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2026/09/11 もしかしたらやりたいで世界が回るのもありかもしれないって最近思っている
2026-09-11 12:05

2026/09/11 もしかしたらやりたいで世界が回るのもありかもしれないって最近思っている

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#声日記 #声でブログ

父親のワイシャツ(シミはきれいに取れました😁)

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サマリー

この声日記では、話し手が「やりたいこと」と「やらなきゃいけないこと」に対する長年の葛藤と、40代になってからの心境の変化を語っています。かつては「貧乏くじ」と感じていた実家での家事なども、将来を見据えて「自分がやりたいこと」として捉え直すようになったと述べます。限られた人生の中で、義務的なことの中にも「やりたいこと」を見出し、積極的に取り組むことの重要性を再認識した一日を振り返っています。

昨日の出来事と実家での家事
9月11日、朝7時49分です。今日の声日記です。
今日の声日記じゃない。昨日の声日記の振り返り。昨日の振り返りですね。
昨日は、結局、玄米の日、玄米のおじさんの葬式に午前中行って、午後はお仕事しましたって感じですね。
で、夕方、夜か、夜、実家に泊まって、実家の、あれですね。
週1回は、家のメンテナンスと言いますか、掃除したりだとか、洗濯したりだとか、そういうのをしてた感じ。
母親が入院しているので、母親の洗濯物を、そのついでに、例えば父親のバスタオルを洗ったりだとか、
父親のバスタオルを洗ったりだとか、
昨日ね、おじいさん?おじさん?知り合いの方の葬式だったんですけど、葬式の時に白いYシャツを着てたんですけど、
何を汚したのか、ここにはさっぱりなんですけど、汚れてたんですよね。
Yシャツがとりあえずソファにバーンと抜き捨てられていて、あああああと思いながら。
襟のところが若干汚れてるのと、すごいシミができてましたね。えらいシミができてました。
なんで落としたらいいのかよくわからなかったんですけど、とりあえずは、生成AIに聞いて、
襟袖汚れのやつでシャッシャッとやったけど、全く取れなくて、
次はワイドハイターEXで塗ってゴシゴシして、最終兵器の食器洗いのキュキュットみたいなやつでかけて、
3段でやって、それやってるんでめっちゃキューンって消えるんですよ。サーって消えるんで。
それでギャーゴシゴシ洗って、しばらくつけておいて洗うという感じでしたね。
「やりたい」と「やらなきゃ」の長年の葛藤
昔はね、この話したかもしれないですし、したかもしれないので繰り返しになってしまうかもしれないんですけど、
オレがやりたい、これをやりたいっていうのは思うことは大事だと思うんですけど、
やりたいだけで世の中回ってて大丈夫なのかなってずっと20代の頃から疑問に思っていて、
なんでだろうっていう、もうちょっとこれをやらなきゃいけないとか、私にはこういう適性があるから、
適性というか、こういうことは別に苦にならないよねみたいなことがあって、それに応じて仕事が割り振られるとか、
仕事を選んだ方がいいよねっていう基準もあってもいいのかなと思っていて、
そういう世の中じゃなくて、私はこれをやる、私はこれをやる、じゃあその中で余ったハズレのやつを私がやりますね。
なんかオレハズレ引かされたんだけどみたいな、っていうのがずっと私は思ってたんですよね、20代、30代、転職する前までですよね。
だんだんとでもやっぱり私がこれをやりたい、私がこれをしたいっていうのがだんだん一応出てきてはいたんですけど、
20代の頃はそうやって貧乏くじ引かされたじゃないですけど、みんながやりたいっていうものを聞いて、
私はそれ以外のみんながやりたくない、別にやりたいと言っていないものをやるかみたいな感じで、
でも今から考えるとそれが私のやりたいことであって、選択してきたことなのかなって今では思うんですけど、
当時はそういう風に思えなくて、なんでオレがやってるんだよみたいな、それしか選択肢ないんだけどみたいな、
なんでもやりたくないんだけどみたいなことを思ってたことも正直ありましたね。
