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2026-10-31 37:28

【進め!電波少年】80年代のバラエティ番組は、今のYouTuberにこそ通じるものがある?

おたよりを送る

◼︎ 今回の内容 今回は「80年代のバラエティ」を特集します!

イッテQの原点は80年代のテレビにある?!

バラエティにナレーションを付けた元祖は『元気が出るテレビ』

電波少年で生まれたツッコミとしてのナレーション

めちゃイケにおいてナイナイは「三人組」だった

めちゃイケをやってきた22年、飲み会はゼロ?!

今のYouTuberの編集は80年代のテレビにルーツがある

「バリをかける」なんて、今はもうやってないけど...

あの頃のめちゃイケが好きすぎて、「数取団」を再現したVTuberが居た

Z・α世代ほど、80年代はブッ刺さる?

今の若い世代には「電波少年」を是非知って欲しい

総理の眉毛を切った動画をCNNに持っていったら...

人の家でバルサンを焚くなんて、企画としてYouTuberっぽくない?

「よっ、大統領」を本物にするようなそんな企画を待っています◼︎ 番組紹介身近にある様々なシチュエーションから「一流の声」を徹底解剖し、 あなたの声を「一生モノの財産」に変えるためのPodcast番組です。◼︎ 番組へのお便り、木村さんへの質問はこちらからhttps://forms.gle/UrvArxpn4gPuaWhZ9◼︎ パーソナリティ木村匡也 1965年生まれ。福岡県出身。 1991年に上京し、「進め!電波少年」を皮切りに、 バラエティ番組のナレーションを主戦場として活躍する。 現在はバラエティ番組のナレーションだけに留まらず、 声優、俳優としても幅広く活動し、 2021年10月からは『ナレータープロ養成塾』を開校し、講師としてこれまで多数のプロのナレーターやアナウンサーに指導している。 今まで数多くの大人気バラエティ番組やラジオ番組に出演。 レギュラー番組のナレーター実績は50本以上。 ナレーションを担当した主な番組: 『芸能人格付けチェック』(ABCテレビ)/『ちびまる子ちゃん』(FNS系, 2代目)/『有吉の夏休み』(フジテレビ)/『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ) /『進め!電波少年』(日本テレビ)/『どっちの料理ショー』(読売テレビ)/『クイズ$ミリオネア』(フジテレビ) /『VVV6』(フジテレビ)/『がっちりマンデー!!』(TBSテレビ) /『さんま・玉緒のお年玉 あんたの夢をかなえたろかスペシャル』(TBSテレビ)

感想

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サマリー

木村匡也は、現在の『世界の果てまでイッテQ!』のロケとスタジオリアクションの形式が、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』など1980年代のバラエティにさかのぼると説明する。『元気が出るテレビ』でVTRナレーションが発展し、『進め!電波少年』や『めちゃ×2イケてるッ!』ではナレーターが説明役からツッコミ役へ変化したという。『めちゃイケ』ではナイナイに編集者・演出家のツッコミが加わることで「3人組」になっており、出演者同士は仲良しというより、収録中の緊張感で番組を作っていた。テロップ、効果音、コンピューター編集など、当時の細かな演出や音響の工夫が、現在のYouTube動画やVTuberの編集フォーマットにも受け継がれている。

