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スピーカー 2
13歳からのPodcast。この番組は、もし13歳の頃に戻ったとして、どうしても伝えたい生き方やノウハウを発信するPodcastです。
スピーカー 1
はい、ということで始まりました。13歳からのPodcastでございます。今回もよろしくお願いします。
はい、佐々木バラです。
スピーカー 2
バラです。
スピーカー 1
はい、また今回も対面でお送りしてまいりたいと思います。
スピーカー 2
はい、しばらく対面会が...
スピーカー 1
しばらく対面会かもね。
スピーカー 2
続きますね。
スピーカー 1
まあまあ、それでよく聞いてもらえたらという風に思います。
はい。
スピーカー 1
はい。
じゃあ今回のトークテーマ、たなか君からお願いします。
スピーカー 2
今回のトークテーマは、親との距離感の取り方についてですね。
中学生ってさ、反抗期って言われる時期だよね。
スピーカー 1
そういう風に隠っちゃうの良くないと思うんだもんね。
スピーカー 2
まあ、でもいわゆる思春期と言われる時期で、
スピーカー 1
まあそうですね。
スピーカー 2
まあ人によっては反抗期があったりとかして、中高生の頃にみたいなところで、
たなかと坂木原に反抗期はあったのかみたいな話も後でできればなと思うんですけども。
まあ今回その前にね、面白い調査を見つけたので、その紹介からいきたいと思います。
スピーカー 1
はい、お願いします。
スピーカー 2
子ども一万人意識調査という風な調査がございます。
これはですね、子ども家庭庁が2023年に設置されたんですけども、
日本が子どもに関わる様々な法律や制度を整備しようとするその大切なタイミングであるこの2023年の3月に、
広く一般の子どもたちの声をより広く聞き、子どもの政策に子どもたちの意見を反映することを目的として一万人調査を行いました。
10歳から18歳までの男女1万人を対象に調査を行ったという風なものになっております。
そういった感じでね、子ども家庭庁っていう風なものができて、しばらくもう3年か、3年たとうとしてるのか。
スピーカー 1
そうなんです。
そういう風にね、やっぱり日本も少子化であったりだとか、子どもの貧困であったりだとか、そういう子どもに関わる問題っていうのは課題っていうのはありますので、
スピーカー 2
そこに国が本腰を入れてね、対応せなあかんっていう風な感じでやってきてるんですけども、その下準備的な調査が行われましたよっていう風な話になってます。
そこで親子関係についてみたいなところなんですけども、家庭でこうなったらいいなと思うこと、あったらいいと思うサポートについてなんですけども、
子どもたち1万人がどう答えたのか、特になしが過半数で53%、もっと高かったんですけども、ついで勉強へのプレッシャーをあまりかけないでほしいが20%、
お金の心配をせずに暮らすための経済的サポートが16%、親にもっと自分の話を聞いてほしいが10%と様々な観点から希望が示されたという風に言われています。
この報告書の、調査の報告書のまとめみたいなことで言われてるんですけども、この調査の一つのキーワードは子どもの幸福度です。
どんな子どもたちが自分を幸福と考えているのか、それは子どもの意見を大人が尊重しているかどうかという点ですね。
親が自分の意見を先に、親が子どもの意見を聞いて大事に扱ってくれると答えた子どもの幸福度は86%だったのに対し、
大事に使ってくれてないと扱ってくれてないと答えた子どもの幸福度は33%、50ポイントぐらいの差が見られた。
学校の先生についても意見を大事に扱っている場合の幸福度は89%、大事に扱っていない場合の幸福度は52%と差が大きく、
親御さんや学校の先生にはぜひ子どもの話を聞き、その意見を大切にしてあげていただきたいという風にまとめられています。
あと学校や家庭についての不安不満な点については、家庭では勉強のプレッシャーが大きい、学校では宿題が多い、勉強のプレッシャーが大きいとか、
勉強関連のことですね、勉強にかかるプレッシャーを多くの子どもが感じていることが明らかになりましたという風に言われていました。
そんな感じで、やっぱり子どもたち、今の子どもたちが抱えている問題と言いますか、不安感みたいなものの大きな摩擦の根源というか原因として、
やっぱり勉強が大きいですよね、みたいなことで。でも実際、坂木バラ君は確か中高行ったって言ってましたよね。
スピーカー 2
僕なんかはそうですけど、大多数の人は小学校出て、公立の中学校行って、受験勉強して私立なり公立の高校に行くって考えると、
小学校から中学校までは大体地域の学校行くじゃん。高校になったタイミングで進路が曲がれていくよね。
だから中学生、つまり13歳の子たちにとっての一番大きな、一番最初の人生分岐点みたいなところなのかなというふうに思うし、
大きなイベントだからこそ親御さんも熱が入っちゃったりするし、っていうふうなところで摩擦も起きやすいのかなというふうに思ったりしますけどね。
なんかどうですか、そういうふうな話聞いてみて、勉強のことでちょっと親とバチバチになった、喧嘩したとか、摩擦起きとかあってありました?
スピーカー 1
13の頃はあんまなかったかな、自分は。
スピーカー 2
本当?
スピーカー 1
うん。まあ、なんて言うんですかね。もちろん勉強の塾どこ行くみたいな話とかでどこのコーナーでちょっと揉めたりはしましたけど、
最終的に僕が周りが言ってるからって言った塾で、その後の成績がめちゃくちゃ下がって、
あの時お前の話聞いたのは私は間違いだったって今でも言われたりするんですけど。
スピーカー 2
そうなんだ。
スピーカー 1
自分でもちょっと相性は良くなかったなとは改めて思ってはするんですけど、そういったところの塾選びもそうですし、
あとは学校の成績がやばくなってるってパターンのことかも言ったんで、そちらもそういう悩みもあると思うんですけど、
この先自分がどういうことするためにどの勉強をやってたほうがいいのかみたいなところだったりとか、
あとは中高一環だったことも影響して、大学受験をどうするかみたいな話とか。
スピーカー 2
そうだよね。
スピーカー 1
割と早めからしてたんで。
スピーカー 2
そうなるよね。
スピーカー 1
そうそう、自分はそういう悩みだったんで、どの大学の何系行くのみたいなものとかは結構早い段階で気づけられたかなっていう、
そのプレッシャーはちょっとあったかもっていう気はしますけどね。
スピーカー 2
でも確かに思うけどさ、やっぱりさ、いわゆるお母さんたち、ママとも、パパともとかでさ、
うちの息子はどこどこ高校を目指しててとかっていうのが出るよね、進路とかね。
スピーカー 1
まあまあそうよ。
スピーカー 2
それで張り合うじゃないけども、やっぱり気になったりとかしたりするのかなっていうふうに思いますし、
教育社会学の分野ではこういうトラッキングっていうんですけどね。
スピーカー 1
トラッキングって言葉があるのね。
スピーカー 2
トラッキングって言葉があって、要は進路が分岐していく機能みたいなことですね。
日本だとそういうふうに高校受験が基本的にはトラッキングだし、ドイツとかだったらね、割と早い段階から職人というか。
スピーカー 1
そうだね。
スピーカー 2
職業訓練的なこと、仕事をするのか研究の道にするのかっていうのが割と早く分かれたりとかするっていうふうに言われますけども。
そういうふうな感じで、日本だと大体高校受験のタイミングが今まで同じ地域で育ってきた子たちの進路が分かれていくタイミングっていうふうに言われてますから。
それこそ、もっと早く坂木ばらくんみたいな中学受験控えてるお子さんいたりとかするだろうし、そういった意味でも改めて聞いてみると、
勉強のことっていうのがね、お学校の距離感で衝突しやすいのかなっていうのは確認できたんじゃないかなというふうに思います。
スピーカー 1
田中サイドは?
