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にじシバラジオ#106 ✦不登校への取組と見方・環境はどう変わった? ✦ゆるクィア用語辞典 第41回「父親役割」
2026-08-12 26:12

にじシバラジオ#106 ✦不登校への取組と見方・環境はどう変わった? ✦ゆるクィア用語辞典 第41回「父親役割」

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ぷらっとほーむ~かわぐち不登校ネットワークイベント「結のひろば」/ 準備体制とボランティアの熱量 / 多数の市議会議員、教育関係者が来場 / 「不登校を公に共有できる」という時代の変化 / 手弁当で真摯に向き合う参加者・行政関係者 / 不登校をめぐる現在のアジェンダ / 多様化する不登校の要因と子供たちの訴え / 社会生活へのアジャストという課題 / 父親世代の圧倒的な不在とジェンダー格差 / 思春期の親子コミュニケーションの難しさ / ゆるクィア用語辞典 第41回「父親役割」 / 「役に立つ教訓」を求めがちな男性ジェンダー / 父親たちが緩くつながり合える場への期待 /

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サマリー

今回のエピソードでは、川口市で開催された不登校に関するイベントの様子が語られます。多くの教育関係者や議員が参加し、不登校が公に共有できる社会へと変化していることが示唆されました。また、不登校の要因の多様化や、社会生活への適応という課題についても触れられています。後半では、「父親役割」をテーマに、不登校支援における父親の不在やジェンダー格差、思春期の親子コミュニケーションの難しさについて考察し、父親たちが緩く繋がれる場の必要性が議論されました。

不登校イベント「結のひろば」の盛況ぶり
こんにちは。にじシバラジオ第106回です。MCのともぞーです。 小倉です。
にじシバラジオは、LGBTQ系サブカル・社会ネタを主に取り上げるポッドキャストです。 小倉さんが参加されたイベントがあるという。
そうなんですよ。昨日、むすびの広場っていうのをね、川口に5ヵ所、不登校親の回のネットワークができたんですよ。
5つの団体ができたので、そこが一緒に手を取り合って、イベントを開こうと。 それに関連する子ども関係の、居場所づくりをやっているところとか、そういったところが参加して、
十数団体、17とか18とかもあるんで、番号を振ってあったと思うんで、あれなんですけど、ブースを出して、いろいろそういう不登校の子どもたちとか、親に対して接点。
交流。 そうそう、持つ場。ここに相談しようかしらっていう、いろいろその学校見学と一緒でさ、ここに関わらせてもらおうとなって、チャンスになるようなイベントがあったんですよ。
で、それに実は私、川口高子どもの未来アソシエイツっていうグループをやっていて、そこも出展してたのね。
本当に軽い気持ちで出展して、世の中の人たちの圧倒的な良さ、自然性に打ちしがれたっていう感じで、すごいチャランポランに参加して、私たちはたまたまグループとかに関わらせてもらっている都合があって、
ブースとかも撮ってもらって、すごい軽い気持ちで自分のチラシだけ持って参加しただけなんですけど、他のところはね、どうやって親と相談しようかっていう、ツールとか準備したりしてるところもあるし、会自体の運営もボランティアスタッフが10人以上のレベルで。
すごい。で、私ね、本当にどんな大きな会になるなんて思ってなかったでしょ。日頃関わってる人たちがやってる集まりなんでしょって。だから、すごい軽い気持ちで行ったの。そしたら、次から次へと、本当に教育関係の先生方、まず学校の先生、それから教育委員会の人、それから市役所の人、議員さん、そしてまた市長に至るまで。
で、もちろん親とか子どもとかも来てるわけですけど、結構な人がどうやって準備したの?ってぐらいの感じで来てたんですよ。で、青木会館っていう、福祉川口の社会福祉協会がある場所と同じ場所でやったんですけど、多くの人のね、本当に前世に。
いや、不登校はやっぱそれだけやっぱり感心地になってるってことでしょうね。まず一つになってる。で、ちょうどね、一緒にいたうちのグループの人と話をしてたんだけど、昔は自分の子どもが不登校だって言えなかったっていうのがある。で、こういう集まりやりますよっていうふうに他の人に連絡で流したらば、そういうのを今口に出せるようになったのねっていうふうに。
っていうのを複数件連絡をもらったと。行っちゃっていいの?っていう気持ち半分で。だから、ほら、私たちちょっと今の子どもたちに比べると上の世代じゃないですか。
その親にしてもね。そうすると、その世代は子どもの不登校なんて言いづらい。仮に不登校だってことがあるにしても、なんかもう後ろめたい感じ。親としてはもういたたまれない感じで表に出せなかった話が、今はその不登校の親が集まってってこと自体がまず貴重だし、なおかつそれを問題として何かの訴状に乗せる。
公の場で集まるってこと自体が、のテーマになるってこと自体が、やっぱり昔の人たちにしてみるとさ、ちょっとびっくりみたいなね。うん。なんだけど、だからそういった時代が変わったなーっていう思いとともにね。だからね、まあすごい増えてるし、今その不登校が社会的な課題にもなってるってことも事実なんだけど、それをもうね、市議会議員とか10人中って言ってたよ。数えたけど。川口ってだいたい42人かな?
