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2022-12-02 24:43

#31 呼称について

今回は、人を呼ぶときの呼び方「呼称」についてをテーマにしました。色んな事例と自分のケースを踏まえて、さん付け/君付け/呼び捨てのメリットデメリットなどを話しています。呼称はそれ単体ですまず、その後の表現(言い方など)にも関わってくるので、各シーンで最適化していくとよいのではないかと思っています。よろしくお願いいたします。

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こんにちは、シロクロの伊藤です。
Podcast 31回目、今回は、呼称について、というテーマで話したいと思います。
今日は、2022年12月2日、金曜日です。よろしくお願いします。
呼称についてということで、呼称、人を呼ぶときの呼び方の話ですね。
名前とか、名字でさんづけにしたり、くんづけにしたり、呼び捨てにしたりとかですね、あざなだったりとか、そのあたりの話になります。
元からちょっと思うところがあったタイミングで、
ちょうどサッカーのワールドカップをやっていて、そこで本田さんが、自分より若い選手に対しても、何々さんと、名字でさんづけで呼んでいて、
自分の仲のいい人たちに対しては相性で呼んだりしていたことが、結構ネット上で少し話題になっていて、
おおむね賛同の意見が多かったと思うんですけど、僕もそれに関してはすごい賛成だったんですけどね。
ちょっとそのあたり、いろいろ調べてみたのと、自分の意見も話していこうと思います。
先に前提なんですけど、僕のいろんな場所で周りの人、大人たちもいろんな呼び方をしていますが、
それに対して否定するつもりはないし、非難するつもりもなくて、かといって、それはこうした方がいいですよというところまで自信を持って言える話でもなくて、
ただ私はこう思っているっていう話をできればと思います。批判の話ではないということを先にお話ししておければと思います。
いくつか事例というか、いろんなケースの話をしてみたいと思います。
社会人とかだと年齢関係なく、何々さん、苗字でさんづけをするっていうのがほとんどケースだと思います。
同じ会社内の同期とか仲のいい人とかだったら話は変わってくると思うんですけど、
違う会社の人、仕事上での付き合いの人っていうのは基本的には苗字でさんづけがほとんど当たり前の状況かなと思います。
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あとは最近の小学校は、全部が全部そうだとは思わないんですけど、苗字でさんづけしているんですね、先生は生徒に対して。
男女問わず。男の子の伊藤くんに対して。
僕の時代は多分伊藤くんだった。少なくとも伊藤さんじゃなくて、伊藤くんかもしくは伊藤だったと思います。
関連する話で、毎日新聞では、男女問わず、児童はさんづけに統一したらしいんですね。
これ調べると2016年春からそういうふうにしたらしくて。
未就学児、小学生未満の子には何々ちゃんっていう表記にしているらしいです。
これはジェンダー的な公正さへの配慮とか、そういったところからそのようにしているらしいんですけど。
くんっていうのは、そもそも国語辞典とかで調べてみると、
同等以下のものを呼ぶときにそのように使うらしくて、
そういう意味も含め、確かに僕が20歳ぐらいの男性に呼ぶときは、
関係性にもよるけど、何々くんって言ってる気がするので、
そういったところの公正さという意味で朝日新聞社ではさんづけにしていると。
他の新聞社とかでも近い話なのかもしれないですね。
あと国会では、これ最新情報かどうかわからないけれども、
女性も男性もくんづけで呼んでいるらしいですね。
これは明治時代から続いてる話で、
ただ昔ながらの男性社会の名残っていうわけではなくて、
きちんと議論の場なので、
誰もが対等な立場で議論できるようにっていう意味で、
公平さを求めてくんづけ。
公平じゃないな、その場合。平等か。
くんづけにしているらしいですね。
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いろいろ調べていて、結構僕の意見にすごく近い論文が見つかりまして、
坂木原牛広さん。
この場合も先生っていう方。
あれに故障にしたほうがいいのかどうかちょっとわからないけれども。
しかるときこそ丁寧にっていう論文、2012年のものがありまして、
特に教育現場、対子供、小学生、中高生とかでもそうかもしれないんですけど、
入試でさんづけ、くんづけって呼ぶケースと、
呼び捨てにするケースがあると。
僕も思い返せば、小学校はそもそも記憶がだいぶ怪しいんだけど、
中高あたりだと、呼び捨てにしてくる先生っていうのは確かにいて、
もちろんくんづけで呼ぶ先生も多分いた気がするんですけど、
特に関係性が出来上がっていない初期の頃とかでも、
伊藤とかそういう感じで呼んでいた、呼ばれていた記憶がありますね。
これに関して、個人的に思う呼び捨てのメリットデメリットっていうところなんですけど、
ちょっと今先ほどの論文から離れているんですけど、
呼び捨てにすることでのメリットっていうのは、
