石戸さんは僕、テレビの時に一回出てもらって、
そうです、そうです。
ポッドキャスター初めてだよね。
ポッドキャスターは初めてです。
で、Mimiは一回ポッドキャスターに出て、
なぜか一番ダウンロード数が多いエピソードで、
なんでだろうかっていうのがよく分かってきました。
必然ですよ。
でも多分このテーマ、やっぱり子どもとか教育とかって一番、
実はみんな興味あるんじゃないかなと思うんで、
今日すごくいいトピックだと思うんですけれども、
それ以外にもいろんな女性エンジニアの話とかいろいろあると思うんだけども、
ちょっと石戸さんから少し自己紹介から始めてもらっていい?
はい、分かりました。
というわけで私は石戸七子と言います。
七夕生まれ、7月7日生まれなので、とっても愛の親で、
七七の生まれたから七子でいいやっていう、
はい、七子という名前になりまして。
大学自体はロボット工学を専攻していまして、
当時はロボットが生活の中に入るのってどのぐらい先なんだろうって思ってたんですけど、
今私はたくさんのロボットと多拠点で生活をしています。
もともと大学を選んだ時には、宇宙に関わる仕事がしたくて、
航空宇宙学科がある大学だけに行きたいと思って大学を選んだんですけど、
でもそこで出会ったのが実はMITメディアラボだったんですよね。
大学の授業の中でMITメディアラボに出会い、
私が行きたいのは宇宙じゃなくてメディアラボなんだと思いまして、
宇宙も未知の世界の探索という意味では面白いけど、
デジタルの世界って今ない世界を作るワクワク感があってすごくいいなと思って、
メディアラボに行き、そこでまさにラーニングのテーマに出会って、
私は新しいコミュニケーションを生み出すようなツールをエンジニアの立場で作っていきたいなと思って、
初めはメディアラボに行かれたんだけど、
むしろそういう新しいコミュニケーションとかクリエイティビティが生まれるような場を作ることを日本でやりたいなと思いまして、
日本に戻って三感学連携で子どもたちの遊びと学びの秘密基地を作るという取り組みをしてきたんですね。
その延長で一人一台情報端末を持って学ぶ環境を日本で整備をするとか、
プログラミング教育を必修化するとか、それらを推進するような法律を作ってもらうとか、
そういうような政策提言からそれを実行していくところまでというのをやってきました。
その先にいざ学校に入ってみると、あれ実は不登校の問題であったり、子どもたちのウェルビングの低下の問題であったり、
もっと一人一人に適した学びの場って必要なんじゃないかな、でもそれって学びだけじゃなくて働くとか生きるとか、
すべてもそうだよねって時にそのニューロダイバーシティのトピックに今はすごく力を入れてるんですけど、
そこでまたジョイさんとメディアラボから男人からニューロダイバーシティで接点ができたというところです。
ありがとうございます。ミミの方も少し自己紹介してもらって。
伊藤瑞子です。通常ミミって呼ばれてるんですけど、アメリカが長くてちょっと日本語が曖昧なんですけど、
あとジョイの妹でアメリカと日本行ったり来たりなんですけど、私の専門分野は文化人類学であと学習の研究っていうのかしらね。
それでテクノロジー系の研究をしてるんですけど、普通の教育学とちょっと違ったところは、
学校でどう学ぶっていう研究より子供、若い人自体が楽しんでテクノロジーを使ってゲームやメディアと接して、
自分たちの間で自分の興味によってどうやって学んでるかっていう研究をしてて、
やっぱりその中で上の世代はテクノロジーとかゲームあんまりよくわからないから、
私の人類学的なところは未知の文化を大人のためにいろいろ解説したり説明したりするところで、
どうやってみんなが楽しくゲームとかやってる中の学びを大人の関心がある学びにつなげるかっていうのを考えてて、
コネクテッドラーニング、つながりの学習っていうのかしらっていう枠の中で研究を進めてるんです。
なるほど、ちょっとわかりやすいところから始めると、大人が子供を見てこの子供どもがやっぱりスクリーンをいじったり電話をいじったり携帯いじったりパソコンやってると、
遊んでるとか理解できないので、昔本が出た時代もやっぱ本もすごく大人に批判されたのと同じで、
多分テクノロジーをクラスルームに入れようっていうところから結構大変な騒ぎだと思うんだけども、
多分2人ともこのスクリーンと子供のルールとか考え方についていろいろ活動してると思うんだけど、
ちょっとその辺をシェアしてディスカッションしてもらっていいのかな、どっちから始めるか。
まず最初の話題はスクリーンタイム、つまりは子供のタブレットやスマホの利用時間について。
