1. おおきなかぶは抜けるのか?
  2. #31 「言葉」に頼らない方がこ..
2024-07-06 51:08

#31 「言葉」に頼らない方がこんなにも情報量が多いのか問題

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石橋が不在のため、たいきとあいりが近況報告しながら進行するプチ番外編。

普段、"言葉"をテーマにセッションを行ったり、さまざまな場を企画しているあいり。今回のたねは、先日開催したワークショップでの気付きから。
言葉に頼ることで想像力は退化する?
言葉の効果的な使い方ってなんだろう?
そんなことを二人で話してみました。

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この番組は、日常で起きた一人では消化できない些細な出来事を"おおきなかぶ"として、ちょっと不思議な関係の3人がうんとこしょどっこいしょと引っ張ってみるポッドキャスト番組です。
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1999年生まれ。2024年春から日系企業で働き始めた新卒社会人。高校時代は春日部共栄高校の野球部、現在は軟式社会人野球、東京ヴェルディ・バンバータの投手として在籍しながら、仕事、野球、勉学、生き方に向き合っています。

▼あいり
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石橋、たいきとは一回り以上年齢が離れている人。雑誌編集者として約20年活動し、独立。言葉を通して自分らしさを見つける対話型セッション、”孤高のヒーローインタビュー”の活動のほか、企画、プロデュースのお仕事をしてます。

サマリー

このエピソードでは、「おおきなかぶ」の形式を借りて、リーダー不在の中での対話やイベントについて話されています。愛理さんが言語科のワークショップを通じて発見した「言葉に頼らない方が情報量が多い」というテーマが掘り下げられています。言葉に依存しないコミュニケーションの価値や、音がもたらす豊かな情報量について探求されています。対面での交流が持つ独自の情報伝達力や、非言語的な要素が人間関係に与える影響についても語られています。また、言葉に頼らず情報量を増やす方法について考察され、文章の表現力やアイデアの凝縮に焦点が当てられています。リチャード・パワーズの小説『オーバーストーリー』を通じて、洗練された表現の重要性とその影響が探求されています。他者とコミュニケーションを図る際の言葉に頼らないことの重要性も語られています。

リーダー不在の対話
始まりました。おおきなかぶは抜けるのか。この番組は日常で起きた一人では消化できない
些細な悩みや出来事を、おおきなかぶとしてちょっと不思議な関係の3人がうんとこしょどっこいしょと
引っ張ってみるポッドキャスト番組です。お送りするのは、大輝と
愛理です。よろしくお願いします。
いないね。
なんか前もあった気がしますね。
前もあったよね。
私たちのリーダーこと石橋がいなくて、2人で不安になったからね。
監督がやっぱりいないと、方向それちゃうみたいなね。
そうそうそうそう。
ディレクションって大事ですね。
大事よ。
今日も実はね、ちょっと石橋リーダーがちょっとね、体調崩してしまって。
ちょっと前回の理由よりもちょっと心配なあれですよね。
そうね、そうね。
なんか40度近く出てるってね。
だからもう頑張ってるからさ、体も悲鳴をあげるよね。
だから大輝くんも心配よ。
ちょっとその体質なんだろう。体調崩す体質は2人似てるんですけど。
確かに今きつそうですね。
いやーだって
40度近い。
39.9って書いてましたよ。
つらいよね。39.9?
39って書いてましたよ。
もうそれオーバーしてるってことだよね。だから測れないってことでしょ?
そういうことか。可能性ある?
え?っていうか、やっぱりなかなかないですよね。
そういうのは。
いやー心配なんですけど、ただ今日はちょっと2人で収録のその場所を撮ってたので。
いやー会いたいな、橋に。
ねー。だからちょっと今日は石橋ちゃんに思いを馳せつつも、
言語科のワークショップ
せっかく2人なんで、私は大輝くんに聞きたいこともいっぱいありますんで。
いや僕もあるんで。
確かに。だからお互いの話したい話題を話すっていう。
これはあれなんですけど、2回に分けて話してみるみたいな場所に会員できればめっちゃ嬉しいですね。
じゃあちょっといきましょうか、それで。
ではまずはじめにそれぞれ持ち寄った話題、つまり株の種を発表してっていうのがいつもの流れなんですが、
今日はちょっと番外編みたいなことで、ちょっとそれぞれね、聞きたいことを持ち寄って話したいなと思うんですけど。
イエイ、やりましょう。
いやだってさ、大輝くん4月に新社会人になったじゃない。
はいはいはいはい。
で、そのことも、もうおめでとうとか言ってずっと気になって話したいと思いながら、もうなかなか話せてなかったから、
私はずっとそのことも話したかったのよ。
僕はそれこそ、あいりさんが最近ですね、今収録日が5月の末なんですけど、
最近やってたイベントについて、すごい面白いことやってるなって思って、
詳細だったり、どんな気づきがあったのかとかめっちゃ聞きたくて、
なんかそれ確かに交互に話せたらいいですね。それしましょう。
じゃあ、先イベントの話する?
