こんにちは、にじシバラジオ第86回です。MCのともぞーです。 小倉です。
にじシバラジオは、LGBTQ系サブカル・社会ネタを主に取り上げるポッドキャストです。ということで、小倉さんから話題を振っていただく。
そうなんですよね。最近、路上での立ちションって見なくなったと思いません?
そうですね。なんですよね、近代化した?
そうなんですよね。特にこの辺は住宅地でもあったけど、昔はそれこそここで小便をしないでくださいとか、書いてあったりトリーがあったりとかね。
昭和の話、皆さんご存知ですかね。電柱とかね、ブロック塀の下のあたりにトリーが書いてあって、それは何かっていうと立ちション便を予防する、防止する。
そうそう、なんか効果あるらしいんだよね。あれあるとやっぱあそこにしたくないって人が多いらしくて、最近本当にしみじみと見なくなったなーって思っていて。
それはあまりにもその年化が進んだ。特にこの辺、田舎ではわかんないですよ。もしかしたら農道とかでおじいちゃんやってるとかザラにあるのかもしれないけど、この辺の関東近郊の住宅地くらいまでは、ほぼ見ることがなくなったと。
子供をしてはなくなった。本当にどこまでを我慢できる範囲と考えるかっていうときの、もう我慢できないっていうのが昔は大学生ぐらいの時とかは、酒飲んで我慢できないって範囲がかなり低かったわけだよね。
大学生で酒飲みすぎて。
トイレまで行くのが面倒いとか。
面倒いぐらいで立ちションしてたわけさ。
そういう人もいました。
もちろん女性はできないから、そういうときにはね。
だからもうなんか典型的な男性優位が目前にできたんですよ。大学生ぐらいのときとか。
ところがさ、今普通に男の人も立ちションできないじゃない。しないし。発想がないですよね。
そうするとあまり目前にしなくなった。女子もできないし、男子もできない。
これっていつから禁止されてたかっていうと、立ちション自体がね。
一応調べてみたんですよ。最近見ないなと思って。
そしたら1948年の刑犯罪号で言われた。
そうそう。もともと刑犯罪ではあるんです。
そうそう。で、その中で、だから結局、文章をちょっと出したほうがいいか。
1条26号。街路、公園、その他公衆の集合する場所で大衆弁をした場合に成立しますと。
罰則としては拘留または過料がつくんですけど、ということになってるんですけど、
基本的にほとんど問われることはなくて、注意されたりとかするぐらいだったと。
でも、その程度だったから、私たちが10年違うから、その10年の幅見ても含めても、大学生ぐらいになるとしなくなることが多かったと。
することが多かったと。我慢できなくなると。
なると、人目がつかないところで。
そう、背中向けてね。
とか。で、別に大学生に限らず、子どもとか。
サラリーマンの夜の10時過ぎとかになると、わらび駅とか川口駅の、今はキョボラが建ってるあたり、あそこずっと倉庫だったんですよね。広場で。
で、そういうところで背を向けてやってるおじさんいっぱいいました。
それは川口のせいかもしれないけど。
逆り場っていうのはそういうもんですよね。イメージとしては。
そうだね。大宮の南銀とかね。
土砂物と、しょうべんがいっぱい。しょうべんくさい。新宿の横丁がしょうべん横丁とか言われるっていう、そういう背景もあるかもしれないですね。
そうだよね。で、実際に多分かなり迷惑で、それこそ今みたいに全然見なくなったねっていう、私が軽々しくノスタルジーで語ってるようなもんじゃなくて、実際その近所に住んでてね、タチションされてた人は本当に迷惑だったと思うから、いい傾向だと思うわけですよ。
まあ、それも。
そりゃそうとは言うんだが微妙にね、実際にはさ、今度はもう我慢できなかったんですっていう、SOSの人も。
とりあえずあんまり汚い写真持っててもあかんので。
いや、汚い話です。
どういう方向でこれを発展させるのか。
そうそう、私この間そう、だから発展させるっていうか、この間実際にね、わらび立教の下でおじいちゃんがタチションしてて、なんかすごい嫌だったって話を、前したかな、西島の集いのときにしたかもしれないんだけど、なんであんなとこで住んだろうねって。
それこそ嫌がるせかなーとか、なんかあてつけかなーとか、なんかさ、しなくていい、今はさ、ほとんどする人がいなくなってて、で、そのときにタチションをしているもう80ぐらいのおじさんがしてたんだけど、それをなんか自分ないしは、自分っていうのは小倉美穂という人ではなくて、
そこにいる一人の誰でもいいけど、匿名であっていいんだけど、その一人に対してあてつけられた嫌がらせのようにやっぱり感じるっていう感覚を覚えたのよ。
でもそんなはずないじゃん。あそこ川だからそのままここにするのがいいやと思うけど、そこは意外なほど人が通るっていうだけなんだけど。
あてつけのようにちょっと感じる、自分の被害者意識をそのときにちょっと感じたわけよ。
で、2017年だったと思うんだけど、その20何歳ぐらいの女性がレストランで受入しているお母さんに不快感を示したっていう騒動が、それを書き込んだわけよ、わざわざ。書かないといいのに。
ツイッター?
