2026-01-15 22:58

【再】#544. 1/3ミレニアムにおよぶ英語の屈辱の時代

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #英語史記述
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サマリー

このエピソードでは、中英語の文献『サーガウェイン&グリーンナイト』が取り上げられ、1066年から1399年にかけての英語の屈辱の時代について論じられています。この時期、英語は政治的な場面でフランス語に取って代わられ、公的な地位を失っていたことが説明されています。エドワード1世は英語を使用し始め、英仏百年戦争を通じて英語の復権が進展しました。特に国死病や戦争の影響により、生き残った農民たちは英語を用いて社会的地位を高め、最終的にはヘンリー4世の登場で英語が再び国王の母語となるのです。

生放送のご案内
堀田隆一です。 英語史の面白さを伝え、裾野を広げるべく日々配信しています。
本日は11月26日土曜日です。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。
英語の語源が身につくラジオheldio。 本日は、
1Ⅲミレニアムにおよぶ英語の屈辱の時代と題して、 英語が地下に潜っていた時代、そしてそこから這い上がった時代についてお話しします。
どうぞよろしくお願いいたします。 本編に入る前に、まさに今日のことになりますけれども、生放送のご案内をさせてください。
今日、11月26日の午前、朝10時から11時という時間に、 このheldioで生放送をお届けします。
対談という形になるんですけれども、お相手は立命館大学の岡本寛先生です。
これまでもこのheldioで何回か対談させていただいているんですけれども、 今日の生放送対談はめちゃくちゃタイムリーです。
何かと言いますと、昨日25日にですね、 映画グリーンナイトが全国一斉労働賞となっています。
このグリーンナイトという作品は、元の原作がですね、 中英語で書かれたサーガウェイン&グリーンナイト
ガウェイン卿と緑の騎士というタイトルのですね、 アーサーオーモのロマンスなんです。
14世紀後半の英語で書かれた唯一の写本に残されている主曲のロマンスということなんですね。
こちらが映画化されるということなんですが、 岡本先生はこの映画の字幕監修に携わっておられます。
ということで、今日の対談はですね、 昨日封じられたばかりのこの話題の映画作品についてネタバレも含めながらなんですが、背景の文脈ですね。
この映画字幕、翻訳という背景もそうですけれども、 もっと大元の14世紀末に書かれた、中英語で書かれた作品の文学的背景、歴史的背景ということも含めて、たっぷりと1時間お話ししたいと思っています。
ですので、10時からですね、もし都合のつく方は、このチャプターにリンクを貼り付けておきますので、ぜひ生でライブでお聞きいただければと思います。
事前、そしてその生放送中にですね、岡本先生に聞きたいことがあるという場合にはですね、 Voicy のアプリから質問を寄せていただければと思います。
ライブでは聞けないという方もですね、安心してください。収録したものを明日の朝、アーカイブという形で通常配信する予定ですので、そちらでお楽しみいただければと思います。
ということで、昨日映画が封じられ、そして昨日の今日でですね、岡本先生との対談ということで、こんなスケジュールを組んでタイムリーにお届けしたいと思いますので、ぜひお楽しみください。
今日はその直前の朝の放送ということですので、関係する話題にしようと思ったんですが。
英語の屈辱の時代
原作、サーガウェイン&グリーンナイトが作成された14世紀後半、1390年ぐらいのイメージなんですけれども、今から630年ぐらい前ですか。
この時代ってイングランド、イギリスはどんな時代だったのかということをですね、時代背景をお伝えするというのがですね、今日の放送の趣旨なんですけれども。
タイトルとしてはですね、ちょっとひねりまして、1三分の1ミレニアムに及ぶ英語の屈辱の時代ということで、この屈辱の時代が終わったのが、まさにこのサーガウェイン&グリーンナイトが描かれたとされる14世紀後半のことなんです。
どういうことと思う方がですね、多いと思うので、この辺りをギュッと包めた形でお話ししたいと思います。
それでは本編にお進みください。
