2025-11-07 23:12

#475. ひたすらコメント返しです

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に
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サマリー

本エピソードでは、リスナーから寄せられたコメントや質問に堀田が答えます。エリザベス女王の死去に伴う言語の変遷や、be動詞とhave動詞の官僚系の違いについて議論し、言語学の興味深い側面を探ります。中世文学における多様性や反ヨーロッパ的な要素について考察し、特に『緑の騎士』に関するコメントが紹介されます。また、Voicy生放送で取り上げる予定の英語バナキュラの談義についても触れています。

リスナーからの質問
おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
9月18日日曜日です。 いかがお過ごしでしょうか。
英語の語源が身につくラジオヘルディオ。本日の話題は、ひたすらコメント返しです、 と題しまして、その名の通りコメント返しをしたいと思います。この数日ですね、皆さんから寄せられたコメントがたくさんありましたので、
今日の日曜日の機会を使いまして、コメント返しをしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
この数日間で様々に寄せられてきましたコメントであるとか、素朴な疑問、これを紹介していきたいと思うんですね。中には1回、2回割いてですね、しっかりと議論したいような問題も実はあるんですけれども、
まずはですね、いただいたコメントの紹介ということで、今日は立て続けに取り上げていきたいと思います。改めて取り上げるものもあるかもしれませんが、まずはということですね。
リスナーのマリーさんからのご質問です。
エリザベス城関連の中継をBBCのライブで見たりしていると、ポイニアントという単語をちらちら耳にします。
最近別件で調べて知ってはいましたが、自分で使ったことはまだありません。フランス語からの言葉でしょうか。
ポイニアントという単語ですね。これも私もなんか積極的に自分から使うっていうことはあまりない気がしますが、今回のエリザベス城の死去に関する話題の中で、確かに出てきているような気がしますね。
胸を刺すようなとか、強烈な感情を模様させるというような、今回のような非常に強い衝撃と感情を呼び起こすような場合に、このポイニアントという形容詞が使われるということなんですね。
確かにですね、コーパスなんかで調べますと、非常に強い感情が表されているんだなということがよくわかるような文脈で使われていると思います。
ポイニアントイメージとかポイニアントモーメント、ポイニアントメモリー、ポイニアントリマインダーのような、非常に強烈な感情を伴って思い起こす、想起するイメージみたいな表現ですね。こういうのが多いと思うんですね。
例えばですけれども、これは私自身が即席に作った英文なんですけれども、エリザベス女王を指して彼女と呼ぶことにすると、
This picture of her smile is a poignant reminder of her greatness as Queen of Englandのような例文ですね。
これ割と典型的な使い方なんではないかと思いますが、こういうふうに使うことが割と多いようですね。
コロケーション、狂気表現と言いますが、poignant reminder of somethingであるとか、poignant image of somethingみたいな、そういう使い方だと思うんですね。
語源を探りますと、これはラテン語のプンゲレという動詞なんですね。
ここから発生したものがフランス語を経由して英語に入ってきたっていうのがpoignantなんですが、このラテン語のプンゲレっていうのは指すとかタッチするっていうような感じですね。
ここから例えばポイント、ポイントっていうのは指すですよね。点ですから。
パンクチュアル、いわゆるタイヤのパンクのパンクチュアルですね。
パンクチュアルっていうのは時間に厳密な、時間厳守のって意味ですが、つまり点です。
時点ということですよね。ある時点にまで間に合わせるっていうことで厳守って意味が出てきます。
それから結局ポイントということですので、punctuation、句頭点です。まさにこれも点ですよね。
ということで実はいろいろあるんです。
他に形容詞としてはですね、poignantの他にpungentっていう単語がありますね。
これは味覚、嗅覚を強く刺激するっていうことで、つまりピリッとするあの辛さみたいな時に使うことが多いんじゃないかと思いますね。
pungent smellであるとか、比喩的にはpungent criticismというような言い方もありますね。
