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おはようございます。 英語の歴史の研究者 ヘログ英語史ブログの管理者
英語のなぜに答える初めての英語史 英語語源ハンドブック
言語学ですっきり解決 英語のなぜの著者の堀田隆一です。
去る6月10日 NHK出版新書
英語史で説く英文法の謎 なぜ3単元のSをつけるのかが発売されました。
発売前増殺がかかっておりまして、今第2釣りが 全国つつ裏裏の書店の書棚に並んでいます。
英語の語源が身につくラジオヘルディオ 英語史をお茶の間におもっとうに英語の歴史の面白さを伝え
裾野を広げるべく毎朝6時に配信しています。 本日は2026年7月19日日曜日
みなさんいかがお過ごしでしょうか。 今日は
昨日から始まったシリーズ回の第2弾ということになります。 聞かせてなぜ3単元のなぜ7月の陣パート2
ということになります。 冒頭でもお知らせいたしましたなぜ3単元
こちらにつきまして読者代表そしてリスナー代表として ヘルディオでもおなじみ
現役高校英語教員の川上さんが著者に直接質問をぶつけるというシリーズです。 こちらのシリーズはなぜ3単元の発売前から実は
スタートしているんですけれども発売後の継続シリーズとしては今回初めてなんですね。
昨日の配信会お聞きいただけましたでしょうか。 そこで川上さんが一つ大きな質問を私に投げかけられました。
私も事前に聞いていたわけではないという抜き打ちの 今回企画なんですね。
まさかこの角度から来るとはなということで 孫孫しつつ答えようとしているのが今日これからお聞きになる
回なんですね。 私も
一言一言かみしめながらお話ししています。 なので歯切れが悪いと言いますか間延びがしている間が空きつつですね
お話ししている様子も伝わるかと思います。 実は
先週1週間前の土曜日にですね生配信したものだったんですが 多少ネット環境が私の方で悪かったので
少し音が飛んでいるところがあるんですね。 なるべく編集はしたんですけれどもそのあたりの編集も含めてもしかしたらちょっと
不自然に聞かれることがですね あるかもしれませんけれども最善を尽くしました
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ただ間はですね特に編集で埋めていませんのでそのあたりの息遣いも含めまして私の 苦しい回答ですね
をお聞きいただければと思います。 研究と教育には交わるところと交わらないところがあるんだということですね
いつも 私が普段感じているところを正直にお話しいたしました
それがどのようになぜ3単元に反映されているかということについても触れたつもりです そして最後の方にはですね
ご同席いただいておりましたたくさんこと兼田拓さんにも議論にご参加いただいております
3回続くシリーズの第2回ということなんですけれどもね ぜひ聞いていただければと思います
それでは行ってみましょう 聞かせてなぜ3単元のなぜ
7月のGYM Part2です どうぞよろしくお願いいたします
えっとですね どのように答えたものかということを頭の中でぐるぐる考えていたんですけれども
一つはですね 私の立ち 川上さんの今 高校英語教員としていつも5分間のやってます通信で明らかにされているような奮闘というのは
ヘルディオの皆さんもお分かりだと思うんですよね 私も近いところでこちら追いかけさせていただいているので分かっております
英語を教育する生徒たち 学生たちに教育するという立場でも 大学というレベルなんですが あることはあるんですね
ただ私のアイデンティティと言いますかね 英語史の研究をしている 英語史の研究者ですというのがまず第一にあるということで
教育にはもちろん関わっているので この問題はですね 何度も考えてきたことがあるんですが
今ですね 現時点での私の英語史という分野とか現象への向き合い方は
教育との連動というのは むしろ考えない方向に考えない方向にというふうになってきているという立場なんですね
それはですね この研究と教育で やっぱり繋がるところとどうやっても繋がらないなというところがあって
そこはすごく実感が強まってきているので 多分こういう考え方に近年なってきているんだろうなと
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私自身は思っているんですけど おっしゃる通り例外だったり 簡単に言うと言語は複雑であり
世の中は複雑であるということが どんどん研究すればすることが分かってくる
それを説明することなんてもうできっこないというような 諦めに近いところにまで
あまりの複雑さ バリエーションの豊富さという方向に気づいて それが事実だということに
研究を進めるにつれて気づいてしまうということなんですね
ただ研究も複雑なことを複雑だと言って終わってはいけないので
それをなるべく一般化する形でっていうのが 近代の学問というか科学なので
