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おはようございます。英語の語源が身につくラジオ、heldioのパーソナリティ、そして英語の歴史を研究しています、堀田隆一です。
8月1日月曜日です。新しい月の始まり、そして週の始まりということで、相変わらず東京は暑いですけれども、今月もそして今週も頑張っていきたいと思います。
言語標準化についての対談
本日はですね、昨日7月31日日曜日の午前11時から12時に、生放送でこのVoicyでですね、編者鼎談第2弾、言語の標準化を考えるをお届けしました。
生放送としても40名を超えるリスナーの皆さんにリアルタイムで参加していただきまして、ありがとうございました。
1時間にわたる濃密な議論ということで、リスナーさんから頂いた、事前に頂いていた質問に対して回答するというようなコーナーも含めまして、大変喋っていて楽しい対談だったんですけれども、
そちらの対談を録音しておきまして、今日のVoicyはですね、その1時間にわたる長めの対談を改めてお聞きいただく、あるいは生放送で聞けなかったという方のためにですね、配信するという、そのような回となります。
長めですので、切りながら聞いていただいたり、時間のあるときに聞いていただければ幸いです。それでは、編者鼎談お聞きください。
今日はですね、対談企画ということで、かつ生放送ということでお送りしたいと思っています。
言語の標準化を考える日中英読普通対象言語史の試みという本が、5月にですね、大週刊書店より出版されました。
この編者3人が集まってですね、実は7月8日に一度対面で会いながらの対談を行いまして、そちらを7月9日のこのVoicyチャンネルで配信したんですけれども、話足りないということがたくさんありましたので、第2回かつ生放送ということで、今回お届けすることになりました。
まずはですね、この3社、今日の生放送お届けする3社紹介したいと思いますが、まず学習院大学で、ドイツ語史をご専門とされています高田博之さんです。
今日よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
前回は時間がですね、制約があったりして、早口で喋って、しかも関西イントネーションになったりして、後で聞いて、高田さんのゆったりとした標準語と比べると、いかに分かりづらいかって分かったので、
今日は時間が制約が少なめなので、明確にゆっくりと喋ります。
標準化でということですね。
そして2方目ですけれども、明治大学の日本語史をご専門とされています田中牧郎さんです。本日はよろしくお願いいたします。
こんにちは、よろしくお願いします。私も前回は10分区切りで話したので、途中でやめてしまったところがあったんですが、今日は10分近くあるようで、じっくりお話をしたいと思います。
よろしくお願いいたします。
そして、私が慶応義塾大学で英語史を専門としています、ホッタリュー1ということで、この偏者3人が執筆者として11名いるんですけれども、偏者3人での対談ということで、
今日は前回は割とフォーマルだったので、そして事前にいただいていたコメントともご質問ともいろいろあったんですけれども、そちらに触れることができずに終わってしまったということで、
今日はですね、とりわけ後半はリスナーさんからの質問に答えるという形でお届けしたいと思います。
あと、これ生放送ということで、アプリから聞かれている方は投げ込み、この生放送中に質問であるとか何かありましたらお便りしていただければ、時間が許す限りそちらにもですね、3人で共有してお話などしたいと思っています。
よろしくお願いいたします。
それではトーク実質上開始ということになりますが、第1回定談後ですかね、4月14日に英語教育という雑誌ですけれども、こちらが同じ大衆鑑賞展から出まして、8月号ですね、英語教育という雑誌の8月号で、
その中で実はこの本書を紹介していただいているんですね、成形大学の田辺晴美先生がレビューしていただいています。
ツッコミのコメントっていうのがこの本の一つの特徴、形式上の特徴ということで、生の研究会で行っていたようなディスカッションをなるべく本の上でも再現したいということで、アイディアを出してということですね、その点が読みどころだというレビューをいただきました。
それから多言語から見ることで自分の専門が非常によく見えるっていう対象言語史の良いところですよね、これについてもご指摘いただきました。
どうですかね、その後出版後もあるいはこの1ヶ月ぐらいも含めて何か反応って言いますかね、ありましたかね、私の周りではそんなにまだ大きい動きがあるっていう感じではないんですけれども。
反応とディスカッション
英語史の専門の方から2日3日前に歯書きもらいましたね、もちろんそのページの下に書いてある様々なツッコミ的なところが面白いという趣旨だったんですけれども、
例えばその方がドイツ語の部分とか他の部分を読んでいて、英語だと違うとか英語だとこういうことがあると思ったのを言おうと思った、もし頭の中で言おうと思ったら下にも既にホッタさんとか寺田先生とかが書いてたという形で、
だからそういう意味で、様々な専門の方がそれぞれのツッコミという形で持って知識を共有し、そこで戦わせるというかな、5つの言語かな、そういう企画もすごく面白いし、実際に発想の転換に役立つように思うことが書いてありました。
なるほど、それを嬉しいですね、偏者としては欲しかったというようなところですけれども、田中さん何かありましたかね。
日本語史の場合はですね、今回主に西洋語史と比べていて、あまりにも違うので、違っていることは当然だと思っている人にとっては、びっくりしたっていう、違っているところは具体的に書いてあるので、それで勉強になったとかですね、それからそもそも比べても違いすぎてよくわからないという反応もありましたね。
なるほど、比べてもわからないっていうのは、最初実は我々もこの研究会でスタートしたんですけど、よくわからなかったですよね。で、実際に今だって噛み合ってるのかよくわからないっていう側面もあって、ここがちょっと面白いところでもあるのかなと、噛み合わなさも含めて。
今おっしゃった、びっくりしたっていうキーワードと、もう一つはよくわからないっていうキーワードがね、既成ですかね。どちらもね、本当にね、この研究会というかこの本のモチベーションというか根本にある反応であって、我々はびっくりしたし、中国語がこんなに聞いてああって思ったし、びっくりしたし、一方でよくわからなかったし、そういう形でね、本の形にして少しでもよりわかろうとしたっていう形のことだと。
