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#210 『ほんとうのことを書く練習』を読んで考えたこと
2026-03-14 11:16

#210 『ほんとうのことを書く練習』を読んで考えたこと

ほんとうのことを書く練習/土門蘭
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サマリー

このポッドキャストでは、土門蘭氏の著書『ほんとうのことを書く練習』について考察する。著者は、他者との繋がりよりもまず、自分自身の内なる言葉を表現することの重要性を説く。特に、ネガティブな感情も書き出すことで、心の水路を整え、真の自己理解へと繋がるという考え方が紹介されている。

はじめに:番組紹介と告知
絶望カフカの何者かになりたいラジオ、この番組は元アスリートのカフカが日々の絶望と些細なヒントをお送りするラジオです。
さて、皆さんいかがお過ごしでしょうか。 僕は最近、
仕事の方でバタバタしているんですけれども、 日々元気に過ごしております。
ところで、明日かな、3月15日日曜日と、 その次の週3月22日日曜日ですね。
新木博之のブックカフェという新木マスターがやられているボイシーの番組に、相談カフェのアシスタントとしてですね、僕が
登場というか、相談アシスタントとして出させていただいております。 そちらもね、ブックカフェのプレミアムリスナーの方はお聞きくだされば幸いです。
特に22日の分は僕の持ち込み相談ということで、
最近モヤモヤしている、気になっていることを相談させてもらったので、ぜひお聞きいただければと思っています。
今日はちょっと別の話をしていきたいと思っているんですが、
『ほんとうのことを書く練習』の概要
最近ですね、ドモン・ランさんが書かれた本当のことを書く練習という本を読みまして、
そのことについてお話をしていきたいと思います。
こちらの本が、複題が、私の言葉で他者とつながる文章術と書かれていまして、文章術と書かれているんですけれども、
どちらかというと、自分の中にある、この本では本当の自分だって本当のことっていうふうに表現されているんですが、
自分の中にある言葉をどうやってそこを外に出していくのか、
あるいは他者に伝えるという目的よりも、
まず本当の根っこにある自分の言葉を出すにはどうしたらいいのかっていうことをメインに書かれている本だなというふうに思いました。
各章を読んでいくと、
はじめに生きていくためには書くことが必要ですから、
序章、私たちなぜ本当のことが書けないのか。
第一章、本当のことを読む。
第二章、誰にも読ませない文章を書く。
第三章、本当のことを書く練習。
第四章、本当のことを書く手段。
第五章、書いたものが誰かに読まれるということ。
終わりに死んでいる場合ではない。
という形で進んでいくんですよね。
なので、大半が自分の中で誰にも読ませないという前提で、
まずは本当のことを書いてみたらいいんじゃないか。
書くためにはこういうことをした方がいいんじゃないか。
書いた後に改めて誰かに読まれるという経験を積んでいった方がいいんじゃないかという提案がされているというような本ですね。
つまり、これは自分を知るということの一つの方法として書き出すということをやった方がいいんじゃないかという提案がされている本なんだろうなというふうに僕は理解をしました。
書くことへの苦手意識と「水路」のメタファー
僕自身ですね、書いているのかと問われれば、実はあまり書くことはできておりませんで。
なんだろうな。
よくジャーナリングといって、今起きている、今自分の頭の中にあるもの、感情、ネガティブなものも含めてとりあえず紙に書き出すとかですね。
日々日記を書くとかですね。
それがどうにも苦手なんですよね。
だから今までやってこなかった。
でもドモンさんは、そういったまず書いてみるという勧めをしているんです。
ただ、ネガティブなことを書くことによって、嫌な気持ちを感じてしまうんじゃないかっていうふうに思うじゃないですか。
僕はちょっとそういう部分があったんですけれども、
彼女はちょっと考え方が違っていて、
ネガティブなことを書くことは、良くないことだという固定概念を持つのではなくて、
その良くないと思っているというのは、その嫌なことが自分の中に書き出さないで残っていることの方がずっとそこに残り続けてしまって、
むしろ良くないんじゃないか。
彼女は水路というメタファーを使って、その残り続けているからこそ、本当の自分が思っている言葉、その水ですよね。
水が流れにくくなってしまう。
なんかそんな日を言っておられて、確かにそうだよなっていうふうに僕は感じました。
まだ自分の中で完全に言語化はできていないんですけど、
ネガティブな感情とか、自分のどす黒いところとかも含めて、
何か自分だけが見える、他者に拝説という形で見せるのではなくて、自分だけが見える形で一旦言語化してみるっていうこと。
これをやってみる先に、自分のこと、自分が本当に思っているところ、
具体的な内容ではない真の自分の悩みだったりやりたいことが一つ出てくるのかもしれないなっていう予感を感じさせてくれるような
ロジックであり、ドモンさんの考え方だなっていうふうに僕は感じました。
「水路」のメタファーと自己理解
なのでね、日常の些細なことから少し書いてみようかなって今は思ってます。
ちょっと予言のような形なんですが、書いてみようかなっていうふうに思ってますね。
あと、僕がこの本に抱いた第一印象としては、水路のメタファーがとてもいいなというふうに思ったんです。
特に水路が柔らかく広がっていく、この表現がとても好きだなというふうに思いました。
改めてですけど、水路というのはこの本の中では感情や言葉が流れる通り道、その例えとして書かれています。
そしてドモンさんは誰にも読ませない文章を日常の中で書き続けることによって、水の通り道、まさに水路ですよね。
水路のゴミを取ってきれいにする作業をすることで水路が整えられる。
だから本当に書きたいこと、水源から水が湧き出た時に柔らかく広がっていくように水が流れていく。
そんなふうに表現されていて、僕が思い浮かべたのはコンクリートの排水管ではなくて、
この柔らかく広がっていくイメージから田んぼの水路、つまりその土で囲われた水路をイメージしたんですよね。
この本の中では話し手の自分と聞き手の自分という2人の自分が出てきます。
人は誰でも自分の中に話し手と聞き手を持っているのだと。
話し手は自分の中の本当の声を語ろうとする存在であり、聞き手はそれを受け止める存在。
ただ多くの場合、この聞き手というのが厳しくなりやすいというふうに書かれています。
だからこそ書くことによって話し手、つまり自分の中の本当の声を語るということをして、
話し手と聞き手の信頼関係を結ぶということができたらいいよねというふうに書かれているんですよね。
この信頼関係、安心感、信頼感というのを土の水路にリンクをしたような気がしていて、
まさに柔らかく広がっていく水路、そのイメージのぴったりだなというふうに思いました。
だから自分の水源から水が湧き出たときに、しっかりとその時のために水路を整備しておくということが大事なんだろうなって、
イメージと共に理解できたような気がするんですよね。
だからこそ先ほど言った通り、ちょっと僕の中でも日々の気持ちや違和感やモヤモヤや素直な感情、
それを書くことから始めてみようかなと今は思っています。
まとめと今後の抱負
というわけで今回はドモン・ランさんが書かれた本当のことを書く練習についてお話をしてきました。
最後までお聞きくださりありがとうございました。ではまた。
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