実は3つ目があったんですよ。
この3つ目が夫婦関係修復においてすごい大事な役割を果たすんですね。
僕は今マインドフーネスの講座を作っている最初で、PCTとCMTの中にマインドフーネスが入っているんですけど、
マインドフーネスの習得だけに特化した講座を今作っていて、
夫婦定戦プログラムという名前で、
夫婦権利が完全に止まる夫婦定戦プログラムという名前の講座を今作っているんですけど、
その中に今回これを入れていこうと思っているんですが、
何かというと脱構築系瞑想というものがあるんですね。
注意・集中瞑想って音とか呼吸とかに集中するじゃないですか。
そこだけに意識を当てますよね。
スポットライト当てるみたいな感じですよね。
これを繰り返していくと自分のスポットライトは好きなところに操れるようになっていくので、
集中力も上がっていくんですけど、
この脱構築系瞑想、よく有名なのがビパサナ瞑想と呼ばれるものがあるんですけど、
テイラバーダ仏教という仏教から始まった瞑想で、
ブッダが悟りを開いた時に行ったのがビパサナ瞑想と言われているんですね。
ブッダの話にちょっと寄り道しちゃいますけど、
ブッダが悟りを開いた時というのは、
まずこの一番目の注意集中瞑想をやってたんですよ。
サマタと呼ばれるんですけど、まずこれをやってたんですね。
それだけでは解脱できなかったと。
なので次に始めたのはこのビパサナ瞑想の方だったんですね。
それによって悟りを開いたと言われていて、
夫婦関係修復とブッダの悟りって、
全然ちょっと大げさすぎるじゃないかって思うと思うんですよ。
僕もちょっと大げさというか目を飛ぶなって僕も話して思いますけど、
だけど近しいところがすごいあって、
実際に不関係修復できた方たちとか、
妻の態度がすごい柔らかくなっていった方たち、
男性たち、受講者の方たちは見ていると、
大げさじゃなくて下達に一歩近づいたなって思ったんですよ。
彼らの言ってる言葉だったりとか雰囲気だったりとかを聞いたり感じたりしていると、
これだったんだって僕で結びついたんですよね。
今まではすごい上手くいった受講者の方たちで、
妻との関係が修復できたとか、
奥さんの態度がすごい柔らかくなっていって、
距離がどんどん近づいていったっていう方たちも何人も出てきて、
よかった、よかったって思ってたんですよ。
やっぱりマインドフェニスト、セリフコンパッション、他者のコンパッション、
この3つだったんだなって思ってたんですけど、
だけど大事な要素が1つあったんですよね。
それが今僕が話した脱構築系瞑想と呼ばれるもの。
僕がこれについて調べたときに、
これが彼らの上手くいった人たちに共通する要素だったんだなって。
彼らはこれによって下脱に一歩近づいたから、
妻への執着を手放して、
夫婦関係が緩やかに変わっていったんだなって気がつけたんですよ。
なんかすごい大げさに聞こえるかもしれないし、
そんな大したことできないって思うかもしれないんですけど、
僕は難しくないと思ってて、
難しくないと思ってたんですよ、これ。
道は普通にあるなと思ってまして、
その道をちゃんと作って、
誰もがこの道を歩けるようにしようと今思ってるんですよね。
そのために今新しく講座を作ったりとか、
PCTの講座とかCMTの講座って毎回作り直してるんですけど、
絶対道があるんですよ。
これちゃんと整備して誰もが歩けるようにしようと思ってて、
その大きなヒントの1つが脱構築系瞑想、
Vipassana瞑想だったんですね。
これ何なのかっていうと、
難しくないので大丈夫です。
簡単にできるように話をしていくんで、
もし難しかったらコメント欄とかお便りですね、
お便りフォームから送ってください。
また深く解説をしていきます。
これ何かっていうと、
1つ目の注意集中瞑想、音とか呼吸とかに集中するというのは、
1つのものだけに集中しますよね。
スポットライトポーンと当たるみたいな。
そうじゃなくて、この脱構築系瞑想っていうのは、
全体にライトを当てていくんですよ。
部屋のシーリングライトみたいな感じで、
パーンって部屋全体をパーンって明るくさせるみたいな感じなんですよね。
自分の心の中にそのシーリングライトを
ポッとつけてパッと照らすんですよ。
そうすると自分の部屋の中っていろんなものがありますよね。
机があって、パソコンがあって、
マウスがあってとかいろんなものがある。
もしくはオフィスで働いている人だったら、
目の前に別の同僚が座っていて話しかけられたりとか、
もしくは話していて声が聞こえてきたりとかすると思うんですよ。
人がわさわさ歩いたりとかしている。
それが目の中全体に見えますよね。
これは見るともなく見るんですよ。
それ全体に対して意識が見えないみたいな形で。
例えば、これ僕の先生がおっしゃっていたんですけど、
格闘技のレディー状態とおっしゃっていて、
何なのかというと、
空手だったりとかボクシングとか、
相撲でも何でもいいんですけど、
テニスでもいいかもしれないですけど、
自分が何か構えていますと。
空手にしましょうか。空手にして自分は構えていて、
試合が始まりましたと。
試合が始まって、始まった瞬間、
お互いどういうふうに相手が出てくるのかって様子を見ますよね。
相手がどういうふうに手を打ってきても、
ジャブを打ってきても、右ストレートをかけてきても、
蹴り技をかけてきたとしても、
何が起こっても自分が動けるような体の状態にしておくわけですよ。
