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皆さんのひとときにお邪魔します。 CAM ラジオの時間です。 CAM ラジオは、コーチングを軸にリーダーシップや組織開発、人間関係や一家玉で、さまざまなことについて考えていくラジオです。
今回は、CAM Japan ディレクターの浅井もときとともに、誰もがしている間違った共感について考えていきましょう。
共感について、また誰もがしている間違った共感についてちょっと考えていきたいんですけれども、
ちょうど最近読んでいた本の中にですね、この共感に関して研究をしている方が、研究結果から見えてきた、誰もが一回はこれしてるよねっていう、また結構やるやつだよねっていう共感の間違った方法について話をしてくれていて、
これ読みながら、これもやったことある、これもやったことあるって結構自分からしたら目から鱗というか、これダメだったんだっていう、そんなところがすごく見えてきて、自分自身がすごく反省させられるというか、やってたなこれ自分っていうのをすごく思わされたので、ちょっとこれ皆さんと一緒に考えたいなと思ってこのトピックを持ってきました。
あと、コーチングのフィードバックとかをさせていただくときも結構多いのが、共感をし忘れていると、相手の課題を解決することに意識を向けているがゆえに、相手がこういうことを悩んでいるとか、こういうふうに感じているとかいうときに、
そうなんですね、じゃあこれはどうですかって次の問いを投げていくような形になってしまっていて、そうですよね、そういう痛みありますよねとか、自分もそういうことがあったのでむちゃくちゃわかります、共感しますとか、
短く、もうその相手の心の状態や状況やそこにひも付いている痛みや悲しみや葛藤みたいなモヤモヤも含めですね、それに関してわかります、自分もすごく共感しますっていう一言が入っているかどうかで、すごくコーチングの関係性の質っていうものは変わってきたり、
実際にそのコーチングのフィードバックで審査をしている中にもその共感が入っているかっていうところもすごく見られているので、これはもうコーチングに限らずですね、日常会話の中で身近な人と対話をするとき、特に自分がただただ解決しようとしていないかとか、話を前に進めようとしていないか、ちゃんと立ち止まって相手と共感しているだろうか、
そんなところについてちょっと問いかけられるというか、問われるそんな内容かと思います。
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それと同時にこれを見ていく中で、これは共感じゃないというものは見えてくると、逆にじゃあこれが共感なんだという共感自体がちょっと皆さんの中でも浮き上がってくるかなというふうに思っています。
まず共感についてですけれども、共感の定義というふうなところをせっかくなので見ていきましょうかね。
共感の定義ですけれども、共感とは他人の意見や感情などにその通りだと感じること、またその気持ちのことです。
共感には次の特徴があります。他者の喜怒哀楽の感情を理解して、その感情に自分を同調させる能力、それを一緒に感じるみたいなところですかね。
また相手の気持ちを理解して、苦しんでいる人を慰めたり助けたりすることができる、また喜びも分かち合うことができるとか、そのようなところが要素として含まれているというところですね。
ですので、相手の感情とかその状態にそれを共に感じつつ、そしてそこにちょっと加えるのであれば留まる能力みたいなところもすごく重要かと思います。
その中で6つの誰もが知っている間違った共感という内容があったので、ちょっとそれを一つ一つ見ていきたいと思います。
まず一つ目、共感ではなくて同情をしてしまう。
同情するなら金をくれと、名台詞がありますけれども、世代によって響く人と響かない人がいるかもしれませんが、
同情ですね。
共感と同情、共感をしているつもりであっても、ちょっと同情寄りになってしまっているということがあるかと思います。
同情は何かというと、例えば相手の状況、痛みがある、悲しみがある、こんな大変なことがあった、
急に誰かからニュースというか報告を受けて大切な人が今コツ事故にあったとかわからないですけれども、
そういう内容があったときに、同情だったらかわいそうに大変だね、そんなふうに、それは本当に大変なことだというふうに、
相手がかわいそうな存在であって大変な状況の中にいることをまるで自分が少し体験しているかのような、
相手のために痛みや悲しみや苦しみを感じることが同情というふうに言われています。
