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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間にをモットーに、英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は2026年1月16日金曜日。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
今朝もジョギング走りに来ているんですが、この2、3日ちょっとコースを変えまして、公園コースは快適は快適なんですけれども、虫が多いんですよね。
そして結構刺されてしまったということもあってですね、もうちょっと開けたスペースを走りたいということで、目をつけていたのはですね、川沿いコースですね。
港の方に出まして、さらにその港に流れ込む川、ヤラ川というのがメルボルンにあるんですが、そのヤラ川の下半がですね、開発されていて、
いわば観光地と言いますか、一つの商業区域になっているんですよね。川岸の歩道はよく整備されていて、ジョギングしている人も多いということで、
ちょっと今滞在しているところから距離があるので、公園コースより長い距離になるんですよね。
なので、これ毎日続けられるかわからないんですけれども、やっぱり水辺を走るっていうのは気持ちいいですね。
今ですね、その水辺の中でも一番賑やかに近いところですかね、フリンダースストリートステーションという鉄道の駅もあって、
遠くからですね、列車のきしみながら止まるような音、もしかしたら録音入っているかもしれませんが、人通りもちょっと多いので雑音も入っていますが、
ベンチに腰掛けながらですね、ジョギングする人、通勤する人ですかね、を眺めつつ収録しています。
言語の概念について
さて、今日の話題なんですけれども、言語カテゴリーはおおよそプロトタイプと配合の問題である、
というお題でお話ししたいと思います。 どうぞよろしくお願いいたします。
言語学のメタ的な話題と言いますかね、言語学の用語であるとか、その用語が指し示す概念、カテゴリーについて考えてみたいと思います。
今回の話題のきっかけとなりましたのは数日前、1月11日の配信会だったんですけれども、漢字は標語文字か、標意文字かという話題をお届けしたんですね。
そこでですね、リスナーのリーミンさんがコメントを下さいまして、
この漢字の問題に限らず、言語カテゴリーのようなものは決め打ちできるようなものではない、カテゴリカルなものではなく、配合の問題なんだと。
つまりある文字が、漢字を念頭に置きましてね、これは標語文字なのか、標意文字なのかっていうのは見方によっても変わりますし、
それが実際に用いられている現場ですね、現場での使い方、それが標語的なのか、標意的なのかっていう現場のコンテクストの中で定まるっていうことはあっても、
そのコンテクストを考慮せずにですね、その文字だけを取り出して、これは標語文字である、標意文字であるという言い方はですね、相応しくないんではないかと。
これは私が配信会の中で述べたことなんですが、これについて共感を示してくださいました。
そうなんですよね。これ、漢字の問題だけでなく、広く言語カテゴリに関する問題、大半に言えるんではないかなと、全てかどうかわからないんですが、かなり多くのものがこれに当てはまるっていうことです。
今回言う言語カテゴリとか言語学的カテゴリって、これ何のことかと言いますと、これはもう皆さんですね、英語学習あるいは日本語、国語学習を通じてたくさん実は学んできていることなんですね。
文法用語がだいたいそうなんです。例えば品詞っていうのは、これ大きなカテゴリなんですね。そのカテゴリを構成する一つ一つのメンバーが、これは動詞だったり名詞だったり形容詞だったりっていう、この品詞っていうもの、例えば一つカテゴリなんですね。
例えば動詞を考えますと、動詞というのも一つの大きなカテゴリで、その中にですね、例えば多動詞があったり、次動詞があったりという区分があったりしますよね。
他にはですね、ちょっと視点を変えて、活用の規則性という観点から規則動詞、不規則動詞なんて分け方もできますよね。
こういうふうに、ある用語概念っていうのはどんどん階級分に分かれていってという構造を成しますよね。これも全体カテゴリっていうことなんですね。