このようにラテン語pungere、指すとか触るということですけれども、これに関連する語彙っていうのはいくつか英語にも入っていると思うんですね。
語源が身につくラジオということでですね、これ1回かけてですね、改めて取り上げてもいいかなというぐらいの話題になると思います。
官僚系の歴史的変遷
さて次なんですけれども、ツーボーさんからいただきました文法に関する歴史の話題ですね。
いつも楽しく聞いています質問です。
官僚系と言ったらハブプラス過去分詞が一般的ですが、b動詞プラス過去分詞のb官僚系があることを大学で学習しました。
Are you finished?とかWinter is gone and spring is comeというような表現がb官僚系に相当すると思いますが、
ハブプラス過去分詞の官僚系と比較しての歴史的な変遷はどのようになっているのでしょうか。
またb動詞は最もよく使われる動詞にもかかわらず表現が衰退してしまったのはなぜでしょうか。
ということでご質問いただきました。
大陸の他の言語ですね、例えばフランス語やドイツ語などでは、
ハブ官僚に相当するものとb官僚に相当するものっていうのが今でもきっちり分かれているんですね。
これが英語でも小英語中英語までは同じような状況だったんですね。
典型的にハブ官僚の方が一般的に多いんですが、
いわゆる自動詞と言われるものですね。
その中でも往来発着を表す自動詞の場合にはb官僚を使う。
ツーボさんから挙げていただきました。
spring is comeという表現ですね。
今ではspring has comeという風に英語で言うわけですけれども、
他の大陸の言語にあるような2つの官僚系ですね。
ハブ官僚とb官僚両方英語にもあったんです。
それが英語ではある意味で簡略化して、
すべてがハブ一変等になったっていうことです。
そして今残っているような例えばspring is comeとか
are you finishedみたいな表現はですね。
いわば化石的な表現で、
昔のb官僚が化石的にたまたま生き残った定型フレーズだという風に解釈されて、
一般的な文法としては官僚系はやはりハブを使うんだということになっていると思いますね。
これは英語の統合論ではかなり大きな問題といいますか、
英語史の話題となっていまして、
かなり研究がなされてきています。
そして他の言語では未だにハブ、b両方の官僚系が残っているのに、
なんで英語ではこのように一つのハブに修練してしまったかっていうのは、
なんでそうなのかっていうのはなかなか難しいんです。
記述はなされているんですけれども、
これがなんでそうなのということですね。
これは簡単には答えられずにですね、
私もヘログであるとか、
このボイシーではどうだったかなと思うんですけれども、
本格的に扱うにはあまりにちょっと大きい問題ということで、
あえてあまり本格的に取り上げてないっていうのが本当のところなんですね。
ただ面白い問題です。
中英語期くらいまでは2つ分かれていたんですが、
近代期になってどんどんですね、
これまでb官僚をとっていたようなものが、
ハブに繰り返していくっていうことが起こったんですね。
これがなんでその時期だったのかであるとか、
どういうでは往来発着を表す児童子が、
まず最初にハブに乗り換えていったのかというような、
事実そのものはいろいろと分かっています。
統計的にもかなり詳しく分かっているんですけれども、
なんでそうかっていう問題ですね。
これは簡単にはお答えできません。
三人称単数の主語の場合では、
b年の場合isですね、現在形ですけれども、
ハブの場合ははずになりますね。
これが縮まると、いわゆるアポストロフィーSみたいな形に
修練してしまいます。
isとはずの区別が交互ではなくなってしまうっていうことが、
まず一つ混乱と言いますかね、
両方が同一されるようになったという、
一つの背景、理由にはなっていると思うんですが、
それだけではなく、
かなりいろんな角度から迫らないと、
この問題にはアプローチできないのではないかというのが、
英語史上のこれまで繰り広げられてきた議論から
分かってくることなんですね。
ですので、未解決と言っていいんじゃないでしょうか。
逃げ切らない答えですが、
この問題また扱うかもしれませんが、
とりあえず、このくらいにとどめておきたいと思います。
では、次のテーマに行きましょう。
まずは、
では、次のチャプターに行きまして、
続けてコメント・質問にお答えします。
こんにちは。
いつも知的好奇心を刺激していただきありがとうございます。
いつも英語に関する素朴な疑問を探していたのですが、
ついに見つかりました。
エリザベス女王が死去されましたが、
クイーンズイングリッシュはキングズイングリッシュと呼ばれるようになるのでしょうか?
