表現の紹介
詩の面白さを伝え、裾野を広げるべく日々配信しています。 11月24日、木曜日です。リスナーの皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
英語の語源が身につくラジオ heldio。本日取り上げる話題は、
stand on the shoulders of giants、巨人の肩の上に立つとはどういう状況か、と題してお話をお届けします。
今日の話題はですね、半ば本気真面目なんですが、半ばジョークとしてお聞きいただければと思います。
この関羊句について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。 それではよろしくお願い致します。
皆さん、この関羊句ご存知ですかね? stand on the shoulders of giants ということで、巨人の肩の上に立つという言い方ですね。
日本語でもたまに見聞きしたりすることなんですが、とりわけ学問の世界なんかでは言われますね。
先人の業績の上に乗って自分は活動して、新たな一つ小さな業績をですね、学術の上にプラスしていくんだという時に、
謙遜も含めて巨人の肩の上に立つという言い方をしたりしますね。
これは英語の stand on the shoulders of giants という表現をそのまま翻訳したものなんですね。
この表現については、実はですね、昨日のヘログ、私のブログの方で取り上げました。
4958回のブログ記事になりますが、stand on the shoulders of giants 巨人の肩の上に立つということで、
こちらのチャプターにブログ記事へのリンクを貼り付けておきますけれども、今日はそれを受けてのお話と言いますか、
連動してですね、この問題について考えようということなんですけれども、まずですね、ことの発端、なんでこの関与君に注目したかということなんですけれども、
KO 英語詞フォーラムというクローズなコミュニティでですね、英語詞について日々語り合っているというそういうコミュニティがあるんですけれども、
Discord というチャットツールを用いて、日々メンバーとですね、英語詞の話題についてやりとりしているわけなんですね。
その中に素朴な疑問の投稿コーナーというのがあって、そこにですね、11月1日のことになりますが、大学院生の一人からですね、こんな質問が来たんです。
英語を教えている院生なんですけれども、その生徒、学生からこんな質問が来たって言うんですね。
If I have seen further, it is by standing on the shoulders of giants.
という英文を読んでいたということのようなんですが、なぜ shoulders の前に the がついているんですかと、こういう質問があったって言うんですよ。
そもそも複数形の giants の複数の型に乗ることは不可能ではないか。
一体の巨人の両肩に乗るか、二体の巨人の片方の肩ですね、ずつに乗るかしかできないのではという疑問です。
この座は何を限定しているのかという質問をされたのですが、なかなかうまくですね、その質問をしてきた生徒、学生には納得してもらえなかったということですね。
どういうふうに考えたらいいでしょうという、そんな質問がですね、11月1日に寄せられて、私も面白い質問だなと思いながらずっと考えてたんですね。
この質問者の質問というのはですね、理屈っぽいと言えば理屈っぽいですね。
ただ、the って基本的に理屈っぽい話だと思うんですよ。
私も同じような疑問をもしかしたら抱いていたかもしれないなあなんていうことを思ったのでですね、じゃあどのように説明したらいいだろうかと。
歴史的背景
私も英語ネイティブじゃないので、the とかね、a とか定関詞、不定関詞っていうのはやっぱり直感ではなかなかわからないわけですよ。
理屈で説明してほしいと思うわけなんですが、今回の場合はどうなんだろうというふうに我が身のことのようにですね、考えてみた次第です。
考えるにあたっていろいろと情報知識が必要なので、 OED でですね、この表現 stand on the shoulders of giants という表現を引いてみて、調べてわかった結果を昨日のブログの方に掲載したと。
そんな流れなんですけれどもね。まず OED で調べてわかったことを the と要約しますと、このフレーズは12世紀のラテン語の漢用句と言いますか、一つの言い回しですね、これに由来するらしいんです。
