不登校への道のりと会議の準備
こんにちは、ビンつべのつぶやきラジオのあざらしです。
今日は、最近ちょっとあまり発信できていなかったんですけど、
最近ちょっと、案の定というか、想像していた通りに不登校につながっていて、
入学を迎えたんですけど、不登校になったので、
不登校になっただけでなく、サポートがそれなりに必要な状況になっているので、
来月に向けて一旦、有識者会議というか、ケース会議というか、ミーティングというか、
そういった形で連携先と会議をしようということになっています。
直接、子どもと私たちと関わってくださる機関は、学校を含めて5カ所あって、
その他に4カ所、その間に入っていただいたりとか、
医療と生徒のところで関わってくださる方を含めると9カ所あるんですけど、
その9カ所と、できるだけ足並みを揃えて現状を把握して、
これからの方針というか、合意が取れるかどうかといったところで、
進めようかなと思っているんですけど、
それに向けてちょっと今資料を作っていて、
これまでの振り返りというのを、一旦ボイスメモで私が記録して、
それをノートブックLMで、紙というか図にしてもらったんですよね。
それが結構わかりやすくて、ついでに、
もし手短に話せるんだったら、音声も作れるので、
音声もどうかなって思って撮ったんですけど、
ちょっと会議でしゃべるには微妙かなって思ったので、
やめようかなって思うんですけど、
そこを改めて聞いてると、私自身も反省したりとか、
学びになったこととか、改めて学びになったことがあったので、
今回このラジオでも一旦流してみようかなと思います。
聴いてください。
「とりあえず」の言葉の裏にある暴力性
とりあえずやってみようとか、そのうち慣れるよとか、
私たちって仕事でもプライベートでも、
励ましのつもりでこういう言葉をよく使いますよね。
よく耳にしますし、言ってしまいがちですよね。
あなたも誰かに言ったり、逆に言われたりした経験があるんじゃないでしょうか。
新しい環境に飛び込むときって、
多少の手探りとかストレスは成長のスパイスだ、
くらいに思っている節がありますよね。
そうなんですよ。でも、もしそのとりあえずの手探りがですね、
ある種の人にとっては、もうシステム全体を破壊してしまうほどの
致命的な毒になるとしたらどうでしょう。
致命的な毒ですか。
慣れという言葉に隠された暴力性と言ってもいいかもしれません。
今日私たちが向き合うデータは、まさにその思い込みを根底から崩すものなんです。
なるほど。本日の探求のミッションですね。
今日はですね、あるお母さんが記録した数年間にわたる音声メモ、
これをもとに深掘りしていきたいと思います。
はい、非常に希少な生の声ですね。
テーマは、行くのの遠縁拒否と彼が自分にあった居場所を見つけるまでの奇跡です。
これ、一人の男の子のパーソナルな記録なんですけど、
ここには私たちがその社会生活を送る上で絶対に見落としてはいけない
ある真理が隠されているんですよね。
おっしゃるとおりです。この記録が示している最大のポイントはですね、
配慮が徹底されていることが絶対条件である人間にとって、
手探りのまま活動させることがいかに創造を絶する疲労を生むかというメカニズムなんです。
なるほど。大人が思っている以上に新しいことを始めるには極小のステップが必要だということですよね。
じゃあちょっとこの親子の生々しい記録、ひも解いていきましょうか。
よろしくお願いします。
幼稚園での過酷な経験と限界
まずですね、彼にとって普通の環境と言われる幼稚園での集団生活がいかに過酷だったかを見ていきたいんですが、
この男の子は入園前はですね、公園に行ってもブランコとか滑り台みたいな決まった遊具で遊ぶよりも、
ひたすら自分のペースで散歩を行うようなお子さんだったそうです。
あーなるほど。決められたルールとか枠組みの中で遊ぶより、
自分自身で環境を探索して納得したいっていうタイプだったんですね。
そうなんです。ところがですね、一般的な幼稚園に入園した年少の冬休み明けから、
本格的な登園拒否は始まってしまいます。
冬休み明けから何かきっかけがあったんですか?
