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コメント返しの日です。 どうぞよろしくお願いいたします。
本題に入る前に、新著のお知らせをさせてください。
連日のようにご案内していますけれども、新著が出ました。
開拓者より、文献学と英語史研究という本が出ています。
1月12日に発売となりまして、1ヶ月ぐらい経つんですけれどもね。
こちら、著者は京都大学の家入り洋子先生、そして私、堀田隆一です。
教著という形で出させていただきました。
英語史研究のガイドブックになります。
英語史の入門書というよりは、英語史を研究している方あるいは、
これから英語史研究関心を持ってやってみたいなという方に、
英語史という分野はどういう話題を扱うのかということを、
分野別に、音韻論、綴り字、形態論、統合論といった分野別にまとめているということなんですね。
全体としては、この英語史研究の研究史、歴史です。
過去40年ほどの潮流というのをざっと振り返り、
そして今後どういう方向に向かって行きそうなのか、そして行くべきなのかというような展望を見据えて問題点を示しているというそういう本です。
通読していただければ一番いいと思いますし、一方、レファレンスとしても使えるかと思います。
非常に多くの本、先行研究への言及がありますので、後ろの方のですね、ビブリオグラフィーですね。
書詞情報というのがかなり分厚いことになっています。
この新著につきましては、このヘルディオでも過去の回で何とか取り上げてきていますし、私のヘログ英語史ブログでも多く取り上げてきました。
そしてなんといってもですね、609回と611回、このヘルディオ609回と611回はですね、教職者の家里陽子先生と私とで対談という形でこの本を紹介しています。
その他、YouTubeでもですね、紹介している回とありますし、いろいろと参考にしていただければと思います。
まとめて今述べたような紹介の記事だとか、ヘルディオの放送だとか、YouTubeの動画であるとか、それから家里先生自身が書かれているブログ記事等もあります。
こういったものをですね、まとめてリンク紙を作っておりますので、このチャプターに貼りましたリンク先飛んでいただければと思います。
文献学と英語史研究開拓者よりほぼ1ヶ月前に発売となっています。
03:07
ぜひよろしくお願いいたします。
以上、新聴のお知らせでした。
今日はこの1週間分のコメント返しということでですね、なるべく放送会ごとにチャプターを分けてお送りしたいと思うんですけれども。
今週は火曜日でしたかね、617回のワンチャプターを使って、日月あたりのコメントバックをすでにしております。
ですので少しですね、体型だっていないと言いますか、イレギュラーなやり方になるかもしれませんが、とりあえず行きたいと思います。
まずですね、1週間前日曜日のコメント返しの回にいただいたコメントで、読み上げていないものについてですね、ピックアップしてみたいと思います。
最近ですね、この2、3週間ぐらいかと思うんですけれども、リスナーさん同士でのコメントバックっていうんですか、コメントのリアクションというのをですね、私も読んでいて大変楽しんでいてですね。
テキストでそのままコメントバックして参入しようかなどうかななんて思ったりするんですけれども。
1週間前のコメントバックの回で、海塩さんとグレイスさんの心温まるやりとり、読ませていただきました。
海塩さんのコメントに対しましてグレイスさんが返信という形でですね。
海塩さんはじめまして。私は海塩さんが毎日たくさんコメントをされているのを見て、自分も発信してみようかなと思った次第です。最初はやはり勇気がいりましたが、今では楽しんでいます。ありがとうございました。
という具合にですね、この英語資能はというのがですね、コメントを通じても少しずつリスナーさんの間でも、そして私も含めてですけれども、広がっていくとすごく楽しくなるんじゃないかなというふうに思いまして、皆さんに日々ですね、ぜひコメントくださいという言い方をしております。
もちろん私に対するコメントであるとか、放送内容に関するコメントというのが多いとは思いますけれども、こういった形でリスナーさん同士で盛り上がっていただけるとですね、本当に私も楽しいですし、そのうち私も参入すると思いますのでよろしくお願いします。