そうですね。変者としても何回読み返してもやっぱり難しいものは難しいというか、完全な流れを各言語での言語詞、流れを理解していなかったりするので、やっぱり完全にわかってるかっていうと全くそんなことはないっていうことかと思うんですよね。で、研究会でもそうだった気がするんですよ。
特にね、今でもね、ちょっとね、話し始めるともう20分、30分経過するからやめますけども、それでもなおキーワードだけ言いますとね、日本語の場合の言文一位っていう時の言と文っていう概念と、それを西洋の英語とかドイツ語の場合の話し言葉、書き言葉っていうのに置き換えて理解し始めると、どっかの段階で必ずちょっと噛み合わなくなっちゃって。
そうですね。初期はそこのレベルでまず引っかかったんですよね。議論にならないと。
日本語で言う言文一位は、言は話し言葉で文は書き言葉っていうのはこういう理解と、それから書き言葉の中で口語体と文語体ですね。文語体と書き言葉の中で話し言葉に近いスタイルで書く。それから文語体っていうのはもう話し言葉と全く関係なく遠いところで書くって。こういう2つのところが日本語詞の中でも混乱してるんですよね。
そうですね。ドイツ語はどうですかね。英語なんかと言文が話してるのと書き言葉っていうのは当然多少のレジスタ違うっていうのは前提としつつ、そんなに大きく離れてないんですよ。歴史の中で日本語ほど。なのでそこそこ寄り添って両方が変化してきたみたいなところがあるので、だいぶそこは違いますよね。
ドイツ語もそうです。ドイツ語もそう思いますね。つまり、言葉専用のものっていう言い方が限られてきて、だから例えば話し言葉とか言葉を比べると、例えば文法的には、いわゆる話し言葉の方がセンテンスが短いとかいうこととかですね、さまざまな語体の音、音の形の言葉が出やすいとか、そんなところがありますけども、そういう音とかを取ったりして、また長さを別に気にしなく語ったりして、
あとはね、高級語彙と普通の日常語彙という感じですよね。その辺で日本語の文語体っていう感じの固いものはないってことですね。
書き言葉と話し言葉のギャップみたいな問題ですと、西洋語の場合はやっぱりその土着の言語、英語なりドイツ語なり対ラテン語っていう形になるんですよね。ここが緩く言文一致の問題、不一致の問題っていうのと繋がってくるんですけど、どう繋げようかっていうのは、結構研究会でもこんな議論は何回かあった気がするんですよね。
言語間の比較と理解
だから、言文一致の日本語のイメージの文をあえて西洋の言語してるものから見ると、文の方をラテン語って言ってね、そうすると2言語が違うものに並んでるっていう意味で、全然本来の言文一致の言文とは違ってくるんだけども、あえて言うと高級な知識のある人に限られた、書くときに専用で使ったものって言われ始めると、
ラテン語って答えるのが一番英語史の少しの場合においては近いような感じになってきますね。
原文一致っていうとき、わざわざ一致って言ってしまうのは、意識して変えて一致させようとする活動があるわけですね。
それが明治時代にあったことによって、今の日本語の書き方、私たちの書き方ができてるわけですけども、それは日本語の中での改革運動で、原文一致の文にあたるものが西洋語、ラテン語だっていうふうに言われるわけです。
ただラテン語は一応別言語ですよね。元々起源としては同じだったかもしれませんけど、別言語のものなので、それを日本語の原文一致の文にあたるのがラテン語と言われると、日本語史からするとかなり違う話をされてくるわけですよね。
そうですね。私のこの本での論考の中では、そこをなんとかパラレルに議論できるところはないかっていうところで、つまり比較できるところとやっぱりちょっと限界があるところっていうのの、この整理みたいなものはこれからの課題かなと思っているんですけどもね。
日本語のこの発想、原文一致の発想っていうのは、西洋に持ってくるとどうなるのかっていうのは一つの試行実験として、まさに対象言語史的な。
それがホッタさんの章で、図を描いてくださいましたよね。一番上にラテン語が載っている。日本語だとそこに漢文が載っているっていう。そしてその漢文とかラテン語の部分が元々結構太かったのがだんだん細くなってくる。
つまりいわゆる維新語というのか、非常に格の高い言語としてのラテン語とか漢文というものが、それぞれの英語、ドイツ語や日本語の中で占める位置っていうのは同じなんですね。それが相対的にどう変わっていくかということは、図で書いてくださったことで比較しやすくなったわけですね。
それでもやっぱりなおかつ根本的に違うところもあるっていうことも見えてきたので、そこの議論をこれから丁寧にしていきたいですね。
そうですね。全く異なる言語なのか、一つの言語内での話題なのかっていうのは確かに一番違うところっていう。社会的な機能っていうことで言うと、ある程度この図の形が似てるとか、それぐらいまでは言えるっていう。そこで終わりましたからね。
今の部分ですけどね、要するにある種話がまとまるところがあるのは、方法論的なものによって、最初キーワードでかなくさんのところにあった、よくわかんないってところがありましたよね。
よくわかんないっていうときに、ある種高田とか堀田さんはですね、ある種場合によって無責任なアナロジーでこうじゃないかと投げるわけですよね。よくわかんないからこそね。
言語の歴史と標準化
無責任に投げた発想が、もちろん倒れるような仕方のないものであることもあるけど、場合によって何かの新しい発想とか新しい認識につながるかもしれないってところが、こういうふうな研究の方向のアプローチの意味がある。よくわかんないから言えるっていう大胆さ。
それありますよね。突っ込みも結局そうですよね。お互いかなりわかってるのかなっていう意味で読んでいただくというよりは、ある種の無責任さを持って突っ込んで、自分の分野からはここに書かれてるこれはこういうふうに解釈できるとか、それぐらいの本当にコメントなんだと思うんですよね。
編集の作業でこの3人でやっていて面白かったなというのは、だいたい同じところにコメントっていうか突っ込みが入りましたよね。集まってくるんですよね。呼び寄せるような形っていうのがあって。
おだしょー このほうが多いページもありますもんね。
