【福山大学心理学科准教授 中野美奈先生】こんにちは、夫婦関係学ラジオのアツです。このポッドキャストでは、様々な夫婦の葛藤をサバイブするためのナレッジをお伝えしていきます。
今回も福山大学心理学科准教授 中野美奈先生にお越しいただいています。中野先生よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日も中野先生の研究室でお話を伺いしていきます。
今回はですね、夫婦がお互いにマインドフリーになるにはどうすればいいのか。
夫婦関係の修復においてマインドフリーが果たす役割は一体どういったものがあるのかというのをお聞きしていきたいなと思っています。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さっき雑談でいろいろ話をしている中で、もうすでにいろいろ答えが出てきたんですけど。
そうですか。
そのあたりの話をちょっとお聞きしていきたいんですけど、その夫婦関係がすごい悪化しているときで、
例えば妻がすごく不機嫌だったりとか、口をきいてくれないとか、挨拶をしても全然返事がないとか、そのリアクションが薄いとかっていうのがあると、
男性側はついなんでそんな態度なんだとか、口をきいてはどうなんだとか、子どもだって見てるんだぞっていうふうに怒りで反応しちゃうってことが結構あって、
それで関係がさらに悪化していくってあったりするんです。
僕は聞く話は結構そういうのが多いんですけど、そういうふうな夫婦関係が悪化している状況で、マインドフルネスを使って夫婦関係の修復していくっていうときに、
どういうふうに役割を果たしていくのかなって、先生はどういうふうに思われますか。
夫婦関係でマインドフルネスが役に立つってなると、まず感情のコントロールが上手になるっていうのはあると思うんですね、お互いに。
口に出す前にマインドフルにしっかり考えてから、反応して相手が何か言ってきたからそれに反射でパッと返すんじゃなくて、
しっかり考えてから反応じゃなくて対応ができるようになるっていうのもあると思います。
反応じゃなくて対応なんですね。その違いについて教えてもらってもいいですか。
やっぱり反応しちゃうときってマインドフルには慣れてないですよね。
何もしっかり考えずに自分の頭の中に浮かんだ考えとか感情とかに気がつかないまま、パンと外に出しちゃってる状態ですよね。
なんだそれ、どうなってんだとかいうことですね。
対応っていうのは相手が言った感情で反応せずにきちんとその言葉の意味とかを考えた上で言葉を冷静に返していくっていう。
考えて自分の中でどんな感情が生まれているのか、自分は何を考えているのかっていうのをしっかり一旦考えて、
で、じゃあ何を伝えようかっていうのを選んで言葉にする。
なるほど。
じゃあそのときに、例えば妻が何か言われて自分の中に怒りの感情とか焦りだったりとか恥ずかしさだったりとかっていう感情が芽生えてきたりとかすると思うんですけど、
それが感じること自体は悪くないってことですか?
そうですね。ネガティブな感情は全然悪いものじゃないですよね。
それに逆に目を向けようとしなかったり、ないことにしちゃったりとか、抑えつけようとしたり、そういうことは全然する必要ないですよね。
なるほど。出てきた感情、自分の感情をしっかりと受け止めて、で、選ぶというのは相手に何を伝えるのか。
例えば、それは何なの?こういうふうに。で、そのときに自分の一時感情を伝えちゃっていいものなんですかね。
それを言われると悲しいなとか、それを言われると情けなく感じるなとか。
で、向こうとしては、いやそれあんたの勝手な感情でしょみたいなふうに言われきれなかったりするなと思うんですけど、難しいですね。
どういうふうに対応したらいいでしょうね。
相手を反射的にせめる、やっぱり口喧嘩するときって、あなたは何々だよねみたいな、相手のことに対する決めつけだったりとか、相手ばっかり焦点が当たっちゃってるのを、
