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  2. 選ぶだけが自由じゃない ~決定..
2026-02-10 56:13

選ぶだけが自由じゃない ~決定論からの逃走~【僕たちは自由なのか? vol.4】

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特集シリーズ第8弾「僕たちは自由なのか?」第4回。今回のテーマは「自由」をどう捉えるか。責任や決定論から自由を考えるやり方に行き詰まりを抱えていた2人。

「選択できることだけが自由では無いのではないか?」と言う違和感や自分たちの実感とのズレを手がかりに、「自由」の抜け道に迫る1時間。二人の対話を通して、自由の輪郭を探っていきます。

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ひょんなきっかけで、突如ラジオをやってみたくなってしまった中高時代の同級生の二人。医師と企画者という異色で異職の二人が、新しい「概念」と対峙し、そしてインストールしていく様子をお届けする、概念獲得リアリティ番組です。

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🤝 出演者

ヤマガミ:金沢在住の医師、不遜な方、ベシャり担当。

ミント:東京在住の企画者、横柄な方、ゆる進行担当。


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サマリー

このエピソードでは、自由とは何かを考察し、決定論との関係について議論が展開されます。狭い自由の概念に焦点を当て、様々なモデルを用いて自由の条件について深く掘り下げています。自由と選択の関係についての考察も行われ、特に決定論と自由の概念がじっくりと探求されています。また、自由な選択の重要性や、それがもたらす責任についても話し合われています。フロムの自由に関する二種類の理論、消極的自由と積極的自由の違いについての議論があり、それらがどのように影響を与えるのかについて考察されています。そして、旅行や自己決定に対する不安についても触れられています。自由と決定論の関係についての探求があり、自己の欲求をどのようにコントロールすることが自由の根源であるかという見解が示されています。また、フロー状態が自由意志との関係をどのように形成するのかについても論じられています。選択の自由に関する議論を通じて、どのように決定論から逃れ、真の自由を探求できるのかについて考察が深められています。特にサイエンスと哲学の接点を通じて、理性や選択の限界についての洞察が得られています。

自由と決定論の関係
スピーカー 1
【カタラジオ】
一度企画者がゆるく語らう、セインテリジェントな実験型ラジオ番組、
【カタラジオ】の時間が、今週もやって参りました。
有心工のミントと、
スピーカー 2
メシャリ担当の山上です。
スピーカー 1
はい、よろしくお願いします。
スピーカー 2
はい、お願いします。
スピーカー 1
ニヤッとしましたね。
スピーカー 2
ニヤッとしちゃいましたね。
なんでニヤッとしたんですか?
いや、なんかちょっと噛んだから、あれ噛んだと思って。
スピーカー 1
あ、そこ?
あ、そこじゃない?
何言ったか気づいてなかった?もしかして。
スピーカー 2
え?間違えてた?もしかして、なんか。
いやいやいや。
いつもと違うこと言った?
スピーカー 1
久しぶりにセインテリジェントな実験型ラジオ番組。
だから噛んだんですよ。
スピーカー 2
いや、たぶんね、セインテリジェントな方も、
俺の頭の中にも、同時並行にインストールされてるから、
特に違和感は覚えないよね。
スピーカー 1
あーそう。
スピーカー 2
そこのパスもある。
来年獲得リアリティと、
セインテリジェントの両方のパスがたぶん頭の中にあるから、
そこもスッと通るわけよ。
別に、そこで一回説教もやれることはないよ。
スピーカー 1
あ、そうでしたか。
じゃあ、もう半年以上ぶりに、
こちらを言ってみたんですけれど、
何だか本当にやれてしまったと。
スピーカー 2
かつての収録で言ったかもしれないけど、
結構俺、自分の番組聞いたりすることあるからさ。
スピーカー 1
はいはいはい、確かにね。
スピーカー 2
そうなのよ。
昔の収録会とか聞いたりして、
セインテリジェントは耳なじみがわりと俺の中ではいいわけよね。
スピーカー 1
確かにね。
そっかそっか。
スピーカー 2
何も思いませんでした。
で、なんで今回タイトルコード変えてみたんですか?
スピーカー 1
いや、ちょっとさ、最近どうですか?
この特集。
今、僕たちは自由なのかというところでやってますけれど、
どんな感じですか?最近。
スピーカー 2
ちょっとこう、袋工事感ありますよね。
前回のショーツでも話したけど。
スピーカー 1
ちょうどね、1週間前に出ているショーツで、
もう自由の袋工事っていう回がありましたけど、
その時なんだっけ?どういうモヤモヤ感を喋ってたんだっけ?
スピーカー 2
あれだよね。
俺の話したい自由じゃなくて、すごく狭い自由っていう概念に関して、
多角的にいろんな方から議論してる。
というか、同じことをこねくり回して、こねくり回して、
結局すごく狭い自由に関して、
こねくり回してるだけなんじゃないかっていう。
これ、我々が本当にやりたいことなのか。
その結論になったよね。
スピーカー 1
確かにね、そういう話でしたよね。
これだから、別にこの本が良い悪いという話ではなくて、
僕らが出発点にしようとしていた、
自由ってなんじゃらほえみたいな話っていうのが、
どちらかというと偏ってた可能性もあるわけだよね。
それこそ、ルールに完全に従っている状態が自由なんじゃないか、
みたいな仮説があったりとか、
そういう話題をしている中で、
ちょっと今回の方が、
特に今決定論みたいなところと近づいていってるというところに対して、
おやおやみたいな、そんな感じがあるという話をしてましたね。
自由のモデルについて
スピーカー 2
決定論ってものを別に、
我々深掘りしたいわけじゃないってことに気づいたわけですね。
ここ数回の収録会でね。
スピーカー 1
確かに確かに。
ちょっとオープニングながらだいぶ中身に入っちゃってるんですけど、
スピーカー 2
こんな感じで話してもいいのかな。
一応、本編に入りますのサジストします?
スピーカー 1
そうですね。
早く入りたいということで。
スピーカー 2
本当はね、俺がインフルかかって話すとかする予定だったんだけど、
インフルかかって元気になりました。
すみませんでした。
スピーカー 1
インフルかかってたのね、大変。
スピーカー 2
すみません、インフルBね。
みなさんお気をつけください。
スピーカー 1
そんな、我が息子の学校もですね、
急閉鎖になりました。
スピーカー 2
そっちでもインフル流行ってるの?
スピーカー 1
インフルB型で説教しておりますね。
スピーカー 2
あ、そうなんですね。
スピーカー 1
胃腸に来るんでね。
スピーカー 2
胃腸Bは、そうそう。
お腹は結構来るから気をつけて。
スピーカー 1
なるほど、なるほど。
ということで、みなさんインフルBにはお気をつけください。
スピーカー 2
季節からね、お気をつけください。
エンディングじゃん、これ。
本当に?
