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  2. 親子関係について考え、はぁ~..
2026-02-23 19:20

親子関係について考え、はぁ~と頷いたこと🙂‍↕️ #155

きっかけになったあっことたかしさんのライブ配信こちら⬇️
【夫婦対談】37歳。親子関係を振り返り、向き合う
https://stand.fm/episodes/699b0b95ac03117c4d95de68

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タイムスタンプ⏱ ̖́-‬
幼少期のぱちぱちと父と母について
やりたい事に真っ直ぐな父
色々連れて歩いてくれたのは母
やりたい事は何でもやらせてもらってきた
すごく厳しい母だった😡
超反抗期 強欲 暴走モード突入した中学~高校
進路は母にすすめられて決めた📖
高校生活を過ごす中で見えた本当にやりたい事
母に勇気をだして伝えた🗣️
自分に向いてる仕事につけたと思う✨️
一人暮らし▷▶︎ 離れて住んだことで蟠り無くなった
今現在、付き合う距離感が掴めてきた
未知子さん👑の言葉がす~っと沁みた
母を反面教師に🤣娘に対しては見守ろう👀

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🦭趣味をやり散らかして、毎日楽しく*⸜♡⸝*
「誰かの力になりたい」を原動力に…✧︎*。

*ぱちぱちの基本🦭
5歳👧🏻夫🧑🏻‍🦱との3人家族👩🏻
産後太りが解消しない🐷
自己肯定感低め😔自信ない
自分が産まれ育った地で子育て中👧🏻
パートで福祉のおしごと💻
好きな事をやってストレス発散🎤📷
GarageBandやCanvaいじるのが好き!

*ストレングスファインダーTop5
調和性|成長促進|親密性|慎重さ|共感性

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時々ストーリーでスタエフの裏側も更新中♡
(スタエフで繋がった方は、親しい友人設定で
ストーリーを垂れ流しています🙇🏻‍♀️)
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サマリー

このエピソードでは、話し手が自身の親子関係を振り返り、幼少期から反抗期、そして現在の関係性へと変化していく過程を語っています。幼少期は母親の厳しさの中でやりたいことをやらせてもらい、進路選択では母親の勧めもあり看護師を目指しますが、後に福祉の道へ進むことを決意します。一人暮らしを経て母親との関係は変化し、現在は適度な距離感を保ちながら良好な関係を築いています。自身の経験から、娘に対しては見守る姿勢を大切にしたいと考えています。

