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#22 『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』私が私であるために。文学と創作の新しい関係
2026-07-03 19:32

#22 『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』私が私であるために。文学と創作の新しい関係

【本日紹介の一冊】

『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』(ウェッジ、鈴木沙巴良・著)

▼書籍の詳細・ご購入はこちら

https://www.amazon.co.jp/dp/4863103042


【エピソード概要】

自主制作した小説や詩集などの展示即売会「文学フリマ」が盛況です。開催場所は全国にひろがり、東京会場では2万人近い人を集めるほど。 

なぜいまこんなにもたくさんの人が創作に魅せられているのでしょうか?

この本は、「文学フリマ」という現象に多角的な視点から迫った一冊です。


【チャプター】

() 文学フリマが活況を呈している

() 文学フリマはいつ始まった?

()きっかけは「文学論争」だった

() いま人気のジャンルは?

() 文学フリマの盛り上がりをどう見るか

() 文学フリマに参加する意外な動機

() 文学はじつは役に立つ!

()じつは日本人は文学が得意

() エンディング


【出演】

プレゼンター :首藤 淳哉

ナビゲーター :内藤 順


【関連書籍】

⁠『⁠⁠日記をつけて何になる?』⁠

⁠『下丸子文化集団とその時代⁠⁠』⁠

⁠⁠文学は割に合う

日本文学史序説


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感想

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サマリー

本エピソードでは、自主制作文学の展示即売会「文学フリマ」の熱狂の秘密に迫る書籍『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』を紹介する。文学フリマは2002年に始まり、当初は小規模ながらも、作家と批評家の論争をきっかけに、コミケのような即売会というアイデアが生まれ、現在では東京ビッグサイトに2万人近くを集める一大ムーブメントとなった。 現在、文学フリマではノンフィクション、特に日記が人気ジャンルとなっている。コロナ禍を経て、人々が自己の内面を見つめ直す機会が増えたことが背景にある。文学フリマは、プロ作家からアマチュア、出版社、印刷会社まで、多様な関係者が参加する一つの「生態系」を形成しており、従来の出版流通とは異なる新しい流れを生み出している。この動きは、現代における「軽出版」という概念とも関連が深い。 文学は「役に立つ」のかという問いに対し、フランスの文学者アントワーヌ・コンパニョンは、文学を読むことで得られる「文学的応用力」は、長期的な視点で見れば大きな利益をもたらすと説く。さらに、日本は西洋の哲学に相当する役割を文学が担ってきた歴史があり、具体的な事象を通して物事を考えることに長けているため、抽象化が進む現代において、この「具体性」こそが日本の強みとなり得ると論じている。文学フリマの活況は、自己表現への欲求と、日本独自の文学的感性が融合した、現代における創作の新しい可能性を示唆している。