ぜひぜひぜひ。今回イベントの話しましょう。
そうだね、そうしよっか。
じゃあ、クオは一旦僕が聞きたかった、あいりさんの最近のイベントの件について、
またタイトルはちょっと考えましょう。この話してる中で。
そうね。
いつもは株の種の内容がね、タイトルになるんですけど、ちょっと考えながらいきましょう。
どんなイベントをやったかっていうと、
私、普段、言語科のね、セッションとか、ワークショップとかをやっていて、
たいき君とはね、まさにそこのワークショップに聞いてもらって、
それをきっかけに、こういう関係になったんだけれども、
10ヶ月前ぐらいですね、もうすでに。
10ヶ月前か。
もうそろそろ6月で、8月ですよ、あれ。
なんかもっと前のことのような気しない?
それもそれもあるかも。
いや、まだあってあって1年経ってないっていうのは信じられない。
信じられないね。
ほんとに。っていうぐらい、なんか共鳴すると早いですよね、人間と。
早いよ、いろんなこと話したもんね。
その言語科のワークショップ、ほんとにいろいろ詳細は各界で話してたりするんですけど、
それに関連づいたイベントなんですか?
そうそうそう。私ね、普段のセッションとかワークショップっていうのは、
その言葉をテーマにしていて、私がファシリテーションとかもしくは対話の相手となりながら、
相手に、要はたくさんいろいろ質問を投げかけていって、
その質問に答えていってもらううちに、
どんどん言葉と言葉がつながっていって、
その人の軸が見えていくみたいな、
要はその人の自分らしさを見つけるための、
ガイドみたいなことを言葉を通してやってるっていう感じだよね。
だからいつも基本的に言葉を通してやるんだけど、
なんか最近、私言葉はもちろん好きなんだけど、
言葉っていうか、その言葉の音とか、
音。
そう、言葉の音、だからこれも音とかさ、
今、たいきくんもうなずきながらもちょっと音を出してくれてるけど、
音ですね。
そう、そういう音のなんかバイブレーションとか、
そういうものにすっごく興味が出てきて、
もうその言葉になる前の音は使いたいなと思って、
で、実験しませんかっていうのをみんな投げかけて、
で、言葉と音の自由研究室っていうテーマでやったの。
言葉と音の自由研究室。
そう。
言葉と音。
そうそうそうそう。
興味深いですね、まじで。
そう。
っていうのをしたのよ。
で、今のが簡単にイベントの内容っていうか概要なんだけど、
あえて私がそれを、今回イベントの築きというか、
いわば実験の場だったんだけど、
音の実験と発見
そこでの築きを種として持ってくるならば、
言葉に頼らない方がこんなに情報量が多いのか問題。
今まで言葉界扱ってきたんですけど、
関連してたりとか、あとは新しい発見がありそうな県ですね。
すごい株の種ですね。
でもイメージで言うと、言葉の方が情報がぐっと詰まってるようなイメージもあったりするんですけど。
するじゃん。
うんうん。
するじゃん。
そうなの、するんだけど、
でもね、普段私自身もすっごい言葉に甘えてるなって思うことがあるわけ。
なんか言葉って伝わるってみんな思ってるじゃん。
はいはいはい。
言葉があるからそれを使えば伝わるよねって思ってるんだけど、
なんかその言葉に甘んじて、
例えば伝えることもそうだし、その言葉を聞くこともそうだし、
その本当に聞こうとしてるかなとか、本当に伝えようとしてるかなっていうところを、
もうちょっと探求してみたくなってきたのね。
なるほど、なんか確かにその気づきを聞いたときに、
例えばその研究会とか自由研究会のコンセプトみたいなのが、
さっき説明してたじゃないですか、
なんか実際にどういう形で実行したのかって、
その中で、だからこそ気づきみたいなとこめっちゃ。
そうなのよ。
どういうあれだったんですか?
そうなのよ。
えっとね、その中でいろんなことやったんだけど、一番のハイライトは、
どっかにセミナースとかどっかに出かけた?
中で始めやろうと思ったんだけど、天気が良すぎて予報で、
最高じゃないかと思って急遽外でやったの。
何曜日ですか?
昨日?
昨日?
昨日?
ほやほやですよ。
昨日!
昨日だ!めっちゃ天気良かった日だ!
昨日やばかったですよね。
そう、もう気温もちょうどいいし。
僕も野球やってたんですけど、もう野球の帰り道、
うわ、最高かよ今日とかみたいな感じでした。
そうなの。これは絶対外だって思って、前日に。
だからもう急遽、もう本当に前日にごめんなさいって言って、
場所変えて、外でやったのね。
最初仲間通りか。
そう、急遽外にして、大きな木がある下で日陰に入りながら、
芝生の上でみんなでやったんだけど、
で、何をやったか、そのハイライトね。
で、いわば、ジェスチャーゲームあるじゃない?
ちょっとイメージが。
そしたらね、伝言ゲームあるでしょ?
伝言ゲーム、はいはいはい。
伝言ゲームの一音版をやったの。
一音。全然想像つかない。
例えば、どういう風にやったかっていうと、
伝言ゲームってさ、普通は言葉になってたり文章になっているものを順々に伝えていくじゃない?
