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親と子供は違う世界を見ている
2026-06-08 32:10

親と子供は違う世界を見ている

行動ではなく感情を見てみよう

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サマリー

このエピソードでは、子供との関わり方について、特に子供の感情に焦点を当てることの重要性が語られます。子供は感情で動く生き物であり、大人が見落としがちな些細な感情やバイブスを感じ取っていると指摘します。子供の「嫌だ」という言葉の裏にある本当の感情を理解しようと努めることで、親自身の内面も見つめ直し、より良い関係性を築くことができると述べられています。また、個人的なピアノの練習や、芸人の広瀬さんの育児ネタのピアノアレンジなど、趣味に関する話題も含まれています。

ピアノの掃除と愛着
こんにちは、きなこです。 ちょっとお掃除をしながら撮っていきますね。
今日は、子供との関わり方について、 ちょっと考えさせられた話っていうのを、
私の頭の中の思考をちょっと、 吐き出していこうと思います。
今ちょっとグランドピアノちゃんの、 天板?天板?なんていうの?これ。
蓋をクイックルワイパーで掃除をしながら 喋っていこうと思います。
うちね、ほこりは割と溜まりにくい家。 ほこり溜まりにくい家ってないねって感じなんですけど、
なんかあれ、なんていうの? 空調みたいなのあるじゃないですか。
なんか全管空調? 全管空調じゃないんだけど、
なんか家の中の空気換気しますね、みたいな。 どの部屋も空気循環させますね、みたいなシステム?
めっちゃ言語が下手。があるから、 ほこりもなんていうのかな。
家に空気清浄機ついてるみたいな感じなんですよ。 だから溜まりにくいんやけど、
言うてもね、定期的なお手入れをすると、 愛着が湧くかなと思って、今ちょっと天板掃除しました。
グランドピアノに名前つけたいね。 名前つけよう。何?何か名前つけたいなぁ。
何に名前つけよう。 なんかね、車とかもね、今まで結構つけてたんですよ。
そういえば、うち今、 私の車つけてないなぁ。
なんか愛着湧くじゃないですか。
やっぱりね、毎日お気に入りのものに囲まれて暮らしてるって、 めっちゃ幸せ。
そうやし、やっぱりね、なんかそういうのをこう、 必死必死と、今この瞬間を感じることそのものが、
こう、尊いなぁと思うんですよね。 この間、ちょっと横道いきなりそれまくりやけどさ。
家族でご飯食べに行った時に、 うちの家の近所ね、音楽教室があるんですよ。
そこの音楽教室が、あの、 可愛い音楽教室なんですけど、
そう、ヤマハじゃなくてね、可愛い音楽教室で、 で、なんかちょっとだけ中が見えるようになっててさ、
で、そこでピアノのレッスンをされてたんですよね。
で、ピアノ教室やからっていうのもあるのか、 ね、グランドピアノが置いてるんですけど、
そこがね、たぶんうちと同じ新潟、 ま、たぶんね、あの、細かい型版はたぶん、
うちよりも新しいの、 いいやつ使ってると思うんですけど、
とはいえ、うちと同じ新潟のやつを置いてさ、 先生と生徒さんとさ、一緒にレッスンしてる姿を見て、
なんか、おっととそれを見た時にね、 なんか、ちょっとピアノの蓋を開けます。
よいしょ、重たい、重たいですね。 グランドピアノは重たいよね。
よいしょ、ちょっとだけ練習をするので、 低めに、よいしょ、設定してと。
そう、なんか、なに、そのグランドピアノがさ、 家の教室にさ、置いてるやつがさ、
よいしょ、面台を上げます。 よいしょ、お家にあるってすごいなって。
好き並みですけど、なんかこれ、家あんのか、うち。 って思うとね、そうめちゃくちゃありがたいですね、ほんと。
あとね、なんかね、めっちゃ地味なんですけど、 グランドピアノの蓋って軽いんですよね、そう。
アップライトめっちゃ重いんやけど、 今のやつ軽いんかな?
