このポッドキャストは、考える人石田と、感じる人Mizuhoがお届けする番組です。
夜空にランタンを飛ばすように、私たちの考えや思いを解き放つことで、
リスナーの皆さんの心が少しでも軽くなったらという願いを込め、
日々の暮らしの中で気になったことについてお話ししています。
考える人石田です。
感じる人Mizuhoです。
こんにちは。
こんにちは。
Mizuhoさん、今日のランタンは何でしょう?
今日のランタンは、リスナーさんを迎えたゲスト会です。
ということで、私たちはほぼ今日ですか?
あっちが先週か。
9月もって2周年目を迎えまして、新たな取り組みを始めようということで、
タイトルにもある通り、今回は2人だけじゃなくて、
リスナーさんをゲストに1人迎えて収録をする会でございます。
ということで早速なんですけど、
今日のゲストがいるので自己紹介をお願いします。
はい、どうぞ。
はい、ありがとうございます。
私は森のちょっと標高が高い、本当に鬱陶とした森の中の家と、
伊豆半島のタイランタンの先っぽのほうの小さな集落で、2拠点で暮らしているフキ子です。
私は森の心地よさを伝えるためのいろんな活動をしておりまして、
例えばYouTubeだったり、自分で木を切った間伐材を使って、
その作品を作って展示をさせていただいたりとか、
そんな活動を通して森って気持ちいいなとか、なんか心地よさそうとか、
そんなふうに思ってもらえたらいいなと思って、いろんな活動をしています。
よろしくお願いします。
お願いします。
お願いします。
そうそう、フキ子さんのまずようこそようこそ、我々の番組にいつも聞いてもらって、そして今日はありがとうございます。
いつも車の中とか料理してるときとか、すごく楽しく聞かせていただいてます。
嬉しい。ちょっと集落始まる前にもそういう話聞いてたんですけど、
みぞうさん、私たちって顔が見える人たちに向けて直接話してるわけじゃないから、
そういう声を聞くと、本当に聞いてくれてる人がいるんだってなりません?
生の声があると、これはどこかに届いてるんだっていう気分になりますよね。
そう、すごく嬉しいです。
聞いてる方々に補足すると、フキ子さんはみぞうさんのお友達かつリスナーということで紹介してくださったんですけど、
お二人の簡単な出会いとか関係みたいなのをご紹介いただけますか?
私たちはほぼ10年前にタイで働いていた、タイにいたわけなんですけど、
その頃に私の職場に働いていた方が、フキ子さんの職場に転職したときに、
同年代で会いそうな子がいるからつないであげるよって言われて、
それで一緒にご飯したっていうところから、たぶん一番よく遊んでいたお友達なんです。
タイ時代からのご友人。
そうですね。日本にお互い帰ってきてますけど、
それからも時々会ったりとか、お互いの活動のことを話したりとか、
そんなことを細く長くしている関係ですね。
本当にタイにいるときは、いつも飲み歩いたりとか、カフェに行ったりとか、
本当にみぞうさんがいたからタイが楽しかったなって思うぐらい、
すごく今でも昔もずっと大好きな友人です。
本当に、でもそうだね。
私も同じく、いなかったらまた違ったタイっていうかね、
鮮やかさが全然薄かったんじゃないかなって思いますね。
素敵!なんかちょっとジーンとします。
そういう関係っていうのもすごい。それがずっと帰ってきてもこうやって続いて、
こうやって番組に来てくださるって、なんかすごい変化つながって、
素敵だなと思います。
そんな私たちが送る今日のコンテンツなんですけど、
ひとつテーマを設けてみまして、
それに対して私たちがどう思う?みたいなところを話していければと思っております。
テーマなんですけど、
世の中をより優しい世界にするためにルールをひとつ作れるとしたらどうする?
みたいなテーマになっております。
私がまず早速どんなことをできるか発表してみたいと思うんですけども、
私はちょっとこれは日本人を想像して考えたんですけど、
みんなが若いうちに海外に住む?強制的に?というのはどうかなって思いました。
例えば1ヶ月とか3ヶ月とか、
長すぎないけど短すぎもしない期間に海外に住むというのをちょっと考えてみたんですけど、
なんでかって、日本人って結構同質じゃないですか。
日本にいたらほぼみんな日本人だったりとか、
出る食い打たれるじゃないですけど、
同じであることがまだまだ良いとされる?みたいなところですけど、
だんだん高齢化していって、移民の方は今でも議論されますけど、
外から人が入ってくるとか、必要とするようになってくるっていうことだったりとか、
それがないにしてももっと自分らしく生きるというか、
敷かれたレールじゃなくて自分はどう思うか考えて人生を生きるみたいなところが、
すごくこれから大切になっていく中で、
多分周りと一緒では必ずしも幸せになれないはずなので、
そういう意味で外に出て、そもそも違うんだよ人ってみたいなところを肌で感じたりとか、
違っていいですよね、それがいいというふうにもなるわけなので、
それが日常生活にあるっていうか、肌で感じるっていうことを強制的に言ってこいっていう、
言って感じてこいっていう機会があると、また価値観って変わるのかなっていうところで、
こんなルールを一つ提案してみたいと思います。
すごくいいなと思いました、今聞いてて。
なんかすごく水穂さんらしいなって思いましたし、すごく共感というか、
石田さんも水穂さんも私も海外に出た経験というかあると思うんですけど、
やっぱりそうするとすごく視野が広がるし、本当に単純に、
なんかいろんな人が生きてるんだとか、そういうことを肌で知れたりするし、
小さいうちとかにそういう経験があるといいですよね。
水穂さん、ちなみに今回の案っていうのは、やっぱり自身の体験を振り返ってみて、
やっぱこういうことがいいんだなっていうふうに辿り着かれたって感じですか?