何人かでやった時に。
で、最後まで来た時に、その文章とか、いわば言葉が、
間違いなく伝わっているかみたいなのが、ところにゲーム性があると思うんだけど、
それを、言葉を使わずにやったんだけど、
どうやったかっていうと、最初に、一番最初に始める人が、
具体的にビジョンをイメージするの。
何でもいいんだけど。
例えば、こういう風に2人で収録しててとかでもいいんだけど、
で、収録してる時にすごい心地いい、2人がリラックスしたムードでとか、
そういうムードとか質感とかも含めてイメージするのね。
で、それをイメージした状態で、その状態を一音に表現するの。
一音っていうのは、例えば、「あ」とか。
そうそうそうそう。
「あ」とか、「え」とか、何でもいいんだけど。
一音。
そう、一音で。一音か二音。
でも単語じゃなくっていうところがポイントで。
で、それで、その一音を受け取った人は、ただ聞くんじゃなくて、
その一音にどんなものが込められてるのかなっていうのを、
全身で受け取るっていうことに集中するの。
すごい。
受け取り方も、一音に込めるっていうその込め方も、
人によって時間の長さは違うから、
だから自分が本当に満足して一音にできるまで、
もしくは自分が本当に受け止め終わったって思えるまで、
存分に時間を使って浸ってくださいって言っておくのね。
で、みんなそれぞれの音で順々に順々に回していくわけよ。
で、最後回ってきた人は、それを受け止めて一音を。
で、最後の人から、要は伝言ゲームと一緒で答え合わせしていくわけ。
要はどんなビジョンを受け取りましたかって言って、
一人一人、要は逆回転で一人一人行ってくんだけど、
最終的に何が起きたかっていうと、
そのビジョンが、それぞれ思ってるビジョンが一緒だったの。
一緒?
そう。
っていうのは。
っていうのは、正確に全部一言一句一緒っていうわけじゃないんだけど、
もう完全に同じ質感を共有してたの。
っていうことが起きて。
で、なんなら、例えばさ、最初の人が、
じゃあ仮に、今こういうふうに私とタイ君が話してるっていうビジョンを想像したとするじゃない?
まあ楽しく話してる様子っていうのをイメージして、
一音っていうのを届けたつもりなんだけど、
後半の人とかは、なんかそこに安心感みたいなのを感じて、
一音を届けてたりするわけよ。
で、要はその人は、
どっちかっていうと、2人が話してるっていうのは具体的なビジョンというよりかは、
なんかそこに、なんかその誰かが紡ぎ出す温かさとか安心感があってみたいな表現をするわけ。
だから最初に行った人は、安心感っていうところまでは掴んでなかったけど、
いや、でも潜在的に安心感があって楽しんでたみたいなことに逆に気づかされたりするわけよ。
それは順々に行ってくんですね。
そうそう、だから最後に全部一音一音届けた後に、
じゃあ答え合わせみたいな感じで。
じゃあこの人はこう言ってるだろうなみたいなところを伝えていく?
それとはまだ違う。
まず一音一音届けていく時には、
その自分が受け取ったビジョンを一音にするじゃん。
だから受け取った人は、その一音からこの人こんなビジョンを今想像してたのかなみたいなのを受け取る?
はい、受け取って。
で、またそれを受け取ったらその受け取ったものを一音に込める?
受け取ったものを一音に込めるっていうことは、でもそれは同じ音にはならないんですね。
ならないの?
ならないんだ。
人によって表現が違うから。
でも同じとしてというか、この人が発したのは多分こういうことだ、
これは私なりにはこういう音だみたいな感じで、
渡していく、パスしていくんですね。
パスしていくの。
で、音が違うにもかかわらず、その根底には同じというか、
えーみたいな。
えーすごいですね、それ。
いやーすご。
もう本当になんか行天するし感動して、
音の力とコミュニケーション
私たちの想像力と本当に伝えようっていうその気持ちとか受け取るその想像力とか感性とか音の力ってえーみたいになったの。
いやーすごいわ。
もうね、最高に気持ちよくて。
え、なんか自然の中だったんですよね、木の下。
そうそうそうそう。
そのー、最初はノンバーバルで、本当にその一音っていう意味をなさない、一音か二音のさ、意味をなさない音を順々にさリレーで紡いでいくんだけど、
それだけでもなんかこう気持ちいいムードが流れてて、
で、まあそれでも満足なんだけど、まあ言ってみればこう、その後に答え合わせっていう形で言葉を使っていくじゃない。
なんかそうすると、さらになんかその右脳で感じてたすごい気持ちよさに、なんかこう左脳的な納得感みたいなのも入って、
なんかさらに、そうそうそうそう。
さらに感動するっていうか、え、そんなことが本当に起きてたんだみたいな。
確かに感覚的なことを初めて理性で理解したら繋がるみたいな感覚ってすごいですよね。
わー面白いな、え、じゃあなんかそういう体験があって、で、言葉とそういうなんでしょう、音というか音的なことを比較したときに、
やっぱそっちの方が情報量が多いみたいなところっていうのは、どういう違いから感じたんですか?
そのね、1音、1音か2音のリレーじゃない?