80年代バラエティから『イッテQ!』へ
【進め!電波少年】80年代のバラエティ番組は、今のYouTuberにこそ通じるものがある。 文字起こしでは、笑い、含み笑い、ため息、息をのむ声、拍手など、はっきり聞こえる
非言語音を残してください。 文字起こしでは、笑い、含み笑い、ため息、息をのむ声、拍手など、はっきり聞こえる
一つの流れっていうのが、1980年代に全部できてて、 そのまんまそれは、今日まで全部続いてるんですよ。
例えば皆さん今、あのテレビで「いってきゅう!」って番組あるじゃん。 あそこでやってるそのスタイル、あれはもう完全に1980年代にあった元気が出るテレビと言われている。
ああ、名前だけ。
そうです。あれがもう完全に踏襲されてて、内村さんのポジションにビートたけしさんがいらっしゃってて、その周りにいろんな方がいて、それまでお笑いっていうのは、出てくる人たちが漫才であるとか、落語である
とか、
コントであるとか、例えばドリフターズに象徴されるように、ドリフターズさんがメンバーと一緒に毎回毎回、今週は学校のギャグですよとか、今週は長屋のおかみさん5人のギャグですよとか、今週は近大地光介みたいな
やつを西村さんがパロってやりますよとか、
もう完全にそうやって出てくる人がお笑いやってくるのを、あそこから人がロケに行って面白いのをみんなで見て、スタジオでどうこう面白がるという。
ああ、たしかに。
たしかしかするともう馴染みがあるという。
そうなんです。だから今日に至るそのいわゆるコマドでリアクション。
はいはいはい、ワイプで。
そう、ワイプのコマドの中でリアクションするっていうのは、そこの進化系なのね。
その頃だね。
うん。ロケに行って面白かったものをスタジオの人が見てどうこうするっていうのは、これも1980年代の産物なんですよね。
なるほど。
ナレーションがツッコミになった電波少年とめちゃイケ
この80年代の後半ぐらいに私はテレビ界の中にガガガッと突っ込んでいって、その突っ込んだ先がまさにさっき言った元気が出るテレビのスタッフが作ってるすすめ電波少年だったんですよ。
なるほど。
ここはね非常に画期的だったんですね。
一番最初にVTRにああいうナレーションを付け出した元祖的な番組もこの元気が出るテレビだったんだよ。
ねぎしさんだったか、ねぎしフルネームちょっと忘れましたけど、お亡くなりになった方でねぎしさんって方がやってらっしゃったんですけど。
ねぎしさんはずっと自分のトーンワントーンでやられてて、例えばそのみんなで東大に行こう会とかね。
あーありますね。
そういうやつ。ボクシング予備校とか言ってボクシングをこうやって。でも実際そこの中から全日本チャンピオンが出てきたりとか、すごいミラクルがいっぱい起きるわけですよ。
勇気を持って初めての告白とかさ、今までいわゆる告ったことがない人が振られるかもしれないから怖いじゃん。
でそれをテレビでやっちゃうっていうかさ、初告白をやるんだけど、今でいうさちょっとこうあんまりイケてない男の子がさ、好きだった女の子に告白して、もしオッケーだったらベランダに黄色いハンカチを干しといて
くださいみたいな。
これなかなか面白いでしょ。
オシャレですね。
こんなことをテレビでやるようになったっていうのはさ。
なるほど。
今も放送できないのかもしれないけど、当時たけしさんとかがみんな足立区のことをちょっと面白がって、まあ足立区はね、ご自身が足立区だったから。
足立っていうのはもうね、いろんなやからが住んでて大変なんだよみたいなところで、足立区長を呼び込んできて、足立区を盛り上げようみたいなことでお祭りをやるんだね。
そこにみんなテレビがコミットしていって盛り上げていくみたいなところからだんだん視聴率が火がついてきて。
後にまたいろんな企画が出るんだけど、そういう出先に行ってって面白いことをやるっていう、ここが80年代バラエティの源流っていうのかな。
そこにいわゆるVTRにナレーションをつけるっていう世界がそこから誕生していくわけですよ。
もちろんナレーション自体は前からあったのよ。
ドキュメンタリーでずっとテレビ早々期から、あるいはラジオ時代からずっとナレーションっていうのはあったんだけど、
あの大々的にそのなんか面白があってツールにして使うとかいうことになったのは多分我々から。
電波少年とかめちゃイケが、その今までは元気が出るテレビのところはまだ説明してるだけだった。
ところが我々はなんだそりゃとかさ。
ツッコミに入りますよね。
そう、ところがとかさ。
ああいうツッコミをわいわい入れるようになって、ナレーターがその番組進行の一役を担うようになってきたのがまさにその電波少年とかめちゃイケとか。
もう完全にそのここにグラデーションなんだけど、
80年代後半から90年代の95、6年ぐらいまでにこの手法が確立してバーって広がっていくわけなんですよ。