それがお母さんにも先生にも全く原因がわからなかったんですよ。
えーと、全くわからないんですか?
はい。それで年中のクラス発表ではずっと泣き続けて完全拒否になってしまいまして、
お母さんが歩き始めたばかりの1歳の下の子を連れて、3人でつき添い登園を試すんです。
うわーお母さんも必死ですよね。下の子を抱えながら。
ええ。でも他者を極端に怖がってしまって、お母さんにべったりという状態になってしまったんです。
お母さんが横にいて絶対的な安全基地になっていても、周りの環境そのものが彼にとっては脅威だったと。
でもなんでそこまで幼稚園という場所が怖かったんでしょうか?
そこが非常に重要なポイントでして、私たち大人にとって幼稚園の教室って、まあ少し騒がしい遊び場ですよね。
そうですよね。元気いっぱいな場所っていうか。
ええ。でも予測不能な出来事とか、他者との距離感が読めない環境に対する耐性が低い子にとってはですね、もう絶え間なく警戒アラームが鳴り響いている戦場のようなものなんですよ。
戦場ですか。
はい。脳の処理能力、つまり認知のバッテリーがただその場にいるだけで、常に99%消費されているような状態なんです。
ああ、肌いるだけで99%。だから新しい活動とか先生の言うことを聞くみたいな本来のタスクに回すエネルギーが最初から1%も残っていなかったんですね。
まさにその通りです。そしてそれが決定的な限界を迎える瞬間が訪れるんです。
何があったんですか?
お母さんの懸命な突き沿いを経てですね、夏休み明けについに彼が一人で登園できた直後のことなんですが。
ああ、一人で登園できたんですね。すごい。
ええ。ただ当時彼は髪を伸ばしたがっていたんですが、幼稚園で他の男の子に女の子と間違えられてしまって、女の子はあっちだよって肩をポンと押されたんです。
はい。
なんとこれが決定的な引き金になって、彼は再び完全な登園拒否に陥ってしまったんですよ。
ちょっと待ってください。大人からすれば、いや、子供同士のちょっとした勘違いと肩を軽く叩かれただけですよね。
それがせっかく一人で登園できるまでになった彼をまた完全拒否に引き戻しちゃうんですか?
ええ、信じられないかもしれませんが事実です。先ほどのバッテリーの話を思い出していただきたいんですが。
ああ、99%消費してるっていう。
そうです。彼はその日一人で登園するというだけで、すでに致死量ギリギリのストレスを抱えていて、バッテリーの残量ゼロで立っていたんです。
なるほど。
そこへの想定外の他者からの接触と、自分のアイデンティティへの否定的な言葉ですよね。
これは私たちにとってのちょっとした出来事なんかではなくて、完全にシステムをシャットダウンさせるショート回路として働いてしまったんです。
うわー、なるほど。これ例えるなら、全く言葉が通じない外国の複雑な街中をですよ、読めない地図だけ渡されて手探りで歩けって言われているようなものですよね。
ええ、非常に分かりやすい例えですね。
しかも誰かがずっと目の前で強力なフラッシュライトを点滅させているような状態で、そこで道間違えてるよって肩を叩かれたらもう一歩も動けなくなってホトルから出られなくなるのは当然ですよね。
まさにその感覚です。大人はよく手探りでもやっていればそのうち慣れるよって環境に放り込みますよね。
言っちゃいますね、はい。
でもフラッシュライトを浴びながら手探りで歩き続けても道は覚えられないんですよ。ただ、ここは恐ろしい場所だというトラウマと極限状態の疲労が蓄積するだけなんです。
幼稚園という環境での手探りがいかに彼を消耗させていたか、それに気づいたお母さんはここで大きな決断をするんですよね。
環境を変え、療育による成長
はい。幼稚園にはない手厚さが必要だと判断されて幼稚園を辞め、自宅放育に切り替えるんです。
思い切りましたよね。そこから、療育センターのニコニコ広場という就学前の小集団プログラムとか、年中の冬からは週3回の個別療育を開始されたと。
はい。環境を根底から変えたわけです。
ここでリスナーの方の中にも疑問に思う方がいるかもしれないので聞きたいんですが、この療育センターや個別療育というのは、普通の幼稚園と何が違うんですか?単に人数が少ないだけですか?
