言語化のテーマ
それ恋だよーみたいな。 そうなの? 言語化界隈の。 言語化界隈?
ポピュリズムによって。 権力が強い。 抽象的な支持しかしない上司。 って何かに書いてあった。
言ってくれ、それ。 言ってほしいけど。
さあ始まりました、なんでも倫理ラジオです。 このポッドキャストは、動物と倫理と哲学のメディア、エースがお送りします。
進行は私、むらたです。よろしくお願いします。
はい、今日はこのお二人とお送りします。
まず、タヤさん。 はい、お願いします。
お願いします。タヤさんです。 そして、こうせいさん。
はい、お願いします。 お願いします。
はい、タヤさん、こうせいさんとお送りします。
本日のテーマはですね、言語化です。
言語にする、言葉にするの言語化。
近頃よく聞くワードかなと思っていて、ちょっと話してみたいぞということで、このテーマを持ってきました。
とりあえず話してみたいぞのきっかけからいくと、2つくらいありまして、
まず一つは、今年のエースの新刊勉強会で、参加者の方から感想をいただくときに、
パッとここで言葉にするのは苦手なんですけど、頑張って伝えます。
でも言語化しろという圧力には抵抗していきたいという思いもありますみたいな、
お話をしてくださった方がいて、そのときに、
わかる言語化圧力、なんかそういうのあるなと思って、
っていうのが一つ目でして、
で、二つ目が、お二人キングオブコントン見ました?
見ました、キングオブコントン。
やばい、見てない。
キングオブコントンのネタなんですけど、優勝したロングコートダディのネタで、
コンサル風の女性が言語化していこう、言語化してみて、みたいなキャラがあるやつがあったんですけど、
それで、シンプル、面白くて、ロングコートダディの絶妙に洗練されてない演技みたいなのが好きだなとか、
よくも悪くも、めっちゃ今の時代感じるなとかいろいろあったんですけど、
そのストーリーの中で、
言語化、言語化、言語化圧力やだとか思ってたけど、意外と良い面もこれで表現されてるのではないか、みたいな、
ちょっと思ったりして、ちょっとなんかもうちょっと考えられそうだぞっていうのが、
はい、ございましたということで、ちょっとなんかいい話題なんじゃないかと思い持ってきた次第で、
ございます。
どうですか?お二人なんか、最近言語化圧力、圧力じゃなくてもいいですけど、
言語化言われるなとか、気にしてるなとかあります?
キングオブコントのネタ
圧力か、圧力かけちゃってるかなって思う時はあります。
かける側?
会社とかでチームミーティングしてる時に、しゃべらない人とかがいたりすると、
なんか思ってるけど言えないことがあるんじゃないかって不安になって、
どうどうって聞いてしまう、ガチ感。
でも黙ってたい時もあるよなって思います。
むずい。
むずいですよ。
言語化してもらいたい側もありますね。
こうせいさんは?
そうですね、あまり最近は悩んでないけど、でも会社それこそ入ってすぐの時とかは、なんか言われたような気がしますね。
言われた?
ちょっと思い出そうとしてます。
はいはい、なんか自分のやりたいことを言語化するみたいなまず言われるんですね。
別に僕会社で言われなかったけど、
就活の時とかそういうの言われたくないですか?
