「不登校の親の語ろう会」への参加
みなさんこんにちは、あそびやさんのばばさくらです。 以前、インスタなんかでもお知らせしていたんですけども、この間の月曜日、7月27日の月曜日は、あの、寿司市のね、教育研究相談センターの企画した会があって、そこで息子と一緒に不登校の経験談みたいなものをお話ししてきました。
この会はですね、教育相談、教育研究相談センターが毎月1回やってる不登校の親の語ろう会っていうのがあるんですけども、この会はそのセンターの3階で月に1回不登校のお子さんを持つ親御さんが集まって話ができる会なんですけども、これすごくあの私はすごいなって思っていて、
寿司市全体を見てくださっている国沢先生っていうカウンセラーの先生がいらっしゃるんですけども、その先生はね、個人的にお会いしようと思うと、何ヶ月も待たないとお会いできないような先生なんですけども、その親の語ろう会ではお会いできちゃうんですよ。
2時間ぐらいの時間なんですけども、いろんなお話をねできて、今のところ参加者も割と少ないので、結構いろんなお話が聞けて、学校関係でね、いろいろちょっとお話をしたい方には超おすすめ。
これを利用しない手はないっていうぐらいおすすめの会なんですけども、その会からの勉強会みたいな感じで今回の会があったのかな。
全部で1時間半ぐらいの会だったんですけども、息子と一緒に行ってきました。
内容としては最初15分ぐらい息子のフリートークがあって、その後に私のフリートークがあって、質疑応答みたいなものがあって、その後センターからのいろんなインフォメーションがあったりしたんですけども、
息子の不登校体験談
結構参加してくださった方がいっぱいいらっしゃって、運動公園のスマイルのアトリエでやったんですけども、そこが満席になるくらいの感じで、
図書は狭いので知っている方もいっぱいいらっしゃって、私は話すの緊張するなと思ってドキドキしながら行ったんですけども、知っている方がいっぱい来てくださってたので嬉しかったです。
ありがたかったです。
息子はすごい話をするのが上手なんですよね。
お母さんはなんて聞いてくださって、私も迷ったけど、15分という短い時間だし、フリートークでやってみようかなと思って、私もフリートークでやらせていただきました。
息子は中学3年間が主な不登校だったんですけども、今回の話では小学校時代から辛さがあったみたいなことを言っていて、それは私も改めて聞いたことがなかったなと思って、私の中でも発見と驚きがあったりもしたんですけども、
どういうところに違和感を持ったかとか、何日か休んだ後にその学校に戻れる環境があるかないかとかね、その辺なんかも話してて、そうだよな確かになって思いながら聞いていました。
母親の不登校体験談(中学1年生)
その後に私の番が来て、息子の話を受けて、私は何を話そうかなって思ったんですけども、15分という短い時間だし、中学校3年間の中で私側から見た世界、息子から見た世界を話してくれたから、
じゃあその反対側の私から見た世界を話してみようかなと思って話しました。
簡単に言うと、中学入って1年生、頭ちょっといっただけで不登校になった時には、中学校1年生の間は何を言っているのかがわからない。
とにかく私はどうやったら学校に戻ってくれるのかなとか、私の自分のリクエストばっかりを考えていて、子供が何を訴えているのか、何に違和感を持っているのか、何に困っているかっていうことにはあんまり興味がないというか、聞く気を持たないというか、聞くという発想がないっていうのが正しいかな。
聞くという発想がない。だって学校ってそんなもんじゃんとか、それくらい我慢しなよとか、子供が何を言ってもそんな感じ、私の心境としては。
そんなことをしているうちにあっという間に1年が終わり、その年の12月ぐらいからコロナの大騒ぎが始まって、3学期というか年明けもあっという間に終わって、そして中学2年生になった時に、
母親の不登校体験談(中学2年生)
これはもう本当にいよいよいかないぞってなった時に、学校にどうやったら戻れるかとか、そういう話じゃなくなってくる。
実際2年生の時は教室には1回も行ってなかったと思うんですよね。個人面談の時に1回2回学校に行ってた、一緒に行った記憶はあるんですけども、私ももう全然無理矢理連れて行こうとか行ってほしいとかもなくなって、
息子に何が起きているのかとやっと耳を傾けるというか、いろんな話をちょくちょく聞いて、かといってそれを全部納得して受け入れられているわけではなく、
そんなことを言ったってとか思いながらも、やっと子どもの状況を思っていることを聞き始めている状態が、中学校2年生まる1年間そんなことをやってたなと思いました。
母親の不登校体験談(中学3年生と進路)
そしてあっという間に3年生になって、3年生になると進路のことなんかも迫ってくるので、その年から学校内にある教室が苦手な子が行くお部屋、別室というものが稼働し始めて、