海外に暮らしたりとか、旅行でもいいんですけど、行ったときの方が、
自分でいられるっていうか、あまり人のことを考えない。
周りで、例えば電車で一つ乗るとかでしたときに、
なんか日本だと綺麗に座らなければとか、なんかこう周りに迷惑がかからないように、
みたいなところをすごい気にしたりするかなってあるんですけど、
海外に行くとどうでもいい。周りに、っていうか周りの人もそんな気にしていない。
まあ日本もそうなのかもしれないですけど。
なんか何、どんな格好をしていても、どんな座り方をしていても、
気にしない自分とかっているので、やっぱそれって違って当たり前だよね、みたいな。
各自が好きに、ある程度のルールの中で好きにしてていいよね、みたいなのが、
すごい前提にあるからかなって思うんですけど。
だから、そうですね、実体験っていうのはすごいあるかもしれないですね。
ちょっともう一歩踏み込んで、
今回のテーマが世界がもっと優しくなるためにっていうことですけど、
今、みずほさんがいてくださった海外に出て、そもそもみんなそれぞれ違うし、
違っていいんだよっていうことがわかることが、
人が優しくなるとか社会が優しくなることと、なんかどういうふうに接続すると思いますか?
その違いをわかる前は、自分の頭の中の価値観が凝り固まっているのかなって思うんですよね。
仕事とはこういうものだとか、パートナーシップはこういうものだとか、
多分ある程度のこれっていうのがあったと思うんですけど、
違う価値観を見ることで、それが一つじゃないんだな、
違うふうに考える人もいるんだな、
違うことが幸せだって考える人もいるんだなっていうのをわかることで、
もうちょっと自分の価値観から、既存の価値観から外れた行為をしているとか、
価値観に従って生きている人を見たときに許容できる?
それこそ優しくなれる?そういうのもあるよねって思える。
自分は賛成じゃないかもしれないけど、それもありだよねっていうマインドが自分の中にできることによって、
結果ちょっとその外側にもいい影響が及ぶっていう流れになるのかなっていう感じですかね。
【佐藤】けこさん、実際タイにいらしたって話とか、
この収録始める前に旅行の話、小さい頃に行かれた国の話とかも聞いてましたけど、
その辺の外に出ることで自分の考え方とか価値観に変化があったなとか、
これすごく印象的なエピソードで、私の人生で大事にしていることがあったとか、
何か思い当たることって浮かんだりします?
【佐藤】私もでも瑞穂さんと同じ考えで、そもそも優しいって何だろうってすごく考えた。
優しい世界って、今が優しくない世界っていうのが前提なのかなと思って、
今が優しくないのって何でだろうと思ったら、想像力を働かすことがちょっと難しい。
例えば海外にはいろんな人がいてとか、いろんな人種の人がいろんな価値観を持って暮らしを営んでるっていうのが、
想像ができないとか、想像する努力をしないみたいな。
そうなってくるとちょっと優しくない世界なのかなと思ったりして、
ちょっと今具体的なエピソードは思い浮かばないですけど。
【佐藤】でも今、ふきこさんのキーワードの想像力を養うっていうのがね、
すごく優しさみたいなところにつながりそうだなと思って聞いてました。
【ふきこ】やっぱり今の時代ってすごくいろんなことがわからなくなってきて、
想像力を働かせるっていうこと自体がすごく難しくなっているような気はするんですよね。
だから自分が何を食べているのか、正直どう作られているのかわからないし、
自分が着ているものもどこでどう作られているかわからないとか、
そういう世界だからこそ、想像力を自分なりに働かせるっていうのはすごく大事なのかなって思ったりしますね。
【佐藤】これ実現可能性みたいなところは計らずに、自由にアイディアを出すっていうのでも一ついいと思うんですけど、
これ過去回でも何回か出したかもですけど、
私たち今回はふきこさんも含めて海外に出る経験、どんな形であれが人生の中でこれまでであって、
そこでいろんなものを目にすることで想像力を養われたっていうことができたわけですけど、
それがなかなか難しい人でも今言ったことっていうものが自分の中に取り込めるようになるためにって、
何かできることあるんだろうかとちょっと今思ったりしてました。
【佐藤】違う環境に飛び込むんですよね。
いろんな切り口がでもありますよね。きっと年齢、違う年齢層に飛び込むもそうだろうし、
違う地域に行くもそうだろうし、違う収入層というか経済的に違うところもそうだろうし、
そういうところを探して身近に行けるとかであれば、それは一つある種の異文化交流というかですかね。
【佐藤】確かに確かに。そうですよね。海外っていうのは一つの切り口っていうことですね、結局はね。
異なる世界っていう意味では。
