大母音推移のメカニズム
おはようございます。慶応義塾大学の堀田隆一です。本日も散歩しながらの収録ということなんですけれども、昨日の放送でですね、大母音推移について扱いました。
この大母音推移、Great Vowel Shiftの5W1Hについて扱うというふうに考えていたんですが、まあファットぐらいしかですね
扱わずに終わってしまいましたので、その続き、後編ということでお届けしたいと思います。
昨日の放送では、大母音推移というのは、1400年から1700年くらいに起こったとされる一連の音変化、母音に関する変化のことで
調母音ですね、強制のある調母音に一律に働いた、例外なく働いたというのが基本的な教科書的なGreat Vowel Shiftの記述ということになります。
その時代につきましては、15世紀から17世紀、ざっと1400年くらいから1700年くらいですね、300年ということを念頭に置いておけばいいと思うんですが、
音の変化というのは、これぐらいダラダラと長く時間をかけて起こるということも非常に多いんですね。
その1400年から1700年という枠で考えてですね、この一つ一つの変化が一斉に、一気に起こったわけじゃないですね、つまり一斉の背で一段下が上がるというようなことが起こったわけではなく、
どうも順番があるということになってるんですね。
そこで、Howの問題になっています。5WHのHow、どのようにしてこの変化が起こったのか、大母音推移が起こったのかということです。
このメカニズムという問題なんですが、これについては詳しいことがいろいろと分かっているわけではないんです。
昔からいろいろな説があります。
有名なのはですね、まず押し上げ説というものがあります。
これはですね、下の母音、低い母音から始まって一段上がったと、そこにあった母音が下から上がってくるものに押されるかのようにですね、もう一段上がる。
そうすると、今度はそこにあったものが一段押されていくというふうに、下から上にどんどん押し詰めていくという感じですかね。
最終的に、AからA、AからA、AからEになって、最後はEが押し出されてですね、二重母音化してIになったというような、そういう説明ですね。
これ押し上げ説と呼ばれています。
もう一つ提案されているメカニズムは引き上げ説ですね。
これは逆でですね、上から始まったんだと。つまりEがどういうわけでか二重母音化してAになったと。
それによって、軒並みですね、EがAになると、Eの部分が空隙になるんですよね。
この空隙を埋めるかのように、下から詰めていったって感じです。
つまりAがEになったと。
そうすると元のAのところが空隙になるので、一個下にあるAですね。
広い方のAが狭い方のAと詰めていった。
そして最後にですね、広い方のAも空隙になったということで、一番下のAが詰めて上がってAになったということですね。
このように下から押し上げたのか、それとも上から引き上げたのかっていう感じですね。
この二つの大きな、こうから対立する説が提案されてきました。
ただ実態はもっと複雑なようでですね、これ時期の問題とも関わるんですけれども、
実は上の方の母音ですね、高い方の母音からまず大母音推移が始まったという証拠がありまして、
下の方、低い方の母音変化はですね、100年ぐらい遅く始まったと。
なので、下から上に押し上げたということはちょっと考えにくいだろうということになっているんですね。
しかも時間差が100年ぐらいあるとですね、
実際にはチェーンシフト、連鎖的な変化だと、全て繋がっているんだという前提で始まった大母音推移のその前提が実は危ういということになるんですね。
実は全体が連鎖的に動いているように一見見えるけれども、実はそこそこバラバラなんではないかと。
完全にバラバラという言い方をする研究者はいないんですけれども、今まで一般に見られたようなですね、寸分の狂いもない機械仕掛けのようにですね、綺麗に連鎖していくというアイデアですね。
これ自体がどうも疑われ出しているということがあります。
したがってこのHowの問題、メカニズムの問題というのはまだ完全には解決されていないところなんですが、言うほど単純ではないということは少なくとも言うことができるんですね。
方言の影響
さあ次に大母音推移のWhere、どこでという話題にしたいと思います。
このどこでというのはですね、当然ながらイングランド、英語が話されているイングランドであるということなんですが、実はイングランドといってもですね、さまざまな方言があります。
そして方言によって、実はこの大母音推移と呼ばれているものですね、の簡潔度といいますか、働き具合というのが違うんですね。
一般的に昨日、今日とお話し続けているこの大母音推移はですね、教科書的な説明での大母音推移は南部イングランド、つまりロンドン付近の後に標準語として発達していくことになる一番主要な方言に関しては確かに言うことができるんですけれども、
例えば北部方言となりますと、イングランド北部の方言を見ますと、必ずしもこれ予想通りといいますかね、教科書的な大母音推移は起こっていないんですね。
正確に言いますと、前系列の母音、前舌母音についてはおよそ南部の標準的なものと同じような形で起こっているということはできるんですが、後ろ系列の母音については起こっていないんですね。
後ろ系列というのは、大が大、広い大が狭い大になる変化、そして狭い大がさらに上に上がってうになると、つまり大、大、う、そして二重母音に関しては、あう、あう、あう、この変化が北部イングランドの方言ではですね、起こっていないと。
つまり教科書的な大母音推移がしっかりとした形で起こっているのは、あくまで標準英語、後の標準英語に発達する南部イングランドの方言のみということになります。
そしてフーの問題ですね、誰、言語変化の誰というのはなかなか難しくて、今の場合、南部イングランドの場合、そこに住んで、英語を普段使っていた人々、集団というのがフーの答えかと思われますが、一方でこの人たちも他の方言話者と接触しているんですね。
つまりある特定の方言の噂集団が起こしたというよりも、他の方言との接触を通して、だからこそかなり複雑なやり方で起こった。
先ほどのHowのメカニズムの問題もそうなんですけれども、どうも簡単ではないんですね。
このフーの問題も一つの鍵、この大母音推移という問題を解く一つの大きな鍵になっています。
そして最後に最も知りたいのがWhyということです。
何で起こったのかということですね。
音の変化というのは、いまだにこの大母音推移に関わらず、よくわかっていないなぜ起こるのかということは、さまざまな要因があるんだと思いますが、ピンポイントでわかるということは少ないんですね。
この大母音推移についても同じで、ピンポイントになぜ起こったのか。
しかも南部イングランドで1400年以降に起こり出したわけなんですが、これが何でかというのはなかなか解決することはできない問いです。
しかし最近一つの有力な説としては、先ほど述べたように方言接触ということが関係するのではないかということなんですね。
口の中のメカニズムというような説明の仕方、Whyの解き方もあるかもしれませんが、
一方で方言接触によって異なる方言、話者、動詞が交わることによって母音の高さが調整されていくというような、ざっくり言えばそのような説が提出されています。
しかし基本的にはまだ定説というものはなくて、この問題を最終的に解くのは難しいということになっています。
このように謎の多い現象なんですが、だからこそ英語史研究者を引きつけてやまない、そういう音変化となっているんですね。ではまた。