そうですね、そのときはまだツイッターと思いますけど、ツイッターなのかすらわかんないです。でもそれで炎上して、炎上してるんだからツイッターだと思うんですけど、要は受入を屋外でするとは、20代の女性が言うわけさ。
で、それは実はその女性は受入刑部ってわかる?
わかります。
受入刑部もしていたんだけど、レストランの席でね、別に。それでもそういうところで受入してると、出している旨を想像させてしまうし、不快であると。
想像すんなよって。
そうなんですけど、そうしちゃったらしいんだよ。
で、多分、それを書き込んで、まんまと炎上したわけよ。
私もさ、でも受入刑部ってものを見たときはちょっとびっくりしたわけ。逆に。今どきは文明が進んでこんなものができるようになったんだと思うのと同時に、これから受入しますってことを、赤ん坊のさ、よだれかけと同じ状態、違うけどね。意味合いは全然違うけど。
でも、そうなんだと思うのと同時に、今まではなんとなく、素通りで受入してたかって、逆に、なんとなくの服をちょっと動かして受入させてみると、違ってはっきり受入してることを主張してる服じゃん。
はい、そうですね。
服じゃない。そういう人たちね。
で、そんな炎上もあって、なるべく受入室で受入してほしいとかって言われるような時代を、今からだいたいちょうど10年前ですよ。
見てきて、受入室とかもそれなりに増えては来ていいよみたいな、ショッピングセンターのところとかには必ずあるようになったけど、かといって、じゃあそういうとこがあるからいいでしょうみたいな時代。
もうすでに多目的トイレありますよね的なさ。
あなたたちが工夫してそっち使えばいいでしょうみたいなことがさ、その時代とともに変わってきたっていうのをさ。
だから逆に一方で受入室がないところだと、本当に逆に受入できなくて困っちゃうとか、お手洗いとか、タチションしなくなっただけに違う違う、それは違うと思うんですよ。
だからその、要するに受入の話とタチションの話を結びつけるとどうなる?