名詞もですね、加算名詞、不加算名詞っていうのがあったり集合名詞、さらに固有名詞とか、何々名詞っていう場合ですね、これ名詞を一つのカテゴリと捉えて、そのメンバーなんだというふうに考えるわけです。
ある意味どこまでも細かく分けようと思えば分けられるんですが、言語記述とかあるいは実用的な語学にですね、必要なだけの細かさあるいは粗さのカテゴリっていうのが言語学ではだいたい設けられているっていうことなんですよね。
他には格ですね。主格、対格とか俗格というような小英語の文脈ではそんな用語使いするんですが格というものも一つのカテゴリですし、数ですね。単数、複数という区分があります。これもカテゴリですね。
それから小英語には性っていうのがありましたね。男性名詞、女性名詞、中性名詞、これは名詞の中でのカテゴリ区分ということになったりします。
この言語学でいろいろなカテゴリというものが設けられていて、だいたい名前がついていますので、文法用語などとして既におなじみのものも多いんですね。こういったものをカテゴリと言います。
今回、漢字の話で言いますと、文字という大きな種別の話題なんですが、文字という一つの大きなカテゴリがあって、その中にはメンバーとして標語文字という類があります。
標意文字があります。標音文字があります。標音文字もですね、分けるとこれは音節文字がありますとか単音文字がありますっていうふうに区分していくっていうのがだいたい学問領域のパターンなわけですよね。
こういったものはですね、大抵、この単語はとかこの字は何々文字に属するとか、品詞は何々詞に属するみたいな言い切りですることが多いんですが、実際にはこのように言い切ることっていうのが難しいケースが非常に多いんですね。
つまり、カテゴリを分けておきながら、実際の現実の言語はカテゴリカルではないというような一種矛盾と言いますかね、カテゴリを区切ることって大事なんですよ。
人間の脳にとっては、やっぱり区分というか箱を設けておいてですね、そこに所属させるということで頭の中を整理しているっていう側面があるので、カテゴリがやっぱりないと不便なんですね。
ただ、現実にはカテゴリにうまく当てはまらないっていうことが非常に多いっていうことなんですね。
多動詞と自動詞の検討
これすでにですね、このヘルディオでもいろいろな形で実はこの問題を取り上げてきておりまして、コメントをリーミンさんがくださったもので言いますと、多動性、つまり動詞の多動詞自動詞という問題も、
例えばですね、eatという食べるっていう単語は典型的に多動詞っていう風に学校の語文法では習うわけなんですよね。
確かにeatの後には典型的にほぼほぼ後ろにですね、食べたものが来るということで目的語を取るので多動詞という言い方は可能なんですが、
例えば、Have you eaten? Have you eaten yet? みたいに、もう食べた?
例えばこれがお昼の時間だったらランチに決まっているので、もう食事済ませたという意味になって、これ自動詞としても使えるわけです。
もちろんこのeatの後に本来は何か目的語があって、それが省略されたという風に考えることができるので、これは本来多動詞なんだと。
省略されるという特殊なケースなんだということは考えられるんですが、ただ表面的、統合的にはですね、後ろに何も現れていないということなので自動詞なわけですよ。
このような例を目にすると、eatは多動詞である。
かっこ、特別な場合においては目的語は省略されて自動詞のように見えるというのが一つの説明ですね。
もう一つの説明は、eatは多動詞でも自動詞でもある。両方の用法がある。
それは時と場合によって多動詞として機能することもあれば、自動詞としても機能する場合もある。
ただし、最も典型的な使い方としては多動詞、頻度としては例えば95%なので、おおむね多動詞に属すると考えて良いでしょうという言い方で説明することもできます。
どっちを取るかなんですね。
前者はeatは多動詞であるという風にまず決め打ちしてしまう。
その中で例外がありますよっていう説明。
これはこれで筋が通っているというか、少なくとも教育上は有効な考え方のように思われるんですね。
一方、後者は最初から多動詞とか自動詞とか決めない。
それは実際にeatという動詞が使われている文脈において、これは多動詞として現れたり自動詞として現れたりするんだと。
ただしカッコ付けで典型的には多動詞で使われることの方が圧倒的に多いですよというようなスタンス。
