今日はちょっと前振りなく、貸し出しカードをお出ししたいと思います。
今夜の勝手に貸し出しカードは、遠畑海斗さんのカウンセリングとは何かという本にしました。
なぜこの本を選んだのかのお話の前に、どんな本か簡単にご紹介したいと思います。
臨床心理師の遠畑海斗さんの本は、この真夜読でも何回かご紹介してきたんですけれども、
心はどこへ消えたとか、何でも見つかる夜に心だけは見つからないとか、普通の相談とかですかね。
ケアとセラピーのそれぞれの分けていく効果ですとか、
ケアとかセラピーとか、身近な相談というところから解説している本なんかもあって、
専門的に学びたいとか、今今そういった方がご家族にいて悩んでいるっていうだけじゃなくて、
日常の中に相談というものは色々存在していて、すごく意味があるよねと。
ケアとかセラピーっていうのは日常の中でも行われていますよねっていう話が中心だった本もあるんですけれども、
このカウンセリングとは何かという新書については、
専門領域であるカウンセリングをかなり体系的に捉えたと言いますか、集大成的な一冊になっていると思いました。
こういったことを学びたいという方はもちろんなんですけれども、
カウンセリングとかいったことないけど興味があるっていうレベルの人も勉強になると思いますし、
そういったことにかかったことがある方も改めてカウンセリングっていうのはこういうことが行われているんだなっていうのが、
体系的に分かる本になっているかなと思います。
カウンセリングをですね、段階として謎解き、作戦、会議、冒険、それから終わりっていう4つの段階に分けて、
それぞれ具体的に何が行われているのかっていうのを解説している本なんですね。
この本のとても私がユニークだなと思ったところと言いますか、新書にしては結構分厚いボリュームがある本なんですけれども、
先が気になってどんどん読むのをやめられないっていう感じだったんです。
その理由として、間にいくつか相談者さんのユーザーさんの事例が出てくるんですね。
初めて訪れた時とか、例えばその前の予約の様子とかから何回かカウンセリングは何年にも8年とかに渡っている場合もあったり、
そんな風に時系列で追っていきながら、カウンセリングを追体験できるような作りになっています。
なので、この人のことをどんどん知っている人みたいな気持ちになって、だんだん話が深いところに行って、
最初の相談は仕事の悩みだったり、子供を持つかどうかで悩んでいるっていうような話で訪れて、
お母様との関係、幼少期のこと、職場の上司との関係のことをみたいに話がいろいろ及んでいって、
そうやってだんだん心を開いていく、自分でも見えてなかったところにたどり着いていくみたいな話なんですね。
よくなってきたのかなと思いきや、突然戸畑さんにブチ切れたりとかするのも出てきて、なかなかリアルな感じです。
もちろん、実際のお話というより、実際のユーザーさんの話がいろいろミックスになって創作されているんだと思うんですけれども、
このストーリー、物語を追っていくような面白さもありました。とても興味深いですね。
かわうそさんは2回目の給食をされているとありましたので、もしかしたらカウンセリングも通ってらっしゃったかな。
あるいは診療内科とか精神科かもしれないんですけれども、そういう診療室の面会のご体験とか、
ご自身のその経験を思い出して、辛くなっちゃうようだったらちょっとオススメしないというか読むのをやめてほしいんですけれども、
そのくらいリアリティ、臨場感を持って描かれていて、私自身もカウンセリングにも診療内科にもかぶった経験があるので、
ちょっと自分のことと重なりすぎるところは辛いから読み飛ばしたり、飛ばし飛ばし読んだりしました。
複数にユーザーさんのケースが出てくるので、状況が似ている方のやつを追いたいか、むしろその状況が似ている人の苦しくて読みたくないなとかだったら、
それはちょっと人それぞれかもしれないなと思う本です。
この本は先ほどお伝えした通り、そういった専門機関に相談したことがない方にも、もしこの先生活が立ち行かなくなったり、人生に行き詰まったと感じたり、
