英語音声の影響
おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間に思っとうに英語の歴史の面白さを伝え、
裾野を広げるべく毎朝6時に配信しています。 本日は2026年1月22日木曜日。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
ただいま、私、メルボルン大学の校内よりお届けしております。 プロフェッサーズウォークという場所ですね。
哲学の道ならぬですね。 教授たちの道とでも言うんですかね。そんな一角がありまして、そこのベンチに腰掛けながらこの収録を撮っております。
今日はメルボルン30度ぐらいまで上がって、わりと夏らしい日となっているんですけれども、
乾燥しているので、この日本のような蒸し暑さがないっていうのがいいですね。 日陰に入るとわりと快適だったりするということで、今日陰のベンチからお届けしております。
さあ、今日の本題なんですけれども、 英語音声に振り回されすぎというタイトルでお届けしたいと思います。
このタイトル自体はですね、実は私のものではなく、 ある方のフレーズをですね、
借りたということなんですが、その経緯も含めまして本編でお話ししたいと思います。 それでは英語音声に振り回されすぎ、いってみましょう。
どうぞよろしくお願いいたします。 今回のタイトル、英語音声に振り回されすぎということなんですが、これはですね、フレーズ、こちらを発してくださったのは、
天野由美さん。 字幕翻訳、そして字幕翻訳の講師をされているということでですね、
X、旧ツイッターですけれども、のアカウントから様々な情報を発信されております。 そしてですね、あの大変ありがたいことにですね、
この天野さんが、英語語源ハンドブック、 こちらの通読を開始されていらっしゃいましてね、
Aから順に面白い話題を、そのXのアカウントからですね、つぶやいてくださっているということなんですね。
ただつぶやくというよりは、日Aの字幕翻訳ということに関わっていらっしゃるということで、日本語と英語を常に対照するという、この目線がやはりプロ並みに面白いんですよ。
コメントもですね、その観点から鋭いんですね。 私も日本語母語話者として英語という言語を研究しているわけなので、
当然ですね、この2つの言語を行き来しながらという意味ではですね、 同じような立ち位置にですね、いるかなと思いつつ、やっぱりですね、
学術的に研究している時間というのは、明らかに日本語よりも英語の方が経験上長くなっているので、そちら目線から英語の話題をこのチャンネルでもですね、お届けしているということになってですね、
必ずしも日Aがですね、いいバランスで両方の言語を見られているというような、そんなことになってないんですね。
言語の変化
それを日々字幕翻訳という形で、日本語英語と特組合しているという方から見ると、英語であるとか、あるいは英語史上明らかになってくるような事実っていうのはどう見えるか、これはですね、本当にね、
鋭いコメント、ご意見が多くて、いつも参考にさせていただいております。 それから英語語言ハンドブックのみならず、
私のですね、初めての英語史、こちらの第10釣りが昨年末に出ましたということで、このヘルディオでもお届けしてきたわけなんですが、こちらの方もですね、
最初から読み始めてくださって、面白いところにそのXのコメントを通じてですね、
たくさんご意見をくださっているということでですね、これはあの 私もですね
あまりですね、いろいろとリプしたり、コメントバックしたりとやるのもですね、妙に私がシャシャリ出てるみたいで、宣伝みたいで、宣伝もしたいんですけどね、宣伝をしたいんですが、
ということなんですが、感想がどうしても返したくなってしまうタイプのものだったりしてですね、いろいろと反応させていただいております。
こちらのチャプターに、天野さんのTwitterXのアカウントを関連する記事のところですかね、今回関連する話題のところにリンクを貼っておきますので、ご覧になっていただければと思います。
その中でですね、天野さんが説聴英語の謎に答える初めての英語誌、こちらのですね、1.4節、最初の第1章の4節、文法の変化というところを読んでくださってですね、その中での感想的なコメントで、英語音声に振り回されすぎというフレーズが飛び出たんですね。
これですね、あっと思いまして、これを聞いてめちゃくちゃ良いキャッチになる、これ私違う言葉でいろいろとこのヘルディオでも発信してきたことはあるんです。
英語ではほんの小さな音の変化が、文法の屋台を根をガラガラっと崩すという大変化が、後英語から中英語を置きにかけて起こったと、そのなれの果てがですね、現代我々が勉強している、現代英語のあの文法なんだっていう、これが出来上がったのは実は後英語、あるいはそのさらに前から起こっていた、
語尾音の弱化、音のほんのちょっとしたですね、発音する際のエネルギーの弱まり、これに由来するっていうことなんですよね。このダイナミズムにですね、ご注目して、私もいろいろと表現を変えてきたと思うんですけれども、
今回の英語音声に振り回されすぎっていうのは非常にキャッチでわかりやすくて、まさにその通りだっていう、多くの人に響きそうなキャッチだなっていうふうに思ったので、すかさずあの私返信を差し上げまして、このフレーズは本当に聞いた瞬間、見た瞬間ですね、気に入りましたので、
ぜひ今後使わせてくださいっていうことで、早速今日ですね、大焼けの場で、まさにヘルディオという場でですね、タイトルに掲げて使わせていただきましたという、それぐらいですね、印象深かったということで、天野さん、お許しいただければと思います。今後も使わせていただければと思いますね。