30代というか子供が生まれて、とにかく働いてお金稼いで食わせないといけないっていうことを考えると、
前提としても、あれをやる、これをやるとかそういう細かい話ではなくて、働かなきゃいけないっていうところがまず前提としてあって、
働かなきゃいけない、せっかく働くんだったら、やりたいことというかやりたくないことはやらない方向で、
やりたいことにフォーカスしていった方がせっかくなら楽しいかなと思っていて、
そういう風で、前の転職する前とかでも思ってましたね。
「やりたい」への意識の変化と実家での実践
最近思うことは、オレがやりたいんだよって変換できるかどうかっていうことが結構大事なのかなと思っていて、
例えば、さっき言ったように、母親の洗濯物、正直、母親の洗濯物って汚れたものなので、
しかも普通の汚れではない、ちょっとひどい汚れが入ったりするので、そういったものをやるって本当に
自分の時にやりたくないじゃないですか、できたら。
父親のやつもね、基本的には父親が一人で暮らしてるんだから、父親がちゃんとやりなさいよっていうことだとは思うんですけど、
だし実家なんだから、私が別に掃除しなくてもいいし、私がトイレ掃除なんかしなくてもいいしって思うんですけど、
父親はやらないので。そう考えた時に、別にオレ、やってもいいというか、というかってどちらかというと私がやりたいんでしょうね。
目的としては最終的にですよ、何年、いつ、5年後なのか10年後なのか20年後なのか分かりませんけど、
最終的には私一人しか子供がいないので、父親、母親にとっては。
最終的には実家のマンションとかは私のものになるかなと思っていて、
そうなった時に今のこの若い段階から、部屋の整理とか片付けとかきれいにしておくっていうのをきれいに維持しておくってことは、
大事なのかなと思っていて、一気に例えば父親亡くなりました、母親亡くなりました、
あとにさあじゃあちょっと重い腰を上げて片付けるかってなった時に大変なんですよ。
今現時点でも結構大変なのに、自分が年取った時にこれやる気がしんどいなと思っているので、
先行でさっさとやっているっていうこともあるっていう目的があってやってはいるんですけど、
それを最終的未来のやらなきゃいけないことのためなのか、それともやりたいことなのかっていうのは
何とも言えないところではあるんですけど、でも今自分の中で変換していることはやっぱりやりたいことに
変換しているなっていうふうに思います。
私があくまで私がやりたいから勝手にやっているんですよっていう、勝手にやっているの程度が、
例えばここまではお前やりすぎだぞって言われたら、それをちょっと注意して適当にやったらいいと思いますし、
基本的には父親がお前が思うようにやったらいいっていうふうなスタンスでいてくれているので、
彼には彼の部屋があるのでそこはあまりいじらないようにはしていますけれども、そんな感じですかね。
40代で考える人生と「やりたいこと」
だから40代になってやっぱりやらなきゃいけないっていうことはいくつかあるんですけど、その上でオレはどれをやりたいのか。人生ね。
やっぱり人生80代90代で亡くなる人もいるし100歳まで以降も生きているっていう人も世の中にはいるみたいですけれども、
明治生まれの人とかまだいるみたいですけどね。
ただ世の中には逆に50代60代で亡くなる方もいらっしゃるので、考えるとあと10年とか20年しか私ないんですよね。
って考えたときにやっぱり後がない。だからやりたいことをやる。
当然ね、やりたいことだけやってたら周りに迷惑もかかるし、周りも反発するだろうしっていうのはあるんでしょうけど、
そのやらなきゃいけないことの中で自分の中でやりたいことっていうのをちょっとやっていけたらいいなっていうふうな
ちょっと心境の変化があったので、声日記として残してみました。
またこれね、モバイルレシーバーを使ってやってるんですけど、なんかうまいこと、うまくいかないな、
もうちょっとちゃんとやってからしますけど、ちょっとなんかうまくいかなかったので、モバイルレシーバーについては
ちょっと挑戦しようかなと思っています。はい。じゃあこれで終わろうかなというふうに思います。
ありがとうございました。失礼します。
12:05

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