私はこういうふうな感情があるっていうのを伝える。
まあ、喧嘩してるときだから怒りっていうのはすごく強く出てるけれども、
怒りの裏に隠れてる、すごく傷つきやすい感情、悲しみだったり焦りだったり不安だったり、
そういうものにしっかりマインドフルに気がつけるし、そういうものがあるんだっていうことを否定せずに受け入れられるし、
そしてそれを怒りではなくて、ちゃんと上手に伝えることができるっていうのは大切かなと思いますね。
怒りでは反応しないってことですもんね。
そうですね。
よくあるのが、そういったフル関係がすごい悪化しすぎてると、
あんたが寂しいって言っても、それあんたの勝手な話で、私には関係ないでしょみたいな、ピショってこう、
なんちゃいけない質問があるんですけど、そういうのはどうしたらいいんですかね。
それはもう、相手のことを相手の世界に領域になってしまうので、そこは仕方ないですよね。
その伝えることは伝えるんだけれども、それを相手がどう受け取るかまでは、こっちはコントロールできないので、
こっちができることは、ちゃんと伝える、分かるように言語化して伝えるっていうことまでが、こっちの責任だと思うんですよね。
あとそれに対してどう思うかは、相手の自由なんで。
コントロールできないですよね。
こういうふうに受け取れっていうところは、コントロールしちゃいけない部分ですよね。
あ、そっか。そういう期待があるのかもしれないですね、もしかしたら。
自分が妻に対して、妻が冷たい対応を取ってきて、で、こっちが冷たい対応を取られて、
イラッとするんだけど、イラッとした気持ちを抑えて、すぐにサラヤと悲しいからやめてくれるかなって言うときって、
それに対して相手がやめてくれるんだろうっていう期待があったりとか、
そういうふうにしてほしいっていうニーズがあったりとかするんですけど、
夫婦ならどうしてもそういった相手に対する期待とか、自分の願望、ニーズってどうしても出てくるじゃないですか。
他人に対したら多分ないと思うんですよ。
見ず知らずの他人に対して、僕の気持ちを受け止めてほしいなとかってあんま思わないじゃないですか。
だけど夫婦だとどうしてもそういうふうになりがちだと思うんですよ。距離が近すぎるから。
こういった相手に対する期待とか、自分の中のニーズとかになって、どういうふうに付き合っていったらいいんでしょうね。
相手のまず感情をコントロールすることは無理ですし、
お互いの感情はちゃんとしっかりもうマインドフルに見てリスペクトしないといけないところなので、
そこを変えるっていうよりは、期待っていうのは行動に対する期待になるかなと思うんですね。
それはしっかり言葉で具体的に伝える必要があるかなと思うんですね。
何をしてほしいとか。
そうですね。
例えばもっと思いやりを持ってとか言われても、具体的に何が思いやりかっていうのも人によって違うじゃないですか。
だからそこは具体的に何々をしてくれるかなっていうのを言わないといけないし、
果たしてそれがちゃんと相手に伝わってるだろうかっていうのもマインドフルに考えたほうがいいし、
この相手にしてほしいなって思ってる行動は、相手にとって可能なのかどうかっていうのもしっかりマインドフルに考えてから言ったほうがいいし、
これは相手に不可能かなって思ったら、その期待値を下げて、相手にとって許容できそうな行動をお願いするしかないかな。
そっか。それは自分の感情に対してマインドフルになるだけじゃなくて、妻の感情に対してはマインドフルになってるってことですよね。
そうですね。で、そこは否定しないっていうことですね。
否定しがちになっちゃうのかもしれないですね。何とかするべきだろうとか、何とかするはずだろうとか言い通しては思っちゃうけど、
今の妻の感情をマインドフルに観察してみる。他者の感情をマインドフルに観察することって、これはどういうふうにすれば見えてくるんですかね。
でも、普段からお互いに共感し合うっていうのは夫婦にとってすごく大切ですよ。