それは間違いないですね。
これなんか、面接なんて、よくあったら。
まあちょっと1回あの今回のシリーズの進め方だけ説明すると、
それぞれ言語化について話してみたいトピックを持ってきたので、
順番にシェアして話し合っていこうかなと思っており、
まあ初回なのでちょっとこの話題を持ってきた私から話したいと思うんですけど、
じゃあそのコントの話から行かせてもらうと、
なんかじゃあ1回あれですね、あらすじだけちょっと説明しますと、
あの登場人物2人でコンサル風の女性さとみさんと道端でなぜか泣いてる警察官っていう2人で進行していくんですけど、
コンサルのさとみがその警官を見つけて、
その持ち前の言語化させ力みたいなので、
なんで泣いてるのとか、なんで警察官になったのとかを言語化させるんですね。
であの警察官の人が、
なんかさっき警察官なのにひったくりにあっちゃって不甲斐なくて、ふえーみたいな。
子供の時に母親がひったくりにあって、
で僕が街を守らないといけないと思ったから、
まあなったんですみたいな感じなんですね。
で、そのコンサルの、勝手にコンサル的見つけてますけど、
あのさとみの言語化スタンスとしては、
なんか最初に後輩と電話してるシーンがあって、
多分なんかそのクライアントとのやり取りについて後輩から相談を受けてるみたいな感じなんですね。
であの、確かにどっちでもいい状況ってあると思うの。
でもその中でも、こっちの方がいいっていう理由を明確に言語化していこう、みたいな感じなんですね。
なんかこれが結構私のイメージする言語化界隈の一シーンかな、みたいな感じでしていて、
でもそういうわけです。
で、最初このコントを見た時に、
言語化言語化っていう言語化させる、するべきだ、論理的に説明すべきだ、みたいな風潮があることを皮肉りつつ、
でも言語化することでその警察官とかがハッピーになる、前を向けるようになるんだっていう、
ポジティブな側面があるよねっていう、いいコントだなぁみたいな、気づかせてくれたなぁみたいに思ったわけです。
別にこんな見方されるとは思ってないかもしれないですけど。
で、思ったんですけど、ちょっとしばらく考えたところ、
あれこれハッピーエンドじゃないわっていうのに気づいたんですね。
警察官がこういう思いで警察官になったんだ僕はってなって、
で、その里見も応援してるから、
あなたの自信をつけるために、あなたのキャリアの踏み台になるために、
ひと肌脱ぐわ、みたいな感じで、急に行動で下着姿になって、これ何かしらの罪でしょ、みたいな、
で捕まえ、捕まえなさい、みたいな、なるんですけど、そこで警察官がなぜか、
おとなしくしろ、パーンって発砲してしまうっていう、謎の展開を迎えるわけですよ。
で、あ、これハッピーエンドじゃないじゃないですか、撃たれてるし、
そう、だから、あ、あれじゃあハッピーエンド、それポジティブな面だけじゃないってことか、じゃあどうなんだ、どういうことなんだと、
言語化のリスク
で、あ、じゃあこれはポジティブな側面だけじゃなくて、別の言語化の側面が映し出されているのではないかと、
警察官になった理由を言語化させて、よかったねって思ったんだけど、
結局何か失敗してる、何か良くないことが起こってるぞ、っていうことなので、
で、つまりですね、私が考えたこと最後まで話しちゃうと、
この状況は言語化してなかったモヤモヤを言語化してしまったことで、
そうなんだ、僕はこの町のために、自分のキャリアのために、この人を捕まえないと、この道が正しいんだ、みたいなのが言語で一回自分のモヤモヤを出しちゃった、
で、なんか固めちゃったことで、正しくない道の方を、これが正しいんだ、こっちに行くべきだ、
でも突き進んでしまったのではないか、ということなんです。
わかるわかる、わかりますよ。
だから言語化には、そういう、ポジティブな側面もあるけど、
あることないこと、あるかもしれないこと、ないかもしれないことを一回自分で信じ込んじゃう、信じ込ませちゃう力みたいなのがあるんじゃないかっていう考察をしておりました。
なんか一個の正義にこう執着するようになっちゃうっていうか、原理主義みたいになっちゃうっていうか、一元的になっちゃうみたいなことなんですかね。
そうですね、なんか話して言葉にしてみたら、それが本当だ、で、
そうですね、その原理が死んだっていうことで、一回固まっちゃうみたいな、自分の思考が固まっちゃうみたいなのがあるんじゃないかっていう、そういうのありません?