文学フリマの現状と始まり
こんにちは。BIBLIO JAM始まりました。 本日のプレゼンターの首相、淳也です。
こんにちは。本日ナビゲーターを務めます、ナイト・ジョンです。 この番組は話題の瞬間の実況をじっくり深掘りしていくポップキャスト番組。
今日も日本橋浜町の浜パウス、 近くの報酬にお届けしております。
ナイトさん、今から名前挙げる人たちの本。 ナイトさんもね、すごい本読みだけど、ちょっとこう知ってるかどうか。
いやね、僕、基礎的だから自信ないです。
いきますよ。 えっとね、堀静香さん。
はい。 フラワー茂さん。
岡野大治さん。
はい。 野淵彩子さん。
はい。 佐藤須さん。
はい。一人も知りません。
みなさん、初めて聞く名前ですね。
あ、そうですか。まあね、今本って言いましたけど、 ジャンルはばらけてて、エッセイだったり、歌集だったりね、
歌集? 教説だったりっていう、なんですよ。
共通点が一つあって、みなさん、 文学不利まで出会った書き手なんですよね。
あ、文学不利まですか。 なんかね、毎回すっごい盛り上がってるみたいですね。
そうですね。
会場も今だってあれ、ブックサイトでしょ。
そうそうそう、大盛況ですよね。
今日はこの文学不利まの熱狂の秘密を解き明かした、 面白いノクションをご紹介します。
はい、楽しみですね。
今回取り上げるのは、文学不利ま物語。 なぜ人は創作に魅せられるのかという本です。
著者は、共同通信文化部の記者、 鈴木沙原さんという方で、
これが初めての著作なんですけど、
この著者自身が第一回の文学不利まに参加した 当事者でもあるんですよね。
すごいですね。
結構すごい熱を持って、文学不利まの関係者に インタビューしまくってるんですよね。
そうなんですか。
文学不利まってそもそもいつから始まってるんですか。
第一回は2002年。
2002年。
会場は青山ブックセンターの本店の イベントスペースだったんですけど。
結構こじんまりと始まったんですね。
もしかしたら、文学不利まって何っていう人も いるかもしれないんで、ちょっと説明しておくと、
いわゆる本を自主制作した人たちが集まる 即時展売会ということでいいですよね。
そうですね。
自主制作した本のイベントでは、漫画の同人誌なんかで コミックマーケットみたいなことが有名ですけど、
それの文学版みたいな。
そうですね。
第一回文学不利までは、約80の個人団体がお店を出して、 お客さんも1000人くらい集まったそうなんですけど、
その後次第に会場が大きくなっていって、 2024年からは東京の会場がビッグサイトになりました。
昔と違って1000円の入場料が今取られちゃうんですけど、 それでもたくさんの来場者が来てて、
それに今東京だけじゃなくて全国各地で 文学不利ま開催されてます。
もうこれ一大ムーブメントって言ってもいいかと思いますね。
文学フリマ誕生のきっかけと変遷
だからこのイベントを最初に仕掛けた人は すごい先見の目があったってことですよね。
そうですね。そこでちょっとしたエピソードがあって、
文学不利ま誕生のきっかけになったっていうのは ある文学論争だったんです。
そうなんですか。誰と誰の論争ですか。
作家の松野より子さんと批評家の大塚英二さん。
大塚さん。
文芸史の群像画舞台になったんですけどね。
ごく簡単に言うと、文学という芸術が持つ価値っていうのは 市場価値みたいなね。
金銭面だけには還元できないっていうか 測れないっていう松野さんに対して、
大塚さんは、でももう現実的に文学売れてないし、 文芸史は出版社の不良再建とかしてるじゃないかと。
そういう主張をしたんですよね。
ここでユニークだったのは、大塚さんがそれプラスして、
コミケみたいに文学の展示即売会をやったらどうかと。
何なら初回自分がやるけどみたいなこと言ったんですよね。
それえらいですね。
単に批評してるだけじゃなくて、
要はアイディアも提示して、かつ自分がやるぞって言ってたっていうね。
それでやってみたらやっぱり大きな反響があって、
そしてその文学フリーマーに出てみて人生変わったっていう人たちが後を引き継いでいくんですよね。
当時大塚さんが群蔵で発表した不良再建としての文学っていう論考があるんですけど、
これ今でも文学フリーマーのホームページに、ちょっとマニフェストじゃないけど掲載されてるんで、
興味のある人はぜひ読んでみてください。
なるほど。
すっかり大規模イベントに育った文学フリーマーなんですけども、
出展する人って今も小説系が多いんですか?
そのあたり変遷があって、
文学フリーマーがスタートした当初は高団社のメフィスト賞の作家たちね、
佐藤智也さんとか西尾維新さんとか前条太郎さんとか、
こういう人たちがイベント引っ張ったんですよね。
小説が中心だったんですけど、その後批評家の東裕樹さんが中心になって、
批評が盛り上がった時期もあったし。
ありましたね、ゼロ年代のね。
そうですね。
ちなみに現在はノンフィクション系が多いそうです。