私の家のアップライト、30年以上前のやつから、 結構重いんですよ、そう。
だけど、なんか、グランドピアノの蓋軽くて、 それはそれで可愛いなって、思ったりしてます。
ということでね、アップライトと グランドの名前をちょっと考えよう。
これはちょっと随時考えていきたいと思います。
子供との関わり方:感情の理解
子どもとの関わり方ね、これ最近めっちゃ考えさせられて、
その間、昨日かな、シドニーのセラピストのミモザちゃんと、
ヒプノセラピストのアッキーさんという方と、 ちょっとお話をしてたんですよ、ミーティングしてて。
子どもとの関わり方のプロといえば、 アッキーさんなんですよね。
もう何年?もうずっと現場でね。
現役の保育士さんとして、先生として関わりもしてるし、
子どもの潜在意識を扱う、大人の潜在意識もあるけどね、 扱うプロなんですよ。
だから、やっぱり子どもって理屈で動いてないじゃないですか。
感情で動く生き物やからこそ、やっぱり子育てで生まれてくる、
この大人のね、煩悩というか、世の中のしがらみを一度見てきた大人と、
子どもの今やりたいんだ!みたいなやつって、 ぶつかるじゃないですか、当然ね。
そこの関わり方っていうのを見たときに、
昨日は子育てあるあるとかのいろんな悩みについて盛り上がったんやけど、
いざ自分ごととして、その話に帰ってきたときに、
やっぱり子育てっていうのを通して、
いかに自分の内面を見させられてるかっていうのを、 めっちゃ感じるなーって思ったんですよね。
例えば、あるあるの悩みであったのは、
これお子さん育てってはるかな、めっちゃわかると思うんですけど、
習いごとに突然、しかもあれですよ、子どもが生きたいって言ったのに、
習いごとにやっぱり生きたくないって言った問題。
しかもそこそこのお月謝とか、発生するやつとかに限って、
しかもそれを子どもが懇願して、絶対行くと、ずっとやりたかったんやと。
そんなにじゃあ言うなら行ってみるって言って、 行った瞬間、行きたくない!みたいな。
えーって感じじゃないですか、親からしたら。
結構高いお月謝払ったよーみたいなね、 給貸金払っちゃったよーとかね、あるじゃないですか。
そうなった時に、この行く行かない問答とかって、
結構大きな問題あるんちゃうかなって思うんですね。
昨日、例えばあるあるの一つですけどね、
そういうことが起きた時に、
アッキーさん、教育のプロの立場の方のご助言もお借りしながら、
お話し進めてたんですが、
子どもが見ている世界を大人が見ることによって、
逆に子どもがせっかく行きたいと言っていた慣れ言を、
本当の意味で拒否している感情みたいなものを発掘してあげる、
良い練習にもなるっていう話やったんですよね。
自分がすごく個人的に勉強になったなって思ったのが、
子どもって大人以上に感じている生き物、世の中をすごく見ているし、
もちろん子どもによって個性、感じ方の、
どこのセンサーで感じるとか、感じ方の代償は子どもによって違うけど、
やっぱり細かな大人が一見見落としがちなバイブスとか空気みたいなものを感じ取って、
それが、例えば嫌という拒否反応を持って、
何かを、例えば習い事に行かない、保育園に行かないとかいうのをやったときに、
嫌っていう言葉で表現をするって言ってたんですね。
すごいうちの保育園の先生も言うてはるから、
大人って嫌って言ったらその言葉の通り受け取っちゃうねんけど、
子どもってまだその感情にお名前をつけられない、わからないからこそ、
嫌とか嫌いっていう言葉を使って、
今の自分の中のもやっとした感情を、とりあえず自分の知っている数少ないボキャブラリーの中から、
その単語を使ってるっていう感じなんですよね。
冷静にね、親もね、ほら、言ったりしてる時やったらわかるんやけど、
ついつい、特に教育のね、プロでもない素人の私とかがね、
めちゃくちゃ忙しい時のさ、例えば朝に保育園に送り届けても、
あと10分でね、会社行かないと遅刻すると、ってなった時に電車乗り遅れるとかさ、
ってなった時にさ、「もうそんな言うやん、ママ嫌い!」とかさ、