親しい相柄、間柄であると親近感を得やすいのではないか、
というメリットと、
あとは逆のデメリットで、呼び捨てにされることで不快に思うと。
なんで呼び捨てにされてるんだろうというところですね。
それはどちらのケースでも、結局は相手による関係性によるところが大きいと思うんですね。
ただそれは、これの難しい点っていうのは、
やはり相手がどう思っているか表面からわからないというところですよね。
親しい感じで話していても、受け取り側としては、
いやいや、対先生だからニコニコしているだけで、
私は呼び捨てにされていてとても不愉快ですよって裏で思っているかもしれないっていう。
それはたぶんパッと見て絶対にわからない。
それをあからさまに不快に反応することって、
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やはり学校の現場とかだと待っていけないと思うので、
ニコニコしとったほうが無難なのでね。
ということで、実際どう思っているかわからない。
相手も仲良いと思ってるけどっていうところですよね。
僕の場合、中高とかで呼び捨てにされて、
特に不快に思ったことはないですけど、
かといってそれで親しみっていうあれも全然なかったんですけど、
いくつだったかな。
社会人になった後、22歳過ぎた後に、
いろんな仕事のシーンとか、
同業の初先輩方と話したり知り合っていくときに、
結構5年年齢上の方、同業のデザイナーさんから、
伊藤さんはっていう感じで三付けで呼ばれたんですね。
今思うとすごく立派な対応、大人の対応だと思うんですけど、
当時の僕からするとものすごく壁を感じて、
僕に興味ないんだろうなっていうような。
別にそれだけ年離れてるから呼び捨てでいいし、
せめて伊藤くんぐらいの軽い感じでいいんだ。
これ自分で言ってるな。
軽い感じがするのか。
ちょっとカジュアルですよね。
サイン寄りかは。
近いよね、距離感が。
呼び捨てと三付けの間に位置するのがくん付けな気がする。
明らかに年が離れてる方からには、
三付けがちょっと遠いなーっていうのは思ったことがあります。
ただこれも僕の意見なので、
他の人がどう捉えるかっていうのはまた別の話になってくるんですね。
先ほどの坂木原さんの論文で、
僕が一番同意したのが、
ここから引用なんですけど、
生徒への故障はそれだけで完結することはなく、
その後の表現と密接に関わっていることである。
引用終わり。
結局そこだけで完結しないっていう。
伊藤さんっていうのか伊藤って呼ぶのかで、
その前後に続く内容の言い方が変わってくると、
それに引っ張られる形になってくると。
まあ何ですかね。
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伊藤くん今のは、このデザインはここが、
もっとこうすると良かったですね。
っていうのか。
伊藤って言ってる時点でその後に続く言葉、
ひょっとしたらお前とか言いかねないですよね。
伊藤のデザインはちょっとこれとか、
あと多分もう間違いなくそこからため口になってくると思うので、
伊藤のデザインはちょっとここがあんまりこんな感じで良くないよねとか。
要は故障一つで済まない。
その後の話の流れ、態度にも大きく関わってくる。
これスポーツの現場で考えるとめちゃくちゃ納得するんだけど、
伊藤さんって言った後に、
暴言と大罰に繋がらない気がするんですよね。
コーチが生徒に指導している時に、
さんづけでコーチングして、
まあ興味も大罰とか暴言とかも少ないと思うんですけど、
さんづけしてたらそこに繋がりにくいのではないか、
という仮説ですね。
呼び捨てだとそこから特に暴言にはめちゃくちゃ繋がりやすい気がするんですよ。
特に激しいスポーツとかだとより顕著になるのではないかと。
確かに僕が小学校の頃からラグビーやっていて、
小中クラブチーム高校が部活動で、
全部呼び捨てですよね。小学校の頃から。
確かにそれは当時の自分からすると、
別に何も不愉快でも何でもなくそういうものだという認識で。
最近の小学校はさんづけで、
先生は生徒をさんづけしている男女問わずってやったんですけど、
スポーツクラブはそうではないのではないか。
これもちょっと半分仮説なんですけど、
僕が見たシーンにおいては、
小学生のクラブチームも呼び捨てにしているケースは似たりしています。
これがちょっと難しい話で、
サッカーとかコミュニケーションを取るときに、
さんづけでやっている時間がないという問題がありますよね。
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特に試合中とか、チームメイト同士とかで、
伊藤さんもちょっと右に寄ってくださいとか言っている時間はないですよね。
伊藤右でいいわけで。
そうすると普段の練習からそのようになっていくし、
生徒同士がそうであれば、
もちろん監督コーチが試合練習中に指示するのも、
かなり短く話さないといけないから、
さっきの方とか苗字長いじゃないですか。
坂木原さん。
坂木原さんって呼んでいる時間はスポーツにおいてかなり長いので、
そこは相性にしたほうが、
次の言葉が出てくる時間も簡略化されるし、
それに短い時間でコミュニケーションが取れる。