なんかすごくシンプルだし、言葉を使ってないんだけど、もうその1音を本当に受け取ろうって思ったときに、
多分言葉だと、なんかもうA4一枚ぐらいになるような、たぶん、情景、質感。
そうかそうか、そういうことか。
そうそうそうそう。っていうものがもうその1音に込められてて、で、さらにそれをさ、
例えば、じゃあこういうのを受け取りましたって言って、実際文字にしようと思ったらA4一枚ぐらいになるし、
それを本当に私に伝えるとしたらってなったらまた時間もかかると思う。
でも、もうこの受け取ったまんまで私の1音みたいにして出していってるんだけど、だからすっごくシンプルなんだけど、
もうそこにさ、言ってみれば文字にはたぶん乗らないような、なんかその潜在的なものとかも入ってたりとかもして、
たぶんそれが自分は気づいてなくても相手は受け取ったりしてるっていうさ。
で、たぶん文字で書いたら、私たちって本当にさ、資格優位だから文字で書いてあることが全て正しいと思って、
まずそれ、そこに全集中になるじゃない。
まさにそうかも。
だから、この裏側にどんな潜在意識がみたいなところまでさ、たぶんもう考えないっていうか、そもそも。
めっちゃ面白い。なんか今聞いてたら、言葉は逆に対象を絞りすぎてしまって、
なんだろ、1対1じゃないけど、1対1だと思ってしまうから。
すごい大工。でも本当にそうかも。
言葉の限界
そういうことだ。
うん、そうだね。今私も気づいた。
言葉は意外に狭めちゃうというか、可能性を。
そういう明快さと狭さで煮ちゃってるものかもしれない。
そうかも。
わお。わお。わお。いや、それはあるな。
そう。
というか、言語が言語化しなくちゃいけないとか、もうめっちゃ考えてるんですけど、
それって意外にあれですね。
そうなの。
なんだろう。
そうなんだよ。
全部言語化主義っていうのも怖いかもしれないですね。
そうなの。
というか大変というか、なんだろう。
そうそうそうそう。だから、効率的なようでいて、あれ意外と効率的じゃないんじゃないかみたいなさ。
え、確かに。
そう。
マジでそうかも。
なんか私ね、なんかそのワークをした後に、あって思って、私なんか結構久しぶりにこんなに想像力使ったかもって思ったの。
だからさ、なんかそれ終わった後にさ、めちゃくちゃお腹空いてめちゃくちゃ食べたの。
身体が謙虚にちゃんと反応してエネルギーを使ってるんですね。
すごいお腹空いて。
エネルギー使ってるんですね。
というか、普段が使わなすぎたのかな。
そうかもしれない。
分かりやすい表現にやっぱり毒されて。
でもさ、すっごい食べたのに、もうなんかすっごい興奮してるから、全然夜とかギンギンで眠れなくて。
頭働い、てかそんなに頭働かせてなかったからこそびっくりしたんだ。
え、でもそんぐらい使ってないってことですよね。
そうだと思う。そうだよね。
それって意外になんだろう、理解力につながると思ってて。
理解の怠慢につながるというか、分かりやすい表現とかに慣れすぎちゃってて。
特に僕ちょっとそれこそ仕事の現場でめちゃくちゃ僕反省したのが、
なんか自分がめちゃくちゃ分かりやすい表現と言語化と、
それをいかにシンプルに分かりやすくロジカルに伝えられるかってところを、
もうなんかすごい考えすぎてて。
なんかその努力をはなってるから、相手が分かりにくいと、
マジで分かりやすく話せよとかめちゃくちゃ思ってしまってて。
なんかそれこそ理解をするっていう努力を払わなくなっちゃってて。
あのまま気づいたら、これ待てよと。
ただ理解しようとしたいだけじゃないかみたいな。
それはなんか分かりやすさに毒されちゃってて。
なるほどな。そういう捉え方もできるね。
いやだからめっちゃ反省したのが1週間くらい前だったんで、
それと通じるような気がします。
うわでもそれって分かりやすさとかすごい単純というか、
一対一対応の考えスピード感に、
なんかある意味それに酔いしれてたのかな。
いやでもね、でも本当に普段の生活も、
もうさ当たり前に言葉で伝えるっていうのが本当に当たり前じゃない。
だから、それで伝わることが正しいし、
いかにその言葉を使って分かりやすく伝えるかっていうところも正しいっていうところがあるじゃない。
で、これってさ、
両方、やっぱり思ったの。
これは、やっぱりどちらか一方だけが、
言葉以外の要素を乗せようっていう風にしても、
なかなかやっぱり相手も聞くっていう、受け入れる、
全部体で聞くみたいな姿勢がないと、
なかなか届きづらいものでもあるとは思う。
いやマジでそれあるなというか、
これはもうリアルミーティングとオンラインミーティングのマジで違いというか、
マジで感じるというか、
そうだよね。
いややっぱり対面って偉大ですよマジで。
偉大だよね。
リアルで、同じ空間で何か物事を進めるとか、
特に、何だろうな、確認的なものはいいんですけど、
何かプロジェクトを一緒に進めるってなると、
情報量が違いすぎる。
そうだよね。
もう全然違うんですよ。
そうだよな。
それはめちゃくちゃ感じるし、今のことに通じるんですね。
それこそ、何でうまくいってるのかなっていうのが、
何かうまく伝えられたからかなとか思ったんですけど、
違うかもしれない。
もしかしたら音とかかもしれないですね。
音とか雰囲気とか、熱量。
熱量とかそういう。
熱ですよね。熱ってだって、パソコンだったら感じられないけど、機械熱ぐらい。
でも人肌の熱とか、汗かいてたりとか、もしかしたら。
そういうのって、もう情報量がものすごいのかもしれないですね。
そう思う。本当にそう思う。
だから、熱量を込めてとか、心を込めてって言うけど、
あれって本当にそうっていうか、それが伝わる?