今市議会議員っているはずなんだけど、3分の1くらい来たぐらいの勢いで来てて、それでそれぞれの会の人で話をしたい人があるいは向こうからここに関心があるっていうところに行く人は行くって感じだったんだけど、誠実に親の話に耳を傾けたり、会をやってる人に耳を傾けてて、最後にちょっと話を議員の人と話しさせてもらったときにね、
不登校の問題に、不登校の子どもたちも確かに今厳しい状況にあって、そこにも耳を傾けるべきだけど、親も大変なんだなってことに気がつきました。そこに何とかしていきたいですって話を聞いて、この人たち本当に真面目と思ってる。
いや、そりゃそうでしょ。
いやいやいやいや。私ほんとすごい軽い気持ちで参加してるから。たかだか1地域の1テーマの人たちだけを言って全体像みたいに語りたくないんだけど、結構政治家なんて悪いことだけしてるだろうとか、役者の人とか怠け者だろうとか、
そういう一般的な社会の、
バイアス的な偏見というか。
偏見と比べて、休み偏上で、福祉課の人とかにもあったんだけど、現地で。休日出勤とかじゃなくて、自分のボランティアで来てるわけですよ。
みんなお金なんかもらってるから、行かなくちゃいけなくて来てるんじゃなくて、そういう会があるんだったら是非見に行かなきゃと思って、
クマがやってる人たちって大概もう少し上の世代なのね。自分の子供たちが仮に古党を経験したとか、そういう経験を踏まえて会を始めて、そこから何年もやるわけじゃないですか。
そうするともうその人は自分の子供とかさ、とっくに学校卒業する年になって、学校行ってるとか行ってないとか問題になる年になってんだけど、
自分が苦労したことを考えて、そういうイベントを開いてるわけですよ。
例えば、なかなかそういう情報にアクセスできないなーとか、誰か同じことで困ってる人いないかなーとかっていう時にね、
あ、こんなのがあったらいいのになーと思いだけで会を続け、そのイベントを開き、なんていう前世だと思うんじゃないですか。
こういうことを積み重ねてきた社会は今までギリギリ成り立ってきてるわけなんだけど、
割とそこに関わりのない人たちって、そういうことに関わりのない人たちって、そこに悪意とか偽善とかさ、
でも別にここで一線にもならないし、正直言ってさ、会をやってる人たちにしてみればさ、集まりをやってる人たちにしてみても、
手弁当で自分の時間を費やしてやれるその凄さに、凄みに私は圧倒されました。
不登校を取り巻く社会の変化と課題
今、不登校をめぐっては何が主要な課題というかアジェンダになっているんですかね?
何がアジェンダなんでしょう?