じゃあ本編いきましょうか。
僕たちは自由なのか。
スピーカー 1
はい、今日はね、フリートーク編でございます。
僕たちは自由なのかということでですね、
今日で4回目ですかね、もうね、この特集。
スピーカー 2
あ、なんだかんだ4回もやってるんだ。
スピーカー 1
はい、4回もやってるんですよ、実はね。
そっか、そっか。
テーマね、もう僕たちは自由なのかと、
そのものズバリみたいなテーマで、
4回もやってきたわけですけど、
ちょっとね、振り返っておきましょうか、過去のね。
今回、毎度のことながら、
読んでいるのが毎度のことながらじゃないですね。
毎度のことながらテーマ本を決めて、
毎回読んでいるというところでございますけれど、
本はね、赤崎翔平さんという方の
そうしないことはありえたかという本をやっておりまして、
冒頭ね、いつものごとく序章、
あるいは始めにという最初のセクションを読みながら、
ああでもない、こうでもないという思いを巡らせておりまして、
そこから具体的な第一章、第二章というところに入ってきたというところですね。
で、ここまでの推移としては、
最初、序章を読みながら、
なんかどんな自由な話できたらいいかなみたいな話をしてきて、
で、第2回目のタイミングで、
ちょうどこの本のね、冒頭1章、2章が、
自由のモデルを定義しようぜということでね、
2つのモデルありましたよね。覚えてます?
スピーカー 2
ああ、ありましたね。
多行為可能性モデルと厳選性モデルっていう2つのモデルですね。
スピーカー 1
まさにまさに、この2つのモデルについて、
自由の条件
スピーカー 1
本に沿いながら紹介したと。
で、多行為可能性モデルっていうのは、
もうこの本のね、タイトルそのものだよね。
そうしないことはあり得たかっていうテーマについて、
まさに迫っていくような章になっていて、
要は選択をするタイミングで、
ある選択をしたという状況があったときに、
それ以外の選択肢があるかどうかっていうことが、
自由かどうかっていうことを考える上で大事なんじゃないか。
そんなモデルについて紹介してもらったら、
これ第1章だったよね。
スピーカー 2
はい、そうでしたね。
スピーカー 1
で、もう1個の第2章。
こちらは自由の厳選性モデルということで、
厳選性って何ぞやっていう感じですけど、
要は自由の厳選っていうのが、
本当に自分の内側にありますかどうですかっていうことが、
自由かどうかっていうものの条件になってくるんじゃないかということで、
ちょうどね、キーワードで言うと、
2階の意欲みたいなキーワードが出てきましたよね。
スピーカー 2
ここは盛り上がりましたね。
スピーカー 1
盛り上がったよね。
要は単純な欲求と、ちょっと工事の欲求というかね、
欲求を欲する欲求みたいなものがあったときに、
それが自分の中で一致していて、
気持ちよくハマっているときに自由なんじゃないかみたいな、
なんかそんなね、フランクファートさんという方が出てきましたよね。
スピーカー 2
決定的にコミットメントするという風に、
この本では表現されておりましたね。
スピーカー 1
出てましたね。決定的なコミットメントと、
自由の条件じゃないかみたいな、
そんな2つのモデルを紹介していきましたというのが、
第2回だったかなと。
で、前回第3回は何を扱ったかというと、
この本はね、実は自由、それから決定論、
この2つの両立可能性というものについて考えるというのが、
実はメインテーマになっている本でもあるんですよね。
スピーカー 2
そうなんですよね。
スピーカー 1
さっきね、ちょうど自由の2つのモデルという風になってましたけど、
これが要はファーストセクションだとすると、
セカンドセクション、2番目のセクションというのは、
自由と決定論の両立可能性ということで、
おおむね4つの章を先ながら、
このテーマについて扱うということでしたね。
で、前回扱ったのは第3章というところを読んでいて、
まさにその決定論と呼ばれているものが、
自由の余地をどれぐらいなくしてしまうんだろうか、
みたいなことについて、
さまざまな論章を扱いながら紹介するということをやってきました。
これがざっくり言うと、
特集の本編でやってきたことの振り返りと。
そうなりますね。
そうね。という中で、
どうやら我々が思うように進んでないんじゃないかみたいな、
懸念がですね、回を重ねるごとに高まってきているというのが、
ちょうど前回の章図ですかね、
自由の袋小路というテーマの回でも出てきてましたけど、
改めてどんな不和がありそうなんだっけみたいな話を、
ちょっとアイスブレイク的にしてみましょうか。
スピーカー 2
そうですね。
この本で取り扱いたい決定論と自由の両立というところが、
そもそも我々の関心外なんだよね。
スピーカー 1
はいはいはい。そうだよねそうだよね。
一番最初の初発の動機というか、
そこがそもそも自由ってどんなもんなんだよっていう、
そこに主眼があったわけだよね。
確かに筆者の方が言う通り、
決定論と自由は切っても切れない関係であることはわかると。
なんだが決定論と自由が両立するかっていう問いは、
僕らの中にはなかったんだよね、本を読み始める時点ではね。
スピーカー 2
そうなんだよ。
言い終わりが問いに合わせにいくような形になってしまったっていうところが一つ、
スタートラッシュにつまずいたところだよね。
スピーカー 1
そうだよねそうだよね。
だからその決定論と言われた時に、
まあ確かにそういうものもあるよなみたいな感じではあるものの、
決定論的にあるかどうかみたいな話題と、
自由が自由であるのかどうかみたいな自由の条件みたいなものが、
必ずしもバチッと僕らにはまってないみたいな、
なんかそういう感覚がちょっとうっすらあったりしたよね、
みたいなところが盛り上がってるところでしたよね。
スピーカー 2
あとそもそも自由っていうことが不自由すぎるんだよね。
ちょっと誤解をそれずに言うと、
スピーカー 1
僕はあえてこの本に対して結構反駁的な立場で言うと、
スピーカー 2
必ずこの本で扱う自由には枕言葉がついてるじゃん。
多行為可能性としての自由とかさ、
なんちゃらかんちゃらな自由とかさ、
責任としての自由とかなんちゃらな自由っていう、
必ず自由を狭めた自由が毎回トッピングとしてついてきて、
それにちょっと嫌気がさせてきたというか、
また何とかな自由が、
いつになったら我々の扱いたい本当の自由ってものが出てくるのかと思って見てたけど、
全然出てこないんだよね。
確かに。
狭められた自由を毎回提示されては、
これじゃねえこれじゃねえっていうふうにやり続けてきた感じじゃないかな。
スピーカー 1
ああそうだね、確かに枕言葉がついてるっていうのが一つだし、
あとまあその自由の二つのモデルって紹介されるじゃないですか。
この本書の前半で導入されるものだと思うんですけど、
その二つのモデルがなんというか、
ミーシーなのかよくわからんみたいなとこもあるじゃない。
あるある。
自由と選択の議論
スピーカー 1
それで全部の自由を言えてるみたいな。
スピーカー 2
全然フニヨツイないよね正直そこで。
スピーカー 1
そうそうそう。
まあなんか具体で言うと、これ前回のショーツだっけね、
なんか話題になってたところでいくとさ、
今回ってやっぱりそのそうしないことはあり得たかっていうテーマのセッティング自体もそうだけど、
なんかこう自由というものと選択するっていうものをすごく近いところにおいて議論してるような感覚っていうのはやっぱりあるじゃないですか。
スピーカー 2
あるあるある。
スピーカー 1
例えばAを選ぶのかBを選ぶのかみたいな、
なんかそういう局面において自分の自由はどこにあるんだみたいな問いかけだったりとか、
なんかそういうところにすごく本書の話題の主眼が置かれているような感じがあるんだけど、
なんか一方でこの特集始めるタイミングでね、
それこそその自由ってどういうふうに向き合ったらもろいんだろうかみたいなことを言ったときに、
