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やっほー!みなさんごきげんよう!アナンディです。 本日もバハマからお届けしまーす。
あっという間に4月の中旬になりましたね。 4月の13日、月曜日。
夕飯を食べ終わった後でございます。まったりタイムでございますね。 なんかさ、あの、英語について話そうかなと思ったの。
なんかずーっと私の生涯、ずっと英語やりたいって言って、 やりたいって最初は言ってて、
憧れてたんだよね。高校生の時から憧れてたの。なんかわかんないけど。 なんかかっこいいみたいな。
なんか日本語がスマートになるのがかっこよくて、英語じゃないんだみたいなね。 なんかさ、日本語で言うとまどろっこしいけど、英語で言うとなんかスカッとする。
三語で済むみたいなさ。なんかそういう、三語ってことないかもしれないけど、なんか三単語で済むみたいなぐらい、 なんか簡単に言えるのがすごいかっこよくて、
憧れてたの。全然、あの、だからって英語ができたわけじゃ全然ないんだよ。 普通って感じ。普通っていう感じの成績だったんだけれども、なんかずっと好きだったんだよね。
でさ、毎年の目標、毎年毎年返したわけ。10代、20代、30代まで返せて、 その時にずーっと英語をやりたい、英語をやりたいって書いてあって、英会話、英語を喋りたいみたいなこと書いてあったんだけれども、
ね、全然何していいかわかんないみたいな感じだったんだよね。
なんかさ、ようやく何の話をしてるかって言ったら、ようやく成長したなっていうのを感じたっていう話でございます。
なんかさ、あのさ、自分の思っていることが言える、伝えられる、コミュニケーションが取れるって素晴らしいなみたいな、改めてそう思いました。
別にさ、大したことないのかもしれないんだけれども、なんかやっぱり自分の言葉で自分の気持ちを表現できるって、こんなに素晴らしいことなのかと思って。
で、もちろんさ、そういうなんか勝手に一方的に言ってることも素晴らしいんだけれども、
ね、モヤモヤしてた気持ちが、あ、こういうことかっていうのがわかったみたいな、まあ今まで言われるなんか言語感みたいな。
だからなんか、それをこう、それを経て伝えるっていう、人に伝わってんなっていうのを感じられるのがすごい嬉しくって。
で、もちろん言えたから、言えたことは言えたけど、ほら、あのさ、なんか日本語で聞いたとしても何言ってんだろこの人みたいな時ない?なんか。
全然まあ自分の気持ちが入ってないってこともあるけれども、ね、上の空、自分が上の空って場合もあるんだけれども、聞きたいと思って聞いてるはずなのに、
この人何を言いたいのかしら?みたいな。なんでこんなことをおしゃべってるのかしら?みたいな。
なんでこういう言い方をするんだろうか?みたいな。なんかもう話が全然入ってこないとか。
なんか何言ってんのか全然わかんないみたいな。日本語なのにわかんないみたいな。
私が一番最初にヨガの哲学の授業を受けた時は、本当にこれが日本語で、日本語なのかと思うほどの訳がわからなかったわけよ。
なんか、死体とか虐待とか言われても、は?みたいな。何ですかそれは?みたいな。え?みたいな。
死後と実後ですか?みたいな。なんかそれを見るのがわかんないね。
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あの、本当にわからない。日本語がわかんない場合もあるし、あるのよ。あったのよ。
でさ、ちょっと寒いんだけど、ちょっと待って。
はいはい、復活いたしました。失礼いたしました。
なんかさ、なんていうのかな。スムーズに自分が思っていることを伝えられるっていうのが、すげーいいなと思ったわけよね。
なんかこう、あーでもない、こうでもない。これまたさ、これ悪い癖でさ、私はもう喋りたい人だからさ、ね?聞いてくれる人大好きなわけよ。
でさ、聞いてくれるだけじゃなくってさ、なんかこう、すごい質問を返してくれる子がいるわけよね。時々。
でさ、そうするとは?みたいな。あ、そういうことか?みたいな感じで結論に達するみたいな。
自分一人じゃやっぱり無理だから、そうやって人の手を借りるわけよね。
なんかそういうのをさ、そういうのってやっぱり人がいないと全然成長ができないわけよ。
でさ、そういうのが欲しかったわけよね。英語でも。どこにいてもっていう感じかな。
でさ、なんかこう、今最近なんかわかんないけど、いっぱい喋れるようになった気がしてて。
気がしてるだけかもしれないんだけれども、なんか喋れないからどうしようとか、発音が悪いからなのかとか、そういうことを考えることもなく、
なんか伝わんなかったら伝わんないで、もう一回違う方法で伝えるみたいな。
なんかわかんないけど、そこになんか引っかかることもなく、あ、でもね、こうでもないし喋れるんだよね。
なんかそれがすごい嬉しくって、なんか自分のダメなところをさらけ出せるというかさ、一回さ、自分の中で腑に落ちないでさらけ出せなくない?
