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本日お届けするのは、【コメント返し】です。 たくさんコメントを寄せていただきまして、たくさんたまっています。
こちらになるべく多くお返ししたいと思います。 どうぞよろしくお願いいたします。
本題に入る前に、3つ今日はお知らせがあります。 短めにポンポンポンといきたいと思いますけれども、次系列でいきましょうかね。
まずはですね、昨日の放送でも詳しくお伝えしたんですけれども、 英語史新聞第4号がケルフにより発行されました。
1月11日水曜日にウェブ上で発行されました。 発行以来この数日間、いろいろな媒体で広報しているんですけれども、非常に多くの方に
閲覧、そしてダウンロードしていただいているようで、本当にありがたく思います。 ぜひですね、昨日の放送で詳しくお話ししていますので、そちらご参照いただければと思います。
そして2点目なんですけれども、 1月12日木曜日に
新著が発売となりました。 京都大学の家入洋子先生と私、ホッタリュウイチの教長として、文献学と英語史研究という本が開拓者より出版され、
12日に一般発売となりました。 英語史研究のガイドブック、ハンドブックという内容の本です。
過去40年ほどの研究の動向、そして今後の英語史研究の展望ですね。 21世紀の英語史研究について語っています。
やや専門性が高いかなというところはありますけれども、英語史研究に携わっている方、あるいはこれから志したいという方はですね、ぜひ手に取っていただければと思います。
そして3点目なんですけれども、 YouTubeやポッドキャストで人気のゆる言語学ラジオ、
こちらの最新回に私がですね、監修という形で関わらせていただいています。 1月10日の放送と、そして昨日ですね、1月14日の放送2回にかけて、
ゆる言語学ラジオのお二人が英語の綴り字と発音のギャップというあの問題について、様々な角度からおしゃべりしています。
昨日アップされた最新回ですね、その2回のうちの後半にあたりますけれども、そこではですね、このボイシーヘルディオにも触れていただいています。
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ゆる言語ラジオへのリンクをこちらに貼っておきますので、ぜひぜひそちらへ訪れていただければと思います。
ということで3点のお知らせでした。今日はコメント返しの回です。 この数日の間に本当にたくさんコメントを寄せていただきまして、本当に嬉しく思います。
私も毎回放送の最後にですね、ぜひたくさんコメントを寄せてくださいというふうに皆さんにお願いしているわけなんですけれども、新たな発想の源泉になると言いますかね、私自身皆さんのコメントを受けて、それで次の回の話を用意するとか、そういうことも非常に多いんですね。
なので本当にありがたく思っています。
たくさん寄せていただいてですね、できるだけ日々の放送でコメント返しをしたり、あるいは今日のようにですね、1回まるまるコメント返しの回にしたりするということで、今までですね、なるべく書いていただいたものをですね、こちらでも声で紹介するということをしています。
あまりたくさんになってしまうと、すべてをですね、声で紹介するということはなかなか難しくなってくるということで、たくさん欲しいだけれども、それがすべてここでですね、紹介するわけにもいかないというジレンマみたいなところでですね、そのぐらい皆さんに寄せていただいているってそういうサイズになってきたっていうことで、このこと自体は本当に嬉しいことなんだなというふうに実感しています。
今日もですね、すべて取り上げられるかわからないんですけれども、なるべくご紹介したいと思います。
では行きましょう。
まずですね、588回ネイティブスピーカーとは抜き差しならない問題に入り込んでしまったかもという回につきまして、まいさんからのコメントです。
日常的に母語という言葉を普通に使いますが、本当はかなり繊細な言葉なんですね。
もし全人類が単一言語を話すなら母語という言葉は存在しなかったでしょうし、私の母語はといった時点で、あなたとは違う人間なのだと聞き手にとっては排他的な響きさえするかもしれません。
私は日本語が話しやすいですといった方がより温かい表現だと感じました。
母語という言葉はパワーワードにもなり得るのかもと、小学生ながら思いました。
ということで、非常に鋭いご指摘ありがとうございました。
排他的に使える用語としての母語、これ実際あると思うんですよね。
本当に重要な指摘で、母語って極めて排他的な用語だと思うんですね。
一連の議論でも、私もこのヘルディオでお話ししたように、母語って究極的にはイディオレクト、個人語なんですよね。