スピーカー 2
僕ね、自分は結構逆に言うと中学校の時勉強押しこぼれだったんですよね。
スピーカー 1
そうなんだ。
スピーカー 2
そうそうそう。で、勉強押しこぼれで、で、なんていうか、いわゆる評定が5、マックス5の9科目で45だったんですよね。
45のうち、確か3、ほとんど3で、4が2個とかしかなくて、だから、えっと、だから、
30とか?
スピーカー 2
30もいく?
いってない、29とか。
スピーカー 1
20とかか、20いくつとか。
スピーカー 2
だから、えっと、3かけ9やったら、
スピーカー 1
27、だから30ぐらいじゃない?
スピーカー 2
4が1個で2個出した。
そうだね、だからそう。
スピーカー 1
30ぐらいだよね。
スピーカー 2
そう、30とか29ぐらいしか取ってなくて、中2の時にさすがにやばいと思ったらしくて、うちの母が。
で、周りの友達ともご近所付き合いで、塾のうんぬの話とかしてて、
うちはシングルマザーだから、やれるとは思ってなくて、でもさすがにやばいと思ったらしくて。
そしたら、近くの塾で、結構友達もよく買うてる塾が、そういうふうに、経済的援助じゃないけども、安く入れますよ的な感じで、
その予備校、予備校っていうか、書き講習だよね。
お試し書き講習みたいなやつが、ただか、相当安かった。
それで行かせてもらって、自分自身も、なんか勉強っておもろいなみたいな。
感じになってて、そっから成績伸び出したっていうふうなところがありました。
スピーカー 1
逆だね、辿ってるルールとか。
スピーカー 2
おだしょー そうそうそう。で、中2でガッて伸び出して、結局、高校は推薦入試で、部活動頑張ったから。
スピーカー 1
あ、そうなんだ。
スピーカー 2
おだしょー そう。それで入ったから、まあでも、いい高校には行けたと思ってるし。
スピーカー 1
そうなんだね。
スピーカー 2
おだしょー そうそうそう。だから結構的に俺、自慢になりますけど、MAX45の卒業したとき43でしたもんね。
お、たっけえ。たっけえ。
おだしょー そうそう。43で中学卒業しましたし。
スピーカー 1
すげえ。
スピーカー 2
おだしょー うん。まあそれぐらい頑張れたのはよかったかなというふうに思います。
まあでもそれは、うーん、そうね、だから自分はなんかそこでショートって。
だから俺は、あんまその、なんか勉強に関しての反抗期みたいなのはあんまなかったから。
スピーカー 1
あ、そうなんだ。
スピーカー 2
おだしょー そう。でも浪人のときはあったけどね。
スピーカー 1
まあ浪人は。
スピーカー 2
おだしょー うん。大学浪人のときは1年間あって、まあちょっと親と意見したりとか喧嘩したりはしましたけど。
スピーカー 1
まあまあね。
スピーカー 2
おだしょー 中学生のタイミングはなかったかなって感じがしますね。
スピーカー 1
まあまあ、幸いにして僕らがたまたま勉強がなんか楽しいと思えた。
スピーカー 2
おだしょー 思えたかな。
スピーカー 1
思えるタイプだったっていうのはあるかもしれないですよ。
大体の人にとっては苦痛ですからね、勉強って。
スピーカー 2
おだしょー うーん、そうだよね。こうなんというか、なんて言ったらいいんだろうな。
それで、まあその勉強のことに関してみたいなところはあるし、なんて言うんだろうな、その、まあなんかいろいろと勉強について、
中高生が悩む原因ってまあ人によるんだろうなと思うんですけど、
俺とかはだから全然勉強できないところからできるようになったタイプ。
だから、俺なんか勉強してもしょうがねえやじゃないけど、勉強全然楽しくねえやっていうふうなところから、
まあその書き講習とか試してみて、思ったより簡単かもみたいな。
俺でもできそうかもみたいな。そんな簡単でいいんだみたいな。
なんか当時、たぶんね、学校では教えてくれない裏技を教えてもらってるみたいな感覚だったんだと思う。
スピーカー 1
ああそういう、なるほどね。
スピーカー 2
そうそう、だからそのなんだろうな、そこそこなんか3DSもなんでもいいけど、ゲームをさ、プレイするときに実は裏技があってみたいな。
近道のルートがあって、マリカーならショートカットがあってみたいな、そういうのを教えてもらってるみたいな。
特別なことを知れてるみたいな感覚が自分の中ですごく良かったのかなっていうふうに思うし、
結構頭でっかちな子供だったから、学校で教えられた通りにやろうとしてたら不思議だったんだろうね。
スピーカー 1
確かにね、学校の授業楽しかったかっていう話になってくるとまたちょっと。
スピーカー 2
そういったところもあって、なんか学校の先生はこう言ってるけど違う方法もあるんだなとか、
もっと早い方法とか勉強法とか答え方とかパターン化できるんだなみたいなのを裏技を教えてもらってる感じで、
それですごく楽しくなったっていうふうなタイプと、
俺わかんないけど、これどっちかというと坂木バラくんのパターンかもしれないけど、
もうすでにすごい勉強できててみたいな。要求値が高いみたいな。
もうすでに90点と100点とってもらわないと埋めてもらえないみたいなパターンもあるんかなって。
スピーカー 1
それで一つ思ったんだけど、小学校のテストと中学校のテストの要求される点数って全然違うなって思って。
中学校だったらたぶん100点かもしれないけど、高校とか、自分の中学校行く間でそれかかってくるんですけど、
嘘84点みたいなのが嘘40点っていう違いになってくるんですよ。
ごめんなさい、神経ゼミの例えなんですけど。
チラシで点数開いたときに100点満と言ってたけど、84点しか取れてないって言って、お前高すぎやん。
ツッコミが来るって話なんだけど。中学になってくるときにやっぱり赤点みたいなのがあって。
それの要求される点数みたいなのがだいぶ期待値が変わったというか。
今まで100点を要求されて、一言言うなら100点でも98点取って俺めっちゃ悔しがってたタイプなんですよ、自分が。
それが気づけばもう100点取るのが普通じゃないよというか、学年でたぶん3,4年以外しか100点取れないよみたいな。
なってきて、だんだんその要求されてる100点を取らないといけないみたいな脳がアップデートされない限り、そのプレッシャーで苦しむみたいな。
スピーカー 2
あるかもしれないですね。
自分の捉え方として、俺も中学まではなかったけど、高校になって赤点があったから。
そうそう、俺高校だからさ、一応いわゆる新学校みたいなところに入ったんだけど、まあべらぼうに勉強ができなくて。