なるほど。電波少年がすごく大きなきっかけだ。
めちゃイケもすごかったと思うよ。
もっと濃密になんかね。
それで一つ出来上がってるみたいな感じで。
岡村さんは何が何でもカレーが食べたいのであるとか言うとさ。
これはね、私自身が監督の片岡さんに言ったことがあって褒められたことがあったんだけど、
あの番組におけるめちゃイケとか、その前身番組のめちゃモテとか、
めちゃイケを支えた緊張感と3人目の編集者
飛ぶ薬とかにおける99というのはね、3人組ですねって私が言ったんですよ。
どういうことですかって言ったら、あなた、片岡さんのことで、
あなた撮ってて、本当は現場でこう突っ込みたいんだけど、
なんだこうバカとかこうしろって言いたいんだけど、
矢部君と岡村君のリズムが出来上がってて、
そこに出られないから収録したVTRを持って帰ってきて、
編集でそこでこうバカとか、何言ってんだよこの野郎っていう突っ込みを後で入れてるんでしょって。
で、それを私に肉声で言わせたいんでしょって。
だから99は3人組なのよ、この番組に関しては。
よく分かりましたねっておっしゃってて。
で皆さん、YouTubeとかで動画上げてる皆さん、今同じことやってませんか?
結局VTRになんか現場で言えなかったんだけど、編集してる時に、
それ言いたかったんだよバカって。
心の声みたいな。
心の声の突っ込みをやりだしたのは間違いなく片岡アスカでしょうね。
なんだそれとか。
ということをやって、例えば一人でVTRやっても、
お二人で言っても、そのお二人の中にもう一人編集者が突っ込みを入れてるわけなんですよ。
演出家の方が、突っ込みを入れてるっていう手法が確立したのが、
電波少年であったりとかめちゃ池であったりとか。
なるほど。
担当してる人間としては、めちゃ池の方が本当に色濃い。
メンバーのワン・ノブ・ゼムだなっていう感じがすごいしましたね。
それこそワンチームみたいな形で突っ込み入れてるって感じがめちゃ池は強かった。
これは非常に微妙な問題で、
例えば今めちゃ池のメンバーに会いに行って、
よー懐かしいねって言うかって言うと、それは私も言わないし、
当時のメンバーさんたちも演者さんたちも、
終わって、いやじゃあ一杯飲みに行こうかとか一切ないの。
みんなもう本当にね、どう出るかあー出るかっていうのを、
すっごいみんなさ、あいつがこう来たからこう返そうとかいう緊張感の中にいるし、
滑ったらどうしようと思ったし。
で、もともとその片岡監督にどう思われるかっていうのを、
もうギリギリまでみんなもうギンギンになっててか、
仲良しっていう意味ではないんだよ。
なるほど。そこに向かって戦うじゃないですか。
そうそうそうそう。
すごい準備とかそういうのを重ねてきてるんですね。
だから22年やってて飲み会一度もなしですから。
あーそうなんですね。
忘年会とかもなし。
なし。あ、厳密に言うとスタッフの飲み会2回あったんだけど。
はいはい。もうだから演者でなんかみんな撮って、みんなで撮るみたいな。
最終日に山本圭一くんが連れてって会ったと聞いたけど、
それ以降じゃあいつか飲み会やりましょうって言って、
まだ、まだ行われませんので、いつやるんだよっていうのがありますけど。
なるほど。
だからそういう意味では、今私はそのガッチリマンデーっていうのをTBS系列でやってますんで、
加藤浩二くんと会うと、あ、どうもどうもこんにちはとか言って、
飲みに行くことはまだないけど、全然仲良しですね。
彼は本当に社交的で全方向型できますよね。
なるほど。
わかんないけど岡村さんとかとなんか飲んでる絵があんまり想像できない。
想像できないですね、確かに。
確かに。
難しい問題ですけどね。
ということで、
まあなかなかこう80年代のどこがスタートなのかっていうのは非常にグレーゾーンなんだけど、
ナレーションというものをスタートさせたということにおいては、
80年代ギリ後半とやっぱり90年代の前半が、
今日まで続くバラエティ番組。
そしてもしかしたら、皆さんたちがYouTubeに上げてるような、
TikTokに上げてるような、そのボケとツッコミみたいなのを形作ってることは、
これは間違いないと思いますね。
なるほど。学びになりますね。
うん。ねえ。
なるほど。
なんでだよっていう意味ではないと。
おいっていうことですね。
テロップと音響効果の職人技
私自身はところが、みたいなもうちょっとしっとりとしたツッコミだったんですけどね。
でもそれで思い出したんですけれど、
どんでんっていう演出を最近YouTubeでやってるYouTuberがいて、
いわゆる何か一つのシーンでありましたってなった後に、
音楽を流した後に、そこにコメントを入れるみたいなのをやる手法があって。
どんでんって。
どんでんって言ってますね。