みんな嫌い!お母さんも嫌い!とか言われたらさ、乗りやてー!みたいな感じになるじゃないですか。
人間やし、こっちも腹立つしね。
やけど、その前に会社、電車乗り遅れるとかじゃないけど、
お客さんの約束が差し迫ってて、結構急いでる時に、
うちのゆずちゃん娘ちゃんが、すごい嫌とか嫌いとか言う言葉で、
登園を拒否した時があって、
あ、もうこれ先生の力借りよーって思った時に、
先生が、なんか、あ、そうかゆずちゃん今嫌いって言葉で、
何か伝えようとしてるんだねって言った時に、
ちょっとハッとさせられたのをね、
その時、昨日のミーティング中に思い出したんですね。
だから、習い事行きたくないっていうのも、
表面上はおそらく行きたくない、それも事実だと思うんですけど、
おそらくなぜ行きたくないのかとか、何が嫌なのかとかは、
多分本人もわかってないんですよね。
そうそう、なんかわからんけどもやもやする。
で、その状態で行くと、やっぱり不安じゃないですか。
だからこそ、自分の中の何かを守ろうとして、行かないという選択をして、
自分のこの不安、心の揺らぎっていうのを、
どうか沈めようとしているっていうところだったんですよね。
でも、この子供の見えている世界と大人の見えている世界って、
そもそも違うから、やっぱり大人からしたら、
子供が何かわからんけど、嫌とかもやもやするっていうのを置いといて、
どうしても大人の方がスマート、ある意味スマートだから、
お金のことも考えるし、時間のことも考えるし、
この先の予定のこととか、いろんなこと考えますもんね。
ちょっと時間に対するとか、お金に対する価値観みたいなものも、
ある意味親の方が持ってるからさ、
それが無限になったってなると、
やっぱり合理的な価値観が強い方とかだと、
えー、みたいな感情になるのも自然やと思うんですよね。
だから、これって、子供のトラブルって、やっぱり時として、
子供の問題行動、子供の悩み事って言うこともあるんやけど、
今日1日経って思ったのが、
それを通して、自分が普段子供と同じ目線に立てているのかどうかとか、
もしくは、自分の中で子供とこういうトラブルがあって、
自分の親も人間やから、いろんな感情あるじゃないですか。
子供のトラブルを通して、こっちも悩むってことは、やっぱりハッピーではないですよね。
何かしら感情があると思うんだけど、
その感情ってどこから来てるんやろう、みたいなところも、
子供との思い出を通して、トラブルを通して、
私たちが何か見させられてんのかな、みたいなこともね、
ちょっとそう思ったんですよね。
子供時代の習い事の拒否体験
その習い事で言うと、今ちょうど話してて思ったのが、
私もね、習い事を拒否したことあったんですよね。
これを聞いてくださってる方もあるかもしれない。
でも、今思いはなんですけど、親の気持ちもめっちゃ分かるんですよ。
今大人になってるからね。自分も親やから。
やけど、子供の頃の私に、あの頃の親の気持ちが分かれたかって言われたら、
多分ね、そこまであんまり分かってなくて。
2つ思い出したのが、
1つが、これ前も喋ったかもしれんけど、体操教室ね。
私、運動めっちゃ嫌いだったから、
それ行くより、ゲームしてたかったんですよ。
家早く帰って、スーパーファミコンの電源を1日でも、1秒でも早くつけたかった。
か、もしくはお絵かき好きだったから、
どうせ行くならそっちの方が良かったんやけど、
やっぱり体を動かすことの大事さっていうのを親は教えたかったから、
お化粧を払ってね、
幼稚園の中でやってる体操教室に入れてくれたんやけど、
本当に嫌すぎて、毎回嫌や嫌やって言ってて、
その度に親も困ってたんですよね。
せっかく体操教室に入れたのに、お化粧払ってんのにもったいないって言われてたんやけど、
お化粧払ってんのにもったいないって気持ちめっちゃ分かるんですよ。
今大人やからね。
やけど、子供の時の私で、今ちょっとね、時を遡って、
5歳の時の私で、そのセリフを咀嚼した時に、
確かにお金って大事やし、大人が大事そうにしてるってものは分かるけど、
私が実際にそのお金を稼いできた経験もないし、