例えばもう進学の問題とかって、不登校の子たちのための学校が整備されたり、あるいは受験システム、
つまり出席ニースで不登校枠みたいな枠を作ったりとか、結構進学については私は一段落ついてるんじゃないかなって思ったりもするんだけど、
やっぱりその子どもたちのケアとか、そういう子どもを抱えたファミリーのケアみたいなことがやっぱり主眼なんじゃないのかなと思うんですけどね。
だから自分とかは古い人で、昔は不登校というか、登校拒否と呼ばれていた時代を振り返ると、いじめ問題とセットになっているのが多かったのかなと思ってて、
いじめられているから不登校行かないみたいな、
なのでその登校拒否っていうのは、いじめ問題とセットで語られる側面があったような気もして、
ただ今は不登校っていう場合は、別にいじめだけに限らないというか、いろんな理由があって、単純に行きたくないから行きたくないみたいなのもあるでしょうし、
不登校っていった場合の子どもの物体も、そういう対応化している。
なおかつそういう子たちが、学校に行きませんでした。家庭学習するチャンスとか、
家庭学習の問題とかはやっぱり言われる。特に小学生とかは言われていて、学校に行かなかった間の、その子たちが社会で生きていくために最低限必要な知識とか、そういったものをどこかで受け取る、
そういうチャンスはどこにあるでしょうって言われればそうなんだけど、中学生とか高校生ぐらいになると、高校の通信家とかは非常に増えたし、それは卒業する次第は別としてね。
それから中学校とかでもオンライン学習みたいなことも増えたので、不登校に関しては学習面では手厚くなってきてはいるよね。
その後でも会社に行くとか、大学に結局それで行き始めて、大学に通うことが大変ですごい苦労している子どもたちとか、実際その小学生の子どもが家にいたら、
職場のアジャストが一番難しいわけじゃない。望まないことでもっていう環境の中で。
でも働き方も増え起こしているから、本来で言えば昔みたいに必ず新卒じゃないと就職できない時代でもないから、
そういう意味ではアジャストしやすくなってきてはいると思うので、問題自体は口に出せるようになった段階で解決は半分だと思うんだよね。
不登校支援における父親の不在とジェンダー格差
でもお母さんたちとかお父さんもいるんでしょうけど、これは大きな問題かもしれないね。
実際不登校の現場とか親の会の人たちとかって、やっぱりどうしてもお母さんたちになっちゃうっていうのは、お父さんどうしてるっていうのは。
父親不在の。
それはね、昨日の会自体も女性が8割くらいですよ。
それこそ議員さんたちは男性でも来てるけど、あるいは勿論学校の校長先生とかも来ててね。
そういう人たちも男性先生とか校長先生とかそういう人たちは男性だけども、基本的に親の会の大人。
子供は来てたよ。子供の自分も不登校だったんですけど、今学校のフリースクール的なとかに関わってますみたいな男の子とかは来てましたけど、
ちょうどお父さん世代の男の人たちはね、あんな女まだいないんだよね。これはね、あ、まだいないんだって思いました。
だって昨日土曜日ですからね。別に仕事がとかっていう話でもない。
親の会の集まりここで徳蘭でやってたけど、そこでもやっぱり男の人は、あれは時間が早いからというか早いからだが、
その前の時間だから厳しいか。にしても関わる人たちが増えれば時間帯を変えたりとか、お父さんたちの会とかも別でやってる可能性はなきにしてもあるから、でも本当に声なき声なんだなって思いますよね。
何なんですかね。何だろう。父親のがばばがどういうふうに子供の不登校を捉えているのかという。
そうですね。
向き合い方の問題なんですかね。
そう、私も父親がやったことなくて。
ただやっぱりそこの辺がジェンダー格差があるというか、ジェンダーなものさ。
いろいろなくなってきつつあると言いながらも、やっぱりそこを確保としてあるなって感じさせられるのは。
確定のことはやっぱり母親が。
子供のことは母親が。いい時は父親のね、いくめんとかいくばばとか言ったところで、
じゃあ不登校の時にどう父親が向き合えるかみたいなところまでは、まだ問題提起がされきれてない状態なんじゃないかなっていうふうに思いましたね。
なんかちょっとあれですよね。子供が成長して、例えば受験に成功するとかなると、自分の手から見る。