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例えば、私の母語は日本語というよりもホッタリウイチ語なのである、他の人とは違うんだということで、
そもそもが排他的ということを、ある意味、本質として含んでいる概念であり、用語なんだろうと思うんですね。
この点、実に鋭い指摘だと思います。
コメントありがとうございました。
次に589回カムオブエイジ、成人するの回なんですけれども、ミドリーさんよりコメントいただきました。
カムオブエイジで俗格のオブ納得できます。
ロシア語を習ってますが、二十歳ですというのはムニエドゥバチャチリエットとリエットプラス年、年ですね。
は複数俗格なのでオブエイジになるというのはよくわかりました。
ということでコメントをいただいたんですけれども、私もロシア語をちらっとかじったことはあるんですけれども、
それから広く引用語をですね、学んでいますと、今回のミドリーさんの理解なんですが、ちょっと違うんではないかというふうに思うんですね。
俗格のオブで年齢の年、年ですよね。
これを組み合わせるっていうのは、いわばオブエイジではなくオブエイジズとかオブイエルズにあたると思うんですね。
これ複数俗格なんですよ。
それに対してカムオブエイジの表現はオブ足す単数名詞っていうことなので、いわば単数俗格なんですね。
これ働きが全然違うんです。
単数俗格カムオブエイジの場合には、その放送で述べたように性質のオブとか記述のオブあるいは俗格という言い方をしてもいいと思いますが、そういう用法なんですね。
これは英語のみならず、そしてロシア語のみならず、おそらく引用語全体に広く見られる俗格の用法なんですね。
それに対してルバチアチリエットのようなロシア語の言い方は、この俗格の使い方ですけどね、これは部分俗格という全く別の用法だと思うんですね。
なのでオブであるとか俗格ということは共通しているんですけれども、カムオブエイジの場合には単数俗格。
それによって性質とか記述という用法になると思うんですね。
一方ルバチアチリエットというのは複数俗格ということで、これはいわゆる部分俗格という用法になるんだろうと思います。
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英語で言うとですね、今部分俗格というのはフルな形では小英語中英語ほど残っていないんですが、例えばですね。
何百もの人々とかですね。
何百万人もの死者のように言う時のオブたす複数形、複数俗格ということなのだろうと思います。
次です。ピーマンさんからいただきましたコメントです。
毎日ありがとうございます。いろんな意見があることは承知していますが、私に放送時間が長すぎるような気がします。
毎日のことですから15分程度が良いのではないかと感じています。
毎日30分だと話す方も聞く方も負担が多いのではないでしょうか。
話が終わらなければ翌日の続きということでも全く問題ないと思います。
ということで、リスナーさんの立場からの時間配分みたいな毎回の放送会についてご意見いただきました。
非常に貴重なご意見ありがとうございます。
いろいろ考え方は確かにありまして、私も10分で終えるのが一番良いだろうというふうに考えているのですが、
話のまとめ方が下手で長くなってしまうということもあったりしますし、
リスナーさんの傾向として毎朝早い時間に聞いていただくということで、
通勤時間中に聞いていただいているというケースも多いのかなと。
そうすると10分、15分というのが確かに一つの目安なのかなと思う一方で、
このVoicyではアナリティクスがありまして、それを内部的にいろいろと見たり調べたりすることができるのですけれども、
内容や企画次第なんですけれども、そこそこ長い場合でも聞いていただける。
リアルタイムじゃないのかもしれませんけれども、後でとか週末でとか聞いていただけるとか、いろいろありまして、
私も試行錯誤といいますか、いろいろ念頭にあって何が最適かというのを考えてはいます。
リスナーさんの視聴スタイルというのもどうもいろいろなようで、
なかなか簡単に最適解というのは得られないところがありまして、
もし長いというふうに感じられているのであれば、すみません、そこはスキップしていただいたりというようなことになるわけですが、
いろいろご意見あるかなとは思います。私も最適になるように考えてはいきたいと思います。
ご意見ありがとうございました。
それからこれは素朴な疑問ということなのかなと思いますけれども、
シルバー・グラスさんからです。
高音のCと何音のCが区別されるようになったのはノルマン・コンクエスト以降ですか?