赤点取りまくってさ、そのタイミングでだいぶちょっともうやばかったよね。
自暴自棄になってた時がありましたけども。
スピーカー 1
今まで取れてた点数の数値の考え方が変わってくから、環境が変わる。
それについていけなくなっちゃうと、あれ?みたいな感じになっちゃうっていう。
スピーカー 2
まあそうだよね、それでいきなり小学校の時100点取ってたやつが、まあ100点でも80点でもなんでもいいんだけど、それがもう40点しか取れないみたいなことになってくると。
スピーカー 1
要求されてる点数は別にそこまで、そこも変わってるんだけど、40点しか取れてないのか自分みたいになってくっていう、怖さみたいな。
まあ自分もそれでつまづいてはいたからな、ある意味。僕はそれで数学一瞬ちょっとつまづいてたんで。
スピーカー 2
おれは未だにつまづいてますね。
スピーカー 1
つまづいてはいるんですけど。
スピーカー 2
でもそういったタイミングでもしかしたら親御さんとしてもあるのかもね。
今までこれだけ取れたのに、なんでこれだけしか取れてないのっていうのは、確かに親の立場からしてみたらさ、
今までバンバン100点取ってた自分の子供がさ、急に50点とか取り出したらさ、
スピーカー 1
怖いよね。
親からしたら怖いよね。
自分もそうだったはずなのに忘れてんだよね。
スピーカー 2
あれって、あれ、え、なんでみたいな、え、溜まった?みたいな。
ってなるよね。
そうそう。だからやっぱ当たり前のラインが変わってくっていうところは、親御ともどもやっぱちょっと刷新していかなきゃいけないところなのかなっていうふうにも思うし、
あと一個あるのは、やっぱり、あれかな、進路。
スピーカー 1
進路か。
スピーカー 2
進路あるじゃない。
スピーカー 1
そうだね。
スピーカー 2
こればっかしやっぱ難しくて、親御さんがどんなに貸してあげたくても、金銭的な問題があってきたりとか、最近でこそやっぱ高校無償から話が出てきてるけど、
とはいえやっぱ、私立はちょっととか、あと弟や妹がいるから、お兄ちゃんはちょっと、お兄ちゃんお姉ちゃんはちょっといいとこ、お金はかけられないとかっていうふうなことがあったりしてくる部分があるから、
なかなかね、難しい部分、もっとより複雑になってくる部分があるとは思うけども、基本的にはやっぱり、なかなかね、自分の進路を、子どもが行きたいと思う進路を尊重してあげたいなって、もし自分が親だったらね、
とは思うし、多くの親そう思ってるとは思うんだけど、そういったところでのぶつかりであったりとかもあるのかなっていうふうに思うし、そうね。
スピーカー 1
成績が足らないとかもあるもんね、単純に。
スピーカー 2
あるしね、そうそうそう。そういったところがどうしても出てきちゃうのかなっていうふうにあったんで、そういった感じで、勉強をできるできないみたいなところと、将来の道みたいなことを考えさせなきゃいけない。
やっぱ考えなきゃいけないじゃん。
スピーカー 2
そうだね。
そうそう、考えなきゃいけないっていうふうなところが出てくるから、どうしても自分の将来でもあるし、自分の子どもの将来でもあるから、どっちもちょっとガチになっちゃって、
喧嘩しちゃったりとか、ぶつかっちゃったりとか、あとは何か過干渉にテストのこと聞いちゃったりする部分も出てきちゃうのかなっていうふうには思いますね。
スピーカー 1
なるほどですね。
スピーカー 2
はい、逆にそのじゃああれですよ、今結構さ、僕たちが中高生だったときに、っていうふうな立場で話しましたけど、逆になんか自分がもし親になったらみたいな、まあでももう25だし、俺たち。
スピーカー 1
まあそうだね。
スピーカー 2
なんかもうそっちの目線もさ、悲しそうじゃない。
スピーカー 1
そうだよね。まあ考えてはいるよ、結構。
スピーカー 2
ってなってきたらさ、何だろう、仮にさ、じゃあ自分の子どもが勉強で悩んでるとか、もしくはそのテストの点数が悪いとかってなったときに、どういう声かけできそう。
スピーカー 1
まあなるほどね。何だろうな、難しいと思うんだけど、自分の場合は、自分の場合勉強できればそんなにあんま価値なくなるんじゃないかと思ってるんですよね。
スピーカー 2
ああ、もう全体的な。
スピーカー 1
そうそう、全体的にまず勉強ができることの価値がそんななくなってるって思ってます。
まあ理由としてはAIですね。
スピーカー 2
よく言われるけどね。
スピーカー 1
AIですね。まあAIがいるから別になんかもう自分で頑張る必要ないんじゃないって言って、いわゆる仕事でパソコンとか使ってなんかいろいろやるみたいな仕事がどんどんなくなっていくみたいな話とか多分なんとなく聞いたことあると思うんですよ。
スピーカー 2
あるある。
スピーカー 1
そうなってくると、逆になんか体を使って仕事をする人たちとか、あとはなんか何かを極めてる人たち、まあそういう人の方がAIだったらとって変わられないから、
なんかそっちの方の道の方が意外となんか高水準で暮らしていけるんじゃないみたいなのがあったりするんですよね。
スピーカー 2
まあまあありますね。いわゆるその、あれですね、エッセンシャルワーカーって言われる人たちの仕事ですよね。
スピーカー 1
まあエッセンシャルワーカー、あとはブルーカラーって言われてる人たちもそれに含まれますし。
スピーカー 2
ちょっと昔の言い方をすると、そういうふうな感じになりますね。
スピーカー 1
ごめんなさい。ごめんなさい。まあそういう形ですね。
スピーカー 2
まあいわゆるその、要は言ってみれば肉体労働だったりとか、実際に手と足を動かして現場に行ってその場で働いていくっていう風なスタイルですよね。
スピーカー 1
で、そっちの適性がありそうだったら別にもう勉強、いわゆる世の中的な勉強あんまできなくてもいいからそっちを極めてくれって俺は思ってるんですよ。
だからその子の好きなものをもう13の頃から伸ばしていって、もうそれが社会出る18でも20、22でもあれなんだけど、
その頃にあれ程度もう身になってたら、もうそれで異色的はいいんじゃないっていう、僕は思ってるんですよ。
もしそれであんまり向いてるのがなさそうだったら勉強はしたほうがいいんじゃないって思ってるんですよね。
スピーカー 2
そうね。実際選択肢として、それに関しては僕もその通りだなと思うというか、
もうなんか昔でいう、なんかほらプロ野球選手はもう幼い頃からずっと野球やってたとかサッカー選手みたいな感じで、