そのお金というものがどういうものかっていうのはあんまり自分の中で分かってなかったからこそ、
お金がもったいないって言われてもピンとこなかったから、
今思えばなんだけど、切り口としてお金を使うって、
多分私にとってはね、当時の5歳児の私にとっては切り口ではなかったんやろうな、
刺さる5歳の私にとって納得のいく切り口ではなかったんやろうなと思います。
でもうちって実家が結構貧乏やったし、
やっぱりないお金を苦面して、一生懸命その習い事のお金を年出してくれてたから、
お母さんも結構必死で、ほんまに頼むと、お月謝が無駄になるから行ってくれとめっちゃ言われてたんやけど、
意味が分かんなかったですね。めちゃくちゃ親には申し訳ないけど。
でも多分それが見えてる景色の違いやったんやろうなと思いますね。
子供の感情への寄り添いと信頼関係
どっちが悪いとかじゃないんですよ。どっちも悪くないんですよ、今思えば。
ただ、見えてる世界が違ってて、お互いの見えてる世界で張り合ってたから、
正しいお互いのことを理解しきれなかっただけで、
かといって、自分が今親になって、3歳児の双子に
37歳になる私の気持ちになれとか言われても、多分無理じゃないですか。
社会にもまだ出てないし、価値観とかも、これから吸収していくのに。
なったら、大人である私たちが子供たちの目線に100%はなられへんかもしれなくても、
その先の嫌っていう行動の奥に、どういう気持ちがあって、
こういうことを言ってるんやろうなっていうのを理解する。
100%寄り添って100%共感は無理やと思うんですけど、違う人間だしね。
だけど、あの人はこう考えているのねっていう、大人同士の対人関係の子供版みたいな感じでいくと、
無駄な怒りが湧いてくる可能性はちょっと変のかなって、ちょっと昨日思ったんですよね。
それで、そのことを何か日常に活かせないかなと思って、
去年3館日やったんですよ、うち。保育園の3館日で。
いつも元気に遊んでる姿、みんな楽しみにしてるわなって言って、
うちの双子もめっちゃテンション上がってて、後で会えるの楽しみにしてるねって言って、
めっちゃテンション上がって、犬で言ったら尻尾を振って先生と一緒にお教室入っていったんやけど、
後で私と夫がね、見に行った時にめっちゃ泣いたんですよね。
とはいえ、保育園の3館日のイベント始まるから、こういう活動、こういう遊びしましょう、こういう活動しましょう、
歌歌いましょう、絵本読みましょうとか、色々あんねんけど、もうなんかめっちゃ泣いてて、
みんなでこれしましょうね、ダンス踊りましょうね、とかなってても、なんかいつもやったらその輪の中に入って、
なんなら先生いわくね、あれ先にって踊るキャラらしいんですけど、
もうなんかお母さんのお膝じゃないといいや、みたいな感じでめっちゃ泣いてて、
うちの双子だけだったんですよね。
他のみんなはなんかめっちゃ、お母さん見てみて、みたいな感じでダンス見せてたんですけど、
うちの双子は、もうなんかもうめっちゃうちの、私のお膝の上で泣いてましたね。
これが、昨日のミーティングがなかったら、なんか寂しいんかな、でもなんかもうちょっと見たかったな、みたいな、
ちょっとこう残念な気持ちで終わってたんやけど、
ただその昨日の話を聞いてからの今日で、その相手の世界、相手の関心に関心を寄せるというか、
この三歳児の生き物はどういう気持ちで今この泣くという行動をしているんだろうっていうことに、
ちょっと興味を持ってみることにしたんですね。
なんかその行動を見るんじゃなくて、行動の先にあるその感情みたいな、
この小さい生き物が見えている世界、感じていることってなんなんやろうって思った時に、
お膝の上がいいっていうことは、きっと不安なんかなと。
でも不安ってことは知らんから、三歳児。
だから、お母さんの上がいいって、とりあえず親を求めてくるってことは、何か安心を求めてるんやろうなーって思って、
はいちゃんに聞いてみたんですね。
お母さんのお膝の上やったら、嫌じゃないって聞いたら、うんって言って、
今日は知らん人もいっぱいいてるし、他の親御さんたちもいてるから、いつもと空気が違うんですよね。