今日の話は、1三分の1ミレニアムに及ぶ英語の屈辱の時代と題してお話しするんですけれども、ミレニアムって1000年なので、1三分の1っていうことは333年ということですね。
この数を覚えておいていただきたいんですけれども、現在英語は随一の世界語です。
もうつい随を許さないっていうぐらい圧倒的な世界的に有力な言語です。
他に中国語であるとかフランス語であるとかスペイン語、確かに有力な言語ってあるんですけれども、
何と言ってもですね、英語がぶっちぎりということはもう誰の目にも明らかということで、これはもう疑いようのないレベルに達していると思うんですね。
ですが、この英語の世界語という地位はですね、たかだかこの2、3世紀のうちにですね、達成されたものに過ぎず、
それ以前はですね、英語もですね、大した言語ではないという言い方もできると思うんですね。
近代以降は国際的になってきましたけれども、それ以前の中世の時代、今回取り上げますのは1066年から1500年ぐらいがメインなんですね。
この450年足らずという時代に注目しますけれども、この時代にはですね、英語は何と一国の国語ですらなかった、公用語ですらなかったんです。
今となっては信じがたいですよね、世界の言語ですから。それがイギリス一国の言語ですらなかった、公的な言語ですらなく、そしてイギリスの中でも一部のイングランドですよ。
イングランドの中ですらですね、下等な言語、レベルの低い言語とされていた時代があったということなんです。
これが1066年から、私の見たてではなんですけれども、1399年まで続いています。つまり333年。
この3分の1ミレニアムっていうのが、英語がいわば地下に潜っていた時代です。
その後、だんだんと力を回復し、そして近代以降には植民地をですね、世界中に広げて、結果的に今あるような世界的な地位に上り詰めたわけなんですけれども、この1066年から1399年という3分の1ミレニアムの時代は、英語は地下に潜っていたということなんです。
この事実をですね、初めて聞く方は、「は?」と思うかもしれません。ですが、これは事実なんです。
この333年間の様子を、本当に駆け足ですけれども、英語の地位がいかに低かったか、そしてそこからいかにして徐々に這い上がって、いわば復権したかということをお話ししたいと思います。
英語の復元の過程
まずですね、1066年というタイミングなんですが、ノルマン征服という非常に重要な事件が起こりました。
これ以前、イングランドはですね、英語の国として、歴史とした一つのですね、英語を母語とする国として、しばらくですね、繁栄してたんです。王国を築いていたということなんですね。
ところが1066年という年に、いろいろと背景はあるんですけれども、イギリス海峡を南に渡ったフランス側です。
フランスの北西部のノルマンディ地方からですね、その地を統治していたノルマンディ公、ギオームですね。
フランス語読みでギオームなんですが、英語読みするとウィリアムっていうことになります。
このウィリアムという人がですね、軍勢を率いてイギリス海峡を北側に渡り、イングランドを征服してしまったっていうことがあるんですね。
これをノルマン人の征服、ノルマン征服、ノーマンコンクエストというふうに読んでいます。
イギリス史においては最大の事件です。1066年、1066っていうことなんです。
ウィリアム一世とその軍勢たちの母語はフランス語です。英語ではありません。
フランス語を母語とするこのウィリアム一世が王になるわけですね。
1066年のクリスマスの日にロンドンのウェストミンスター寺院で大冠式を行います。見せしめのように行います。
こうして向こう数百年、イングランドという国はフランス語の支配下に入ることになるんです。
イングランドといえば英語のお膝元ですよ。ずっと英語が話されてきて王国もできていたというところにですね、
急にフランス語を喋る王が即位してフランス語による支配を始めたっていうことです。
もちろんイングランドの庶民たちはですね、一般の人々はガランと政治が変わったからといって言葉がですね、すぐに変わるわけではありません。
ずっと英語を使いっぱなしです、その後も。その意味では実質的にはイングランドは英語の国というふうに続いていたのは確かなんですが、
統治者とその貴族たちですよねがロンドンの宮廷でフランス語で政治をしているっていう状態だったんですね。
ですので一般の人々は95%と言っておきましょう。