確かに、ある気がする、いつあるんだろう、いつあるんだろう、でも好きなのかも、みたいなこととかもそうじゃないですか。
好きなの、これって恋?みたいな、とくんみたいなやつ、恋だと思ったらもう恋になっちゃうみたいなこととか、漫画であるじゃないですか。
ありますよね、友達に相談したら、それ恋だよ、みたいになって、恋ってことになっちゃったみたいな、ありそう。
言葉が自分の考えとか捉え方を誘導することはありますよね。
うん、それですね、誘導している。
誘導家、これが言語家?これが言語家ですか?
できてきたぞ、言語家。
できてきてる。
なんか、ありますよね、言葉が先行しちゃうっていうか。
それで言うと、芸術の解説みたいなのも同じとこないですか。
その捉え方は開かれてるんだけどし、割と複雑な、いかよりも捉えられるような曖昧さがあるんだけど、
解説読んでから見ると、納得して終わっちゃうみたいなところあるじゃないですか。
確かに、ある。めっちゃ読んじゃうけど、私は。
映画のパンフ先に読むみたいな。
パンフ先に読みます?
いや、読まないけど。
読んじゃうと、その解釈しかなくなっちゃうっていう。
みたいなことと、ちょっと近いかもしれないですよね。
うん、近い。
言葉に誘導されて、こういうことなんですよ、それ。
現実の認識が誘導されちゃうっていうところで。
くそ、言葉なんていらないっていう本を読んだの、この間。
言葉なんてね。
古田哲哉さんの。
へー。
これさ、印が可愛くて好きなんだけど、忘れ去っておきね。
そこの本の中で、言葉にするっていうのは、物事に特定の角度から光を当てるようなことだって言って、
特定の角度から。
このリンゴ赤い、このリンゴ赤いよねって言ったとしたら、
このリンゴが赤いっていう見方で、そのリンゴの様子を。
なんて言ったらいいんやこれ。
赤いっていう側面だけが際立ってきちゃうみたいな。
そうそう。を強調したいときに、その言葉を使う。赤いよね。
で、美味しい側面に、側面を他の人と共有したいときは、美味しいよねっていうみたいな。
そんな例えは使われてないけど、そういう役割が言葉にはあるよねみたいなことが書いてあって。
どういうこと?どういうこと?
そういうことか。
絵画とか、絵画のキャプチャー、説明みたいなのを読んだときに、
これはここ、作者のお湯欲望が背景にあって、それがよく出てるみたいな説明があったら、
その見方でしか見えなくなる?そうなん?なんでや?
わかんないですけどね、その見方でしかっていうほど、ものすごく強い一方向の光の当たり方なのかっていうとまた違う気もするけど、
斜めの光ももう少しぼやんと入るような気はするんですけど、
でもね、なんか、主な頭の主なところを占めちゃいますよね。その話と似たものとの一致が主なところを占めちゃいますよね。
うーん、なんだろうね、もしかしたらあの警察官、ああいう言語化のさせられ方をしたからそっちに行っちゃったけど、
なんかもっとゆっくり自分の内面を見つめたり、警察官じゃない方法があるかもなとか、
お母さん、自分はなんかお母さんのために何かをしてあげたいのかも本当はとか、
なんか違う、自分の中のなんかモヤモヤしてるものがあって、その中の別の要素みたいなのを見つけられたかもしれないけど、
あの流れだと、このモヤモヤは誰も捕まえられてなかったからなんだ、になっちゃったみたいなのがあるのかしらっていう感じ。
うまく喋れるかわからないけど、今の社会の、なんだろう、例えばなんか、
海外主義が盛り上がったり、何かを海外から来た人のせいにするみたいな話もちょっとなんかこういうモヤモヤの言語化ミスみたいなのにつながっているような気がしてきた。
本当はもっと、違うモヤモヤ、違うことが原因なのにとか、あるのに、誰かがそういう言語化の説明のつけ方をしてしまったことで、
海外の人が仕事を奪ってるからなんだ、みたいな言語化をしてしまうことで、みんながそれしか考えられなくなるみたいな、言葉が先行して、思いとか解釈がそれに引っ張られるみたいなのもありそうじゃないですか。
