事例があったということなんです。
18世紀、19世紀あたりなんですけれども、今では交互でも俗語でも普通使われないという背後になっているということなんですけれども、やはりですね、英語でもあったというのがなかなか面白い話だなというふうに思います。
そして今回のですね、コメントにありましたスペルチェックという言い方なんですけれども、これ一般的に今ではなってますね。本来であればスペリングチェックではないかということで、このスペリングチェックという言い方もあるんです。あるんですけれども、通常はスペルチェックがもう一般に流通していると思うんですね。
このような新しい語形性に関しては、おそらく英語形態論、英語語形性の分野で何らかの研究があるのかな、直接でなくてもですね、間接的な研究があるんではないかなというふうに思っています。まだちゃんと調べてはいないんですけれども、他にですね、関連する似たような例として、例えばドーピングチェックのことをドープチェックというんですね。
それからこれIT用語、コンピュータ用語なんですが、ファイルにデータをですね、書き込んだり読み込んだりするっていう書き込み確認、読み込み確認っていうのが、WriteCheck、ReadCheckっていうふうに言うらしいんですね。これとだいたい同じような路線ですよね。
スペルチェック、スペリングチェックというのが文法的にはある意味的には正しいように思われますが、省略形として、動詞、スペル、ライト、リード、ドープというような動詞をそのまんま一度コンバージョン、品詞転換によって名詞化し、それにチェックという動詞ですよね。
これを加えることによって複合動詞を作るという一種のパターンが生まれてきているっていうことかもしれません。いずれもかなり新しい最近の動向かとは思うんですけれども、このあたりですね、形態論上の通識変化としてなかなか面白い話題かなというふうに思います。
グレイスさん、このあたりインスピレーションいただいたということでありがとうございました。続けてですね、関連する回なんですけれども、2回飛びまして612回の放送回です。再びゴスペルをめぐって偽装複合語の話と対する回にもいくつかコメントいただいています。関連しますので、このチャプターで同じく取り上げたいと思います。
リスナーコメントへの回答(3)
てんてむぷらすはちじゅういちさんです。
やはりエヴァンゲリオンにも影響を受けていたのですね。正直もっと深いつながりだと思っていましたがということで、ギリシャ語あるいはラテン語のエヴァンゲリウム、いわゆるエヴァンゲリオンですけれども、これを小英語風になぞったものがゴードスペル、いわゆるグッドストーリーぐらいの意味だというふうに紹介した回だったんですけれども、
エヴァンゲリオンとまさに関係しているということですね。なぞりの例です。
キリスト教用語にはこういったなぞりが多いですね。
そもそも英語はですね、キリスト教以前には当然キリスト教的な概念であるとか、用語というのは全くないわけなんですよ。それがギリシャ語であるとか、あるいは聖書、新約聖書のウルガタと呼ばれているバージョンですね。
ラテン語版の聖書をいわばモデルとしてキリスト教を受け入れたわけなんですけれども、そこで無数のキリスト教的な概念とか用語っていうのを受け入れることになった。その際にラテン語をそのまま受け入れるっていうこともあったんですけれども、割と多くの場合ですね。
ラテン語での語の作りというのを見極めて、そのまま英語に翻訳するっていうことをやったんです。
小英語時代にはこれが多かったんですね。なので、エウ・アンゲリオン。エウっていうのがgoodの意味で、アンゲリオンっていうのが知らせという意味なんで、ここでスペルと訳したっていうことで、それぞれ小英語に持ってきてgod・スペルと言ったという、そんな流れなんですね。
次にミーさんからコメントいただいています。
ということで、英語式Q&Aの紹介ありがとうございました、ミーさん。最近紹介しておりませんでしたので、こちらのチャプターに関連するリンクを貼り付けておきたいと思いますけれども。
これがどうもですね、やっぱりgoodとgodは語源的にはどう頑張ってもどうも違うらしいんですね。このあたりどうもうまくいかないようです。チャプターを継ぎます。続きまして、グレイスさんからです。
スペルについてお伺いしたいのですが、god・スペルではなく、Lが一つですね、god・スペル最後に。なのは小英語ではスペルという綴りであったからなのでしょうか。
それなら後になぜ末尾にLがもう一つ加わったのかなと思いました。それとも環境等により1個のLと2つのLで使い分けられていたのでしょうかという質問なんですけれども、この後末のLについては非常に小英語からそして現代英語にかけて揺れています。
英語はですね、このあたりについて問題を解決しないでずっときたということなんです。ですので、小英語中英語を通じて、例えばスペルという単語についてL1個だったり2つだったりっていうのは常にありました。そしてgod・スペルも同じです。1つだったり2つだったりっていうのがありました。
