この曲聴いたからだけじゃないですけど、
やっぱり今を生きるので精一杯になってくると、
コントロールするのって今しかできないというか、
今目の前で起きていることで精一杯っていうのは多いと思うんですけど、
やっぱり自分って自分の人生の漢字だなって、
ちゃんと思わなきゃいけないなって結構思い始めているところがありまして、
こうしたポッドキャストで配信している様子っていうのは、
ある種他の媒体と違って生き様を語っているようなものじゃないですか。
YouTubeとかInstagramとかTikTokみたいな派手な装飾っていうのはあんまりされる方も多くなくて、
ありのままを語っている方が多いかなと思っているんですけど、
それが結構YouTubeとかと違うポッドキャストの良さだと思っているし、
魅力だと思っているんですよね。
だからこそやっぱり人生に目が行くって言いますか、
このエピソードを重ねて、僕だったら約5年ですよね。
連綿とエピソードを紡いできたわけですが、
この1ヶ月ほど実は自分で今、
これに時間を注がないと後悔するなということがありましたので、
1ヶ月分ほどポッドキャストのエピソードストックを作って、
ポッドキャストやノートとかブログですよね。
こういった創作活動から離れる8月を過ごしていたんですけど、
その中でやっぱり思ったんですよ。
結果としてこのポッドキャストを含めた創作が続いていたけれど、
それはやっぱり振り返った時にそう見えているだけで、
自分の人生っていう目線では、
十分に未来に向かって舵取りできてなかったなって思うんですよね。
でもそれって、冒頭もありますけど、
普通だと思うんですよ。
だってみんな毎日忙しいじゃないですか。
もう今を生きるのに精一杯だし、
仕事とか格業とか皆さんが毎日暮らしていく中で、
目まぐるしく社会は変わりますけれど、
それでも今を生きるのに精一杯だなと思うこと、
よくあるじゃないですか。
だからなんでしょうね。
それもあって、この照明っていう曲のフレーズである
お前は人生の漢字なんだっていうところですよね。
そこが自分に刺さったといいますか、
俺は本当に俺の人生の手綱を握れているのかなって思ったんですよね。
5年もやっていればいい年齢になってくるわけですけれども、
人生について考えることってやっぱり増えてくるわけですよね。
ただ学問とか仕事をしていればいいだけではないし、
ただ毎日何も考えずに過ごしていて何とかなるわけでもないし、
なんかみんな人生うまくいっていて、
場合によっては家庭を持つ方もいれば、
場合によっては仕事バリバリやっている方もいれば、
場合によっては趣味がすごく充実してすごい成果を出している。
成果というか正しいかわかりませんが、
充実した人生を送っている方も多いっていうのを見ていくと、
なんか毎日、
昨日のあの行動って実は何かの可能性の分岐点だったんじゃないかなとか、
思うことも増えたんですよね。
なんかそういう意味ではやっぱり、
あの時適当にやっちゃったけど、
俺って自分の人生をちゃんと感じとして見てないから適当にやっちゃったのかなとか、
もうなんかそれもそれでなんか毎回そうするのも違うとはもちろん思うんですけど、
やっぱ自分の人生なんだよなっていうところをちゃんと持てないといけないんだろうなっていう時間とか機会っていうのが、
まあ増えてきてるなっていうのは思いますね。
まあ葛藤だと思うんですよそういうのって。
皆さんもあるかもしれませんが、
まあでも悩むことこそが人生なんだろうなっていうのは思いますよね。
でまあ何はともあれなんですけど、
人生を感じするって何なんでしょうね。
ちゃんと言葉を考えるっていうのも大事だと思うんですけど、
例えば飲み会の感じっていうワードがよく紐づくというか、
まあだいたいそこでしか使われない可能性もあるんですけど、
まあ飲み会の感じの役目って振り返ってみたときに、
開催目的を決めて、参加者を決めて、会場、レストランを決めて、
それを開催するために必要なスケジュールを立て、
そして適宜出血を取ったりとか、開催のアナウンスをしたり、
当日になれば当日の案内とか飲み会の進行をして、
場合によってはなんか皆さんを盛り上げるための出し物、プレゼントとかそういうのもして、
そしてもう竹縄になり就勤をするみたいな順のプロセスがあるかなと思うんですけど、
これ列挙してて気づいたんですけど、
ポッドキャストのイベントと同じだと思っていて、
これ僕のやってきたことだと思ったし、
これ僕の結構好きなことじゃないのって思ったんですよね。
なんかみんなで楽しくワイワイ盛り上がるために何か企画をして、
皆さんに来てもらったりとか、場合によっては一緒に何か出したりして、
そしてみんなでとりあえず楽しむっていうところですけど、
なんかこれって僕の好きなことだというふうになると、
人生を感じするというのは、人生をポッドキャストイベントのように楽しむと、
まあ捉えられなくはないなと思っていて、
なんかその瞬間僕の頭の中で火花が散ったというか、
電球が頭にひらめくときにバカーンってなるのと一緒なんですけど、
感じするってめちゃくちゃさっきまですごい、
俺は俺の人生をコントロールできてるのかとか、
もっと可能性のあった瞬間をちゃんと捉える必要があるよねとか思ってたんですけど、
いやそうじゃなくて、もっとなんかワクワクしながら前進んでいいんじゃないのって、
なんか楽しくなってきちゃったんですよね。
やっぱりポッドキャストのイベントとかは大人の文化祭的な側面もあるから、
なんか人生を感じするのも重く捉えすぎず、
悪くないんじゃないのっていうふうになんか思えてきましたと。
ワクワクする自分の人生、そして未来を感じするというのは、
そんな感じの前方向にはやっぱりポッドキャストを含めて引き続き楽しんでいきたいんですよ。
すごいいい感じで着地ができたなと思っているんですけど、