私自身もてんどんっていうシステムがあって、
てんどんっていうのは同じことを繰り返すことをてんどんって言うんだけどね。
はい。そうですよね。
そうそう。だから、今のもう一回てんどんしてよって言われたら、
もう一回てんどん。似たようなことをずっとこう繰り返してて。
だったらこうテロップ出てね。
はいはいはい。
違うだろってテロップでツッコミ入れるっていう。
まさにこれがめちゃイケが始めたことですよね。
はいはい。そうです。
例えばテロップが出たときにピッて音が鳴るんだよね。めちゃイケっていう。
あー出ますね。出ますね。はい。
あの注意喚起のためにピッて音をつけてる音響効果が笠松くんって言うんだけど、
このピッて音をつけるときに、つけてる横に私もいるんだけどさ、
ピッて言ったら監督がね、
うーん、笠松、もうちょっと何Hzか高い音を聞かせてって言ってて。
あー。
ピーの音の高さまでね、いちいち言ってるんだよ。
へー。
それがさ、1990年、91、92年ぐらいの頃だったから。
はいはいはい。
今でこそね、それは当然になりましたけど、
音響効果さんが現場にコンピューター持ってくるとか、
コンピューターで音付けをするっていうのを最初にスタートしたのはこの笠松くん。
へー。
って人だよね。
なるほど。
当時だからまだパワーマッキントッシュのベージュマックって言われてる。
うわうわうわ。あれですね。
あれをね、彼は毎週毎週ね、スタジオに持ってきて。
はいはいはい。
やってたんでもうね。
へー。
で、もちろんそれまでの音響効果さんっていうのは何をやってたかっていうと、
レコードとか。
はいはいはい。
あと6ミリテープね、いわゆるオープンリールのテープレコーダーこうグリングリンって回ってる。
うんうんうん。
あれを素材でいっぱい持ってくるから、両手にいっぱいレコードを持ってきたりとか、
はいはいはい。
その6ミリテープって我々言ってるオープンリールにはまってるぐるぐる巻きのテープとかを持ってきてやってた。
かさまつくんが最初に持ってきたんです。
へー。
いつも大変だねって言ってやってたんですけど、
こんなね、こんなのが主流になるとは思わないんですよ、全然我々は。
まあ本当に、いわゆる本当に音響さんって職人芸だったから、
例えば音楽かけるじゃん。
で、例えばエンディングの音楽がかかりましたと。
うんうん。
まあ例えばめっちゃIKでも、
なーれーれーれーれーれーれーてーれーれーれーれーれーって書いてある十字回りみたいなのがかかるとするじゃん。
そしたらさ、昔の音響さんっていうのは、くるくる回るオープンリールのテープでかけてるわけ。
このままかかると、ビデオの上にタイムコードっていうのが出るので、
このまま行くと音楽がエンディングより2秒長くなっちゃうなっていうのがわかるわけ。
ああもうわかるんですね。
そうそうそうそう。
そうするとどうするかっていうと、
このぐるぐる回ってるこのオープンリールのテープレコーダーを、
こうやって指でちょっと押しながら早回すんだよ。
あー有識!
すごいこれあの業界用語でバリをかけるっていうんだけど。
バリをかける?
バリかけっていうんだけど。
あのバリ、バリアブルっていうスイッチが、
ほとんど昔のスタジオにあったのは電音のテープレコーダー、オープンリールのテープレコーダー。
電音のね、オープンリールのテープレコーダーなんだけど。
あの電音のテープレコーダーでバキって開けると、
そこにバリアブルっていう本当はこう、
回転を早くしたり遅くしたりするスイッチがある。
スイッチっていうかあのつまみがあるんだね。
だけどこれを手でやる。
何秒かをこう手でやって、
ちゃんとエンディングに綺麗に合わせる。
ほぼ職人芸なの。
すごいっす。
だって今だったらもうちょっとカットしてみたいなの。
編集ディッチョンみたいなの。
そうそうそうそう。
それをもう使う。
手でやるんだよ。
例えばレコードかけてても、
ターンテーブルをこう自分で押しながら
曲をこう早めるんだよ。
DJじゃないかも。
すごいんだよ。
そういう職人芸を見てるから、
笠松がさ、コンピューター持ってきたときに、
私も結構早めに
米中のパワーマーキング投資を買った方なんだけど、
いやこんなもんだよね。
番組なんかできねえよって思ってたけど、
もう今や。
それが主流になり、
スタジオジブリは全部笠松が音をつけてるんだよ。
あれはポニョぐらいからかな。
笠松浩二が全部。
彼もこだわるし、ジブリさんもこだわるんだろうけど、
ポニョのお母さんがさ、
息子と一緒に運転してる車があるんだけど、
これは明らかにマニュアルドライブの車なんだよ。
オートマじゃないの。
クラッチを入れて、
マニュアルの車に乗る人はわかるけど、
エンジンブレーキってかけやすいんだよね。
オートマでもできないことはないんだけど、
