泣けます。
泣けますよね。
泣けますね。
ちょっとゲスト会は実はビデオで3人で今顔を合わせてるんですけども、私たちほんとウルウルですよね、水子さんに。
目がキラキラし始めました、二人で。
ほんと。
嬉しいですね。
本当に嬉しい。そんなにこう聞き込んでくださってるのも嬉しいし、言葉にして今伝えてくださったのも嬉しいしで、本当にありがとうございますこちらこそ。
いや、とてもないです。
こちらこそ素敵な配信を聞かせていただいて、結構元気出たり、なんかふんふんって思ったり、聞かせていただきました。
プルプルしております。
そんな3人が今日話していけるっていうのはとても尊い時間ですね。
本当に。今友さんにもご紹介いただきましたけど、6月末からまゆさんで夜空にランタンをの番組で本棚を一つ置かせていただいていて、
そこに私と水子さんの戦証を置かせていただきつつ、こんな番組をやってますっていうご紹介をさせていただいている縁もあって、
これからこの繋がりがどんなふうに波及していくのかも楽しみですけれども、
今日はちょっと先ほど話したテーマで3人でおしゃべりをしていきたいんですが、
まずはじゃあ友さんから今日のテーマでこんなこと考えてきましたよっていうのがあったらお聞かせいただいてもいいですか?
そうですね。今日のテーマが世の中をより優しい世界にするためにルールを一つ作れるとしたらっていうところでいただいてるんですけども、
私がこのテーマをいただいて数日間頭にテーマを置きながら過ごしていたんですけど、その中で出てきた私の思った答えなんですけど、
少なくとも1週間に1回ぐらい耳へんの聞く、聞くための力を預ける練習みたいなのをして、聞くと聞いてもらうっていう、
それを日常に落としていくのって人に関心をせるための時間とか余裕みたいなのを作ることでもあるのかなと思って、
この収録をお聞きして、前回グリーフケアとか森の対談とかっていうところでお聞きしてたんですけど、
この夜空さんの番組とも通天するのかなと思って、いろんなフレーズの聞くとか聞いてもらうみたいなところの精度を上げていくっていうようなことが、
もしかしたら一つ地味だけどより優しい世界になっていくところ、意外と近道かもみたいな思いました。
聞く、聞かれる。
逆を言うとというか、つまり今の世界は人に関心が薄い世界とか、
何か友さんが問題と感じているところが聞くということで改善されるということだと思うんですけど、
日常を目にする、懸念していることってどういうところなんですか?
そうですね。やっぱりトゥードゥのタスクやることが多すぎて、
自分の声も聞く時間が少なくなりがちだったり、他社の話とかもわりと情報的なところの層の話の方が多いかなと思いまして、
前、石田さんが前の哲学対話の会で参加してくださったときに話されていたスモールトークみたいな話もあったんですけど、
ちょっとした相手のことに気にかけてちょっと声をかけるとか、ちょっと話すとかっていうのもたぶん一つ、
日本はそういった機会が少ないねみたいなのを石田さんが話されて、あ、そうだなって思ったりもしたんですけども、
なので、誰かの気持ちとかそういうところを話す機会はちょっと少ないのかもしれないなと思いました。
海外とかだとやっぱりハグとかで愛を示したりとかそういうのってあるんですけど、なかなかそういうのが示しにくい文化だなって思います。
確かに確かにそうですよね。仕事となればよりそういうところが濃厚っていうか、上辺だけのとか端的にとか効率よく、
さっきの情報っていうところが大事にされるみたいなところって大きいのかなって思いますよね。
なんか聞くとか聞かれるって、なんかどういうことなんでしょうね。
もちろんその言葉を通じて会話する、対話する、インプットする、アウトプットする、いろんなそこではことが行われてるんだけど、
例えば今友さんがおっしゃってくださった感情を話すこと、聞いてもらうことが、どんな作用がありそうですかね、人に対して、私たちに対して。
そうですね、感情とか情動みたいなところを話すことによって、深いところで理解し合うというか、人間としてお互い本当にその人が望んでいるとかしたいこととか、
人とかそういうものがちょっとこう相手に分かってもらえるとか、通じたなっていうのを言葉を尽くして話すことによって、そういう瞬間が訪れたときって、なんとなくこうやる気があってるというか、
エネルギー感が多分人の中に戻ってくる瞬間なのかなっていうのはちょっと思っていてですね。
次の選択肢とか兵庫庫みたいなところにつながっていくっていうか、そういうのもあるのかなと思ったりします。
なんか今の友さんのお話聞いてると、感情を自分から出す、それを受け止めてもらうこと、聞くイコールなんか受け止めてもらうことなのかなみたいな今話を聞いててもんで、