もうその才能があって、であったりだとか、もうその道で食べていく。
それこそ、例えば俺の友達にも工業高校で生徒会長やって、その高校は成績とかが良い順に推薦先の企業を選べるから、
大企業の製造業に行って、今も7年目とかで働いてる子とかいるし、そういうふうに言ってしまえば、
いわゆる大学に行って、就職就活してみたいなルートじゃなくてもっていうふうなところで、
そういうところはあるし、そういうふうに言った意味で、絶対に大学に行けみたいなルートだけが正解とは、俺も思わない。
スピーカー 1
僕はそう思います、正直。
スピーカー 2
と思うし、そこをしっかりと見極めるっていうのは偉そうだけど、
でもなんかこう、あくまで人生ちょっとは長く生きてる身として、こういうふうな方向を向いてるかなっていうふうにアドバイスができるぐらいにはちゃんと目を向けて、
スピーカー 1
だから、いわゆる子供がこういうふうにしたいというか、13歳的にはこういうことをしたいんだけどっていうのを聞いてくれないっていうのが悩みとしてあったじゃないですか、
リサーチの中で。それを聞くこともそうだし、日頃から見て、この子は何が向いてそうかなみたいなのを聞き配って考えていくのが大事なんじゃないかなと。
ちょっと好き並みではあるんですよ、そんなことを思います。別に学力は全てじゃないと思うんですよ、今の、これから先において。
スピーカー 2
とは一方でね、大多数の人間というか、大多数の人間、例えばいわゆる野球選手とか、サッカー選手みたいにすごいたぶんいまいな才能を持ってしてっていうふうなタイプの子もいれば、
普通っていう場合に関しては、やっぱり職業選択っていうふうな意味でも、高校行って、大学卒業して、選択肢を増やしておくっていうのは、それはそれとして現実的なプランとして、
まあまあリアルだよね。 あったほうがいいとやっぱ俺は思う部分があるし、それで実際問題、なんやかんや言ってもそれなりにいい大学に行ったほうがそれなりにいい企業に入社しやすいってあったりだとか、
何かと人生で有利に働くそういった原理みたいなものは、たぶん俺たちが仮に親になったとしてあとプラス10年とか15年で、そのなんかある種の特権制みたいなものが全くなくなることはたぶんないと思ってるので、
それはそれとして、熱烈にこれがやりたいとかっていうようなことがないのであれば、とりあえずそれなりに頑張ってそれなりに大学出てたほうがいいよっていうふうに言ってあげたい気持ちはありますね。
スピーカー 2
じゃあそれをどう悟すかだよね。 そうだね。 今問題なのはそこじゃん。 深井って感じがするし。
だからどういうふうに悟すの。したくない、やだーって言ったら。 ああ、勉強したくないって言ったら、そうだね。いやーでもなんかどうなんだろうな、結局勉強したくないっていうふうに思うし、これ勉強あんまり意味ないじゃんみたいな。
じゃあ社会に出てから使うんけみたいな感じに思ったりする部分があって、まあなんて言ったらいいんだろうね、すっげー大人げないかもしれないけど、
スピーカー 1
もし自分の子供が何も努力をしないで、今親である自分と同じ生活水準を過ごせると思ってるんだったら、それは大間違いだよって言ってあげたい。 怖っ、怖っ、怖っ、怖っ。
スピーカー 2
言ってあげたいねって思ったりしますよね。 怖っ、怖っ、いやー怖いわー。 ヤンヤンいやでもこれ、俺その近所の同級生、地元のね、同級生の一番下の弟、長男が同級生、一番下の子が今高校生とかなんだろう、だったときに、受験生だったときに、俺これ実際に言っちゃった。
言っちゃったことがあって、まあそこの同級生のご家庭は、お父さんとお母さん。で、お父さん公務員されてて、男三人兄弟育ててて、一軒家に住んでて。
で、弟君にもし何も努力をしないで、お父さんがお母さんが暮らしてる生活が暮らせると思ったらそれは勘違いだよって言って、言っちゃったわ。 言っちゃったんだ。 言っちゃったわ。だいぶきついこと言ってたかもしんない。でも言っちゃったことがあって。
スピーカー 2
まあまあまあ、リアリティはあるよな。 でもなんかこう、なんていうんだろうな。ある種、自分が勉強したくなかったりとかしたところの一つっていうのは、どことなくなんとかなりそうな気がした部分があるのかなっていうふうに思って。
なるほど。 逆に脅迫観念でやる気出させるっていうのは、それはそれでいいのかっていうと、まあよくないんだろうけど。
まあまあ。 まあでもなんか、自分がそうだから、自分の子供もそうなるのは限らんけど、少なくとも自分はリアリティのある脅威が目の前に現れると、ちょっとやばいかもってなって。
まあまあまあ。 ケツに火つけて頑張るタイプだったから、だからね。だからそういうふうに自分だったら、人生そんなに甘くないぞって、理論的に詰められたらちょっとやべえって思うかもなって。
まあまあまあ。説得力あることが大事もありつつ、もちろんそれに筋が通っていることがやっぱり大事かなと思ってて。
スピーカー 1
逆に自分の子供がむちゃくちゃ感性大事にするタイプやったら、俺むっちゃ喧嘩しそうになっていますが思ったけどね。 怖い怖い怖い怖い。
スピーカー 2
思ったなあ。そんな感じかもしれないけど。 なるほどね。 難しいね。っていうふうな感じで。
スピーカー 1
まあ通用するところと通用しないところがあると思うね。それは子供ができてからまた多分悩むんだろうな。
スピーカー 2
それは思うし、ここでも言ってたけど、結局子供の意見を聞いてあげるっていうふうなところでさ、子供系、まあ今それこそ自分にも親がいてって思うけどさ、確かに半分自分の血じゃん。
だし、お母さんからしてみれば自分のお腹から生まれてきた子のわけだから、自分の分身のように思えたり、何なら自分の命を大事に思ったりすることもあると思うんだけど、一方で子供は親の所有物ではないっていうふうなところもあるし、
大事に思ってしまうがゆえに過保護になってしまったりだとかっていうふうな部分はあると思う。それはなんか悪意を持ってそうしようとかじゃなくて、本当にその愛情が一方通行になっちゃった結果、そういうふうになっちゃうところがあるのかなっていうふうに思ってて。
ちょっと親御さんとしてもちょっと辛いかもしれないけども、あえてこう自分のこうしたほうがいいんじゃないであったりだこうしてほしいっていうふうなところに関しては、