これはですね、本当にいろいろな観点からその通りなんですね、言語である以上ですね、これ音から鳴ってます、少なくとも話し言葉ですね、話し言葉から言葉っていうのは始まりまして、そして書き言葉、文字が発明されたのは、言語そのものの歴史から言うとですね、極めて新しいことだというのは、今年に入ってからの文字論シリーズ、いろいろお届けしている中でもですね、
お話ししたことなんですけれども、言語学では、言語を扱うというとき、まず第一に音声言語、話し言葉っていうものを基本に据えるんですね。
その点で言うと、全ての言語は、全ての言語というか手話などを別としてっていうことなんですが、音ベースなんですね。その音というのは変わるんですね。発音というのは変わるんですね。日本語でも英語でもそうですし、どの時代でもこれは変わり続けてきたという点では、どの言語もですね、同じなんですよ。
ただ、それが言語体系全体に及ぼす影響と言いますか、つまり音の変化はどの言語にも起こっている日常作反なんですけれども、それがどの程度、発音以外の言語的な部門、形態論とか統合論とか、広く文法と言っておきますが、文法に与えてきた影響というのは、
やはり言語ごとに一定度の差はあるだろうなというふうに思うんですね。日本語でも発音が変わることによって、例えば活用が変わったりというふうに文法に影響を与えていることは少なくないんですね。決して少なくないんですが、
ただ、英語の歴史を追いかけているものからして、そして日本語の歴史もそれなりに知っているというものにとって、少なくともこの2つの言語を比べると、他に第3、第4の言語、世界中の言語を比べてみたいところではあるんですが、当面日英語ということで比べますと、
英語と日本語の比較
やはり英語の音の変化、これは非常に頻繁に起こっていますし、かつそれが後の英語の文法であるとか、文法のみならず語形であるとかですね、間接的にはつづり字も関係してくるんですが、
こうした発音以外の部門に与えた発音変化の影響というのが非常に大きいなということは、今回このフレーズをいただいてですね、改めて考え直してみてですね、やはりこれはいうことができるだろうということなんですよね。
接著の1.4、文法の変化というところで、この話題を扱っているんですが、つまりですね、文法の変化と題する説にもかかわらず、音声変化が原因だよっていう、実は発音が効いてるんだよっていうところがですね、ある種のメインの主張になっているんですね。
文法の変化の説なんですが、それの大元、それを動かしたエネルギー源は発音の変化、しかもほんのちょっとした発音の変化だったんだっていう、ここに主眼があってですね、ある意味その説の裏テーマみたいな感じでですね、発音変化に触れているというところ、この辺りを読み解いていただきまして、
英語、音声に振り回されすぎという、この名フレーズが出たのだろうと思うんですね。
今回、とりわけ注目したのは、小英語から中英語期にかけての文法の大変化、これの大元が語尾音ですね。特に語尾に母音が出るとき、あ、え、い、お、う、その他小英語でも母音いろいろありましたけれども、これがですね、のきなみ語尾では曖昧化する、曖昧母音化するっていうのがあるんですね。
発音記号だとですね、しゅわーという文字で書く、英語で、現代の英語で最も実は多く出てくる発音が、この、う、う、う、っていうこの曖昧母音なんですね。
小英語、末期から中英語にかけて、まさにこの曖昧母音化が起こったんです。
本来は、あ、え、い、お、う、のようにはっきり特別されるしっかりした母音だったものが、のきなみ曖昧化していくっていうことによって、このちょっとした、この滑舌の弱まりと言いますかね、
母音を発音する際のエネルギーの弱まり、特に語末においてですが、こうしたちっちゃな変化がですね、その数世代後、あるいは100年後、200年後に大きな文法変化を呼び起こした。
そして、現代のようにSVOであるとか、固定語順の言語、そして、主語がなくてはならない言語、こうした、現代の英語の文法を特徴づけるような大項目ですよね、大きなポイントをですね、こう生み出すことになったっていうんですね。
スタートはほんの小さくですね、語尾母音の弱化という、極めて小さな出来事が発端だったんですが、これが英文法の屋台骨をガラガラと崩して、そして新たなものに差し替えていったっていう、これが英語史の一大スペクタクルなわけですが、そのあたりをですね、一言で言うと、英語音声に振り回されすぎということになってしまいました。
ダイナミックな英語史
というふうになるわけですね。
ありがとうございました。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
いやー、ズバッと決まるフレーズがあるとですね、気持ちですね。
そんな思いでですね、このフレーズを受け取りまして、今日このお話ししてみました。
ぜひご覧になった方はですね、そのツイッターの元の文章をぜひ戻って堪能していただければと思いますし、また説長の1.4節ですか、こちらの方に戻ってですね、改めてこのダイナミックな英語史の魅力をですね、感じていただければと思います。
ということで今日は、小さな音の変化が大きな文法の変化を呼び起こすというね、このダイナミックなフェーズについてお話しいたしました。
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それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますように。英語史研究者のホッタリウイチがお届けしました。
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