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(195) ほんとうのことを話す練習
2026-05-04 21:25

(195) ほんとうのことを話す練習

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土門蘭さんによる書籍『ほんとうのことを書く練習ダイヤモンド社
https://www.diamond.co.jp/book/9784478123867.html

#声活

 

 

 

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サマリー

このエピソードでは、土門蘭さんの書籍『ほんとうのことを書く練習』について語られています。筆者はこの本を単なる「書く練習」に留まらず、「自分と向き合う練習」や「自己理解のエクササイズ」として捉えています。幼少期には自然だった自己表現が、社会規範によって抑制されていく現状を指摘し、クリエイティビティを尊重する社会の重要性を訴えます。また、自分一人での内省に加え、他者との対話やChatGPTのようなLLMを活用した自己理解の可能性にも言及。筆者は、自身の「本当の声」を大切にし、他者とのコミュニケーションにおいても「本当のこと」を共有することの喜びと重要性を強調しています。

書籍『ほんとうのことを書く練習』の紹介と初期の感想
あんた、地獄に堕ちるわよ。
どうも、純朴です。
今日はですね、ネットフリックスのドラマ、「地獄に堕ちるわよ」の話はしません。
見終わったんですよ。めっちゃおもしろかったですね。
細木和子さんとか、島倉千代子さんのことを調べて、そんなことがあったんだというのをウェブでちょっと検索して見つかるぐらいの情報がおったりしてますが、
今日はその話ではなくてですね、タイトルの通り、土門蘭さんによる書籍、本当のことを書く練習について少し話そうと思っています。
まだちょっと読み終わってないんだけども、完全に最後まではもうちょっと読み終わるかな。
今ここまでに読んだ内容にもかなり受け取るものがあって、なので今のうちに話しておこうかなというのもありますね。
というわけでですね、題して純朴生活エピソード195は本当のことを話す練習です。
今日あんまり事前に書く内容をまとめなかったですね。これもややメタなコードですけれども、
用意したことを喋るとちょっと原稿を読んでいる感じになるかなと思うので、聞きやすさよりも、
なんか僕がうっかり言っちゃったこととかね、僕が考えながら喋ることで、
より土門蘭さんが言うところの本当のことが出やすいんじゃないかなと、そういう期待も込めてですね、
まとまっていない本を読んでテンション上がっているのを、今日のテンションでなるべく喋っておきたかったので話そうと思っています。
最近、文化系トークラジオライフで日記のテーマ日記会みたいなのがあって、そこでも日記ブームが来ているみたいな話ありましたし、
その流れの中の1イベントと位置づけてもいいと思うんですよね、今回のこの書籍本当のことを書く練習。
特にタイトルに書く練習とあるので、日記を書くとか、そういうことに大いに触れる内容であることは間違いないと思うんですけれども、
読んでみてですね、いい意味で、なるほどねって、別に日記を書くとかそれだけの話じゃないなと、もっと広い範囲のことを扱っているなと思って、
これはだから、自分と向き合う練習とか、自分と向き合うのって、いいよねとか大事だよねとか直接言っている価別として、
自分と向き合う練習をするとこういうことがあるよみたいなことは少なくとも言っている本かな。
僕、この本ね、タイトルに惹かれたというのはありますし、
あと土門蘭さんがですね、先日なんだっけ、本の惑星というポッドキャストに出ていて、
そこで書籍の話をね、書籍の紹介をされていたので、そういうのもありですね。
惹かれて読んだぐらいなので、もともと僕はこのテーマにシンパシーがあると思うんですけれども、読んでみて、なるほどねと思っているところですね。
自己表現としての日常的な実践
自分と向き合う。だから僕自身もまずはファクトと呼べるところで言うと、2019年から毎日日記をウェブ上で書いて公開しているということなので、
結構なね、文字数で言ったらかなりの文字数を書いてきているんですよ。