イコールなので、例えば自分はすごくシンプルな例を出すと、悲しいんだみたいなことを、悲しいんだっていうことをアウトプットして出してるんだけど、
その中もっとコンティニュアル、自分という人間丸ごとを受け止めるみたいな感じのイメージが聞くに、友さんのイメージの中にあるのかなと思いましたけど、
なんかどうでしょう?そこらへんのイメージって。
そうですね。受け止めるっていうのは確かにそういう丸ごと受け止めるとか、受け止めてもらうとか、そこのキャッチボールというか、
そういうものってとても人がいい形で変容していく気はします。変わっていけるっていうか。
まずそこが一番初めのベースにあるような気がしますね。
しかもあれですね、その変容とかそのプロセスにおいて安心感がある。自分を丸ごとさらけ出してもいいんだ、相手は受け止めてくれるんだっていう安心感が前提にあってのことっていうか、
それが大きければ大きいほど変容も大きくなる、結果も大きくなるみたいな感じなんですかね。
そうですね、そう思います。石田さんが本棚に置いてくださっている急に具合が悪くなる書籍と、あと映画にもなってるんですけど、
私ちょっとまだ映画を見たんですけど、あれ本当にもうそういうお話だなって思ったんですよね。
丸ごと人間を受け止めるっていうのがすごく全体的に描かれていて、そこの中でお互いにケアし合うみたいな、そういうものがずっと流れていた気がして。
いや確かにケアなのかもしれないですよね。聞くとか聞かれる、もしかしたら聞かれる方もそうだし、話を聞いてる方も同時にそのケア的なものがあるのかもって思いました、今。
ケアっていう言葉が出てきて。友さんのこれまでの経験の中で聞かれたことで、それこそ優しい世界に一歩近づいたなみたいな感覚とか、そこまでいかなくても自分の中ですごく聞かれた経験で嬉しかったこととかって具体的なものあったりするんですか?
具体的にはすぐに出てこないんですけど。
すみません、もしくは聞かれるって、こんなことが起こるんだみたいなことを実感されたことが終わりで、もしかして今日のお答えだったのかなと思って。
そうですね、なんかこう、割と日々感じているんですけど、ちょっとある先輩がいらっしゃるんですけど、その方の前だと私結構本当に自分のいろいろなものをさらけ出しながら話せる方がいて、いろんな面を。
それをその時間ってすごく自分にとってやっぱりケアとケアもそうなんですけど、話しながらすごく選択肢とか次にどうしたらいいかなっていうことが前向きにどんどんイメージというか浮かんでくる時間でもあるんですね。
その方が、でも自分もいつも水面下で、白鳥は下で足をバタバタさせてるけど、私もドロドロよみたいなすごい素敵な方なんですけど、そういうことを言ってくださると、自分だけじゃなくてそういう葛藤とかドロドロ、
葛藤したりちょっと凹んだりとか、そういうところが見せれる頼れる先が増えると、自立とは頼れる先を増やすことみたいな話をよくいろんなところで聞くんですけども、まさにそういう効果って結構そうすると自分立てるようになるって言いますかね。
そういう経験があまり具体的ではなかったんですけどありますね。
そういう方がいるって素敵ですね、すごく。
はい、すごく私のメンター、ちょっと先行くですね。
しかも相手の方に聞く力があるからこその関係ですよね。
そうなんです。
相手が全然違うタイプっていうか、それこそ友さんが話をした時に、それはさ、こうしたらいいんじゃないって即座にアドバイスしてくるとか、そんなの考えすぎだよとかって否定みたいなことをされるってなったらそこで話は展開していかないし、逆にモヤモヤが積もるみたいなことになるわけで、
だからその相手の方の聞く力がすごい高いっていうことなんだと思いますし、自分がいないって言うんですかね、そういう方って。
私はこう思うよとか、いやそういうのって社会からしたらさ、こういうのやったら正解じゃんみたいな。
じゃなくて今友さんが何を感じていて、何を聞いて欲しいか、何を考えているのかっていうところに一心同体になっているっていうか、
友さんベースでいる姿勢だからこそなのかなってちょっと思いました。
そうですね、本当にまさにそうだと思います。
やっぱりこう、委ねれる、その時間はもう私の時間だからねみたいな感じで言ってくれて、委ねさせていただく。
完全に心理的安全性がもう担保されてるんですよね、その時間は。
聞く力もすごくやっぱり高くて、耳辺で結構ずっと話を聞いててくれてるんですけども、時々返してくださる言葉がさっき水穂さんがおっしゃったように、
なんかこうアドバイスとか、こうすべきとか、社会の常識とかっていうところじゃなくて、自分が本当にこうやりたいこととか起きた事柄に対して、