もちろんまとめられるところはまとめる ただどうしてもまとめられないところは
たくさん残ってしまう それも含めて真実だっていうことを繰り返し
自身が研究室の中で分かってきているっていうのが まず一つなんですね
一方教育は分かりやすさと言いますか
やっぱり丸× 答えがはっきり出ないものは試験に出しにくいし
恣意的な教員の判断になってしまうので やはり一定の基準ですよね
規範とか基準というものが必要だろうという
そこで言語をありのままに見る研究者の立場と
そこを一般化された基準化されたもの 習熟度を測るという教育とは
根本的にやっぱり違う方向を向いている というところがあるんですね
もう一方は だけどつながるっていうのは どういうところかというと
研究によって言語っていうのは こういうものであると
一言では語れないけれども 少なくともこの部分に関しては
こんな言い方ができるというような ある一般論が研究で出せたときに
それは積極的に教育という場にも 基準にもなる形で応用
適応していくのは 素晴らしいことかなと思っているんですが
そうでない基準化からは外れてしまう 例外の集合であるっていう
上さんの先ほどの趣旨を捉えると 研究と教育の接続っていうのが
非常に難しいんですよね 簡単ではない 私は研究者なので
ある意味 そっちに研究側に振り切っていくこともできるので
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そっち側に振り切ろうと思っている 感じなんですよね
一方 川上さんは教育現場にいながら 一方で英語史にも関心を持たれて
勉強されている つまり研究に近いところにまで 入り込んでいるっていうところなので
これは悩みは絶対強いはずなんですよ 私と川上さんとで
同じ英語史の話をしていても 見ている角度が異なるのかな
ということは感じることは よくあるんですよね
まず大きなポイントとしては そこで 私は英語教育の研究者とか専門家
あるいは実践者でもあまりないんですね 最近は英語を
いわゆる語学としての英語を教えるというぐっと 減ってきているっていうのは事実で
専門の英語史を大学などでも抗議する みたいなことの方が圧倒的に多い
ということで ちょっと振り切る方向に 行っているんですが
教育と言語の事実というのは 基準が定まらない
○×がはっきりしない 答えが出ないという点では 非常に相性が悪いのかもしれない
というふうにも本当に思うんですよね
これも結局教育論 教育とは何かと 何を教えるべきなのかというところで
言語学の知見などを利用して うまく基準に落とし込める
あるいは英語史の立場から うまく説明できるところは積極的に使う
そうじゃないところは使わないというか
これもあるところでは利用して 別のところでは利用しないという
そういう言い方をすると すごく詩的な感じはするんですけれども
英語史とか英語学でも分かっていないことは たくさんあるんだよっていうことも
込み込みで教えるっていうのはどうか っていうのが今の私の考えなんですね
利用できるところは ぜひ教育にも役立てていただきたい
利用できないところは隠すというよりは まだ分からないんですとか
あるいは今後も分からないままで あり続けるかもしれませんというような
やっぱり分かっていることを分かっていないこと
それから教育に活用できるところと できないところっていうのは
もう間違いなく河上さんおっしゃる通り 日々感じられている通りにあると思うんですよね
そこは区分けして 使えないところは使えない
だからこれは そういうもんですって言ったらあれなんですけれども
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現実は極めて複雑です
関心がある方はぜひ研究の世界にどうぞ ぐらいの勢いで
教育への英語詞の活用とか利用っていうもの
これは私も河上さんともお話しして 英語教育かける英語詞っていうことは
最近言う機会も多いですし まさに今回出したなぜさん探検も
ある意味うまくいくところだけを 表題としてはピックアップしたんですが
実際には本の中で まだ全然分かってないことが たくさんあるんですよねっていうことは
積極的に討論するというか これは分野として まだ分かってないっていうこともありますし
私自身が英語詞の研究もまだ途上ですので 知らないことがたくさんある
勉強してないことがたくさんあるっていう 両方のパターンがあると思うんですけれども
そこは明らかにしたいなという思いで書いたのと
今この10分ぐらい話したことっていうのは 多分方向性は一緒だと思うんですね
分からないこととか あるいは教育に使えないことというのも
さらけ出していきたいと 使えるところは教員の皆さんが
そこは使ってくださいっていうようなつもりでもありますし
一方 教員を主な読者として 実は想定しているという側面もありますので
やっぱり分からないことって こんだけあるんですよっていうことも