自由落下のメタファーみたいなのを僕が言ったじゃないですか。
スピーカー 2
言ってましたね。
スピーカー 1
要は物が、要は宝物線を描くときに、重力に引っ張られて物が落ちていくときに宝物線を描きながら落ちていくわけですけど、
これを物理では自由落下と言いますと、ニュートンの世界だよね。
自由落下って言うんだけど、このときってこの物体が落下していく様子って完全に数式として記述できると。
完全に記述できるし完全に予測可能なんだけど、自由落下って自由って言葉を使ってこれを表現する。
なんか面白くない?みたいな。
なんかそんな問いかけから始まってたんだよね。
スピーカー 2
そうなんだよね。これ理系的な記述から始まってるんだよね、どっちかというと。
スピーカー 1
そうなんですよ。そう考えたときに、この自由というものが何というか、もともと何か分岐点における選択とか、何か選び取るとか、
熟考して何かAかBか判断するみたいな、そういった性質の自由を扱おうとしていたわけではなかったっていうことに、
なんか改めて気づかされるなと。
そうなんだよ。
スピーカー 2
最初は結構民主主義じゃないって言ってたけど、なんとなく読み進めていったらどこかでストンと落ちる瞬間があるかと思いきや、
どんどんどんどんフロスピが広がってきて、むしろ一向に負に落ちる気配がなさそうっていうのもあるよね。
スピーカー 1
確かにね。だからやっぱりその自由というものを語ろうと思ったときに、選択みたいなタイミングで世界が決められちゃってるのかっていうような観点で決定論が導入されたりとか、
あるいは決定論的かどうかというものは横に置くとしても、自由が本当にあるのかないのかということが議論になったときに次に課題になってくるのは責任だろうみたいな感じで、
責任との関係がこう議論されたりとか。いやーそのあたりはまあ確かに話題になることはわかるけれども、なんか僕らが話したいところとちょっとずれてるな。
スピーカー 2
どんどんずれてってるんだよね。
スピーカー 1
そうなんだよね。みたいなことがやっぱりずっともやもやあったりもして、このあたりを一回こう何というか吐き出しといたほうがいいんじゃないかっていうのがまあ今日のこのフリートーク会の主眼ということになるわけですね。
責任の考察
スピーカー 1
はいということでございますけれども、どうですか。これなんか逆にさ、このすごいなんか大げさなこと言うけどさ、書いた著者の高崎さんとかにさ、この疑問ぶつけてみたらいいのかな。どうなんだろうね。
スピーカー 2
それはめちゃくちゃ面白いけど、怖いのは普通に、いやいやそれはもうあなたこれは自由論っていう学問の教科書ですから、もうあなたが扱いたい自由っていうのは全然もう、
何私の扱いたい自由論とは全く違いますよって言われてしまったらもうそれまでじゃない。
スピーカー 1
まあまあまあそれは確かにね。それはそうだね。この人の関心と我々の関心が違ったっていうことが確認されて終わりだと面白くないもんね。
スピーカー 2
でもたまたまこの自由と自由論で名前が似てるから誤認してたけど実は全然違うところの扉叩いてたみたいな。
スピーカー 1
はいはいはい。
スピーカー 2
だとやだよなーみたいな。
スピーカー 1
確かにね確かにね。いやそれはめちゃくちゃそうだね。ちなみにさ、今回仮にこのタイミングでもうちょっと深掘り方を変えていこうと思ったときに、何が扱えたらこの自由についてちゃんと考え切れたなって感じになるんでしょうね。
スピーカー 2
すげー難しい質問だろうなって。
スピーカー 1
まあそれがなんか多分、それを決めるのがなんか一番なんか今回大事そうだよね。つまり問いを正しく設定するというかさ、なんか僕らが持ってる問いって結局何だったんだろうかみたいな、なんかそこだよね。実はすごく大事だよね。
スピーカー 2
そうだね。公式に従ってることが実は不自由っぽいのに自由だっていうことに対する問いでしょ。答えを与えてくれる問いでしょ。難しいな何だろうな。
スピーカー 1
いやそうそう。まあなんかさ、ちょっと実はその本の選定をするタイミングでなんかそこに触れそうな機会はあったからみたいなちょっと思って。まあ例えばあの名前が上がったやつでいくとさ、チクセントミハイさんっていう心理学者の。
スピーカー 2
フローの人。
スピーカー 1
そうそうそう。あの人フローについて本書いてるけど、なんか結構そのフロー状態で、フローってみなさん実は浮かんでますかね。カタカナのフローですよ。流れのねフロー。なんか何か状況に乗っかって。
スピーカー 2
要はゾーンに入るみたいなそういう状態で。
スピーカー 1
そうそうそう。なんかスポーツ選手とかがゾーンに入ってなんかバッチバチでパフォーマンス出せるみたいなフロー状態みたいなのがあるんですけど、なんかこれとかは実は結構その僕が当初言わんとしていたなんかルールに従ってることによってすごく自由を獲得するみたいな、なんかそういったところとちょっと近いのかなとか。なんかそんなことは思ったりしますよね。
スピーカー 2
そうだよね。初回収録でもそこに近い話を我々知ってたよね。楽器演奏するときに楽譜っていうすごく不自由なものを読んで演奏してるはずなのに、それを体に完全に体得すると我々は自由に演奏するようになるって話とか。まさにあれでフローで言い換えられるってことだよね。
スピーカー 1
確かに確かに。だから最初のなんていうか、スタートするっていうキックを滞りなく完了できれば、あとはもうドミノのように流れていくというかさ。自由にと言うとまたこれなんかちゃんと形容できてない気がするけど、流れるように次のアクションが浮かんできて、次の手が見えてきて、本当に流れるように最後まで演奏しきることができるみたいな。やっぱその感覚にすごく自由を感じるなみたいなところはあるよね。
スピーカー 2
そうだね。感覚的にはそこに自由を感じてくれる。ただその物理法則に従っている状態のことを自由って形容するのはまた少し違う気もするんだよね。
スピーカー 1
確かにね。例えばさ、今のその演奏が自由自在にできるみたいな時って、要は譜面というある種のルールに完璧に従っているわけじゃないですか。演奏者。その時にそこにある自由って何なんだろうね。
っていうのはさ、別にさ、その人がさ、自由に意思決定しているという状況ではないじゃない、実は。選択みたいな観点からするとさ。もうもはや選択肢はない状態じゃん。音符はもう置かれてて、どういう風に次の音を繰り出すのか、どういう風に和音を取るのかってことはまあ決まってるわけだよね。筋書きは決まってるわけじゃん。
だけどこう伸び伸びとその中で自由さを感じながら演奏することができるって、これはなんか何なんだろうね。何を自由だって感じるんだろうね。
スピーカー 2
何なんだろうね。それは決められたものの中で、すごくこうシンプルな言葉で言うと表現方法が自由だったりとか、ルールを忘れて表現に全勢力を注げること。
今は楽譜を意識すると不自由になるから楽譜への意識を完全に無くした状態で、いかに強弱つけるかとか感情を込めるかとかそこに集中しているときに我々は自由を感じると。
スピーカー 1
たしかにね。
なぜだ。
それは確かに。
それってだからある種、自由になっている余地みたいなものが、なんか実は結構絞られているときの方が自由だみたいな話なのか。
スピーカー 2
そうだね。今あれだよね、三田さん俺が言ってた、娘と一緒に47都道府県全部巡る旅をしてたけど、行くところが完全に自由な状態っていうより、少しずつ狭められて行った方が次行くところがパッと決まって、それって自由なんじゃないかっていう話と似てるよね。
スピーカー 1
たしかに。
そうだね。ちょっとリスナーの方に分かりやすく改めて説明すると、山上くんは娘ちゃんが生まれてから47都道府県を全部制覇するぞっていう目標を持ってるんだよね。
スピーカー 2
もう詐欺したんだけどね。
スピーカー 1
したのか。おめでとうございます。その話どっかでしたいじゃんみたいな。
スピーカー 2
どっかでしたいじゃん俺もね。