受入ってさ、だからこれってじゃあ犯罪になるでしょうかってことなんですよ。
今のやつは大正弁だったんだけど、引っかかるとすると受入に関しても、引っかかるとしたら軽犯罪法らしいんですね。
そうなんですね。だから公衆の面前で体の非常にプライベートな部分を晒すことが犯罪にあたる。
それをと、何て言うんですか。
売接物。
売接物なんですよ。そうじゃなくて、軽犯罪についてですが、1条20号っていうのがあって、これはねでも実際に見たりに必要なく。
一応ね、弁護士.comニュースっていうところで公共の場での受入に賛否の声がある。
それ2017年の問題絡みですよね、確か。
のがあって、そう2017年でママ弁護士に聞いたという記事があって、そこのところで米弁護士の方が公共の場での受入に法的リスクがあっているところで、
警部や受入服を着用して受入している方が大半ですから、その場合は周りの人に胸が見えられるということはありませんと書いていて、
警部や受入服を着用していない場合は服によっては胸が見えることがあるかもしれません。
軽犯罪法1条20号には公衆の目に触れるような場所で公衆に見護の情報を無用させるような仕方で、
尻、もも、その他身体の一部を乱れに露出した者は拘留または過量に処するという規定がありますということで、
ここで公正要素としてあるのはまず公衆の目に触れるような、公衆の面前でということ。
かつその公衆に見護の情報を無用させるような仕方でということがあるので、
単純に公衆見護の情報を無用させるかどうかというよりかは、そういうものをわざと沸き上がらせるような、沸き上がらせるようなそういう仕方でということ。
あともう一つは尻、もも、その他身体の一部を乱れに露出した者はというところで、
乱れということですね。
まずは、ろくに人が見ていないようなところでそれをしても軽犯罪には当たりませんということ。
人が見ているところでも、見護の情報を無用させるような仕方でなければいいというのが要素があります。
これはどういうことだというと、アクシデントとかいうことが考えられるんですかね。
たとえば刑部がまくり上がっちゃうとかね。
そう、とかっていうのは考えられる。
あともう一つは、ももその他身体の一部を乱れに露出した者なので、これもアクシデントであれば問題ないでしょう。
だから何が問題かというと、まず合衆がいっぱいいますよというところで、そこで嫌悪を無用させるような仕方で、
なんか漏悪的に、そんな感じで、それこそストリーキングとかそういう例に当てはまるのかな。
ワイスレス、あれはワイスレス罪かもしれないですね。
ワイスレスは陳列罪かもしれないですけどね。
普通にしてもそういうものっていうのが当てはまると。
で、その授乳とか立証伝とかっていうのはどうなのかっていうところですけれども。
だからやっぱり結局交互の感情でさ、まず胸を出して赤ん坊に授乳することが嫌悪感を無用させるかって言ったらさせないでしょっていう前提があるから、
それでまあ軽犯罪法の違反にならないっていうことなんだけど、
これがだから極端なこと言うかね、30年前の私が学生とか学生上がりぐらいだった時とかには、立証すらもそんなに交互の感情を燃え合わさせることに対して、今ほど。
だから一種の生理現象、生理反応だっていう見方が支配的だったと思うんですよ、昔は。
誰でもしっこしたくなったらしっこするでしょっていうことで。
全然言い逃れができたわけよね。
言い逃れっていうか、特に多分公衆トイレとかが今ほど綺麗でもなかった時代で、昔はすごい汚かったんですよね。
衛生関連が低かったとも言えるかもしれないですけど、その中でコンビニもね、コンビニはいっぱいあったような気もするけど、そんなトイレを出したりサービスみたいな。
昔は少なかったですよ。
あんまりやってなかったような気がして、だからこう街を歩いてて、トイレ行きたいってなった時に。
助けてって場所がなかったんですよね。
そう、なかなかないっていう時に。
やむを得ず。
やむを得ず緊急避難的にタッチショーンするっていうのがある程度社会的に許容範囲が広かった気がする。
ただ今は公衆トイレは結構あるし、かつ公園のトイレとかもそんなにめちゃ汚いわけでもないし、洋式のトイレも増えていたりとか。
