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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオ heldio。英語史をお茶の間におもっとに英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は2026年4月4日土曜日。皆さんいかがお過ごしでしょうか。今日は久しぶりにあのシリーズの続編、最新回となります。
英語史の古典的名著ボー&ケイブルを読む第63節のパート3 with たくさん。ヘルは北千住オフ会よりと題してお届けいたします。
ボー&ケイブルの英語史を超精度していくというシリーズ。
こちらボイシーヘルディオの音声配信でお届けしている変わったシリーズではあるんですが、こちらもだんだんと伴奏してくださる方がですね、増えてまいりまして、どんどん楽しくなってまいりました。
本当にたまにしかお届けできないわけなんですけれども、私最初はですね、一人で始めていたんですね。しかもこのボイシーヘルディオの有料配信ということで、ほとんど聞いてくださる方もいないかなということで、ある意味ではですね、あの有料配信にして始めたわけなんですが、だんだんといろいろな方と一緒に精度をやるようになって、読書会というふうに、
その意味を音声配信の形でお届けするという新しい方式をですね、模索してまいりました。
最近ではこのボー&ケイブルのHistory of the English Language 第6版ですね、こちらを入手してこの配信をですね、第1回から聞き始めていただいているという方も少しずつ増えているということがですね、
わかってきまして、勢いづいてはいるんですね。ただですね、この複数名でこの読書会をするっていうのが楽しくなってしまったあまり、一人でやりたくないというところになりまして、そうするとですね、なかなか時間を合わせたりしてですね、ゆっくりとしか本当に進まない。
もともとゆっくりなんですけどもね、超精度なんで。今回はですね、私、海外滞在中のこの1年ではあるんですけれども、一時帰国する機会がありまして、その機会にですね、
たくさん、もう既にお馴染みですけれども、提供科学大学で英語学を研究されている金田拓さんですね、拓さんと呼ばせていただいておりますが、に司会をお願いしまして、その他ヘルワのギャラリーの皆さんとともにじっくりとこのボー&ケイブルの本ですね、
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現在第63節まで来ております。63節の途中からということになりますが、前回は昨年末でしたね。それからしばらく時間は経っておりますが、その続編を収録しております。
あまりに楽しくて、ノリに乗ってですね、長めに収録してしまいました。決してカバーしている英文はですね、長いものではないんですけれども、数文、数行の文に過ぎませんが、これをですね、40分くらいにかけて精度解消したんですね。
ですので、2回に分けてお届けしたいと思います。1回の収録だったんですが、これを前半と後半に分けてお届けしたいと思います。今回その前半ということですね。ぜひ、このボー&ケイブルの本、お持ちの方は63節開いていただければと思います。
そして、お持ちでない方のためにですね、本日の私のブログ、エログの方で連動記事としてですね、読んでいる箇所の原文を挙げるなどしておりますので、リンク先から飛んでいただければと思います。画像にも貼っておりますのでね、とりあえずこの精度解を聴く、聴取するというだけであれば十分ですね、用を足すかと思いますが、
ぜひ皆さんにはじっくりとですね、こちらの精度解シリーズ、まだまだゆっくりペースではありますが、続けていきますので、この本、第6版となる英語史のこの古典的名称ですね、実はですね、第7版もつい最近出たばかりなんですが、この精度解におきましては、スタートが第6版だったということで、
たまに第7版、新版と、内容比較などすることはあるかもしれませんが、基本は第6版でいきたいと思うんですね。ですので、ぜひ第6版を入手していただいて、こちらお付き合いいただければと思いますね。それでは行ってみましょう。元気なタクさんとともに楽しく説得しております。
それでは、英語史の古典的名称ボー&ケーブルを読む63-3withタクさん、ヘルワ・キタセンジュオフ会よりです。どうぞよろしくお願いいたします。
はい、今日は待ちし、待望されていたという、一部界隈ではもう、まだ来ないのかというふうにね、ずっと待たれていたという、ボー&ケーブルの精読を63節、途中で止まっていたという、しかも段落の途中で止まっていたというような、お待たせしすぎたかもしれません。
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そうですね。前回は記録によりますと、年末でした。12月28日ってなってましたね。なので、3ヶ月ちょっとぶりということで。
もう2026年ですよ。
もう年度も変わりそうな。
年度も変わったところか、版も変わったという噂が。
そうですね。版も変わりまして、今ボー&ケーブルは我々は第6版で使って読み進めて、今63節までいったところなんですが、数週間前ですよね。
急に連絡が入りまして、第7版が出たということで。
めでたい。
めでたいですね。だいぶ変わるところが変わったみたいで、新たに付け加わった説があって。