スピーカー 1
47都道府県を制覇しようっていう目標を持ちながら行動してた。そうすると自由に旅したいじゃんみたいな、旅人気質みたいな人も世の中には一定するじゃん。
そういう人ってフラッと旅に行ったりとかしてる感じもあるけれど、一方で山上くんは非常に明確に47っていう旅先のある種、KPIみたいなのを持ってるわけじゃん、目標。
スピーカー 2
すごく決まったルールの中でもかなり数が限られてるからね、47って。
スピーカー 1
最初は47個選択肢があるみたいなところからスタートして、行きやすいところから行くんだろうが、僕がその状況を見始めたのって結構中盤以降というかさ、
もう今37だわとかそういうタイミングからさ、結構報告を受けるようになってた。
スピーカー 2
そうだったね。
スピーカー 1
そうするとさ、ちょっとした瞬間が開くとさ、じゃあ次あと岡川とどことどこだから、あそこ行くわとかパッて行くみたいな。
そういう軽やかな選択をしてるなというふうに僕の目には映っていて。
スピーカー 2
そうなのよ、どんどん旅行に対するフットワークってのは軽くなっていってる。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
狭まれば狭まるほど、次行こうっていう足取りはかなり軽くなってたね。
スピーカー 1
なるほど、面白いですね。だからそのやることの選択肢がめちゃくちゃ少ないがゆえにすごくそのやろうと思った時の
なんかやる中身だったりとか、生き方だったりとか、そこで体験することみたいなことになんかフォーカスできるみたいな感覚に近いのかね。
スピーカー 2
いや、そうなんだよ。確かに今の話聞いて思ったけど、楽譜が決まってる方が自分が自由に演奏できるっていうのは、
例えば俺最後高知県だったんだよね、最後に行ったのが。
スピーカー 1
はいはいはい、最後高知だった。
スピーカー 2
そう、でもいろんな県、例えば東北全部行くとかだと結構プランニングに軟重して不自由さが感じたわけよ。
ここ青森行って、次翌日に秋田止まらなきゃいけないから、どうしようって結構悩んだりしたけど、最後高知決まってるから、
じゃあもう高知の中で予定組んでアンパンマンミュージアム行って、何とか何とか食べてみたいなことをかなり自由に予定を組めた気がするんだよね。
自由の感覚の探求
スピーカー 1
それこそ自由に組めたわけだ。
スピーカー 2
それってすごい楽譜と似てる気がする。高知って決まってるからこそ、高知県内の旅を自由にできたっていう感覚。
スピーカー 1
なるほどね、ある種やることが決まってるからこそ、決まってる中で上手に踊ることができるという。
そうそう、だからプレイヤーとしての俺は旅人としての俺はかなり自由に、自由度高く旅をしたっていう気持ちになったね。
なるほどね、今の自由の感覚がすごくチクセントミハイが言うフロー状態というかさ、決まってる。
ある種、自分の目的をここに持っていくんであって、フォーカスできていて、だからこそ迷うことなく活動できるみたいな状態。
これ多分チクセントミハイのフローにすごく近いと思うんですけど、
だとすると、そうではない、つまり47都道府県行くか行かないかみたいなことは決まってないけど、なんか漠然と旅に行きたいけど計画しんどいみたいな状態は、
もう一個さ、読もうと思ってた本のタイトルでさ、エリフロムの自由からの逃走ってあったじゃないですか。
スピーカー 2
あーはい、あったねあったね。
スピーカー 1
なんかあの逃走、あれって要はさ、自由って楽しいハッピーだけどしんどいみたいな。
自由の不安
スピーカー 1
自由を獲得すると結構不安になる。だから人はそっから逃げちゃうんだよみたいな。
なんかそういうテーマを扱った本だと思うんだよね。
はいはいはいはい。
その完全な自由みたいなやつは、この自由からの逃走でいう、なんかその逃げたい対象の自由みたいなものと、
結構なんか信用性が高い可能性があるのかなと、すごく雑な議論だけどね。
スピーカー 2
いやでもすごいわかる。俺は今ミハイからフロムになってて、もう47都道府県を全部終わった俺は、
もう今旅するモチベーションほぼないし、家族にも申し訳ないけど、
どこ行こうって思うけど、まあなんかどこでも行けるし、まあいいやどこも行かなくちゃって思っちゃったりしてるわけ。
スピーカー 1
なるほどね。
なるほどね。
スピーカー 2
どうしようっていうのはもう、それこそ自由がなくなった、旅の自由がなくなった次の日って思いつかんみたいな状態になってるね。
スピーカー 1
はあ、なるほどなるほど。面白いですね。
スピーカー 2
だから、白地図を塗ってた時期の方が全然自由に旅ができたなっていうのは、まさに自由から逃走してる状態なのかもしれない、今。
スピーカー 1
めちゃくちゃ面白いですね。フロムが言ってるので、なんかちょっとすごく要点かいつまんでいくと、彼はすごい面白いこと言ってて、
まあ自由って2種類あるんだと、これはもう哲学的な文明じゃないんだよ、フロムさんそもそも哲学者じゃないから、心理学とか社会思想の側面から分析した人で、
たぶんまあ僕らが、僕らホイホイのさ、全体主義、特にナチズムみたいな文明から、なんかそのどういうふうにそれを克服していくのかみたいな思想を深めた人なんだけど、
この人が言ってるのはなんか自由2つありますって言ってて、1つは何々からの自由、これ消極的自由っていうらしい。
つまり例えばさ、伝統からの自由とかね、身分からの自由とかさ、要は既に世の中にあるフレームワークみたいなやつがあって、そこから逃れるということが自由であるっていう、フリーフロムホニャララみたいなやつだよね。
なんかそういう逃れたいみたいなタイプの自由、でもう1個が何々への自由っていうのがあって、これは積極的自由だというふうにフロムさんは言ってるんですけど、
例えば自分の意思を持って生き方を選んだり、価値を作ったり関係を作ったりみたいな、なんかまあそういう2つの自由があって、
で、近代社会というのは基本的に権威主義的なものはやめようとか、例えば社会が物事、人の個人の選択を決めちゃうのはおかしいとか、
そういうことで、それこそ近年でも続いてますよね、例えば性的マイノリティの人がそれを選べるようにするみたいなところは、
多分これまでの社会制度から自由の方がいいじゃんみたいな方向性で、なんとなく近代というのは進んでいるんだけど、
何々への自由みたいなところを支えることができなかった、みたいなことを彼は分析していて、
その結果何をしてもいいけど、何をすべきか分からないみたいな状態になっちゃうと、
どんどんあれやだ、これやだ、みたいな状態で、ただこねまくってたら、おいで何してもいいよみたいな状態になるんだけど、
え、あと何したらいいの?みたいになっちゃうみたいな、それがたぶん今まさに山上くん状態みたいな感じになって、
そうなるとめちゃくちゃ自己責任感じるし、孤立感感じるし、不安だなみたいな、
俺何したらいいんだっけみたいな感じになるみたいな、動機ないなみたいな、
これは完全に積極的自由が損失しちゃった状態なわけだよね、消極的自由が完了したタイミングで。
スピーカー 2
だからこの消極的自由と積極的自由っていうのはコロコロ移り変わっていくというか、
例えば俺は今まで旅への自由を求めて生活してたのが、今は旅からの自由を、
旅からの不自由なのかな?わかんないけど。
積極的自由と消極的自由
スピーカー 1
わからなくなってきてるね。
スピーカー 2
旅からの自由を求めているわけだ今だから、もういいやしばらく旅みたいな状態になって。
スピーカー 1
なるほどね。もう満足ですみたいな状態だね。
スピーカー 2
そうそうそう。だから旅への自由だった頃のほうが良かったなーみたいなことを、
今の議論を使って言うとそういうことになるんかな。
スピーカー 1
なるほどですね。でもなんか今の話でいくと決まってることと決まってないことみたいな話題は、
実は回収できたようで回収できてない感じもするよね。
スピーカー 2
というと?