おだしょー 199ページ、200ページぐらいがもうすごいですね。
おだしょー そうですね。本文よりも中のほうが多いっていう感じですかね。中国語ですかね。中国語に関しては前の定談でもお話したと思うんですが、やはり他の4言語と標準化のあり方って言いますかね。字を問題にしているっていうところがあったりして。
少なくとも私にとっては異質だったので、突っ込み害があるっていうところはありましたかね。結構固まってるところがあるなと。
あと、ジェネラルな問題としては、例えば時代区分なんていうのもなかなか面白くて、それぞれの言語でどうしてその時代区分をするに至っているのかというのは、言語史の場合、何かそこで大きく言語がガラッと一夜で変わったっていうことはないので、
大体社会的な政治的な事件とかに引っ掛ける形で緩く作っていくと思うんですけれども、それも各言語史で何か傾向って言いますかね。どういう区分けなんだろうかとか。
あるいは英語史の中でも区分そのものの歴史が区分どのようにされてきたかっていう歴史を辿ると、これはこれで面白い学史の話ですけれどもね。その辺は一般的な話題であるからこそ対照言語史的にも面白そうなどういうアプローチでやってきたんだろう。
今のところはね、第2章のところで日本語、中国語、英語、ドイツ語、フランス語の歴史を見開きで2ページでそれぞれやってますよね。それ見て気づく事柄は、英語とドイツ語史は僕はもちろん昔から比較的興味があったんで見てるんですけども、古いのね、oldとかmiddleとかnewとか、
そういうのとか入ってきますよね。全く同じで、あると見てるのいって形入ってるんですよね。そういうのと比べると中国語と日本語はそれではなくて、平安時代とか中国だったら、上だったら上とか中とか入ってるんですかね。
日本語だけでちゃうんですかね。
日本語もですね、上代とか中古とか。
ただ今回の標準化というテーマですよね。そうするとどうしても政治的なことと関係するので、政治史の時代部分の奈良編や鎌倉室町への明治っていう風にしたんです。
方言教育の影響
特に奈良っていうのは漢字が入ってきた後、日本語を書けるようになる時代として非常に重要ですね。そして明治っていうのはやっぱり近代化、西洋の列強が日本にやってきて、それを受け入れるために言語を大きく変えたっていう、そういう背景が標準化ということ。
特に中国との関係における古代の標準化と、それから西洋との関係における近代の標準化という点で、やっぱり政治史の対応付けをあえてしたかったということがあります。
言語そのものを見たときは同じように古代語、中世語、近代語のような分け方をすることもあります。
そうですか。その2つの分類し方、どちらがより主流とか、そんなのあるんですか。
それはやっぱり言語そのものとして見る、古代、中世、近世、近代という分け方ですね。
さらに中世の中を中世前期と中世後期に分ける。その節目は鎌倉時代と室町時代の間で分けますよね。
そして近世も、近世前期と近世後期、これは文化の中心が京都にあった時代から江戸に移った時代で分けるとか、そういうふうに分けていくということはあります。
今の上代、中世、近世、近代の中世の小分けと近世の小分けは、実は言語そのものではないかもしれません。
言語の在り方が変わった時に、例えば近世だと中心地が変わったことで言語が変わったので、そういう意味では言語重視の区分ということになりますね。
政治を意識してるけども、言語をちゃんと見た区分ということになります。
時代区分そのものの切り口としての標準化っていうのもあると思うんですよね。
目的によって時代区分ってやっぱり変わるというか、設定を変えてもいいし、その方が多分うまくいくことって多いと思うんですけど。
今回も第7章では英語誌から寺沢先生が一般的な教科書に載っている英語誌の時代区分とは違う、いわゆるクロート向けなんですけれども、標準化を念頭に置いた時代区分というのをあえてやってみると伝統的なものとはだいぶ違ってきたっていう。
なので一つの時代区分の切り口としての標準化っていう、こういう見方はあるのかなとは思いましたね。
すべて関わるかもしれませんね。どの切り口から結局見た時代区分なのかっていうのは割と面白い話題、そのものの見方が反映される気がするんですよね。
この割り方っていうのは、ドイツ語の場合だったら、こういう新しい、古い、真ん中、新しいっていう言い方はね、19世紀の前半のヤコググリフがドイツ語文法っていうところで初めて見せたわけですけどね。
比較文法、比較言語学というか、ああいうものの誕生以降に英語史の場合もこんなふうな割り方っていうのはあるんですかね。
大体そうですね。結局近現代っていうものと、そこからあまりに隔たっている古代っていうものを設定し、つなぎとしてのミドルというものを入れるっていう、言語史のみならず一般に世界史と言いますかね。
ある研究者3名一体という言い方をヨーロッパなんかしてますけどね、3つっていうのがやっぱり分かりやすいっていうことで、そんな発想があって、ネーミングとしても古いとか新しいっていう言い方。
これに対して中国とか日本はまた、古代とか上代であるとか、また別のネーミングと言いますかね、ラベルを張るっていうところも含めて、これは広がりのある話題になってきそうだなっていう気はしますね。
話題としては、寄せられてきた質問などもありますので、そこから膨らませていくと面白いかなと思っていまして、事前にリスナーの皆さんからお寄せいただったものがありまして、送っていただいた方ありがとうございます。
これを話題としてさらに話し続けていきたいと思うんですが、まずですね、カミンさんからいただいたもので、いくつか挙げていただいたんですが、かなり本質的な話題が多くて、どこまで答えられるか、むしろその議論楽しみたいと思うんですけれども、
言語の標準化の好在、良い面と悪い面があるっていうことなんですが、好在としてはどのようなものがあるでしょうか。少数言語話者の抑圧は好在の残位の方としてまず思い浮かびますが、もちろん好の部分もある。
どの立場の人たちにとってどのような好在がもたらされたのかについてご意見を伺いたいですということで、これはかなり一般的な個別言語というよりは一般的な話題かと思うんですが、高田さんいかがですかね、ドイツ越しの観点から。
大きな話題なので、時代がある程度イメージを絞らないと語られませんが、今思い浮かぶのはオーストリアとドイツの関係性なんですね。つまりオーストリアは18世紀の後半、中ぐらいまでは、その部分は南部のドイツ語で上部ドイツ語って言うんですけどね。