という意味でスポーツの世界において、
相性で呼ぶというのはすごい効率的な話だと思うんですよね。
だからそこは、それは正しい気はするなぁ。
そこを三付けで、丁寧語かため口語かともかく、
呼ぶときの故障は三付け、
苗字で三付けしている時間がない。
だから相性で呼ぶというのは非常に合理的だし、
それ以上の変更はないように思えるんですけど。
それ以外のシーンで、
学校とかではその理屈が当てはまらないので、
難しいですね。
三付け。
じゃあ各学校に生徒に対しては、
三付けという風に強制することは難しいと思うし、
中には当然呼び捨てにされたり、
頭の下の名前で呼ばれたりということの方が、
それをポジティブに捉える子っていうのは当然いるわけで、
そこは強制することはできない。
にしても、さっきの引用のところ、
その後の表現と密接に関わるっていう話を軸にするのであれば、
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できるだけ丁寧な語章と話し方の方が、
穏便なコミュニケーションにつながっていくのではないかと。
言葉遣いも丁寧になるし、ただそれが呼び捨てになると、
たぶんさっきの自分の例でもそうだけど、
雑な表現になっていくと思うんですよね。
なるとやはり前者の方が、
教える側もきちんと丁寧に伝えないといけないという意味では、
よりコミュニケーションレベルを高くして、
より分かりやすい言葉で言い回しで伝える努力をするだろうし、
受け取り側もそれをきちんと受け取ることができる。
雑だからそれがかえって分かりやすいとか、
例外で言えばいくらでもあるんだけど、
その方が個人的にはスマートではないのかなと。
なかなか教育現場で呼び捨てイコール、
動言体罰につながるかというと、なかなか難しいですけど、
スポーツの現場では、今はどうかわからないけど、
昔はそれに体罰とかによくつながってた理由のひとつな気はしますね。
これなんか実験とかないのかな。
でも、前に怒る怒らないの話をしたときに、
怒らない大会みたいなの大人がやってるっていうのを聞いて、
そうするとそれはでも普段の練習から、
さんづけでやってるところとかないのかな。
それにおいてどういう結果をもたらしているかとか、
なんかあると面白いですけどね。
なのでまとめると、
まあでもそうね、何度も言ってるけど、
故障はそれだけで完結することはなく、
その後の表現と密接にかかっているっていうところをですね、
だから人と接する、別に教育現場に限らずですけど、
人と接するときっていうのは、そこを気をつけて、
故障を含めてコミュニケーションを取らないといけないっていうところですね。
だから要は、僕が一番最初に話した、
これは誰々の否定する話ではないっていうのは、
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僕が見てきたところで、
若い人を指捨てにするシーンを、
いろんなところでそれなりに見ているってことですね。
それを僕は否定するわけではないっていうのは、
ここで言っておきたいと思います。
非常に難しいのは、
じゃあ組織を変えたいかっていうとなかなか難しい話で、
それは俺の仕事じゃないなって気もするし、
それは出しゃばるなって話になるので。
ただし、完全な異なる主義ではなくて、
そこに踏み入れることのあれはないけれども、
ただ私はこう思っているっていうのは、
自分の意見っていうのは真正面から提示しておくべきだと思うので、
私はどう思ってるっていうのは、
ここに残しておこうと思った話でした。
今回論文に関してもいくつか引用させていただいてるので、
いわゆる引用元をここに残しておこうと思います。
でもURLをこういうのも聞くのもしんどいので、
要はそこの引用元にたどり着ければいいかなと思うので、
それをアナウンスしておきます。
論文に関しては、先ほどの坂木原義博さんという方のもので、
京都教育大学のドメイン www.kyu-uaczjp-12-25.pdf
たぶん坂木原義博叱るときこそ丁寧にググれば出てくると思います。
もう一つは毎日新聞の話。
これも毎日新聞スペース男子児童生徒の呼び方とかでググれば出てくると思います。
もう一つが国会の話ですね。
これもTBSの公式サイトかな。
国会では女性も男性も組んで読んでいる理由とかでググればたどり着くと思います。
今回はちょっと珍しく引用した話ですね。
坂木原先生の論文は個人的には賛同する内容だったので、
いろんな現場に広がればいいなと思います。
ちょっと危なっかしい。危なっかしい。自分の立場が危なっかしくなる話でした。
でもそれで既に不快に思ってる人がたぶんちょっとはいると思うので、
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それを僕が見て何も触れないっていうのはどうなんだっていう気もするので録画しました。
いろんな面含めてちょっとずつでも健全な世の中になっていくといいよねって話ですよね。
今日はそれで終わろうと思います。
ありがとうございました。また次回。さようなら。
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