次に617回火曜日の放送でしたけれども、受動体における動作種の全知事の歴史、from, of,by, etc.という回にいくつかコメントいただきました。
06:08
私の声に癒されているところですね、ラジオ向きの声で良いという趣旨の言葉をですね、あんなさん、まいさん、かみんさんからいただきまして、恥ずかしい限りなんですけれども、ありがとうございます。私自身も大変元気づけられて、毎日配信を続けたいなと思うモチベーションになります。ありがとうございます。
この回につきましてはですね、他にカロンさんからいただいています。
今晩は取り上げてくださってありがとうございました。すっかり複合形容詞マニアになってしまい、単数形を見つけるとこれも複合形容詞かと疑ってしまいます。
原子力事故のあった3マイル島原子力発電所、3マイルアイランドニュークリアージェネレーディングステーションの3マイル島は複合形容詞だと思います。
確かにそうですね、複合形容詞でsがつく場合もあるんですけどもね、あったりするんですけどもない方がやはり多いと思います。いろいろ探してみると出てくるんではないかと思います。
あきさんからもいただいています。
I'm interested inもbe afraid ofみたいなものなのでしょうか。形容詞扱いですがinterested、interestingなど明らかに動詞の素質を持っていますよね。
受動体の形容詞化は存在するのでしょうか。writtenやknownはもはや形容詞と捉えられる方がわかりやすいですよね。
ということでその通りですね、いわゆる文詞というものは形容詞の意味を帯びますので、まさに文詞形容詞という言い方があります。
そしてinterestedなどもですね、辞書を引きますと大抵もこの形で見出しに乗っていて、そして形容詞であるというふうに乗っていると思うんですね。interestingもそうですよね。
文詞の形容詞化というのは非常によくある話だと思います。
他には例えばduringなんていうのは前置詞化してますしね、もともとはendureのdureです。
これがingをつけて現在文詞化したものがさらに前置詞として使われるようになったということでしょうね。
こういうこともありますし、他に例えばgiven thatみたいな言い方ではgivenという過去文詞がそのまま接続詞になったというケースもあります。
文詞っていうのは基本的に多義多用法ですので、それがきっかけとなってですね、別の品詞、典型的には形容詞になったり前置詞、接続詞にすらなったりするっていうことは決して珍しくないと思います。
09:01
コメントありがとうございました。
次に618回英語詞の時代区分の回にもいくつかコメントをいただきましたので、こちらを紹介したいと思います。
せんずおずさんです。
わかりやすい整理ありがとうございました。英語詞の区分は人工的なもので、枠は参照用には活用するが、邪魔なときには最も簡単に取り払うべきというお話。英文法のあり方、捉え方と全く同じだと思いながら聞きました。
ということでですね、コメントありがとうございます。その通りですね、言語学、英語学、そして英文法の様々な用語とか概念もありますけれども、大体こういったですね、文法用語はあくまで便宜上の用語であると思っておいて間違いないですね。
英語詞の時代区分だけではなくて、文法用語、言語学用語も大体同じようなところでですね、参照用にやはり便利であることには違いないんですけれども、あまりそれにとらわれるとむしろですね、見えなくなってしまうことというのがあるんですね。
区切りをつけてしまうと見やすくなる一方、見えなくなることがあるっていうのはこれを本当に一般論として言えることだと思います。
ですので参照用のために、そして理解の便のために、まずは代表的な枠組みっていうのを抑えるっていうことが必要だと思うんですね。
大体の勉強ってこのことなんですよね。一旦勉強し終わった後は、それを自由に取り外せる状態に持っていくっていうのが次のステップだと思うんですね。
これはいわばカテゴライゼーションという問題なんですけれどもね、文法用語みたいなものも含めて言語学のかなり多くのものがですね、今述べたような相対的な存在なんですね。
このあたりメタ的な話題ですけれどもね、関心がある方は、ジョン・テイラーという人が書いていますLinguistic Categorizationというこの本をお勧めしたいと思います。