不登校になると見ないことにするみたいな。
なんかそういう傾向が、もしかしたら世の中にはあるのかもしれない。
世の中にはあるかもしれない。
少し障害を持った子供たちのね、父は離婚しがちとかさ、逃げられるんだったら逃げておきたいっていうさ、
人間の佐賀と言えば佐賀なんだけど、お母さん逃げづらいっていう佐賀なんですけどってだけだと思うんですけど、
でもやっぱりそういう場所に男の人たちももう少し増えてくると、状況はもっと改善されるんじゃないかなと思うし。
あとはやっぱあれですね、父子関係って。
さっきなんかやったばっかですね。
エディプスコンプレックス。
それはまあ気に置いとくとして、父子関係って結構コミュニケーション取りづらい問題っていうのは、
父親娘でも父親息子でもあるような気がしていて、自分も父親経験がないんで何とも言えないんですけど、
ある程度、それこそ思春期までは娘、息子とコミュニケーションが取れていたから、思春期を迎えると途端に難しくなるみたいなのっていうのは結構あるような気がします。
まあそれは母親も変わらないかもしれないですけど、
そこで子供が思春期を迎えて親とのコミュニケーションが取りづらくなっている状況を、
結局乗り越えようとする姿勢が見られるか、それか放置するかっていうどっちかの関わり合いで、
母親の方が比較的それに取り組まざるを得ない。
ざるを得ないですね、多分。みんなめんどくさいよ、そんな子供。
嫌だもん、私だって。私の目の前に変な子いたら嫌だと思うもん。それはそうなんだけど。
いや、でも引き受けざるを得ない人たちが、あんなに前向きに子供の将来とか、子供の現在とか、親たちの気持ちとかに寄り添って、
よくあんなに活動できるなと思って、ただただ人の前世にびっくりした回でしたって。不思議な結論になっている。
議員さんたちはそこに来て、いろいろ話を聞いて。
そうそう、だから次の質問とかに、子はどうやっているのかということを確認するためにこういうことはできるよねとか、
こういう質問を出して、ここの家とこういうことをやったらいいよねとかって話にしていこうとか、そういうことをやるんじゃないの。
議員さんのそこは考え方ですけど、憲法上はね、子供に教育を受けさせる義務っていうのが保護者にはあるとされていて、
教育を受けさせる義務っていうのは、必ずしも学校に行かせなきゃいけないってわけではなくて、
教育機会を子供に対して与えるってことだと思うんですけど、議員さんのほうがそれでも学校に行かせなきゃいけないんだと思うのか。
あ、思ってない感じがする、全然。結構こう話してると、あ、そうなんだってみんなから言われるんだけど、
意外と世の中は進んでいて、議員さんも学校にやっぱり子供はさ、もしそこらへんは頑張っていくべきだよ的な人は来ない。
まず多分、いたところで。で、なおかつそういう人たちは本当に子供の気持ち、親の気持ちに、気持ちのほうにどう寄り添うかみたいなことを考えがち。
で、だからさ、川口子供の未来アソシエイツって、第6世紀の子供愛知の集まり、集まりじゃなくて、それをどうしていこうかっていうグループをやってるんだけど、私なんかは。
で、他の人とかにはそういうグループが入ることで、なんかこう、ちょっとそういうのはって言われたりしないの?って言われたりするんですよ。
全くないねん。これも、いや、ないないない、そんなそんな遅れた現実はない。
この間の電話で人と話してて、寄ったばっかりなんだけど、みんなあそこにそうなんだ、そういうテーマがあるんだ、そういう課題があるんだって。
あ、あるいはうちにもそういう子がいてねとかって言ってくれて、誰もそういう人たちが入ってくることで場が乱れるとかって言ってくる人いないのやん。
ほんとに、だからその議員さんたちもなんか学校にはいかなきゃダメだろうとか言うような人はいない。正直いないし、まあいたとしたら来てない。
まあそういうとこにはね。なので、そこらへんはね、もう少し人間を信用していいと思いますよ。
わかりました。
はい、ありがとうございます。
ゆるクィア用語辞典:父親役割
それではこれより、ゆるクイア用語辞典のコーナーとなります。
このコーナーでは、我々がクイアだと思う用語について、我々の解釈で説明してみますということで、今回は父親役割ということで、