そうすると相手との距離を逆に生んでしまうということがよく起きていくそうです。
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じゃあ共感は逆に何なのかというと、先ほど同情が相手のために痛みや悲しみ苦しみを感じるということであるときに、
共感であるときに共感の場合は相手とともに痛みや悲しみや苦しみを感じる。
なので相手の状況に関して自分がそれを感じるというよりも、相手がどのようなことを今感じているかというものを同じレベルで感じていく。
なので相手の感じているものよりも上のレベルでこちらが感じてしまうと、それは同情であったりかわいそうにするのは大変だねというふうになってしまうけれども、
相手が感じているその状況が何であったとしても、相手が感じている痛みや悲しみ苦しみと同じレベルで感じるということが相手とともに感じるというところが共感だそうです。
違う表現でこの共感について話されていたのがすごくわかりやすいなと思ったのですが、相手とともに悩みの下中に突入しつつも、
その相手の悩み、痛み、そこに自分も一緒に飛び込んでいく、聞いている側として飛び込んでいく、
でもそういうふうに突入しつつも何が誰のものでまた誰の責任であるかについて明確に線引きしている状態、それが共感です。
なのでこの痛みは自分のものではなくて相手のものであり、この葛藤も相手の人生の中のものであり、
自分が何かできるものではなく、そこは誰のものであるのかということは明確に線引きしつつ、
同時にその相手の悩み、痛みを共に感じるその下中に入っていくと。
コーチングを学習していく中でも、課題ではなくて人をコーチングしましょうとよく言われるかと思いますが、
課題をコーチングしようとするときに、どういうふうにそれを共に解決できるかと。
解決方法を一緒に考えちゃうと逆にドツボにはまってしまって、
そのコーチングが広がらなかったりとか前に進まなかったりとか新たな気づきが生まれなかったりするんですが、
その課題と向き合っているその人自身の考え方や視点に問いを投げていく。
その人の視点を問いを通して変えていくときに新たな気づきが生まれやすい。
なので課題ではなくて人にコーチングをしていくという、それに少し近いかなというふうに思うんですが、
相手の思いに共感しその下中に入りつつも、同時に誰のもので誰の責任かということを線引きしていると。
なのでその思いとしてはそこに近くにありつつも、でも遠くにもいるという境界線やその距離感というところも大切にしつつという、
そういう適当なバランスが大事になっていくというのはこの共感ではなくて同情してしまうということを避けていくために大事なことかと思います。
一つ目がそれですね。
二つ目、驚いたり息を呑んでしまうということ。
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驚いたり息を呑んでしまう状況ですね。
相手が、例えば相手のご家族が、近しい人が骨事故にあったその報告を受けたときに、うわーそれは大変ですねとか、うわーとか、はーと驚いたり息を呑んでして、
そして逆に沈黙がそこで続いていたりとか、その状況に関してこっちがインパクトを受けてしまって、こっちが必要以上に驚いたり息を呑んだりしてしまう。
うわーそれは大変、うわーそれはやばいですねというふうにこっちが慌ててしまう。
そのような状況が起きていくと、同時に共にカオスになっていくか、相手の焦りを助長してしまうと同時にそれが過度に行われていくと、
その家中にいる人、その当人が、逆に驚いてしまった人を逆になざめなくてはいけなくなる。
いや、そこまで大変じゃない、大丈夫です、前にもあったので大丈夫ですとか、
その相手を、自分がその悲しみや驚きや苦しみを処理する前に相手がもっとその驚きやインパクトを受けていたら、その相手をなだめなくてはいけなくなってしまうという立場逆転みたいなことが起きていく。
そうすると共感というところからかけ離れていき、相手自身がその痛みに悲しみに苦しみをしっかりと処理したり向き合ったりすることができなくなってしまう。
その機会を奪ってしまうということですね。
3つ目、相手に幻滅してしまうまたショックを受けてしまう。
相手がこういう失敗をしてしまったんだ、こういうことをやっちゃったんだとか、何かそういうことを相手が悲しみとともに虜してくれたときに、
ああ、そういうタイプだったんだねとか、どうしたの、そういうタイプじゃなかったじゃんみたいな、どうしたのみたいな、そういうふうに思ってしまったり、
ああ、そういうふうになっちゃうんだね、ちょっとショックみたいなことを、それじゃだめじゃないとか、相手に幻滅してしまうショックを受けてしまう。