標準英語を策定する際に標準スペリングというものも決まったんですけれども、それでどうしてある単語では1つになって、別の単語では2つになったのかっていうのはなかなか一筋縄ではいかない問題ということで、特にLをめぐる問題っていうのはずっと後を引いて現在まで残ってしまっている問題なんですよね。
ここでですね、簡単に論じ切ることはできないんですけれども、とにかくですね、L1個のバージョンと2個のバージョンっていうのがスペル単体にしてもあるいはgod・スペルにしても両方ずっといろいろがあったという揺れ続けてきたっていうことです。
この問題につきましては、このヘルディオでももう少し詳しくお話ししています。456回の回なんですけれども、LなのかLLなのか問題。Till until traveler distillと題してお話ししていますので、この難しい問題について改めてこの456回の放送でおさらいしていただければと思います。
こちらのチャプターにリンクを貼っておきます。そちらからぜひお聞きください。
もう一つこの回につきまして、Silvergrassさんからです。翻訳釈用つながりでの素朴な質問です。英語のto live lifeはラテン語Vitam vivereからの翻訳釈用なのでしょうか?ということで、翻訳釈用であるとかなぞりに関するご質問ですね。
こちらですね。いわゆる同族目的語というものなんですが、この英語で言うところの、例えばshelived a happy lifeみたいな言い方ですね。いわゆるliveとlifeっていうのが、同語言の単語の動詞と名詞形。
これを直接この動詞が名詞の目的語を取る形でですね、一つの構文を形成するっていう、イディオムを形成するっていうようなよくあるパターンなんですけれども、これはラテン語Vitam vivereに由来するものなのかということですね。
この翻訳釈用、特にイディオムの翻訳釈用の問題っていうのは、それがなぞり、翻訳釈用なのか、それともそれぞれの言語で独自に発生したのかっていうのは、なかなか難しい問題なんですね。
このlive a lifeみたいな言い方に関して言いますと、ちょっと調べてみたところですね、OEDによりますと、小英語からあるっていうことなんです。
キャソリックホミリーズという、要はキリスト教の説教という文脈なので、ラテン語のVitam vivereのなぞりである、それでlive a lifeみたいな言い方が出たんだという言い方は、ある程度の可能性を持って言えそうな気もするんですけれども、一方で確定することはできないんですね。
ちょうどラテン語の文献があって、その下にいわばアンチョコみたいな形でlive a lifeとあれば、それはほぼ間違いなく、なぞったであるとか、ある程度推論できそうなところなんですけれども、そういった生まれが必ずしもあるとは限らないんですね。
それぞれの言語で独立して発生した可能性っていうのが十分にあり得るぐらい、割と自然なイディオムっていうことです。
あるいはずっと遡った時代に共通のイディオムがあって、それがそれぞれの言語に反映されているということであり、決してラテン語をなぞったわけではないっていう可能性も常にあるんですよ。
なので、このなぞり問題、なぞりが本当になぞりなのかどうかっていう、いわゆる論章っていうのはですね、文献学的には常に難しい問題なんですね。
ただ、とりわけキリスト教用語については、割と言いやすい、確定しやすいっていう事情があります。
つまり異教徒にとってキリスト教って全く知らなかった、少なくともその用語体系とか概念体系ってできていなかったのが異教徒なんで、キリスト教を受け入れた時に急にあるキリスト教関連の単語群が現れるわけなんですよ。
その現れた単語群がですね、大体のところラテン語であるとかギリシャ語の語形性の作りをフォーマットとしてですね、それを移した形になっていれば、これはなぞりだろうって言いやすいわけですよね。
つまり文化史的な支えがあるので、言語的にもこれはなぞりだろうというふうに言いやすいっていうことがあります。
ただ今回の場合、live a lifeみたいなものっていうのは必ずしも宗教がかったイディアムというわけではなく、わりと一般的なものだったりするので、
ラテン語のVitam vivereからの翻訳釈用だというふうに断定するっていうことは、かなり細かく詳しく調べないと文献学的にはわからないっていうことなんですね。
なので、実証するのが難しいっていうだけで、可能性としては大いにあるかもしれません。
ただそうじゃなく、独立して発生した可能性もあるという、ここまでしか言えません。
この問題について何か解決しているのかどうか私はわかりませんけれども、
例えばOxford English Dictionaryでこれはなぞりである、翻訳釈用であるとか独自の発達であるというふうに書かれている場合には、
OEDとしてのそれなりの根拠があるということなんではないかというふうに解釈しています。
つまり、これは多くの場合、わからないっていうのが答えになるということなんですね。
もどかしいんですけれども、そういうことになるかと思います。
リスナーコメントへの回答(4)