そこの上部ドイツ語の言葉を主流に書いていたわけなんですね。なぜならば上部ドイツの言葉っていうのはウィーンにあった神聖ローマ帝国の官房、官庁があったところで、ものすごく誇りがあって、長い数百年にわたってウィーンの言葉が公的な権威のある、プレステージのあるドイツ語を書いていたわけですよね。
そんなふうな伝統があったから、南のドイツ語をオーストリアは使ってたわけですよね。しかしプロレステーションが解凍する中で、またプロレステーションと戦う中で負けてしまうんですよね、18世紀後半にね。
その中で例のマリアテレジアがものすごく大きな決断をするわけです。何かと言いますと、今まではこういう形で誇りを持っていたウィーンからのそれを使ってたけども、これからは言葉の面ではプロレステーションの方の中部、北部の方の言葉に合わせる形で決断したんですね。
その結果、テレジウムという学校で教えるような公務員たちが学ぶようなところでは、それ以降基本的に中部、北部の北の方の言葉を使い始めたわけですね。なぜかというと、そこには開き直りじゃなくてですね、未来の展望があったと思うんですね。
もし万が一、オーストリアがずっとこだわっていて、言葉の面でオーストリア式のものを書き言葉でも推しとしていたならば、2020年の我々が、例えばドイツ語学ぶドイツ語は、一方でドイツ国のハイジャーマンみたいなやつですよね。
他方でオーストリア言葉図があって、そうすると両方ができないと文化にアクセスできない。つまり標準化されているってことからは、言語文化っていう伝統があって、様々な作家とか様々な思想家とか、もしくは様々な文化辞書を記入した資料を、やっぱり共通で2022年の時点で読めるっていう風なのが、ドイツ語圏の文化に対するアクセスがしやすくなるってことですよ。
だから言いたかったのは、簡潔に言い直しますとね、標準化っていうのはですね、過去の言語文化を未来に伝えるときに、やっぱり標準化されたものである方が高い効率をもって伝えられるっていう点において良かったと思うんですね。
だからオーストリアがそういう決断をしたってのは、結果的には今から200数十年前ですけども、そういう意味での良い事柄をオーストリアにももたらしたと思うんですね。
地域的にもそうですし、時間も超えてと言いますか、標準語というものが設定されていることによって、情報へアクセスしやすくなるというようなポイントですね。
ここは講座の講の部分っていうのは、確かに間違いないかなというふうに思いますね。
この問題について田中さんからでしょうか。
この今回の講座、田中克彦先生がその問題を正面から扱っています。
克彦先生は今80代後半で、少年時代を戦前に昭和一桁生まれだと思うんですけども、その世代の方は方言を直すっていうことをかなり強く教育を受けている方なんですね。
そしてご自身の経験と、ご自身は兵庫県の日本海側の出身の方だったんですけども、それから東京で大学に入った後、
学生時代に経験したこととして、沖縄出身の人は非常に方言を撲滅されるというような経験をしたわけです。
教室で方言をしゃべると、方言札っていうのを首からかけられて、誰か別の人が方言をしゃべったら、その方言札を別の人にかけていって、こういうやり方でその方言を直していくという、こういう強烈な運動をする。
つまりそれは個人の生まれ育ったものを否定するような、個人の人権を否定するような側面があるわけです。
日本においてはそういう標準語教育が行われた時代が結構長く続いたということが実際あったわけです。
今の私たちはそのこともあまり気づかなくなって、方言はむしろ文化を尊重する、地域の文化を尊重する大事なものだという意識が浸透してますけれども、
数十年前までは、方言は悪いもので否定されていってなくなっていったという歴史があったということですね。
英語の立場と国際的影響
【佐藤】今お話を伺っていて、英語史の観点からも似たようなことが言えると思うんですけれども、
英語って今世界で最も使われているリンガーフランカということで、その口座のコーの部分っていうのは見えやすい。
多くの日本人も英語を勉強してるっていうのはその繋がりを求めて、共通言語を求めてっていうことですので、
多分英語の場合にはこのコーの部分っていうのはそれほど強調する必要もないというか、自然に理解できるかと思うんですね。
一方で、ある意味最も強大な言語ということは最も抑圧している言語という見方も当然あるわけなんですけれども、
英語の中で考えても標準語が出来上がってくる、現代に繋がるものが出来上がってくる近代以降ですね、
標準語が確立すればするほど、一方で方言ですよね。
方言が敷いたげられていくというような、マージナライズされていくっていうような形があって、
最初は、たとえば生った、いわゆる方言を聞くと違うねというぐらいの感覚だったのが、
だんだんとカッコ悪いっていう感じになり、使うべきでないっていう発想になり、
日本のただの標準、共通としての標準ではなくて、批判意識の強い標準、
偉いか偉くないかっていう差が、標準化が進めば進むほど、
こっちが成功すれば進むほど、マイナスの側の方言に対する蔑視であるとか、
いじめであるとかっていうのも増殖してきたっていう歴史があるんですよね。
そして、現代になって、これも日本語と同じように、
方言っていうのも一つの個性であるというようなポジティブな考え方も一方で現れてきているというのは、
割とそこは比較して面白いところかなと思うんですけれども、
やはり、この影に必ず罪があるって言いますかね、
ご質問いただいた方のその両面っていうのを、
この標準化の議論でも見ていく必要はあるのかなというふうに思っています。
方言の語学化と地域文化
今の罪のところの、何て言いますか、
強いてあげられるようなところとか恥ずかしいとかいう部分ですけどね、
それはね、しかしそうなんだけども、
しかし21世紀になってから変わってきている可能性が高くて、
つまり各大都市、オランダとかオランダのアムステルダムとか、
ドイツのベルリンナが例えばそうですけども、各ヨーロッパの大都市の中で、
移民の話す言葉、例えばドイツに行くと、
とりわけトルコ人移民が多いので、
ドイツ人移民の話すドイツ語っていうのがあったときに、
それをね、馬鹿にするっていうことよりむしろ、
いわゆるドイツの子たちが、
それをクール、かっこいいって捉えて、
それをわざと使うとかね、
またラップみたいなところで、スカーブみたいな形になってきているので、