ぜひ知っていただきたいなということで
分からないことは分からない 難しいことは難しいというのも
できるだけ今回は述べるようにしました
やっぱりこれ一つデメリットっていうか あるんですよね
新書で広く読んでいただきたいというときに 分からないことが最後になると
がっかりされちゃうっていう可能性も高いですよね
これ多くの方に読んでいただきたいんであれば
やっぱりスパッと綺麗に切れるところだけを示して
一冊編んだほうが 本の売れとしては あるいは切れとしてはいいと思うんですが
そこに対しては 研究者としてっていうか
その言語の複雑さの現象を知っている身としては
その点においては なるべく誠実に書きたかったっていうことがあるので
綺麗味鋭くスパッとだけ終わるということには しなかったというところはあります
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これは元の記事 中高生に向けた連載記事のときから
中高生にも直に響く可能性が
むしろ新章よりあったと思うんですよ
今回の中高生のための講座という雑誌だったので
そこに向けて直接届く可能性があるので
余計に連載記事 オリジナルの方が意識していたことかもしれません
研究者は英語について何でも知っている
英語の博士なんでしょっていうふうに
見られてしまう可能性が多いわけなんですが
というようなところが実際だったりするので
そこはこういうふうに綺麗に解けるところもあります
美しいでしょっていうふうに示して
感動っていうふうに言ってもらいたい
私もいると同時に
だけども その先にやっぱり分からないことがあるし
これは丸々つけられないこともあるんですよっていうのも
ものすごく知ってほしかったので
新たに分からないことは分からないっていうのは
積極的に出すようにしたっていう
今回も歯切れの悪さを感じるところっていうのは
要するに分からないところっていうことで
今ご指摘いただいた最後の2.4説ですが
最後の説なんかは ある意味では濁して
今もルールが作られている最中で
まだ白黒はっきりしてない段階なんですよね
今後だって白黒はっきりするか分からないし
というような要因は
むしろ施設の最後だからこそ
こういうパターン多いと思うんですよ
今回のなぜ3単元 ずっきり言ったかと思ったら
やっぱり難しいっていうようなパターンに
議論がなっているところは
割と多いではないかというふうに思います
質問に対する答えに
どこまでなっているか分からないんですが
考え方への質問だと思いますので
姿勢に関する質問だと思いますので
それをお話いたしました
どうもありがとうございました
今まで大体先生のお話から
現実の複雑さというか
言語の複雑さというか
そういうところを一般化するのは
難しいというようなことは
お話の端々から理解はしていましたし
また私は英語の歴史を研究するってことではないんですけども
ちょっと考えてみるだけで
何千年使ってきた言葉を
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一つ一つのケースを一般化、抽象化して
こうなってますよっていうのは
やっぱりちょっと現実離れしてるような感じもしたりとかするので
私としてはむしろ研究あるいは
歴史の資料を向き合うっていうのは
どういう営みなんだろうかなっていうようなふうにも思ってます
私のように英語教育、高校で教えてるものは
どちらかというと先ほど言ったように
一般化されたものを習得するように
あるいは覚えるようにっていう
そちらのほうに力点があるわけですけども
必ずしも全てが一般化できるわけではない
現実は人文科学はおよそそういうものではないかというふうに思うんですけども
となると先生は言語の歴史に向き合う
そういう営みっていうのは
どういうことを目指して
向き合ってらっしゃるのかなっていうのは
そういう方にも疑問は向かうわけなんですけども
いかがでしょうかね
大きいですね
何を目的として研究しているのかとか
これによって英語誌によって明らかになったことは
結局何のためになるのかみたいなことだと思うんですけども
私はですね
一つ一つの歴史英語で起こってきたこと
個別具体的なところに割と関心があって
他の問題を扱っても同じ方向性を向いているって時には
もちろん抽象化一般化することはやぶさかではないと言いますが
それは研究学問のあり方だと思って
やっぱり一段高く抽象化していくっていう作業はするんですけれども
関心の向き方としては割と個別具体なんですよね
しかも歴史なんで起こってきたことは後付けで説明するっていう方向にしかならなくて
物理学のように今日この力学法則で起こっていることは
たぶん明日も同じように起こるだろうみたいな予測が立たないっていう意味では
文字通りの歴史研究
起こったことをどう解釈するかっていうことなので
後ろ向きって言い方なんですかね
何か前向きにプロデュースしていくことではなく