スピーカー 1
要は47都道府県行くっていう目標っていうのは、ある種そのフレームにはめ込んでるわけじゃない?自分の行動。
そうだねそうだね。
そういうものがあった方がいいよねーみたいな話はなんか今の2つの自由の議論とちょっとまあもしかしたら別の場所にある議論かもしれないね。
スピーカー 2
なるほどなるほど。
スピーカー 1
そういうものがあった方が自由だっていうのはちょっとある種逆説じゃないですか。
スピーカー 2
まあ確かに確かに確かに。
スピーカー 1
フラムの議論からするとね。
これはなんか逆に言うと何なんだろうねそのさっき言ってた残余が少ないというかなんか工夫のしどころみたいなところというか余白みたいなやつがわかりやすく圧縮されてた方がそこを面白くするみたいなゲームとして面白くなるのかね。
スピーカー 2
でもこれはさ今もうやめようと思った本からさ引用するのもまたなんか話したけどこれは決定的なコミットメント要はなんか1回の要求を狭めていってる行為というかさこの色塗っていってる行為はだから2回の要求と決定的にコミットメントしやすくなっていってるみたいなそういう感覚な気がするわかる?
今までの収録会聞いてくれてる人の方ならなんとなくわかるかもしれないけど1回の要求と2回の要求がさ2回の要求がガツッと合うと人間は自由を感じやすいっていう風に一応この本のさ第2章で定義されてるわけじゃん。
でどんどんどんどん行ける権利が狭まっていくことによって1回の要求がかなり狭まって1回の要求の選択肢がなくなっていって決定的にコミットメントしやすくなっていってるのかなみたいな。
スピーカー 1
面白いですねこれちょっと改めて振り返ると決定的なコミットメントを説明するためには1回の要求って話と2回の要求って話と2回の意欲っていう話をインストールしないといけないんだよね改めて思い出すと。
1回の要求っていうのは例えばビール飲みたいとか勉強したいとかわかりやすく何かをしたいっていう要求のことだよね。
スピーカー 2
はいそうですね。
スピーカー 1
で2回の要求っていうのは何かをしたいと思いたいみたいなやつだよね。
1個メタなみたいなちょっと浮上した状態の要求っていうのを2回の要求と言いますと。
スピーカー 2
うんうん。
スピーカー 1
で2回の意欲っていうのはその中でもちょっと自分の行動を規定するみたいなやつだったよね。
ここちゃんと僕説明できないんだけどこれなんかどんなニュアンスだったっけ2回の意欲で言わんとしてることって。
スピーカー 2
例えば2回の要求と2回の意欲の関係は完全に包含関係で2回の要求の中にの狭い点として2回の意欲っていうのがあって。
うんうん。
こここういう1回の要求に従って行動したいっていう2回の要求が2回の意欲だっていう。
スピーカー 1
うんうんうん。
スピーカー 2
要はビールを飲みたい。
スピーカー 1
言葉遊びみたいになってるね。
スピーカー 2
そうなんだよな。ビールを飲みたいは1回の要求だと。
飲み物を買きたいも1回の要求か。ビールを飲まずに飲むという要求に培って飲むを書きたいというのが2回の要求。
ビールを飲むという要求に培って飲むを書きたいという要求に従って行動したいという要求が2回の要求だ。
二階の欲だ
自己目的化のプロセス
スピーカー 1
そうだったね
スピーカー 2
今日思い出したな今
スピーカー 1
思い出しながら見てましたけど
そう
二階の欲求は
なんかありたい姿みたいなことをちょっと言ってんだよね
なんかこの一階の欲求を持つ自分でありたいみたいなさ
そういうタイプの欲求でしょ
そうそうそう
だから例えば
勉強をしたいって思える自分でありたいみたいな
そういうのを持つのは二階の欲求なんだよね
スピーカー 2
そうそうそう
スピーカー 1
例えば47都道府県迷わず
どこかのエリアに行きたい自分でいたいみたいなのが
二階の欲求なのか
二階の欲なのかな
そう
スピーカー 2
それは二階の欲求で
それに従って行動したいっていうのが
二階の欲
そうですね
スピーカー 1
なるほどね
スピーカー 2
自然的に47都道府県の選択肢が狭まってくれば
それに従って行動しやすくなってくるじゃん
スピーカー 1
なるほどね
メタにこんな一階の欲求に従って行動したいと思っている
自分の意欲に対して
その叶いやすさ実現可能性みたいなものが
どんどんどんどん低くなってくるんだ
スピーカー 2
そうそうそう
高知県しかなくなってれば
旅するっていう
二階の意欲イコール高知県に行くみたいな
旅するってことを選んだ時点で
決定的にコミットメントするみたいな
どんどんコミットメントのブレ幅が狭まってきて
最終的にガツンとコミットメントしたみたいな
それが狭まっていくにつれ自由になってきたみたいな
そこの感じはフランクファードの考えを引用すると
そうなる気がする
スピーカー 1
なるほどね
だからこのフランクファードが言ってる
自由の厳選性モデルってやつは
結構深掘りがあるっていうことだね
スピーカー 2
そういうことだね
スピーカー 1
これが決定論みたいな話と
隣接することなく
自由の厳選性モデルについて
もっと掘っていくのはすごく意味がありそうだなって
今改めて思ったし
今の話と実はフロー状態
ステンとミハイが言ってるやつの
フローに入る条件みたいなやつが確かにあるんですよ
例えば課題の難易度が
簡単すぎても難しすぎてもダメみたいな
そんなのあるんだ
あるんですよフローのやつに
で最終的にその行動自体が
自己目的化するみたいな言い方してて
何かのためにやってるじゃなくて
それのためにやってるっていう状態に
より近づいていけばいくほど
フロー状態に近くなっていくみたいな話があって
それって考えてみれば
多分最初2階の意欲に従ってる
つまりこの1階の欲求が
自分の意思として行為を規定してほしい
みたいな2階の意欲だとすると
それって結構大変じゃんね
大変だよね 47フットロープ圏回りたい
という意欲に従って自分が動きたいって言っても
47かーみたいなことがあるじゃん最初って
スピーカー 2
そうだね最初大変だよね
スピーカー 1
だけどだんだんやっていくうちに
あーなんかもう3いったぞ4いったぞ
ってなってきたらなんか5の
やり方6のやり方って結構
ハードで下がってくるみたいな
話を今山口さんがしてくれてたわけだよね
そうするとなんかその
1階の欲求と2階の意欲の
距離が近づいてくみたいなことが
起きるんだろうなと思ってて
それって
ツクセントミハイが言ってる
その自己目的化していく
みたいなプロセスと
すごく似てるよね状況としては
スピーカー 2
コミットメント繰り返すことによって
もうコミットメントしやすくなる
というか顎外れやすくなる
みたいな感じがすごくこう
あーもうコミットメントしちゃったみたいな
そういう状態になるのが
スピーカー 1
フローだっていうことか
そうだそうすると
一定的なコミットメントした上で
その1階
そこでコミットメントした欲求に対して
1階の欲求を潰していくわけじゃん
これをやりたいと思ってる俺
これをやりたいと思ってる俺みたいな
それをなんかやればやるほど
自己目的化してってやりやすくなっていって
で課題の難易度が
まあ難しすぎたところからだんだん
こうこなれてきて
でなんかある
自由の探求
スピーカー 1
なんていうかゾーンに入るわけだよね
これは確かにすごく自由を感じるのかもしれないね
スピーカー 2
そうするとね
だからやっぱりね
この2階の意欲を持つ続けることが
自由に生き続けるコツだってのは
あんな感じで間違ってないとか全然
その考え自体は
我々インストールすべき
考え方な気がしてきたな
スピーカー 1
いやそうねそうね
面白いこれは面白いですね
そう考えると
なんかその
一個一個の選択における自由みたいな
話がなんかどれほど重要なのかって
なんかちょっと
アップデートできそうな気がするよね
なんかさ一個一個の選択を
いちいちなんか
フルスクラッチで考えて選択するってことが
なんか自由なのかわかんなくない
っていう問題があるんだと思って
分かります?