コンビニ行けばトイレ貸してもらえるっていう。
今それで貸さないっていうのも問題になってるけどね。
でもまあとりあえずは、まだしも環境がある程度整ってきたと言えるんじゃないかっていうところで、都市環境ではタッチショーンが忌避されて、どちらかというとトイレを借りるとかっていう、あるいは使うという方法で解決するようになったと。
でもまあ受入に関しては、受入室ある場所ってどこって言われればまだ受入少ないし。
だから公共施設はだいぶ整備されるように上がってきてますよね。
まあ例えば電車の中とかの受入とかがさ、やっぱり警部かけて受入してる人とか、またね逆にすごくやっぱりその2017年の話もそうだけど、やっぱりそれも嫌っていう人もさ、結構増えていて、受入しづらい環境っていっぱいあるのかなっていう。
だから例えばその化粧室というかトイレというか、そこで受入スペースを併設するとかっていうのも最近は増えていて。
なんか今喋ってて思ったのは、その施設整備が進むとともに、世界のそういう行為に対する評価が低くなっているのではないか、パラドクシカルな。
世の中ちゃんとしてくると、いやでもどうしても今目の前の赤ん坊が泣いちゃって、これでお乳あげれば解消するし、そんなに大きく胸はだけなくても今日の服ならあげられるから、しかも受入警部も完璧よっていうふうに思っててあげようとすると、結構矢表に立っちゃうっていうことがさ、
施設整備はすごい良いことだし、世の中がそうやってちゃんとしていくようになったことは良いことなんだけど、アクシデントに対して非常に不寛容になったよねっていう。
だから選択肢が増えるのは良いことだと思うんですよ。だから受入室がいろんなところにありますよ、それ自体はすごいウェルカムなところだし、トイレがいろんなところにありますよってないと困るから。
ウェルカムなんだけど、ただそうなってくると、じゃあトイレ行けばあそこにあるよとか、ここ行けば受入できるよっていう選択肢が増えると、じゃあいやでもここで今受入しないとしょうがない、ちょっとやばいんだよみたいな。
そこに対してすごくネガティブになっちゃう。
かといって常に受入室があるわけでもないし、アクシデントで一番困ってるときに一番そこに目の前にあるわけではないから、そこら辺がさ、人はどうして受入室が増えてなおかつアクシデントで胸を出して受入することを許す社会にならないんだなって思うんだよね。
そうなんですよね。
それがね、そこですね、確信はね。この話の確信は。
すごく、別にいいことなんだよ、受入室さ。例えばパーキングエリアとかね。昔ではさ、絶対なかったよ、あんなところでさ。
トイレとかもね、ほんと汚いからできれば使いたくないようなところばっかりなのに、そこで受入しろとみたいな雰囲気になってたわけじゃない。それが本当にやっぱり衛生的になってきたし。
でもそこに、たまたまパーキングエリアにはありましたが、ないところだって当然これからね、今後そのままにさ、工業予算がさ、そこにいくら投入しようって言ったって、足りなくなる場所とかそういうとこが行き届かない場所もあるじゃん。
そうですね。
そういう時に、それをアクシデントとして、あれよねって言って、みんな心の中のちょっと恥ずかしい恥ずかしいとかっていうのを耐えて受入してる人の、あるいは耐えて立証してる人のまで言うとちょっと極端だけど、でもそこまで言えばそこまで、自分の心の蓋を閉めてさ、なんかしまってあげることってできないのかなって思うわけよ。
そうですね。
言いたいのはそこなんだけどね。
よくね、だからこれ一応おまけでつけとくけど、世の中で言われるトランスジェンダーのトイレ問題とかさ、だって多目的トイレがあるじゃないとか言うけども、ないところがいっぱいあるし、人は生活してる以上緊急でね、みんな苦労して封して暮らしてるよと、行く前にトイレもなるべく水飲まないようにしてとかやってるけど、緊急に対してどうして寛容にならないのかな。
だからなんだっけ、中央省庁のどっかの省庁でトランスジェンダーの職員の方が、MTFの方かな。
トイレを使いたいって言った場合に、そのフロアには女性トイレしかなくて、あなたは男性トイレを使ってくださいって言って、別の会のトイレを案内されたやつが、その違法性について争われた。