それはそれとして意見は伝えつつ、でもやっぱこう過干渉になりすぎないようにっていうふうなところ、当然だけど自分と血がつながってても別の人間であるところは同じなんだから、やっぱそこっていうふうなところは線引きしっかりしていかなきゃいけないんだろうなっていうのはすごい自分も研究をしてて思うし、なんかそういうふうな感じに思いますね。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
今回この調査の中でも一個あるのが子どもの権利条約みたいな話であったりだとか、っていうふうな話が絡んできてる部分もあったりするので、子どもを研究する上で重要な概念というか大切なことではあるんですけども、
ちょっとせっかくなのにこの流れで紹介できたらなっていうふうに思ったりするんですが、要は子どもの権利条約っていう国連とか、国際的に決まってるっていうか、大事にしようねみたいな考え方があるんですけども、これが何が特徴的かっていう話なんですけど。
スピーカー 1
ちょっといろいろ見てはいるんですけど、なんとなく自分のイメージとして、児童労働みたいなところが関連するのかなと思ってたんですけど、ちょっとそれは調べながら教えてもらえたらと思います。
スピーカー 2
当然そういうふうにね、子どもに働かせないとかいうふうなところもあったりするんですけども、やっぱり一個あるのは子どもの人権を認めようってことなんですね。これやっぱり特徴的なのは、子どもを親の庇護家におけるものとして。
まあ、所有物。 所有物とも言い換えられるし、守るべき対象ではもちろんある。でも一方で子どもが思ってる自発性であったりとか気持ちっていったものは、それはそれでちゃんと尊重してあげましょうね。何でもかんでも親が決めちゃダメですよって平たく言えば、そういうふうなことを言ってる条約なんですね。
だから子どもの安全を守る、はもちろん大事なんで。そして子どもの自発性を守ろうっていうふうなところもしっかりと守っていきましょうっていうふうなところが、この子どもの権利条約のすごく大事な柱であるというふうに言われてますし、子ども家庭庁とかそういったところ、国の行政機関とかも当然そういったところを意識してるんじゃないかなというふうに思いますね。
そんな感じでちょっとね、何と言ったらいいんだろう、話が反りちゃった感じがあったんですけども、そんな感じでやっぱり子どもと親との距離感っていう話ですけども、改めて考えると一概にも、とりあえず子どものことは絶対親が守らなきゃっていうふうな関係性ってわけでもない。
なっているというふうなところ。それゆえに子どもの成長であったりだとか、自律的なところを阻害してしまう恐れもあるし、悪意がなくても結果的にそうなっちゃう可能性があるっていうふうなところをしっかりと自覚していかなきゃいけない部分があるんじゃないかなといった意味で、親との距離感みたいなところも勉強とか進路のこと気になるんじゃないかなっていうふうに思ったりとかすると思うんですけども。
スピーカー 2
ちょっとこう、でもね、わかるんだけどね、自分ごというより不安になるのもあるんだけど、ちょっとかといって自分ではない。子どもは自分ではないわけだから、一時人間としてプレッシャーをかけすぎないように、ある種白状かもしれないけど、ある種他人として見る目っていったところも親に求められてるんじゃないかなとは思いますね。
スピーカー 1
なるほどね。それに関連する話で、ちょっと自分の親との距離感についての、これは子供、13歳的に気づいてもいいんじゃないかなみたいなことを、当時自分が気づいたことについてしゃべりたいと思ってます。ここからは個人の感想として受け取ってもらえたらと思ってまして。
で、僕が13歳の頃に気づいて、だいぶ楽になった考え方みたいなのがあって、親との距離感の話ですね。親を一人の人間として捉えられるようになったんですよ、その頃に。まあ、所有物じゃないんですけど、割と親の言ってることに対して、それを叶えることが自分としてやれることなんだよなみたいなことを、それまで自分は思ってたんですよ、13歳になる前まで。
まあ、親の言ったに答えることが、まあまあいいことというか、まあそういうことをしていきたいなと思ったんですよね。で、ただ、まあなんかいろいろと意見が合わなくなったりとか、あとはまあ、何でしょう、自分が思ってることに対して、まあそれが通用しなかったりとか、まあ理解してもらえなかったりとかってあると思うんですけど、まあその中で、別に親も完璧じゃないよなっていうのを思うようになってから、だいぶなんか楽になった部分があった。
たとえばその、まあちょっとなんかセンシティブな話かもしれないですけど、まあ自分の親的にはこういうことを思ってるらしいんだけどねっていうのを、たとえば友達に言ってみますよ。まあ親としてはこういうふうにやってほしいっていうふうにいつも言われてるんだけどなーって。そしたら、うちの家庭だと全然そういうことないと思うんだけどなーみたいなことだったりとか。
あとは、まあ何でしょうね、なんか全然考え方違うねっていうふうになると、あれ?自分の親が言ってることって別に絶対じゃないなっていう。まあ別に親の言うことが、何、めちゃくちゃロンリーが常に正しいわけでもないし、毎日はその本人の意向とか、毎日は感情的なところとかを余ったりはするってあったりするかもしれないなと。まあ自分もあると思うんだけど、親もこうやってしてもらえるかもしれないなみたいなところを、
なんか客観的にちょっと、まあ天の立つから、天の目線から考えられるようになって、まあだんだんと、なんか親も人間だしそういうこと思うかみたいなのをわかるようになってから、まあ親としてはこういうことを思えて、こういうふうに言ってるんだろうなーみたいな考え方になって、ちょっと楽になったっていう。
だから、親と自分がいて、この両者の関係を見てる、第3問目みたいなのが。 まあそういうことだよね。まあそういうことだよね。親としてはこういうことを思ってるし、自分としてはこういうふうに思っていて、まあだからこういうこと言うんだろうなみたいなのを理解したから、別に何だろうな、その言われた、親から言われた言葉に対して、それをすごくなんだ、それを全てだと思って、感情的に受け取って、で、理解して、みたいなことは減った気がする。
うーん、はいはいはいはい。 まあなんだろうね、だから親の言うことがわりと絶対みたいな感じで考えてたところが、まあそうでもないかもなってなって、またちょっと受け取り方とか返し方も変わってきたっていうのはあったかもしれないなっていう話ですね。
スピーカー 2
そうですよね。まあでもかといってね、幼い子にね、親の気持ちを重んぱかれっていうのもなかなかちょっと難しいところがあったりだとか。