ただ、我々としては、6版で始めたので、一応6版をベースにしつつ、今後7版審判を手に入れたりしたら、たまに付き合わせて。
そうですね。変わっているところとかが出たときは、ぜひ拾いたい話題ですし、聞いている方々にも拾っていただきたい。
実際、我々数ヶ月前は、5版とか4版とかで、2版ぐらいまで参照するというかなりマニアックな読み方をしていて、結構皆さんだからこの回は持っているんですよ、古い版。
だから、7版と比較するなんていうのはもうちょろいもんで。
いや、同じ本は何冊も持ってなんぼですからね。
そうですね。やっぱりどう変わったかというところがね。
そこは私もじっくりこれから読んでいきたいなと思いますが、我々のこのシリーズとしては当面ベースは6版のまま読み進めたいということですね。
セクションの数とかがずれていたりするときがあったりすると、そこは例えば新しく章が加わっていたりしたら、そこは新しい版で参照するということになると思いますけれど、基本的にはこの6版の方で。
この版比較って本当に道楽になっちゃうんですよね。面白いんですよ。
背景になぜこれをこうしたのかみたいなのを意図まで考える。
一点一つちょっと変えたりすると、いろいろと考えられちゃうんですよね。読む方も。誠読というのはそういうものだと思うんですけれども。
今日のところは、
その前にお気づきの方ももしかしたらおられるかもしれませんが、ずいぶんと声に楽がないような気がしますね。
そうなんですよ。私が海外滞在のときにはオンラインで、前回もそうでしたよ。忘年会のときなどにやったんですが、ちょっと今、日本に帰ってきたりするというタイミングで、これやっぱり快適ですね。
やめられない。
やめられないですね。やっぱり楽しいという。
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オンラインももちろん成立はするので。
でも複数名、実はこの場にもいらっしゃって、今回はメイン司会ということでたくさんにお願いしますが、他の方も今テキストを開きながら、該当箇所を見ながらということで。
そうなんですよ。打ち合わせたかのように、この結構分厚い表彰を持って一箇所で集まり、これは文化の力を感じますね。
そして今日もそんなイングランドの文化の話ですけど。
ベネディクタイン・リフォーム。前回の、ちょっと時間も空きましたし、段落の途中ということで、この63節。
ベネディクタイン・リフォームというところの続きですけれど、これまでのところ、前回読んだところの一番最後の文なんかに非常に象徴されていると思いますが、
これがどれくらいかというと、最初のパラグラフの真ん中くらいのところなんですが、
The work of education was neglected, and learningdecayed. っていうところでちょうど終わって、そのあたりで終わっていました。
バイキングの進行によって、それまで栄えていたイングランド・アングロサクソン文化での学問、これが一回衰退しちゃうんですよね。
それで、これから立て直さなければ、みたいなところのリフォームということが、この節のメインテーマなわけですけどね。
学問が非常にイングランド、大陸からするとちょっと離れたところと言いますか、返響の地みたいなイングランドで非常に学問が栄えた。
栄えた後、後輩した時代というのが、今この63で、今我々が読んでいるあたりで、それが今後どうなるのかというと、
ベネディクタイン・リフォームということで改革が行われるわけですけれど、まだ後輩している状態です。
そうですね。タメが結構この節長いんですよ。どれだけ後輩していたかというところで、後半にリフォームでドカーンと来たよという流れだったと思うんですよね。
今まだディケイしている話が続く感じですかね。
そうですね、このあたりは。そして今日読むところも、まだそんなのが、アルフレッドが嘆いているようなあたりから始まるんですが。
かのアルフレッド大王の嘆きが聞けるという場所ですね。
早速そんなアルフレッド大王の嘆きのあたりを味わってみようかなと思いますが、音読から。
そうですね、音読から。一番長めですけども、じゃあ行きましょうか。By the timeですね。
So he looked upon the path of the golden age whichhad gone, when the kings who ruled obeyed God andhis evangelists,
and when the religious orders were earnest aboutdoctrine and learning and all the services theyowed to God.
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And he lamented that the decay of learning was sogreat at the beginning of his reign
that there were very few on the side of the Humberwho could understand their rituals in English
or translate a letter from Latin into English, andI believe not many beyond the Humber.