そのときに相手は逆に防衛反応が働いていき、ああ、これは共有してはいけないことだったんだということだったりとか、子供の頃とかによく起きがちというふうに言われていますけれども、
逆にそういう子供は完璧主義、また良いものだけを人に見せる、自分のネガティブな部分は見せない、抑え込むみたいなふうになりがちになっていくというふうに言われていますね。
なので相手は幻滅させたくない、相手にショックを受けさせたくないという形で、自分の今、葛藤や思い、痛み、苦しみみたいなことを伝えられなくなってしまうというふうに言われています。
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なので共感するのではなくて相手に幻滅してしまう、ショックを受けてしまうということは一つですね。
そしてあと3つありますけれども、ここからまた3つ、これあるなというふうに思うやつですね。
4つ目です。戦闘モードに入ってしまうと。
2つの例が挙げられていましたけれども、何かこういうことが起きたというときに、相手に対して戦闘モードに入ってしまう。
これは怒りであったり、怒ってしまったり、子供に向けてというのもありますよね。
どうしてそんなことが起きたの、何考えてたの、そういうふうに相手に対して怒ってしまうとか、その状況に関して逆にこっちが戦闘モードに入ってしまう。
それは上下関係があるときに起きやすいですかね。
友人の中ではあんまりいないかなと思いますけれども。
またこれ友人もあるなと思ったのが、その戦闘モードに入るときにその相手に対してじゃなくて環境やその第三者、人に対してですね、戦闘モードに入ってしまうと。
その環境が悪いんだとか、その上司が悪いんだとか、
例えば女同士で喋っていてその悩みを打ち明けてくれた女友達が、彼氏がすごく悪いやつで、みたいな話でこういうことが起きてみたいなときに、
その友達がなんだそいつ、ちょっと一回成敗しに行こうみたいなところで、そいつやっつけに行こうという怒りの矛先を誰かや何か、
に向けていくというところですね。
これは共感ではありません。
逆にその相手がしっかりと自分の悲しみや痛みや苦しみというところに目を向けることを、これも同じように避けていくといいますか、
そこから目を逸らしていく、そして相手がちゃんとその状況と向き合うということを妨げていく、そういうモードですね。
ですので共感しているつもりというか、相手の痛みをわかるからそれをやっつけに行こうみたいな、相手を少し守ろうとするというか、
良かれと思ってやっていつつもそれは共感ではなく、逆に距離を生んでしまったりとか、葛藤を生み出していく、解決にならない関わり方になります。
そして5つ目、これ一番コーチングの中では多いかなというふうに思いますが、課題解決モードに入ってしまう。
これコーチングだけじゃなくて身近な人とかもそうですよね。
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相手がこういうことを今悩んでいて、痛みや悲しみ、こういうことが起きてすごく辛いんだと言ったときに、それと向き合う、
相手のネガティブな苦しい状況を、そうなんだってただただ寄り添う、相手がそれをただただ話すのをただただ聞きながら、
それはわかるな、全部わかってあげられないけれどもそれは大変だよね、痛いよね、苦しいよね、
ただその共感の中に留まり続けることが心地悪いというか、どうしたらいいかわからないとか、
そわそわしすぎて解決しようとする解決に目を向けてしまう。
どう解決していこうか、じゃあ何ができるかなとか、大丈夫すぐ解決できるよとか、逆に励まそうとしてしまう。
いい人なんだか、素晴らしい人なんだか絶対大丈夫だよとか、励ましもそうですね、そんな悪い状況じゃないよ、意外と大丈夫だよみたいなふうに、
解決や相手の気持ちを引き上げようとしてしまうみたいなところは一つやりがちな間違いというふうに言われています。
それは実際に共感して寄り添ってはいないということですね。
そしてこの最後のやつ面白いなと思ったんですけど、これもあるな、自分もやることあるなと思いますし、
周りの人もやっているところを見たことあるなというふうに思うんですが、共感不マウントというネーミングをつけてみました。
共感不マウントですね。
相手の話に共感するのではなくて自分の話を結局してしまうと。
相手がこういうことで悩んでいる、こういうことが今大変なんだというふうに、
例えば自分はもう働き始めて5年ぐらい経っていて、
それでその友人が大学院とか行っていたりとかちょっと勉強を長くしていて、