スピーカー 2
要はこの本でいうと高い可能性モデル
スピーカー 1
そう高い可能性モデルもそうだし
例えば山上くんでいうところの
47都道府県じゃなくて
なんか市区町村も巡ろうぜみたいな
なんか別の選択肢を持ち出すということが
多分山上くんの自由度を上げるわけでは
スピーカー 2
ないだろうなって
スピーカー 1
つまり自分の自由を
ちょっと
絞るというか
自分の自由のスコープっていうのを
なんかある程度チューニングする
ことによって
メタな意味での自由度がすごく高くなるし
ある種の
言い換えると1階の欲求
レベルでの自由度は下がるんだが
結果として2階の欲求レベルの自由度が
上がるみたいなことって起きそうじゃない
スピーカー 2
確かに確かに
そうだねだから
市区町村全巡りするみたいなことを
俺が仮に志したとして
すげえ不自由感じると思うんだよ
そうだと思うんだよ
現実的に結構不可能じゃん
多分やり続けてても
ずっと不自由を感じたままな気がする
今回みたいに
途中から自由感じ始めるみたいなことは
絶対来ないんだよね
だからやっぱ自由ってのは
実現可能性ともかなり
スピーカー 1
近いところにある
スピーカー 2
考え方というか
ある程度実現できないと
自由にはならないっていうところが
得られたね
スピーカー 1
面白いっすね
面白いっすね
スピーカー 2
自由ってのは
自分で決めた
2階の意欲に
したがって行動し
どんどんその1階の欲求を狭めていく
行為こそ自由なのかな
スピーカー 1
という側面も
なんかありそうだよね
スピーカー 2
もうある
スピーカー 1
面白いな
その自由について結構興味あった
確かに
それがさ
一番最初の
宝物船みたいな
落ち方のルールが決まってるところに
自由があるみたいな話と
47都道府県回るっていう回り方のルールがあるところに
自由があるみたいな話とか
スピーカー 2
ちょっと重なってるんだよね
スピーカー 1
近いよね
演奏するとか
例えば演劇をやるとか
体操選手が
自分の演目をパフォーマンスするとか
そういうところに見られる
自由さの表出
みたいなところとすごく
繋がってるなって感じは
スピーカー 2
しますね
フロー状態と意志
スピーカー 2
そう考えたらフローについて我々
スピーカー 1
学ぶべきなのか
フローは確かにちょっと触れたらいいなって
思った
フローは
ある種
すごく心理学文脈から出てきた
お話なんで
実用的と言うとちょっと
語弊があるかもしれないけど
明確な基準とかがあるんだよね
その体系だって考える捉えるべき
武器みたいな
ものが揃ってる感じがあるんで
一回インストールしてみるの面白いかもしれないですよね
さっき言ってた
難易度の話とかさ
自己目的みたいな条件の話とか
スピーカー 2
あれだよね津久選とみはや別に
フローから得られる自由とかに関しては
特に議論してるわけじゃないんだよね
多分
スピーカー 1
直接してないのかな
実際どうなんだろうただフローって
自由意志みたいなものとの
関係性もなんか語れそうな概念
ではあるから
どうなんだろうねちょっと待って
これなんかむしろ
調べながら話したら面白いかもしれないけどね
うん
ああ
でもこれ面白いね
あのちょっと
誰がどういう風に突っ込んでるのか
もうちょっと話したら
いいかもしれないけど
今ちょっとググってて出てきたのは
まずその
フロー状態と自由意志との関係
でいくと
フロー状態っていうのは
行為が自動的に立ち上がっていくような状態
でなんかその
行為を積極的に選んでいる私が
後継化する後ろの景色とかで後継化ね
はいはいはい
これをやろうとして選んでるんだっていう
自分が前景から後景に移動して
自決という感覚が
下がることによって
自由そうな状態になる
スピーカー 2
これがフローだと
スピーカー 1
いいね
素朴な自由意志というのは
ある時点で立ち止まって
AとBという選択肢を比較して
それを積極的に選択する
私はこれをやりたいからこうするんだって
理由を持って選択するみたいなある種の
合理的人間像みたいなやつを前提にしているのが
素朴な自由意志の理解で
こういう風に並べると
自由意志が
自由意志的な選択の場面が
最も自由が感じられなくて
最もいろんなことが決められているフロー状態が
最も自由を感じられる
みたいなパラドックスが生じるよね
っていうのが一見すると
感じられる矛盾ですよねみたいな
ことは何か言われてるらしいと
ああそうなのね
で面白いのが
これをさらに理解しようとしたら
フランクファートがいいっすよって
何か言われてるね
スピーカー 2
ああそうなの
スピーカー 1
一時の欲求二時の欲求
スピーカー 2
これ一回の欲求のことだと思うけど
じゃあもう我々そこのリンクに
我々の力でたどり着いたんだね
スピーカー 1
たどり着いたんだ
やっぱ決定論に行かずに
こっちに行った方がいいっていうことになってるっぽいね
スピーカー 2
だから我々フランクファート側から
スピーカー 1
フローに行くと
そうそうフローとフランクファートを
対策すればフロー状態で
どういう自由が起きてるのか
とかが解けそうだな
というのは
今ちょっとすごくザーッと
デスクトップでザッピングしてる感じだと
スピーカー 2
あるね
これは熱いね
すごいなんかこの本から
たどり着けるところに
スピーカー 1
たどり着いた感じだね
これめっちゃ面白い
それでここですごい大事なのは
フローが自由意志の否定なのかどうかみたいな
なんかたぶん盛り上がってるっぽくて
ここで大事なのは
自由というのが
意識的選択なのか
この前提を疑えるかどうか
って結構大事だと
これさっき言ってたことだよね
今回読んでる本がさ
選択するっていう場面においてのみ
自由を扱ってるじゃない
AとBを選ぶみたいな
そうしないことはあり得たかみたいな
選ぶっていう行為における自由っていうことを考えちゃうと