じゃあちょっと長いんですが、ここまでが一文ということで、ここで一回切ろうかなと思いますけれど。
By the time of Alfred ということですので、先ほども言及がありましたが、かの有名な世界史にも出てくるアルフレッド大王ですね。
アルフレッド大王の治世の頃にはどういうことかということですね。
Things had reached such a path that he looked uponthe path of the golden age というふうに言っているんですね。
Things had reached. Thingsっていうのは全体的な、具体的なものではなくて状況ぐらいがいいかなと思いますけれど。
Had reached such a path というんですね。
これから言うほど悪くなっていたと。
Suddenly reach a path わりと決まった言い方かなと思いますけれど。
こんな状況になってしまっていた。
Had reached というふうになっていますが、アルフレッド大王が即位したと言いますか、
国を治める頃にはもうこういうことが起きていたということですね。
どんな状況かというと、that he looked upon the path of thegolden age ということなんですね。
これどれほどかというと、
He, Alfred, looked upon the path of the golden age過去を過ぎ去りし、
黄金期とみなすくらい悪くなっていたということなんですね。
そうですね。
これは旧世紀後半のアルフレッドの治世、
その頃までにもうすっかり荒廃しきってしまっていて、
前の時代、ゴールデンエイジと呼んでいるんですが、
そこを懐かしむくらいになってしまっていたということですよね。
結構感傷的な書き方ですよね。
ゴールデンエイジでwhich had gone to と言っているので、
もう亡くなってしまったということを実感しているように聞こえますね。
このreach such a pathはネガティブな文明で使うみたいですよね。
こんなに落ちぶれてしまったみたいなことで、
ちょっと調べたらcome to such a pathとかcome to a pretty pathみたいに言って、
ひにくめに、ひにくっぽく言って、
実際にかなり程度が下がってしまったことを表現する。
セマンティックプロソディーが。
そうですね。ちょっとひにくなね。
そんなレベルにまで落ちてしまったという雰囲気だと思うんですね。
そうですね。最初見た時はreach such a pathというところだけ、
ここだけ見ても文脈的にこれはもう悪いことだなということは素直に読めるので、
これが悪いことに使う表現だなということは特に引っかかりはなくはできたんですが、
こういうふうに言うのかというのは。
過ぎ去りし、一つのゴールデンエイジが終わってしまったというところが。
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常に前の時代というのはそう見られるのかもしれないですけれども、
やはり後輩していたんでしょうね。この頃はいろんなところに書かれてはいますが。
そうですね。
そして、そんな過ぎ去りし黄金経とみなしていた王が、
次このクオーテーションマークですね。
これはということは何かの中で言われていたこと?
そうですね。アルフレッドをいろいろと書いて、直接書いていますので、
もちろん後英語で書いたりしたわけなんですが、
それを現代語に訳してと言いますかね、引用する形でここにあるわけですね。
先に内容を押さえてからいろいろやったほうがいいかもしれないですね。
というわけで、そんな熟解していた王がどんなふうなことを言っていたかというと、
When the kings who ruled obeyed God and hisevangelistsというのがまず一つ目ですね。
こちらですが、When the kings who ruledということなので、
君臨している王たちが、具体的な一人というよりは王のことを言っていると思いますが、
君臨している王がObeyed Godということなので、まず神を奉じていたとき、
そしてAnd his evangelistsということなので、神の伝道者たちを奉じていたときというのがまず一つ目ですね。
そしてAnd whenということでもう一つつくわけですが、
そしてWhen the religious orders were earnest aboutdoctrine and learning and all the services theyowed to Godということなので、
こちらThe religious orders、聖職者の地位にある者たちのことですね。
この人たちがWere earnestということなので、真面目であった頃ということですね。
何に対して真面目であったかというと、
About doctrine、教義ですかね。
And learning、学問について、
そしてAnd all the services they owed to Godということで、
ちょっと日本語にOwed toというところがしにくいですが、
神に捧ぐべきお勤めについて真面目であった頃ということで、
王がまず一つ神と伝道者たちを真面目に奉じていたと。
そして聖職者の地位にある者たちはまたキリスト教の教え学び、
そういったものにお勤め、そういったものに対して真面目であったとき、
だから王だけの話ではないと。
宗教的な地位にあった人たちにも真面目であったときということですね。
司会 そうですね。ここはうまく引用を混ぜ込みながら、