っていうのを、もう本当に究極音、1音だけにした時に、
ものすごくそれを感じたというか。
1音だけって極端なことやって、何だろう、初めて分かることってありますね。
すごい、そんなことだって、人生で一度やるかやらないかもしれないですよ。
そうだね。
僕まだ一度もやったことないですよ、人生で。
でもね、これね、ちょっと私気持ち良すぎて、気持ち良すぎたから、
もう一回やってもいいって言って、もう一回やった。
あ、ニクールみたいな。
そうそう、ニクール。やりたくなるぐらい。
で、また始まる人が、最初のね、一歩目が誰になるかによっても、
ちょっとその回り方も違うし、どういう順番でリレーを回していくかっていうのが、
また、そうそう、変わるだけでもちょっと変わってくるし、
本当にね、これ気持ち良かった。
すごい。
いろんな、だからそれこそ恋人とやったりするのもいいかもしれないし、
家族とやったりとか、近しいお友達とやったりするのも、
面白い。
いいんじゃないかなって思った。
もうね、またそのさ、一音一音伝えてる様子とかを見てるじゃない?他の人のとかを。
またその様が伝えようとしてる人と、それを受け入れようとしてる人っていうのでさ、
言葉で私本当伝えようとしてるんでって言ってるわけでもなく、
受け入れる人も私聞いてるんでって当然言ってるわけでもなく、
ただただ黙ってさ、向き合って、一音出して、受け取ってっていうのをさ、やってるだけなんだけど、
なんかもうその間にすっごい信頼関係っていうかさ、がもう見えるわけ。
素敵すぎる。
もうさ、あーみたいな。
想像できる。いやそれすごいですね。
なんかそこまで何だろう、読み取ろうとか、理解しようって、
姿勢に、何だろうな、当たり前の関係すぎたら、それこそ家族とか恋人とかならない。
でもそういうのをやると自然とそうなるから、
まず何だろうな、仕事関係も全部そうですけど、理解しようって思う気持ち、
もうそこしかない気がしますよ。
そうだよねー。
人間関係、友達とか含めて。
そうだよねー。
いやなんか、どんだけ口が上手いとか、話が上手いとか、面白いとかじゃなくて、
どんだけその人のことを理解しようって思えてるかお互いが。
そうだよねー。
いやー、素敵すぎるっすねー。
だからなんかさ、でも本当に仕事の場とかになるとさ、もうそのこと、
例えばプロジェクトとか、何かその案件をさ、
自分は正しく言えてるかなとか、なんか伝えるために言葉にしてるはずなのに、
なんか自分にずっと矢印が向きながら話さなきゃいけない場面とかもあったりもするじゃない。
非言語的表現の可能性
絶対ミスしないようにしなきゃーみたいな。
ってなるとさ、その言葉も相手に届ける言葉じゃなくなっていくから、
間違えないようにしようとか、届けるようにしようって思ってるはずなのに、
結果届かなくなるっていうかさ。
届けようとしてなかったなー。
てか、それこそそうだわ。クオリティをやっぱり上げようってなった時に、
やっぱその自分がっていう優位が、やっぱり強くなっちゃいますね。
自分の考えとか、自分はこう思うっていうところをやっぱり主張していかなくちゃいけないから。
そうだよねー。
そこに相手の主語が抜けてて、それがいつの間に相手の理解しようっていう気持ちが薄らいでて、
で、結果負けかない時は負けかなくなる。
うわー、なんかすごっ。これちょっと話題変わっちゃうんですけど、
もう一個マジで話したくて、今の音ってあるじゃないですか、言葉よりやっぱ音がたくさんある。
で、その言葉って、発する言葉もあるけど、文字にする言葉ってあるじゃないですか。
例えば文章家の方とか、何かブログ、ノートを書く時の言葉。
で、その言葉でしか表現できない、例えばチャットとか。
その時に音的なことを入れれるじゃないですけど、そういった方法じゃないけど、なんかないかなというか、
文章にそういったものを載せる。
なんだろうな。
わかるー。
ハウツーじゃない、全然ハウツーではなく、何かそのきっかけみたいなのってちょっと考えれないですかね。
そうだよねー。
これは僕自身もやっぱり知りたい、というか考えたいし、
世の中というか最近は特にですけど、やっぱり文章で何かを伝えていかないといけないじゃないですか。
音がない2Dの世界で。
なんだよねー。
なんかね、私も今さ、大輝くんが言ってくれてさ、それずっと確かに私も考えてるなって思った。
なんか多少仕事とかになってくると、端的に言いたいことが伝わっているかみたいなところ重視されたりもするじゃない。
でもみんな忙しかったりもするから、そんな長文読ませるのもちょっとさ、みたいなところもあるでしょ。
もう読むのに何分かかりますとか、もう最初書いてるとかすいませんね。
2分で読めるんで読んでくださいみたいな。
情報量の増加
よく考えたらね、それも一つ配慮ではあるんですけど、相手がね、相手の状況をほら。
それさ、2分で読める内容なので読んでくださいって最初に書くってこと?