そんな中で、やっぱりちょっと不安やったん?いつもと違うからって言ったら、
不安って言葉が、はいちゃん的にはあんましっくりきてなかったけど、いつもと違ってなんか嫌やったん?って言ったら、うんって言ったんですね。
こういうことを重ねていくことで、子どもたちって、感情嫌っていう単語だけじゃなくて、
自分の心の中に湧いてくる感情にお名前をつける練習というか、感情のボキャブラリーがこうやって増えていくんやなと思って、
その感情のボキャブラリーが出た時に、それが世間のルールである程度我慢しなあかんこととか、こうしないといけないってことはあるけれども、
少なくともこの家族の中だけでは、自分が思ったことをそのまま言っていいし、受け止めていいっていう安心感をやっぱり作ってあげることってすごく大事やなって改めて思ったんですよね。
やっぱり職業柄さ、コーチングをしているから、この感情に名前をつけるっていうことがいかに大事かっていうのは、自分でもよく理解はしてはいるんですよね。
これ大人でもできないのよ。なんかモヤモヤするとか、なんだろうこのしっくりの小なさとかさ、この胸のつっかえはなんだろうとか。
私なんか特にそれでこじらしてきたから、時代背景もあるけど、小さい頃の私がどんだけ嫌だろうが、モヤモヤしようが、なんだろうが、周りのルールに合わせないといけないし、親の言うことを100%聞かないといけないし、親の言うことだけ聞いてればいいって言われてたからね。
だから親の顔色を見て、自分がどう思うが親がうなずくことが正解っていう生き方を今までしてきたからこそ、私は自分の心の中に生まれる違和感とか感情にお名前をつけることをあまりしないまま大人になったんですよね。
そんなものほっといても、親の言うことさえ聞いていれば間違いないと思って生きてきたから。でも身体って正直やから、やっぱり自分はこっちの方向の生き方はしたくないとか、そっちじゃない時はやっぱり何かしらメッセージくれるけど、最初はその違和感にすらも気づけなかったし、だからドカンとした体調不良でようやく思い知らされるってことも多かったし、
なんならそこに違和感を思うことが悪っていうね。それに意を唱えること、例えば会社ではこう右に行けって言ってるけど、私は左やと思うねんけどって思うこと自体が私は社会人としてなってないんだろうかとか、なんかわがままなんだろうかとか、もちろん程度によりますけど、
でも多分幼い頃にこの自分の中の違和感を拾う作業とか、それの善悪は置いといて、そう思うんだねっていう感情にお名前をつける作業っていうことをやってこないと、やっぱ後々しんどいんですよね。
だからこそ、今日の3巻日でも思ったのは、この人たちの感情をなるべく見るようにしたいし、完璧な言葉の定義がはまるかわからんけど、少なくともこのおかんは、ゆずはやにとって、
うちのおかんは自分たちが思った感情のずれとか、なんかよくわからん感情に一緒にお名前をつけようとしてくれてる人。
だからこそ、それは言うてもええっていう心の信頼関係の雰囲気、バイブスみたいなのは出しといたほうが、きっと大人になった時に、この感情があるたびに立ち止まってたよな、ちっちゃい頃っていう、
その中で自分なりに名前をつける、自分なりに試行錯誤をしていくっていうふうな感覚みたいなものをつけておいたら、正解がないこれからの世の中でも、きっと自分なりに自分の心に沿った生き方をしていくんやろうな、なんてことを3巻日で思ってました。
わかると思うの、お仕事にしてる人だったらわかると思うのよ。体って意外と正直なので、頭は賢いから抑え込むことはできても、やっぱ体は嘘つけないよね。
話が飛んでいきましたけれども、やっぱり子供とのいろんなトラブルって言ったらいいんかな、出来事とかって一見すると、感触とかわがままとか反抗期とか程度はあれど、いろいろ悩みがあると思うんですけど、
それを通して結局、親である私たちの合わせ鏡というか、それを受け取る私たち親側の心っていうものを見させられてるんやろうなっていうのを感じたので、
同じ屋根の下で暮らす一人の人間として、この生き物はどういう設定で、どういうスペックで、スペックっていうのは頭の良さとか成績とかそういうことではなくて、特徴みたいな。
