あるといえばあるんですが、ちょっと周辺的でまともな意味の単語って確かにないですかね。
これはとても良い考察で、これはどう答えましょうかね。
基本的には日本語は確かに一音接語って和語の基本的な単位としてあるんですが、
歴史の過程で日本語でもですね。
2音かけて2網羅ですね。
網羅って言い方するんですが、2網羅かけて一つの単語を作るっていうのがだんだん増えてきたんです。
1が基本なんですよ。
1が基本なんだけど、1だけだといくつかしか単語作れなくなっちゃいますよね。
なのでしょうがないから2音。
そうすると2音の組み合わせっていうのはかなり増えるので数百作れる。
さらにその2と1をベースにして組み合わせて3とか4とかいうふうに組み合わさっていくっていうのが日本語の仕組みで。
日本語も本来1ですね。
それがただ今一番多いのは2とか3。
3、4音節語が多いと思うんですが、そんな形なんですね。
1音だと単語の数は作れない。
数が知れてしまうので、どうしても2音以上かけて単語を作るっていうのが言語の基本です。
これは日本語、英語に限らずっていうことですね。
もう一つですね、端的に答えるのは難しいんですけれども、音の組み合わせ方って言語によって決まってるんですよ。
例えば単純な話、日本語ではんから始まる単語ってないっていう。
だからしりとりが可能なんですけれども、組み合わせ方ってあるんですね。
基本的に日本語は詩音が重なっちゃいけないんですよ。
実はあるんだけど、んとか。
あるんだけども基本的には詩音、母音で一つの単位っていうことなんですね。
これはがっつり日本語の文法っていうか音の仕組みの中に埋め込まれている一つの規則なんですね。
ところが英語は実はいろんな音節の作り方っていうのがあって、理論上何万だったかな。
1音節を作るのに理論上4万とか5万ぐらいの通りの作り方があるんですよ。
日本語は1音節作るのに数字しかない。
これ全然違うんですね。
英語の場合音の作り方、音節の作り方の規則がある意味緩い日本語に比べると。
なのでかなり多くの情報が1音節だけで表せるっていうことがあります。
むしろそれを使いこなしているということかなと思いますね。
これ答えになってるかな。
もうちょっとうまい答え方あるかと思うんですが、単語の長さに関する話題ですね。
もうちょっとうまく説明できるように勉強しておきたいと思いますが、
次ですね。EDがつく過去形と不規則に変化する過去形がある理由ということで、
これは皆さん思ったでしょうね。
全てEDだったら楽なのにと。
ところが先ほどのgo wentとか、go wentはちょっと行き過ぎっていうかね。
もう本当に予想つかない形なんですが、母音が変わるって結構ありますよね。
これ数十覚えたと思うんですよ皆さん。
come, came, comeとかsing, sang, sungとか重要なものは大体数十覚えたと思うんですね。
あれ60個ぐらいあるんですよ。
英語学習者を覚えなければいけないものっていうのは60ぐらいあります。
複合動詞なんかも含めるともっとありますね。
300近くあるんじゃないかなと思いますが、皆さん数十は覚えてきたと思うんですよ。
あれ完全に暗記ですからね。
なんであんなものがあるんだと。
ほとんどその他のものはEDでいいのにということなんですけれども、
これはおそらく真実を知ると皆さん驚くと思うんですが、
今EDが規則形って言うでしょ。
数も少ないし覚えなきゃいけないんで不規則形ということで、
sing, sang, sungのタイプを覚えてきました。
不規則ですという言い方をしたんですが、
これも千年と言わずもっと遡ったゲルマン語という時代なんですけれども、
そのぐらいに遡ると実は母音を変化させる、
つまりsing, sang, sungの形のほうが普通というかそれしかなかったんですよ。
つまりEDなかったんです。
つまり当時の目線から見ると母音を変えるっていう、
今われわれ不規則って言っているものがむしろ規則なんです。
ある時に新規軸としてEDで簡単に作れますよという方法が始まりだしたと。
始まりだした時はこれどこから来たんだ、新しいもんだからみんな変だなと思ったわけですよ。
こっちのほうがだから不規則というふうに最初は捉えられたと思うんですが、
これが見る見るうちに設見して、便利は便利ですよね、EDつければいいだけなんで、
ということで多くの単語を飲み込んでいったんです、多くの動詞。
今まではいわゆる不規則的に、われわれの目線から見ると不規則的に母音を変えていったものがどんどんEDに繰り返していったんですね。