サイバーがありましたね。
あって、それは確かね、国が負けたと思いました。
あれはだいたいそこのフロアを使っている女性たちもね、使っていいよって言ってて、なおかつ他の会に行けって話になって、なおかつそれはもちろん狭けた判決を受けて、ネットではめっちゃ盛り上がってましたよね。
だから、結局他の会に行けっていうのは、本当に生理現象に対して、非常に人権侵害、本当に人権侵害でしかないような判断なの、命令というか、指示なので、本当に良くないですよね、と思いますけどね。
だからそこのところが、新設であればいいでしょって話じゃないでしょって話でね。
ね、あのね、まあ思い出したけど、だからさ、結局だから、自分が絞ったチチを、なんかこう瓶に入れてね、冷凍して、ほら持っていくときとかちょっと温める、なんかね、チチやったりとかっていうことを、私たちの若い頃はしてきたもんだとかって言ったりするじゃん。
なんか自分たちはここまで苦労してきて、我慢してきて、っていう人たちからの野党。
まあそういう反応もね、あったりしますね。
あったりします、めんどくさいもの。なんかどっちもありで良くない?ってその冷やして持っていくもありで。
だからあれですね、その、授乳関係に関しては、結局母乳育児派とそのミルク育児派みたいな、そういう話もあるじゃないですか。
やっぱ母乳にこだわりたい人は、そこはもう本当に子育てをどうするかっていう領域なんで、一概にこれがいい、あれが悪いとは言えない。
ただその母乳にこだわる人は、本当に母乳で育てたいなって思っていて、その授乳のタイミングとかっていうのも、ちゃんとこう考えてやってんだって言われたら、まあそりゃそうでしょうってことになるわけだから。
そこのところは、別に誰にも迷惑かけてないっちゃ、かけてないわけですよね。母乳を与えた母親と、赤ん坊の問題なんで。
周りの人が気持ちをそこまで延長させて、かいであるとか不快であるとかを言い始めると、私にとってはそういうことを考えさせるのも迷惑ですみたいな、ちょっと一歩踏み込んだ議論になっちゃうわけよ。
子育てしている情景を目の前でさせられるのは嫌だみたいな、そういう人がいたりしますからね、たまに中にはね。
もう少しさっきの話だと、問題は施設の増加と寛容性の問題だったけど、そこにもう一つ人間の気持ちが入っちゃうからめんどくさくなるけど。
寛容、リベラルって言うんですか。リベラリズムっていうのは寛容であるってことだと思うので、施設整備をした結果、人間の寛容性が減るっていうのはリベラル的にはありえない。
そうですね。そうじゃない方向で、自分の考え方を持っていく脳の仕組みみたいなのを作りたいよね。
自分自身もやっぱり気が付くこといっぱいある。不寛容になってる。私の子供の時当たり前だったのにとか思いながらさ、今となって改めて見ると不寛容になることがあるから、どっちもありっていうことを常に心がけていきたいものです以上ですって感じで大丈夫ですかね。
ではここから、ゆるクイア用語辞典のコーナーとなります。このコーナーでは我々がクイアだと思う用語について、我々の解釈で説明してみますということで。
今回ですね、さっきまで話してた内容からちょっと連想した用語が、ゾーニングですね。
トイレの問題も、たししょんべんとトイレの相関であるとか、公衆の前での授乳と授乳室の相関っていう部分は、授乳したいんだったら授乳室に行けばいいじゃんっていう話になっちゃうと、
授乳をする母親っていうのは、授乳室にゾーニングされるっていうふうに言い換えることができる。
たししょんべんの例で言うと、しっこしたい男の人はトイレに行けばいいじゃん。それはそうでしょうって話なんだけど。
全てそれはそうでしょうなんだけど、でもそうじゃない場合も十分に考えられるし、これができたからここにゾーニングの準備ができましたと言って、
そこに囲い込むためのものっていうふうなことだけじゃなくて、その人たちの便宜を図って、こういう施設もありますよ、お使いくださいでしかないよねっていうときに、
でもなかなかそうじゃなくて、結局ゾーニングするから他ではするなと。
そうそうそう、そうなっていくのが、だからゾーニングっていうのは一見その語彙はいいんですよ。