音がもうさ、完全にマニュアル車の音なんだよ。
映画で見たとき、笠松くんにやったとき、
エンジンブレーキの音とか、
マニュアル車の音ってやってくれって言われたんだよ。
そうなんですよ。
こだわってんねえ、あんたら。
そんなとこ誰も見てねえよって思うけど、
教授さん見てるじゃないですかって。
俺は見てるけどよって。
世界中にそんな人がいっぱいいるんだろうね。
こだわりの音みたいなのがさ、
だからその源流は何かっていうと、
テロップが出てくるときにピッて音がつくんだよ。
これピッにはさ、
ピッでいいのに片方が監督って考え込んじゃってさ、
もう20Hzくらい高い音ないかって。
どういうこだわりよあんた。
何よそれっていうね。
こだわり感じますね。
テロップでも流す音違うじゃないですか。
バーってバツが出る音とか。
でもそういうもんだんだっていうのが
パッと認識できるような音になってくると
すごく感じますね。
私一回ね、
ファンの方がね、
コミコンかなんかで
岡村さんが来られたのを
自分のスマホかなんかで撮ったやつを
超めちゃイケっぽく編集してってあげてたの。
いわゆるその、
ダメとかいう
ダメって書いてある文字が
カタカナでダと目書いてあるじゃん。
その後ろは絶対シルバーバックになってる。
めちゃイケだ。
エネルギーメーターが上がって、
かわい子ちゃんに
クラクラってなって
飛び込んで
レッドゾーンに行くとかさ。
片岡監督のこだわりの形があるんだけど、
全くそれ完コピなものが一回上がってて、
誰かが
ここに京也さんのナレーションがついたら
完璧だねって書いてたから、
うち自宅で撮って送ろうかなと思った。
ぐらい上手なんだよ。
でもその癖があるというかね、
彼のこだわったこういうナレーションは
こういうふうに撮るとか、
このテロップはこういうふうにするっていう。
これ結局、
今日の2026年というか、
今日に至るまでのかなりの源流を
作ってるんじゃないかなと思いますね。
まさにそうだと思いますし。
YouTuberが出してる動画っていうのも
そういうフォーマットになってるのもあるんで、
続いてますね、脈絡と。
そうだと思いますね。
『数取団』とVTuberへの継承
一番典型的だったのは
カズトリ団で、
今さらカズトリ団ってことは
わかんないかもしれないけど、
バイク5,6台でぐるぐるって回って、
いわゆるしりとりとか、
前の人が出したお題に
絶妙な答えを出していかないと
ちょっと罰ゲームになるっていう。
これはもともとしりとり侍っていうのがあって、
しりとり侍やってたらね、
いろいろこう注意されたんだよ。
これいじめを助長するんじゃないかとか言って、
やめなきゃいけないとかいうことがあって。
で、クニクの作に
カズトリ団っていうのが始まるんだけど、
これがね、
今日45歳前後ぐらいのボリュームゾーンに、
前後10年間ぐらいとか、
異常に覚えてるわけよ。
騎士団のさ、
音が聞こえてきて、
あの頃の俺たちは、
何年にもわからぬまま、
カズを取り続けていた。
それはその頃の
なんか流行りの何とかで、
今で言うと何ですかね。
あの頃の俺たちは、
アジア大会でまさか優勝するとは思わず、
カズを取り続けていた。
優勝へ前へ続け!
何度か何度か何度か!
なんかヤンキー風なナレーションみたいなのが始まって、
で、こう始まるわけ。
これがカズトリ団っていう。
これだから、
たまたま今ボリュームゾーンが40とか言ったけど、
いわゆる50代くらいからさ、
若い人は20代くらいまで、
カズトリ団っていうのが好きでさ、
これネットでVTuberじゃないけどさ、
顔が出てこないで。
あれがやるときにナレーションで呼ばれたんだよ。
やっぱみんな完全再現したいのね。
それこそカズトリ団をやりたいってオファーが来た。
面白いわね。
何やってんだよ!
それを思うと、
結局80年代90年代に我々とか片岡飛鳥さんとか、
土屋敏夫さんとかが作ったフォーマットが、
まだまだ源流として残ってるわけね。
ちなみにさっきのVTuberの話、
友達が多分それを見てる。
あの声をVTuberでやってるやつあるんだ!
それもだからまさにフォーマットとして、
今に受け継がれる。
あれちゃんと共同テレビさんって、
フジテレビの子会社さんが作ってたんで、
ちゃんと許可取ってんの?って聞くじゃん。
私が個人で怒られたら困るから、
ちゃんと許可取ってんだよ!
大丈夫です。
せーの!
ってみんなやりたいんだよね。
やりたいんですね。
そこの前哨戦で、
あの頃の俺たちは、
東風東からの違いもわからず、
数を取っていたって言ってね。
大豆を作り続ける!
なんとかなるぜな!って感じでね。
あったかもう忘れたけど、
作って、思い出してのをさ、
ヤベヒロイクくん、ヤベさんがね、見てね。
こんな暴走族みたいな、