だから疲れやすい状態かもしれへんしね、その状態を見た上で、どういうものを認知して生きる生き物なんだろうかっていう取説みたいなのをやっぱり持っておいて、ある程度。
何か起こった時に、この人たちは今どういう世界を見て、どういう気持ちで今おるんやろうなっていうのをやりながらも試行錯誤していくんだろうな、これからもと思いました。
もちろん理想論なんてないし、子育てに正解はないと思ってますし、だからといって親がね、聖母マリア様みたいにいつもニコニコみたいな感じには、
まあ慣れないとか、それはならなくていいと私は思っている派なんですけど、同じ人間やし別に。かといってこっちが迎合する、こっちが我慢して子供だけが100%喜ぶっていうのは結局シワ寄せになっちゃうから、
その形は私は望ましくないと思ってるから、すれ違ってもいいし、私とあんたは違うでいいと思うんだけど、少なくとも理解する姿勢っていうのは持っておきたいなーなんて思いました。
まあね、それも生理前とかさ、期待の状態とかさ、睡眠状況とかさ、によってぶれますけどね、その容量は。でもぶれていいと思ってるんですよね。それは私の状態が今日はそういう状態だからごめんみたいな。ただ基本姿勢としてはそういう関わりを持っていきたいなーなんて思いました。
ピアノの練習曲と夫へのプレゼント
はい、ということでちょっと途中から思い出話になりましたけれども、皆様はいかがでしょうか。お子さんを特に育ててはる方、こいつの言うてることがまるでわからんって思うことないですかね。私しょっちゅうあるんですけど。
でもそういう生き物なんですよね。おそらく私たちもそういう時代を過ごしてきた。だからこそね、のびのびとしたところだけはね、忘れずに大人にはなってほしいですよね。
なんかね、皆様も自分自身の最近子育てしてて関わりの中で悩んでいることがあったら、逆にその子供が私たちに何かを見せてくれてるって思って、もう一度その問題をうんとリフレイミングしてみると、今まで見落としていたものが見えてくるかもしれないですよね。
なのでぜひね、この私の独り言ではありますが、どなたかの気持ちがちょっと軽くなったり、明日からちょっと子供の世界を理解してみようみたいなふうに思う人が一人でも増えてくれたら嬉しいです。ということで本編はこの辺で終わりにしたいと思います。
はい、ということでここからはおまけトークです。昨日また弾いてみたい曲をいろいろね妄想してて、いろんな曲のカバーを弾きたい気持ちがいっぱいあるんですけど、ピアノの話ですね、例に漏れず。
で、20曲ぐらいあるんですよ、弾きたいやつ。で、もう全部やりましょうって、瀬戸さんも言ってくれたんで全部やろうってやったろうと思ってるんですけど。で、積みスコアがまた増えたのが、なんかね自分が小学校の時とかに見てたテレビ番組の、テレビ番組っていうかアニメのオープニングテーマとかを弾きたいなーっていう気持ちになってて、
で、昨日夫と喋ってて話題になったのは、犬屋舎ですね。月曜日のね、7時だったんですよ、うちの地域は。大体そうかな、うん。月曜の7時は犬屋舎、もしくは近代一少年の事件部ですね。ちょうど小学校1年生の時に始まったんですよ、犬屋舎と。犬屋舎ちゃん、あん時はバケツでご飯やったか。そう。
で、と、あの名探偵コナンが始まったんですよ。覚えてるは多分1月7日かなんかからやった気がする。ちょうど新学期かなんかの、ほら3学期の始まりとともにかなんかやった記憶がある。で、そう。で、この時に犬屋舎のオープニングテーマといえば、私の中ではね、V6のチェンジ・ザ・ワールドなんですよね。
で、エンディング、いろんな曲好きなんですけど、個人的に一番記憶に残っているのは、Do AsInfinityの深い森ですね。知ってる?みんな。結構懐かしいと思う人多いじゃないですかね。
で、この辺りで、確かこの辺りのオープニングエンディング何やったかなと思って調べてみたら、おーおーこれやこれやと思ったのが、恋はスリルショック・サスペンス、あゆちりなんですね。懐かしいね。パラパラ踊ってたよね。
