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それでは早速地、地球の運動について最終話、タイトルが?について入っていきたいと思います。
まあまずはなんか日本語では?マーク存在しないんじゃない?
か丸っていうのが?っていうことになってる。
大平 でもみんな普通に使うけどね。
便利便利。
大平 めっちゃ便利。
スペイン語の方が便利だけどな。
スペイン語では?マークをひっくり返して文の最初の方につけるわけ。
これから始まる文章が質問になりますっていうことを示す。
英語とかは最後まで質問になってるか、普通の文章になってるのかがわからないわけ。
でもスペイン語だと最初からこれが質問になるっていうのをすでに気づいてるわけ。
大平 分かりました。この最終は?なんですけれども、青年ラファウがアルベルトを学術系サロンに誘います。
そこでラファウが階段の上に立ってみんなの前で演説を行い、アルベルトには楽しんでいってねみたいな感じで言って、
僕ちょっと用事があるから君はあっちのテーブルで宇宙論でも聞いてきなよみたいな感じで言って、
アルベルトは言われるがままにそのテーブルに行って話を聞くんですけれども、途中で星の観測を今日してないっていうことに気がついて、
お家に帰るんですね。
真面目だよな。
大平 真面目だね。他の人たちいいの?とか思った、私は、その時。
なんで?
大平 他の人たちは観測してないんだと思って。みんなが同じような研究をしてるわけではないかもしれないけれど。
それもそうだし、名が良くないとしようと思っても無駄だし。
大平 そうかそうか。ということで、家に帰った時の衝撃シーンがありまして、自分の父親がなんとラファウに殺されていたと。
ここでですね、シェスコさんは前回私たち3Mオタックのエピソードで最終話の予想して、
誰も死なない。
大平 誰も死なないだろうって言ってたけど、
間違った。
大平 間違ってましたね、それはね。
メインキャラが死んでないからね。
大平 今回はメインキャラも死んでない。
その点でちょっとあった感じ。
大平 まあね、でもそう来るかって思わない。
だよね、殺人があるなんて思わなかったよ。もう散々だよ、殺人なんて。
大平 しかもね、その主人公だったラファウのような人というか青年ラファウがやってたっていうのにびっくり。
ですね。
大平 もう最後までびっくりさせられる。もう気が抜けないよね。
展開がわからない。
大平 本当だよねっていう衝撃的なシーンだったんですけれども、そこでですね、アルベルトに対してラファウがもうすごい沈着冷静に穏やかに、
これには理由があってねみたいな。聞けば多分君もわかると思う。
まあそれも自殺した時も同じだったんでしょ。
大平 あの処刑っていうかね。
処刑されることもあったかもしれないんだけど、その前に拷問を受けるはずだったんだから。
拷問を受けずに済むのは自殺するしかないって合理的に考えて自殺してしまった。
今回はこの情報を得るために殺人しかないって考えて、それで冷静に殺人を行いました。
大平 でもそういう最初のエピソード1,2,3のラファウの性格を見てると、大人になったラファウがああいうことをしても変な話、不思議ではないなっていう感じがしたね。
同じ考え方してるんだけど。
大平 ちょっとエクストリームだったね。
うん、めっちゃエクストリーム。
大平 それは本当に必要だったのかっていう。
何が?殺人が?