だからそういう方言的なもの、もしくは非標準的なものに対する意識が、
とりわけ若いところでかなり変わってきているっていうのが
結構ありますね。
その問題で、その方言の語学化みたいな話、
先ほども田中さんから出ましたけど、ちょうど数週間前に、
この話題である授業で、みんなディスカッションしたんですよ。
で、方言の語学、例えば博多弁、女子がかわいいとかですね、
そんな言い方があったりしたときに、これどう思う?みたいな、
議論を深めていったら、確かに一方で、
方言とか多様性っていうのを喜んでいると言いますかね、
需要しているという見方もできるけれども、
それは標準語というものがしっかりあってこそ、
そういう楽しみ方ができるって意味では、逆を見ると、
やはり標準語の権威って言いますか、
威信みたいのが非常に強くなったからこそ、
誰もが疑わなくなったからこそ、
そういう遊び方ができるんだというような言い方が出てきて、
割と意外な意見が出てきて、議論としては盛り上がってきたんですよね。
やっぱりプラスの面とマイナスの面という、
今回の質問と関わってくるようなこのギャップですよね。
標準か非標準なのかっていうことの境目が、
わからなくなってみんな平等っていう話よりは、
むしろはっきりと分かれてきているっていう上下が、
その中で遊べる。
今おっしゃっている歴史的にも、
フガノキット英語史にもあると思うんですけども、
明確に言えることがつながってくるのは、
つまり何かと言いますと、標準語がガチッと、標準書き言葉かな、
ガチッと固まったからこそ、固まった後であるからこそ、
さまざまな遊びができるっていう話なんですけどね。
ドイツでは、具体的な数字を挙げると1750年、
例えば18世紀の中ぐらいに、書き言葉としてのドイツ語が、
全ドイツ語圏で固まったとされるんですね。
固まった後で出てきたのが、ゲーテ・シラーの、
シツル・ウンズ・ドランクの、
湿風怒涛時代の彼らなんですね。
だから、固まってから言ってみたら、
20年経ってから現れて、彼らは固まったからこそ、
逆にそれに反発して、自由な形式とか、
覚悟の形が覚悟文っていうやつですね。
おかしくなったものをあえて使うなという形になってきたので、
つまり、またその頃に、
その前はなかった話し言葉性への興味とか、
つまり文学をより話し言葉的に書くみたいな形で、
ドイツに出てきたので、
まさに標準語の固まり方、固まった程度に応じて、
遊びがまた楽しめるみたいな形のところが、
時代を超越してあるなというのは思ったんですけどね。
ドイツ語の方言差とヒエラルキー
この本のタイトルが標準化を考えるっていうことなんですが、
標準化っていうと、
向こうの部分って言いますかね。
そっちに向かっていく部分っていうのをタイトルに付けたんですが、
この背後には必ず非標準的なものは、
じゃあどうなってしまったのかっていう問いは、
本来つきまとうのかなとは思うんですよね。
この辺りは非常に面白い話題で。
英語しなければオルタネティブキストリーはいいですか?
しますね。最近流行ってますね。
ちょこちょこ出てますね。
非標準的なものも忘れてはいけないみたいな主張なんですけどね、
基本的に。
21世紀的ではありますかね。
結局対応性であるとかダイバーシティ、
言葉も同じだっていうような認識が強まってきているっていうことでありますけどもね。
同じカミンさんから、
ドイツ語に関することも質問がありましたので、
こちら読み上げますが、
ドイツ語は交互の方言差が大きく、
スイスのドイツ語系住民と、
ドイツ北部の住民とはコミュニケーションが困難なことがあると聞いたことがあります。
スイス人が私たちのドイツ語は正しいドイツ語ではないからと、
自らのドイツ語を卑下するような言葉を聞いたことがあります。
私もあります。
ドイツ語の地域変種感の異心のヒエラルキーはどのような感じなのでしょうか。
そしてそのヒエラルキーの原因は何なんでしょうか。
ということで、これはまさに高畑さんにご回答をお願いしたいところです。
はい。
スイスのドイツ語が理解できないっていうのは事実だと思いますね。
とても客観的な証拠は、
ドイツのニュース番組とか、
ドイツの報道系の番組なんかそうなんですけどね。
スイス人にインタビューしてる時には必ず字幕が出るんですよ。
なるほど。
だから、いわゆるドイツ人の普通に話すドイツ語は
わからないっていう大前提があるから普通つきますね。
というのがまず客観的にそう思われてるし、
実際わからないっていうことの証拠だと思うんですね。
それほど南北差異とか、
ドイツは東西の差よりむしろ
南北の差がとても大きいわけなんですね。
ハイジャーマンとロージャーマンっていうのは
標高が高いって意味で南の方のドイツ語と
標高が低いロージャーマンにすごく差があるわけですね。
スイス人のドイツ語はね、
スイスのドイツ語って言葉を
標準のドイツ語で言いますと
シュバイザードイチ
シュバイザードイチなんですけども
それをスイスの言葉で言うと
シュビーチャーキューチ
シュビーチャーキューチですね。
シュバイザードイチのアイってところが
二重母音じゃなくなってしまったりとか
ドイツのドイってところも
リューチって形になっているようになっていますが
二重母音に関してはそれが起こってないっていうことがあるんですね。
一つはドイツ語のドっていうのが
二語じゃなくてトイ、キューチ、キューチって言います。
テイなんですね。
シュビーチャーキューチだけでも
すごく傾向が出てますけども
音の構造からしてもかなり一致なところがあるわけですね。
もっともは標準から離れているということですね。
ただし、方言のなんてケーラルヒーみたいな形でいきますと
これは僕の批判も入るかもしれませんけど
ドイツ語っていうのは
そこの方言っていうところから離れていまして
ドイツ語が悪いとか恥ずかしいとかいう議論はほとんどなくて
分からないものって形でも走り送られていて
じゃあ問題になってくるのは
インサイドのドイツ語って形ですよね。
そうするとミューヘンのあるバイエルンの言葉が一つありますし
またライプジッヒドレスデンっていう
昔の東ドイツのあったところに
ザクセン方言っていうのがあるんですね。
そのアンケートを見ますとね
一番人気が高いのはバイエルンのドイツ語なんです。
南のドイツ語なんですね。ミューヘンのドイツ語なんですね。
一番人気がないのは嫌われているのが
今言ったライプジッヒドレスデンってやつ