613回、苦手な人とは言葉遣いを合わせない社会言語学の教えと題する放送会です。
こちらにもコメントをいただきました。
海塩さんからです。
要素を抽出すると、1、会話は何とか成立させる。
2、あくまで各々の内面で完結、表面化させない。
3、苦手以上、嫌悪未満で収めるというところ。
良きにつけ、悪しきにつけ、相手に過度な感情が伝わると何かと不都合、感情のぶつかり合いを防ぐための知恵というところでしょうか。
ということで、その通りだと思います。
相手との間合いの測り方というのを、ずばり言わずに言葉遣いによって表現するっていう、この知恵を人間は発達させてきたと思うんですよ。
個人個人で得意、不得意ってあると思うんですけれども、これ絶対に何らかの形で我々使ってますよね、常にね。
この辺りを追求する分野が社会言語学であり、特に社会言語学の中のインタラクションっていう分野ですね。
この分野は私の同僚で一緒にYouTubeをやっております井上一平先生が、まさにご専門のところっていうことなんですけどもね、今回私も放送会でお話をお届けしました。
アンナさんからです。
興味深い内容でした。
ストラテジーとしての言葉遣い、私も実験しようかなと思いました。
事例にあるような必要がある場合の相手との合わせ方は無意識にやっているかもということで、我々はですね、合わせる方向では結構やってると思うんですよ。
自然にと言いますか、日々の生活の中ですね。
ただあえて合わせないっていうのは、今回の放送会で話題にしたわけなんですが、実はかなりの技術がいるのかなと。
そっちの方向での訓練というか、あまりしてないですよね。
あえてテンポを外すみたいなのって、むしろ高度なんじゃないかということで、極めて理論的な話でですね、実践としてはどうなのかというような振り返ってですね、私も思ったりしたんですけども、合わせる方はかなりやってますよね。
関連してコメントいただいています。
Tシャートさんからです。
方言が移ってしまうのは、無意識のうちに相手に合わせようとしているケースもあるのかもと思いました。
ということで、これそうなんです。
アコモデーション理論ということで、この放送会で紹介したんですが、これ典型は、方言を喋っている人たちの中に入っていくとき、私たちもですね、方言が移ってしまうというか、同じテンポとか同じアクセントで発音してしまうということですね。
これは相手のこのリズム感に乗るためには、ぜひともしなければいけないことだという、ある種のプレッシャーなりですね、あるいは常識というものを持っているということで、方言の移りっていうのは典型的なアコモデーション理論の適応ということなんですね。
まさにおっしゃるとおりです。
そして、グレイスさんからです。
先生が挙げられていた敬語の仕様ですが、私も思い当たる節があります。
具体的には職場の後輩に敬語で話していますが、それはあなたとは一線を引いていますという一定の距離を示すために使っているのかもしれません。
もちろん決して拒絶しているわけではないのですが、話し手の態度も表すことができる言語やコミュニケーションにますます興味が湧きました。
ということで、まさに挙げていただいた事例、そういうことだと思うんですね。
必要に応じて相手と波長を合わせたりずらしたりするっていうことは、我々が社会生活、言語生活の中で日々必ず行っていることだと思うんですよね。
それを意識化して、あえて相手と距離を置くための言葉遣いみたいなことを今回はですね、理屈として提案してみたんですけれども、先ほども述べた通り、これを実践するっていうのは意外と技術がいるのかなと、経験がいるのかなということでですね、そんなお話でした。
最後に昨日の放送なんですけれども、614回朝ルーティンを確立して自動化するルーティーンの話ということで、このルーティーンという単語の語源についてお届けしましたけれども、
このineというこの語尾の部分を英語としてはどういう読み方をするのかっていうのは本当に頭の痛い問題でですね、ピーマンさんからいただきましたが、clandestineですが、この単語はclandestineという発音もあるということでですね、確かに調べてみましたら私もclandestineと言っていたんですが、
もう一つのありうる発音としてclandestineというのもある。これまさに今回の放送に関係するですね、話題です。これ英語式的にも実は非常に難しい文法を示していますので、何か一般論が言えるかというと必ずしも言えないっていう難しいところなんですね。考え続けていきたいと思います。ピーマンさんありがとうございました。
そして最後ですけれども、カミンさんよりいただいています。
ホタ先生のヘルカツの持続性は超人的。毎朝朗読は私もやってみたいと思いました。ルーティーンが英語に釈用されたのが17世紀とかなり遅くなってからなのは意外でした。またこの語がrootに由来するとはフランス語でも調べてみます。
ということでどうもフランス語でもそんなに古い言葉ではないというような情報が入っているんですけれどもどうなんでしょうかね。ぜひフランス語での事情も教えていただければ幸いです。カミンさんありがとうございました。