言語というのは相対的なんだよ、そして言語学用語もまた同じように相対的なんだよということを論じている本です。
関心があれば手に取っていただければと思います。
グレイスさんからもコメントをいただいています。
英語は現在世界中に広まっていますが、1900年以降が現代英語でなくなるであろう構成に、教科書では英語史はどのように描かれるんだろうかと思いました。
そうですね、現代英語というのはいつまでこの名前をとどめて1900年以降、2023年までですか、このあたりを指し続けるんだろうかということですね。
12:07
まさか100年後には同じような用語と区切りを使っていっていないような気がするんですけれどもね、
こうした時代区分もそれこそ時代によって変わるということで、相対的に考えたいそんな話題ですよね。
歴史全体に当てはまることなんではないかなというふうに思います。
海塩さんです。
小英語以前がどうだったのか気になっていました。
代表解になりますね。
別ですが井上ホッタのローマ字解面白かったです。
日本人もノルマン征服されている。
ローマ字がかっこいい。
画欄裏の刺繍家。
私の海塩も今考えてみるとなんとなく並びの見かけでSIを選んだのかなとかともかく面白い回でした。
井上先生とのYouTubeの宣伝、海塩さんありがとうございました。
私このエルディオだけではなくてYouTubeもですね、同僚の井上一平先生と一緒にやっております。
そちらでもいろいろと英語詞の話題を扱っていますのでぜひ視聴していただければと思います。
チャプターを継ぎまして次に619回へのコメントをご紹介したいと思います。
この回は現在官僚ハブプラス過去分子の歴史ということで官僚系の起源と発達についてがっつりとお話しした回でした。
まずは海塩さんからです。
聞いたことがある気がするのは過去回のせいでしょうね。おかげでよく理解できました。
中英語までイエスタデイオッケーだった。
初学者をぐっと引きつけます。
ということで継続的に聞いていただけるとおそらくですねこのエルディオでも私も同じこと何度もいろんなところでしゃべっています。
しゃべったのも忘れて再び繰り返したりすることもありますしかつてしゃべったから改めてここで念押しでしゃべろうということもあったりするんですけれども
いろいろなんですが多分無意識のうちにですねいろいろ繰り返していますので継続的に聞いていただけると海塩さんのおっしゃる通りですね
なんか聞いたことがあるかもしれないという機会は多くなると思うんですね。
いろんなところでですのでぜひ毎日聞いていただければ幸いです。
そして中英語まではですねイエスタデイとか過去の一点を表す副詞ですよね。
過去の時点を表す副詞と現在完了っていうのが凶器することは許されてたんですね。
今ダメっていうことで試験でバツもらいますけれども昔はOKだった。
15:01
でなぜダメになったのかってこれかなり面白い問題で
プレゼントパーフェクトパズルというふうに呼ばれているんですよ。現在完了の謎。
決対な文法規則ができてしまったものですけれどもね。
ブログ等でもこの話題扱っていますのでプレゼントパーフェクトパズルで検索を通していただければと思います。
次にグレイスさんからです。
言語変化が必然なのか偶然なのか分かりませんが今回のお話を聞いていてある環境で特定の道が耕されることにより次に進む方向が決まっていくのかなと感じました。
うまく言葉にできなくてすみません。
ということでこの回に扱った文法化というグラマティカリゼーションという話題なんですね。
これは最近では非常に研究が盛んでですね。
今コメントでおっしゃっていただいたようにある環境で特定の道が耕されるという表現なんですね。
これまさにそういうことを文法化というのは提起してるんですね。
完全に一方向性必ずそういくもんだという必然的に決まっているわけではないんですが、
辿る道辿りやすい道っていうのは古今東西の言語でやはりですねある程度筋道これができているっていうことなんです。
必然ではないんです。必然ではないんですけど偶然でもない。
ある程度の概然性があるっていう言い方になると思うんですけども。
このあたりがなかなかですね言語変化の一つの法則に近いものであるとか少なくとも道筋を描くものということで注目されているのがこの文法化という現象です。