人間の営みの記録みたいな感じですかね
そういうものだと思っていますし
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もちろん多少一般化できることがあったとして
それは人間の言語の特徴なんだということは
人間の考え方思考回路の特徴なんだということで
一つの人間工学と言いますか
人間の理解に繋がるということは部分的にあると思うんですよね
ここに貢献できればいいとは思うんですけど
先ほども申したようにあまりに事象が複雑だったりすると
何か壮大な目標中の自然科学のような
すべての物理法則宇宙の法則を見つけたいみたいな
壮大なものっていうのは言語の場合
私は多分持ち得ないだろうと考えてるんですね
言語の普遍的な法則を最終的にたどり着きたいっていう言語学者も
たくさんいると思うんですが
私はあまりそこに関心はなくて
この変化を起こした人は何を考えてはいないんでしょうか
どういう行動を原理で
こんな新たな発言を新たな言語使用を始めたんだろうかとか
どっちかというとそういう個別のところに関心があるので
何のためかというと
こんな人間もいましたとか
こんな人間集団がいましたみたいな
記録に割と近いのかなと思っていますね
なので私は大きな何か目標があって
壮大な自分の一生の時間を使っても無理だろうなっていうのは
物理法則の解明みたいな
それに相当するものを何か持っているかっていうと
ないんですむしろね
むしろなくて個別具体的なもので
どう人間が反応してきたか
新しい方法を生み出してきたかというところで
どう一般化するのか
これよくわからないよねっていうところに
むしろ関心があるような気はしています
そこは目標の持ち方で
もっと言うとそこに関心があるんでしょうね
なぜこの時この人はこのタイミングでこれを起こしたのか
違う人だったら別の言語変化が起こってたかもしれませんし
というような偶然みたいなことの
過去に起こったことの原因究明
単一的事件の原因究明みたいなところで
むしろ一般化とはあまり相性が良くない感じの
問題意識の持ち方なのかもしれないなと思いますね
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その自分のテイストとか趣味みたいなものですけども
それに割と忠実に研究している
なので個人的具体的っていう話題設定が
私も振り返ると研究でやっぱり多いんですよね
三単元のSも学んだ時に不思議だったし
自分の問題意識に引きつけて
いろいろ研究してきて
今回のような公表の仕方にはなったんですけれども
ここからどういう一般性を導けるのかとか
先ほどの教育に活かせるかっていうのは
やはり読者一人一人の皆さんが
そちらの関心があるのであれば
引きつけてお考えいただきたい
そこまで答えていますか
ヒントを提供するのは私の役割でもないし
それほど関心もないっていうのが正直なところなんですね
こんな感じです
どうもありがとうございます
そうしましたらたくさん
ご指摘いただいてますけれども
もし何か一言お話しいただけるようであれば
お願いしたいと思います
ぜひぜひ今回比較級の話題だと思うんですけれど
どっちを使うかっていうところから
スタートしたと思うんですけれど
私も日々どちらかというと
教えてる時間の方が長いんですけれど
教えてて非常に思うことが
まず現実として英語の仕様があって
ネイティブスピーカーが中心ですけれど
英語の話者がどういうものを使っていて
特に英語史の場合には通常的に
歴史的にどのように変化してきたか
ということも含めて見るわけですけれど
複雑な現実が先にあって
そこから何かしらの法則というか
そういったものを抽出して
それを教育の現場で教えているということは
自然科学だと日常的に
さっき物理学の話が出たと思うんですけれど
物理現象みたいなものには
観測、自分がどう認識しているかは別にして
物理現象って日常に触れているものなので
複雑なものが先にあるということは
前提であると思うんですね
ただ英語って
福岡、福岡、我々
あまり多分接触点が多くなくて
複雑な現実があるというところを抜きにして
最初に抽象化された
いかにも整然としたルールみたいなものが
先にあってそれが教え込まれるので
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例外みたいなところに理不尽を感じやすい
ということはすごいあると思うんですよ
クレバーとかネローとか
こういうどっちを取ってもいいみたいなものって
すごく許せないと言いますか
あと絶対にこの単語は
こっちしか取らないみたいなものを
教わったりするわけですけれど
現実に例えばシンガポールとかに行ったりして
リッチャーといいます
more richみたいなことを聞いたりするわけですよね
チーパーじゃなくて
more cheapみたいなことを聞いて
この人は間違ってるなと感じるのか
more cheapみたいに言う人もいるんだな