そういう世界に入っちゃうんだけど
フローで扱ってるのは別に
意識的選択だけが自由じゃなくねっていう話だから
ここを掘っていくと
おもろいよねっていうのが
フローとフランクファートの交差点にありそうだなと
いうことですね
スピーカー 2
いいね
じゃあフローに行きましょうよ
スピーカー 1
我々 フロー行けますね
フロー行けますし
フランクファートを高崎さんの本の中以外で
欲求のコントロール
スピーカー 1
読んだことないから
そこもなんかちょっと補えたら面白いかもしれないね
フランクファートがなんか
僕に何言ってたのかとか
彼がどんな言葉遣いで物を語ってたのかとか
あんま知らないじゃない僕
スピーカー 2
高崎さんが
参照とした本の中から
自由
二体の意欲とかに関して研究してる本を
持ってきてそこ読んだらいいかもしれない
スピーカー 1
うんうん
めちゃくちゃよさそう
うわこれおもしろいよ
自由っていうのは選択じゃないんだ
っていう視点に持ってきるわけですよ
素晴らしい
自分のことと自由ということは切り離せるよね
スピーカー 2
っていう話だね
スピーカー 1
いいね
そうなぜなら
フローに入っている主体は
他の選択肢があり得たかっていうことを問わないと
つまり方向付けられた
主体になることができる
それは
自己の喪失じゃなくて
自己摩擦がなくなっている状態だから
自由なんだっていう風に定義できると
スピーカー 2
フロー状態を
まさに我々のラジオ番組に落とし込んで
今の言い換えると
フローの方もやることによって
そうしないことはあり得たから抜け出せるっていう
スピーカー 1
そういうことですね
そういうことですね
非常にメタなまとめ方をしてくれましたけど
そういうことになりますね
こうすると
マジで世界が決定論的なのかどうかっていう問いは
自由と全く別の議論にできちゃうね
そうだね
自分という主体に対して
自分がどういうふうに目標を設定するのかとか
どういう意思決定ロジックを
自分の中に内在化させるのかってことが
フローにとっては重要なわけだから
それがだから自由の源泉じゃないっていうことだよね
スピーカー 2
だから世界がどうとかってことは
もう一旦置いといてというわけがありませんよと
スピーカー 1
そうなんですよ
これはめちゃくちゃ面白いですね
スピーカー 2
いいね
スピーカー 1
横転換できたね
フローですね
スピーカー 2
来ました
スピーカー 1
いいじゃない
スピーカー 2
よかったなんか結論出て
スピーカー 1
結論なのか分かんない
いや結論てかでも
僕らが進むべき方向
つまりフローに入れる方向が分かったってことですね
スピーカー 2
抜け道見つけたねようやく
手探りつけたじゃない
はいはい
どこかに抜け道がないかってことを
暗中模索してたけど
見つかりましたね
いやここかもしれない
スピーカー 1
パスウェイが
これだデッドエンドからパスウェイが
いやいや
スピーカー 2
見つかりましたね方向性が
見つかりましたねついに
スピーカー 1
自由
じゃなくて決定論からの
闘争だねこれはね
スピーカー 2
そういうことだね
だからあれだね
そうしないことはあり得たかもさ
まんずら外れてないというか
割といいルードをたどりつつ最後ちょっと
自由論っていうところに分化しちゃったけど
そこで自由論に行かずに
フローの方に行くっていうパスウェイを
我々は発見したと
スピーカー 1
そういうことになりますね
というかだから
多行為可能性モデルに僕らはあんまり関心がなくて
厳選性モデルの中の
特にその
自分の意欲とか欲求をどう
コントロールするかっていうところに
やっぱ関心があったという風に整理することができるかも
スピーカー 2
わかんないね
そうだな収録してる時からさ結構厳選性モデルに関しては
我々は盛り上がったり結構これ面白いな
みたいな話をしてたのは
決定論の理解
スピーカー 1
やっぱりその返事になったんだね
そういうことかもしれないね
あとはちょっと気になってるところとして
あるとしたら
決定論の楽しみ方これじゃない
説みたいなのがあって
これちょっと実はね
別のところでもちょこっと話したんですけど
決定論というものの
理解がすごく
哲学文脈
特に論理学とかそっちの文脈から語られてるんじゃないか
みたいな疑念もあったじゃない
それこそ3章読んでいく中で
そこについても
また別の楽しみ方もあるのかなと思うんで
なんか自由の話がね
片付いた暁にはその辺りも
なんていうか話せると面白いのかな
スピーカー 2
っていう感じはありますよね
理系的な決定論の進むみたいな
スピーカー 1
そうそうそう
なんとなくこの20世紀
を通して
サイエンスの領域
特に物理学その中でも量子力学の文脈で
すごく
決定論的世界観に
うさぶりをかけられるみたいな
あったということが
分かっていると
いうとこでその辺りはね
法則的決定論だっけ
スピーカー 2
なんかありましたよね
世界を決める法則があってみたいな
スピーカー 1
そうそうそう
ある時点の状況が記述されてて
そこにルールがあって
そうすると必然的に規決が出てくるみたいな
スピーカー 2
規決論章だ
スピーカー 1
規決論章が
いかに無菌状態
法則なのかみたいなことは
いろいろな角度から反駁できそうだな
スピーカー 2
みたいな予感をちょっと
量子力学はちゃんと勉強したことないから
スピーカー 1
一回勉強してみたいな
スピーカー 2
またそこをインストールした上で
規決論章はどうなのってとこを
理系の方から検証する
スピーカー 1
っていうのも面白そうだよね
戻ってこられたら面白いかもしれないですね
理性の限界と科学
スピーカー 1
なんかね今の話でいくと
僕ちょっと理系文脈での
決定論みたいな話
実は既視感があって
どっかで一回読んだな
みたいなことを思って
何だろうと思って本棚漁ってたら
一冊本が出てきまして
これ知ってます?