うまく言葉にできないんですよ確かに。
それを文法化という言い方でですねひっくめてその研究が今進んでいるっていうそんなことなんですね。
まさに今回扱った現在官僚みたいなものもですね典型的な文法化の一例なんですけれども、
特定の道が耕されるという表現まさにですね本質に近いところをついてられると思うんですね。
ありがとうございました。
のぶA5さんからです。
高知就職の形容詞からメイン動詞へと変身できた過去分詞のフットワークの軽さに感動を覚えると同時に常にB動詞のエスコートが必要な現在分詞のじゃじゃうま感にも気づきました。
ハブ、目的語、過去分詞。
これはまあ語順が入れ替わったりして結局文法化の道を進んだんですが、
ハブ、目的語、現在分詞については文法化が進まなかったのは何でなんでしょうというような質問をいただきました。
これはいろいろと考え方あるとは思うんですけどもね。
18:02
そもそも現在分詞と過去分詞の役割が異なっているという点と、もう一つは語順固定化の歴史との関連である程度はですね、説明がつくんではないかなというふうに思っています。
次にいなみさんよりコメントをいただきました。
初コメントをいただいたということでありがとうございました。
いつも楽しく聞いていますが、今回初めてコメントを質問させていただきます。
現在官僚のハブプラス過去分詞という形が、現代英語において時折2つの動作の時制がずれていることを示すサインのように使われることがありますよね。
例えば、I seem to have left something at home や、I'mproud of having been a student of Keio Universityなどです。
現在官僚の基本であるハブプラス過去分詞が、どのような経緯でこのように用いられるようになったのか、ずっと気になっていました。
素人質問で恐縮ですが、ぜひご回答いただけますと幸いです。
ということでありがとうございました。
時制を一つずらす、過去の方向にずらす法略としてのハブ過去分詞という事例ですね。
これはいわゆる現在官僚というものとはまた別の使い道、形式は一緒で当然起源的にも完全に結びつくわけなんですけれども、
異なる役割をハブプラス過去分詞は得ているということですよね。
一個時制をずらすという使い方です。
これはですね、統合論の歴史などではかなり詳しく研究されている分野なんですけれども、
例えばですね、最初に挙げていただいたI seem to have left something athomeのように、
to 不定詞の後にハブプラス過去分詞が来るという構造なんですが、
これはですね、中英語記に発生しています。
そもそもがですね、不定詞というものが一般的になってきてから、
その発展形として時制を一個ずらしたような役割を示すこの官僚不定詞っていうんですかね。
to have doneというものが出てくるので、歴史の中ではですね、
ワンテンポ、ただの不定詞、不定詞to doという形よりもワンテンポ遅れてくるんで、
中英語記、比較的これ遅めなんです。
同じように二つ目の文ではですね、
I'm proud of having been a student of KUUniversityのように、
of の後に、いわゆる同名詞ですよね。
同名詞がhaving doneという形で官僚形の形をしている。
これもですね、同名詞そのものがある程度確立した後に、
21:01
その応用版、発展版として一つ時制をずらすという目的で、
使われるようになったということですね。
これなどは16世紀後半なので、近代期に入ってからです。
遅めなんですね。
先ほども出ましたけれども、
have plus 過去分詞という、いわゆる現在官僚の形が
yesterdayのような副詞と共起することができたという点で、
やはりですね、過去的な意味合いっていうのは、そもそも強いんですよね。
現在では過去形と現在官僚は違いますよっていうことを、
非常に強くですね、指導されるわけですが、我々。
ですが、もともとはそこまでうるさいものではなかった。
だからこそなんでこんなになったのということで、
プレゼントパーフェクトパズルと先ほどもお述べた通りなんですけれども、
もともとは一つ時制をずらすと言いますか、過去の意味ですね。
これは備わっていると捉えた方がいいんですよね。