大平 殺人が。
そうですよね。なんか他の方法もあったんだろう。
大平 って思うけどね。
そう思うけど、多分作者が見せたかったのは、こういう考え方をする人は自殺でも殺人でも行ってもおかしくないっていうか、なんかそういう考え方の危ないところが示したかったんでしょう。
大平 この衝撃のシーンがありまして、子供の時の出来事を国会室に入って司祭にずっと話をしていたということなんですよね。アルベルトの小さい頃の話を終えた後に司祭も自分の話をし始めます。
大平 見てる時に司祭が出てきた時に顔がちゃんと映ってないじゃない?っていうことはなんか怪しいよね。
誰かだなーって。
大平 誰なのこの人。なんか年取った感じはしてたけど、誰なんだこの人。
知ってる人なんでしょうねーって思うよな。
大平 って思いながら見てて、それで話し始めたら、友人を見殺しにしたことがあるって。その友人は許されない罪を犯してしまって、それは悪いことをしたんだけれどもそれに対して何もできなかったみたいな。
大平 来たよ。
やっぱり。
大平 やっぱりあの人しかいないと思いましたね。ヨレンタに拷問をかけていた二人の助手じゃないけど、ノバックの何て言うんだろうな。
司祭なんだけどね。司祭になってるか、なろうとしてるか。
大平 なりかけか。
なりかけてるかなんだけど、そういう髪型をしてるのはお坊さんだっていう証拠や。
で、ノバックはそうしてないでしょ。
大平 そうだね。
彼はお坊さんではない。雇われてるらしい。
大平 そうだね。外部から教会に雇われてるんだ。
とりあえず難しいんだけど、お坊さんはみんなそういう髪型をしなきゃいけなかったんだ、あの時は。
大平 わからない。だからヨレンタに拷問をかけてて、一人の方はヨレンタを逃して、もう一人の人は教会側っていうか、アントニオ側につくっていうか。
実際どう考えてたかはあれだけど、その時はこれはやらなきゃいけないことだからっていうふうに考えてたかもしれないけれども。
信じてたんでしょ。
大平 要するにその人なんではないかと。名前がレフって言ったかな。
レフ。絶対それだ。
大平 まあ一応ね、戻って司祭とレフの声優さんを探したら、真嶋潤二さんという同じ方がやってらっしゃったので、そういうことなんではないかなというふうに思いました。
結構長いシーンだったよね、あの国会室のシーンはね。長いことエピソードをまたいで言ってたから。
そこでですね、司祭が後半の方でこんなことを言っています。
効果を捧げればパンが得られる。税を捧げれば権利を得られる。労働を捧げれば報酬を得られる。なら一体何を捧げればこの世の全てを知れる。
なんでしょう。
大平 それは私に聞かないでほしいんだけど。
なんで?
大平 いやそんな、今の今まで本当考えてない。
本当?だって2AMでこんな話したじゃん。
大平 言ったよ、でもそれでもまた考えてなかった。あなたが言ってしまったから。
ごめん。
大平 なんですか。
俺が思うのは確信だと思います。確信を捧げなくてはならないのなら、自信満々で確信って言っちゃいけないでしょうが、確信だと思います。
それはこのシリーズが言いたいのは、何かを信じるっていうのは良いことではない。信じるより質問を問うのが正解です。
だからその時代の人たちはみんな教会を信じて、教会が言うことは全部正しいから、自分で質問を問うまでもないとは考えてて、真実が見えなかったわけ。
でもこれはなぜこうなるのかを問い続けてた人間たちが真実に近づくことができました。
捧げなければならないのは、その信じてることとか確信を捨ててアポリアになって、自分で考えて自分で答えを見つけるのがしなきゃいけないこと。
大平 それは静子さんの考察。
俺が考えてること。
大平 私はあの時は、いやわかんない、マジわかんないしか思わなかった。でもほら、司祭もさ、それを自分で探してくださいって言ってたじゃん。
だからよ。
大平 私も探せって。
そう、みんな探せって。だから俺から聞いて、ああ確信ですねとか、考えちゃいけません。
俺を信じることはダメなんだから、自分で考えなさいっていうのがそれが答えなんです。
大平 最初に言われちゃったら、ああそうだよねって思うし、すごい楽な方は。
でもなんか多分それを言いたいとは思うんだけど、俺がそう言ってるからみんながそう信じるべきではなく、みんなが自分たちで考えて自分たちの答えを探したほうがいいです。
大平 分かりました。ちなみにこの今言ったフレーズなんですけれども、地の一番最初のエピソードの冒頭、本当の一番最初にナレーターが言ってる言葉とまるまる一緒。この言葉で地の物語が始まる。
その時は全然何とも思わなかったな。
大平 何とも思わなかったね。あんまりほら私たち知らなかったじゃん。地道説系みたいなのは聞いてたけど。
だから俺はちょっとだけはどっかの図書館とかでペラペラペラって見た時に、俺が見たシーンはオクシーと一緒に働いてた火星を見てた人が本をあげて亡くなるシーン。それだけを見た。
大平 スポイラー?
こういう話なんだ。人があげなく死ぬ話だなって。それしか分かんない。でもそれが最後だと思ってた。多分その本の終わり頃にそれが出てきたんだから、これが最後か?なんか不思議だなって思って。だからその途中のところはちょっとだけ知ってたけど。
大平 それはまだ全然前半の方だね。
だよね。それ以外は全然わからなかったんだけど。
大平 このフレーズを語ってたのが同じ声優さんでマジマ・ジュンジュさんで。
思い出した。思い出したのは最初にそれを見た時は、絶対命なんだねって俺が思った。
大平 クリスト教の中ではイエスが言ったことじゃなくて、ポールはイエスから約60年後?100年まではいかないと思うけど、60年後に生きてた。最初はユダヤ教でローマンリリジョンになってて、あんまりユダヤ教で強くなくて、ローマ帝国の使い手としてキリシタンを見つけ出して、
なんでそこだけキリシタンにしたの?
