定冠詞の発音についての疑問
英語に関する素朴な疑問です。 なぜ定冠詞 the は母音の前では the apple のように 「ズィ」と発音するのですか、という質問です。
これ非常に多く寄せられる質問なんですが、歴史的に見ると、必ずしも簡単に答えられるものではありません。 しかし、非常に面白い問題です。
英語教育、英語学習では、通常母音の前の the は「ズィ」と発音するという風に習います。 したがって、the apple, the egg, the orange となるわけです。
そうでない場合には、通常の the という発音なり、the banana, the grape, the pineapple のようになります。
この違いは、一般には発音のしやすさということが言われます。 これには頷けるところも確かにあります。
定冠詞ではなく不定冠詞の場合も分布がありまして、a と an という違いがありますね。
次に、母音で始まる語が続く場合には、an となり、そうでないときには、a となる。 したがって、an apple, an egg, an orange それに対して、a banana, a grape, a pineapple
この問題と定冠詞 the の発音もパラレルのようには見えます。 しかし、これには少し疑うべきところもあると思うんですね。
このように、the なり、あるいは通常の the なり、これはいずれにしても弱く発音される。 定冠詞というのは普通は強調されませんので、弱く発音されるということで、定冠詞の弱形というふうに2つを呼んでいます。
それに対して、非常に時に、まれに強調したいという場合があります。 その時には、the という長い母音を使って、しかも e ですね。the というのもまれに見られます。
例えば、これは強形、強い形というふうに呼ぶんですが、this is the place for young people. ここはまさに若者たちのためにあるような場所だという、まさにそのという強く、意味的にも強い場合には発音としても強く、this is the placeというふうに読みます。
このように、the の、定冠詞 the の発音はですね、使い方によって大きく、というわけで3つあることになりますね。 弱形として2つある。典型的に母音の前には the apple。そうでない場合には the banana。それに対して、this is the place for young people のような強形というのが1つあって、全体として3つぐらいあるというふうに教育上、あるいは規範、
的な発音としてはですね、言われています。これは何も外国語としての英語の教育だけでなく、ネイティブでもの英語教育でも言われていることで、3つ規範的な発音があるというふうに言われているわけです。
ところが、実際に蓋を開けてみるとですね、ネイティブの発音を見てみると、今言った3つのように必ずしもですね、このきれいに整理された使い分けが行われているわけではないということなんですね。例えば apple の場合は、v だと習うわけなんですが、実際にはですね、ネイティブを聞いてみると、the apple というのもあります。
さらに、母音で始まるわけではないし、しかも強調しているわけではないのに、the banana という言い方もあります。特に、躊躇してポーズの前で、例えば次の言葉を探している状態で、まず低関詞だけを言ってしまうような状況では、the と言っておいて、次に来るものがたまたま banana だったりするような場合に多いということですが、
さらに、強敵は z という発音を使うと言いましたが、そうではなく、通常の弱敵の the 一番通常の発音を母音を伸ばして the という発音もあったりする。個人差もあると思いますが、実はですね、規範的に言われているよりも、いろんなバリエーションがあるということなんです。
さらにですね、この今、上にいくつかバリエーションを挙げたわけなんですけれども、今まで触れていないもので、一つ究極の形があります。究極の弱敵と言っていいでしょうかね。これ、スペリングで言えば th アポストロフィ アップルみたいな形で、つまり母音が the でもなく、もちろん the でもなく、母音が完全に消えちゃうタイプ。
つまり zepo とか zag とか zorange のような類です。書くときはアポストロフィですね。発音上は母音が出ないということで、これはエリジョンと呼びますね。フランス語などの用語でよく使われるんですが、他の言語でも非常に普通の状況で、むしろこれが英語にないというのは、
音声的に言うと非常に不自然。なぜ zepo, zag, zorange というのがないのかということです。これないわけでは実はありません。上で述べた規範では、3つとされています。つまり the か the か the という3つがあるとされていて、このエリジョン形というのは触れられてもいないんですが、実際にはネイティブの子供たちには見られます。
つまり教育的に指示されない限り、普通に出てきちゃうんですね。 zepo, zag, zorange つまり一番普通ってことです。低関詞はもともと弱い発音です。ですから自然に流せば zepo, zag, zorange となるというのが普通に考えれば自然な省略形、省力形になるはずですね。
歴史的な観点
ところがこれがない、規範ではないことになっているというのが非常に示唆的だと思うんですね。では歴史的見てみましょう。
歴史的にも、現代の発音に様々な差が実はあるんだということを述べましたが、全く過去も一緒で、むしろ歴史的にはもっとバリエーションが豊富だったのではないかと考えられます。
今から4世紀ほど前、シェイクスピアの時代ですね。この頃少しそれぞれ発音が違いましたが、弱形では ze というのが多かったです。強形では ze ということが多かったんですね。
一方、究極の弱形といえるエリジョン形、つまり zepo, zag, zorange というのは、実は当時はごくごく普通でした。
発音だけでなく通り事情にもしっかり現れています。th'apple みたいな形ですね。今ではないとされている。
基本的にも、ないとされているあの形がものすごく普通にあったということなんですね。
400年前そうだったわけですから、そのまま流れてきていれば、現在だって th'apple のような zepo とか zorange みたいなものが通常にあるはずなんです。
ところが一番普通で自然のはずなのに、これは現代にかけてなくなっていくんです。私はこれ排除されたんだと思います。
自然になくなったのではなくて、比較的人為的な意図を持って排除されたのではないかと私は考えています。
おそらく18世紀の規範主義などが影響して、ある程度その規範の影響下で人為的に排除されたのではないかと。
だから現代でも子どもたちは使ってはいるのに、規範の可能性としてすら、選択肢としてすら触れられていないのではないかと。
このあたりは私の仮説に過ぎないんですが、そのように考えています。
まとめとしまして、一般的に現代語のthe appleですね、the bananaに対してthe appleというこのtheの発音は、発音のしやすさ、母音がなるべく連続しないように、あるいは連続するとしても比較的発音しやすい母音連続になるように、ということでappleの前はtheではなくtheなんだということが言われたりします。
そしてこれは不定漢詞あ、あんの問題とパラレルのように見えますので、ある程度うなずけるというような説明が多いわけなんですが、私は必ずしもそうではないのではないかと考えています。
歴史をひも解くと、このtheの場合はやや人為的な匂いがするんですね。
必ずしも自然の発音、自然の分布で現代のthe bananaに対してthe appleというものが定まっている。自然に来たわけではないのではないかということを疑っています。
英語史を考える際の一つのポイントとして、人為的、社会言語学的な観点ということを導入すると面白く見えてくるということです。
この問題に関しましてはじっくり読みたい方は906番、907番、そして2236番の記事をどうぞ。