今年のだから8月で丸7年とかになりますかね、6年半ぐらいね、日記を書き続けているんですよね。
それからこの音声配信では、この純木生活という一人喋りのものも、これもかなり日記に近い形でですね、
毎日投稿とか日付にひも付けてはいないんですけど、その日これはちょっと喋っておきたいな、ちょっとテキストよりは声というメディア特性に合わせて残しておきたいなと。
声向きだなというものはこちらに残すようにしていたりしてですね。
他にもいくつか自分の人生の記録を残しているチャンネルはいくつかあるんですけども、代表的な今回のテーマによくマッチするものだけ見ても、
個選数で書いている日記と、この純木生活というリスンで配信、発信している純木生活と2つありますと。
僕もなるべくね、土門蘭さんが言うところ、本当のことをなるべくやっておきたい思いがありまして、
その日自分こういうこと思ったんですよみたいなこととかを書いて、
たくさんPV稼ぎたいとか再生回数増やしたいとかは全然思ってなくて、
友人が例えばそうね、僕は日記を書いたとして、友人5人が読んでくれたら、
フィードバックとしては十分、リアクションとしては十分で、何より自分が書くというプロセスを通じて、
今日自分こうだったんだなとかね、昨日の自分はここを書いておきたかったんだなとか、
自分一人の活動の中で自分にフィードバックが生じて、自分が変容するという、その部分にすごく重きを置いているので、
この書籍の、僕がこれまでに読んだ文、読んだ箇所だけを見てもすごいそういうことが書いてある。
本当のことを書く練習という、書くという行為にフォーカスしたタイトルになっていると思うんですけど、
自分と向き合う練習とか、自分のことを自己理解のエクササイズみたいなことが書いてあるなというのが思っていることです。
社会規範と自己表現の抑制
だからこれすごいね、いろんな人に刺さるんじゃないかなと思っているんですよね。
読んでて結構思い出したことがあって、あれなんだっけ、書籍の名前忘れたけど今調べるね。
アート思考の本、13歳からのアート思考、自分だけの答えが見つかる13歳からのアート思考という本を読んで感じたことと、
今回友野さんの書籍で共通して感じたことがあって、それは幼稚園児ぐらい、例えば自分が5歳とか6歳の時って、
自分が書いた絵を人に見て欲しくて何か書いて、それが世界で何番目にうまいかとかは気にせず何か絵を書くとか、
歌を歌うとかダンスをするとかって、もうやりたいからやってて、それを身近な人に見てみてといって、
アテンションを素直に獲得しに行ったりしますよね。
それが気づけば多くの、他の国はどうか知らないんですけど、多くの日本人はそういうのをやらなくなっていくと。
それは自分の中の内発的なモチベーションだけじゃなくて、それは人からどう見られるかとか、
なんか下手くそなんじゃないかとか、そういう目線を獲得することでどんどんそれができなくなって、
中学校卒業する頃にはすっかりそういうことをできない、やらない、できないというか、やるべきではないという価値観を獲得することも多くて、
そういうのがやらなくなっちゃうよね、みたいなことがどっちにもざっくりとそういうことが書いてあって、
これはね、僕すごいそうだなって思ってるんですよね。
だから、ある種日本の今の教育カリキュラムであったり、小中学校でこういう人になってほしいっていうものが、
ある種めちゃくちゃこうそうしていて、そういう人間になってほしいということが達成された結果、
そういう人間がたくさん15歳ぐらいで働きに行ったり、高校に行ったり、高校生に行ったり、専門学校に行ったりすると、
そういうことになってるんじゃないかなと思っています。
僕はそこで獲得される社会規範みたいなものが、好きか嫌いかで言うと、かなり嫌い寄りなんですよね。
だから、僕がいいと思うのは、絵を描くのが好きな人は絵を描き続けて、別に上手いか下手かはそんな大した問題じゃないと僕は思っているので、
描けばいいし、好きなことをやっている人をバカにしない、笑わない。
めっちゃいいね、楽しそうでめっちゃいいねっていうことがあるといいなと思っています。
本当のことを描く練習の中でも、描く私と読む私みたいなのがいて、描く私は子供に接するように、
なんでそれを描こうと思ったのとか、そういうふうにやったらいい。