東ドイツのところにあったザクセンの方言なんですね。
もう圧倒的に半分以上の人がザクセン語方言はもう嫌いとか言うんです。
バカにするんですよね。ダメって書いて。
でもバイエルン方言は割と好きであって形があるんですね。
なぜかっていうところはものすごく難しいと思うんですけどね。
いくつかファクターがあるはずで
一つはやっぱりね、例えば関西が好きとかね。
大阪が好き、大阪弁が好きっていう手話がいた場合に
それは大阪の文化とか大阪的やり方とか食べ物とか
割と大阪によく行くみたいな形の
さまざまな文化的食文化を含めた体験があって
バイエルンはビールとかそういう形で確かに美味しいです。
食文化の南北差もあって
やっぱりどう考えても北の方が美味しくないんです。
美味しくない。イギリスみたいな感じ。
南やっぱ美味しいことあるんですよね。
そういう意味においてもバイエルンは割と好まれた方言なんですね。
でもザクセンはね、次の特大ポイントなんですよ。
東ドイツなんですよ。つまりウルブリストっていうね
第一初期町がありましてそれ50年から73年から5年ぐらいまでずっと
東ドイツの第一初期だったことが一番の代表者なんですけども
彼は第一出身でまさに今言ったザクセンの出身なんですね。
その辺りからザクセン言葉は東ドイツの言葉ってイメージができてしまって
そうするととりわけ壁崩壊後にやっぱりさまざまな
東ドイツ的な言い方に対する反感とかまた当時の警察ね
東ドイツの警察がいろんなことをしたみたいな話があるんで
そういうことで一つ歴史的な意味における東ドイツ性っていうところが
その拒否感に出てるっていうのも言えますし
もう一つは何でしょうね。それぐらいでしょうね。
言語のランキングとステレオタイプ
もう一つは今言い換えて忘れちゃいましたけども
さまざまな文化的歴史的な経緯があって
あとは思い込みってこともあって
好き嫌いは決まってるってことですね。
そうですね。日本語でもいわゆるヒゲラルキーって言うんですか
ランキングどこ方言が人気があるっていう
先ほどの可愛い方言とそうでない聞き取りにくい方言っていう
ネガティブなレッテルを張られるのもありますし
イギリス内部でもやっぱりありますね
ランキング作ると如実に出るっていう
それはもちろん発音云々っていう言語的特徴というよりは
その街に典型的に付されたイメージ
それが合ってる間違ってるはまた別問題ですね
ステレオタイプみたいなのも含めて
ランキングができるっていうのはこれどこ見てもだいたいあるので
これは人間がどうしてもやっぱりランキングを張りたがるっていうか
いうところがしかも言葉ベースでですね
本当は言葉ベースじゃないとしても
言葉に固くしてランキングを行うっていうような傾向は
これ差別とか別視という問題とも関わりますけれども
深くあるような気がしますよね
そうですね。例えば可愛いっていうのはプラス評価にももんです
でも可愛いって言われる地域のその方言を話してる人たちは
あんまり心よく思ってないっていうこういう調査がある
例えばさっきの博多弁とか東北弁とかですね
やっぱり可愛いっていう評価が都会の人はするんですね
東京とか関連の人は
でもそう言われてその地域の人たちが嬉しいかっていうと
必ずしもそうじゃないっていうのはやっぱり複雑なところで
上から目線で
上田和俊の影響
先ほどの標準が確立しているからこそ
そこ高みから見てるっていう感じですよね
ここはちょっとある気がしますね
はいありがとうございます
日本語に関する話題もありまして
近代における日本語の標準化でモデルとなったのは
どの国、言語の標準化のあり方だったのでしょうか
ということなんですが
こちら田中さんいかがでしょうか
具体的にこの国をモデルにしたってそういうことは
特にないんですけれども
日本語の標準化と近代の標準化
国が行った標準語政策の中心で
一番働いたのは上田和俊という言語学者
この人はドイツとフランスに
国からの派遣で留学して
3年か4年勉強しているので最初ドイツに行って
最後の1年フランスに行って
両国の彼が行ったのは
1880年代後半から90年代前半
90年代前半だと思うんですけども
1990年代前後の西洋の状況を見てきているんですね
それで帰ってきて
20代後半で帰ってきて
数年間非常に活発に論文あるいは演説をしているんですけど
そこで上田和俊が言っていることを見て
ヨーロッパの言語の民衆的なこと
そしてそれはラテン語に対して
ドイツ語あるいはフランス語の言語の地位を確立していく
それはドイツなりフランスなりの国
国民の意識によって成し遂げられてきたものだ
日本においても日本という国
新しい国家を作る国民の言語としての標準語が必要だ
こういうことをかなり強く訴える演説論文と書いている
そこに明らかにドイツやフランスで見てきたことが
影響しているんだと思うんですけども
ただその時大学で学んだことは多分言語政策ではなくて
学言語学とか文献学とか
伝統的な言語学だったと思うんですけども
そういう言語学を学びつつも
それぞれの西洋の近代化の中で言語を果たす役割と見てきたんだと思うんですね
ただそれが実際に日本の標準語政策にどれくらい生きたかというと
なかなか理念は通ったなって思う
上田和人として最初帰ってきた後は非常に熱烈な主張を受けるんですけども
東大教授そして文部省の中の国語調査委員会の主査とか
結構重要な仕事をやっていくうちに
あんまり強く言わなくなってくるんですね
そういう主張を
そこは非常に興味深いところで
理念だけではなかなか言語は変わらない
それからヨーロッパで実現したことが
日本は言語の歴史が違うので
漢文を日本語化して漢字というものを使って日本語を書いてきた
こういう歴史の中で言語を変えていくということをやっていこうとすると
日本語の標準化の課題
なかなか西洋の言語改革には行かなかったということもある
そのあたりが大変興味深いところですね
そうですね
理念は学んできたっていうところですかね
具体的にフランスなのかドイツなのかっていうのは
その両国だけとっても標準化のあり方が違うっていうのは
まさにこの本でも述べている通りで
どれかピンポイントでモデルにしたっていうことはなさそうですよね
今フランスとドイツという形で
ある種かなり言語感の違う国を行ったと思うんですね
一つ大事なところは
ドイツっていう国はスペルが標音的ですよね
つまりチョウチョウのことをテフテフとは書かずに
チョウチョウと書く漢字をつまり標音的通りになって