スピーカー 2
理性の限界っていう本
スピーカー 1
初めて聞きましたねこれは
これね僕多分大学生になった時
ぐらいに出た
2008年
初半の本なんですけど
スピーカー 2
相当前ですね我々が高校
2年とか3年とかそういう時の本ってことね
スピーカー 1
そうで多分僕大学生になってから
買ったんですけど
理性の限界って結構
でかいタイトルじゃない
スピーカー 2
うん
それは理系の本なんだ
なんか言い合いもすれば哲学の本なのかって
スピーカー 1
思ってしまった
この人はたぶん哲学領域を
学ばれてるんですけど
これなんか僕聞いた話だけど
僕も理系の大学にいたので
なんとなく感覚があるんですけど
なんか話によると
比較的
北米だったりとか
ヨーロッパの中でも
それこそイギリスとか
大陸側もそうなのかわからないけど
の哲学ってかなり
物理というか理系の学問と
近接していってるみたいな
話をよく聞いてまして
このたぶん高橋忠一郎さんって書いた
著者の方も
アメリカのミシガン大学に
哲学を専攻された方だと
いうとこなんですが
哲学専攻と聞いてちょっと
身構えるところもありつつ
話題っていうのが
かなり
哲学って
こういうものは使うよねって話題からすると
かなりサイエンティフィックな話題を扱ってる
っていうのが特徴だなと思ってて
ちょっとね
おもろいんで伝えるとね
大きく
3つの章に分かれてるんですけど
1個目
で序章があってね
理性の限界って何なのって話をワーッとした上で
1個目の章が
選択の限界
さっき出てきたね選択の話
選ぶということが
どれくらい理性でもって可能なのかっていうこと
に迫っていく
っていうのが第1章であって
第2章 科学の限界
サイエンス
っていうものが
どんだけ可能なのかっていう話を
追っていくというところですね
で現代の
それこそ科学の文明の中で
結構科学の限界が見えるような
定理とか
原理とかってものに
結構出会ったっていうのが
20世紀の人類なんだよね
なのでその辺りを紹介する
最後に知識の限界ということで
そもそも何かを知る
っていうことだったりとか
何かを知ることができないっていうことに関して
ひたすら考えていくみたいな感じで
ここもね結構
数学領域とか
それこそ
コンピュータサイエンスの領域とか
で出てきた知見っていうのを
拾いながら進んでいく
そんな本になってる
ちょっと長々と話しちゃったんですけど
構成というか進行が
スピーカー 2
めちゃくちゃ面白くて
スピーカー 1
読みやすいよね
読みやすい 何が面白いかっていうとね
一人称 高橋さんの一人称で
書かれてないんですよ
司会者
ただいまから理性の限界に関するシンポジウムを
開催したいと思いますみたいな書き出しなんですよ
登場人物がいて会社員とか
数理経済学者とか
そういう感じの書き方だろうね
色んな学問領域 サイエンス 理系も
文系も書きでなく
そして会社員も
哲学者もそれから
物理学者も書きでなく
登場してきて各学問において
この理性の限界
っていうものがどういう風に取られたかっていうのを
それぞれの語り口から
スピーカー 2
進めていくっていう体制の新書なんですよ
スピーカー 1
それは面白そうだね
普通に書こうと思ったらこうならないと思うんだけど
これがすごくね
カザラジオっぽいですね
スピーカー 2
ぜひどっかで扱いたいね
スピーカー 1
そう
っていう話があって
これはまさに選択とか
科学の限界っていうものを扱うことによって
結論的な世界観みたいなところにちょっと揺さぶりをかけていくとか
その先も当然あるんですけど
ちょっとこれ改めて今読んでみてもいいのかな
っていうそんなことが
新しい自由の探索
スピーカー 2
なるほど
そうだね
哲学って言ったら日本では
文系学問として捉えられがちだけどさ
やっぱこの北米とかだと
そういう風に理系学問と
接する概念になるわけね
スピーカー 1
そうそこ結構面白いですよ
なんか日本
日本だけなのかわからないけど
答えが出ないところに対して
ずっと永遠に悩んでるみたいな印象がやっぱりあるじゃないですか
哲学者のイメージで
そこに対して
サイエンス的なアプローチを取ることで
スパッと答えを出していくみたいな
そういう領域があるというのを
それこそ本当に大学生に入った時に
知るきっかけになった
一冊でしたね
ゲイデルとか
ハイゼンベルグの不完全性原理とか
そういうやつが扱われてる
スピーカー 2
どっかで扱ってみたいね
スピーカー 1
我々でもね
これ多分ね山上くん超好きだと思うこの本
スピーカー 2
俺も超好きだと思う
スピーカー 1
超好きだと思う
というような話もありましてですね
今日だから
全体として見えてきたのは
あれですね
もともと読んでいた
そうしないことはあり得たか
高い可能性モデルという見地から見た
自由論というものが
僕らと
そぐわないのではないかというところから
例えばフローみたいな考え方
つまり
決定論的な自由ではないところの
可能性を探っていくというところに
僕らの興味関心
それから面白みがあるんじゃないか
というそんなことがわかったと
そんな感じですかね
スピーカー 2
はい
ハートラジオ
スピーカー 1
はいお疲れ様でございました
スピーカー 2
お疲れ様でした
スピーカー 1
ということでエンディングでございます
はい
いや面白かったですね
スピーカー 2
いや面白かったし
この収録始めるときはさ
どうなることやらというか
果たしてこの本の
この特集回の次の
ステップが決まるのかという
半信半疑というかさ
善意ぐらいの
スピーカー 1
善意ぐらいの
スピーカー 2
メンタルだったけど
いやまさかの抜け道が
見つかりましたね
スピーカー 1
見つかりましたね
これねちょっと我々として
チャレンジングでしたね特集の中盤で
ほぼ台本を横に置いて
フリートーク挟むというのは
非常に
ちょっとゾワッとする感じも
ありましたけど
着地しましたね
スピーカー 2
いやこれさ
ちゃんとタイトル回収してるというか
ウィントさん最初に
どういう意図かは知らず実験型ラジオ番組
っていう風に言ってくれたじゃないですか
まさにこう実験して
成功したんじゃない今回
スピーカー 1
そうね
原点回帰ですよもともと語呂合わせ
だったでしょということじゃないですか
スピーカー 2
素晴らしい
スピーカー 1
ということでちょっとね
説明しなきゃ感がすごい最近は
気負ってた感じもあるので
スピーカー 2
タイトルコール
スピーカー 1
戻してみましたよというとこですね
スピーカー 2
いや実験型
リアリティの夜明けというか
また夜明けか
夜明けわかんない感じだった
スピーカー 1
まあそうだね
だからちょっとテーマ探索型の
フリートークというものが
なんとか着地できたのは
今日の収穫でしたね
スピーカー 2
面白かったこういうのもあるんだなっていう
スピーカー 1
確かに
スピーカー 2
ちょっとプチ旅行に出た気分というかさ
2人探検に行って
すげえいい収穫物を
持って帰ってきたみたいな
そういう気持ちになった収録会でしたね
スピーカー 1
今回は
確かにこの着地になることは
スピーカー 2
予想してなかったもんね
スピーカー 1
そう面白いねやっぱね
この結論ないのがいいっすねやっぱね
スピーカー 2
改めてこの番組の
面白さとすごさと
怖さみたいなのを
スピーカー 1
分かった回だった
そうっすね
毎回ヒヤヒヤですね
というところで
ちょっとこれは次回どう読んでいくかというのは
僕らの方でも今このね
回の中で本の話題が
出てどうしようかって感じになってますので
ちょっとこの進め方はまたどっかで
決めてね
相談していければなと
今日の結論としては
ちょっとフロー状態熱いんじゃない
っていうことが分かったと
いうことですので
新しい自由の領域というのをね
この後探索していければ
スピーカー 2
いいなと
スピーカー 1
いうところでございます
ではでは今日の収録はこの辺で
おやすみなさい
スピーカー 2
おやすみなさい
56:13

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