これどっちが正しい間違いということではなくてですね、見方の問題なんですね。
前者はカテゴリカルに近いです。
どっちかと決め打ちしておくということですね。
後者は運用に任せるということです。
言語カテゴリーの概念
運用に任せるといった場合、このケースでは多動詞で、あっちのケースでは自動詞という言い方をするので、
多動詞自動詞という用語をズバッとカテゴリカルに使うというよりも多動詞的な用法とか自動詞的な用法みたいに
敵を使ってですね、表現するっていうのがよりふさわしいことになるわけなんですね。
この敵があるかどうかという点で2つをですね、分けて考えてもいいかもしれません。
それ割とわかりやすい捉え方かなと。
カテゴリカルっていうのはこれは多動詞であるとかですね、名詞であると言い切る言い方。
で一方で今回提案しているカテゴリカルじゃない方ですね。
これプロトティピカルって言うんですけどね。
典型的には何々敵だけれども、そうじゃない敵の場合もあるよっていうようなことで、
典型を意味するプロトタイプ、これの形容詞でプロトティピカルな考え方と言ってもいいかもしれませんけれども。
日本語の敵っていうね、ちょっと濁したような曖昧さを匂わすような表現。
これが敵説という場面はですね、言語には非常に多いんではないかと思うんですね。
加算名詞、不加算名詞もそうですね。
典型的にdogというのは1匹2匹と数えられるので、加算名詞であるっていう風に認識していると思うんですね。
ただよく知られているように、I like dogっていうと犬の肉が好きだという意味になりまして、
この場合は肉ですから、これは不加算名詞という扱いになるんですね。
確かにこの不加算名詞としての使い方というのはですね、一般的に考えれば非常に稀ですよね。
なので、おおむねほぼほぼこのdogは加算名詞であるという言い方は一つできると思うんですが、
プロトティピカルな考え方ですと、あくまでプロトティピカルに加算名詞になることが多いけれども、
dogという単語そのもので言えば、これは加算名詞でもあるし、不加算名詞でもある。
それはどういう場面で使われるかによってどちらからかが確定するという文脈依存なんですね。
その意味ではプロトティピカルな捉え方もできるということですね。
品詞で動詞と形容詞とか、形容詞と名詞というのも、これ境目が必ずしもはっきりしません。
使われる場によって、例えば形容詞的な名詞というのがありますし、一方名詞的な形容詞というのもあります。
実際に品詞転換、名詞が形容詞になったり、形容詞が名詞になったりすることも多いということを考えると、このあたりはグラデーションなんだということですね。
その場の運用によって、一方の局に近い側に触れたり、他方の局に近い側に触れたりするという意味ではですね。
このカテゴリーを用意しておくということは、先ほど述べたように整理のためにやっぱりあった方が便利なんですね。
ただ実際の現実の使用においては、この辺はもう少しプロトティピカルに考えておく。
カテゴリカルではなくて、何々的みたいな考え方で捉えておく方が、言語の実態に合うことは多いかなということです。
言語学的にはそのように考えた方が相応しいということが多いということですね。
教育と学習の視点
これも正しがきですけれども、教育、語学教育、語学学習では、曖昧とか中間的というと厄介なんですね。
頭の整理につかなくなるので、これは多動詞であるとか、加算名詞であるみたいに、
ある種の言い切りというのは、必ずしも言語の実態に100%合っていないとしても、学びの上では役に立つことが多い。
その意味でカテゴリーというものは、やはり有用ではあるというふうに思っております。
これも見方の問題ですけれども、カテゴリカルに見るか、プロトティピカルに見るかということで、どっちが正しい間違いという問題ではありません。
ある手段、目的に応じて、この視点を切り替えるということもできることが大事なのかなというふうに思っております。
ということで、リズナーさんのコメントを受けて、改めてこの問題を考えてみました。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきまして、ありがとうございました。
今朝は川辺でなかなか涼しいので、快適に収録することができました。
このコースやっぱりいいですね。水辺、落ち着きますね。
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