もちろん人数の少なさの重要なんですが、最大の違いは環境の予測可能性と本人の特性に対する徹底的な配慮がシステムとして組み込まれている点です。
システムとして?
はい。何をすべきかが視覚的に明確で、突然の予定変更がなくて、感覚過敏にも配慮された静かな空間が用意されているんです。
なるほど。つまり、手探りで空気を読むっていう無駄なエネルギー消費をゼロにしてくれる環境なんですね?
その通りです。先ほどの例えで言えば、フラッシュライトを消して、歩行の分かりやすい地図を渡してくれたわけです。
すると、劇的な変化が起きるんですよね。年長の春から始まった月1回の小集団プログラム。親たちが見守る中で安心できるかなり徹底した配慮があったそうなんですが、彼はなんとやまずに参加できて、みんなの前で発言できるまでに成長したんですよね。
これは本当に素晴らしい変化ですよね。
お母さんも一番いい感じの成長を迎えられたと記録しています。これを聞いて私もすごく嬉しくなったんですが、同時にこうも思ったんです。
はい。何でしょう?
つまり、適切な配慮によって彼自身が成長し自信をつけたということはですよ、彼はもう普通の環境に戻れるくらい強くなったってことじゃないですか。
おっと、そこがですね、最も陥りやすい危険な落とし穴なんですよ。
え、違うんですか?
ええ。この劇的な成功の要因を、彼自身の適応能力が上がった、つまり強くなったと解釈してしまうと、支援の方向性を完全に間違えてしまうんです。
どういうことですか?
実際には、徹底した配慮という環境側の適応があったからこそ、彼の本来の能力が引き出されたと見るべきなんです。
環境が彼に適応した、あ、つまり彼が突然マッチョになって重い鎧を着られるようになったわけじゃなくて、周りの大人が彼の鎧を脱がせて安全な平地を用意したから歩けるようになっただけだと。
まさにその通りです。素晴らしい解釈ですね。
それなのに、あ、もう歩けるじゃないかと勘違いして、安心の担保である配慮の手を緩め、再び元の凸凹道に引き戻してしまうんです。
うわあ、やりがちですね。
大人は一度成功体験を見ると、どうしても安心からペースを上げてしまいがちなんですよね。
そして、その焦りが次の展開にどう影響したのか、記録は非常に残酷な事実を示しています。
成功体験からの焦りと新たな困難
ここからが本当に胃の痛くなるような展開なんですが、年長の1月、幼稚園の卒園遠足に参加するんです。
これも現地集合、現地解散、しかも家族でお弁当を食べるという徹底した配慮のおかべで、大勢の中で歩くことに見事成功するんですよね。
ここまでは、お母さんも事前の配慮をしっかり機能させていたわけです。
はい。でもこの成功体験と、あと小学校入学という絶対に動かせないタイムリミットが迫ってきたことで、ペースが一気に狂い始めます。
そうですね。
順調だった個別領域に行き渋るようになって、さらに彼が興味を持った放課後とデイサービス。
これは修学後の子どもが通う支援施設ですが、そこからはまだ受け入れ体制が整っていないって断られてしまうんですよね。
3月というタイミングはですね、ただでさえ環境がガラリと変わるプレッシャーが最大の時期です。
そこで居場所が見つからないというのは相当なストレスですよね。
焦ったお母さんは、3月に向けて急遽新しい居場所を探さざるを得なくなります。
結果的に2月の終わりから3月にかけて、小学校の体験学習や新しい放課後等デイサービスの見学など、
なんと合計5件もの予定を連日や週1、2回のペースで詰め込んでしまったんです。
これは彼のような特性を持つ子どもにとって本当に想像する負荷ですよ。
いやー、でもちょっと待ってください。お母さんの気持ち痛いほどわかりませんか?