過去の過去である大過去っていうのは、いわゆる
had plus 過去分詞という過去官僚の形を使うわけで、
やはりですね、一つ時制をずらすというか、前方向にですね、
前方向、過去方向にずらすということと官僚系というものは、
そもそも相性がいいというところから始めた方がいいんだと思うんですね。
考え方としては。現在官僚のような
had plus 過去分詞という複合時制が過去ではないんですよというふうに、
カタクナなルールになったっていうのは近代以降であって、
例えば今のドイツ語とかフランス語でもこの種の複合時制っていうのがあって、
普通に過去形として用いられるわけなんですけどもね。
結局のところですね、このチャプターで何回か出てきたいくつかの問題はですね、
プレゼントパーフェクトパズル、これに行き着くってことになります。
なんでこんなに現代英語はうるさいんですかという話なんですよね。
過去と現在分詞違うよというふうにうるさいんですか問題ということになります。
620回、なぜ過去分詞には不規則なものが多いのに現在分詞はingで規則的なの。
この回は2年ほど前に学生から寄せられた質問が元になってですね、
議論自体は実は1年ぐらい前に盛り上がったんです、内部で。
そして思い出したかのようにその1年後である今週ですね、
この話題をヘルディオでお届けしたということで、
24:03
1年に1回ぐらい思い出したかのようにですね、
本当に思い出したんですけれども、そんな話題をお届けしたということなんですが、
反響はいろいろいただきまして、考え方と言いますか問い方みたいなことが話題の中心になりまして、
リスナーの皆さんにも面白がっていただけたということなのかなと思っていますけれども、
グレイスさんからです。
私は親でも教師でもありませんが、今回のような難問に遭遇した際には、
素直に悩んでいる姿や、それでも糸口を見つけようと考え続ける姿勢を見せることが大切なのではないかと思います。
誰かに聞いたり、ちょっと調べればわかる問題だけではないことが伝わりますし、
すぐに答えが出なくても問う価値のある疑問を捨てないでほしいですね。
ということで、その通りいいですね。
私は研究をそのまま仕事としているわけなんですけれども、
まさにいつも質問を続けている。
解くよりも問うことの方がよっぽど難しい営みだったりするんですよね。
そして解けるとかわかるよりも、わからないままでいる、解けないままでいるということの方が圧倒的多数です。
ほとんどの質問について。
なので簡単に解けてしまうと面白くないんですね。
長く問い続けられる、そんな問いを発したいと思いますし、
寄せてもらったときは本当に今回のように喜んでしまうということです。
ありがとうございました。
そして、まいさんからもいただきました。
感動した放送会でした。
私は誰かに質問するときにいろいろとメタ認知が働いて躊躇してしまう方です。
でもなんでなんだろうと常に問うことの尊さを大切にしたいと改めて感じました。
関係ない話かもしれませんが、職場で生徒さんから質問があり、それに回答しても生徒さんが納得しないことがありますが、
なぜ納得できないかということを考えるのも私は好きです。
続けて、答えのない問いは生徒に教えないといけないと職業柄焦りを感じることはあるのですが、
同時に人として共通点な気もしてワクワクしますね。
ということで、ありがとうございます。
私ですね、同じおそらく教えるという職業に疲れているのかとまいさんは思いますけれども、
私はですね、生徒と学生に答えないといけないということで焦りを感じるってなくてですね、一緒に考えちゃう。
そしてしばしば聴講を始めちゃうんですよ。
なので多分迷惑がられているところもあるかなと思うんですけれども、
27:00
答えられない問いがあるともう職業柄焦りというよりは職業柄楽しくて仕方ないということで聴講に入るタイプということなんですね。
私自身は相手が大体大学生だったり大学院生だったりするということで、
それが許されるというような状況が多いからなんだろうなとは思いますけれどもね。
おはようございます。私も疑問が学びにとって重要だと思います。
私は高校2年生の時に初めて仮定法を習ったのですが、
その時にどうして過去形で現在の仮定を表すのだろうと疑問を抱き、
当時私に英文法を教えてくださった高校の先生にこの疑問をぶつけた時に、