そこにぽつぽつ一日短時間ではあるけれども行き始める。行ったり行かなかったり、もちろん毎日行くわけではないけれども行き始める。そこでもいろんな人間関係、結構人数が多かったので、そこの部屋を利用している頃。
なのでそこでもいろんな人間関係がありながらも、行って卒業したんですけども、その3年目私はどういう状況だったかというと、2年生の間に息子の思いとかを聞いて、
で、じゃあわかった。もうあなたの思うように進めばいいって。うちはうちの道を行く。我が家は我が家の道を行くって決めて、決めたんだけども、だけど、
たまたまママ友に言われた言葉とか、そんなことして大丈夫なの?とか、勉強どうしてんの?とか、言われる一言、あとテレビから入ってくる一言だったりとか、そういうことで急にぐらっと自分の気持ちが揺れて、
勉強のことなんていいって。今更勉強とか言うのやめようって決めているのに、急に前後を脈絡なく息子にちょっとは勉強したらみたいにイラっとしてぶつけちゃったりとかして、息子としてはなんだよ急にみたいな。
で、それで私はこう、なんでそんなこと言っちゃったんだろうって思ってへこむみたいな。そういうことを繰り返して繰り返して、だから、なんていうのかな、自己嫌悪に陥ったりしながら、最後の1年間自分を信じるっていうことが一番きつかった。
なんて言うんだろう、いろいろ人のせいにしているときは、そこまできつくなかったんだけど、やっぱり自分と向き合うっていうのは、一番気持ちがアップダウンするっていうか、きついなって思いました。
息子の進路模索と母親の葛藤
うちはうち、息子が思うようにすればいいっていうのは、中学校出たらどうしようっていう話が出てきますよね。
その中学3年生ぐらいになると進路の話が出てきたときに、まず高校に行くのか行かないかっていうそういうところから始め、スタートだけど、そこから最初はプロゲーマーになるって言って、すごいゲームしてて。
それも私から見たら、何にもしてない時間に見えちゃったっていうか、何も生み出してない、何も意味のないような時間に見えちゃう。
後からちゃんと気づけば、その中に彼にとって大事な人間関係もあったし、信頼関係があったりとか、憧れの人がいたりとか、そういうものがあった。
だけど私にはそれは見えなかったから、こんなことやってて大丈夫なのかなって思う。
どんどんどんどんゲームして、ゲームする制限時間を決めていたけども、それじゃ足りないそれじゃ足りないって言われるようになって、
最後戦いが絶えなくなった時に制限時間をかけておくのも、決めとくのも地獄、制限時間外すのも地獄なんだとしたら、もう一回外してみようって思って外したら、
もうすっごいゲームやるようになって、だけどある時点で、プロゲーマーは無理だって彼は気づいたみたいで、それはやるだけやらせてくれたからわかったありがとうって私に言ってくれて、
そして次のステップに進む、次のステップっていうのはじゃあプレイヤーじゃなくて作り手としてやりたい、そういうから今度はプログラミングのN高がやってたプログラミングの教室に通い始める、
だけど半年くらいやって、やっぱりやりたいのはプログラミングじゃないってなって、じゃあ次は何だろうって、ゲームの中で自分を、ゲームが自分を引きつけるものは何だろうって言った時にそのグラフィックっていうか世界観みたいなものって言って、そういう絵を描こうか、やっぱりそうじゃない、
人とのコミュニケーション、繋がりだ、みたいになって、ボイストレーニング、声の仕事ができないかなって言ってボイストレーニングに体験に行ってみたりとか、もう本当に2点3点4点、今は終わってみればそれがすべて今に繋がっているっていうことがわかるんだけど、
その当時はもう何やってもダメじゃんみたいに思う瞬間もあったし、その1日1日の歩みはとっても小さいから前に進んでいるのかなんて全然わからない状態、そういう中で私の気持ちが揺れる、こう揺らぐ、自分を信じたつもりが不安になって子供にその不安だけをぶつけてしまったりとか、
落ち込むみたいなことをずっと繰り返していて、そんな3年間の様子をカタロー会でお話をしました。
不登校経験から得たギフト
でも続きがあって本当に伝えたかったのはそれで、もうその一番苦しい時にはもう出口のないトンネルの中にいるような気持ちになっていたんだけども、だけど進路が決まって、いろんなことが動き出して、トンネルを抜けたなって思った時に、
思ったのは、まあこういう3年間だったからこそ、子供と子供の話を一生懸命聞く耳を持てた。聞く耳を持てたし、だからなんて言うんだろう、かけにえなく話せるようになった、子供と。
それはもう本当にかけがえのないギフトだったって思っていて、もしその最初に不登校になった時に行きなさいって言ってたらもうそこで解決で、それ以上私は何も考えなかっただろうし、
それで行かなかったとすると、次私の中でゴールが変わって、例えば学校以外の居場所はないだろうかとか、そうやって自分の親としてのゴールが変わっていくわけなんだけども、