不良のナレーションできる人が、
いるんですねって言ったら、
うわ、共産だよって言って。
えー!
えー!
あのオカマが!って。
その当時オカマやったからね。
えー!あのオカマが!って。
いや、それはね、
その話を片岡さんから聞いた時はね、
嬉しかったね。
これは嬉しいですね。
ヤベさん、ありがとうございます。
お礼を言うのが、
30年遅くなりました。
こういう形で続いてるって。
なんか、皆さんに、
今日まで我々がやってるってことは申し上げません。
やっぱりそこに、
影響を受けた方々が、
同じようなスタイルというか、
まさにやってるというか。
日テレの一滴球っていうのは、
間違いなく元気が出るテレビを、
ずっと踏襲してらっしゃるものだし。
ツイキさんのね、ツッコミですね。
テゴスくん、いろいろツッコミ。
そうそうそうそう。
本当にね、
80年代の企画が若い世代に届く理由
80年代っていうのが、
ちょっとお叱りを覚悟で言うと、
ちょっと今、リバイバルは、
なかなかあるなと思うんですよ。
ですよね。
それは感じます、私も。
今10代の子とかね、
70年代の歌とかも歌ってたりとか、
あれがやっぱこう、
ひと回りしてきてるなっていうのはあって、
1回終わったものがリバイバルしてるっていうのは、
当然あるんだけど、
80年代に作ったものは、
もちろん終わって復活してるものもあるんだけど、
ずーっと、なんか、
水深10メートルぐらいで、
地下をずっと専攻しながら、
2026年まで続いてるものが結構あるなっていうのは、
ちょっと面白いですね。
学びたいということもあるかもしれませんし、
まさにそういったところを。
逆に言うとね、本当、
その当時、やってたディレクターさんとかと、
皆さんたちがお話をすると、
合うんじゃないかしら。
あー、確かに。
むしろね、40代とか、
30代の人たちのほうが抜けてて、
今の20代とか10代後半ぐらいの人たちが、
お父さんお母さんを聞いてたとかいう人たちを飛び越えて、
さらに、ストリートパフォーマンスでこの間ね、
高校生かどうか分からないけど、
10代ぐらいの子なんでしょうけど、
井上洋水さんとか歌ってるの見てて、
完全に親の影響とか、
あれじゃなくて、自分が好きだからここに来てるなっていう人たちが、
こう一周回ってあって、
いますね、確かに。
例えば、今50代40代の、
当時テレビでブイブイ言わせてたディレクターとかは、
はっきり言ってネットの世界にいると思うよね。
でも、例えば60、70、60超えたら70ぐらいの人たちって、
もう引退、定年して、
なんていうか、湘南とか辺りでのんきに暮らすような。
まあまあまあ、それかBSで好きなもん作ってるとかあるかもしれないけどね。
あるね、BSもあるね。
あの辺のおっさんたち呼んでくれば、
結構20代と話合うんじゃないかなと思うんだけどね。
そんな回もあったらいいですね。
電話してみようか。
私もちょっと作ってる側なので、すごく気になるところがありますし。
いや、あれですよね。
あの頃のたとえばアポナシ取材とか、
いわゆる無茶振りの源流を作った人たちっていうのは、
ちょっと責任感じてるところがあるんで。
責任感じてるんだろうと思いますけどね。
いや、あんたたちね、どんだけ芸人を勝手に修羅場に送り込んで、
引っちゃいくしろとか、
地雷の上を歩けとか、
むちゃくちゃやったでしょって思いはできないけど。
結構そこら辺の話とかを、
上からマウント取る話ではなくて、
逆に向こうが同じところまで目線を年齢的にも下げてきて、
そうしたらすごく合うんじゃないかなと思いますけどね。
面白いです。
面白い私たちは、
ジェネレーションが一世代とか二世代下の人たちと喋ってると、
昔80年代90年代喋ってた人たちのバイブを感じますけどね。
あ、そうなんですね。
どういったところに感じるんですか?
君たちは何を考えてんだって言いたくなるぜ。
君たちは一体何を考えてんだ君たちはって。
そのなんかとても平和な顔してババンバンって。
あー、なるほど。
もう怖いな君たちはって。
そこのなんか面白さっていうか。
なるほど。
むしろね、だから今の40代の人たちの方が、
爪を隠している風な仕事をやらされたんじゃないのかな。
そうか。
35以下ぐらいの人たちの方が、
もっとなんかこう、
やりましょうよみたいなことを言いそうな。
あー、なるほど。あるかもしれない。
例えばこの間ちょっとうちもいろんな話が来たんで、
若い人たちから来たオファーの中で、
キョウさん、面白いから喋りよう。
これ全部AIに英語を翻訳させて世界に流しましょうみたいな。
その発想はないわ我々には。
できんの?って言ったら、
そのAIが翻訳したそのなんとかっていう今。
ありますね。
自己開発してるような。
ありますね。
それで声は私なんだけど、