親子関係を振り返るきっかけ
みなさんこんにちは、ぱちぱちです。 今日は、私の親子関係について少しお話ししてみたいと思います。
良ければ最後までお聞きください。 この話をするきっかけになったのは、先日ね、音声配信コンサルタントママモデルの
親友であるあこと、あこの夫であり、私のリア友でもありますたかしさんがコラボライブをしていて、
親子関係についてね、いろいろと深掘りというか、お話しされていたんですね。
その話をいろいろ聞きながら、自分のこともいろいろ考えてみて、はぁとなったことがあったので、
自分のことを振り返ってみたいと思います。
幼少期の母親と父親
私は、幼少期自体は、何でもやりたいまん。何でも前に出たいまんみたいな感じで、
人のことなんかね、全く気にもせず、常に前にいるようなタイプでございまして、
自信満々に何でもこうやってのげるというね、自分が母だったらとても恥ずかしいってなっちゃうタイプの、
全力少女だったわけなんですけれども、
まずね、母はそれに対して、父はね、あまりね、何だろうな、あまり関心もなかったんでしょうね。
うちは、私のお父さんとお母さんは、お母さんがとにかく怒ったり、いろいろ言ってきたりするタイプで、
お父さんは我感せずっていう感じのタイプでございました。
お父さんはね、自分の好きなことをとにかくやって、お母さんがそれをただこう、はいはいっていう感じで見ている、
そんな感じのルーフでして、お母さんは仕事もしつつ、家のこともやりつつ、
自分のね、私からすれば、おじいちゃんおばあちゃんと一緒の家だったので、
自分の親に対する文句とかも、私にも少し漏らしながら、それは大きくなってからですけどね、
一緒に住んでたわけなんですけれども、
だから幼少期自体は、ほぼほぼ何でもかんでもお母さんが連れてってくれたり、見守ってくれていることが多くて、
私が何かやりたいって言ったことに対して、ダメって言われたことがなかったんですよね。
ピアノをやりたいと言ったら、ピアノを習わせてくれて、
しゅうじやってみたいと言ったら、しゅうじをやらせてくれてとか、
私がやりたいって言ったことに関しては、はいはいやってみなさいという感じで、
私に関してはですね、やりたいと言ったくせに、
母親の厳しさと反抗期
その当時からなんですけど、三日坊主でして、とにかく三日坊主。
ピアノもやりたいって言って、最初はやってたんですけれども、
それこそ練習、毎日練習みたいなのがすごく苦手で、
発表会が近くならないと、これも一緒ですね、火がつかないとやらないタイプで、
発表会の三日前くらいからいきなり泣きながら練習しているっていう感じのタイプでして、
だからいつもピアノの先生には、習いに行ってる時に全然弾けないから、
練習してねみたいな感じで言われている私でございました。
でも、なぜか本番に強いタイプで、発表会はなんとか乗り越えてきた、
そんなタイプでございましたが、
そういうね、何でもやらせてくれた母なんですけど、
すごく厳しくて、
挨拶とか、ご飯の作法とか、そういうのにはすごい厳しくてですね、
皆さんね、もちろんそうだと思いますけれども、
肘ついて食べるなとか、お茶ままちゃんと持って食べなさいとか、
X橋はダメだからとか言って箸の持ち方を一生懸命強制されたりとか、
いろいろと細かいところまで言われました。
今の私はどうだかわかんないけど、
そんな風に言われたり、あと文言もすごい厳しくて、
みんなが高校生とかになったらさ、
部活終わってからちょっと遊びに行ったりとかってあったと思うんですけど、
私は夕方になったら部活はいいけど、
それ以外は寄り道はダメですと。
絶対ダメですと。
夜花火大会とかあって、友達同士で見に行くのもダメと。
そんな感じで、ごまかしごまかしで言ってたこともあったんですけど、
毎回ね、私ごまかして言ってるもんだから、
怒られた記憶しかないんですよ。
とにかく怒られて、
小学校の時はそんなに近所のところで出かけてただけだから、
そんなに怒られたことはないんですけど、
中学、高校ってなったら、ごまかしごまかしで、
私が小さな嘘をついては出かけていたので、
厳しいからね。
なぜか反骨心じゃないけど、反抗期だったんだろうけど、
そうやって小さな嘘をついて出かけてくるんですよ。
毎回怒られるという繰り返しで、
全然ね、言うことを聞かないパチパチ少女だったわけです。
皆さんね、今の私からっていうか、
この音声を聞いてるだけの私からは、
もしかしたらね、想像がつかないとか、
それこそ昨日のライブ配信でも、
あこがね、パチパチから想像つかないねって、
反抗期のことを言われたんですけど、
私はめちゃくちゃ反抗しておりました。