悲しんでる人に対して、悲しむなよとか泣くなよとか言うのも感情コントロールしようとしてるわけじゃないですか。
でもしっかり悲しんだねっていうのは理解したほうがいいし、そこはマインドフルに悲しみっていうのを感じる時間っていうのも大事にしてあげたいです。
そうですね。悲しんでるとか寂しがってるっていうのが伝わってなかったり、表現してなかったりすることがあるのかなって思うんですよね。
例えば、妻がすごく忙しい時期に家賃もあって、育児もあって、仕事もあってとても忙しい。
夫は仕事ばっかりしてて、家賃、育児の方にコミットしてくれない。私はこんなに大変、あー大変、あー大変、あー大変、こんなに大変なのにこの人何もしてくれない。
伝えればいいんだけど、自分がやらなければいけないとか、私は妻だからって自分は芝居つけて何か言わなかったりする。
言わなかったりすると喉が溜まっていくわけですけど、そうなると夫側も妻の感情にマインドフルに気づけないんじゃないのかなって思うんです。
言わない、ただなんか機嫌が悪いだけになってきたりするので、そういう時に同性が引き出せるものなんですかね。
他者の感情を引き出せるものなんですかね。会話の中に出していくんですかね。
聞いてみるのはもちろんありじゃないですかね。
何か疲れてるとか、何か怒ってるとか、もうストレートに聞くのはありだと思いますね。
そのまんま怖がって聞けない、聞いてないだけかもしれないですね。
普段からマインドフルに、例えば相手の感情を否定しないとか、人格のジャッジ、目と決めつけをしないとか、
そういうのを意識してれば、そのうち妻の方ももしかしたら話してみようかなっていう気になるかもしれないし、
この人だったら聞いてくれるかもしれないとか、決めつけをせずに、頭ごなしに否定してこないかもしれないとか、
そういう思考になっていくかもしれないですよね。
安心感が感じられるか、完全安心を感じられるか。
言っても大丈夫かなっていう安心感ですね。
実は僕のリスナーさんから質問をいただいてまして、
家庭だけで学ぶわけじゃないので、
お友達との喧嘩を通して成長したり、
その喧嘩をどうやって乗り越えて仲直りするのかっていうところで、
いろんなことを学んだりとか。
確かにそうですね。
セルフコンパッションのトレーニングをしているときにたまに出る声なんですけど、
慈悲深くなる瞑想のエクササイズだったりとか、
自分が慈悲深い存在であることをイメージしてみるとかっていうエクササイズの瞑想があるんですけど、
理想の他者をイメージしてみるとか、
自分の中に慈悲深さを深めていく、感じるようにするっていうワークをするときに、
今まで自分が慈悲深い存在にあったことがない。
例えば、両親がずっと喧嘩していて、仲が悪かった。
会社でも上司がパオハラで、パオハラ全盛期で、殴り切る当たり前の世界だった。
そんな中で、ただに優しくしよう、コンパッションを持とうって言われたときに、
誰をお手本にしたらいいんだろう?って悩む話を聞くんですけど、
こういうときはどうしたらいいんですかね?
そうなったら、身近な人でなくても、
例えば、漫画の主人公でもいいと思うんですよね。
映画の登場人物でもいいですし、小説に出てくる人でもいいですし。
架空の存在であっても。
いいと思いますよ。
他、芸能人でもいいですし、昔の偉人とかでもいいですし。
それは具体的にイメージがしやすいかなってことですか?
そうですね。
そういった憧れの人とか、尊敬できる人っていうのは絶対いると思うんですよね。
身近な人じゃなくてね。
例えば、僕がたまにネイン出すんですけど、マンデラ大統領だったりとか、
ガンジーだったりとか、言語牧師だったりとか、
あと、すごいカジュアルなネインで言うと、
例えば映画俳優、僕ドウェイン・ジョーソンっていう俳優が好きなんですけど、
とか、最近あったインスタのアカウントとかでも、
なんだろうな、そういった存在でも構わないってことですか?