で、その時のエンディングがね、暗き舞のスタート・イン・マイ・ライフですね。その前がね、調べたら、ガーネット・クローン・夏の幻、個人的には夏の幻めっちゃエモーってなったんですけど、
同じ時期で、このチェンジ・ザ・ワールド・深い森・恋はスリルショック・サスペンスってきたら、スタート・イン・マイ・ライフが被るらしいです。なので、これでなんかちょっとね、弾いてみたいなーって。
これを弾くと、多分みんながそれを見てた人は、その時の小学生もしくは中学生、幼稚園時代の月曜日の7時と7時半に戻ると思うんですよね。
っていう気持ちがわかる人おるかな?めっちゃ懐かしくないですか?懐かしいよね。セル画やったよね、この時ね。いや、今のセル画じゃないのもめちゃ好きなんですけどね。
そう、懐かしいな。恋はスリルショック・サスペンスがさ、終わった後にさ、オープニングが終わった後にスポンサーのコーナーあるじゃないですか。
あの時にだいたいコーナンくんが、この番組は日本ガス協会ととか言ってた。知ってる人おる?だいたい言ってたよね。そうそうそう。めっちゃ懐かしいと思いながら。
うちはね、関西圏あったんで大阪ガスでしたけど。そう、懐かしいな。月曜の7時、晩御飯食べながら見てましたね。っていうのを弾きたい。
これが増えましたね。あとね、いっぱいあるんですよ。弾きたい曲。あとね、旦那さんの誕生日が9ヶ月後にあるんやけど、それに向けて、なんか誕生日プレゼントで曲をちょっと弾きたいと。
だから、なんか好きな曲リクエストしてって言ったら、めちゃくちゃ難しい曲リクエストしてきやがって。無理やってこんなんっていうやつをリクエストしてきたんで、9ヶ月後じゃなくて1年9ヶ月後とかになると思うんですけど。
うちの夫はね、ゲーマーでもあるんですけど、今から15年ぐらい前に、今も流行ってるけど、すごい人気、爆発的に人気になったシューティングゲームか。
の東宝プロジェクトっていうね、パソコンのゲームだったよね、確かね。私はプレイしたことないんですよ。夫がプレイしてんのを横で見たことしかないんだけど。
曲がすごくいいというので、めちゃくちゃ曲のファンが多いんですよね。それをカバーしているピアニストの方たちもたくさんいらしてて。
で、その中で夫が推しのキャラがいてるのね。その推しのキャラのテーマ曲って言われてる曲。
それ以外はね、東宝基本的に難しい曲ばっかりやから。BPMおかしい。指ちぎれるやんっていう曲ばっかりなんですけど。
でもね、せっかくなんでね。せっかくなんで、1年後は無理かもしれんけど、1年9ヶ月後ならワンチャンいけるかもしれへんということでね。
明日のレッスンの時にちょっと先生にね、相談してみようかなーなんて思っております。
育児ネタのピアノアレンジと熊本弁
ということで、今からちょっとね、辛い曲の練習をして、明日のレッスンに備えようかなと思います。
辛い曲の練習でもう一個思い出した。辛い曲じゃないんやけど、私が弾きたい曲の中に芸人の広瀬さんが結構自虐ネタでさ、
広瀬ですっていろいろ言うやつあるじゃないですか。あれの育児バージョンやりたいなーっていうので身内で盛り上がったんですよ。
で、その曲の監修というか、ピアノの監修は先生に、お父さんにお願いするんですけど、
なんと、広瀬さんの独特の柔らかいイントネーション、あれね、熊本弁らしいですね。私知らんかったんですよ。
そう、なんかまぁ、黙ってんなぁとは思ってたけど、なんとかとですってよく言ってたじゃないですか。
あれね、熊本弁なんですって。で、私のクライアントさんね、熊本の人なんですよ。
そう、だから発音の監修しますって言われたんで、最強の夫人が揃いましたね。
なので、これでまたママともね、クスッとさせられる動画がまた一つ、最強の夫人が出来上がったので、作るのめっちゃ楽しみです。
という話でございました。ではでは、ここまで聞いていただいて、本当にありがとうございます。
また次回の放送でお会いしましょう。またねー。
32:10

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