母に暴言を吐いて、枕を投げつけたこともあります。
それぐらいね、みんなはやってるのに私はできないっていうのが、
すごく嫌で、ずっとね、
イライラして、
やりたいって言ったことを咎められたこともないし、
今思えばね、部活とかもやらせてもらってたし、
お小遣いとかも別にもらってたとは思うんだけど、
自分の中ではその時たぶん少ないって、
強欲だったからね。
あれしたい、これしたい、あれも欲しい、これも欲しいみたいな感じで、
強欲だったからか、お小遣いも少ねえしとかって思いながら、
無限早えし、全然なんかやらせてくんないじゃんって、
その時は思ってたんですよね。
進路選択と母親の勧め
とにかく母に怒られ続ける毎日が、
私が悪いんだけどね、悪いんだけど、
その時はそうは思えないので、
全然勉強もしなかったし、
勉強しなさいって言われないとやらないタイプだったので、
将来になりたいものとかっていうのも、
母に、あんたはそういう人の世話っていうか、
世話負けるのか、世話負けるって伝わりますかね。
世話好きだったんでしょうね、私小さい頃から。
なので、世話負けるのが好きなんだから、
看護師いいんじゃないのっていう、
ある一種の洗脳じゃないけど、
そんな風にずっと言われてて、
そっか看護師かと。
だから、高校もそういう看護系じゃないけど、
そういう学科が昔、私が行った時はなかったんだけど、
昔そういうのがあった高校。
だからそれに対して強いんじゃないかっていうね、看護師に対して。
そんな感じで行ったんですよ。
なんですけど、その高校生活を送る中で、
いろいろと反抗期を過ごしながら、
私なりに考えていて、
私って本当に看護師になりたいのかと。
そもそも、地位苦手だし。
看護に進むために、高校2年生の時に、
理系の方のクラスに進んだんですけど、
全く理系の勉強ができなくてですね、私。
文系とかはいいんですけど、
理系がとにかく苦手で、
だから2年生の成績は最悪だったんですよ。
本当にこんな、勉強も苦手な分野で、
しかも地も苦手だし、
本当に看護師ってなりたいの?みたいな、
自分に対して問いを持った時に、
その時、信頼している先生もいたので、
先生といろいろ話している時に、
看護じゃなくて、
介護っていう道もあるよっていう話をしてもらった時に、
ああーってなって、
私は福祉かもしれないと。
医療看護とかじゃなくて、
福祉かなっていうふうにピーってなったわけですね。
母親への進路変更の相談
それを母に言う時にも、
その時は私、全然なんだろう、
私多分やっぱり反抗期とか、
母と話したくない、嫌だっていう感情はあったんだけど、
自分のやりたいに対しては、
言わないとって思ったんでしょうね、ちゃんと。
私はお母さんにずっと看護師になりなさいって言われてきたけど、
多分私には無理だと。
似たような、
言い方は悪いけど、
世話負けるっていう分野の中では、
福祉の方が向いてるんじゃないかと思うと。
私はそちらにシフトしてもいいか、
というのをお母さんに伝えたんですね。
そしたらお母さんはやっぱり昔から、
私のやりたいに対してはダメって言ったことがなかったので、
いいんじゃないって、
そういうやりたいことをやった方がいいよって言ってくれたんですよね。
3年生になってからですよ、私進路変更したのだから。
今思えばめっちゃ遅いですよね。
高3になってから、
高2の最後にクラスが変わるって時に決めて、
それを決めて、だから本当に高3から一生懸命ね、
私が進んだ短大とかへの勉強を始めたりっていうか、
そこからやっとシフトして、無事に短大に行き、
介護福祉士を取得して、
今は介護はしてないですけどね、結局のところ。
現在の仕事と母親との関係
でもずっと、今は障害の分野のサービス管理責任者みたいな感じでね、
相談員みたいなことをしてるんですけど、
だからずっと福祉には従事していると。
短大を出てからずっと障害分野の仕事をしています。
だからそれを自分が向いてないっていうか、
仕事自体はすっごい嫌なこととかいっぱいあるし、
めんどくせえなって思うことも正直いっぱいあるんだけど、
でも自分にはすごく合ってると思ってて、
スタイフを始めて、ストレングスファインダーっていうものをやった時にも、
自分というものが少し見えてきた時に、
やっぱり私間違ってなかったかもしれないと、
福祉的な仕事は向いてるのかもなぁなんて思って、
今の仕事環境的にも、
そうそう良かったなって思ってるんですけれども、
それに対しても私のお母さんはずっと、
どこに行くにしても、
もちろん条件だったりとかそういったことは相談はしてきてて、
こうなんだけどどう思うみたいな。
私のお母さんもずっと福祉分野なんですよね。