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ということですが、高音のCというのは固い音と書くものですね。
これはクっていうKの音です。何音のCっていうのは今の英語だとCHで典型的に綴られるチュッという音ですね。
これはですね、ノルマン・コンクエスト以降ですか?ということなんですが、
そうではなくてですね、小英語からあります。
さらに前の時代にはクという一つの高音に統一されていたんですけれども、
前後に現れる音という条件に従って、
クに残ったものとチュッという2、何音かって言いますけれどもね、
こうなったものの2つに分かれて、そして小英語時代を迎えたということで、
小英語より前の時代にこの2つが分化していたっていうのが歴史的には言われていることです。
つまりかなり古いということですね。
また長くなってしまうんですけれども、次のチャプターに移ります。
591回、多言語使用は古今東西の状態であるという放送会につきましてコメントをいただいています。
海塩さんです。
西賊の話、とても興味深く拝聴しました。西江先生の本も読んでみます。
もちろん先生の新刊もということでありがとうございます。
西江先生の本ですね、これは真言葉の加害授業という本なんですけれども、
これ本当に一般向けです。
分かりやすく、しかし言語の本質について語っている本ということで、本当にお勧めです。
このリスナーの皆さんにですね、改めてリンクを貼っておきますので、
こちらの本ですね、ぜひ読むことを検討していただければと思います。
ありがとうございます。
そして同じ回につきまして、カミンさんからです。
大学院で西江正幸先生の言語人類学という授業を取っていました。
本当に異彩の持ち主でユニークな先生でした。
教室に入ってから思いついたことをその日の授業で話すというスタイルで面白い授業でしたね。
基本的な言語理論を分かりやすく説明されていて、その授業のノートは今でもたまに見返します。
自分の今の言語感は西江先生の影響もありますね。
ということで、カミンさんも授業を受けられていたということですね。
私もですね、全く同じ印象です。
異彩ですね。
芸術方面の創業も終わりで、その活動もなさっていましたし、
本当に異彩ユニークというのが最も適切な表現ですね。
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そして、教室に入ってからその授業で話すことを考えるというスタイルも、
私もですね、異なる大学で異なる授業を受けていたと思うんですけれども、同じです。
多分ね、何も考えてきてないんですね。
教室に入って、面通を見てですね、じゃあ今日こんな感じかなとなんとなく語り出すんですが、
どんどん乗ってきて、どんどん面白くなってくる。
そして受講者はですね、どんどん引き込まれていくということで、
西江先生は言語理論をおしゃべりになるんですけれども、
あまりそういう雰囲気を出さずに、しかし本質的なところにどんどん食い込んでいくんですよね。
この真言葉の加害授業も結局そうなんです。
語りかけるような、おしゃべりしているような口調なんですが、
極めて本質的なことを語っているということで、本当に不思議ですね。
そして上井さん、最後に自分の今の言語感は西江先生の影響もありますねということなんですが、
私自身も何パーセントか同じように、私自身の言語感はですね、西江先生の影響もあるのではないかというふうにずっと思っていました。
思いもよらず、西江言語学をですね、改めて皆さんに知っていただく機会というふうに、
この間の放送回ですね、591回、多言語仕様は古今東西の状態であるという、この回お話ししたわけなんですが、
まだお聞きでない方はですね、ぜひこの591回、今からでもお聞きいただければ嬉しいです。
上井さん、ありがとうございました。
次に592回、北西アマゾン文化圏の驚くべき多言語事情ということで、多数のコメントをいただいています。
まことつかささんからです。
今回も面白いお話をありがとうございました。
モノリンガル生活19年を迎えた私ですが、北西アマゾン文化圏のマルチリンガリズムには驚かされました。
もし私がそのような文化圏で生まれたらいくつ言語を習得するのだろう。
こんなことを思いながら聞かせていただきました。
そうなんですよ。もう本当に意味不明ですよね。
想像できないというような、そんな文化圏なんですけれども。
同じく、この放送につきまして、海塩さんからです。
日本とは真逆な文化ですね。
同じ言語同士の結婚が近畿とは、それだけ言語が多様な地域ということですね。
徐々に多言語社会がイメージできるようになりましたよということで。
私もなんとなくイメージはできるんですけれども、やっぱり体感としては全くわからないというのが現実ですね。
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これはもうこの北西アマゾン行ってしまうしかないかという気にもなるわけですけれども。
同じ回につきまして、ピーマンさんです。
25以上の言語があるとのことだが、方言みたいなもんなんでしょうか。
それとも例えば英語と中国語と日本語のように全く異なる複数の言語なのでしょうか。
全社各方言のような気がします。
ということで、これ改めてですね、ソワンセンというデンマークの言語学者だと思うんですけれども。
この放送会の後で、改めてこの論文をざっと見返してみたんですけれども。
関連する言語ではあるようです。
比較言語学的に。
ただですね、その25ほどの言語ということなんですが、その間の関係というのは色々なようで、その近さ。