そうです。その人だったらなんて言ってくれるかなとか、
その人だったらどう振る舞うかなっていうのをイメージしてみるっていうのがとてもいいと思います。
こういう、今この状況だったら、彼はなんて言うかなってイメージするといいですね。
なるほど。
なんて声をかけてくれるかなとか、
彼自身が同じ体験をしたら、彼はどういうふうに行動していくかなとか。
確かにそういうものと漫画とかはすごいイメージしやすいですね。
ストーリーがありますもんね。
それだったらすごいやりやすいですね、たくさんの人に。
なるほど。分かりました。ありがとうございます。
もう一つ質問がありまして、
それが瞑想のトレーニングの質問だったんですけど、
瞑想を、マインドアフリネスの瞑想を、
近かったら教えてほしいんですけど、
注意力をコントロールする訓練と解釈すると、
自分が一番集中できないもの、
この方の場合は自分の体の感覚に敏感になる瞑想が
集中できないということだったんですけど、
こういうふうに苦手なものをやるのがベストな気がするんですけど、
集中を継続する訓練と解釈すると、
一番集中できるもの、
彼の場合は音の瞑想なんですけど、
これがいい気がするんですけど、
どういうふうに解釈すればいいでしょうかって質問でした。
マインドアフリネスは注意力をコントロールする訓練っていうよりは、
気づき続ける練習になるので、
最初は集中しやすい対象から始めたほうが続けやすいと思うんですね、継続が。
慣れてきたら苦手なものにもう少しずつ意識を向けてみたら、
自分の心がどう動くのかなっていうことにも気づきやすかったりするかなと思う。
気づき続ける訓練なんですね。
それはすごい大きな発見でした。
自分の感情の動きに気づくっていうことですよね。
それたらそれたことに気がつくっていうのが大事なんで。
これって、自分の感情に敏感になりやすくなる。
自分の感覚とか、何を考えてるかっていう思考とかに気がつきやすくなることで、
自分の日常生活の中で感じる、
わっと湧いてくる怒りの感情あったりとか、悲しさあったりとか、寂しさあったりとか、
っていう日常生活の中でも気がつきやすくなるっていうことなんですか。
繋がってるってことですかね。
繋がってますね。
日常生活でも気がつきやすくなるし、それた時にも気がつきやすくなるので、
働いてる方だったら仕事中に、どこかに気がそれってしまったらそれに気がついて、
またそこから今やっている作業にスッと戻りやすくなるっていうのもありますね。
これすごいね、仕事をする上にすごい大事だと思うんですけど、
企業の中であんまり重要視されてないような、
そうですね。
いいですよね。
論理的指向トレーニングだとか、
パワーポイントの作り方とか企画書の作り方とかはセミナーよくありますけど、
気づきに気づき続けるトレーニングとか、なかなかないですよね、企業に。
それの方が大事なような気がしますよね。
そうですね。感情に飲み込まれないっていうのは大切ですよね。
しかも夫婦関係に戻りますけど、夫婦関係の中でも自分が今感じている、
例えば妻と対している時に、自分の心の中に残っている感情が何なのか、
怒りなのか、悲しさなのか、情けなさなのかっていうところに敏感になれると、
自分が反応じゃなくて、自分のアクションを選べるってことですね。
そうですね。
まずはその、腹立つわとか、あいつみたいなところで、
ぐるぐるその感情に飲まれるっていうことがなくて、
なるほど。
で、傷つきがあるなーってなったら、それをもうしっかりコンパッションを向けてあげる。
自分に対して思い入れを向けていく。
自分に対して思い入れを向けるにはどうすればいいんでしょうね。
セルフコンパッションの話になりますけど、先生にとって自分に対して思い入れを向けるっていうのは、
具体的にどういう風にすればそれってできるようになると思いますか。
そうですね。自分にどういうところで難しさ感じますかね。
例えばですけど、そういう風に感じてるなーっていう自分に対して、
客観的にそういう自分を慰めてあげたいとか、声をかけてあげたいとか、
っていうのがまず慣れてないっていうのはあると思うんですよ。
なるほど。
自分に声かけるってどういうこと?っていうのがまず一つあると思いますよね。
例えば、日記を書くっていうのはおすすめかなと思います。
寝る前に一行とかで、自分、なんていうか、
声をかける。
そうですね。優しく声をかける。
できたら、よかったことでもいいし、感謝できることでもいいですし、
そういう感謝の気持ちから入っていくのもありかなと思うんですね。
結局、自分にコンパッションを向ける脳の部分と、
誰かにコンパッションを向けるっていうのとか、
誰かからコンパッションを受け取るっていうところって、
結局、同じ脳の部分が働いてるので、
とっつきやすいところからでいいと思うんですね。
もしかしたら、人に対して優しくする、
コンパッションを向けるっていう方が、やりやすい人もいるかもしれないので、
そうしたら、人に親切にするっていうところを、
一生懸命やるところからスタートしてもいいと思いますし、
感謝をする、感謝日記をつけるっていうところからスタートしてもいいし、
自分に対して優しい言葉をかけてあげる、
親友だったら何て言ってくれるかなとか、
例えば漫画の主人公、憧れている主人公がいるとしたら、
主人公だったらどう言葉をかけてくれるかなっていうのを想像してもいいし、
できるところからでいいと思うんですね、やりやすいと。
他者に対するコンパッション、他者から受け取るコンパッション、
自分から自分に対するコンパッションの脳の同じ部位が反応してるから、
どれかやりやすいものをやっていくと、
セルフコンパッションもやりやすくなって、高まってくる。
例えばですけど、これも同じやり方になるかもしれないですけど、
自分に対して優しくしようとすると、
甘えっていうふうに感じるとか、そんなことダメだろ、
なんかちゃんとしなきゃダメだろっていう、
甘えと何が違うのって思う人もいると思うんですけど、
セルフコンパッションと甘えの違いって何だと思うんですか?
