エドワード・エリス・モリスの紹介
おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間にをモットーに英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく毎朝6時に配信しています。
本日は2026年1月27日火曜日。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
毎日のように朝、やら川下半にジョギングに来ております。メルボルンを流れる川なんですけれども、その川を眺めながらベンチに腰掛けて今日も収録しております。
このメルボルン、私到着して滞在始めて1ヶ月近くになるわけなんですが、今日はメルボルン×英語史、これで何が出てくるかということを話題にしたいと思います。
Austral English。エドワード・エリス・モリス編さんのオーストラリア英語辞書1898年。今日はこの話題でお届けいたします。どうぞよろしくお願いいたします。
今日はメルボルン×英語史という話題でお届けしたいと思うんですね。すぐには何か思いつくかというとですね、なかなか思いつかないんではないかと思うんですね。
オーストラリア×英語史であればもう少し広がるんですが、オーストラリアの中でもメルボルンという特定の町ですね、こちらと掛け合わせるとなるとなかなか難しいんですが、一つとっておきの話題がありまして、これは現地からお届けするのにふさわしいかなということでですね、
今日の話題はオーストラル英語史。オーストレイリアとかオーストレイリアンではなくオーストラル。Lで止める単語ですね。オーストラル英語史というタイトルの辞書があるんです。これはですね、オーストラリア英語とそれからニュージーランド英語も含めます。
オーストラルっていうのは、もともとは南のっていうことなので、南半球の。そこから英語関連の話題になりますと、大体ですね、オーストラリアとニュージーランドをまとめた形ですね。別の言い方ではオーストラレイシアという言い方もあります。
この2つをまとめた英語というふうにお考えいただければいいんですが、このオーストラリア英語、ニュージーランド英語に特有の語彙、英単語、これを集めた最初の本格的学術辞書、これがエドワード・エリス・モリスという人物によって1898年に出版されております。
このモリスなる人物がメルボルンと関係するんですね。私、メルボルン大学の図書館に毎日通ってですね、いろいろ調べ物をしているんですが、メルボルン大学の教授でした。
オーストラルイングリッシュの編纂
このモリスさんが編纂したオーストラリア辞書、プラスニュージーランド辞書ということなんですが、今日はですね、この辞書のメイキングについてお話ししたいと思います。
1898年にできた辞書ということでですね、もう少し時代を遡りまして、19世紀後半というのが今日の話の舞台になるんですが、当時ですね、イギリスのオックスフォードではニューイングリッシュディクショナリーの編纂が進んでいました。
これは後に解消されて、オックスフォードイングリッシュディクショナリー、このヘルディオでもしばしば取り上げております。OEDと省略して呼ばれることの多い辞書ですね。これの初版がまだ編纂中だった頃の話です。
当時編集長だった、ジェームズ・マリーという人物ですね。この人はですね、映画博士と教授でもよく知られているんですが、世界中の有志に呼びかけて、世界の英語ですね、イギリス、アメリカのみならず、ですからオーストラリアもそうです、ニュージーランドもそうですし、その他の真世界の国々ですね、
その有志に呼びかけて、英単語の引用文例を収集して、そしてオックスフォードまで送ってください、マレーのもとに送ってください、というようなことでですね、英単語の例文であるとか用例をですね、ひたすら集めていたという、そんな時期なんですね。
そしてオーストラリアからその素材を提供し続けていた有志、これがメルボルン大学の現代語、現代文学の教授、モリスさんだったわけなんですね。
つまりオーストラリア部門の英単語はですね、今でもOEDに含まれているわけですが、これの非常に多くの部分を提供した、貢献したのがエドワード・エリス・モリスだったということなんですね。
では、このモリスという人物は何者なのかと言いますと、生まれはですね、1843年にエイリオインドのマドラスで生まれています。そちらで会計課長を務めていた父のもとですね、インドに赴任していたということですね。
もともとルーツはイギリスということです。そしてこのモリス自身はですね、教育自体はイギリスで受けております。ラグビー校やオクスフォード大学に学びまして、エリートとして育ったわけですね。