ええ、もちろんわかります。
だって4月からの小学校入学って待ったなしじゃないですか。
親としてはどこにも居場所がないまま小学生になるなんて絶対に避けなきゃってパニックになるのは当然ですし、
見学に行かせないと判断もできない。大人なら絶対に予定を詰め込んでしまう場面ですよ。
はい。お母さんを責めることは誰にもできません。深い愛情と親としての責任感ゆえの行動ですから。
しかしですね、私たちが直視すべきは愛情からの行動であっても人間の認知の限界は超えられないという事実なんです。
と言いますと?
大人の感覚で言えばちょっと見学に行くだけかもしれません。でも大人の職場で考えてみてください。
はい。
あなたが新入社員で何の業務説明もないまま毎日違う5つの部署に放り込まれて、
とりあえず先輩のやり方を見て場の空気に慣れてねと言われたらどうなりますか?
うわあ、それは最悪ですね。毎日が手探りで気疲れだけで倒れちゃいます。
そうでしょう。ましてや彼は配慮が徹底されていることが安心して動くための絶対条件なんです。
そうでしたね。
そんな彼を大人のペースで次々と手探りの新しい環境に連れ回すことは致命的な疲労を蓄積させる行為なんです。
大人がこれくらいならと思う一歩は彼らにとっては千歩にも等しい負荷になるんですよ。
大人の一歩が千歩に等しい。なるほど。
結果としてこの無理なスケジューリングが引き金となって、彼の中で外出への不安が極度に高まってしまいます。
そして迎えた小学校の入学式。
彼は完全拒否し、ギリギリ校門のところで先生に挨拶するだけで終わってしまいました。
手探りの活動を強要されたことで、再び完全にバッテリーがゼロやマイナスにまで落ち込んでしまったわけです。
本当に振り出しに戻ってしまったんですね。
現在の試行錯誤と小さな一歩
そして4月以降、疲れ切ってしまった状態からの現在進行形の試行錯誤が記録されています。
新しく訪問看護や放課後等デイサービスが始まるんですが、
契約などの事務手続きの問題で、初日から彼向けの個別支援が機能しなかったそうなんです。
ここでも手探りの時間が生まれてしまったわけですね。
その結果、すぐに息しぶりが発生してしまいます。
初めの見通しが立たない不安というのは、マイナスのバッテリーには耐えきれない負荷ですからね。
さらに小学校への登校も試みるんです。
訪問看護師さんや家族と一緒に教室ではなく、ただ別室でプラレールで遊ぶだけという目的で行ったんですが、
声も配慮の一つではありますね。
ええ。でも先生側もどうせしていいか慎重になりすぎていて空気が硬くて、
さらに遠くから聞こえる他の子供の声も彼には刺激になりすぎて失敗しました。
彼からすれば、え?わざわざ疲れる思いをしてまでここに来る意味って何?と行くメリットを全く見出せなかったんです。
彼にとって外出は膨大なエネルギーを支払う高額な買い物のようなものなんですよ。
支払うコストに対して明確なメリットや納得感がなければ絶対に動けません。
でもここからが今日一番のハイライトなんです。
現在、新しい放課後とデイサービスに行く際、どうしても車から降りられない日があるそうです。
はい。
そんな時、大人はどうしているか。
はい。
無理に車から降ろして中に入れようとするのではなくて、車の窓を開けて支援者の方と個別でやり取りするだけにしているそうなんです。
それは素晴らしいアプローチですね。
私、これを聞いた時、一瞬、え?窓越しで話すだけ?それって何も進んでなくない?と思ってしまったんです。
ああ、普通はそう思いますよね。
でも、文脈を追っていくと違いますよね。
彼にとって自分のテリトリーである車から一歩も出ず、窓越しに安全を確認すること自体が今の彼にできる最大の冒険なんだって気づいたんです。
まさにその通りです。
これこそが大人が遅すぎると焦るほどに小さな、しかし真の意味でのスモールステップなんですよ。
車の中という完全な安心が担保されているからこそ、彼は外の世界の人間とコンタクトを取ることができるんですね。
調子が良い時は、中に入って個別対応を受ければ楽しく過ごせるという記録もありますし。
ええ。
それに、家でやっているオンラインの個別領域では、体の動きなどは不安定でも、彼の大好きなマインクラフトを通じたプログラムならとても楽しく参加できているそうです。
なるほど。マインクラフトですか?