その結果今から800年ぐらい前ですかね、までにはおおよそですけれども、
現代に近いような段階、つまりEDでほとんど作る。
そのEDの新しい波に乗り遅れた、乗らなかったものが今われわれが覚えている数十個の不規則変化なんですね。
先ほどのGo、Wentで言ったようにすべて頻度高いでしょ。
カムもスイングもどうでもいい動詞ではないんですよ。
よく使う動詞は非常に保守的で残りやすいです。
新しいED化みたいな波が来ても、たとえそっちの方が簡単だとわれわれには思えても残っちゃうんですね、古いもの。
その中のロンドンの中流階級の辺りから出てきたものがだんだんと標準になって今に至るんですけれども。
この標準英語の源、ロンドンの16世紀あたりの中流階級というふうに言っておきましょうかね。
この人々から一歩離れた社会集団に行くと、実は全然異なる文法みたいのがあって。
例えばですね、複数形のものが死後の場合、つまりJとかB。
この時は必ず動詞にSをつけるという文法を持っている集団もあったと。
それから全ての認証変化においてSをつけなければいけないという文法規則を持っている英語話者集団もあった。
そしてもう一つはですね、イースト・ミッドランドというエリアなんかでは、一切Sつけなくてよし。
これ簡単でしょ。つまりSはつけるところはないので、全て裸でいいよという方言もありました。
いろいろあったんです。その中で非常にある意味変な文法が残っちゃったんです。
標準英語に発展していくその源では、なぜかですね、三単元の単数の現在の時だけSつけましょうねと。
他の表の位置ではつけなくてもいいですよっていう、極めて異国地ないって言いますかね。
左右対称でもないし、綺麗に言っていない、そんなルールを持っていた文法があったわけなんですが、
そこのロンドンの中流階級が喋っていた英語のルールですね。
それが結局ロンドンの中流階級で、社会的には偉いというか中心的な存在だったので、
これが標準英語になってしまったっていうだけなんです。
結果的にいろんなSのつけ方のルールという英語があったんですが、
たまたまこんなヘンテコなところにのみSをつけるという社会集団が喋った英語が標準になり、
そしてのうちに英語が世界化するに至っても標準的なものとみなされるようになったということで、
あのSに何らかの言語的意味があるかというとないんですね。
つまりイーストミッドランドのもし方言が標準化していたらSないわけですよ。
全部裸でいいっていうことだったんで、ある意味たまたまです。
言語的な意味はないっていうことです。
ただ社会的な意味はあると言っておきましょうかね。
どこの社会集団の使っていた英語規則が標準になったかという意味でということです。
それから次ですね。
どうしプレイが使えるスポーツと使えないスポーツの違いは何ですか。
これいい質問ですね。
ちょっとわからない。
ズバッと何て言えるのかな。
プレイ、サッカー、プレイベースボールとか。
あと言えないのは何でしょうかね。
スポーツって言っても言えないものの方が多いですか。
そしてこれみんなに見られているし、みんな意味が分かるということを前提として、
例えばそういったロゴとか入ったものを着ているということで、
恥ずかしさみたいなものは自他ともにほとんどないのではないかなというふうに見ているんですが、
どうでしょうかね。
誇りを持ってひらがなとか漢字のものを我々日本人が着るというのも全然ありだと思うんですけど、
この感じ方の差というのがもしあるとしたら、
いわゆる英語という言語と日本語という言語の社会的力というのかな、
世界における位置づけの圧倒的な差といったものと関連してくるのではないかなと思います。
この辺は社会言語学的な結構まともな問題なんですよ。
こういうのってすごくいい質問だと思いますね。
考察に耐える質問だと思います。
ファイン、なぜ罰するとか罰金という意味ありますよね。
ファインということなんですが、これは語源的に解決する問題で、
ファインって、これたくさんあるんですよ、この語源に遡るもの。
もともとは切り刻むっていう意味なんですよ、細かく。
今のファインっていうのは、It's fine today っていうと天気だって意味になったり、
ファインプレイっていったり、素晴らしい、素敵なっていうポジティブな意味ですよね。
ただ今でも大元の意味である細かいって意味が残っていて、
例えばファインレインって言うと、ファインレインって分かります?
