2025-07-18 13:28

heldio #363. 『言語の標準化を考える』より英語標準化の2本の論考

#英語史 #英語教育 #英語学習 #対照言語史 #本紹介 #英語標準化
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/650f4aef0bc9d6e1d67d6767

サマリー

英語の標準化に関する2本の論考を通じて、言語の標準化に関する新しい視点を提供しています。また、対象言語史アプローチを通じて、各言語の専門家からの意見を交えながら、英語史における標準化の動きとその背景を探っています。

英語の標準化の概要
おはようございます。英語の歴史を研究しています、堀田隆一です。 このチャンネル、英語の語源が身につくラジオheldioでは、英語の先生もネイティブスピーカーも辞書も答えてくれなかった英語に関する素朴な疑問に、英語史の観点からお答えしていきます。
新しい英語の見方を養っていただければと思います。 毎朝6時更新です。
フォローしていただきますと更新通知が届くようになります。 是非フォローしていただければと思います。
また、コメントやシェアの方もよろしくお願いいたします。 今回は、
言語の標準化を考えるより、 英語標準化の2本の論考を紹介します。
先日のこのボイシーの放送でもお話ししたんですけれども、 対象言語史、Contrastive Language Historyという新しいアプローチですね。
言語史に対するアプローチを提案する本が出版されました。 私も編著者の一人として関わっているんですけれども、
大週刊書店から出版されました。 フルタイトルは、言語の標準化を考える。
日中英読仏、対象言語史の試みというものです。 標準化、言語の標準化ということをテーマとして据えながら、
各言語の専門家、もっと言うと各言語史の専門家が集まって、 お互いを意識しながらと言いますかね。
例えば私は英語史を研究しているんですが、 日本語史における標準化であるとか、
ドイツ語史における標準化のようなことを意識しながら、 英語の歴史における標準化というのを考えて論考を書くということをやったんですね。
そして英語史における標準化、英語の標準化という観点からは、 2つの論考が集まっていまして、
まず1つは青山学院の教授であります寺沢淳先生、 そして私、堀田隆一がもう1つの論考を書いているんですけれども、
併せて2編の英語史における標準化というものを、 歴史をざっと描いたということです。
これに対して他の言語、日本語であるとか、 ドイツ語であるとか、中国語であるとか、フランス語ですね。
の専門家も、この英語史における標準化について、 どういうふうに各専門の観点から見るかということが客中にコメントとして示されているというような画期的なレイアウトになっています。
逆に言いますと、寺沢先生だとか私が英語史の観点から、 日本語の歴史における標準化というのをどう見るか、みたいなこともコメントしてあります。
そのような5言語の間で、お互いにクロスレファレンスしながら、 それぞれの言語史における標準化を考えてみるというような、
本当にラウンドテーブルで囲んで議論しているような、 そんな雰囲気を出したいなということで、この実験的なレイアウトなんですが、試してみたということなんですね。
これがどの程度、実際にはうまくいっているかどうかというのは、 読者の皆さんの判断ということになるんですけれども、
フィードバックもいただけると良いなということで、 つい先日出された本ということで、こちらの紹介を改めてしたいと思うんですね。
今回は本書全体を紹介するというよりも、 この放送自体が英語の歴史や英語の語源を扱うということなので、
今回に関しては、英語の歴史における標準化ということに 話を絞ろうと思うんですけれども、先ほど述べましたように、2辺の論項が寄せられているんですね。
時代順に言いますと、まず私が第6章というのを担当していまして、 古英語から近代英語までの英語の標準化をめぐる動きというのを追っかけたということになります。
そしてその後に寺沢淳先生が書かれた論項で、20世紀以降、そして現代まで、 21世紀の現代までの、いわば世界語となった後の英語の世界的な規模での標準化というような話ということで、
時代的にはずっと繋がる形で、古英語から、そして現代、 21世紀まで繋がるような形で、6章、そして7章ということで続けて、論項は掲載されているんですけれども。
まず、私が担当した第6章、古代の英語から近代、 だいたい1900年ぐらいまでの英語における標準化というのをざっと見渡したというような論項になっていますが、
20世紀以降の標準化の側面
もともと英語の歴史が始まった時点では、方言に分かれていて、標準語なんてものはなかったということなんですね。
それが通説、一般的な説によりますと、10世紀ぐらいに、 古英語としての緩い標準みたいなものはできるんですね。
それがたまたまイングランド南西部のウエストサクソン地方を中心とする方言、 これが一般的に国中に通用するようになったということで、