例えば他に居場所が見つかって楽しく行くようになりましたって言ったら、まあそれで解決で、それ以上考えなかった。
だけど3年間本当にいろんなことを訴え続けて、最後まで行かずに踏ん張ったから、息子が踏ん張ったから、私も他の居場所があるとかないとかそういうこととも違うのかとか、
生きるのに大事なことは出席でもないし、成績でもないし、いろんなものをそうやって手放していって、もう習い事とかももう嫌だって言うから分かった、もういいよって言って全部手放して、
もうそれを残念って思うのもやめて手放していった時に、最後残るものって何なんだろう、そこの命の光というか、最後に残るもの、全部削ぎ落とした後に残るものは何なんだろう大事なもの、これだけは手放してはいけないっていう大事なものは何なんだろうってすごい考えたから、
だから子供の幸せって何だろうって考えたし、それは私の幸せとも同じこと、私にとって幸せって何だろうってそこまで行けたから、本当に子供が待っててくれたような、私がそこに到達するのを待っててくれたような、
ように思いました。
子供の選択を信じること
だから感謝しかないっていうか、子供は最初からずっと同じことを言っていて、そんなに変わってなかったんじゃないかなと思って、
ずっと親である私が成長していくのをただひたすら命がけで待っててくれたのかなって思いました。
それが一番伝えたかったことっていうか、
どんな子供の選択も信じて大丈夫だったんだって思ったんですよね。
ゲームやり放題も、プログラミングやってやめるも、あれやってやめる、これ挑戦してやめるっていうのも、どれも全部正解、どれも信じてよかった。
もううちの子は飽きっぽいんだからとかそういうことは絶対ない。
全部どんな選択も信じてよかったし、応援して大丈夫だったっていうことを全部終わった後にすごく思って、
だからなんだろうな、私もマイナスの言葉をたくさんプレッシャーかけたりとかいろいろ浴びせてしまって申し訳なかったなって本当に思って、
もう最後はありがとうしかないなって思いました。
心の話ができる関係性
本当に今は何でも、何て言うんだろう、心の話をしてるから何でも話せるっていうのかな。
なんかその浮っ面の話をしてる時って、子供の前では言えないこととか、そういう話ってあると思うんですよね。
誰々のせいだからとか、誰かのせいにしてるような時っていうのは、子供の前ではこんな話できないけどねみたいな話が結構あると思うんだけども、
でも本当に何て言うんだろう、自分の心の話、自分の中の真実、何て言うのかな、心の話をお互いにできた時にはそこには何のタブーもなくなるっていうか、
ただそこには理解があるだけっていうか、だなって思って、そこにたどり着けたことがギフトって思いました。
もうだからね、不登校って聞くとね、いやーその先には面白い世界待ってるよ、いらっしゃいませっていう気持ちに本当になるんですけど、
未来への道と自己肯定
ただ最近はね、そのトンネルを抜けて絶景だったって言ってたところから、今何年か経って、その先にも道は続いているんだなっていうことをすごく思って、
自分を大事にすることが一番大事なんだなっていうところ、その絶景だったって思った時にはそういうふうに思ったんだけど、実際自分を大事にするってどういうことだっていう次のテーマっていうのに今向き合っていて、
だから道はね続くんだなって思います。
みんなどんな大人も大人として生まれてきたわけじゃなくて、赤ちゃんとして生まれて、子供として生まれて、そこからある日親になり、どんどんどんどん成長していくわけで、
道はずっと死ぬまで続いていくんだなって今は思っています。
その時に、子供とね、そういう話ができる、心の話ができるような状態にならせてくれたから、だから私はすごく幸せだなって、
うまく説明できないんですけど、思っています。
質疑応答と今後の課題
不登校になった時に特に中学生で心配になるのは、その先のこと、高校進学だったりとか、その先のことが心配になると思うんですけども、その辺の話がもうちょっとできたらいいなって思いました。
それでも最後にその辺の質問をしてくださった方がいたので、少し少し話すことができたんですけども、その質問の中にも、子供が不登校になると親も学校から離れてしまうことがあって、
そうすると、いろいろ孤立しがちで、そういう中でどうやってそういういろんな選択肢があるっていう情報を手に入れていくのかっていうことを聞いてくださった方がいて、
その場でちょっと答えはしたけれど、最後に終わってからもう一回お話できたらよかったなって思ったのが、ちょっと心残りでした。
あとは、息子が中学校の時の校長先生が来てくださってたりとか、いろんな先生も来てくださってたりして、いろんな方にお会いできて、とってもとっても嬉しかったなって思いました。
イベント報告の締めくくり
そんなところで、親の語ろう会のイベントのご報告でした。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
じゃあねー。バイバイ。