そう、確かに少々時間2分ぐらいです。
えー!
みたいなことが。
それはさ、マナーとして?
ちなみに言うと、うちの会社がそうですね、メールとかは基本少々時間全部書いてて、アンケートとか答えるときに全部少々時間書いてて。
でも本当に無駄がないと思う。
それぐらい時間を決めないと処理しなきゃいけないものがあまりに多いってことなんだと思うんだけどさ。
でも一方でもうそこに収めようって思うと、まさにその今話してたさ、なんかその上巻とかさ、ところって難しくなるね。
でもね、私ね、私もそれに対してなんか今明確に何か答えを持ってるわけじゃないんだけど、
ただ今ちょっとその、それがすごい上手な人に最近出会ったなーっていうのを今思い浮かべていて。
それっていうのが文章に何かを込める。
そう、端的な。
端的なのに。
なのに上巻が。
まず理想。
理想。
で、なんだろう。で、その人ってね、絵文字とか顔文字とかも使わないの。
えー、それめっちゃ頼っちゃいます、僕も。
で、とかも使わないわけ。
淡々としてるの。で、淡々としてるんだけど、なんか本当に最後に一文だけ、例えばなんかすごい業務連絡だったりするんだけど、
あ、なんか例の件、アイリーさんも好きだと思ってました、みたいなさ、なんか、え、私のこと考えてくれてたんだ、みたいな、みたいなことを、もうなんかわざとらしくなく、本当にそういうことをさらっと入れてくれる人がいて、
無駄がないんだけど、ほんのちょっとだけ、
なんかその人のことを思ってるっていうことが入ってる。
例えばさ、顔、なんか絵文字とか、なんかさ、びっくりマークいっぱいつけちゃうとかさ、そういうのって、
なんか一文一文にそのさ、情感を入れようとしてるじゃない。
で、すごい私よくやっちゃうんだけど。
僕もです。僕も。
やっちゃうんだけどさ、でもそれが本当にできない状況だったときに、なるべく簡潔にまとめる、なんだけど、みたいな、そこの。
それってすごいプラスアルファになりますよね。というのがなんだろうな。
分かりやすく伝えるのはそうなんだけど、やっぱりそこと、そのもう一個上のレベルがあると思ってて、僕は。
ほう。
あ、そうですよ。だから、ただただ分かりやすく伝えるっていうのを。
うんうんうん。
そうそうそう。
なるほどね。
構造にこう、はめ込めば、ある程度は伝わるですけど、その文章の中の濃さ、なんだろうな。
濃さ。で、それって考えてる人めちゃくちゃ考えてるじゃないですか。
うんうんうん。
なんか考えれば考えるほど奥深いじゃないですけど、この一文でどんぐらい情報量入れるか、それってなんだろうな。
俳句とか短歌とかも、なんだろうな。
そうだね。
そういうことをめちゃくちゃ考えてる人たちだと思うんですよね。
そうだね。
小説家もそうだと思うし。
そうだね。
僕はあとはなんだろうな。
本当に学術書道。
確かに。
学者さんとかも本当に文章で伝えるけど、それをやっぱりその、
たぶんビジネスのね、そのロジカル的な表現と、学術的なアカデミックな書き方って似てると思うんですよ。
うんうんうん。
ただやっぱアカデミックな人って文章にめちゃくちゃ触れてるかつ、その分かりやすく伝えなくちゃいけないから、
なんかもう短いけどめちゃくちゃ文章量が、なんか濃いような気がしてて。
わかる。
なんかそれに触れてると、わーっと広がるじゃないですか。
でもあれって絶対にその裏の思考量だと思うんですよね。
でもそれをたぶん鍛錬を積み重ねれば、結構その何、分かりやすく伝えるけどかつめちゃくちゃ濃度が濃かったりとか、
なんか時間がめっちゃその、すごい短的だから、スピードだとすれば読もうと思えるんだけど、
何か、なんだろうな、膨らみがあるというか。
それってなんだろう、費用の使い方とかだったりするのかな?違うよね。
まあそれも一つの手段だと思いますよね。
ただ、なんかその根底してるのはたぶん、たぶんですけど、どうやってギュッと凝縮できるかというか、
たぶん、ブワーってたぶんですけど、想像力が出ないけど、
ほんとに400文字でまず書いてみて、それを100文字で表すためにはどうすればいいか、どこを削ればいいかとか、
それをさらに削っていって一文20文字くらいにするためにはどうすればいいかっていうところを、
普通の人って20文字で終わっちゃうじゃないですか。でも時間もないし。
でもそれを400文字でガーッとやりつつ、100文字、20文字とかっていうその添削じゃないけど、追考じゃないけど、
そういうのをたぶん膨大にしてる人って。
なるほどな。でも大輝くんその視点でさ、日々、例えばメールを書くこととかを、
そういう鍛錬の時間にできたら、すごいことになりそうじゃない?