ですので西洋の世界にはこの言い回しというのは割と古くから、その12世紀ぐらいから見られるということなんですね。
ただ英語に関して言うと、これが英語に訳された書類ということで言うと、17世紀に入ってからのことなんですね。
少なくとも OED によるとそのように記述があると。そしてその OED の用例の3つ目ですかね、一番早いものから数えて3つ目がニュートン、アイザックニュートンです。
ニュートンの1676年の用例なんですけれども、これがどうやらですね、とりわけ有名なようで、その後受け継がれたということです。
ですからニュートンが初めて言ったわけではないんですけれども、やはりこの影響力のある科学者が口にしたということで、この言い回し、それからそのバリエーションが伝わって、
現在でも、そして日本語にも翻訳されるぐらいになってきたということです。ニュートンは何と言ったかというと、これデカルトが成した科学的な貢献について実は言ってるんですね。
私がより遠くを見ることができた、見られたとすれば、それは巨人の肩の上に乗っていたからなんだと言うような科学者としての謙遜、これがよく現れている文ということで、おそらく有名になったんだろうなというふうに言われているわけです。
バリエーションはいろいろあるようで、典型はですね、巨人の肩に乗る小人という言い方なんです。小人はドワーフって言いますね、ドワーフのことですけれども、これが使われていて典型的な表現はですね、a dwarf standing on the shoulders of a giantという言い方です。
この典型的な言い回しでは、一人の巨人なんですね。一人の巨人のthe shouldersっていうことですから、これはまあ両肩に立っているということでですね、theというのは両肩という意味でよくわかるのではないかと思います。
私、これでちょっと調べてみたんですけれども、エッチングとかですね、絵画なんですけれども、この表現に基づく絵っていうのがいろいろ書かれているんですけれども、一つ見つけたものはですね、巨人がいて子供がいるんですけど、子供はですね、巨人の左肩に腰掛けてるんですよ。なのでスタンドしてないし、しかも両肩じゃないということですね。
これはうまくいってないなあと思ったり、いろんなパターンがあるようなんですけれどもね。つまり今の場合だと厳密にはですね、a dwarf standing on a shoulder of a giantぐらいの言い方になるわけですね。
物理的にはあるいは理屈としてはそういうことなんですけれども、スタートとしてはこのような極めて現実的なあるいは写実的な情景からですね、このクイディオムっていうのができたんだろうとは想像しますけれども、やがってイディオム化していく一種のことわざのようなものになっていくと、
表現としては緩くなっていくのかなと、あるいは比喩的になっていくのかなって気がするんですね。
例えばジャイアントなのかジャイアンツなのかっていうことで、学術的な謙遜が増せば増すほど、これはある特定の一人の業績の上に立ってですね、例えば自分が新たな業績を積み重ねたとプラスしたということよりも、
今までの先人全てのということで複数形で言いたくなるというのはあるかなと思うんですね。
ただこの複数形は不定ではありますので、一人一人名前を挙げられるような存在だったらザ・ジャイアンツでいいんでしょうけれどもザ・月でね、わからないということも含めて、むしろ不明の人も含めて全ての人の上に立っているんだっていう謙遜が高まればですね、やはり不特定多数のザ・なしの複数形ということになると思います。
そして一人一人のその先人には両方があるはずなので、その両方に乗っかっているんだということで、all theぐらいの意味合いで使っているんだろう。つまり今回のstand on the shoulders of giantsは謙遜のザであり複数形なんだと。
生放送の告知
すいません。最後に生放送の宣伝をさせてください。もうあさってになりますね。11月26日土曜日なんですけれども、午前10時から11時にこのヘルディオより生放送をお届けします。
話題はですね、立命館大学の岡本博先生と私との対談ということになるんですが、中身はバナキュラーなグリーンナイトという話題です。これはタイムリー企画なんですけれども、明日です。11月25日金曜日に全国で映画グリーンナイトがロードショー開始となります。
原作は中英語ロマンスのサー・ガウェイン&グリーンナイト、日本語ではガウェイン教と緑の騎士と名付けられている中英語で書かれたロマンスなんですね。アーサー王物語の一環として、その歌詞であるガウェイン教の物語ということになります。
