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2026/09/19 失われるかもしれない、と懸念している。
2026-09-19 15:15

2026/09/19 失われるかもしれない、と懸念している。

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サマリー

母親の介護について病院で話し合い、施設入居には月20万円ほどかかる一方、母親が杖や歩行器で歩けるようになり、自宅介護の可能性も出てきたと話す。続いて、仕事や家族関係で「義理と人情」「恩返し」が薄れていくことへの懸念を述べる。親から受けた支援を子どもや次世代へ返す循環の大切さを語りつつ、恩義だけでも、効率や客観的な数値だけでも人間関係は測れないと考える。最後に、商売をビジネスへ発展させることが自身の課題だとまとめる。

母親の介護方針と自宅介護の可能性
こんにちは ひろひろしです。2026年の9月19日 朝11時5分です。
今日の声日記ちょっと早いんですが ちょっと録っていこうかなというふうに思いますが
状況としては私の日常としては 朝今日は何時起きたの今日
とりあえず6時に行動を開始して、支度をして7時前には家を出て
会社の植木に水やりをしに行って その後実家に一旦寄って新しく届いた電子レンジを
やりますよと 新しく届いた電子レンジを一旦置いておきます。
9時から病院で打ち合わせがあったので 病院に行きました。
今後の介護とか施設に住むのか、自宅介護に住むのかみたいなところを 話し合ったんです。
結局今日は結論は出なかったんですけど、というのが状況としてはもともと2週間くらい前は
ずっと車いすだったんですよ うちの母親このままだったらもうちょっと施設だなぁと思ってたんですけど
本人がやる気を出したのかケツ叩かれたのかよくわからないんですけど一応歩けるようになってきてですね
今は杖をついてゆっくり歩けるぐらいにはちょっとなってきているので夜間のナイトトイレ
みたいなのもポータブルトイレっていうんですかそういうのもなくて一応自分で行けてるって
いうことらしいんですけどなんと言ったのかな一応歩行機を使ってみたいなことは
ここ2週間で急激にできていてやる気になればできんじゃんっていうところがあるんですけど
その情報がちょっとアップデートされたのとそうなると自宅介護っていう道も
出てきてくるのかなっていう風で思ってはいるんですけど今日は結論は出なかったんですけど
施設に入れるって言っても(月)20万くらいかかるらしいんですよね。
本人の介護(年金)が5万くらいで父親がどれくらい出せるかっていうふうになると
結構大変かなという風で思っていますのでそこら辺をもっと今後詰めていかないと
いけないかなという風では思うんですけどそれはまた進捗があったら
この声日記でも話していこうかなというふうに思うんですが
義理と人情、恩返しへの懸念
1個、全然介護と関係ないんですけど、1個私が懸念してることが1個あって
介護じゃないんですけど、今GreenFielderさんが仕事論について熱く語られてるわけじゃないですか
私も前回とか前々回の声日記で話させてもらったりとかね
TOSSHIさんの声日記聞いて、アツいですねみたいな、そこら辺の話もまた3人でね
TOSSHIさんが忙しそうなので引っ越し落ち着いたらかな、また3人で話せたらというふうに思うんですけど
1個仕事関係というか人間関係において、ちょっと懸念してることは1個あって
仕事においてもプライベートにおいてもと思うんですけど、古臭い言葉で言うと義理と
人情とか恩を返すとかっていうのがあると思うんですよ。単語としてね。
若い人はわからないかもしれないけれども、やっぱり時代が進んでいって義理でもないけれども
こういう義理があるんだからとか恩を返してもらうとかね
恩を与えてもらったんだから与えてもらうのが当たり前でしょうみたいな時代になってきてるので
それを恩とも感じない?なんかやっぱり今私が大阪に帰って東京で暮らしてたんですけど
大阪に帰ってきて当然子供たちのためというよりは父親が心配っていうのがあるんですけど
やっぱり私を育ててくれた父親っていうのも母親っていうのもありますけど
今の会社が私を育ててくれた金銭的にっていうのはあると思っているので
その恩返しのために今ここにいるのかなと思っていてそれを人生の選択肢として自分が選ぶか
それを恩返しじゃなくて自分のために生きるっていうのもそれも人生だと思うので
いいと思うんですけど仕事においてもそういうのあると思うんですよ。
この人に義理があるわけじゃないけれどもこの人に人情ではないけれども恩を返すために
そういうことをやってもらったんだからちょっとやらないとねっていうこともあるんですけど
それが行き過ぎちゃってなあなあになっちゃって談合になっちゃってとかそういうのもあると思うので
そればかりが横行する社会っていうのもちょっとどうかなというのも正直思いますし
あるとは思うんですけどやっぱりその義理とかね恩を返すとかなんかよくしてもらったんだから
ちょっとお返ししないとなっていう心って大事なんじゃないかなっていうで思いますし
今このねなんだろうでその飲みニケーションってたぶんあると思うんですけどこう
ねなんだろうよく若い頃飲み会に行ってちょっと怒ってもらったちょっと出してもらったりだとか
それこそもうおごってもらったりとかあったりしてよくしてもらったんですよ私もね
若い頃は。で、こうなんて若い頃はそういうふうにしてもらった時にじゃあ今度なんかお菓子でも
持ってきますみたいなことを言った時にいやオレに対して返してくれるんじゃなくて
自分の若い人とか子供とかに何か返してもらったらもうそれでいいからみたいなことなんですよね
まぁなんだろうそういう風な方向性もあると思います。その直接ねその恩をあげたからかこう仇で