だからやっぱ意識ですよね。その一つ一つの行動の意識。やっぱり何だろうな、
規案書ってあるんだけど、規案書。結構僕の会社、でかいので、
でかいけどめっちゃスピード早いかったりする、すごい組織だなと思って見てるんですけど、
会議体があって、僕結構経営に近い方なので、会議にこう、規案出されるやつの。
規案って案を。
そうです。起こすに案で、これ通させてくださいっていう決議を刑事に求めるっていう会の会議体を運営してて、
文章表現の重要性
規案書全部受け付けて、それを確認して、抜け漏れがないかとか、内容が正しいかっていうところを見れる、
すごい幸運な場所にいるんですけど、やっぱその刑事にあげてくる規案の、特にタイトルとかって、
一瞬で情報量めちゃくちゃ多いものを伝えなくちゃいけないから、すごい洗練されてるんですよね。
それでやっぱり通したいから、必死に社員さんも作り込んでくるというか、
なるほど。
なんかそういうところも伝わりますね。日々のそういう雑なメールと、そういう考え抜かれた、遂行されたものの文章の違い。
なんかそれを今話せてめっちゃ感じたなぁ。
なんかその、もうさ、遂行されきった、本当にもう無駄がない言葉っていうのがさ、
それも伝えるための、正確に伝わる言葉か、想像させる言葉かっていうのでも違ったりしない。
確かに、何でしょう、よく余白を残すとか言いますよね。余韻を残す。
確かに違う気がする。
ね。
でもなんかそれを結構うまく操れてる人っていますよね。
どういうか、文章うまい人って、そこがすごいですよね。
そうかもね。
私今、SARSの起案書の話を聞いてた時に、今の話をしながら同時に浮かんでた人がいて、
それ私が今最近読んでる、オーバーストーリーっていう小説があって、
リチャード・パワースっていう人が書いている本なのね。
でもすごい長編で、そうなの、アメリカンのサッカーでなんだけどさ、2019年にピューリッザー賞を取ってるんだね。
オーバーストーリー。
このオーバーストーリーって、びっくりするようなソリッドな洗練された一文が、とんでもないスピードで立て続けに出てくるの。
あるあるある。
私、いちいちそれにびっくりして、主に比喩が多いんだけど、どうしてこんな比喩が思いつくんだろうみたいなこととか、
パーンってすっごく洗練されてて、すっごくソリッドで無駄がない、すっごい端的な一文なんだけど、
それがそのまんま意味が届くっていう部分もあるけど、同時にそれこそ余韻というか、想像させる余白がある緊張感がある一文になっているというかさ。
作家さんってすごいですよね。
すっごい、そう、だから、本当に規案書とかだとさ、そのソリッドにしていく方向性が、たぶんある程度ターゲットが見えた上で、
余白とか残しちゃったら、それはさすがに言われますね。
そうだよね。
言われます。
ただ、情報量の多さっていう意味では、似てるものがあると思うけど、
いや、でもなんか、確かに確かに。
そう、だから、なんかその、そういうふうに種類があるって分かった上で、使い分けできたりするのが一番理想なのかもなって、今聞いてて思ったんだけど。
確かに。で、なんだろうな、希望としては、そういう意識を、やっぱり意識の違いかなって思ってるし、柴田さんとか見てても思うし、
確かに。
意識の違いで、文章にも情報量を込めれる限界はあるかもしれないけど、なんか、そんな希望も見えたですね、今。
いや、私ね、その、昨日、まさに昨日やり終えたばっかりなんだけど、この感動を、感動しながらも、一個やり忘れたって思ったことがあって、
この感覚って、じゃあ日常生活で、この感覚をみんなどうやってこれから活用していこうかっていう話までしたかったのに、
確かに。
私、感動しきって帰ってきちゃったって思って、今それも。
大事だけど。
大事なんだけど、でもなんか、それを今大輝君と話せたのがすっごい嬉しいし、文章もそうだなってすっごい思った。
日常生活への応用
やっぱなんか身近なところでこう考えていけるとかっていうのは、なんか普通にそれが日々の人生とか日常を良くしていくことじゃないですか。
まあ営み。
そうだよね。
だから、でもそれはすごい、その経験をしたらおのおのが多分考えてくれると思うし、今こうやって話してても楽しいし、
いやなんか僕もなんだろう、その話聞いててめちゃくちゃやりたいことがたくさん増えました。
うんうんうんうんうん。諦めちゃいけないっていうことなのかな。
それだよ、それだわ。
それだよ。
それだよね。
それだよ。
それだわ。
それだわ。
というか作家さんなんか、あの文章を書く人たちなんか、みんなもうそこと対峙してるわけじゃないですか。
だってもう物を書いてて、うわ言葉なんか伝わらなって思いながらも、
そうだよね。
思い苦しんで書き続けてる。
なんかその、素晴らしい作品が出る、その、なんだろうな、営みの裏には100%たぶんそういう葛藤がある。
全員が抱いてますよね、たぶんね。
うんうんうんうん。
諦めちゃダメなのかもしれないですね。
ね。だから、言葉を使うっていうのはさ、もう、まあそれも英知だし、もうこの生きていくためにはどうしたって必要なことなんだけど、
でも、そこに甘んじずに諦めない?そこに。
確かに、そこの一対一対応ではなく、だけではなく、もう本当に、ちょ、なんだろうな、濃い言葉を使う。
うんうんうんうんうんうん。
まあ薄っぺらい言葉とか濃い言葉とかちょっと分かんないですけど、
うんうんうんうん。
いや僕は特にすごいそういう、なんか密度の濃い言葉を使っていきたいなってめっちゃ思いました。次回の年も込めて。
濃い言葉を作るためには、そこにたくさん情報量があって長くなってたものを短くしてみたりみたいな鍛錬を意識的にもしていくっていうことだよね。
いや本当そうかもしれない。なんかその営みとしていろいろできることもあるけど、
例えば日記とかもそういう使い方ができるかもしれないし、僕はしたいなって思ってるし少なくとも。
あとは多分やってる方もいっぱいいるけど、そういった文章を書き留めたりとかっていう人もいますよね。
もうこの文章いいと思ったらすぐメモっちゃう人とか。
バッシーとかそういうね、癖があるって聞きましたし。
いや僕はそれこそノートにメモしたりとか、まあマーカーを引いたりとか、なんかそういうアンテナを張っていきたいですね。
同じ時間を過ごす。大した時間なんか変わらないから。
うわーいろいろ勉強になりました。
いやーよかった。なんかすごい話せてさらにこう咀嚼して社会とコネクトできた感じだな、私の中で。
確かに確かに。社会と接続していくというか日常生活と。
そうそう日常生活と本当に。
そこを考えていくのってすごい大事だし、僕もめっちゃ大事にしてます。
ちょっとエンディングいきますか。
ありがとう。
ということでこの番組では取り扱ってほしい出来事、株の種や感想を皆さんから募集しています。
概要欄のリンクからぜひお気軽に送ってください。あなたからのお便りお待ちしてます。
今日の株どうだった?