ノンフィクションつってもルポール・タウンジとかじゃなくて、日記が結構中心なんですけどね。
気が入ってますもんね、最近。
きっかけはコロナ禍だったみたいですね。
外出が制限されて、みんな改めて身の回りを見つめ直したっていう人が多かったみたいですね。
日記のジェンルもね、面白い書き手いろいろいそうです。
そうですね、まさにカニの親子っていう人がいます。
カニの親子。
ちなみにカニの親子さんは文筆家っていう肩書きのほかにダイアリストっていうのをね。
ダイアリスト、メンタリストみたいな。
日記家みたいな。
日記家みたいなことなんですよね。
初めて聞きますけどね。
カニの親子さんみたいな人も出版社が放っておくわけもなくて、
この自主制作版に開発した日記をつけて何になるっていう本が、
かしわ書房から今出てますね。
これもぜひ読んでみてください。
文学フリマのエコシステムと軽出版
こういう新しい才能もいれば、文学フリマにはプロの作家とか出版社も参加してるんですか?
そうですね。
一番最初は大学のサークル仲間と参加し始めて、文学フリマで作品を発表してるうちに、
芥川賞を取っちゃったね。高瀬潤子さんみたいな人もいます。
やっぱりプロの作家にとって、お客さんの反応とか声を直接見たり聞いたりできるっていうのは、
やっぱり魅力みたいですよね。
あと出版社ですけど、僕も最初宣伝目的じゃないの?とか思ってたんですけど、
そうじゃないみたいで。
ある大手の出版社の編集者は、著者に気をつかずに思いっきり自由に本を作れるっていうね。
それを理由に挙げてて結構笑ったんですけども、
普段どんだけ編集者ってストレス抱えてるんだっていうね。
中野さんどうですか?今の大手出版社の編集者の。
ストレス抱えてる。
ストレス抱えてる。
抱えてるそうです。
またご飯でも食べに行きましょうね、みんなでね。
この文学フリマ物語ですけど、こうした参加者ですね。
プロもアマチュアもいれば、地方で書いてる人もいるんですけど、
それから運営の中の人、それから実績成功を支える、やっぱり印刷会社とかありますから、
こういうありとあらゆる関係者にインタビューしてます。
ここから見えてくるのは、文学フリマっていうのが一つの生態系を形作ってるってことなんですよね。
なるほど、いわゆる界隈ってやつですね。
界隈ってやつですね。
フリマ界隈。
そうそう、出版社があって、取り継ぎがあって、書店があってっていうのは一般的な本の流通ですけど、
それとはまた違う世界が出来上がってるんですよね。
編集者で文筆家の中町明さん、彼が提唱してるいわゆる軽出版っていう考え方がありますが、
そういう世界観ですよね。
そうですね。
自主制作本みたいなカジュアルな本の出し方をやっていこうぜと。
出版社を通した従来の本の出し方を重出版っていう思い出が重出版で、
中町さんはそれと対して軽出版って言ってますけど、
先日出版取り継ぎ予定の一般グループホールディングスと当判の決算票が出ましたけど、
どちらも最終分かちで。
衝撃でしたね。
ついにここまで来たかって思ったのは、
一般の社長が取り継ぎ事業からの撤退も検討しなきゃいけないような環境が迫ってるみたいなことを述べてましたけど、
要するにつむすんぜんっていうことですね。
もちろん出版界全体の規模からすると文学フリマってちっちゃいせいだけに過ぎないし、
単純に比較はできないんですけど、
ただ従来の本の流通とは違う流れが生まれているっていうことと、
そしてそこに関わる人たちが尋常じゃない熱持ってるっていうのは、
やっぱり決して無視できない動きだと思いますね。
なるほど。
創作の動機と歴史的背景
そもそもこの文学フリマの盛り上がりってどういうふうに捉えたらいいんですかね。
何か新しい本の可能性を示す動きっていうふうに見るのか、
それとも最後のアダマナみたいな形で捉えるのか、
もしくはこの時代に限ったブームというふうにどう捉えたらいいんですかね。
それで言うとね、今日ちょっと古い本一冊持ってきたんですけど、
「下丸子文化集団とその時代」っていうね、
1950年代サークル文化活動の広報っていう本があるんですけど、
これ2016年三菱書房から出た本で、
著者は社会学者の道場千香信さんってことなんですけど、
ちなみに道場さんって将来職望された社会学者だったんですけど、
この本が出る1ヶ月前に49歳でお亡くなりになったんですよ。
じゃあ異作ですか。
異作になっちゃったっていう本なんですけど。
この本は1950年代に全国的に広がったサークル文化活動の実像っていうのを明らかにした本なんですよね。
ほとんどこの本が唯一無二みたいな感じなんですけどね、この内容では。
サークル文化活動の始まりって、無名の人たちが詩や小説を書いて、
ガリバンズリにしたものをみんなで読んで語り合うっていう。
今で言うポッドキャストみたいなね。
そうそうそう。
で、下丸子文化集団ってのはその中心になったサークルだったんですよね。
どんな人たちがサークルのメンバーだったんですか。