なんかこんなに私、まだまだ英語があるんだみたいな話を、もう笑い話なわけ、私の中では。もう終わった話というか、そのことに対してはね、まだまだいっぱいあるんだけど。
でもなんかあるんだろうけれども、なんかそのことに対して終わったから、なんかこんなにあんの?っていう
こととか、この間言った自分で瞑想してたらなんか、ね、
私をイラつかせてきた人の絵の不満、不平が、うわーって湧き出てきたみたいな。
瞑想中にね、本当は何も考えたくないんだよ。なんだけど、うわーって出てきて、もうこれはどうしようもないって言って、抑えることもしないで、もう出すだけ出そうみたいな、海を出し切ろうと思って出してたのね。
で、そしたらなんかこんなに出てくるんだっていうのが笑い明けてきちゃって。でさ、別に彼女が悪いわけでも、もはや何でもないわけじゃん。
なんていうの、人は変えられないから、そんな気持ちにさせたわけの彼女だけれども、気持ちになったのは私だから、
なんかそんなことざれつるはずないよなと思って、なんていうのかな、バカバカしくなっちゃったわけ。
なんか出し切ったら。なんかそういう、私はそういうのが好きで、とことんいかないとダメだみたいな。
とことんやってみて、やっぱりこのやり方はダメだとか、もう飽きたみたいな風にならないと手放せないから、でもそこまでやればいい。
その瞑想中にやってるっていうのがまた面白くて、なんかこんなに出てくるんだって言って、すごいなんか笑けた話を英語でしたわけよ。
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でさ、爆笑してて。でもなんかそれってテクニックの一つとしてあるんだよみたいな。
だから本当は瞑想って、リフレクションタイムなんだろうね、きっとね。
なんかマインドと話してるケースの方が多いけれども、まあ本来そこではなく、違うところとつながってリフレクションしてるっていうことなのかもしれないなーって思いながら、
別にさ、こうじゃないといけないなんて多分ないから、自分の気持ちが整うことが大事なわけじゃん。
じゃあ次はこうしてみようっていうのを、筋肉のトレーニングと一緒で最初めちゃくちゃきついのよ。
だってもうなんかこうやって動かすって決まってんのもん、自分の中で。
なんか姿勢が悪い、私だったらこう右の股関節がちょっと汚ろしくなくて、ポキポキ言うわけよ。
でもそれでなんかこう、ずれてるわけよね。
で、そのずれを矯正させようと思うと、なんかこう今までにない動きをするから、めちゃくちゃどっか痛かったりするわけ。
痛い、筋肉痛になる。まず筋肉痛になって、まずそんなに動かない、筋肉痛になる、ほぐさなきゃいけない、ほぐしてきた、痛い、みたいな。
ほぐしても痛い、でもだんだんなんか良くなってきて、ポキポキ言わなくなってきた、みたいな。
なんかそういう、でさ、いつしか何も言わなくなるみたいな。
言わないのが普通になるっていうプロセスを経ないといけないから、なんか思考もやっぱり一緒で、
あいつが悪い、こいつが悪いっつって、っていう風に思うこともあるじゃない?
世の中悪いみたいな、私も思ってたことあるから。
なんかさ、それをさ、なんていうの?