キリシタンを当たる役目を持ってた人なので、馬を乗りながら太陽を見て、十字が出てきて、そこでクリスト教が真実だと悟って、キリシタンになって、いろいろ手紙とか他のキリシタンたちに書いてあげた。それが聖書に入ってるわけ。
だからイエスでもなかったんだけど、似たような大切さの人間で、これがポールが書いたことなんだけど、今は鏡を見るように完璧で見えないんだけど、あの時は目を向き合って見えるから、その時は真実がわかる。
それが言いたいのは、死んでから神様と目と向き合って会えることができるから、その時はお互い全部わかるんでしょう。
要するに人間は生きたままはお互いをわかり合えることはできないんだけど、真実が知れないんだけど、亡くなってからは神様と一緒になって、全部がわかるようになれる。
だから最初の方では、何を捧げれば真実がわかるのかって言った時は、命なのかな。
要するに生きてる間に真実が分からない、分かれない状態なんだけど、命を捧げれば全部がわかるんでしょう。最後の方ではそうではなかったと思う。本当に確信だと俺は思ってるけど。
最初は命じゃないかなって思った。それがみんな死んでいく話なんだからさ。
捧げ続けたもんね、みんなね。
それとも、自分一人で真実がわからないんだけど、自分の働きとか悟ったことを書いて次の人に渡して、いずれは人類が真実を知ることができるかもしれないんだけど、個人個人は多分わからないんだろう。
そういう意味で命なんじゃないかって俺が思ったけど。
私何も考えてないな。そんなに考えてたの?
考えてた。
すごいね。
ごめん、歴史の先生なので。
だから、私がちょっとあのポワポワしてる人だからかなと思って。
歴史も心理学も哲学も結構好きなので。
好きそうだよね。
こういう話は意外と好きなんだ。
私も好きだけど、そこまで考えてない。
だろうね。そういう人にとってはね、もう素晴らしい作品。
私はそういうのを勉強したことないし、そんなに深く考えたこともないけど、それでもすごい楽しく見れた。ストーリー性がすごいあって、楽しいアニメだったなというふうに思うんですけれど。
そしてですね、アルベルトが結局大学に行くことを決めて、自分の大学入学願書みたいなものを書いて提出するんですけれども、その時の名前がアルベルト・ブルゼウスキー。
それ、カタカナで書いてあるの?
書いてある。
ああ、そうか。
という名前で、これは最終話に、ブルゼウスキーはアルベルトはこういう人ですよ、みたいな。結局はコペルニクスも生徒の一人だったよ、みたいなことが書いてあって、話がつながっていくんだろうなっていうふうに想像はできますね。
最後にですね、この皆さんが疑問に思っている最終話、青年ラファウ。これは一体どういうことだったんだろうと結局。
俺、レディットでいろんな理論を読んできたんで、多分なんか俺が一番合ってるねって思ったのは、わざとみんながえ?って思うために同じキャラを使ったんじゃないか、制作者が。
それはなんかラファウが逃げ出して、本当は死ななかったよとかじゃなく、タイムラインとか、別の世界線、別の世界線に来たとか、というわけでもなく、アルベルトは子供の頃だったんだから、はっきりと覚えてないか。
まあそういう可能性もあるよね、子供の記憶ってね。
作者が見せたいのは、こういうような考え方のある人は、みんな要するにラファウっていうことか、多分なんか前回はちょっと半分冗談で言ったんだけど、見てる人たちにアポリアを感じさせるためにラファウをまた出した。
それでえ?なんで?どうして?どうやって?って、みんなが思うようにありえないことを入れた。
しかもさ、エピソード1、2、3で見たラファウの年齢じゃなくて、ちょっと大きくなっているラファウっていうところがますます?っていう。
そうそうそう。それでちゃんと考えれば、合理的に考えると、あの時の子供の頃のラファウが自殺せずにそのまま生きてたら、多分40代になってるんだろうと思うけど。
40代近くかな。
短くても多分25年ぐらいは経ってるから、その青年のままではいられない。
そうよね。
どういうことになって。
計算したもんね。
そうそうそう。ちゃんと足して、引いて、計算して、これは無理って気づいて、じゃあ同じラファウではないけど、違うラファウというわけでもなくて、わざとありえないことにしてる。
それは真実っていうわけでもない。それがみんなを考えさせるために、わざと同じようにしたんだけど、似たような顔で似たような名前の人がいるっていうことはありえないわけでもないし、
俺が一番信じたいのは、アルベルトが子供だったから、記憶の中は完璧に同じ人じゃないから、それを信用しちゃいけないっていうこと。
それプラス、作者が言いたいことは、地位を得るためとか合理的に生きるって決めた人たちの危ないところを示したいから、
人の命は地位と比べて、地位の方が大事だと思っている人たちは危ないっていうことを示すために、同じラファウというキャラにしたんだけど、本当は同じ人ではない。
要するに視聴者も試されてるって感じ?