これ小抜か雨、小刻みに降る、よく濡れる雨ですね。
あれ細かいって意味なんですよ。
ファインダストとか細かい埃とか、実は素敵ではなくて細かいって意味ちゃんと残ってます、今でも。
次に来る単語によってはこの意味になります。
もともと切り刻むって意味から発して、これ話し出すと長くなりそうなんですが、
切り刻むということはどういうことかというと、細かくなりますよね。
細かいっていうことは、これをメンタル、心理的に細かいって言うと細かい人っていうふうに、
すごく繊細な人って意味になりますよね。
繊細っていうのは、悪く言えば細かすぎる、小さいところにぶつぶついってことになりますが、
良い意味で言えば繊細で人の心がわかるとかですね、良い意味にだんだんなっていきます。
その成れの果てが素敵なとか素晴らしいということで、今では天気なんかにも使えちゃうということなんですが、
もともと細かい、小さいっていうところをポジティブに見たところから始まります。
もう一つの方向性は、切り刻むということはですね、区切りを設ける。
例えば領土なんかを考えるといいんですが、こっからここまではこっちの領土、あっちの領土みたいに切り刻むっていうことで、
国境とか領土って意味が出てきます。国境線ですよね。切り刻むんで。
そこから例えばですね、コンファインなんてありますよね。
コンファインっていうのは閉じ込めるということですし、ディファインっていうのはしっかり自他の区別をつける。
これが定義するっていうことですよね。ディファイン、ファインがそうです。
それから結局国境線っていうことは、ここまでが領土だっていうことで、ここはおしまい、最後って意味になりますので、
フィニッシュっていうことになりますね。それからファイナルということになります。
終わりって意味が出てくるんですよ。そうするとですね、物事を終わらす、
特にですね、揉め事を終わらせる手段、次男の手段としてお金が出てくるんですよね。
これ罰金ってそういうことですよね。法的におかしなことをしてしまった。
それをちゃんと最後に収める。すべて終わらせる。
この問題を終わらせるための手段として一つ罰金という方法があって、
この意味に特化していったのがファインということで、これすべて繋がっているということですね。
大元は切り刻むということになります。
これ個別の語源の問題ということになりますね。
それからもう少しいきますか。
同じ単語にいくつもの意味があるという、いわゆるタギ語ということで、
これ同じ形なのに全然意味が関係ないとかね。
英単語を覚える上で非常に苦労するわけですよね。
例えばバンクっていうと銀行って意味と土手って意味があるとか、
他に書いてくれてたかな、別のところでラストなんていうのは、
終わり、最後のって意味もあれば続くという意味ありますよね。
こういうふうにどうしてこんな全く異なるね。
近い意味ならわかるんですけど、重ならないわけですよ、今言ったものって。
同じ単語にいくつもの意味があるっていうとき、いろんなパターン実はありますが、
たまたま今思いつきで挙げた2つは語源が違うんです、そもそも。
なので古く遡ると違う語形なんですね。
それが発音の変化の結果、たまたま合流しちゃうっていうことがあるんです。
そうすると2つの全く異なる語だったのが、だから全然違う意味当然持ってるものが、
同じ形に合流しちゃうっていうことが結構起こるんですね。
ラストも全く異なる語です。
一方のラストは最後のっていうのは、レイト、遅いの最上級の形です。
レイト、ラスト、ラストっていう形なんですね。
レイトにST、最上級をつけたのが短くなってラストになった。
もう一方の続くとか持続するっていうラストは全く別語源で、
かすりもしない別語源なんです。
続くとか持続するっていうもともとの意味だったんですけど、持ちこたえるとかね。
これがレイティストに相当するものが発音が短くなってラストになっちゃった。