本編の方で、父親の存在感が薄いよね、その不登校に関して。
不登校に関しては、はい。
父親役割って結構、いろいろフェミニズム的な文脈とかでもいろいろ言われてきてたところではあって、
昔であれば、性別や借り分担っていうことで言えば、父親というか夫が働いて、妻が家事をして、子供の面倒を見るみたいな。
そうですね。
そういうのが古典的な父親役割的なものとしてイメージされていた。
とにかくお金を持ってくる人みたいなね。
お金を持ってくると。
それが状況が変わりつつあって、妻も働いていることが多いし、夫も働きながら子供に対しても関わったりとか、家事、家の中の仕事もしたり、家にもそれなりの存在感みたいなのが出てきて。
それこそ赤ん坊の時とか、父親教室とか、いろいろそういう試みもされてるし、実際に子育てを楽しむお父さんっていうのもいっぱい出てきているっていう印象が社会の中にあるけども、
確かに問題を抱え始めると、急に父親の存在感が減るっていうのは、さっきも本編の時に言った通りで、不登校の時に父親が前面に出て学校と対話していくとか、
あるいは違うところのコミュニティに参加していくことを促すとかっていう局面を、わりかし見づらい状況になってて、父親もどうしたらいいか困ってるんだろうなという風には思うんだよね。
情報共有、なかなかお互いのお子さんどうなのとかいう風に職場とかでも話す時代でもないじゃないですか。
まあね、そうですね。
減ってきてるし、そうするとお父さんという存在が非常に孤独になりつつ、なおかつ子供にも関われずみたいにそうなってきちゃうのかなという風には思いましたね。
性別で上がる分業の中で、母親の方が子の教育とか子育てになってきたという中で、コミュニケーションの文化的に、母親文化というか、ママさん文化みたいなところの中で、
要するに子供のことを話すっていうコミュニケーションスタイルがある意味定着しているのかなっていうのは。
慣れですね。
これからそうなってくるといいな、男の人でもその辺トロできたりとか相談できたりするような社会になったらいいなと思うんだけど、
実際に親の声っていうのは会場にも貼られてて、いろんな不登校の子を抱えるっていう言い方があれだって言われてる。
不登校の親の人たちがコメントをいっぱい寄せてくれてたんだけど、男性のは1枚しかなかった。
その数の圧倒的に差がすごかった。
それは何なんですかね。自発的に書くものですよね、ああいうのは。
多分そう、だから積極的に声を出していきたいと思うから声を載せてくれたりとか、ぜひお願いしますよっていう。
声の掛け先も含めて女性が多かったんだろうし、お願いしますよっていうところにお父さんの知り合いがいなかったっていう可能性が高くて、
数字というか目で見て、お父さんっていうのは1枚しかなかった。
仮にお母さんが書いてても、後ろで2人で相談して書いたのかもしれんが、そこまでは読み込んでないんだけど、実際父親が直接的に文章を出してくれたのは1ヶ所だけ。
っていうぐらいの感じの差があって、そこら辺をいろんな政治家の人たちとかが来てたわけだから、リーンさんとか教育関係の役所の人とかも来てたわけだから、
父親に負担が増えるとかじゃなくて、今その抱えてるということ自体が彼らの負担でもあると思うから、逆にトロできる場所とか、トロできるチャンネル、それこそLINEグループでもなんでもいいし、
そういうのができると父親役割が不得においてももう少し明白になったりとか、お互い健康ができて気が楽になったりするんじゃないかね。
どうなんでしょうね。世の父親の人たちっていうのは、自分の娘さんなりが不登校になりましたって言った場合に、
それをどういうふうに自分で受け止めたらいいのかっていうところが、まずどういうふうに受け止めてんだろうなっていうのは自分的な謎で、
かつその受け止めたものをどういうふうにコミュニケーションしていけばいいのかっていう部分も謎。
だから多分その父親の人たち自身もその辺のことが受け止めきれない部分もあるかもしれないし。
やっぱり喋ったりすることの中で解決していく問題ってあるじゃないですか。関わったり繋がったりすることでね。それは難しいなと思うのと、
あとはね、たぶん恐らく今後その不登校の人たちが自分が不登校してきた中でまた親になっていったりとかすると、