そうですね。なんか問題があったときに、早くその問題とか、モヤモヤした状態を解決したいから、つきやすい答えみたいなのを見つけて、それをつなげちゃって、
で、他の人もやっぱりモヤモヤは早く解消したいから、その答えをもらって、みんなでそうやそうやって言うみたいな状況かな。
確かにね。一個の言語化ですよね。
俺の生活があんまり豊かじゃない理由を言語化してくれよ。外国人のせいですよ。そういうこと?みたいなことですよね。
そういう感じ。
そういう言語化を求めないほうがいい気がしちゃいますね。
なんなんですかね。
なんかよくないですよね。
他人に自分の中の言語化をちょっと依存してしまうことの危険性みたいなことなのかな。
ポピュリズムと言葉
早く解決しないと。問題って全部早く解決したいだろうけど、早くしないとって思うと、そうなるんじゃないかなって思ったな。
私は学生のときにポピュリズムの本を読んだことがあって、何言いたいのか書いてたんですよ。みんなモヤモヤしてるんですけど、それをどうやって動かすのかっていうのが考えなきゃいけないじゃないですか。
その方法はやっぱり言葉を与えることなんですよね。
例えばそれが外国人のせいですよって言ったら、補修的なポピュリズムっていうことになるし、それは良くないから、そうじゃないポピュリズムによってそれと戦わなければいけないみたいな主張をしてて。
そうじゃないポピュリズム?
その人は、資本主義でめちゃめちゃ儲けているやつのせいで世の中がおかしいんだっていう言語化をするっていう方針を立てたんですよ。
だから、すげえ儲ける層がいるじゃないですか、投資とかで。生活してるお金より多く利子入ってくるみたいな感じで、格差が拡大するっていう中で、世の中の富の90%を何%人が所有してるっていう、その上の何%の人たちが持ち続けてるせいなんだっていうふうに言語化をする。
そういうふうに言語化をすることでみんなを動かそうっていうふうな話をしてたんです、ポピュリズムの方の人は。
一応人を動かしたい側ではあるんですね。
そうそう。
で、その人がこう、何を言いたかったかというと、結局運動のポイントは言葉を与えることであって、その言葉の与え方次第で、良くも動くし悪くも動くよね、みたいな話をしてました。
運動のポイントは、言葉を与えること。
言語化力。
それも言語化力。
また置いてる感じがするな。
その人に対する批判もあって、それは、そんなふうに単純化して世の中を動かすなんて話でいいのかよ、みたいな。
そんな危うい話あんの、みたいなことだったような気がしてますね。
いやー、あれですかね、やっぱ、社会とかいろんなことが複雑な分、お願いだから単純化したスッキリした説明をくれって思ってる人が多いのかもしれない。
そうですね。
で、その話でやや複雑性があったのは、言葉の捉え方はみんな違うよねっていうことだったんですよ。
この与えた言葉が説明が通るけど。
説明が通るけど。
例えば、外国人のせいですよって言った時に、みんなその苦しみ方も違って、外国人のせいだっていうことの捉え方も違うんですよ。
例えば、外国人がワンション買いまくってるせいで俺が家買えないんだっていう方向に捉える人もいれば、
なんかそのアクルド人がなんちゃかんちゃのせいで治安が悪いんだみたいに捉える人もいる。
だからそれ全然違う人じゃないですか。
中国の政権不良総なのか、働きに来られてる方なのかっていうこと。
もっといろんなバリエーションがあって、トランプがっていう風に捉える人もいるし、
あらゆるあるんですけど、そういうぼやんとした言葉を投げることが動員につながる。
みんなそれぞれに解釈してくれるからこそ、世の中を動かせるみたいなことを言ってて。
それが排外主義の話ですけど、その人がやりたいって言ってる超立地層批判みたいなことも同様で、