その後ですね、1875年にメルボルンにお呼ばれします。メルボルン英国協会グラマースクールの校長に任命されて、オーストラリアに渡り、その後生涯をオーストラリアで過ごすことになりました。
1884年にはメルボルン大学の教授として招かれて、現代語文学で教鞭をとっていますね。
実際ですね、メルボルン大学の図書館の横にファカルティオブアーツがありまして、ここに文学部も入っているんですが、そこの優秀学生に贈られる賞としてですね、
モリス賞というんですかね、エドワード・エリス・モリスの名前を取った、このモリス教授の名前を冠した賞があるというぐらい、その大学でもですね、非常に著名な学者だったわけです。
最終的にはですね、1902年滞在中だったイングランドで他界しまして、お墓などはロンドンにあるということでですね、メルボルンにあるのかなと訪れてみたいなと思ってたんですが、地球の裏側、ロンドンにあるということでした。
はい、なのでまだ行けていないんですけれども、このモリスさんは経験なクリスチャンでですね、自然家でもあったんですね。
もちろん教育家でもありまして、図書館設立などに非常に大きな貢献をしたということもありますし、さらにメルボルンシェイクスピアソサイアティ、こちらを創設し初代会長ともなっているということで、他方面で活動をしていたんですね。
著作もたくさんありますが、そのうち最も著名なもの、名前を残しているものが、今回ですね、ご紹介したオーストラリア英語研究の記念碑というべきオーストラルイングリッシュということなんですね。
これは要するにですね、OEDにひたすら送っていたネタがあるわけですよ。これでひたすら集めて、オックスフォードのマレーの下に送り続けていたわけなんですが、ふと気づいたんですね。
これそのまま独立して、辞書に作り上げることができるんじゃないかと。つまりOEDの一部に取り込まれただけでなく、結局ですね、それ自体がもう独立して辞書となるということに気づいてですね、1898年にこれを単独辞書として出したというのがこのオーストラルイングリッシュ。
ちなみにOEDそのものはですね、全巻完成するのが1928年のことですので、これはですね、オーストラルイングリッシュの方が30年ぐらい早く出たということなんですね。
そしてもちろんですね、OEDの編参方式とオーストラルイングリッシュの編参方式は同じです。そもそもがOEDに貢献するために用例を集めたということなので、編参方式もですね、必然的に同じことになるんですね。
これが歴史的原則に基づいた辞書ということなんですが、ある意味ではオーストラルイングリッシュの方がこの歴史的原則に基づいた本格的な辞書としては、OED完成より早いので、ある意味一番乗りということになります。
モリスの功績と影響
もちろん規模が違いますし、扱っている語彙の範囲が違うということはありますが、そういう意味でもですね、英語史上あるいは英語学史上ですね、非常に重要な一撮りにあるというそんな辞書なんですね。
念のため、ちゃんとしたタイトル、ちゃんとしたっていうのは副題も含めたタイトルは、この時代の辞書とか本って長いんですよね。
読んでみます。
オーストラルイングリッシュ。
A dictionary of Australasian words, phrases, and usages, with those Aboriginal, Australian, and Maori words which have become incorporated in the language, and the commoner scientific words that have had their origin in Australasia.
というタイトルなんですね。略してオーストラルイングリッシュ。1898年。
モリスはこれを書いたことによってですね、翌年1899年にメルボルン大学最初の文学博士号を授与されております。
現代まで続くオーストラリア英語研究、そしてオーストラリア英語辞書の系譜の祖といって良いと思います。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
今日はメルボルン×英語史ということで、このキーマン、エドワード・エリス・モリスと彼が作ったオーストラリア英語辞書についてご紹介いたしました。
これがOEDの完成と密接に関わっているというところがまた面白いですよね。
この辺りですね。ぜひ記憶に留めておいていただければと思います。
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