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スピーカー 1
でも人気なんですよね、あんな重いですけど。
スピーカー 2
まあ、原作の方はまだ未完ですけど、ちゃんと続いてるっぽいですしね。
スピーカー 1
そろそろ終わらせたいらしいですけどね、作者の方は。
やっぱり連載って大変なんだなって。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
何から話そう?
スピーカー 2
じゃあ、なんだろうな。
なんか私が、なんでエースで、要するにこう、もともとダーウィン事変がそのね、エースの中でもなんかちょっと話題になってね、
あとヴィーガン界隈とか、動物倫理界隈の中でも漫画が出た時もちょっとこう話題になったというか、
なんか種差別という言葉とかヴィーガンという言葉が名刺的に使われていたりして、
すごい印象的、なんかそういう娯楽作品の漫画とかのサブカルチャーで、
そういう表現が名刺的に出てきて、それがウケてるっていうのってすごい珍しかったと思うんですよね。
で、それでいざ、じゃあ見てみて、どうかなっていうところがやっぱ気になるところだったんですけど、
なんか私、それこそ見終わった後にすぐ、村田さんにその感想をすぐ送ったんですけど、
なんか、動物倫理やってる人としてはそういう概念が広まってくれるのはとってもいいんですけど、
それの観点からするとちょっと悩ましいなって思ってて、
まず4つあるんですけど、1つ目はさっきも言った通り全体的に暗いんですよ。
なので、面白い、すごい興味深い作品なんですけど、
ちょっと人に勧めにくいなっていうところが、人を選ぶかなっていうところがまずありました。
で、2つ目は、その作中の中でヴィーガンのほとんどは基本的にテロリスト側なんですよね。
で、善良なヴィーガンとして描かれるのって、主人公というか、
人とチンパンジーの後輩した個体であるチャーリーの両親、保護者の両親だけだったんですけど、
すごいその点で描写がアンバランスというか、
なんかそのテロリスト以外、そしてチャーリーの両親以外のヴィーガンの描写がほとんどなかったかなっていうふうに思っていて、
それはちょっとこう、なんかアンフェアというかアンバランスというか、なんかすごい不公平だなっていうふうには思いましたね。
で、しかもね、その両親も、これネタバレありで全然話しますけど、
スピーカー 1
はい、話しましょう。
スピーカー 2
両親も死んじゃうしね、殺されちゃうし、一気に最後に。
もうちょっとね、なんかじゃあ善良なヴィーガン、もうチャーリーぐらいしかいないじゃんみたいな。
スピーカー 1
描かれない、こっから。
スピーカー 2
そうそうそう。
スピーカー 1
だいぶ不利だなぁ。
スピーカー 2
そう、だいぶ不利なんですよね。
スピーカー 1
全部の存在を一とカウントするただのワンダーみたいな話が結構ずっと出てきたから、
めっちゃ等しくカウントしてるな功利主義者としてとか思ってたけど、
確かに。
キムとかはもうこれっぽっちも感じてない感じですよね。
あれ見てて、今度たけしたさんに会ったら、
功利主義って積極的に公理を最大化するために行動すべき、
個人個人が行動すべき、チャーリーも行動すべきってことになるんですかねみたいなのを聞こうと。
アニメ見ながら思ってたんですけど。
スピーカー 2
なりますね。
スピーカー 1
カウントは平等にするっていうのがチャーリーだけど、積極的に最大化するわけではない。
この俯瞰で見てっていう。
そうですね、確かに。
冷徹な感じで。
でもちょっとずつ功利主義に突き動かされるとかではなってないですけど、
ちょっとずつ人間味というか、
ルーシーとか大事にしたいとかそういう個人的な感覚が芽生えてきてますねみたいな
描かれ方かなと思って。
スピーカー 2
大人成長期って言ってましたもんね。
スピーカー 1
そうだそうだ。
どうなるんだ本当に。
ここから。
スピーカー 2
チャーリー思春期になったってことじゃない?