タブレットやスマホはとても便利なものですが、一方で使わせすぎると良くないという声も一部からは聞こえてきます。
テクノロジーを専門とする3人にそれぞれの考えをお聞きしました。
まさに私たちはテクノロジーを子供たちの力を拡張するツールとして導入したかったわけですけど、
学びの場所にとにかく反発が強くて、それは今ジョーさんがおっしゃった通り、
本が出てきても地域のおじいちゃんおばあちゃんの話聞きなさいって本って地域メディアを壊すメディアのように言われて、
テレビが出てきたら1億総博打化すると言われて、今度ゲームが出てきたらゲーマンのを破壊するとかバカになるとか言われて、
こういうスマホとかが出てきたら、当時の日本の首相は子供たちに害しかないって言われて、
常に悪として言われて、なかなか特に教育の現場ということで入りにくかったんですけど、やっぱりどんなツールも使い方次第じゃないですか。
包丁だって当然料理に便利だけど使い方間違えたら大変なように。
その時、首相が100害あって1利なしっていうふうに言ったんですけど、やっぱりその100利1害にする使い方をどうやって作っていくか、
そういう使い方ができる環境をどうやって用意するかっていうのが大人の腕の見せ所じゃないかなというふうに思っていて、
正直例えばスマホのスクリーンの画面を見るって言っても、そんなに解像度低く議論しててもしょうがない気がしていて、
これを見て確かに有害なコンテンツを見ていることもあるかもしれない。でも高度な学びをしていることもあるかもしれない。
自分の趣味をすごく探求しているかもしれない。世界中の人とコミュニケーションをとっているかもしれない。
これってツールに過ぎないので、それで何をしているのかっていう中身のところをきちんと見ていて、その中身を見て議論しないと対話すら成立しないのではないかなというふうに私は思っています。
いや、石野さんがおっしゃるときまさにそうだと思います。特にスマホとかコンピューターは何でもできるツールなので、テレビとかとちょっと違って、大人でもそうなんですけど、何をしているかっていうのに注目を置かないとダメだと思うんですけど、やっぱり研究の場合も最初の研究はただ何時間スマホを使っているか。
スクリーンタイムっていう考え方、アメリカで小児科のルールとして、スクリーンで何歳で何時間いないとかいうルールが出てて、親にすごいストレス感じるんですよ。その子供が例えばおじいちゃんおばあちゃんとフェイスタイム1時間して、それもスクリーンタイムの中に入るのか、YouTubeでつまらないビデオ1時間見てると同時に扱ってるわけじゃないですか、そういうルールで。
3年くらい前にもその考え方が変わったんですけど、アメリカの小児科の学会っていうか。でも、もう何年もその考え方が定着して、テクノロジー中心に考えて時間を制限するっていう考えは、親にとってすごいストレスで、逆に子供と親とのテンションが高まって。
石田さんがおっしゃった通り、新しいテクノロジーは常に特に若い人たちが先頭として使ってるテクノロジーだと、世代間のテンションが増える。で、それ自体がすごいネギティブな状況になってるのが、実際リアルな状況で。
アメリカでも文化、社会的構造が毎回繰り返されても、今は例えば高校で、スマホをドアでパウチに入れて使えなくなるっていう、もうニューヨーク全体、ロス全体っていうポリシーがどんでも増えてて、上からもうトップダウンな感じで規制が増えてるっていうのがすごい。
残念だと思ってます。
多分、頭の中では理屈つけて子供のためだって言ってるけども、でも実は大人のエゴのためにやってることで結構あって、やっぱりそういう陰謀説と同じで、聞きたいことしかみんな信じないんだよね。
そうそう。すごい根強い文化っていうか考え方は、テクノロジー自体にパワーがある。テクノロジーが悪い、テクノロジーがいいって思う人たちもそこは統一してるんですよ。
人間とか文化とか社会の枠組みを考えないで、テクノロジーがあるかないかで全てが決まるっていう考え方は、アンチテクノロジーでもプロテクノロジーでも統一して、アメリカでも日本でも強いと思うんですけど、考え方の枠組みがなかなか外れないんですよ。
だからそういういろんな社会的な問題、メンタルヘルスとか教育とかをテクノロジーがあるかないかで決まるっていうそういう考えは、スマートフォンバンでもポジティブにそういう新しいテクノロジーを使いたいという人たちも、その文化的な流れをあんまり考えないで進めてる人が多いと思うんですよ。
そしてこのテクノロジーに対する考え方、アメリカと日本では少し事情が異なるようなんです。そのあたりの話を聞いてみましょう。