上田勝年は少なくとも
ドイツ式の標音主義が好ましいということを学んだはずであって
だからなかなか日本ではその実際の標音主義になるのは
戦争に負ける頃にしかならないんですけども
いろんな人たちが標音主義にしようと思ったら
右翼含めた人たちが反対して
それは保守の伝統性を破壊するという理由で
もって潰されていくわけですけど
しかし根本にはドイツ式の標音主義の方が効率性が高いし
学習の要因であるってところを学んだのは
素晴らしいかなと思っています
なるほど
イギリス行かないでよかったですね
そこは標音主義を標榜するアルファベットを使ってますけど
うまくいってないので
ドイツがよかったかもしれませんけどね
私の余談ですけどね
僕ずっと中学の頃から
小学校6年から中学に上がった時点で
感じたことをずっと引きずっていて
つまりローマ字で
アイウェオとかネコとか犬とか書くのを学んで
中学入ったら突然に
ドータがダウグフテルとかね
さまざまなめちゃめちゃな言葉が入ってくるので
英語っていうのは初めての外国語として
日本の標準化においてですね
西洋をモデルにしたことができるので
特定のどこの国っていうことは多分なくても
大雑把に西洋って思っているので
原文一の話が今日最初に出ましたけども
原文一っていうものが必要だっていう風に訴え始めたのは
江戸時代の蘭学者なんですね
原文一というのは
原文一というものが必要だっていう風に訴え始めたのは
江戸時代の蘭学者なんですね
オランダ語を勉強してオランダは25の文字で書ける
日本は数千の文字が必要だって
25の文字で書ける方がいい
そしてその西洋はその元をそのまま書くわけだから
それを日本には金があるのではないかとか
金で書こうとかで
そういう議論は
音声を文字でそのまま書くという
こういう言語というものを見て
それを日本に適応していく
そしてその蘭学者を先頭にもっと大きい
文彦っていうのが
上田和人と共に標準化政策の中心で
上田がやらなかったことで
大月がやったことは辞書を作ったこと
文法書を作ったこと
上田はそういった細かいことは自分でやらなかったんですけども
大月は近代辞書原改という辞書を作って
その原改と辞書を作る時に辞書の単語も決められないから
西洋の文法をモデルにして
こう日本文で文法書を書いて
辞書の最初にものすごい文章100ページくらいの
非常に分厚い文法のページを作ってるんですね
結局その時に見たのは
西洋の文法論
日本語の伝統的な漢文法とか
国文法の文法論で
漢学者たちがやってた言語のものでできなかったものを作った
そこで西洋の言語で
出てきた文法的な考え方というものが
あって品種に分けたり
そういうことができて
そこから具体的などんなふうに標準語を作っていくかが始まったのです
そういう意味では西洋語の言語学語があってこそ
日本語の標準化政策ができた
各国の間の標準化
大体同じ近代化の時期なので
それがどこの国の標準化を参考にしたかというのも
これも考え出すと対象言語史的に面白いですね
英語の場合は
大体フランスに真似することが多かったとか
あったりするので
これ自体非常に面白い話題かなと思いますね
時間も迫ってきたので
もう1問
これは非常に我々にとっても考えてみたい質問で
もし本書の続編を標準化以外で
編長するとすればどんなテーマに
したいですかということで
それぞれお答えいただくと面白いかもしれませんね
各課ですかね
それぞれ難しいですね
いろいろ案は
今までの話の中でもいくつか出てきたと思うんですよ
1個は大衆間の担当された
辻村さんが
おっしゃったことをよく分かるところがあるんですけど
何かと言いますと
この本は日本語で書かれた日本の出版社が出す本ですよね
ということはやっぱり
商売って言いますかありますし
日本語っていうところを軸にするのが
本として商業本として出す場合は
もしくは研究所で
スポンサーと言いますか
出版社がない場合はいいんですけどね
そういうところの日本語を軸に送って発想はいいと思うんですね
それに対してどんなふうに各言語が突っ込むか
っていうところは突っ込みがありますし
どういうふうに紙の上で示すかは別の話題ですし
もう1つ思うのは今回は
5個の言語
日本語・中国語・英語・ドイツ語・フランス語
これ数増えればいいのか
例えば極端に15個としましょうか
15個の言語ってなるとこれまた
焦点がぼけてきて分かんなくなってしまうので
5個ってのはちょっと少ないかもしれませんけど
せいぜい7とか8ぐらいかなって感じがしていて
設定のイメージですね
日本語の歴史や大事な部分が切り取られていて
もしくは大事な方向性が示されていて
それについて6個7個8個の別の言語の人が
知見を示しながらするっていう感じかな
それやりやすそうですよね確かに
この方向性は1つあるなっていうのは
こないだ第1回定談の後に
大使館の編集者で
辻村さんと4人で
懇親を開きながら
色々好き勝手喋ったんですけれども
1つ出た大きな方向性かと思いますよね
田中さん何かありますか
そうですねやっぱり言語史を比較すること
比較という中に入るかもしれませんが
交渉し合う影響し合うっていうのも重要で
さっき言ったように日本語は中国語と西洋語にも
明らかに影響を受けてきていて
そして近代のある時期は中国語に
言語の標準化の影響
影響を与えた時期もあるんですね
その影響はやはり一番語彙に現れるので
語彙というものを正面から取り上げた
対象言語史をやりたい
これは実際話が進んでますけども
特に日本語史の場合今使われている
基本的な語彙戦語っていうのを調べてみると
明治期にぐっと
数百語レベルで上がるんですね
戦後中徐々に現代の言葉が増えてきて
現代に使われている言葉が
だんだん増えてきたというよりも
明治時代に一気にぐっと増えるという
こういう特殊な事情もちろん西洋語にあるかもしれませんけども
その増えた背景には西洋語の翻訳を
中国語から受け入れた漢語で行うという
20億の外国語の影響を受けて語彙を増やした
その語彙を増やす過程で
さっき今日話題になった標準化政策が行われていた
語彙が増える一歩だと人は使えないので
増えた分何かを減らしているわけですよね
淘汰されるわけです
受け入れて増やしてそして要らないものを捨てていく
こういうのを語彙を通して
各言語を比べてみる
その中で多言語からの影響
これを見ていくことをぜひやりたいなと思います
シンポジウムの詳細
そうですね 語彙っていうのは