そうそう。視聴者がアポリアを感じるように、わざと難しいことを出したじゃないか。
それを聞いたら納得できるかなって思った。私の中では。本当の意図はウォートさんにしかわからないかもしれないけど、その説明だったら私もしっくりくるかなって思った。
青年ラファウのことがすごい気になって、エピソード戻って見たりもしたけれども、
一回最終話を見終わって、再び最終話を見てちょっといろいろ確認しているときに、アルベルトに対してラファウが言った言葉、どうして殺してしまったかっていうのを説明する前に言った言葉が、すごい試されているような言葉に聞こえたっていうのがあって、それが君の気持ちはよくわかる。混乱してるよね。
でもまずは冷静になってほしい。理性的に対応すればこの状況も飲み込めるはずだ。君ならできるって言いながら、どうして殺したかって言うんだけども、その言葉が私たちに向けられてるんじゃないかと思って、作者から試されてるんじゃね?って思ったの。
そういう気持ちになった。再び戻って見てみたら。ということで、本当に良かったと思う。最初見たときは本当に、何?どういうこと?わけわかんない。
そう、最初に見たときはこういう終わり方かよと思ったんだけど、ますます考えるとますます面白くなる。
そうだね。というわけで次にですね、サカナクションの怪獣、主題歌ですね、についてちょっと話していきたいと思います。
地の最終話が出た後ですね、オンエア直後にサカナクションの怪獣のミュージックビデオが配信されました。これ私たちでね、オンタイムで見たね。時間的に良かったけどね、ロサンゼルスでは朝の8時ぐらいだったから全然余裕で見ることができたんですけれども。
これもなんか2人でいろいろ話し合って、どうしてこうなんだろう?これはどういう意味なんだろう?みたいなことをいろいろ話してはいたんですけれども。詳しいですね、解説については、公認サカナクション山口一郎の切り身チャンネルというYouTubeチャンネルで、監督の田中雄介さんが結構細かく説明しているので、そちらを見ていただければ早いかと思うんですけれども。
でも、卵みたいなものをサカナクションのボーカリストの山口さんが抱えていて、それを守るようにして逃げ続けるっていう。逃げ続けるんだけど、それを何とかしようといろんな人たちが出てくるんだよね。
お金で解決しようとしたり、色気で解決しようとしたり、暴力で解決しようとしたり、催眠術で解決しようとしたりという人たちが出てきます。そこで女の子、小さい女の子も出てくるんだけれども、その子はそういうことはしなかったんだよね。ただペンをあげたっていう。
山口さんは曲を作るからね。そういう意味だったみたいなんですけれども、結局サブウェイみたいなところでずっと逃げて、壁がね、怖いよねあれね。
両方から押しつぶされるように迫ってきて、そこからそこでもがいてみたいな。結局その卵を知らない人に渡すんだけど、山口さんはクラッシュされてっていう。
ストーリー性のあるミュージックビデオでした。ちょっとなんかこう逃げてる様子が何回もリピートされてて、見てる側としては何が起きるんだろう、何が起きるんだろうっていうふうに思って、最後にそのもらったペンでちょっと攻撃するっていうか。
そう、それが一番面白いところだよ。ああ、なんかああいうふうに使うんだって。絶対なんか普通にペンは書くものでしょ。だから書くんじゃなくて攻撃するために使ったのは、
みたいな感じだったんですけれども、あのシスコさんは、シスコさんで独自の考え方とか、
うん、あのその説を読む前に俺が考えたのは、まああのインタビューの時に、
小島さんはあの打つ病と戦ったことがあるので、そのどうしてずっと同じようなシーンがくるかっていうのを、
シスコさんはシスコさんで 独自の考え方があったと思うんだけど
シスコ 説を読む前に 俺が考えたのは
山口さんはうつ病と戦ったことがあるので
どうしてずっと同じようなシーンが 繰り返してくるのかと思うと
それがうつ病と戦うと同じなんじゃないかって 俺が思った
どんなに頑張っても何も変わらないような考えとか
やっと地下鉄から逃げようと思ったら また同じ場所にたどり着くとか
どうしても世界が変わらないとか
そういう考え方はうつで苦しんでる人の考え方っていうことが
示してるんじゃないかって俺が思った
その卵は希望とか いつかは新しい自分が生まれるとかを考えて
必死に戦ってるんだと思った
そうね 自分の命に変えても守り続けるみたいな