スピーカー 1
そういうのもあんだーと思って。
驚きの。
ね、ありましたね。
ルーシーとの場面とかもね。
おー、そうなんだ。
神秘って言うんだとかね。
なんだけ人間の社会で生きてきて。
スピーカー 2
そっか。
でも結構チャーリーずっと学校行ってなくて、
スピーカー 2
で、その両親としか話してないし、
スピーカー 1
それはそうだ。
スピーカー 2
なんだっけ、なんかその事件が起こった後、割となんか本すごい読んでたじゃないですか。
で、あれ全部学術書というか研究専門書で、
だから、そのチャーリーが持ってるボキャブラリー語彙がすごいちょっと固いんだと思うんですよ。
スピーカー 1
そういう社会生活をこうスムーズに進めていくようなボキャブラリーは学べてないわけですね。
それが面白いところですね、チャーリーの。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
いやー、そうだなー。
そっか、合理主義者ではなかったということで。
スピーカー 2
はい、残念ながら。
スピーカー 1
はい、残念ながら。
スピーカー 2
これで合理主義の誤解がね、さらに広まってしまうので。
リーガーの誤解も広がるし、合理主義の誤解も広がるし、みたいなね。
スピーカー 1
困ったものだ。
めちゃめちゃ合理的な描かれ方してるから、
人間のことをよく知ろうとして、不安ってどのくらい辛いものなの?とか、
辛いってことは、それは減らさないといけないってことだよね、とか言ってたりして。
積極的に回を増やしていこうとしてるのかなと思ったんですけどね。
スピーカー 2
あ、なんか、なんだろうな。
こう、チャーリーのなんか、描き方って結構、なんて言うんですかね。
どう言ったらいいかな。
チャーリーってまさにヒューマンジーで、その人間とチンパンジーのハイブリッドだっていう風に言われるじゃないですか。
で、その時にはそのチンパンジーのある特徴と人間のある特徴を引き継いでヒューマンジーになっているっていう形になってると思うんですよね。
で、そこでチャーリーに現れてる性格とかその考え方ってすごくまさに合理的で冷たくて、
で、なんかこう手段を選ばないというか、
チャーリー自身は人殺したりは一度もしてないけど、
でも結構暴力的でもある、暴力という手段を取ることは厭わない感じが結構あると思うんですよね。
で、これが人間とチンパンジーの特徴を持ってきたって説明されてそのチャーリーが出来上がってるんだとすると、
おそらくだからいわゆる人間的な理性的な知能の部分と、
そのチンパンジーのある種の霊国的なところと、
で、そのチンパンジー並みのその腕力というか力強さみたいな身体能力とっていうのが結びついているっていう形になるわけじゃないですか。
ここでだから著者が念頭に置いてるその人間像とかチンパンジー像っていうのがなんか見え隠れする感じがしていて、
その人間っていうのはそのチンパンジーよりもすごい理性的な存在でみたいな、
で、それが引き継がれていると。
でも、その霊によって人間っていうのは別に理性的な、
例えばそのケアの倫理とかフェミニズムとかそういうその他の哲学的な伝統を見ればわかるように、
そのもっと感情豊かな存在でもあるわけで、
で、実際その作品の中ではずっと人間はむしろなんかケアする存在というか、
なんかヒューマンジーのチャーリーをどうにか頑張って保護したりケアしたりしようとするし、
すごい感情的にも動いている存在として人間って描かれていると思うんですよね。
スピーカー 1
確かに。
スピーカー 2
なんかこれがなんかその著者が人間とかチンパンジーとかっていうのをどう考えているのか、
なんかハイブリッドした時にどうしてその特徴が引き継がれて、
他のその共感的な側面とか、
だってチャーリーは原理でその、
相手がどう苦しいんだかいわゆる分かってないみたいな感じの振る舞いをしているわけですけど、
どうしてその他の人間らしい特徴と言われるようなその感情的な側面とかが、
あんまり引き継がれなかったのかみたいなところは、
結構なんかこう気になるなーっていうのはなんか、
チャーリー見てて思いましたね。
スピーカー 1
最後なんか弟出てきてましたけど、
もしかしたらまた違う人間の部分を引き継いだキャラクターだったりするのかもしれないですね。
スピーカー 2
そうかもしれないですねそれは。