若い工場労働者たちなんですよ。
下丸子って東京の大田区の玉川区にありますけど、
そこから品川区にかけて、昔は軍事工場がたくさんあって、
そういう工場で働いた労働者たちが文化的なものに対する気が感もあって、
戦後に自分たちの言葉で創作するようになったと。
ちなみに下丸子文化集団の誕生には、作家の安倍功夫も関わってるんですけど。
そうなんですか。
で、あとは全国にこの活動が広まる中で、
歌声サークルとか演劇サークルとか、そういうのも生まれていったんですよね。
そのガリバンズリの同人誌みたいなのを自分たちの手で作るっていう。
はい。
まさに文学プリマの詐欺がけみたいな。
そうですよね。
そんな感じもきますよね。
だからね、やっぱり創作で自分を表現したいっていうのは、
昔もたくさんいたっていうことですよね。
今もそうですよね。
そうですね。
当時は自分たちの貧しい暮らしを見つめたりね、
戦争反対への強い思いとか、
そんなことから言葉が紡がれていったんですけど、
有名なところで言うとですね、
当時町小端で流行ってた22歳の青年が書いた、
原爆を許すまじっていう詩があって、
これ、そのメロディーが付けられて、結構全国に広まっていくんですよね。
なるほど。
1950年代っていうと敗戦の記憶もまだ生々しい。
生々しいですよね。
朝鮮戦争なんかも、
ちょうどで起きた時代で。
戦争体験がやっぱり創作の動機になったっていうのも、
分かるような気もしますね。
文学の効用と日本の文学的特性
現代の文学プリマの参加者の動機ってどういうものなんですかね。
そうですね。
この文学プリマ物語の中で、
ある参加者がこんなこと言ってるんですよね。
私でいたいんだと。
私でいたいと。
それが創作の原動力になってるっていうようなこと。
だから、自分が自分であるために創作をするんだということですよね。
文章を書くって、自分の中にある言葉を探す作業でもあるから、
それは自分自身を見つめることでもあるんだろうなと思うんですけど。
あともう一個、文学プリマって、文学って付いてますけど、
これってね、あなたの考える文学って意味が込められてるんですって。
え、そうなんですか。
だから文学プリマでは、参加者それぞれが自分の考える文学これだって表現してるんですよ。
だからめちゃめちゃカオスだし、だからこそ面白いんですけどね。
そういう中から、これまでにない新しい文学の形みたいなのが生まれてくる可能性っていうのもありますね。
そうですね。そう考えるとワクワクしますよね。
でもね、文学って表現するだけじゃなくて、
やっぱり一方に受け手がいないと成立しないじゃないですか。
ところが今、こっち読まれなくなってますよね。
それずっと言われてることですよね。
今1ヶ月に一冊も本を読まない人が6割以上と。
そうそうそう。文化庁の調査でね。
時間がかかる読書はやっぱりタイパーが悪い。
タイパー。
ね、いうこともなんかしきりに言われますよね。
ビジネス書とか自己揮発本の中には売れるものもありますけど、
文学はやっぱり特にきついというふうに思いますよね。
ですよね。
じゃあですね、ここからは文学がいかに役に立つかということ。
役に立つんですかね。
私論争したいと思います。
文学不評論みたいな議論って海外にもあって、
それに真っ向から反論した本がですね、
フランスで出版された文学が割に合うっていう本なんですよ。
特別的なタイトルですね。
これ作品社からね、翻訳本出てるんですけど、
著者のアントワーヌ・コンパニョンっていう人。
ソルボンヌとかコレージドフランスで長年文学を教えてきた石学ですけどね、
この本が面白いなんですよ。
あえてね、文学不評論を唱える連中の土俵に上がってみて。
だからその文学が何の役に立つかわからないよっていう声に、
あえて乗っかったってことですね。
そうなんです。
文学フリマのきっかけとなった大塚英二さんの論文が、
不良再建としての文学、今や文学には市場価値がないって見なされてるんじゃないかっていう問題を提起したけど、
まさに市場価値とか生産性の観点から文学の紅葉を論じてるんですよ。
文学には市場価値があるんだ。
この本でコンパニョンはね、文学を読むことで人は利益を得ることができると。
ただし、ただしです。ここポイントなんですけど。
その利子は遅れてやってくるって言ってる。
それ分かりますね。
でもね、遅れてやってくるけど、その代わりその利子デカいって言ってるんですよね。
これなんか投資になぞられるとなんか似てませんか?
長期投資ってことですよね。
だからインデックスファンドとか株式の不動産でも何でもいいんですけど、
長く保有することで利益を得るっていう。
そうですね。
だから自己啓発本なんかやっぱりみんな速攻性求めて手に取ると思うんですよね。
だからすぐにリターンが欲しいっていうね。
これってデトロイトみたいなもんで。
ただしね、利子はその利子すぐ得られるんだけど、速攻性は短いっていうか弱いっていうかね。