あいつのせいで再分配が少なくなっちゃって、世の中がダメになっているのを捉える人もいるし、
どういうバリエーションがあったかな。
それぞれの苦しみの中でそれぞれの解釈をしてもらうんだっていうことを言ってたんですね。
意外と早い解決の言葉を与えるのが大事っていうのはそうではありつつも、
なんか複雑性はこっそり受け手にあるっていうのがちょっと面白いところかなとは思ってました。
抽象的な支持の重要性
そうか。ちょっと解釈の余地を残した言語化をしておくことで、むしろ共感してくれる層が広くなるっていう。
そうそうそう。そう考えたらさっきの警察の話とはちょっと違いますよね。
警察のことを一つの開拓がバキーンと自分の中でできたっていう感じ。
タヤさんどうですか。ここまで聞いてみて。
ひとりとめもない話をしてますね。
いやいや、面白い。
さっきこうせいさんが言ってた、大きな、何て言ってたっけ。こっそり受け手に委ねられてるの前何て言ってましたっけ。
何て言ったかな。
重症的な言葉を出すみたいなこと?
そうそうそう。それめっちゃいいなって思いました。
重症的な言葉で、何だろう、例えば指示されたりとかすると、受け手側の方が弱い立場にいると、
いやもうそんな風には言ってないんだ、みたいに言われることがあるだろうなと思って、
それって怖いじゃないですか。
でもそういう権力購買的なものがなかったら、
そういう受け手側に、受け手側がいろんなそれぞれの解釈をして動くっていうことも許されるというか、
えんやで。できるんかなーとか思ったりしたなぁ。
そうじゃないと、ふんわりした言葉って、権力が強い側にとって都合いい言葉でしかなくなっちゃう。
ってなんかに書いてあった。
なんかに書いてあった言葉を引用してしまった。
確かにそうか、権力も言葉の解釈とかに結構関わってくるところですね。
権力が強い人の解釈が正しいっていうのだと、
弱い立場の人の解釈がちゃんと汲み取られないとかあるけど、
今回の場合の人を動かしたいみたいな。
受け手の方に価値が置かれてるというか、
受け手に響くもの、受け手を大切にしたいみたいな感じだと、
それぞれの解釈全部大事にしてもらえる、聞いてもらえるっていう。
確かに。
抽象的な指示しかしない上司とかって意外と受け手を大事にしてる可能性がある。
なるほど。
面白い。
パッションだよ、パッション。
パッションってどういうことですか?
パッションはパッションだよ、みたいな。
わかんないけど。
嫌だ、そんなやつ。
どうしたらいいんですか?
でも褒めるんですよ、ちゃんと。
パッションあるね、みたいな。
パッションあるね、褒めるんですよ。
時には。
現実にいる高生さんの上司なのか?
いやいや、パッションじゃないけど。
なんかある気がするけどな、そういうの。
それ面白いですね。
実は尊重しているがゆえの。
そう。
心の奥でパッションはどう捉えるかは君次第だよって思ってる。
言ってくれ、それ。
気にしないでよ、ウインク。
マジか。
こんな感じでロングコートダリーのコントから
まさかポピュリズムの話とか権力がどうみたいな話まで来るとは思わなかったですが
これから抽象的な支持をくれる人に出会った時の解釈が
豊かになるなと。
この人はもしかして私を尊重してくれてるのか?
って思えるようになりました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
そんな感じで一回私のパートは以上にして
次はタヤさんから話題を持ってきてもらって
しゃべりたいと思います。
どんな話をする予定ですか?
言語化を
難しいで言語化って
言語化は一人でしないといけないものじゃないよねっていう話を
すごいざっくりですけど
したいなと思ってます。
楽しみに。
次回聞いていただければと思います。
では今回は以上です。また次回。さようなら。
さようなら。
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