今まで通りに英語を喋って生活していたわけなんですが、上層の5%、いわゆる権力者たちはフランスから渡ってきたフランス人ですよ。
ですのでロンドンを中心とした、いわゆる宮廷でですね、フランス語を喋って生活していた、政治をとっていたということで、
いわばイングランドはですね、ノルマン人の王公貴族たちにとっての植民地となっていたということなんですね。
これによって公的な言語の座も英語は奪われました。公的な記録はこれまでずっとですね、アングロサクソン王国としてずっと英語で記録されていたわけなんですが、
1066年以降ですね、フランス語で記録が取られるようになります。
つまり公的な地位を英語は完全にですね、奪われたっていうことです。
一時期英語はほとんど書かれることがなくなります。
およそ半世紀ぐらいの時間なんですけどね。
そして1066年から半世紀ぐらいですね、12世紀になります。
12世紀ぐらいになると少しずつですね、英語の文学作品などが現れ始めて、再び現れ始めるって言い方ですかね。
回復していくんですけれども、この英語の回復復元の道のりっていうのは非常にゆっくりとしたものであってですね、公的な地位の回復です。
先ほども述べたように人々の大半はずっと英語を喋り続けてるんです。
ですので話し言葉の世界では決してですね、庶民の言葉がフランス語にとって変わられるということは先にも後にもなかったわけなんですが、あくまで公的な書き言葉の話です。
これが英語からフランス語に移ったんですね。
これが再びフランス語から英語に戻るのに2世紀3世紀という時間がかかったということなんです。
この英語の復元の歩みっていうのは本当にのろくてですね、ゆっくりなんです。
13世紀になります。半ばです。1258年。
もうすでにですね、ノルマン政府から2世紀ぐらい時間が経っているんですが、いまだに公的な言語はフランス語っていうことになります。
そこでですね、シモン・デ・モンフォールという人が現れてですね、氾濫を起こします。
英語の復元を求めたんです。
簡単に言うとですね、法律であるとか公的な書き物をフランス語ではなく英語に戻せという要求ですね。
この人自身がですね、シモン・デ・モンフォールという名前ですからフランス的なわけで、ルーツとしてはフランス経営なんでしょうが、英語の復元を避けるくらいにイングランド王化しているわけですよ。
それまでのイングランド王は名前こそイングランド王ということですね、タイトルを持っているにせよノルマン系です。
つまりフランス経営なので母語はずっとフランス語だったんですね。
ただ英語も学ぶようになってバイリンガル化してきます。
英語の復権の始まり
1272年にはエドワード1世という王がイングランド王として初めて英語を使用するということが起こります。
そしてその孫エドワード3世、この人はフランスの王位継承権を主張して英仏百年戦争を始めるわけなんですけれども、
フランス王を相手として戦争したといってもですね、エドワード3世も所詮はノルマン系ですから、いまだにやっぱり母語はフランス語なんですよ。
英語も喋れないようですけれどもね。
ノルマン征服から250年以上の時が流れていますが、まだこんな状態です。
英語の復権の歩みっていうのがいかにゆっくりだったかがわかるかと思います。
さてこのようなタイミングでヨーロッパは国死病に襲われます。ペストです。
イングランドでは1348年から50年、
この時期にですね最初のペスト大流行が起こります。
その後1360年代であるとか70年代にも何波かに分けて流行したわけなんですけれどもね。
状況としてはこの時期百年戦争ということで英仏がずっと断続的に戦っています。
その中に国死病というとんでもない病気がアジアから持ち込まれて
人々の生活を苦しめているっていうそんな状態なんですね。
戦争というのは国民意識を育てます。
国民って言っても近代国家ではないわけなんですが
少なくともですねフランス語を喋っているフランス軍を相手にしてですね
イングランド軍の兵士たちはですねフランス語嫌いってことになるわけですよ。
敵国の言語ですから。
さらにペスト国死病によってフランスもそうなんですけれどもイングランドも窮地に陥ります。
経済的にボロボロになってきます。
そして人口も減少します。
その中で生き残った生産力のある農民たち。
彼らはですね当然イングランドでは英語しか喋れないわけなんで
彼らの地位が上がってくるわけですよ。
つまり国死病を生き残った人が働いて国を支えるっていうことになるんで