甘え、セルフコンパッションイメージすると、
愛のある親って割と言われるかなと思うんですけれども、
愛のある親。
愛のある親って子供が悪いことしてたら、ちゃんと叱るじゃないですか。
夜更かししてたり、ゲームやりすぎたり、
体に悪いものものすごく食べてたりすると、
そこは改めようとしますよね。
ただ、愛情があるじゃないですか。
コンパッションもそれと一緒で、
甘やかすことイコールコンパッションではないので、
励ましながら、上手に励ましながら、
一緒に走ってくれる伴走者っていうかね。
なので、自分に厳しい人っていうのは、自分を攻撃するわけですよね。
そうすると、自分に対する攻撃でも傷つくじゃないですか。
そうしたら、例えば体だったら殴られたら、
もううずこまっちゃって、そこから立ち上がって走るのって難しいですよね。
殴られたら、もうはーって倒れちゃって、
そこから立ち上がれないですよね。
コンパッション、セルフコンパッションだと、
それを慰めて、これから一緒にどうしたらいいか考えようって言って、
一緒に前を向いて走り出して助けをするっていうことなので、
自分に対して甘やかすのとは違うかなと思います。
自分に対して愛のある親的なアクションを取るんですね。
そうですね。
スポーツで言うと上手なコーチかもしれないですけれども。
そうそう。厳しいだけじゃなくて。
厳しいだけじゃなくて、励まして前向きな気持ちにさせて、
一緒に同じ方向を向いてくれる。
コーチングみたいですね。良いコーチみたいな。
そうですよね。そういうイメージかもしれないですね。
セルフコンパッション、甘えだというふうに思ってしまう場合は、
そうじゃなくて愛ある、愛のある親っていう感覚で自分のことを見てみる。
自分が不思議ですね、そうやって。
親である自分が、子である自分を愛情深く接するみたいな感じになります。
不思議な感じですね。
分かりました。多分そういったところで抵抗を感じる人多いと思うんですよね。
良いかもしれないですね。
なるほど。ありがとうございます。
そっか。OKです。
じゃあ、スポーツ関係、そうですね。そっか。でもそうですよね。
反応しないっていうのが一番ともですよね。
そうですね。
対応するっていう。
あと相手を変えるとか、相手に対する期待とかに絶対存在するけど、
相手を無理矢理変えようとするんじゃなくて、
その妻が感じている感情をマインドフルに感じていく、探っていくっていうのが大事だってことですね。
そうですね。感情を理解して、その感情をコントロールしようとはしない。
例えば、怒るなって言ったって怒りって自然に出てくるものだから、怒るなって言われても無理じゃないですか。
悲しむなって言われても涙が出てくるものはしょうがないじゃないですか。
なので、変えようとするんじゃなくって、行動をお願いする。
やってほしい行動をお願いするだったら、ありかなと思うんですよね。
なるほど。感情を変えるんじゃなくて、行動を変えてもらうってことですね。
そうですね。
なので、それを伝えるときには、相手の心に届くような反応じゃなくて、対応的なスタイルで言葉と態度を選んでいく。
まずは、そのやってほしい行動にしても、相手に具体的に何を期待しているのか、何をしてほしいのかっていうのが、
そもそも分かってなかったりするじゃないですか。
もう感情的な怒鳴り合いになっちゃうと、結局行動として相手に何を求めているのっていうのが分からないですよね。
なので、たとえば、もっと私に愛情を持ってよとか、もっと思いやりを持ってよっていうふうに言ったとしても、
その思いやりって具体的に何をすれば感じてもらえるのかって、人によって違うと思いますしね。
ものをくれたら思いやりって思う人もいるかもしれないし、