世間から、例えばよく言われるのはポルノのゾーニングとか、あとはそうしたもののゾーニングとか言われるんだけど、
教育に悪い書籍を書店に置く、書店は書店でゾーニングされたりするんだけど、書店に置くんじゃなくて、
例えばポルノ専門店みたいな、アダルトショップみたいなところに置けばいいじゃんみたいな。
そうすれば子供の目には触れなくて教育にいいみたいな、そういう話があったりするんだけども、
逆に子供の目からそうしたものを一切触れさせなくていいのかっていう話は一方であって、
それは汚いものは隠せばいいみたいな、そういうような話につながっていく。
そうですね。逆にチラチラ垣間見えるとかいうことがなくなるし、
それはゾーニングされるべきものなんだなっていうふうに、プロノグラフィーだというふうなカテゴリーになってっていうときの性表現とかね。
じゃあどれが子供に見せられないやらしいことでっていうのはさ、やっぱり家庭によってとか、
本当は文化によってとか、社会によってとか、違うわけなんだけど、それを公共、公やけが、ここからは子供が見てはいけませんっていうふうにして線引きをする。
あるいは、まあ若者といっても子供だよね。それを公やけに委ねていいんですかっていう問題ってあるじゃない。
自分がやりきれませんとかって。今ね、確かにネットとかでいろんなものを乗り越えて入ってきてしまう課題、
性的な刺激があるって、それを困ってらっしゃる方はいっぱいいると思うけども、
単純にそれを公やけが考える18禁とかっていうことで切り分けて大丈夫なのかっていうのをさ、ゾーニングってさ、ここからは入らないでください。
ここから危ないですって。しかも公やけが、親でもなく公やけがここで切るよってことをやってるわけだから、なんかディスクテイクが押しない分だけ苦労しそうよね。
だからその教育に悪いみたいな話を縦にしちゃうと、本当にその汚いものは見えちゃいとか、悪いものは見せないとかって話になってしまう。
で、悪い友達とは付き合わないとかそうですけど、ただいいか悪いかっていうのは本人がやっぱり判断すると。
そう、最終的にはね。で、子供が判断できないはずだとかって言うんだけど、じゃあ親は判断できるのかって問題で。
例えばアメリカのさ、今そのトランスジェンダーに対する情報を触れさせること自体を止めるみたいな流れって出てきてるじゃない。
あれも親の方が間違ってないかっていうと、そうとは限らないじゃない。
自分、子供個人の方の身体性であるとか精神性とかと。
だから基準を与えることはできると思うんですよ。
それが他者に対して危害を加える、他者の権利を侵害しているかどうかとかね、そうした基準を教えることができる。
それは別にその今難しい言葉で言ったけど子供に分かりやすいと思って言えばいいんで、これはみんなあの子が嫌って思うかなみたいな。
嫌って思うことはやめた方がいいよねとかね。
自分が嫌なことはやらなくていいよとかね。
そういう言葉で教えて、基準は教えられるけど、そのもの自体がいいか悪いかっていう判断に大人はいきがちで。
その結果、ゾーニングって外国人問題に対しても適応されるし、
あとはホームレス問題、路上生活者の問題に関しても、
結局路上生活者が、例えばガードしたとかで寝転んで生活してるのはよろしくないので、
ゾーニングして、どっかの設備入れましょうみたいな、そういう話につながったりとかする。
で、そうやってやっていくと、一見都市はきれいにジェントリフィケーション。
ジェントリフィケーションされていくがきれいにいくんだけれども、
ただ、手がかりがどんどんなくなっていく。
モラル、本来はそこの中でいろんな雑多な人たちを見ていく中でモラルを築いていくところが、
モラルを築く手がかりがなくなっていって、きれいなものしか見えてこない。
そんな感じになっちゃう。
なるほど、手がかりって言葉いいですね。そうだと思います。
だからなんか、ゾーニングは、なかなか一概に結論が出る話ではないんだけれども。
でも無条件にゾーニングすれば安全とか、ゾーニングすれば大丈夫っていうふうに考え方は、
どっちかというと、自分たちの生活圏を狭くして、誰かを追い詰めてることになるよっていうことは考えておいた方がいいかなって思いますね。
ということで、ゆるケアレオン時点のコーナーでした。