表層的にその部分に悲しかったり怒りを覚えたりとかちょっと残念だなと思ってるところの下の、なぜじゃあその気持ち的にそれを感じているのかっていうところをちょっと見せてくれるので、
そうすると、出来事が鏡として、なんか本当にこう自分がやりたかったと思ってたこととか、そういうものになんかたどり着ける時間、ちょっとごめんなさいうまく言えないんですけど、
ガイドさんみたいな感じですね、心の。
でもこのお二人の夜空さんを聞いてても、一人でも勝手にそういう状況は時々起きる気はします。話を聞いていて気づいて、
そうかじゃあこれを指針にしてちょっと物事を決める時とか動く時とか、いい方向に行きそうだなっていうチップスがもらえるっていうか、そんなことがありますね。
やばいまた涙涙。うるうる。
なんかでも今聞いてて、確かに言ったらおかしいんですけど、私たちは話してる側なんですけど、ミサオさんはわからないんですが、私はたまにあるのが、
やっぱりこう思った、普段考えてること思ってることでもどこかで日々の色々にまみれてこう流れていっちゃってるようなことを定期的にアウトプットすることで、
やっぱり自分の話してることを自分も耳でもちろん自分で聞いてるので、そこで本当に今トモさんがおっしゃったよね、
あ、私こういうこと考えてたんだとか、なんとなく知ってたけど新たにそこで認識を改めることとか、確認することはあるんで、
話すことで自分自身が気づきを得てるところもあるなって確かに思いました。
あと今聞いてて思ったのは、冒頭にトモさんおっしゃいましたけど、なかなか自分たちは日々色んな物事が流れていく中で自分の感情を話す場がないっていうのも本当にその通りだなと思いましたし、
あとは色んなニュース見てたりとかインターネットのヘイト的なすごくネガティブなものを見てると寂しいのかなって根底にはそういうことがアクションして出ちゃう根本をずっと掘っていくと、
もっと認められたいとかもっとわかってほしいとか、そういう人が実際にいなくて何かが鬱憤したものがコップに水が溜まっていくにどんどん溜まってあふれた結果、
そういうことが起こっちゃってるのかしらって私は何か見ることがあって、それを今トモさんが例えば提案してくださった話を聞かれる自分のことを丸ごと差し出せる場があって、
そういうケアの機会が提供できれば何かちょっと解消されることっていっぱいあるのかしら、ちょっと今話を聞いてて思いました。
それこそトモさんのメンターのような方が、全員もう本当にこの世界の人全員がそういう人がいて、自分のことをこう受け止めてくれる存在があるとすごく良さそうだなってイメージが湧きました。
お二人は何かそういう安心してこう話せるというか、自分を丸ごと聞き入れてくれる場所とか人とか、多分それ自分でもいいのかもしれないんですけど、何か終わりですか?
この場でいけば石田さんすごいそういう存在だと思いますし、比較的お友達とかそういう存在が多いかなというのと、今あれですけどコーチングとかっていうそういうサービスですよね。
お通じて自分を変えりみる、自分と向き合うみたいなことをしたりするかなっていう感じでしょうか。
内輪のあれになりますけど、私もみぞさんがそういう存在であるというのが一つと、すみません、もう何やっちゃってんのって感じですけど。
骨格みたいな。
あるんですが、でも一つはこれも本当トモさんが来てくださってるからとかじゃないんですけど、まゆさんで私哲学対話とか、哲学対話のもう少し踏み込んだ音質監視の回とか参加させてもらったんですが、
そういった場って場の特性的に心理的安全性がかなり保たれた状態でみんな会話しましょうっていうセッティングもあるんですけど、
ああいう場って本当に不思議なもので、初対面の方々ばっかりなんですが、そういう場の設定の力とか、やっぱりそういったことに興味がある人が来てるっていう、
そもそもの安心感、参加者に対する安心感もあって、わりとそこでも私本当に本音話せてます。
だからそういう場を、私が参加した回以外でも、そもそもの物理的な場として図書館、マジシス型図書館、ワークショップスペースとして場を提供してるトモさんには、
だから本当にすごく尊敬と感謝の念で、それを本当に体現してらっしゃるなって思います。
嬉しいです。場所を用意することで、先ほど石田さんがおっしゃってるように、そういうことに時間を過ごそうという姿勢の方たちがいらっしゃるので、勝手にそういう場になっていくというか、
そういうのもあって本当にありがたいなというふうに思いますね。
だからそこの新たな私の本音を差し出せる場として、近くにそういった行ける場があるっていうのは本当にありがたいなと思っています。