みたいなところで
初めてそこで
現実が複雑なことを思い知るというか
その順序が
先にこういう
現実は複雑であるということは
英語に関しても実は複雑なことが先にあるんだよ
ということはね
教授的に要するに今
世界中で英語が使われている
っていうこの現代だけでもそうですし
歴史的に見た視点とかもそうなんですけど
そこが先にあるっていうことを
それを研究者の先生方が
日々頑張って何とかして
真実により近づこうとしていて
その一端が我々に来ていて
より確からしいことっていうのが
教育の中でなるべく伝えられているようにしている
ここの考え方っていうのは
日々勉強を教えられしていると
いつの間にか本当は
本当はこういう
もともとは複雑だったものが
シンプルな形で先生は正しいことを言っていて
それを模倣することが正義であるみたいな風に
より単純化されてしまうっていうところは確実にあると思うんですよね
私なんかも最初といいますか
英語との出会いは学校の中だったので
これが正しくて
これは間違ってるっていう風に教わったんですけれど
実際英語をいろんなものに触れるようになればなるほど
そこから逸脱したものがたくさん見つかるわけですよね
ましてや英語なんて地域とか
いろんな人に
日本にいてですら逸脱したものに出会うのに
日本以外のところに行ったりすると
余計逸脱したものに出会って
この人は間違ってるなみたいな最初は思ってたものが
実はそうではないみたいな風に
この逆転みたいなことはね
これは何でも持ち出すと
教育って成り立たなくなると思うんですよ
これはこれもいいし
これもよくいいみたいなことをやると
じゃあスタンダードってどこなんだっていうことを定めないと
教育ってすごいやりにくい
効率が落ちると思うんですね
なんですが
コメントで先ほど
最初の5分ぐらいがいいみたいなことが
海塩さんから来てたりしましたけれど
先生がはしばしで
こういうことを匂わせるのは大事だと思うんですよ
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それはアイルランドに行けば
これは実際そういうのあると思うんですね
アイルランドに行くと
この言い方は実はいいんだけどね
みたいなことが
やっぱりフラグと言いますか
フックと言いますか
そんなのが
はしばしにあるっていうことは結構大事だなと思って
背景世界みたいなことを感じたいっていう欲求は
学習者としては絶対あると思います
あの
はい今あの話を聞いて
いやあまりにも美しい話だったので
なかなか
いやこれは
これは真面目トークでもあり
酒場トークネタとしても
とてもなんか
いやー聞いてて
この場にいられて
幸せに感じておりますよ
そうですか
いや真面目
すいませんね
真面目トークと酒場トークは
これは矛盾しませんからね
もちろんもちろんもちろん
あの酒場かつ真面目におりますけど
そんなことで
先生そろそろ田中さんが来られる時間ですが
リスナーさんにいらっしゃったりしますか
エンディングです
今日も最後まで放送を聞いていただきまして
ありがとうございました
いかがでしたでしょうか
ちょっと私がですね
これまでヘルディオで
あまり話したことのないタイプの話題と言いますかね
慎重に答えました
大事な問題だということで
一言一言かみしめながらお答えしました
もっとうまい答え方あったかなと
聞き返して思ったりはするわけなんですが
生配信のある意味良さ緊張感ということでしょうかね
言い方が難しいものの本音のところは
お話できたかなというふうに思っております
これについてご意見ご感想ぜひですね
寄せていただきまして
今後の議論の参考にしたいと思いますし
何ならですね
この配信会のコメント欄で
皆さんと議論続けたいなとも思っております
ぜひお寄せいただけますと幸いです
そしてこのような激しい難しい質問を
振っていただきましたリスナー川上さんには
感謝いたします
後半に議論参加していただきました
コメントを付け加えてくれました
たくさんにも感謝申し上げます
さあ絶賛発売中のなぜ3単元なんですけれども
こちら目撃マップ企画進展しております
全国のリアル書店で皆さん本書を見つけましたら
ぜひ本が置いてありましたよとテキストでも
あるいは許可を取った上でですね
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書壇の写真を書店で撮っていただきまして
私にお知らせください
町と書店の名前を添えていただけますと
私がGoogleマップ上にピンを立てていく
そんな企画です
もうすでに日本地図だいぶなぜ3単元のピンで
埋まってきているんですが
まだですね47都道府県全てを
制覇したわけではありません
とりわけ東北地方など
まだ空白地域がですね
残っているんですね
皆さんの力で是非
埋め尽くしていただければと思います
それでは今日も皆さんにとって
良い1日になりますように
英語史研究者のほったり打ちがお届けしました
また明日