退職するまでの間はもう何十年も福祉分野にいて、
だから相談しやすかったのもあるかもしれないんですけど、
高校生の時はあんなに反抗期ですごく嫌だったお母さんに対して、
短大で一人暮らしをして、話前後してごめんなさいね。
一人暮らしをして、離れたことによって少し反抗期心がなくなってって薄れてって、
結局私何か話したいなって思った時には、
愚痴言いたいなって時にお母さんに電話してたんですよね。
電話も別に5分とかで終わるんじゃなくて、
30分とか、下手すれば1時間とか喋ってることもあって、
お母さんもうんうんうんって聞いたり、あっちも話したいこと話したりとか、
そっかそっかってお互いに話してて、
今現在は、私結婚して旦那のね、
同じ苗字なんですけど、同じ苗字同士で結婚して、
旦那の席の方に入ってるんですけれども、
私の実家の隣に家を建てて住んでいるので、
隣にね、父と母がいるんですけど、
前より近くなった分、私的にはなんでこんなに介入してくるんだろうとか、
距離感ですごく嫌になることももちろんあるんですけど、
でもそれとなりに言えたりするようになってきて、
ちょっとそれは私はそこまでしなくていいとか、
これはお願いしたいとか、
なんか前よりね、距離感がうまくつかめるようになってきたかもしれないなって思うのと、
昔からそのお母さんのこれまでの話とか、
お父さんとのこれまでの話とか、
そういうのも聞かされてきてたし、
だから割と何でも喋ってきた方なのかもしれないなと思っております。
反抗期から感謝へ
だから、なんだろうな、
昨日のアッコとたかしさんの話を聞いたときに、
割と喋ってる方なのかもしれないなっていうふうに気づいたのと、
あと皆さんのコメントとかも読んでて、
長女としてめちゃくちゃ失敗してきたことを、
弟がそれを見て反面教師にしていたっていう話とかも、
皆さん妹さんだったりとか、それぞれ兄弟は違いますけど、
末っ子だからこその学習欲っていうか、そういうのがあったりとか、
あと道子さんが言われていた、
私は反抗期のおかげで人生すっきり生きれてる感があるから、
親に感謝しているっていうコメントを見たときに、
ああ、そうかもしれないって思って、
そう、私めちゃくちゃ最初の方に喋ったように、
めっちゃ反抗してきたんですよ。
反抗期のときに思いっきり反抗したので、
そこでめちゃくちゃ反抗したからこその今があるっていうか、
すっきりしてるっていうか、
そんなところが私にもあるんだろうなって思って、
はぁーってなりました。
娘への見守りと今後の抱負
だから、なんだろうね、
確かにね、その細かい部分では話せてないところもあるのかもしれないけどね、
いろいろと話せてる方なのかもしれないなと、私は思っております。
それこそね、私の旦那さんなんかね、
実家に帰ればね、ざっとお父さんと酒飲みながら喋ってるので、
そこもね、わりとね、
ああでもね、こうでもねって言ってる感じもするので、
私たち夫婦は、わりともしかしたら親と喋ってる方なのかな、
なんて思ったりしました。
介入度っていうかそのね、世話負け度っていうか、
そこで言ったらね、私のお母さんもしかしたらね、
ちょっとなんかやりすぎなんじゃないって思うところもあるんですけど、
なんかやっぱり自分もそこに似てしまった部分もあるからそこまでね、
なんか気にしなくなったところもあると思うので、
私は娘に対してね、介入しすぎないように、
ちゃんと見守ることを、
見守るっていうのをちゃんとね、
頭に置いてね、私のね、
あまり先回りしていろいろやってきたことによって、
たぶんビビりになってるんだと思うし、
失敗ってダメなんだって思っているんだろうなっていうことを、
思った話もね、前にしたんですけど、
配信でしか撮ったはずなのでね、
それを娘が最近はどんどんどんどんちょっとずつ変わってきてるなっていうところがあるので、
失敗っていいんだよ、大丈夫だよって失敗してもまたやればいいんだからっていうところとか、
あの、
ね、
あの、あれです、
何言いたいかちょっとわかんなくなってきたけど、
娘にもね、成長してもらいたいし、
私も、
嫌だなって思われないように、
娘にね、接していきたいなと思いました。
伝えたいことがバラバラになっちゃってね、
うまく伝わればいいんですけど、
親子関係のお話を聞いて話したいなって思ったことをね、
長くなってしまいましたがお話しさせていただきました。
結び
長くなってしまいましたが最後まで聞いていただいた皆さんありがとうございました。
ではではこれで失礼いたします。
さようなら。
19:20

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