非常に面白く自分的には納得感の強い回答をいただきました。
この出来事がきっかけで私は英語の先生を目指すことにしました。
疑問を抱かなければ私は英語の先生を目指してはいなかったと思います。
疑問って大事だなと大学生になった今、実感しています。
このチャンネルは一言で言えば疑問のすすめという趣旨ですので、
今回の放送でそのような趣旨がたまたま話題柄ですね。
よく伝わるような回になったのかなというふうに思っています。
ありがとうございました。
そしてもう一つですね、レオポンさんです。
今回の放送は鳥肌ものでした。
自分も日ごろ大学受験の勉強で英語を学んでいて、
疑問に思うことだらけなのですが、
なかなかその疑問に答えてくれるような人が周りにいないので、
このヘルディを通じて自分の疑問についての考え方や
答えのようなものを聞きました。
聞けるのがとても幸せです。
また今回は疑問に焦点を当てた回ということで、
不規則なものを前提にして規則的なものを疑うという逆の思考も
質問には重要なのだなということを改めて感じました。
常識を疑うという言葉の意味の深さを再認識することができました。
ということで、大学受験の勉強中ということでですね、
なかなか確かにこの英語に関する素朴な疑問というのは、
私もそうでしたが先生が答えてくれないんですよね。
ですので、私が英語史を研究して分かったことの一端ですけれども、
それをこういう形で素朴な疑問に答えるという足掛かりですけれどもね、
提供できればなということでこの放送もお届けしています。
レオポンさん、英語の勉強頑張ってください。
そしてまたコメント、意見等いろいろ寄せていただければと思います。
ありがとうございました。
30:01
海塩さんからです。
問題イコール理想過去目標と現状のギャップであるとしたら、
なぜ不規則なのかとの問いは、
すでに意識内にギャップが存在するのでスムーズに取り掛かれるが、
なぜ規則的なのかとの問いになるとギャップがなくなるので対処の反転が必要、
加えてサンプル数が逆転するので難しくなるということですが、
なぜ難しくなるのかというと確かにそういうことなんだと思うんですね。
そしてこの質問は今回の放送会の質問はやっぱりずるいんですよ。
なぜ規則的なのかですからね。
言葉というのは文法規則からいろいろとなっているということが言われていて、
文法規則ですからこれ規則的なんですよ。
そうじゃない不規則なものがだから目立つであって、
それがなんでという問いが普通なんですけれども、
すべての前提をひっくり返して言葉には文法なんてものはないんだ。
規則的なのがおかしいんだと。
ある意味極論言えばそういうことを言っている質問なので、
これなんで言葉には文法規則っていうものがあるんですかみたいな問いなので、
ある意味ではずるいんですけれどもね。
ただいろいろと物事の前提というのを考えさせてくれる、
改めて整理してみようという気にさせる点では、
なかなか面白い問いだったかなというふうに思っています。
最後に昨日の放送621回、
なぜnew somethingではなくsomething newなの?という素朴な疑問を取り上げました。
こちらにつきまして、まことつかささんからコメントをいただきました。
おはようございます。今回のテーマは非常に難題ですね。
どうにかして説明しようにも何のアイディアも浮かばない。
これだという答えが見つかるといいですね。
ということで、私なりの仮説、アイディアを紹介したという回でしたけれどもね。
そしてレオポンさんからです。
おはようございます。
一つの素朴な疑問に対して複数の観点から説明を行うことは、
その疑問の難しさ、奥深さを示しているように感じました。
たくさんの観点からの説明があるほど、その質問は難解なもので、
英語詞的には確信をついているということもあるのでしょうか。
というコメントをいただいたんですけれども、
これは私が違った考え方でですね。
確信をついた問題であろうが、そうでなかろうが、
言葉の問題、この英語詞の問題ということに限ってもいいと思うんですが、
33:07
これ一つの素朴な疑問があったとしてですね。
一つの観点から答えが提示されて、
そこそこ納得のいく、きれいな形で収まったとしますよね。
この放送でもいろいろと取り上げてきたと思うんですけれども、
ただですね、きれいにいけばいくほど、一つの方法でうまく説明がいけばいくほど、