出来上がったものを、うわっ下手くそとか、こんなの描いて意味ないじゃんとか言わずに描く人、
もっと言えば作る人とか、そういう創作であったり、自分のモチベーションに駆造されて何かを表現したり創作したりしている人のことを大事に育てましょうや、みたいなことを書いてあるんだけど、
それは本当に僕もそういう雰囲気が日本社会でも強まった方がいいと思っています。
本当に人がやっていることをバカにするとか、冷笑的な態度を取るっていうのは、
世の中全体のクリエイティビティを低下させる方向に向かうと僕は思っているので、
今この国でそんなことやっている場合じゃないでしょうって思っています。
人々がもっと伸び伸びやる人が増えることが、きっと相対としてもいい方に向かうとも思っていますし、
そうじゃないとしても個人がウェルビング、よりよく生きるためにはそれがいいと、
僕は割とそういう個人主義的、自由主義的な考え方なので、そう思っています。
「本当のこと」を引き出す多様な方法
なので本当のことを書く練習っていうと、日記書きたいと思っているけど書けずにいる人のための本でしょ、
みたいなそういうイメージは持つんじゃないかなと思っています。
僕もタイトルだけ見たときはそういう印象を持ちましたしね。
なんだけど、別にこれ日記を日記書きましょうっていうだけの本ではない。
日記とか文章を書きましょうっていうだけの本ではないんですよね。
そうですね、今主に成人している人が対象読者という感じはしますけれども、
そういう人たちが人生をやっていく中でどっかで蓋をすることを覚えて、
それを良しとして生きてきた自分の本当の声みたいなものにもっかい耳を向けるとかね、
そういうことをやっていきましょうやって言ってる本なんじゃないかな。
これ読んでて、篠田真希子さんが関わってる本のリスンとかね、
あるいはエール株式会社の代表の方のときの聞く力とかの、
あれともすごく通じるなと思ったんですよね。
これは土門蘭さんの話の中では、自分一人で自分にインタビューして、
どんどん自分の内面に潜って降りていくみたいなアクティビティの話がありましたけど、
これは他者に対して、他者がいることで成立するっていうのでもいいなと思うんですよ。
だから否定せずに聞いてくれる人がいて、ちゃんと興味を向けてくれる人がいるから、
どんどん話せる、話していけるし、自分ってこんな風に思ってたんだってことに気づいていける、
耐性できる。それでもいいと思いました。
土門蘭さんのやつだと、それを自分一人で完結させろとは言ってないけど、
自分一人で自分にインタビューできるようになるといいよねって言ってて、
それは僕はめっちゃいいと思ってるし、僕もたぶん僕の日々って結構そうなってると思いますね。
日記書いたりこうやって人目生活を喋ったりしてるときって、
自分の内面に潜ってて、自分と向かい合う時間なんで、
割と自分は土門蘭さんの言ってることをそうだなって思いながら、
自分も実践してることあるなって思いながら読み進めているんですが、
なんか一人で完結させなくてもいいこともたくさんありそうだなと思いました。
自分が自分に対してちゃんと肯定の気持ちを持って見守るような、受け入れるような、
興味のまなざしをしっかり向けて、それによって自分に対して開示できるようになるっていうのもいいと思いますし、
必ずしもそうじゃないとしても、他者が自分にめっちゃ話を聞いてくれるとか、
傾聴してくれる、否定せずに聞いてくれる人がいることで、自分を開いていけるってこともあると思います。
あと、2026年に読んでて、こういうこともあるのかなって思ったのは、
今、2022年末あたりにチャットGPTが登場して、
以降、LLMとチャットできるようなサービスが普及して、
これを聞いてくれてる人も、多くの人はチャットGPTなり、ジェミニなり、クロードなりを日常的に活用してる人が多いのかなと思ってるんですけれども、
LLMがあることで実行理解が進むってことも、きっと今起きてるんだろうなと思います。
それはつまり、ここまで言った中で言うと、まず一人称としての自分。
自分一人で聞き役と話役をやって、書き役と読み役をやって、深掘りしていけるっていう、ラリーしていけるパターンと、
あとは二人称としてのあなた。
友達だったり家族だったり、身近な人だったり、あるいは身近な人じゃない、出先だった、一期一会の人だからこそ話せるとかあるかもしれないけど、