なんかすごい分かりやすく違うみたいな感じですかね。
今水野さんが言ったことで、これはまあ私は自分の体験を踏まえてなんですけど思ったのが、
海外に、まあ私は特に留学の時、カナダ海の時にもちょっと遊びましたけど、
行ってすごく良かったなって思ってることが、英語を勉強できたとかそういうことより以上に、
自分がマイノリティになる経験を得られてすごい良かったなと思うんですよ。
マイノリティっていうのは分かりやすく、英語和謝がネイティブの国に行くと、
自分はネイティブじゃないっていう意味でのマイノリティを経験したわけですけど、
そうなると、これもその異なる視点を獲得っていう意味で、
大多数が例えば自分とは異なる人たちがいる社会でマイノリティとして生きるってこういう思いをするんだとか、
それが帰ってきて、日本にいる、日本では例えば日本語、私は和謝だから、
そういった意味ではマジョリティになるんだけれども、違う意味で、
社会の中では少数とされている人っていうのは、もしかしたらあの時私が感じてたこういう寂しさとか、
分かってもらえなさとか理不尽さとか怒りっていうものを抱えてるかもしれないなっていうことが、
私は想像が少しできるようになったかなと思うんですよね。
だから、どこかこう別の場所に行く、それは海外でもいいし、
今、みずほさんが言った違うグループ、自分が所属してるグループ以外でもいいんだけど、
そこに行くことで、マイノリティになる経験をするっていうことも、
すごくその想像力を養うにつながるのかなとちょっと思ってました。
うんうんうん、確かに。
その今のマイノリティになる経験をするってすごく共感しましたね。
それってある意味、ちょっと自分が心地よくない場所に会えていくっていうことなのかなと思ったんですけど、
大人になるとずっと心地いい場所でいたくなっちゃうし、それが楽しいしってなっちゃうけど、
やっぱりちょっと違う人たちの世界に飛び込んでみて、話聞いてみると、
なんかその人たちにはその人たちなりの苦労とかがあるんだなって知ったりとか、
いろんなことが分かりますよね。
それで言ったら、ふきこさんは住む場所を変えるとかってなると、
新しい、本当に物理的にコミュニティとか土地に入っていくわけじゃないですか。
その中で、それこそ想像力だけじゃなくて、いろいろ気づかれたことありますよね、きっとね。
そうですね、なんかやっぱり特に今、漁村っていう、
全然今まで関わったことがないような場所に暮らしているので、
やっぱりどう私がそこに馴染めるかっていうのはすごく考えてるんですけど、
なるべくその環境に馴染みたいなとか、どんなふうに皆さんが暮らしているのかとか、
想像しながら馴染んでいきたいなっていうのはあります。
みきこさんはどんな案を考えましたか。
私はさっき優しい世界ってなんだろうって考えたときに、想像力を働かせる世界かなって思って、
私はその想像力を働かせるきっかけとなるのが、
私と森との物語を作るみたいな、ちょっと自然起点で考えたんですけども、
ルールは一人一人が私と森との物語を持つっていうルールで、
そもそも私の森っていうワードが出てきたきっかけは、結構前になるんですけど、
タテシナの森に暮らし始めたときに、ネイティブアメリカンの方々の本を読んで、
そのネイティブアメリカンが自然とどういうふうに関係を築いているかっていう内容の本なんですけども、
そこにネイティブアメリカンの人は一人一人が自然との物語を持っているっていうふうに書いてあって、
例えば森からもらったものを何かやって森にお返しするとか、一人一人の物語があって、
それを紡ぐことが、今の現代時には物語が大切だみたいなふうに書いてあって、
それから私も森との物語が紡いできたいなっていうふうに思ったのがきっかけです。
今、私は弁儀場森っていうふうに言ってるんですけども、身近に森がない方も多いし、
そんなその雄大な森でなくても、例えばその都会の公園にある木々とか、
いつも通勤途中で見かける栗の木とか、育てている観葉植物とか、そういうのでもいいと思うんですけども、
なんかそういう森があったらいいのかなっていうふうに思っていて、それがあると何がいいかっていうと、
例えば私は縦品の森にずっといて、久しぶりに年に1回ぐらい東京に行く機会があるんですけども、
やっぱり久しぶりに行くとすごい戸惑うことがあって、その全然土がないとか木がないとか、
やっぱりちょっと自分を見失いそうになるんですね。
そう思った時に、私は縦品の森が帰る森があるから大丈夫だっていうふうに思えて、
帰る森があるってすごく心が穏やかになるなとか、精神的に安定するなってすごくその時に思って、
なので、そういう森との物語、自分と森との物語を持つことで、やっぱり自然と私の森だから大切にしたいとか、
だから守りたいとか、もし自然が脅かされたら声を上げるとか、