返して返されるとかもあるんでしょうしその人に直接返すっていうのもありますけど見返りとしてね
帰ってくるっていうのもあるでしょうけど、見返りじゃなくてね子供とか孫のために
がんばっていくみたいなところもあるとは思うんですけど。そのそういう恩とかね
なんか義理とかそういうことばかりで成り立ってはいけないと思いますけれども
だからといってそれを全て否定するのもよくないし、やっぱりそれで動いてた部分って
あるんじゃないかなと思っていてそれが今こう結構薄れてきてるからそれはそれで
良くないんじゃないかなっていう風で思っています。
親から子へ続く支援の循環
やっぱりこう介護のとことことかもね、さっきもう3回ぐらいの相談員さんと話してましたけど
私がやっぱり父親の例えば週1でね今実家に帰って掃除とかしてるんですけど
それはね父親のためっていうのもありますけどやっぱりこう最終的に父親がやっぱり今
こっちに帰ってきた理由としてやっぱり金銭面とかでねやっぱり子供のことを自分にとっては子供
彼にとっては孫だと思うんですけど、やっぱりそのために何かしてくれるだろうっていうのがあるんですよね。
あるからこそやっぱり子育てって正直、自分だけのお金で何とかやっていくって結構大変なんですよね
やっぱり親の力とかっていうのもやっぱりみんなの力を借りて、応援してねがんばっていくって
ことがあると思うので、親二人で2馬力でどうこうってなかなか難しかったりもすると思うんですよ。
それが甘えだとか言われることもあると思いますけど、使えるものは使っていこうぜっていう
感じの感覚だと思うんですよ。でその父親に何かをしていれば結局回り回ってたぶん孫にために
何かなるんじゃないかという孫というか自分の子供のためになるんじゃないかということで
やってる部分も正直少なからずあって、で父親も結局今は孫のために生きてるんだみたいなことを
言ってくれるわけだからそれでがんばっているわけじゃないですか。まぁそういうことじゃないですか。
ただ母親のって申し訳ないんだけど母親のために何かしたからって言ってじゃあうちの子供が
何か嬉しくなるのかっていうことが全くなくて、やっぱり彼女は彼女の活動のことだったりだとか
その祖先のことだったりとかのことばっかりに頭が入っていて、なんか全然そういうことがないんですよね。
だから本当もう父親のついでなんですよね私はね。私のスタンスからするとね
だから正直まぁここにその回復とかも、出る人がいないから出てきてるだけであって、
別に出たくはないんですよね正直なこと言うとね。出る人がいないし仕方がないから出てるって感じでし
でもそこに父親が出てきたからといってもちゃんと。日本語の通いができるちゃんとできるのかって
いうところはあるんですけど、そういうことなんですよね。
だからそこに大事なのってやっぱりこう恩・義理とか、恩とかっていうのが大事なんじゃないかなって
いう風で思ってます。やっぱり自分もね、勝手でしたけどねうちの父親もね。
なんかあれしようこうしようっていうのもありましたけど、やっぱりその中にはね少なからず子供のために
何かしてやろうとかっていう気持ちも少なからずあったと思うし、
楽しい思い出もいくつかあったので。
恩義と効率化のバランス
そういうのをねやっぱりこう、今の子供たちに自分ができてるかっていうと
正直できてるのかよく分からないんですけど、しかも、うちの息子娘にとっては彼らの人生が
あると思うので彼らが感じることもあると思うので、それを恩と感じるか感じないかって
いうのもあるとは思うんですけど、考え方も違うんでねあると思うんですけど、そんな感じですね。
やっぱりそういうね恩とか義理とか、そういうのがやっぱり大事なんじゃないかな。
それだけじゃないけれども少なからずそういうところがあって、だんだんそれがなんか気覚になってきてて
いやもうなんていうの、なんかもう与えられるもんだけ、これだけやったんだから
与えられるものは与えられるでしょみたいな、それこそロールプレイングゲームみたいな感じで
これだけ経験値があるんだから獲得したんだから、これがレベルアップして当然でしょみたいな
そういうもんじゃないじゃない人間関係って。
それだけの話じゃないから難しいんですけど、そういうところで効率化していった方がいいし
恣意的に定性的にじゃなくて定量的にっていうところも、測っていくとか客観的な事実で
判断していくっていうのも大事なんでしょうけどそれだけじゃないよねっていうところも
人間なんだから見込み値っていうところもあったりするからさ。
なかなかねちょっとこれ一瞬喋っちゃうとまとまりがなくなっちゃう感じなので、
そういうのも大事なんじゃないかなというのがあってこういうのを話をしました。そんな感じです
商売をビジネスにする課題
そればっかりで義理とか恩とかそういうのばっかりで、生きてもいけないけれども
そういうのも忘れないでおきつつ、ただとはいえちゃんと客観的にね、
お仕事ですからビジネスってか、町工場としての脱却として
商売しちゃってるんでね、ビジネスをしてないので。
いかにビジネスに持っていけるかっていうところの、この違いをやっぱりそこはまた考えて
いかないといけないなというのが私の課題ではあるかなと思ってます。
商売をして目の前なんかこうね、小さいところで商いをやってってっていうマインドも
大事だと思うんですけれども井の中の蛙大海を知らずされど空の青さを知るのもないですけれども
大海を知ることも大事ですし、空の青さを極めていくのも大事ですしっていうのもね
なかなか難しいところでありますが、それが私の課題かなと思っておりますので
そんなところで終わっていこうかな。お腹が空きました。
じゃあ終わります。ありがとうございました。失礼します。
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