スピーカー 1
いやでも、思春期だったらそろそろ思ってもいいんじゃないかなって俺は思ってんだけどね。
スピーカー 2
いやでもわかる。実際それっていうのは、結局さ、いつかはさ、自分が、親がさ、自分よりも老人になっててさ、非力になっててさ、最終的には子供が面倒を見ることになるわけだからさ、そうなってくるとどんどんどんどん、今度は自分が親に背負われた立場から、今度は親を自分が背負わないといけない立場になっていくわけだし、
スピーカー 1
そういうふうな過程の中で、必ずいつかはね、その見方というか、親を親として見る目と、親を一人の人間として置いていく姿も含めて見る目って両方が求められてくる部分があるからこそ、なんていうんだろうな、今すぐこう、親の気持ちを、親も完璧じゃないんだと。だから親に、求めすぎるなっていうふうな、いうふうに言うつもりはないんだけども。
別に求めてはないけど、なんも求めてないけど。
スピーカー 2
でもやっぱこう、俺結構甘えたがりだったからさ、やっぱ親にこうしてほしいな、してほしいなっていう部分があったりだとか、それを我慢したくないなと思うし、もし自分に子供がいたらさせたくないなと思う一方で、なんかこう、だから今すぐに変われとは思うんだけど、やっぱこう、だんだんとやっぱね、見方を変えていかないといけないっていう部分は、やっぱあるよねっていうふうに思うし、
それはやっぱ改めてさ、自分がこの歳になって、親がもう定年近くなってくるわけじゃん、もうわかりやすく完璧っていうさ、もう要はおばあちゃん、おじいちゃんってなっていく姿を見たときに、やっぱこう、親に対する見方であったりだとか、接し方っていったものも、変わる部分もあれば変わらない部分もあるんだけども、
やっぱこう、そういった見方をどんどんどんどん変えていくっていうきっかけでもあるかもね、親が言ってることが全てじゃないんだなみたいな、親も一人の人間で、親と違う意見を持ってる人もたくさんいるんだなっていうふうに、世界が広くなるじゃないけども、っていう部分はやっぱあるのかなっていうふうに思いますね。
スピーカー 1
たかちん 自分がそれで一番衝撃だったのは、親にの見方、もう変わったんだけど、一番大きかったのは、それを育てたおじいちゃん、おばあちゃんの見方が一番変わったことだと思うんですよ。
スピーカー 2
おじいちゃん、おばあちゃん。 たかちん そう。だから、自分を、例えばお父さんの、育てたお父さんとお母さんがいて。そうだね。
スピーカー 1
たかちん で、そのお父さんの考え方は、わりかしそのそれを育てたお父さんから、つまりおじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん、おばあちゃんが割と目指してきたものじゃないですか。
たかちん ってなってくると、例えば、親の、僕は特におじいちゃん、おばあちゃん、こうだったんで、すごく好きだったんですけど、なんか母、逆にその父親とか母親とかをそこまで、なんか普通ぐらいの感じで持ってたのが、
あれも、こういうふうに、なんか細かく、自分としてはこう向けてたんだけど、細かいところとか色々なんか期待されてるものを細かく見ていくと、
意外とその母親とか父親とかに求められていったものみたいなのを、なんか自分にもちょっと求められてるような返りを感じるようになって、
ああ、はいはいはい。 たかちん 言葉の不周止で感じるようになって、なんかそれを育てたのも確かにおじいちゃんとおばあちゃんだよなっていう考えになったんですよね。
スピーカー 2
確かにね。いやでもね、わかるわ。だから俺はだからさ、おじいちゃん、おばあちゃん、うちもおじいちゃん、おばあちゃん子だから、おばあちゃんは小学生の時、
うちはね、母親家庭だからさ、住んでた、一緒に住んでたし、そういった中で、おじいちゃん、おばあちゃんに関して今でもすごい感謝してるし、大好きなんだけどさ、
でも一方でさ、やっぱこう、母ちゃん、自分の母ちゃん、母親とさ、おじいちゃん、おばあちゃんが喧嘩したりだとか、仲が悪かったりとかするとさ、
なんかこう、なんていうんだろうな、俺はおじいちゃん、おばあちゃんも好き、母ちゃんも当然好き、でも母ちゃんとおじいちゃん、おばあちゃんが仲悪いんだよ、
っていう感じで、俺はみたいな、俺はどこの立場に俺はいんよ、みたいな感じだったりだとか、
でもそのすごい、自分にとってはすごく優しく接してくれるおじいちゃん、おばあちゃんが、母ちゃんと喧嘩する時は言葉遣いがすごく荒くなったりとかすると、
ああ、なんか人間の二面性じゃないけどさ、なんかこう、すごい、より複雑になっていくというか、
いっぺんぽにこう、自分に向けられた愛情が、嘘とは言わないけども、やっぱ人間ってそれだけじゃないんだな、っていうようなことを感じられたりとか。
無性の愛ではないんだよね。 だから、なんていうかね、思うのは、無性の愛っていうのは、俺は無性の愛を切れ事だって言うつもりはないんだけども、
愛は愛でやっぱある。でも一方でまた別の、例えば思惑であったりだとか、利害関係であったりだとかっていうのは、
なんか、やっぱ人間だから往々にして、共存し得るとか、並行して存在し得るんだなっていうふうに。
スピーカー 1
同じ人間の中にどっちもあるんだなっていうのは確かに思いますね。 それをなんか感じるようになったのが、ちょうど13歳の頃だったかなーって今では思いますけどね。
スピーカー 2
そうだよね。自分の親とか家族とか、親族の話だから、余計ちょっとさ、こう、考え込んじゃったりとか、悩んじゃったりとかする部分はあったりするかもしれないけども、
だからやっぱそう思うのは、人間、親もじいちゃんばあちゃんも、大人だけど同じ人間で完璧じゃないっていうふうなこともあるし、
またその、なんていうか、いろんな側面がある。一人の人間だからといって、持ってる人格が一つとは限らないというか、いろんな接し方であったりだとか、
感情の出し方っていうふうな部分があるっていうふうなところ。まあだから、あるんじゃないかなっていうふうに。だからその、そうだよね。本当に一対一じゃないんだなみたいな。
まあそうだよね。 一人の人間に対して一つの感情ってわけじゃないんだなっていうのは、やっぱ確かに考えるようになってから、ああいろいろとあるんだなと思ったし、
逆に自分がそうじゃなきゃいけないと思わなくていいんだなって思ったよね。自分がなんか人に対して接するときに、できるだけ誠実であろうとは思うけども、