あるいは今ちょっとそういう状況かもしれないと思っている時に、ちょっとカウンセリングに行くとハードルが高い部分もあるかと思うんですけど、
例えばカウンセリングに行ってみると、その中ではこんなことが行われているんだなっていうのが、リハーサルできてすごくいい本だなと思いました。
さて、川内さんになんでこの本をお勧めしたいと思ったかっていう話をしたいと思うんですけれども、
お便りの中にね、バタヤンさんは人事部にいらっしゃるということで、若手の方から相談を受けることもあると思うんですけど、
私のような人間がいたら困っちゃいますかねとあったんですが、
お相談された方とか、相談というより伝えたいみたいなのが強いケースが多いんですけど、聞いてほしいみたいな、
何か有益なアドバイスを求めるというよりも聞いてほしいみたいなことが多いかなと思うんですけど、
その方から好意のような感情を寄せられるってことは、残念ながら多分ないような気がしますね。
だから困るってことはないですし、ただ逆はあるんですよ。逆っていうのは、相談に来た人に対して、あるいは面談の機会を持った人に対して、
好意を持つと言いますか、ちょっと言い方が難しいんですけど、恋愛感情的なスキットまではいかないけど、好ましい人だなとか、
愛らしい人だなっていう、愛おしいなと思うことはあると言いますか、同性、女性同士の方が多いかもしれないですね。
そこ、今では名前は知ってるけどほとんど喋ったことなかったような人でも、
その人事的な相談って面白いのは、特に私とかに指名で相談に来られた場合や、
新入社員面談みたいな機会が、強制的な機会がセッティングされてやる面談とかの場合、
思いがけず急に深い話になることがあって、つまりキャリアのこととか、自分の将来のこととか、
いまいまのお仕事と情の困り事の話を通じて、その人が今まで何を大事にしてきたとか、
何に傷ついているのか、バカにされたとか、大事にされてない、軽視されてるって感じたっていうのは、
どういうところなんだろうっていうことって、
友達とかにも、もしかしたら親御さんにも話さないような、深いところの価値観みたいな話に、
フラッと入り込むことがあって、そうするとすごく心を持っていかれることがあるんですね。
ネガティブな意味じゃなくて、
ああ、なんか、そんなこと考えてたんだ、素敵な人だなとか、魅力的な人だなって思うこともあるし、
純粋に怒りの中にユーモラスを感じて、
面白いなっていうか、チャーミングな人だなって、そこにちょっと好感を持つみたいなところがあるんですよ。
そういうのってちょっと失礼な感情かな、どうなんだろうって思ってたんですけど、
この戸畑さんの本にね、こんなくだりがあるんですよ。
かずこさんっていう相談者さん、あ、戸畑さん、ユーザーさんっていう呼び方をされているのかな。
かずこさんっていうユーザーさんは、
ご相談を聞くかりっきり、幼少期からの人間関係の歴史には、絶望の成分が多そうだっていうふうに感じるんだけど、
それを説明するかずこさんの話しぶりの、ちょっとこう、節々にユーモアを感じて、
そこに良きサイン、余白があるっていうふうに、これは他者を信頼できる余白があるっていうふうに感じたとあるんですね。
さらに、と難しく書きましたが、
簡単に言えば、僕はかずこさんに好感を抱いたということです。
ユーザーに対する好感とは、ユーザーに備わっている希望が、
カウンセラーに伝染して生じた希望に他なりません。
とありまして、なるほど、ああ、と思って、
そうか、カウンセラーさんがその好感を抱くってことがあるんだな、あっていいんだなっていうのと、
そういうことを表明している、書いている方が珍しいと思ったんです。
よく一般的には、カウンセリングの専門書とか、資格のための専門書なんかを読むと、
カウンセラーってこういうメンタルケアだけじゃなくて、産業カウンセラーとかキャリアカウンセラーとか、なんとかカウンセラーっていろいろあると思うんですけど、
あんまり感情について、カウンセラー側が抱く感情について書かれていることは少なくて、
逆にクライアントがカウンセラーに抱く特別な感情について、
端的に言うとクライアントさんがカウンセラーが好きになっちゃうってことについては、