という疑問です。
妻と口論になっています。
我が家の家内平安のためにコメントをいただけると幸いです。
という質問なんですけれども、
これはコメントバック文字でしまして、
こう答えました。
はい、キングズイングリッシュになるものと理解しています。
どうぞご夫婦仲良く。
ということで、
キングズイングリッシュになるんだろうと思いますね。
エリザベス女王2世ですね。
死去された女王が即位される前はですね、
しばらくビクトリア女王以来ずっと男性の王ということで
キングが続いて
キングズイングリッシュと呼ばれるようになってきたわけですが、
エリザベス女王2世は
キングズイングリッシュと呼ばれるようになってきました。
エリザベス女王の即位によって
クイーンズイングリッシュになり、
そして今回チャールズ3世ということですが、
キングズイングリッシュにまた戻ると言いますかね、
そういうことになるだろうと思います。
これがどのくらい一般的に広く使われて流行るか
というのはまた別問題ですけれども、
理論上と言いますかね、
キングズイングリッシュということになるのではないでしょうか。
次にいただいたコメントです。
8の狼さんです。
ということは、
私が育ちたいと感じることが歴史を知ることの醍醐味である
という多様性に対する振興あるいは
強い美的思考をお持ちのようですね。
私はその振興の思想的な根拠を存じ上げないのですが、
そのあんむくりに前提とされているところの
先生の多様性振興の水面下の部分を言語化くださいませんか
というコメントをいただきました。
まとめていただいた部分の
私の考え方ですね これまとめて いただいた形になりまして 私自身
多様性と英語史の考察
は名文化したといいますか 述べ たり書いたりしたことはない文章
でまとめていただいたんですが 多様性に対する信仰とか強い美的
思考というのは このボイシー 聞かれている方であるとか ヘログ
であるとか その他発信しています けれども そこから感じられること
なのかなというふうに 理解しています けれども 信仰とか思想的な根拠
っていうような そんな大それた ことはあまり意識したことがない
ので あのコメントもやや驚いた 感じなんですけれども これはそんなに
深いものなのか分かりません 私 英語史を研究していまして 現実
として多様だったということを 言っているっていうことですね
今後どうなるかっていうのは 分からないといえば分かりません
未来のことは分からないので ただ 多様であり続けてきていて それを
何か一つに落とし込もうとする 試みって英語史の中でもあった
わけなんですが 少なくとも話し言葉 では それが成功した試しがほとんど
ないっていうことなんですね 書き 言葉では 文字とかスペリング
とか教育っていうのが絡みまして うまくその政策 施策っていうの
を持っていくと ある程度広まる ということは 英語のみならず 日本
でもそうですし いわゆる教育の 問題として成功することって よく
あるかと思うんですが 話し方において 多様性というものがなくなった
ことはない 一つに持っていこう としてもことごとく失敗してきた
という このような英語史の流れ を見ているんですね 私は専門
が英語史ですので 英語について はそのことをはっきり言えると 他
についてははっきりとは言えません が ほぼ同じだろうという感覚は
持っていますね ということなので 進行というよりも 今までの事実
を振り返って そして なんで常に 多様性だったのか そして 一つに
統一させることが難しかったのか っていう その理由であるとか 根拠
みたいのも 歴史的な観点から考えて みると 今後も無理なのかなと
『緑の騎士』に関するコメント
いうふうに考えているという ただ それだけのことですね それを
述べているということです そして 続いてなんですけれども 画面
京都緑の騎士より 緑の騎士が登場 するシーンを読み上げるという
回があったんですが それに対して です コメントをいただきました
みぃさん ありがとうございます こんな物語が党員 客員を踏んだ
印文で書かれているなんて すごい ですよね 中英語 さっぱり分かりません
でしたが 音の響きがとても心地よく ワクワクしました 時々 このように
原文をお聞かせいただけると嬉しい です ありがとうございました ということ
で 読み上げてみてよかったなという コメントでした こちらも非常に
元気づけられました ありがとうございます こういう長い物語で 映画化され