誠実にありたいという気持ちと、でも自分を大事にしたいっていう気持ちは、別にそのどっちもあっていいんだなっていうふうに自分を許せるようになったりとかしたし、
スピーカー 1
それは確かにね、親との距離感とかで学ぶことなのかなって思いますね。 まあそこら辺ですね。ドラえもんですごく好きなエピソードがある。
のび太のお父さんがおばあちゃんに泣きつくシーンがあるんですよ。
タイムマシンで、デイスリしたお父さんをタイムマシンでおばあちゃんのとこ連れて行って、上司がいじめてくるのって泣きついてて、おばあちゃんに。
で、夕暮れおふくろの夢を見たんだけど、懐かしかったなってパパが言ってるシーン。
のび太からしてみればパパって、まあまあママほど言わないけれど、怒ったりする存在じゃないですか。
でもそれがパパだって甘えたくなるときがあるんだよってドラえもんが言ってるシーンがあって、これをなんか自分の中で、自分の形として落とし込んで考えていったのかなみたいなのがあったりはしましたけどね。
スピーカー 2
なんかその、いやどうなんだろう、これもだから別に、今の13歳とかにそれを求めてるわけじゃなくて、
でも自分を振り返ったときに、そういうふうにさ、あ、親も子供になった時代があるんだな、親も自分と同い年ぐらいだった時代とか、
若かった時代っていうか、やんちゃしてる時代があったんだなとかっていうのを聞いて、
なんかこの、親の親以外の顔みたいなものが見えたときに、それを受け入れられるようになったときに、なんか自分も歳をとったというか、大人になるじゃないけど、
そういったときになんかそんなことを感じたりしたなっていうのも今思い出しましたね。
スピーカー 1
まあそういうのを感じ始めるようになったっていうことなのかもしれないですね。
自分の距離感としては、いつも親と子供みたいな関係性をちょっと捉え直して考えられるようになって、人間と人間が接しているっていう見方をなんとなく感じるようになったんじゃないかなっていうのが、私の13歳の子供の話です。
スピーカー 2
だし、当然だけどね、今13歳の親と子供関係性っていうのも、やっぱり変わる部分とかあんな部分あるし、変わっていく部分もあってて、
それはね、いい方向に行くか悪い方向に行くかわかんないし、いいも悪いも判断するのは本人たちだからさ、他人が正確言えるもんじゃないけども。
でもなんかこう、なんていうんだろうな、そういうふうに、あるし、もしかしたら親の方から変わってくれることもあるかもしれないし、自分の方から変わっていくこともあるかもしれないし、
だからまあそうね、変わらない愛情はそれはそれであっていいと思うけど、一方で変わることも大切な部分もあるのかなっていうふうに最近思ったりもしますね。
スピーカー 1
たなっか さいど。 何ですか。
たなっか さいどは親との距離感って言うと。
スピーカー 2
いやーでもそうですね、どうなんだろうな。でもやっぱり改めて、19年間地元にいましたけど、京都に来るようになってから気づくことも多いというか。
たなっか ああそう。 うん、やっぱり親の、それこそさっき言ったような、親の言うことが全てじゃないんだなって思ったりだとか、
親も一人の人間だなって思えるようになって、明確に思えるようになったのはやっぱり老人から、人の一人暮らしするようになってからかなって感じは。
たなっか 13だとどう。 13のときはでもそうね、基本的には、うーん。
たなっか でも喧嘩なりはしてたでしょ。 喧嘩はでもあんましなかったね。
たなっか あんましないんだ。 しなかったしなかった。 たなっか あんまするタイプじゃなかったし、逆にあれかもね、親以外の大人と接していくことによって価値観が形成されていったりだとか。
で、うすうすなんか親が言うことだけが全てじゃないんだなと思って、成り出したかはしたかもね。それは例えば部活の顧問の先生であったりだとか、他のね、塾の先生であったりだとか。
まあそういうふうに関わる大人がいろいろとあって、一人一人大人であっても答えが違うんだなみたいなことを考えるようになってみたいな。
たなっか 確かにそう思ったわ、それ。関わる大人が少ねえんだよな。まあ少なくとも高校生までいって。 そうね。それ言ったら確かに今振り返ってみてさ、人間って大人になったらみんな同じ方向向いて歩いてるんだなって思ってたもんな。
みんなある程度答えってものがわかってて、そこに向かって合理的に動いてるのがほとんどの人間なんだろうなって思い込んでる。
スピーカー 1
でも実際そうじゃないんだな。 まあ意外と非合理というか。 たなっか みんなだって好き勝手生きてるんだなって。 まあそれはそうだね。 たなっか そうそうそう。
スピーカー 2
で、中学生の時は多分思ってなかったと思う。みんなある程度その正しさを知ってて、生き方を知っててみたいな、それに向かって生きてるんだなと思ったけど、ああでもなんか、今振り返ればんなわけないよなみたいな。
当たり前ですけど、坂木ブラックも俺も全然違う生き方してるわけだし、親も俺も違う生き方してるわけだし、それ人にはその人の生き方があってっていうふうな部分があることを考えたりすると。
でもなんか中学生の時にね、なんかそういうふうな思い込みがあったけど、意外とみんな好き勝手じゃないけどね、よくわかんないなりにも生きてるよみたいなところがあって、
いろいろと模索中なんだよっていうふうになったら、こうなんていうんだろうな、見方が変わってくるかもしれないね。それがいいことなのかはまあわかんないけど、でもまあ薄々と勘付き出すかな、そういう時期ではあると思うね。
だからそれはただ決して、大人の意見と今13歳のあんたが持ってる意見が違うのは、あなたが未熟だからって訳とも限らないってことだよね。
自分と先生の意見が相反した時、すれ違った時に、それは13歳である年の若い自分の意見が間違いとは限らない。
スピーカー 1
それを間違いと否定してきた世の中というか、年長者の言うことは聞きなさいみたいな言葉で作られているのも意外となんかそうでもないようになってきたよね。
スピーカー 2
そうね、それはそうだよね。だから先生が言うことが全てってわけでもないし。
そこに関しては確かに変に、でも先生が右って言ったら右なのかなっていうふうに、でも自分は左と思うから自分がおかしいんだとは思わなくていいと思うし。
逆に自分たちがね、そういうふうな自分よりも若い子たちがいた時に、とにかく俺が右と言ったら右なんだって言わないようにしなきゃなって思ったりしますね。
スピーカー 1
ついでに追加していい?