専門用語で言うと妖精の転移と言ったり、転移性恋愛と言ったり、変化の過程ではよくあることとして紹介されたりもするんですね。
カウンセラーのケースはちょっとこれとは違うように思いますけれども、何を言いたかったかと言いますと、
カウンセラーにせよ産業カウンセラーとか学校カウンセラーとか、医療職の方とかセラピスト的な職業の方にしても、
提供する側の人がユーザーさん、クライアントさん側に何らか感情を抱いたりすることは良しとしてないような、
好感でも逆でも持ってはいけないみたいな感じがしてたんですよね。
これは私の解釈ですけれども、まるでそういうことは触れられていないので無視されていると言いますか、
きっと看護師さんとかだって絶対あると思うじゃないですか。好感がある人とこの人をちょっとやだなっていう人とか、
話すの楽しみだなっていう患者さんもきっといるでしょうし、
遠畑さんはユーザーに対する好感を抱いたっていうのは、2人の希望が影響しあって出てきていると、
そこには希望があるっていう言い方をされていて、それはまた素敵な表現だなと思いました。
この後、この本はカウンセリングという冒険について解説されていくんですね。
カウンセリングとは冒険なんだと。それは面白いですね。
安全地帯にいては到達できないところへ、いろんな鎧で自分を守って守ってきたものを一回ちょっと脱いでみないといけない。
そこには自分の見たくなかった自分とかに遭遇する危険もあるけど、
自分の見たくなかった感情とかが出てきちゃうリスクっていうんですかね。
怖いところもあるけど、それで新しい可能性を見つけることもできるっていう、それが冒険なんですかね。
カウンセラーさんっていうのは冒険の同伴者、伴奏してくれる人なので、
好ましい感情を見出せると、長い冒険の旅に2人で一緒に希望を見出しやすいのかなっていう、
これは私の解釈ですけれども、そんなことを想像しましたね。
好きという感情についても戸畑さん何回か書かれていたような気がするので、
ぜひ見ていただきたいんですけど、
カワウソさんは落ち着いたらお茶でも誘いたいっていうことだったんで、
冒険を終えられて日常に戻ってからなのか、まだ冒険の途中なのかちょっとわかりませんけれども、
保健師さんは、もしかすると冒険の同伴者というよりは救水所の救水サポート係とか、
そういう感じの距離感だったんじゃないかなと想像したりしました。
戸畑海斗さんの別の本で、何でも見つかる夜に心だけが見つからないっていう本がありまして、
これの中にシェアと内緒っていう話が出てくるんですね。
私はそれがとても好きなんですけど、シェア、つまり共有する共同体ということと、
内緒、親密なっていう2つ、どっちも大事で、
まずはシェアで、シェアというのは傷つかないケアになると、
共同体みたいなことなので、それは大変だったねとか、
ママとも同じ苦労分かち合うみたいなのがシェアのケアで、
内緒の方はもうちょっと2人きりの親密なやり取りの中に生まれる心の動きみたいなことなんで、
傷つく可能性もあると、ぶつかったりするリスクもあるけど、
どっちも大事という話だと思うんですけど、
その内緒の好きっていう感情ってすごい尊い宝物のようなものだと思うんですけど、
リスクがあるから内緒なわけですよね。
まずはシェアっていう、このポッドキャストに送っていただいたとかもシェアだと思うんですけど、
シェアで一旦安定が得られる、危険な状態から脱せられる、
つまり生活が立ち行かないみたいなのが脱するには多分シェアのケアが必要で、
その次の人生をどう動かしていくかっていうフェーズになると、
内緒の関係性がまた大事になってくるって話なのかなって、
ちょっとこのこっちの本とカウンセリングとは何かを両方読んで、
私は繋がってきたんですけど、
つまり生活が立ち行かないっていう話と人生に行き詰まってるっていうのはちょっと別のフェーズで、
生活が立ち直るお金の不安とか異色獣的な不安を一回大丈夫になれたら、
その先自分の人生をどう生きていくかっていうところに進める。
その時にカウンセリングというものがどのようにサポートをしてくれるのかっていう話を、
この本ではじっくり掘り下げているのかなと思いました。