それで新卒で最近働き始めて、それで最近の悩みとかそういうのを話してくれているときに、
ちょっと自分は経験があるから、
自分もこういうことあったよ、分かるよ分かるよ、自分だったらもっとこういうことあったから、そんなまだまだ序の口だよ、みたいなふうに。
相手の話してくれている、相手にとっては結構大きな問題であるかもしれないけれども、
それを話してくれているのに、自分の大丈夫、こっちの方がこういうことも俺あったから、私あったからということで、
自分のより大変だった体験談、類似体験談を話すことで、共感不マウントを行ってしまうと。
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なので相手がその葛藤と向き合ったり、痛みや悲しみと向き合ったり、それを処理していく、言語化していく、話していく、
また相手に聞いてもらうという場を作るのではなくて、自分が相手をよかれと思って励まそうと思って言っていることももちろんあると思いますけれども、
でも結果的にそれがどういう意図、モチベーションであったとしても、結果的にそれは共感ではないというところですね。
この研究の中での一つの着地点といいますか、焦点としては、人と人との繋がりの豊かさというものが、結局人の人生の豊かさを生み出していく一番大きな要素の一つであると。
なので何か成果を上げていく、成功していく、お金を稼ぐ人から認められるとか、そういうものよりも人と人との中で豊かな関係性、共感性、またオープンなコミュニケーションや頼り合う、寄り添い合う、
そういう関わりが、その豊かさが一番大事であるみたいなところが、研究の中で一人一人がウェルビーング、豊かに生きていくためには重要であるというふうな研究の結果が出てきているのですが、
なので共感、繋がり、そういう心と心レベルでの繋がりというところが重要ですよと。
その中で共感が大事で、共感を持っていくときにやってしまいがちな間違いみたいなところで、この6つが挙げられていました。
改めて見ていくと、共感ではなくて同情してしまう、かわいそうにというふうに相手に思ってしまったり。
また驚いたり、いい気を飲んでしまう、うわあそれは大変だ、うわあマジかというふうに、そして逆に沈黙してしまったりとか。
そして相手に厳密ショックを受けてしまうと、ああそういう人あったんだ、それはちょっとショックだなと、完璧主義に繋がってしまうと。
戦闘モードに入ってしまう、誰だそんなことをしたのは、そいつ僕を死ににいこうみたいなふうに、何かに怒りを向けてしまったり。
本人にどうしてそんなことが起きたの、何を考えていたの、どうしてそういうことをしたの、怒りは。
課題解決モードに入ってしまう、その相手が話してくれていることに留まり続けることが、ようこち悪すぎて、大丈夫だよ、そんな悪くないよ、どうしたら解決できるか一緒に考えよう、そういう状態ですね。
また最後、共感風マウントということで、相手が話している内容にかぶせて、いや似たようなこと俺もあって、私もあって、いやもっと大変だったよこっちは、
全然そんなちっちゃなミスだよとか、大したことないよというふうに励ましているつもりであっても、マウントを取ってしまっているようなことが起きていて、
実際に相手は話していて、自分の心が消化されていなかったり、それで距離を乱してしまうというところですね。
いかがでしたでしょうか。
ぜひこれはコーチングの中でもちろん活かしていくために、こういう共感をしないようにということを意識することも一つです。
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同時にこれはコーチング全てのことにも通じますけれども、そのコーチングの中だけでできることではなく、身近な人にそれを体現できるか、質高く体現できるか、
それが結局一番大事なことであって、それができていない場合、コーチとしての成熟度というところも頭打ちになってしまうといいますか、伸びていかないみたいなところがあるので、
自分と向き合い、自分の在り方や周りの人との関係性というところをより豊かにしていくときに、コーチとしての成熟にもつながっていくということだと思います。
ぜひこの共感について皆さんちょっと考えてみていただければと思いますし、またCAMの方々はスラックで、ぜひこのトピックに関してちょっとレスポンスいただければと思います。
CAMは2005年にアメリカにて設立され、3000人以上のプロコーチを輩出してきたICF認定コーチングスクールです。
CAMやその日本支部であるCAM JAPANについて知りたい方は、camjapan.jpで検索ください。
それではまた次回お会いしましょう。