スピーカー 2
何ですか?
スピーカー 1
これもまた本当賛否議論あると思ってますけど、僕は右なんだって言われたら、僕はそれを右だと思うことも一つの作法だなって思うんですよ。
だから親が右なものは右なんだっていうふうに言ったら、それはじゃあ右なんだなっていう、
リズムで考えるじゃないんだけど、理屈抜きにしても右側も右なんだっていうのを理解するっていうのも一つの生き方だなっていうのを僕は思ったりして。
例えばさっきの拘束に関連するとかじゃないんだけど、教員のルールとか学校のルールみたいなのがあって、おかしいんじゃないっていうのを思ってます。
ただ、おかしいっていうのを自分の中で持ちつつも、その学校で生きていく上では、はい、その通りですっていうふうに、慣れていくじゃないですけど、そういうふうに持っていくみたいなことをするのも一つ生存戦略というか。
スピーカー 2
社会に出る上での生き方みたいな。
そういうのも、これは人によって向き不明ってあると思うんですけど、自分はそれは受け入れられる側の人間だと言ったらそういうふうに思います。
たしかにそうだし、ある種そういうふうにちょっと、ああって思うことでも受け入れなきゃなっていう練習でもあるかもしれないし、
脅すような言い方になるかもしれないけど、世の中に理不尽なこともまあまああるので。
スピーカー 1
そうなんですよね。
スピーカー 2
まあでも一方で、いやここは絶対に譲れない、俺は左だと思うっていうふうに反抗できる、反抗っていうかその意を底して許されるのもまた若いうちの特権ではあるんだよね。
スピーカー 1
そうなんだよな、それもそうなんだよな。
スピーカー 2
なんでもかんでも、いや左だと思いますっていうふうに言えたら言わんけど、でもここは絶対左じゃないですか、みんな右って言ってますけど、俺絶対左だと思いますけどねっていうふうに口に出したりだとか、
言動として表現できるチャンスは若いうちの方がやっぱある。
それはあると思うね。
だからまあ難しいんだけどね。
右ですって言われたら左だと思うけど、とりあえず右に従っとくかっていうのも大事だし。
スピーカー 1
一方で本当にここは譲れんって時に、いや絶対違うと思いますみたいな、ここは左だと思います。
わかるよね。
やっぱ左だよね。
左だよねつって。
スピーカー 2
ちょっと左って言わないっていうふうにやって、左だぞっていうふうに言って、先生とか大人からねって嫌な顔されるかもしんないけど、
でもそれで、それでもあんまりよくないけど、子供だもんなつって許されるのもまたその特権ではあるから。
スピーカー 1
まあ、まあいいや、まあいいや。
スピーカー 2
多少そのやり方がね、そそうがあったとかしない、順当なく、ちょっと強引な反対の仕方とかしちゃったりとかしても、
ある程度は子供がやったことですしっていうか、まあそれで全て許されるとは言わんけど。
スピーカー 1
ほらほらほら。
スピーカー 2
でもそれで、なんかこう、自分が思った直感とかに対して素直にいられるってこと。
素直に感じて、なおかつそれで違うと思いますっていうふうに言っても、ある程度周りがね、許してくれるというか寛容でいてくれることっていうのは、
若いうちの間に、それも何かにしかできないことであったりだとか、逆に俺たちもどんどんこれからね、歳を重ねていけばやりづらくなってくることではあるとか。
スピーカー 1
まあまあまあ。
スピーカー 2
そう考えると、まあバランス難しいんですけどね。
スピーカー 1
でも子供からしてみると、親がいきなり、昨日まで右だったけどやっぱり左にしますって言われたらさ、困っちゃうもんな。
そういうジレンマもあるんだよね。
だからどっちもどっちなんだけど、まあどっちの勝ちかっていうふうに言っちゃったけど、
僕が思ってたのは、だからその、親も人間なんだっていうのと、
あとは別に、なんか言われたことをそういうもんなんだっていう岐阜自身を、なんか内心ちょっともやもやを持ちつつも、
それを一つのものとして受け入れて、じゃあそれをどうするかっていうのをまた考えていくっていう。
まあこういう能力かなと思ってて。
で、まあそうだよね、そんなところかなというか。
スピーカー 2
逆に絶対譲れるなって思うところで、左って言ってもある程度周りの人が許してくれるもん、まあまた今のうちって言う。
まあでもある種そういうふうなところで、自分が譲れる部分と譲れない部分みたいな線引きを意識的にやっていく練習でもあるかもしれないね。
だって結局その、13歳の子っていうかどちらかというと俺たち世代の話になるから、
それでやっぱり自分が無理なキャパシティと、例えば仕事とか会社から求められてるキャパシティの線引きがなかなかうまくいかなくて、
体壊しちゃったりだとかいうふうな人であったりだとか、っていうふうなところ。
本当に体が、なんて言うんだろうね、体とか心っていうふうな両輪があってこそやりたいことであったりだとか、
やらなきゃいけないことがやれるっていうふうなところがあるわけだから、
悲しいかな、やっぱこう、何かしらそういったところに狂いが生じてしまうと、今の日本社会は優しくないので。
そこがどうしてもある部分だからこそ、心身ともに、壊さないためにも、やっぱこう、自分の譲れる部分と譲れない部分の線引きの練習でもあるのかなっていうふうに思いますね。
スピーカー 1
そうか、それだよな。まあこれはまたその時になってまた考えればいいんじゃないですかね。
23歳からホットキャストをしてるからね。
あ、かもしんないね。
スピーカー 2
逆にいまだに俺教えてほしいわ。
自分の線引きのラインちょっと分かんなくて。
スピーカー 1
へえ。
スピーカー 2
いまだにここ、ちょっと無理しちゃうもんね。
スピーカー 1
まあまあまあ、ストレッチゾーンっていうところが分かんない。
スピーカー 2
そうそう、だからやっぱいまだにちょっと無理しちゃうし、なんかね、俺もなんかもうちょっとその辺上手くてね、ひと月ができたらよかったみたいな反省したりしちゃうので、
今、だから頑張ってっていうか意識的に、自分ができるラインとできないラインみたいなのをはっきりさせようっていうふうに意識してますし、
だからみんな10年経ってもね、そういうふうに悩んだりするんですからね。
スピーカー 1
親との距離感もね、譲れるところと譲れないところを考えながらね、やっていけたらいいんじゃないですかね。
スピーカー 2
というふうに思いますしね、また僕たちがね、あの世代になった時にというふうな子供たちの素体性みたいな部分、可能性みたいな部分をしっかりと無理にしないようにしていきたいなというふうに思いました。
スピーカー 1
おっしゃる通りです。