他者がいることで聞き役、話役とか書き役、読み役をやって掘り下げていけるパターンもあって、
第三のパターンとして、友達にも相談できていないことをチャットGPTには弱音も吐けて聞いてもらえるってなると、
それが本当のことを書く練習につながるってパターンもあるんじゃないかな。
どうだろう、これ僕最後まで言うんじゃないかあるかも。
もしかしたら友田さんの書籍なんか直接ね、LLM的なことももしかしたら書いてあるかもしれないですね。
それはちょっとこれから確認しにいきます。
コミュニケーションにおける「本当の声」の重要性
そんな感じで本当のことをね、自分の声、自分の心の声みたいなものが聞けるようになったほうが、
まあ送礼ができてる人が増えたほうがいいと思ってんだよな。
なんかね、僕ね、いろんな人との接点がありますけど、
自分の声が後回しになってる人って少なくないなって、
他普段接してる人の中でも思いますね。
思うときあるんですよ。
この人、今自分がどういう声を出してるか分かってないのかなみたいな。
で、まあ興味持って、これってこう思ってるってことですか?とか聞いてみると、
そこから、あ、そういうこと思ってたんだっていうのを、
たまたま会話の中で一緒に見つけられることとかあって、
そういう瞬間って僕はすごく嬉しく思うんですよね。
だからその目の前にいる人だったりとか、
自分が接している人の本当のことがチラッとめくれる瞬間とかって、
あ、今自分とこの人一緒に過ごした意味があったなと感じられるからね。
コミュニケーションにおいて僕はそういう深いところに触れられたときに喜びを感じるなと思うんですよね。
逆に本当のことみたいなのがない状態で、
一緒に1時間とか2時間とか喋ってても、
どっかで聞いたことが、この人の言葉じゃなくて、
この人がさっき読んだ、どっかから拾ってきた借り物の言葉で、
この人が本当にそう思ってるんじゃなくて、
世の中的に今そうだよねってことをただ言ってるんじゃないかみたいな。
それってそうなっちゃうと、LLMじゃんっていう、
データに基づいてただ文字列とか音声を出してるだけだとしたら、
そうやったらチャットGPTの最新データと喋ってるのと変わんなくなっちゃうからね。
それはすごい寂しいんですよ僕は。
その人が思ってることをちゃんと聞きたいなって思うから、
そういうコミュニケーションを期待してるところがあるんでね、
自分以外の人間との間には。
これはかなり厳しいことを言ってる自覚はありますけども。
なので、自分の都合としては、自分の周りの人たちは、
自分の本当のことに気づいていれば気づいているだけいいし、
書いてくれるんだったら書いてくれるだけいいし、
声で発信してくれるんだったら発信してくれるだけいいっていう感じ。
個人とか、インディーで趣味でやってるようなポッドキャストって、
結構本当のことを聞きやすい。
本当のことが聞こえてきやすいメディアだなと思ってるので、
それで好んで聞いてるところがあるんでしょうね。
企画ものとかじゃなくて、
例えば今日はこの書籍を紹介しますとかっていうよりはもうちょっと、
今日こんなことがあってんみたいな、それ系のやつはね。
本当のことだなと感じられることが多いので、そういうのを好んでいます。
僕自身も本当のことをなるべく記録しながら生きていきたい。
本当のことで友達とかと繋がっていきたいと思って生きてる人間なので、
自分も少しでもそれを実践できたらいいなと思っています。
まとめと今後の展望
20分くらい喋った。
今日はこんなところですね。
ちょっと読みかけの本について喋るなんてさ。
でもこれも本当のことの練習というか、
読み終わってすごい整理して喋るとだんだん本当度合いが下がっちゃう気もしたんで、
すごい生物っぽい感じで喋っていました。
なのであんまり聞きやすい中身にはなってないと思いますが、
2026年5月4日ゴールデンウィーク中を生きている、
僕のリアルではあったかなと思います。
エピソード195、そんな感じでした。
本ね、このまま楽しい、いい本なんでこのまま最後まで読み終わりたいと思います。
ここまでお聞きいただきありがとうございました。
あんた、地獄に堕ちるわよ。バイバイ。
21:25

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