てるわけなんですけれども グリーン ナイト 党員 客員を踏んで 印文
で 詩で書かれているっていうこと なんですけれども これ 古今 東西
問わず むしろ古い古代 中世の文学 といいますか 残ってるものって
大半がって言っていいんでしょうかね 印文詩なんですよね これ 結局 銀
融詩人が覚えて暗記するために リズミカルじゃなければ とてもじゃない
けど 覚えられないので いわゆる 暗記するための取っ掛かりとして
印っていうのは一つあると思うん ですね もちろんリズム感って
いいますか 音楽性というのが まず第一なんですけれども 覚える
ための印というのはあると思うん ですね なので むしろ古代 中世の
文学であればあるほど 印文っていう のは普通なんですね 今 現代ですと
印文っていうのは むしろどちら かというとマイナーな文体っていうこと
になっていて 三文が前世の時代 ですよね 近代以降 例えばイギリス
文学史なんかでも小説が出てくる 三文が活躍してくるっていうこと
で この流れの中に今 われわれ いますので 三文が基本 全ての
説明文とか マニュアルであるとか 何でもいいですけど 三文が基本
そして 印文がむしろマイナーという 捉え方だったんですが この地位
といいますかね 位置づけが古代 中世ではむしろ逆転していたと
考えると むしろ このような物語 が三文で書かれていたとしたら
例えば 画面教と緑の歴史ですね 書かれていたとしたら そちらこそ
むしろ驚きなのかなというくらい の そんな時代だったっていうこと
かと思いますね なので 投印 脚印 っていうのを駆使して 少しでも
吟遊詩人が覚えやすい形にする っていうのがあったんだろう
というふうに思いますね 同じ この 画面教と緑の歴史の読み上げ
の回に2つほどさらにコメントを いただいています
ひで伊藤さんですかね えい 伊藤 さんでしょうか いただきました
若かりし頃 大学院読文専攻の 中高ドイツ語講読の授業でパーツィ
ヴァールをやりました 文法に目覚 めていなかったので まともに読解
することができず残念な思い出 です その物語にガワン 騎士ガワン
なる人物が登場するのですが これは 英語の画面教のことですね
中世文学は反ヨーロッパ的ということ ですが まさにそのとおりです とり
わけこのアーサー大物と呼ばれる シリーズなわけですが これは完全
に反ヨーロッパ的ですね ケルト が起源ではありますが これがヨーロッパ
的に広がって複数の言語で書かれ 複数の言語で そして当時読まれて
ということなので 文字通りまさに 反ヨーロッパ的です 明後日になります
けれども 9月20日火曜日の午後2時 50分から3時50分にVoicy生放送を
行いますけれども 岡本博紀先生 とこの画面教と緑の騎士について
たっぷり語りたいと思います 反ヨーロッパ 性にも触れることになると思います
エンディングです 今日も最後まで 放送を聞いていただきまして ありがとうございました
Voicy生放送の告知
コメント返しということで いく つかのコメント ご質問にお答え
する形で20分ほどお話ししました 最後のほうで 画面教と緑の騎士
の話が中心になりましたけれども 先ほども述べましたように 9月20日
火曜日の午後2時50分から3時50分 っていう1時間の枠で 既に予約登録
しているんですが このVoicy生放送 で 立命館大学の岡本博紀先生と
私 掘った後で生放送を行います 英語バナキュラ談義と題して まさに
画面教と緑の騎士に関する話を 中心として 英語でこのような因文
作品が14世紀後半ですけども 書かれた 意義は何かということであるとか
その周辺の話をたっぷりしたい と思います 明後日なんですけれども
事前にこのVoicy生対談で話して もらいたいというような話題であります
とか あるいは質問がありました ら そちらにもお寄せいただきたい
と思うんですね このVoicyのレギュラー のコメント付けとは別に ご質問
を投げていただけるフォームを 用意しましたので このチャプター
に貼り付けていますリンク先から ぜひ ご投稿いただければと思います
放送中になるべく多く取り上げて 岡本先生と私とでお話ししたい
と思います それでは 日本はこの 三連休 台風が来ているということで
心配ではありますけれども 皆さん にとって 今日も良い一日になります
ように ほったるいちがお届けしました また明日
23:12

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