つまり、マインクラフトという明確なモチベーションがあって、オンラインで家にいられるという完全な配慮があれば、彼はしっかり活動できるということですよね。
この明確なメリットと確実な安心条件を揃えること、徹底的に手探りを排除すること、それこそが一度空っぽになったバッテリーを回復させて、再び世界と繋がるための唯一の確実な道なんです。
お母さんは現在、外出のハードルが高すぎるため、普段の買い物すらネットスーパーに頼っているそうです。
とにかく、安心できる家庭で自信を高めることを最優先にしていると。
ご家族の並々ならぬ努力ですね。
これって、周りから見れば足踏みしているように見えるかもしれませんが、実は一番理にかなった、最速のアプローチなんですよね。
ええ。配慮が徹底された環境下でのみ、人は本来の力を発揮できます。
新しいことを始めるとき、私たちがこれでは遅すぎるのではないかと不安になるくらい少しずつのステップを踏むことが、結果的には回り道をせずに済む最短距離なんです。
「とりあえず」の強要への問いかけ
さて、あなたに語りかけてきましたが、ここまで一緒に深掘りしてきていかがだったでしょうか。
本当に考えさせられる記録でしたね。
ええ。今回のエピソードは、単なる一人の子供が学校に行けなくなった話ではありません。
私たちが日々、職場や家庭で、自分自身や誰かに対して、とりあえずやってみようよ、と手探りの行動を強要して、無意識のうちに膨大な疲労を負わせていないか、という通列な問いかけです。
おっしゃる通りです。手探りを強要することは、相手から地図を奪い、暗闇を歩かせることと同じですからね。
最後に、あなたにこの問いを投げかけて、今日の探求を終わりにしたいと思います。
はい。
あなたが今、誰か、部下でも家族でも、あるいはあなた自身に対して、なぜもっと早く進めないんだ、なぜこんなこともできないんだ、と依頼立っていることがあったとしたら、それは決して本人の能力不足や怠慢ではありません。
ただ単に、環境の配慮が致命的に欠落していて、目に見えない疲労と戦っているだけだとしたら、あなたのアプローチはどう変わるでしょうか?
視点が全く変わりますよね。
母親の反省と今後の支援
はい。生のマシンで情報をドラマチックに話してくれました。
改めて、時期が決まっている中で、スムーズに行くはずだった4Dへの繋がりが突然切れてしまったことで、結構私も焦れてしまいました。
修正したいところが、新しい施設見学は連日と書いてあったんですけど、週一に調整をして、1週間に1施設ずつ見学に行ったというところで、私なりには調整をしていたと思っていたんですけど、
全然それでもかなりの負荷があったんだなということが反省点ですね。
やっぱり入学までに万全の状態を作っておきたかったという気持ちが私自身も強くて、
自動発達支援が4Dに繋がる予定だったんですけど、今の特性を受け入れる状態はちょっと難しいと言われてしまい、新しく4Dを探す余裕があったということで、
見学はそれまでやっぱり負荷が高かったので、1月に1回とかのペースで行っていたんですよね。
見つつも、やっぱりなかなかいいところが空いていないというか、近場がだいたい埋まっていて、空いているところを5件少しずつ回ったということだったんですけど、
それでもやっぱり負荷が高かったんだなというのを改めて反省しました。
その印象的だったのが、調整された環境があってこそ発揮されるという部分は確かに思っていたんですけど、
いろいろスムーズにいっていた部分もあったりしたので、私もちょっと油断していたというか、ちょっとぐらいなら頑張ってくれるだろうという期待が大きかったんだなと改めて思いました。
あとは入学してからのというところで、子どもの刺激に耐えられなかったところもあるんですけど、やっぱり先生に一人ついていただきたかったというのはかなり強く今思っているんですけど、