あ、そんなこと思ってんだっていうことに気づくっていう。
その過虫にいないっていう。
で、ちょっと距離を置いて、次はどういう風に接したら、なんかこの、うーんってなる気持ちが抑えられるのかなっていうのを、私いつもパートナーに聞いてるわけよ。
もうもう、どうしようもないっていう。このシチュエーションに何回もなるんだけれども、どうやって切り抜けたらいいんだ?みたいな。
何を言ったらいいんだ?みたいな。
まず英語がわかんないのもそうだし、どうやって切り抜けるのがいいのか?みたいな。
そういうのを聞いたりとかしてるのね。
そうするとさ、同じ回路に行かないように仕向けてるわけじゃない?自分で。
考えて、わかんないから人に聞いて、それを自分の中で練習して、次来たらそれを言うっていう。
なんかそういうのをやってるっていう話はね、英語でしてるわけよ。
なんかかっこいいと思う。自分でね。
それでさっき冒頭にも話したように、私はずっと英語に憧れてて。
で、10年勤めた製薬会社を辞めて、英会話にずっとやりたかったからやろうって言って、海外留学をするわけね。
その時にさ、なんでそんなに英語に囚われてるのかなと思ったわけ。
かなりの囚われ方だった。10年以上にわたる囚われをしてたから、なんだろうなと思ったんだけど、
なんかふと、自分の意見を言いたいんだなっていうところにたどり着いたわけよ。
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日本だとさ、みんながNOだからNOって言っとかなきゃみたいな。
みんながYESだから私はNOなんだけどYESって言っとかないと。
みたいな同調する風潮があるじゃない。
なんかそれが嫌だったんだよね。
だから英語っていう環境で、私はNOですって。
みんながYESだろうが私はNOって言いたかったみたいな。
多分そっちが強くて、英語が喋りたいっていうより自分の意見が言いたかった。
その言える環境があるのは、日本よりもしかしたら外国なんじゃないかなっていう期待が入ってたんだと思うんだ。
けどさ、今はさ、結構な割合でNOって言ってるから。
マジで言ってるから。
今日もなんか新しいタスクが全然違うところから降ってきて、
この間言い忘れちゃったんだけど、これもやってもらいたい、あれもやってもらいたいとか言って、
なんかボイスメッセージで来て、半分も聞かずに、ちょっと無理だけどと思って聞かずに、
ちょっと私はもう他の予定が入ってるから無理ですって言って、
他のタスクを与えられてるから無理ですって言って、ごめんねって言って。
もうそこで返して。
なんかね、この言い方が悪いのかいいのかちょっと分からないんだけども、
とにかくでもNOって言わないと、この収支は私は乗り切れられないと思って。
ね、ボーダーを、なんだっけ、ボーダリングって言うんだっけ。
えーと、なんて言うんだっけ、線を引くこと?
なんかこの間、もう忘れちゃったよね。
もう忘れちゃった。名前何でしたっけね。
境界線を引くことを、英語でなんて言うんですかね。
英語で喋れるようになったとか言いながら英語が分かんないっていうね。
全然かっこ悪いんだけれども。
あ、思い出しました。バウンダリーでございます。
バウンダリーの話をしたから、こうやって忘れて、また思い出して、
また使って、また忘れてきっと、また思い出してっていうので、
どんどんどんどんシナプスを強化させていくみたいな感じのことをしております。
なんかね、ちょっと恥ずかしいわ。
喋れるようになった。コミュニケーション取れるのが嬉しい。
自分の感情が言えるのが嬉しい。
なんて言っておきながら、英語はもう単語が出てこないっていうね。
そういうの繰り返しでございます。
でもなんか、あの本当に成長を感じてるし、
もうちょっと喋りたいから喋るけれども、
あ、でもこうでもないっていうのを、
人に話す前に自分で解決していきたいなと思ってはいます。
詰まるところそっちだけれども。
でも今は喋れて、自分の気持ちがシェアできる喜びの方が大きくて、
たとえこれが文句だとしても、私は嬉しいんだよ。
文句言ってること、内容自体はあんまり喜ばしいことじゃないんだけれども、
でもそれが伝えられてるってことが嬉しいですって言って、
最後にいつも文句言った後に言ってるんだ。
目的はさ、あのさ、口を喋るっていうのもあるんだけれども、
そこじゃないんだよ。
私は喋れて嬉しいんだよとか言ってて。
でも相手も笑ってるよね。
よかったねとか言ってて。
でも本当にそうやって解放ができてるっていうのが成長を感じてて嬉しいでございます。
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さあ今日も聞いてくださってありがとうございます。
今日これからあと5分で瞑想が始まりますので準備していきたいと思います。
さあ皆さんも自分の言いたいことを言えてるでしょうか?
言えなくてもやもやしてる時期だって絶対あると思うんだ。
この気持ちだけが。
私は特にあるんだけどね。
なんか違和感しかないみたいな。
なんなのかみたいな。
なんだかわかんないんだけどみたいな。
でもそういう気持ちすら言葉にもなってないことですら大事にしていきたいなと思っております。
ちょっと結論がちょっとわかりませんけれども、聞いてくださってありがとうございます。
どこからか見つけてくださって、いいねくださったりフォローしてくださったりしてるのとっても嬉しいでございます。
日本のめちゃくちゃ反対側のバハマの地でカルマヨガをやっております。
アナンディーがバハマからお届けしました。
それではごきげんよう。