これが映画化されて明日から上映開始ということなんですけれども、こちらの映画の字幕監修をされた立命館大学の岡本博先生、すでにこのヘルディオでも何度も対談させていただいているんですけれども、生放送であさって26日土曜日午前10時からこの映画の字幕監修周りの話ですね。
この原作が書かれている中英語とその方言などについて様々におしゃべりしたいと思っています。
多少映画のネタバレなんかもあるかと思いますが、おそらくこちらを聞いていただいた上で映画を見ていただくと、面白さ倍増3倍というくらいになるのではないかというふうに期待しています。
私も大変楽しみなんですけれども、あさって26日土曜日の午前10時から11時という枠で生放送を届けします。
この時間、直接は聞くことができないという方はご安心ください。収録した様子はその翌日27日日曜日の朝の放送会にアーカイブとして配信する予定ですので、そちらで聞いていただければと思います。
関連するリンクをこのチャプターに貼り付けておきますので、そちらから生放送その他の情報を得ていただければと思います。
事前あるいは生放送当日に岡本先生へのご質問であるとかご意見などもアプリから受け付けますので、ぜひご投稿ください。
ということで生放送のご案内でした。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
今回の質問者の質問というか疑問、疑念という感じでしょうかね。
複数のジャイアントの全ての方にある一人の小人なりが乗ることはできないじゃないかというような理屈から始まったんですけれども、もちろん寛容句ですから比喩的な使い方だということかと思うんですね。
ただその比喩的に使うといった場合にも、もともとの情景というのは半ば生きてるはずなんですね。そこを解釈したいというような問いというふうに捉えまして、私もスペキュレーションではありますが考えて解釈してみた次第です。
いかがでしたでしょうか。
もっと簡単に想像してしまうと、私はこんなことでもあるんではないかと考えてるんですね。小学校とか中学校の組体操でピラミッドっていうのがありますよね。
最近は危険だということでなかなかやらなくなってきたということなんですが、私の小中学校の時はまだまだ現役でしたね。
小6とか中3という卒業学年がみんなで力を合わせて人間ピラミッドを作るってやつですね。
あれはですね、下から上に積み重なっていって、みんなの背中とか肩に立つということなんですが、一番上の目立つ一人がいて、だいたい小柄な軽い生徒が担当することになると思うんですが、
バランスのいい運動神経のいい。このトップの生徒がいわばドワーフというか小人なんですね。
そして下にいる何十人というかぐらいの生徒がですね、こうかがんでるわけですが、これが巨人というふうに。
で、その頂点にいるとなると最終的に小人が乗っているのは2つの肩。物理的にはすぐ下にいる人のですね肩の上に立っているということなんですが、実際それっていうのはその下にいる数十人のすべての肩の上に乗っているのと同じことだみたいな。
いかがでしょうか。この組体操理論でstand on the shoulders of giantsを理解するというものですね。提案してみたいと思います。
今ちょうどですね、私も論文学術論文を書き終えつつあるところで、その写事と言いますか、気持ちとしてはですね、本当にstand on the shoulders of giantsですね。
無名の名前も直接知らない。そして何世代も何十世代も前の研究者の業績ですから、これは無関心で複数形ジャイアンツですよね。
のすべてのジャイアンツたちの両肩に乗ってthe shouldersこの論文を仕上げることができましたという気分にはなりますね。
なので、何でここにtheなのか、何でここに複数形があるのかっていうのはちょっと分かったような気がしつつですね、今日のお話もさせていただきました。
theの理屈という問いから始まってですね、最後はなかなか教訓的な話に持っていけたかなというふうに言われながら感じています。
こじつけでしょうかね、皆さんのご意見をお聞かせください。
このチャンネル、英語の語源が身につくラジオヘルディオでは、あなたからのご質問、ご意見、ご感想をお待ちしています。
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それでは、本日も皆さんにとって良い1日になりますように。
ほったりうちがお届けしました。
また明日。