オランダ語とか喋ってるわけ。
はいはいはい、あります。
ありますね。
これ世界に発信するの?
でもそれをやろうっていう発想がさ、
昔できなかったから、
何考えてんのあんたたちって。
確かに。
それで言うと、2つぐらい考えがあって、
1つはかなりテクノロジーが発展してるので、
AIとかそういったのができやすくなってるのと、
もう1つは、それこそ発信する媒体も、
そういう民主化じゃないんですけど、
自分たちで作れるようになる。
そうだねそうだね。
こういうことやりたいんだけど、
テレビ局行かないとできないみたいなものとかが、
今はもうYouTubeで出せるじゃんっていう。
そうそうそうそう、確かにそう。
だから何でも試せるっていうのがあるかもしれない。
電波少年の無茶な企画を世界へ
昔ね、例えばある企画で、
電波少年を世界のなんとか遺産みたいに残したい、
っていう企画みたいのがあったわけね。
そのとっかかりはね、
松村くんが本を書いたんだけど、
どうせ自分では書いてないと思うんだけど、
本を書いて、これを大英図書館に持ってって、
奉納したら受け取ってくれるかなっていう。
おもろい、おもしろいっすね。
90年になったけど、
そしたらね、大英図書館で受け取ってくれたんですよ。
20冊。
これはね、ちょっと我々はね、
あ、バカだったなと。
こういうことはちゃんとね、
受け取るんだってことに気づいて。
実際でも日本の国会図書館もね、受け取るんですよ。
新刊書、例えば作ったら、
国会図書館、逆に奉納してくれじゃないけど、
喜んで受け取るんですよ。
文化遺産的なものっていうのは、
ずっとみんなストレージの中に貯めてるわけなんですね。
それでね、そこに我々は驚いて、
そこでやめるかと思ったら、
いや次は、動画を、我々このむちゃくちゃやってるのを、
動画で残そうと。
例えばだけど、当時ね、
総理大臣がこの間亡くなった、
村山富一さんという方で、
この方は眉毛がブンブン、
白髪の眉毛がボヤーンて長い方だったのよ。
で、この方の眉毛があんまり長いんで、
村山総理の眉毛を切りたいっていう企画があって、
で、国会にさ、
ハサミもあんた立ちばさみって、
いわゆる裁縫に使うでかいバラハサミ。
あれチョキンチョキンってやりながら、
村山総理!眉毛切らせてください!
とか言って、
ちょうど社会と本部だったかな、
国会だったか、議員会館だったか、
出てきた総理が、
お、何だお前って言ったら、
あの、眉毛切らせてくださいって言ったら、
ちょっとだぞって言って、
その時、ナレーション的にはね、
松村チャレンジシリーズ、
村山総理の眉毛を切りたーい!
早速松村は勇気を持って、
国会議事堂へと向かった、
村山総理の眉毛を切るために、
村山総理!眉毛切らせてください!
とか言って、
チョキンチョキンって、
夢達成じゃないけどさ、そんな、
これまだTBSの話じゃない。
そんなことをやったVTRを、
これをね、
現在ならそのAIが全部英語に直してくれるんだろうけど、
あの、全部さ、
英語の原稿を会社に頼んで、
作ってきてもらって、
翻訳会社に頼んで作ってきてもらって、
で、ナレーションは私なんですよ。
ここは私、当時からバイリンガルナレーターだったんで、
英語誰が読むんですか?
そらーきょうやさんですよ。
そんなこと頼めるナレーターいるか?って、
ちょっと当時は面白かったって言ったんだけど、
で、英語をちゃんとつけて、
で、これをさ、
アトランタのさ、
CNN本社に持ってったんだよ。
はー!
なー!
ずっとんでるなー!
で、要は、国会議員とか、
当時の首相、プライムミニスターに、
眉毛を切らせてくださいって、
プライムミニスターに頼んだんだけど、
内容は眉毛を切らせてくれとか、
非常にバカバカしいもんじゃない?
で、このギャップが面白いんだけど、
我々が見せた時に、
CNNの局員の人が見て驚いたのは、
我々の国では、
国家厳守に、オタクの国ではプライムミニスター、
うちだったら、プレジデントに、
刃物を持って近づいたら、
SPにまず逮捕されて、
5、6年出てこれませんよ。
ですよね?
ですよね?
よくこんなことをテレビ局がやってますねって言われて、
ですよね?
で、我々はその時に気づいて、
あ、そうですよね?
って言ってたっていうね。
ねー。
まあ、でもその、
今日で言う若者が、
例えば、それはAIでできますよっていう、
私たちがその、
例えば翻訳会社に翻訳をしてもらって、
スタジオを撮って、
ナレーションを英語で入れ直して、
持っていくっていう話っていうのを、
現在はそのAIが発達したから、
英語に直すとか、
フォーマットを作るとか、
動画を作るっていうのが自分でできるようになって、
AIの動画でもできるようになったわけでね。
これがだから、
それができるようになると、
結局ね、電波少年のスタッフと