取っ掛かりとしていろいろ比べられやすいかなという
外からいろんな単語ですね
借りてきた言語が多いっていうことと
それに対して本当に受け入れてしまうのか
多少拒否を示すのかっていうところで
例えば英読なんかもだいぶ対照的な動きをしていますし
フランス語なんかもそうですよね
実際この問題はやりやすそうだなという感覚は
我々の間にあって
実はもうあれですね
シンポジウムの企画等も含めて
近代の正式なタイトル何でしたかね
ここでご紹介させてあげますが
日本歴史言語学会という学会がありまして
12月 今年は10日ですかね
土曜日に
これは2日間でしたっけ実際には
学会自体は
初日の土曜日10日の方に
今回の本の執筆者5名が
語言語から集まって
我々3人も出ることになっていますが
シンポジウムを開きます
課題ではありますが 日中英読 普通対照言語史
語彙の近代化をめぐってと題して
実はちょうど今 具体的にこの5名で
どの辺り語彙の近代化といっても
その中でもちょっと絞ったりするので
今 意見交換ちょうどしているタイミングなんですよね
この辺りなんですが
この学会 形式はどうなるんですかね
ハイブリッドとか
まだ感染状況等が
読めないところがありますけど
場所はオンラインじゃなくて
対面形式で開催する場所は
私の学習院大学目次郎のところで
部屋は取っているんですね
例えば12月の時点で
様々な感染状況からして大学がそもそも
学内でのこういうものを許さないってこともあるでしょうし
それによって変わってくるんですけどね
うまくいけた場合は対面開催しますけども
対面開催しているものを同時に
ハイフレックスで撮って集計して
いわゆるハイフレックスですね
それで持ってしますね
もし学習院でダメだった場合は
オンラインでのZoomによる開催のみになるんですけど
いずれにせよオンラインで
アクセスできる形にはするということですかね
そうですね
ぜひ今聞いていらっしゃる方も
自由に参加できる形態になるんですかね
そうですね
日本歴史言語学会の1日目のシンポジウムは
オープンとなっておりまして
会場にいない人もまた参加できます
大正言語史の話の続きということで
標準化と関係はしますけれども
新しい話題ということで
学会のホームページ
日本歴史言語学会のホームページに出ていますし
また開催形式については
10月の末か11月の中ぐらいまでは
必ず開催形式も明確にします
ありがとうございます
この大正言語史というのを
このアプローチを売りたいというのが
新しい言語学のアプローチ
この本もそうですシンポジウムでもそうなんですが
いくつかに言語を絞らなければいけないし
話題も何か絞らなければいけないということで
試しに標準化というものを本で扱い
今度近代の語彙ということに注目するんですけれども
この大正言語史を主題にするか副題にするかというのを
だいぶ議論しましたよね
標準化で結局言って
副題に大正言語史と入れたんですが
これを発想と言いますかね
流行らせていきたいと言いますかね
あくまでアプローチということですよね
この間高田さんも強調されていましたけれども
ディシプリンというよりは
味方発想支援ツールみたいな
そんな位置づけと私も考えています
その前提には1人の人が複数の言語の歴史について
1人の人がマスターできるわけがない
そんなに甘いものじゃないということですよね
なのでやるとしたら
1人の大天才は諦めましてね
それぞれの研究者が寄り合って
お互いに
今日のキーワードのお互いにびっくりして
その後よく分からないというところから
よく分かろうというところに入っていくという感じですよね
そういう話だと思いますね
この新しい
実際英語でも
Contrastive Language Historyにしたんですかね
この表現自体は日本初というか
ここがスタートということで
世界でも使われていなかったということですので
今後も売っていきながらですね
シンポジウムその他で公表もしながら
ということを考えています
リスナーの皆さんもこれを機に
対象言語学ではなくて対象言語史という
新しい分野について
認知していただければと思います
今回1時間の対談ですが
あっという間でしたし面白かったですね
やっぱり懇親会レベルのノリに近いですよね
こんな感じで
ちなみはありませんでしたかね
ほとんどないですね
お寄せいただいた質問も全部カバーすることはできませんでしたけれども
アーカイブとしても残して
一般に聞ける形に
しますので
それについても何か反響といいますか
コメントのようなものがありましたら
ぜひお寄せいただければと思います
改めて最後に本の名前を言って終了したいと思うんですけれども
日中鑑賞展より2022年今年の5月に出版されました
言語の標準化を考える
日中英読普通対象言語史の試み
ということです
それではリスナーの皆さんも
お付き合いいただきまして
30人弱トータルで48人の方に
生で聞いていただいたということで
大変嬉しい鍵です
中橋さん本日はありがとうございました
非常に楽しい時間でした
それではこれで終了いたします
1時間の偏者定談をお聞きいただきましたが
いかがだったでしょうか
私も時間を忘れてといいますか
こんな感じで研究会でやってたんですね
それぞれの立場から好き勝手に話をするっていう
ただそれ自体が非常に勉強になるというような
そういう研究会の雰囲気を
今回Voicy生放送という形で
うまく伝えられたんではないかなというくらい
話していてお互いに学べたと
あの後も議論が続いたんですけれども
しばらく生放送終わった後も
という楽しい会になったと思います
この会議につきましても
普段の他の会議も一緒ですけれども
あるいはチャンネルプロフィールに貼っています
URLから専用フォームを通じて
この生放送への反響コメント
さらなる質問等がありましたら
ぜひお寄せいただければ幸いです
偏者の間で共有してですね
また新たに似たような企画が
持ち上がるかもしれません
今回議論したそして紹介した本
言語の標準化を考える
日中英読普通対象言語史の試み
この本に関する直接間接の
情報につきましては
こちらのチャプターにURLを記しておきますので
そちらから飛んでいただければと思います
これまでも関連する対談
このVoiciの中でも繰り広げてきていますので
そちらへのトリンクも
引き続きこの話題でお楽しみいただければと思います
それでは本日も良い1日になりますように
ホッタリウイチがお届けしました
ではまた明日