だからすぐ役立つ知識ってすぐ陳腐化するじゃないですか。
そうですね。
じゃあ文学から得られる利子って何かってことなんですけど、
このコンパニオンは古いフランスでレトリュールっていう言い方してるんですが、
この本の中では、翻訳では文学的応用力みたいな訳語が当てられてるんですけど、
とにかくこれを身につけてれば、政治でもビンレスでもあらゆる場面で役に立つってコンパニオン言ってるんですけど、
僕は洞察力みたいなニュアンスかなっていうふうに受け取りましたけどね。
人間力みたいなものとも近いんですかね。
そうですね。
ただね、コンパニオンが言う文学的応用力、洞察力、人間力、大切さですけど、
全人類共通みたいな話だと思うんですけど、
僕はですね、文学を最も得意科目としているのは、
実は日本なんじゃないかなと思うんですよね。
え、どういうことでしょう。
思想家の加藤周一に、日本文化史序説という本があります。
これ名著ですけどね。
ちくま学芸文庫に入ってますけど、
この本の中で加藤周一が言ってるんですけど、
西洋でいう哲学、これの役割を日本では文学が担ってきたっていうふうに言ってるんですよ。
大昔から。
そうそう、もうね、それこそ万葉集の昔からずっと。
そこまでさががぶるんですね。
はい。
哲学って言うと、たとえば生きるとは何かとか、正しいとはどういうことかとか、
その物事を抽象的に考えるっていうのが自然なのかなと思うんですけど、
日本は歴史的にそうじゃなかったってこと?
そうそう、哲学みたいな抽象的思考を通すんじゃなくて、
文学作品で描かれるような個別具体的な人々の人生みたいなのを通じて、
生きるとはとかね、正しさとはとか、そういうのを考えてきたって言うんですよね。
ちなみに加藤周一はね、文学のほかに日本では造形芸術が発展したって述べてるんですよ。
この時それと対比されてるのは音楽なんですけどね。
あ、なるほど。だから西洋音楽の音符とか五線譜、これやっぱり抽象的な記憶。
まさにそうですよね。
日本人は歴史的に具体的なものを通して考えるほうが得意っていうことで、
個別具体的なものを通して考えるからこそ、やっぱり式の移り変わりを繊細に捉えたりとか、
気配を察知したりとかね、そういう敏感な感性が生まれたんだと思うんですよね。
確かに。
もちろんね、それが悪く出ちゃうと空気読む同性発作みたいなことになっちゃうんですけど、
でもきめ細かさ、丁寧さ、繊細さみたいなジャンルを日本が得意とするのは文学のおかげだと思うんですよね。
ところがですよ、今世界は結構抽象化の文化が幅を大きかせるほうへ舵を切ってるんですよね。
ここでいう抽象化っていうのはデータとか、最適解とかいう言葉でね。
もう内藤さん何のことか聞いておくと。
AIのことですよね。
そうですね。
今はね、AIなくして仕事も回らないみたいな。
そうそう、僕もね、仕事ではもうAIも必須ですけど、
でもね、やっぱ世界が抽象化の方向に大きく傾きついてるからこそ、
もう片方のね、具体性のほうで日本が強みを持ってるとは結構とんでもないアドバンテージなんじゃないのって思うんですよね。
確かにね、今その振り子が思いっきり片方に触れてるから、
まあね、何らかの形で寄り戻しみたいなのはあるかもしれない。
そうですね。
現代における文学の価値と未来
逆バリをね、してきたりするね。
SNSなんかにたまにね、文学なんかもう何十年も読んでないとかね。
読む価値ないとかね。
なぜかね、ビジネスエリートにそういうこと言う人多いなって印象なんだけど、
個人的に浅いなと思いますね。
むしろね、やっぱり今こそ文学読むべきだと思いますよ。
今ちょっとこう、想像をたくましくすると、
フィジカルAIが注目されてますけど、
この先もし、AIがですよ、感情らしきものを持って、
僕たちと見た目も変わらないみたいになった時にね、
日本がやっぱり最もきめ細かくAIとコミュニケーションを取れる、
使いこなせる国として復活すんじゃないかみたいな。
そうですね。
だからね、ゼロイチで新しいものをね、
生み出すのは日本ってなんか苦手だけど、
応用はね、誰にも得意ですからね。
そうですね。
なるほど。文学フリマってね、面白そうですね。
お客さんとしていくのもいいけど、
やっぱり参加者として出展するのもなんか面白そうですよね。
そうですね。
まあ、でも我々が参加するとして問題は何を売るかっていうことですけどね。
まあ、ベニャミン・クリスタの日記。
ベニャミン・クリスタの日記。
ダイヤリスト。
いくらで売ればいいんだ。
ないか。
さて、今回のビビルジャムいかがだったでしょうか。
ノートにビビルジャムのマガジンがありますので、
ぜひこの番組の感想もお送りください。
今回のお相手は、
プレゼンターの首都純也でした。
ナビゲーターの内藤純でした。
それではまた次回お目にかかりましょう。
19:32

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