ウエストサクソンスタンダード、レイトウエストサクソンスタンダードという言い方をしたりするんですけれども、 緩い標準化が達成されるというのが通説です。
これ自体も今、実際には疑問が投げかけられていて、いろいろ論争が起こっているんですけれども、 伝統的にはここで緩い標準化がなされたということになっています。
その後、1066年にノルマン征服というのが起こりまして、 イギリスイングランドの表向きの公用語がフランス語になっちゃうんですね。
そして英語というのは地位の低い、庶民たちが話す、 あくまで地位の低い言語になり下がるんですね。
そうしますと、先の時代のレイトウエストサクソンスタンダードみたいなものも、 結局無になっちゃうんですね。
再び方言に分かれた時代に英語は入っていきます。つまり標準がなくなるんですね。
その後、14世紀ぐらいからゆっくりと英語が復元してきます。
フランス語の元に入って、区引きに入っていたものが、 だんだんとフランス語と並び、そして追い抜くという形で、
イングランドにおける国語の地位を回復していくということになるんですが、 その過程で14世紀、15世紀、16世紀とゆっくりと再び英語が標準化。
さまざまな方言はあった状態なんですが、 その中から一つの標準的な方言、言葉というものは育っていて、
そして結果としてそれが現在まで続く、 我々が英語を勉強するという時に勉強しているのは、実際には標準英語なわけですね。
これの直接の起源はしたがって、英語が復元してきた14世紀ぐらいに、 ゆるく再び標準化を目指した標準語ですね。
これと、次続きで、今、標準語があるということなんですね。
このように、時代別に英語の歴史では、 標準語がなかったりあったりというのを繰り返しているんですね。
なかった時代、あった時代、なかった時代、あった時代というふうに、 いわばサイクルみたいになっているので、これを標準化サイクルというふうに、
これは私の用語ではなくて、先行研究でも既にある用語なんですけれども、 これについて考えてみたのが、私が担当した6章ということですね。
対象言語史という本ですので、主に私は日本語、 日本語の近代における標準化ですね。
これを意識しながら、つまり英語と日本語における標準化の歴史というのを 比較対象をしながら論考したという話になりますね。
そして次の第7章なんですけれども、寺沢淳先生が担当されました、 主に20世紀以降ですね、そして21世紀、現代まで続く標準化というものを、
題材に論考を示されているということなんですね。 寺沢先生は標準化といってもですね、3つぐらい側面があるのではないかということで、
1つは統一化ということですね。 これはある1国内であるとか、1地域において有力な方言編集を基準として、 言語を統一していこうという動きですね。
それから2つ目はですね、規範化ですね。 ただの標準化というよりは、この語法を使っていい、悪いというような、
ある言語の形式の正しい姿、あるべき形に統制していくという、 少し一歩踏み込んだ形のですね、強い標準化ですね。
これのことを規範化というふうに、 第2の側面というふうに読んでいます。
そして3つ目は、むしろ弱い方向というんですかね、通用化ということで、 一般的に通じるコミュニケーションの手段として、
多くの人の一卒が可能になるように言語を共通化、 そして多くの場合、簡略化するという流れですね。
これいずれも、緩く標準化ということはできると思うんですけれども、 だいぶ異なる3つの側面だということで、これを用語上分けてですね、
統一化、規範化、そして通用化というふうに、 3つに分けてみたということなんですね。
そして20世紀以降の、いわば英語は世界語となってですね、 世界中に使われる言語となった、
そしてこの時代に語るべき標準化というのは、 この3つの中でいうと、おそらくその最後のもの、つまり通用化の方だろうと。
これまでの、後英語、中英語、近代英語において、 標準化という話をする場合は、だいたいむしろ最初の2つの方ですね、
統一化ということと、主に18世紀あたりを念頭に、 規範化という方向で標準化の議論がありましたが、
20世紀、21世紀、まさに現代ですね、標準化、英語の標準化ということを語る場合には、 これは実は通用化のことを問題にしているのではないかというようなご論考でした。
幅広い視点からの標準化
このように6章、7章を合わせて、後英語から現代英語に至るまでの、 英語の広い意味での標準化というものが通覧できるような2つの論考になっています。
それぞれそれほど長いものではないので、 比較的さらっと読むことができるかと思うんですが、先にも述べましたとおり、
これは対象言語史という新しいアプローチの本ですので、 英語史における標準化を見る際にも、英語史の内部だけの視点で見るというよりは、
他の言語史の専門家がコメントを書いてくれていますので、 非常に幅広い視点から、この英語の標準化について考えることができるという、そういう本になっています。
ぜひ手に取って、皆さんも英語における、あるいは他言語における標準化という問題について、 思いをめぐらせていただければと思います。
それではまた。
13:28

コメント

スクロール