同じようなことやってるのよ、みんな。
あー、確かに。
やってるな。
それを、だからAIで、
そういうシチュエーションを作ってみたいな、
ありえないものをやってるみたいなのとか、
ありますね。
だからその、CNNに持ってった、
村山総理の眉毛を切るっていうのもあったけど、
松村君ってさ、
YouTuberに通じる過激企画と未来の交流
出川さんとめちゃめちゃ仲いいんだよ。
そうですね。
ね、てっちゃんと。
我々は先輩だけど、てっちゃんと言って。
てっちゃん家の鍵を
こっそりマネージャーにもらって、
てっちゃん家を開けて、
バルさんをそのまま焚くんだよ。
そこまで。
えー。
バルさんって、私やったことないんだけど、
バルさんって、かなり煙が
わーって。
だからその、バルさんを焚くときは、
管理会社にもちゃんと言っといてください。
警報器が鳴らないようにしてくださいとか、
そういうレベルの問題でしょ、バルさんって。
そうですね。
ちゃんとね、軍用のガスマスク買ってきて、
ガスマスクをつけて、
松村君が
バルさんを焚きながら実況中継するんだよ。
はー。
出るわ出るわ、ジーが。
はー。
ゴキが。
出てくるんですよ。
彼は山口県の
田伏町だっけか。
結構野山で育った子だから、
その、あれを
ハエ叩きとかで
パンパンパンって取って、
こんなディンに
昆虫のジーを
たくさん、これくらい取れましたー
っていうのがね、全然抵抗がない人なんだよ。
バルさんをさ、
ガスマスクつけて実況します
っていうのはさ、これ未だにまだ
YouTuberやってないんじゃない?
めちゃくちゃですけどね。
ねー。
もうほんとに読んでて、
おしっこちびるくらい笑ったよ。
ほんともう、
こんなことやるんだと思って。
ねー。
面白かったですねー。
こういう、今のYouTubeに
いきそうな企画が、もしかしたら
過去のテレビには出てくるかもしれない。
それは確かにね、
健康面とかでハードルが高い話
なのかもしれないけどね、バルさんとか。
もしか、そんなものをね、
やったら、メーカーさんから
やめてくださいって言われそうですよね。
例えば簡単なものとして、
日本のさ、
冷やかしの掛け声として
よっ!大統領!
さすが!っていう。
よっ!大統領って、なんだか分かんないけど
大統領って言うんじゃない?
あれを本当の大統領に言いに行くわけだよね。
あーなるほど。
そうすると、韓国から近代中
大統領とかが来ると
よっ!大統領!って
言いに行くだけなんだよね。
クリントンさんとか来たら
よっ!大統領!とか言ったら
おー!とか言ってくれて
よっ!おー!
マッチャン!とか言ったら
でも確かにあるかもしれないですね。
ビッグとかセレブリーとか会うときに
よっ!大統領!みたいな。
これはね、意外だったのが
意外だったのが
韓国の大統領さんとかの
警備ってやっぱすごいんですよ。
すごい。
まあ分かんないけど、例えばロシアの
プーチンって大統領だよね今ね。
我々がスタートした頃は
初期長だったからね。
時代だ。
プーチン大統領とか来ると
やっぱりね、政治的に
嫌いな人たちがいて
訪問先のところに何が来るか分かんないから
ものすごい警備が
警察の警備もすごいんですよ。
ね。
もちろんロシアとか
旧ソビエトは大変だってのは分かるけど
韓国もね、意外に大変だったんですよ。
韓国もね、
こんなに警備厳重なんだ
ってことで
行って、そこで
よっ!大統領!って
ただこれだけなんですけどね。
なかなかドラマチックな。
ドラマチック。
でもこれなんかは今なったら
結構ハードルそう高くなく
できるんじゃないですかね。
確かにね、面白いかもしれないですね。
そうですね。何かを
変えてくれとかさ、
あれを元に戻せとか言うと、なかなか
政治的に大変なことになるかもしれないけど。
それはなんかでもないみたいな。
そうそうそう。
だからそういう発想がね、
30年ぐらいのスパンを経て
よく似てますけどね、
皆さんたちは。
確かに。
逆に私たちを教えてくださいって感じですかね。
えー。
何が流行ってんだろうな。
おじさんたちはでもね、
外見がヨボヨボになっただけで、
中身はあんま変わってないと思いますよ。
情熱もね。
あんま変わってないと思いますよ。
花火したいですね。
いい交流ができたら
最高だなと思いますけどね。
改めてね、振り返ってもらえたら
と思います。
早速松村は、強い決意を胸に
国会議事堂へと向かった
っていうね。
どんどん皆さんやってください、こういう。
その時もしナレーションつけたい
ということで。
もう喜んでね。
若い人でもね、同じようなことやってもらえば。
はい。
ということでございました。
80年代の思い出です。
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