そこそこやはり近い。
旗から見ると方言と言ってもいいんではないかというレベルから、事実上ほとんど通じませんというぐらい。
例えば同じ語派であってもですね、語族であっても相当離れていて通じないっていうところまでレベルは様々なようです。
そしてその辺の詳細はですね、やはりフィールドワークで入った言語学者であるソワンセン本人かと思うんですけれども。
もうきれいに区分することができない。何が言語かあるいは方言かというところですね。
ですがお互いの通じるか通じないかみたいなところを調査すると、その程度はまちまちのようだというその辺りで記述は止まっています。
ですので、それを間接的に論文を読んでいる我々としてはですね、状況を推測するしかないわけなんですけれども。
確かにお互いが根本的に異なる言語ということではないようなんです。比較言語学的にはということですね。
その点は抑えた上で、その25言語であるとかマルチリンガリズムというようなことをですね、この社会についての現状っていうのを考察する必要はあるかなということですね。
放送会ではそれ詳しく述べませんでしたし、私もはっきりと理解しているわけではなかったんですが、改めて事後にですね、論文を読み返してみて、今お伝えしたような状況のようですという報告になりますけれども。
その上で改めて皆さんもこの興味深い北西アマゾン文化圏の言語事情について考えていただければと思います。
もう一つ行きましょうかね。
588回ネイティブスピーカーとはという回につきまして、ただしたナミさんよりコメントをいただいています。
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例えば叩かれたときにいたというかアウチというか、あるいは詞速演算をするときに何語で行うかでその人が何語ネイティブであるかがわかると。
これまたずいぶん昔にどこかで読んだことがあります。
ただそれが母語を指すのか第一言語を指すのか主要言語を指すのか、分類が何と書いてあったか覚えていません。
バイリンガルの方は実際どうなんでしょう。
言語の定義は一筋縄では行かないものですね。
だからこそ面白いのかもしれませんが。
ということで言語の定義、確かに難しいということ、それが面白いというのはまさにおっしゃる通りだと思うんですね。
バイリンガルの定義、これは論者によって本当にいろいろあって、深入りすると大変なことになるのではないかというような大きい問題なんだと思うんですね。
例えばいたというのもですね、私イギリスに留学中は多分アウチと言ってたと思うんですよ。
言うようになってたと思うんですよ。
じゃあ英語が母語だったのかというと、私の人生で英語が母語だった期間は1秒もないというふうに自分では思ってるわけですね。
だけどいたという時にアウチっていう習慣みたいのがついてた気がするんですよね。
あと指則計算をするときに何語で行うかとか、数を数えるときですよね。
これなかなか面白いポイントだなと思うんですけれども、指則演算をするっていうのは結構高度な算数でして、これ算数の教育を受けていないとできないって意味では、
そのような教育を必ずしも受けることができていない世界人口の何割かについてはこの基準は使えないということなので、少なくともユニバーサルではない。
いや母語って難しいですね。改めて。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
このチャンネル英語の語源が身につくラジオヘルディオではあなたからのご質問ご意見ご感想をお待ちしています。
ポイシーのコメント機能を通じてお寄せいただけますと嬉しいです。
今日もコメント返しということでたくさんのコメントを紹介し、それに対してコメントバックするということだったんですね。
たくさんのコメントを寄せていただきまして議論が盛り上がるっていうのは大変嬉しいことだと思っています。
どしどしお寄せいただければと思います。
そして実際ですね、聞いているだけではなくてコメントで参加する方が絶対に楽しいと思うんですね。
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ちょっとした勇気が最初はいるのかもしれませんが、初コメントも本当に歓迎いたしますので、ぜひよろしくお願いいたします。
増えてきますと先にも述べましたけれどもね、全てを紹介することができなくなってくるというジレンマもあったりするんですけれども、
やはりライブリーに盛り上がっている感じですと、私も本当に楽しく話すことができますし、皆さんも楽しく聞いて参加することができるという、
そんな風になっていくと楽しいだろうなというふうに思うわけですね。
ですのでぜひ一言コメントでも構いません。よろしくお願いいたします。
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私の方に通知が入りますので大変参考になるんですね。
日々続けている側としますと、やはりどういうトピックが皆さん関心をお持ちなのかなということを常に気にかけているところがありまして、
過去の放送会でも面白かったというものにいいねボタンを押していただけると、なるほどこういうもの面白いと思う方が多いのか。
じゃあ次に関連する話題をみたいな発想になりやすいんですね。
皆さんの本当に協力によって何とかかんとか続けられているこのVoicyのチャンネルということですので、ご協力いただけますと本当に助かります。
それでは今日も皆さんにとって良い1日良い日曜日になりますように。
ほったりういちがお届けしました。また明日。