社会的発言力が強くなるんですね。
そしてその発言する言語っていうのは彼らの唯一の喋れる言語である英語っていうことになるわけです。
こうして英語そのものの地位も上がってきます。
これが国死病に襲われそして100年戦争が行われている14世紀後半っていうことなんです。
英語が母語となる時代
このあたりから一気に英語の復元が進みます。
1356年地方裁判所の記録がこれまでフランス語だったりしたわけですが英語になってきます。
そして1362年議会の開会宣言が英語でなされるという象徴的な出来事が起こります。
1363年法廷での使用言語が英語となる。
1380年代ロンドンのギルド商人組合ですねが記録に英語を使い始める。
1381年農民たちの一揆が起こります。
大群改善を求めて農民たちの言葉っていうのは英語ですから
結果的に英語も彼らの地位と同様に相対的に上がってくるっていうことになります。
1384年ロンドンのシティーが英語で布告を出す。
こうしたタイミングで1390年代に入りジェフリーチョーサーのカンタベリ物語が英語で書かれ
そしてサーガウェインアンドグリーンナイト
作者はわかりませんがこの作者が母語である英語でやはりこのロマンスの傑作を書いたっていうことなんですね。
そして1399年ついにひさかたぶりにアングロサクソン時代以来のひさかたぶりに
英語を母語とする王が現れますヘンリー4世です。
ヘンリー4世も遡ればフランス系ですから本来フランス語が母語のはずなんですが
ようやく英語も復権して英語が母語になった。
フランス語もできるわけなんですがあくまでフランス語は第二言語学習言語というふうになったわけですね。
1066年のノルマン征服から数えて333年目です。
3分の1ミレニアムここにきてようやく英語を母語とする国王が現れたということで
極めて象徴的な年これが1399年だと思うんですね。
英語は事実上復活したと復権したと言っていいでしょう。
この3分の1ミレニアムという英語がフランス語の支配下に入っていた時代の本当に最後の最後に現れたのが
英史の父と呼ばれるジェフリーチョーサーでありそしてほぼ同じ年代ですけれども
サーガウェイン&グリーンナイト
ガウェイン教と緑の騎士を書いた詩人
この詩人が活躍したタイミングだったということです。
英語の復権のタイミングで英語の文学を書いた。
こんなタイミングで現れたのが今回の東印史そしてアーサー大物の中英語
随一のロマンスと言っていいでしょう。
ガウェイン教と緑の騎士これが現れたわけです。
英語史との関係でこの時代背景よく理解できたのではないかと思います。
ぜひぜひこの映画グリーンナイト見ていただければと思います。
そして今日午前10時からですけれども岡本先生との対談楽しみにしていただきたいと思います。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
グリーンナイトの原作が書かれた時代の英語史的な背景時代背景ということで
今日はですね333年にわたる中英語期の歴史をざっと描いたということになりますが
今でこそ世界的な言語となっている英語にもこれほどですね
低い地位に甘んじていた時代があったということは知っていて良いことだと思うんですね。
低い地位と言いますか一刻の国語ですらなかったということですからね。
人々はずっと英語をしゃべっていたかもしれませんが
いわば公的な威信のある言語としては見られていなかった。
それはイングランドにあってあくまでフランス語だったわけですね。
初めて聞くと信じられない話かもしれませんがこれは本当です。
そして復権の時期に現れた数々の英語で書かれた名作
ジェフリーチョーサーのカンタベリ物語もしかり
そして今回の名もない詩人ではありますけれども
この詩人が書いたガウェイン卿と緑の騎士
この辺りを意識しつつ映画を見ていただき
そして今日10時からの岡本先生との対談もお聞きいただければと思います。
このチャンネル英語の語源が身につくラジオヘルディオでは
あなたからのご質問ご意見ご感想をお待ちしています。
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それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますように
ほったりうちがお届けしました。また明日。
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