いやもうやりたいことのトゥードゥリストが5、6個ぐらい。
5、6個ぐらいできました。
今度あれだね、いしばしちゃん復活したらさ、3人でもできなくもないから。
確かに確かに。やってみたいやってみたい。やりましょう。
言葉に頼らないコミュニケーション
いやこれはすごい。実はこのあれなんですよね、この株とかこの内容とか、
いしばしちゃんも話聞きたいっていうリクエストもね、ちょっとあったんですよね。
今日行けないけど。
そうだよね。
これ聞かせたいですね、この話。すごい。
あとはなんだろうな、日常生活に落とし込む大切さとかってすごい感じましたね、今日。
うんうん、私も思った。
僕もなんか、これを発見とかをどうやってつなげていけばいいんだろうなっていう、すごい興味関心が湧きまくる話でした。
うーん、よかった。
言葉と向き合い、逃げない。
そうね、そうね。向き合い、効率的になりすぎるっていうことから、逃げないってことだよね。
いやー、なんか今日これ聞いたのめっちゃ意味ある気がします、もう。
読されまく、まあ必要なんだけど、なんかずっと前にゲストに来てくれたヒカリちゃんも言ってましたよね。
うん、言ってたね。
ロジカルなコミュニケーションに寄りすぎて、中身がなんだろう、言うたらちょっと軽くなった的な話というか。
言ってた。
そっから鍛錬をするようにしたんですっていう彼女の、まさにこういう行動してる感じじゃないですか。
そうだよね。
やっぱ鍛錬なんだろうな、いやー。
でもそうやってなんかこう、諦めない仲間がいると、私もちょっと諦めずに。
いや、ほんとにそう。
ねえ、伝え、思い、言葉にならないような思いも、ちゃんと伝えてみようかなとか、ちょっとトライし続けようと思えるよね。
しかもなんだろうな、ちょっとその言葉を使えるだけで、言ったらプラスアルファの価値みたいになるじゃないですか。
やっぱ人間の本質とかがすごい深まると思うんですよ。
なんで、会社の中で、そういった言葉遣いをして、なんか感じてくれる人は、気づいてくれるぐらいな、なんかそういった目標がすごいできました。
なんか、文章いいよねとか言ってもらいたいですね。
だってそういうすごい端的な文章にあふれてるじゃないですか。
その中でちょっと目を引いたりとか、なんだろう、読んだらちょっと、すごい響くものがあるような、ライティングができるようになりたいです、すごい。
あとね、ちょっとずれちゃうかもしれないけど、大輝くんの場合は、やっぱり言葉の音を出すバイブレーションが、本当になんか純粋なバイブレーションだから、それはやっぱり本当に武器だと思う。だから乗りやすいはず。
ちなみにプレゼン大会とかあったんですよ、社内で。めっちゃよかったです。
あのもう、熱量というか、すごい届いてくれますね、やっぱり。
うん、だよね。
それはなんだろうな、純粋に自分の良さかなっていう、指摘もすごいしていただいて。
うん、だよね。
感じました。
だよね。なんかその武器がありながらも、言葉持って行ってさ、鍛錬しようとしてるからさ、それって最強だよね。
いや、そうかも。最強になりたい。
そうだよね。
多分繋がってもきますじゃないですか、使うのは言葉だからこそ。
まだまだその使う言葉自体は甘いなって思うからこそ。
いやー成長したいですね。
いやー楽しみだ。
ありがとう聞いてくれて。
いやもう超最高な時間でした。
いやー言葉って、たぶん今後もずっとなんだろう、話していくと思うんですけど、いっぱい気づきがあったらいいですね。
ありがとうございました。
随時報告していこう、お互い。
では次回も、
一緒に大きな株を抜きましょう。
またねー。
51:08

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