これ疑ったほうがいいです。
こんなうまくいくはずはないんです。
言葉の問題、極めて複雑なので、私はMultiple causationというふうに呼んでいて、
複数の因果関係、理由っていうのがあるほうが普通なんですね。
ほとんどの場合そうです。経験上もそうですし、
そして複数の観点を含めたほうが絶対に説明はより良くなるし、しかも面白くなるんです。
なので、ある説明の仕方できれいに説明がついたな、なるほどという感想なり、
簡単な声が上がった瞬間に基本的に疑ったほうがいいです。
そんなにうまくいくはずがないということで。
ですので、この放送でも割とはぎれよくスパッといって爽快に解決するということをやってはいます。
もちろん私も騙そうという意図ではなくて、やはり爽快なのって気持ちいいっていうのはわかってますので、
短い時間の中で仕上げなければいけないので、その点はやはり皆さんに面白く思ってもらいたいということでスパッといったりするんですが、
本当のところはあんまりスパッといったら疑ってください。
なわけないんです。他の観点を意識的に触れないでいる、あるいは隠しておくっていう。
そんな別に悪意があるわけではないんですが、時間の都合とかいろいろ。
それから言っても面白くないからというような都合もあったりして、言わないでおくということもやはりたくさんあります。
本当はもっと事実はごちゃごちゃしてドロドロしてる人間関係みたいなもんなんですよ、言葉の問題も。
これはこのヘルディオだけでなくて、ヘログでも本なんかでもそうですが、やはりスペースに限りはありますので、
あまりごちゃごちゃさせるのもなんですし、必ずしも全てが面白いわけでもないので。
ということなんですが、まずきれいにいった時は疑った方がいいというのは前提としておいていただいていいと思うんですね。
むしろ様々な角度から同じ問題に切り込んでいくということ、これが研究の基本ですし、そしてやはり事実なんだと思うんですね。
様々な理由があってある一つの現象、これがもたらされるということなんです。
36:04
ただ、その複数あるという原因であるとか状況にもやはり傾聴はある。つまり価値の重み付けっていうのがあるので、
それは価値の重い順にこういうふうに話していったり書いていったりということで説明するっていうのが常識ですので、
相対的に価値の軽いものっていうのは、はしょったり言わないでおいたりということはあるわけなんですけれども、
基本的には複数の考え方、そして複数の要因、原因があるっていうことは前提としておいて良いと思います。
一つの方法から綺麗にいったといってですね、これを100%だと思わずに、他の方法も絶対あるはずだ、この一つだけではないはずだという考え方はしておくと良いのかなというふうには思います。
簡単にまとめますと、要するに答えは一つではないっていうことを言いたいだけなんですけどね。
おそらく大学受験までの学びっていうのは答えが一つなんですね。それで○×ということなんで、ただ大学以上の学びとかもはや研究になるわけですが、
研究において一つのズバッとした答えは滅多にないっていうことです。
今回の放送、なぜニューサムティングではなくサムティングニューなの?というこの問題について、英語紙の観点から3つほど今回挙げました。
これが通常の状態です。そして3つだけとも私は全く思っていません。多分もっともっとたくさん要因があります。
私が気づいていないだけ、知らないだけ、勉強不足なだけということです。
常に自分は本当の答えを分かり尽くしていないというふうに考えておくことがとても大事なのかなというふうに思います。
このコメントバックも含めて考え方の参考にしていただければと思います。レオポンさんコメントありがとうございました。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
やはり案の定時間がかかるコメントバックになってしまいましたが、コメントを振り返りながら私自身大変楽しくコメント返しさせていただきました。
少しランダムっぽい感じで体型だっていなかったかもしれません。
けれども、こういう形で多くのリスナーの皆さんにコメントをいただきまして大変私も嬉しく思いますし、次どういう話しようかなという際の参考にもなっています。
39:05
これからもぜひコメントを寄せていただければと思います。