Whenで二つ受けていて、このWhenは何なんでしょうね。
関係福祉的に読むんでしょうかね。
The pastあたりにかかっていく、どんな過去だったかというと、
こういう風にキリスト教が核も栄えていたそんな過去を過ぎ去りし、
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ゴールデンエイジストはそういう時代であったということですね。
司会 ここら辺は次にもう一つクオートがあるんですけれど、
クオーテーションが入っていて、どこからというのがどうしても気になるので、
こういうのを見ると、たぶんこれはパストラル・ヘッケアから来ているのかなという、
ヘンリー・スウィートが編雑した小英語。
司会 割と有名な箇所で、小英語にもよく引かれる箇所なので、
いいところを取ってくるなというところですね。
司会 文字通りの引用があるわけではないんですが、
大意としてこういうことを言っているというので、
本当に言っているのかなと思って見に行ったら本当に言っていましたね。
司会 裏になる小英語があるわけですよね。
司会 プレピスであったので、その後も結構胸を打つことを書いていたので、
ぜひ終わり際あたりに言えたらなと思っております。
司会 そんな黄金時代について、こういうことがあった頃ということで、
王がこうで聖職者がこうだった頃というのがまず一つありまして、
アルフレッド大王の嘆きがまだ続くんですね。
He lamentedということで、こうも嘆いている。
The decay of learning was so great at thebeginning of his reignということで、
アルフレッドは次のように嘆くと。
The decay of learning was so greatということで、学問の衰退はあまりにもひどく、
ざっと以下がこの後にあるわけなんですけれど、
あまりにもひどいのにこういうことが起きた。
次のような事態が起きた。
At the beginning of his reignということで、
彼の時世の初めの頃にはこういうことが起きていたということですね。
で、ここからがまたクオテーションになるんですけれど、
That there were very few on the side of the Humberwho could understand their rituals in English
or translate a letter from Latin into English,
and I believe not many beyond Humberということですね。
こちらですが、
Humberの側には、
That there were very few on the side of Humberということで、
Humber側の側には、
Humber側の側にはこういうことができるものはほとんどいない。
どういうことができるものがいないかというと、
Who could understand their rituals in Englishということなので、
儀式を英語で理解したり、
or translate a letter from Latin into Englishということで、
ラテン語から英語へ手紙を翻訳したりできるものがほとんどいないと。
And I believe not many beyond Humberということで、
こちら、Humber側より向こうにも多くはないと私は思うというふうに書いていますね。
そうですね、ここはなかなか嘆きが激しいところで、
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最初はセミコロンでね、Unhealamentedなんで、
これどこからの接続かっていうことは精度上重要なんですけど、
これは、He looked upon the past as a golden ageっていう、
ここと同じレベルじゃないですかね。
そうですね、はい。
なので、少し大きめの区切りということで、
カンマ以上の区切りというのがセミコロンですね。
そこと同じレベルで、Unhealamentedという流れでしょうかね。
で、ラメントした、どういうふうに言って嘆いたかっていう中身が雑踏説なんですが、
その中もソー・ザットになっているので、長いですね。
ソー・ザットのザットは、うまく現代語訳した言文、
語彙語言文をこの古文に織り込む形でっていう構造になってますよね。
だからこれテクニックが必要だね。
そうですね、クオーテーションと引用とカンマとあるので、
ここでうまくセミコロンを使うことで
区切っているなというレベルを整理するのに役立ってますね。
ハンバーガーのこちら側というのは南側ですね。
メセデスですね。
そうですね。
その北側というのは北イングランドということで、
そこはそこでかなりキリスト教徒が株を栄えたということで、
ハンバーガーを基準に北側でも南側でもという、
北の方がむしろこの前の時代には栄えていたので、
キリスト教的にはね。
こういう言い方ですよね。
ハンバーガーのこちら側、南側にはほとんどいないと。
その儀式を英語で理解することができるような人はと。
そのレベルにまで学問の衰退は
so great だったということですね。
はい。
はい。儀式を英語でやる。
そしてラテン語の手紙。
この後にも、実は2段落目にもこういうのが出てきますけど、
ラテン語の手紙を英語にする。
英語、ラテン語に。
ラテン語の使用というのがやっぱり学問の基礎と扱われている節はありますね。
はい。
And I believe not many beyond Hamburg.