そこがあったからといって乗り越えられたかというと難しかったなとは思うんですけど、本当にうまい具合に、あまり徹底された配慮を準備できなかった、この4月の段階に。
それでしかもたくさんの支援先とつながっているんだけど、唯一続いているオンラインのサービスが、その変化を感じてくださっていて、その話をもらって改めて私がちょっと焦っちゃったのは大きかったなっていうのはあります。
やっぱり前提として。
なかなか難しい。
環境があってこそ発揮されるっていうのももちろんですけど、成長したと思い込んでしまうっていうのは私もハマってしまったなと思ったんですけど、とはいえ、ゆっくり長い時間かけて成長していくとは思うので、
ただこれが多分人よりね、やっぱりゆっくりだったりとか、でこぼこがあるがゆえに難しいというかわかりにくいところが結構あって、これからも気をつけていきたいなと思いました。
こんな時期までにスタートを切るみたいなのが、やっぱり私の中でも焦っちゃったなと思って、私もやっぱりそういう意味で学校というものが見通しが立たなかったから、できるだけ準備をしたかったというので、そういう罠にかかってしまったなっていうのが本当に反省だなと思いました。
こんな感じでAIを駆使して、今までの経緯は会議で1時間で休暇所と話すのはかなり時間が限られているので、これは事前仕様としてもお渡しをしようかなと思っています。
はい、その他に今考えているのは、やっぱりかなり整えられた環境でこそチャレンジができる状態なので、まず整えられることができるのかというところをお聞きしたいところで、それだとしても今とりあえず4Dがチャレンジの場になっているので、もう一個チャレンジの場を増やすというのは結構負荷が高いので、
一旦そのオンラインとか訪問看護とかそういったところと似たようなシーンを学校からももらいたいなって思うと、ちょっと今ケアの部分がかなり占めているので、医療的なサポートが得られるのかどうかっていうところをこれから話ができたらいいなと思って、そちらもノートブックエリブでスライドを作っています。
ボイスでバーって言って、それをバーって出してくれているので、いい感じに今応握ができていて、残りはまたキャンバーで修正しようかなと思っているところです。
はい、こんな感じでね。ちょっと最近娘も不安定になってきていて、原因がやっぱり上の子の存在が自分だけ家の外でみたいな感じになっているのか、特性によるものなのかがずっとわからなくて、そこがまた考えなくてはいけない部分なんですけど、そこも同時並行でやりたいなと思っています。
はい、そう、だから基本的に家で全部生活事例と学習支援はやっぱり私一人で支えるの限界があるので、支援をしていただきたいんですけど、支援の形が投稿じゃなくて、とにかく今は投稿しない形でできたらいいなっていうことを話していけたらいいなと思います。
はい、そんな感じで、あとは休暇所と連携を取り続ける、ハブになり続けるのはちょっと今大変なので、定期的にお世話になっているところにはレポートを出してもらって、電達を私が一人で電達すれば全部に伝わるように今了解を取れたので、そういった形でお願いをしていこうかなと今覚えているところです。
はい、とにかくちょっと、すっごい問題行動とか互いとか、なんかね、暴力みたいなのがないタイプなので、本当に縁でも学校でもやっぱり声を上げないと親が、なかなかサポートが得られないっていう辛さがあって、
学習もそれなりに自分の家で少しずつ最近やってくれるので、なんかね、そういったところもなかなか声を上げないと助けてもらえないっていうのが苦しいところではあるんですけど、ちょっとめげずに、ちょっとめげてたんですけど、怒りというかね、社会に対して。
なんですけど、そう言っても何もうまくいかないので、前向きにやるしかないなという形で、いろんな人を頼ってやっていこうかなと思っています。
会議に向けた資料作成と今後の展望
はい、ここまで聞いてくださりありがとうございました。ではまたお会いしましょう。