もう少しその語り手が変わってきたりとか役割の形が変化してきたりするかなとは思うんですけど、
今やっぱり一番そのどんどん増えてるから一番今が不登校者が多い状態で、明らかに親の時の人数よりも多いわけじゃない。
不登校の数が。だからこれから先彼らが中心になって、不登校の子の親文化みたいなのもまた男性も含めたところで作っていってくれるといいなと思ったりはしますけどね。
そうですね。全体として父親にとっての不登校っていうのはどういう風に受け止めているのかっていうところも言語化されてないような気もするし、
言語化されてないので結局周りから見てもよくわからなくてアプローチするのが難しいってことになっちゃうから、
そこは自発性に任せるというよりかは、例えば研究者なり。
そうですね。なんか本が一冊くらい出てそうだけどね。ちょっとその辺もこれからもね、ちょっとそういうところにも安定な方がいいかな。
アプローチが必要なのかなっていうような気がしますね。だからまあもっとその父親自身がもっと積極的にいろんなことを発信するチャンネルというか、
まああってもいいのかなっていう。なんかこれはもう自分の偏見なんですけど、教わってしている人っていうのは教訓を述べがちなので。
教訓とか、その有益性であるとか。
どう解消するかっていうね。
世の中に役に立つことを言わなきゃいけないみたいなプレッシャーみたいなことが、そういうのが男性役割なのかな。
そこから楽になれたらいいなと思いますけど。
だからもっとくだらないことでも、そうでもいいことでもいいから、そういう方法を発信。
まあそういうのはもしかすると芸人さんとかやっているのかもしれないと。
子育て中の芸人さんとか、そういう人は割とそういう自分の子育ての失敗だみたいな。ネタにしがちみたいなイメージがありますけど。
あとはYouTubeとかだとね、チャンネルあると思いますけどね。誰々が不登校の子どもたちと暮らしてますみたいな。
で、他のお父さん同士のコミュニティみたいなのね。ちょっとあったら知りたいなと思うので教えてもらえると。
そういうのがね、結局その父親側の職場でのキャリア形成みたいなところに影響をもたらすみたいな。
まだそっちがそうなのかな。
まだそっちがそうなのかな。
残志がね。
そういうのはどんどん払拭していかないといけないのかなという気がしますね。
女の人たちがここでやってるじゃないですか。しばべしさんはここで、だからお母さんたちが喋ってるんだけど。
ちょっと私その喋りの内容は聞いてないんだけど、多分どうしようがないこととかも言ってると思うのね。
これはやっぱり子どもには言えないけどとか、こういうふうに思っちゃいけないと思ってるんだけど、こう思っちゃうんだよねって話とかを、
お互い交換する手法みたいなのが女性おしゃべり文化の中では出来上がってる。
それはこの人はこういう主義の人なんだとかって思わずに、そうも思っちゃうんだよねっていう範囲でとどめて会話をするっていうのは慣れてる。
そうじゃなくて言っちゃったらこうしなくちゃみたいな、多分そういう男性ジェンダーの習いでそうやっちゃうと、結局そういう会にも参加しても負担にしかならないと言っちゃったりするんだろうなと思いますね。
そうですね。その辺はちょっと男性ジェンダーの問題としてこれからも取り上げていけたら面白いかもしれないですね。
そうですね。
にじシバの告知
そんなところで、ゆるクヤイオー辞典のコーナーでした。
二次芝は、桑口市芝のアンテナブックス&カフェここ芝で月2回開催しています。
ジェンダーやセクシュアリティに関わらず誰でも参加できるおしゃべり会で、LGBTQに関する様々な話題などについて取り上げています。
8月の二次芝は、8月14日と28日に開催予定です。
各回19時から、JR和田帰り東口徒歩5分の場所にあるブックカフェここ芝で開催しますので、ぜひお越しください。
詳しい題材・日時などは、概要欄のホームページをご覧ください。
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それではお聞きいただきありがとうございました。また来週お会いしましょう。さよなら。
さよなら。
26:12

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