常に体が動けるように。
右へ避ける、右へ避ける、左へ避ける。
隙を見てパンチを出すとか、
何でもできるような体の状態に整えておくわけですよね。
これに近いんですよ。
常に準備ができていて、
何が起こってもパーンと動けるようにしておく状態。
そういう状態を保ったまま、
この全体集中瞑想というのは、
自分の心の中にどういった思考とか感情が
ふっと湧いてきたのかというのに意識が向けるんですね。
ビー・パーソナル・ミューソンの教科書という本があって、
めちゃくちゃ面白くて今読んでるんですけど、
呼吸に注意を向けながら、
自分の心の中に湧いてきた感情・思考について
ポッポッポッと意識を向けていくみたいな感じなんですけど、
別に呼吸意識を向けなくてもいいらしいんですよね。
ただ自分の心の中をそういったレディ状態、
常に構えている状態、
何が起きてもパーンと受け止められるような状態。
自分の心を見つめてみると、
そうすると、
しばらくは集中できると思うんですよ。
自分の心の中に集中する。もしくは自分の呼吸に集中する。
しばらくすると、
昨日妻からまた怒られたとか、
また無視されたとか、
もしくは女性だったら、
昨日も夫がイライラしてて、
私もイライラしちゃったとか、
あなたはなんでこうなんだろうとか、
もしくは妻がイライラしてて、
俺もイライラしてきて、思い返したらまたイライラしてきたな、
みたいな気持ちになったりとか、
もしくは全然妻が話をしてくれない、
無視ばっかりしてくる、苦しい、寂しい、つらい、
落ち込んでくるとか、
っていう気持ちが心の中にポンポンと浮かんでくると思うんですよ。
ポンと浮かんできたら、
それをつかむというか、
それに対して注意を向けるんですね。
今自分寂しさを感じたな、
無視されたということで寂しさを感じたなとか、
妻がドーンと怒ってきたことで、
イライラしを感じてまた思い出したな、
そこに注意を向けるんですね。
その感じで飲み込まれない。
ただ注意を向けるだけ、ただ観察する。
こうやって自分は怒りを感じたんだな、
今こうやって自分は寂しさを感じたんだな、
ただそこに注意を向けて観察する。
しばらく観察をしていくと、徐々にその気持ちが薄らいできます。
飲み込まれずに大きくならないので、
注意を向けて観察するだけだと、
感情に大きくならずに飲み込まれないので、
徐々に消えていくんですね。
それをずっと繰り返すんですよ。
きっといろんな気持ちとか考えがポンポンポンポン、
風船が空に向かって飛んでいくように出てくると思うんですよ。
でもその一個一個にポンと言って、
こういう感じがあったなとか、こういう気持ちがあったなとか、
こういう思考が今浮かんできたな、
ただ見て、ただ注意を向けて、ただ観察するだけ。
そうするといずれ消えてきます。
空に浮かぶ雲が風に流れて消えていくように、
自分の思考や感情の揺らぎというのは消えていきます。
そうすると、
この世のすべてのものは、
形を変えてどんどん変わっていく。
何一つとして固定化されたものはないんだ。
ルフの関係性においてもそうだろう。
恋愛して、
結婚して、子供が生まれて、
その家庭の中でお互いの相手に対する気持ちや、
その人の人生への考え方とか、
といったものは、
それだけその時の自分の環境だったりとか、
人との出会いなどによって、
どんどん変わっていく。
何一つとして固定化されたものなんかないんだ。
人の気持ちというものは揺れ動き続け、変わり続けるものなんだな。
と思えてくると、
そこに執着をすることがだんだんなくなってくるんですよね。
だって意味がないですから。
変わり続けるものに対して、こうあるべきだとか、
こうしなければとか、こうしたいとか、
という執着とか、自分のエゴだったりとか、
欲望とかにからくる、
このままでいたいとか、これを手に入れたいとか、
こういう風になってほしいとか、こういう風に考えてほしいとか、
こういう風にしてほしいとか、
そういった願望自体が意味がないんだ。
相手の心はどんどん変わっていくし、
自分の心もどんどん変わっていくし、
この世の中で何一つとして変わらないものというのは存在しないんだ。
すべてのものは変わっていく、いつかなくなっていく。
そうなると、そこに執着を引き続けることに
何の意味もないんだな、ということに
気がつけるようになってくるんですよ。
これをすごい修行しまくっているのがお坊さん。
このダス構築系瞑想を極めると、
この世のすべての執着が解き放たれて、
心の平安の境地に至ると言われているんですね。
これは下達なんですよ。
執着を手放すのが下達。
心の平安の境地に至るというのが
ニハンに至ると言われていて、
ブッダが通った道がそれと言われています。
仏教のお坊さんたちがやっている修行はまさにこれですね。
執着を手放して心の平安の境地に至る。
下達をしてニハンに至るということですね。
これは結構有名ですよね。
仏教系のお坊さんたちがやっている修行というのは
下達することみたいによく言われるので、
そのための方法がダス構築系瞑想で、
有名なのがビパサナ瞑想というものだったということなんですね。
これが夫婦関係修復において
すごい大きなヒントというか
道の一つだなって僕は気がついたんですよ。
これだったんだって。
うまくいった人たちを観察すると
これができてたなってすごい思ったんですよ。
なんでこれが夫婦関係の修復と関わってくるかというのを
ちょっと順を追って話をしていきますけど、