ハンバーガーの向こうにだって多くはないと。
南よりはいいわけなんだけども。
かつての栄光の成果でですね。
だけども北ですらあまりいないんじゃないかということを思っているわけですよね。
ここでですね。
Understand the rituals in Englishってあるじゃないですか。
これ一見するとラテンの間違いじゃないですかとかもいませんかね。
そうですよね。
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その後の流れからしてもラテン語もできなくなってしまったみたいな。
だけどもこれ私ちょっとラテンの間違いか何かなのかなと思って調べたらですね。
裏にこういう英語の原文があるわけですよ。
これねやっぱりイングリッシュがあっているんですよ。
ここではちょっとそぎ落とされちゃっているんですが
こういう英語の原文にあるのは
これがオッセフルズムというような小英語の
オアファーザーといいますか
さらにマシテアっていう漢字なので
つまり英語ですらある意味儀式できないと。
なおさらのことラテン語なんてもう神秘漢語ですっていう流れなんですよ。
なのでこれは少し言葉足らずの訳し方ではあるんですが
そこの原文には忠実であろうとしている引用の仕方ではあるんですよ。
ちょっとこれだけだとわかりにくいんですが
英語でもできないし
なおさらのことラテン語を英語にするなんていうことは
全く持ってできないっていうような
マッチレスみたいな意味合いの単語が
このオアの部分に実は原文があるんですよね。
これでちょっとして違和感が解消したっていう。
これなかなか高度ですよ。この制度が。
そうですね。何とかですらできないみたいなものとかは
英語だとあんまり福祉がつかなくて出されることもよくあるので
こういうのを理解せずに余さず取るのは難しいですね。
Reach out in Englishということで英語ですらできない
ましてや何とかはもっとできないみたいなことを言うのは
1とかついててくれれば読み取れる時もありますけど
ここから読むのはちょっとこれだけでは無理ですよね。
なのでおかしいなと思ったわけなんですが
調べてみたらそこで忠実であろうとしているというところですね。
クオーテーションマークに入っているっていうのが
操作させているっていうのはもしかしたらあるんですかね。
そうですね。
クオーテーションがまだ閉じていないので
長いんですよ。
じゃあそのクオーテーションの終わりまで参ろうかなと思います。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
たくさんとそれからヘルメイトの皆さんもギャラリーとして
同じ場所にいたわけなんですが
そんな中で収録した制読会の前半20分ほど聞きいただきました。
いかがでしたでしょうか。
引用が多い箇所だったんですが
その引用文というのが背後に小英語の原文があって
それを現代英語訳した状態で
著者のボーアンドケーブルが引いて
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文の中に埋め込んでいるという複雑な構造になっているんですね。
そうすると配信会の中で
その裏の小英語原文にも及びましたが
ここまで理解するということは
超制読では必要なんです。
もちろん普通の読み方であるとか
あるいは超のつかない制読ぐらいまでですと
裏にある原文の元にまでたどるということは
しないと思うんですが
超制読とか極超制読というのは
この原文にまで戻る必要があるんです。
これが本当の制読、読み方なんですよ。
この煩わしいと感じるかもしれません。
一方でこれが楽しんだと思われる方もいるかもしれません。
本当の理解には
どのように小英語原文を著者が解釈して
今回の場合現代英語の文の中に埋め込んだかと
そこの意図までなるべく解釈したい。
もちろん100%は無理なわけなんですが
制読というのはここまでやるもんだということを
この配信を通じてお伝えしたいわけですね。
この辺り打ち合わせたわけではありませんが
司会のタクさんもがっつりと
この辺りをもちろん理解していただいていたので
我々今回の読みがこのように充実した形で
展開していったのかなというふうに思います。
これ本当に重要です。
引用文はその元、原文で本当は何を言っているのか
そしてそれを引用している著者の意図は何なのか
というところまで突き詰めたいですね。
ということで今回は非常に濃い
短い文そして20分でしたが
非常に濃いパートを読むことができて
私も大満足でした。
この収録には後半もあります。
また数日置いて編集いたしまして
お届けすることになるかと思います。
この楽しさを知ってしまうと
なかなか抜け出すことができません。
ですが皆さんにぜひこの沼にお付き合いいただければと思います。
ボー&ケイブルの第6版、最新第7版は出ておりますが
このシリーズは基本第6版をベースとして読み進めていきます。
春、新年度始まりですね。
英語を学びたい、英語史を学びたいという方は
ぜひこの古典的名著と言われる英語史の本
入手していただければと思います。
このチャンネル、英語の語源が身につくラジオヘルディオでは
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それでは今日も皆さんにとって良い一日になりますように
英語史研究者のホッタリウイチがお届けしました。
また明日!