過去の放送回に関するコメント
最後に番外編なんですけれども、過去回ですね。だいぶ昔の回について聞いていただいてコメントいただいたものもありまして、こちらピックアップですけれども紹介させていただきたいと思います。
まずですね、海塩さんから249回、Aフツラの最強の酸素構造、朝から匂う嫉妬というお話ですね。これかなり強烈な、これまでのヘルディオの回でも強烈な方かと思うんですけれども、海塩さんからコメントいただきました。
最長、これほど鮮明に記憶している回はなかったような、やはり嫉妬が強烈だったのか。またしてもフランスカブレとカイコチュウが登場ですね。ということでですね、私も久しぶりに思い出しましたけれども、これ強烈な回でしたね。朝から失礼しましたという回ですが、249回。
こちらですね、Aフツラの英語の語彙、酸素構造の最強例だと私が考えているところのものをですね、紹介させていただきました。
そして160回ですね、フォールンリーフズは落ちられた葉っぱという回についてですね、松葉さんよりコメントいただきました。ありがとうございます。
タイトルのフォールンリーフズのように、過去分詞形が名詞の前に来て形容詞の働きをする自動詞のこと、不思議に思っていました。放送を聞いてすっきりです。ありがとうございました。
ところで、B官僚で官僚系を作っていた動詞については、過去にも取り上げてくださっているような気がするんですが、いつだったのか、まためぐり会えればいいなと思っています。いつもありがとうございます。
松葉さんありがとうございました。
これはですね、552回ですね、B官僚の衰退というところで、B官僚の話題を取り上げていますので、ぜひこの552回聞いていただければと思います。
そして、29回の最長の英単語は、という回につきまして、シャロンさんよりコメントいただきました。
こんにちは。一番長いのはスマイルズと聞いたことがあります。
SとSの間にマイルがあるからということで、これはですね、英語の典型的なジョークでよく知られている最長の英単語は何か。
スマイルズだっていうのは、私もですね、これ中学生の時かな、英語の先生に習った記憶があるんですけどもね。
これにつきまして、実は最近のですね、私の英語誌ブログヘルグの方でも関連する話題を取り上げましたので、そちらを紹介させていただきます。
5025回、1月25日に書いたブログの記事なんですけれども、最長の英単語をめぐって英文学者がつぶやく英語と英語文化をめぐる無駄話よりということで、ある本の紹介も兼ねながらこの話題を扱ったんですね。
こちらのチャプターにその記事へのリンクを貼っておきますので、ぜひそちらご参照いただければと思います。
エンディング
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
今回もですね、コメント返しの回ということで、チャプターをいくつか継ぎましたけれども、なるべく多くお返ししたいと思って話していたら、随分と長くなってしまった感覚ですね。
私自身は本当に楽しくおしゃべりして返しているということなんですけれども、あんまり長いとあれかなということも思いつつ、結局しゃべってしまいました。
ただですね、今本当にずっと収録しまして、私もこの1週間、いろんなことをお届けしてきたんだなということが改めてわかりまして、
そしてそれに対してコメントをいただいて、コミュニケーションが成立してですね、さらなる疑問であるとか、大体その場で解けないというか、解決しない問題も多かったわけなんですけれども、
こうしていただくことでどんどんと疑問が広がるっていう楽しさを感じられているからこそ、毎日お届けしていますし、
今回もですね、コメントバックの回として随分と長くしゃべってしまったということなんですけれども、本当にこれ自体非常に貴重な機会だと思っています。
こういう形で皆さんとですね、英語誌を中心に置きながらいろいろとお話しできるっていうのはですね、本当に幸せなことだなというふうに思っています。
だからこそですね、これ最近毎日のように述べているんですけれども、リスナーの方、フォロワーの方本当に増えてきました。
ありがたいことにこの数ヶ月だけで本当に多く聞いていただくようになりまして、ぜひですね、聞いているのみならずコメントいただきまして、
新たな質問を振っていただいたり、問題を振っていただいたりということで、コメント欄を盛り上げていただき、そしてそれによって私もコメントバックしたいなという気持ちにどんどんなりますので、
日々気づいた言葉に関する話題などもですね、ぜひ皆さんの方から振っていただければ、そちらをですね、話題にするっていうことも十分にあり得ます。
とにかくですね、ネタがなくてどうしようっていうふうに毎日困っているパーソナリティーですので、そちらに力を貸しいただければと思います。
Voicのコメント機能を通じて何なりとお寄せいただければ幸いです。
そして面白かったという放送会につきましては、SNS等でシェアなどもしていただければ幸いです。
それでは今日も皆さんにとって良い一日になりますように、ほったるいちがお届けしました。また明日。