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1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また、各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱に迫ります。
Zero-Hachi Rockのオンラインビジネススクール
スクール.ZeroHachiRock.comというウェブサイトを作って、
宣伝的なセミナーで、オンラインビジネス始めるにはどうしたらいいの?
みたいな話を少ししたっていうやつで、
一応参加登録が85名いて、
すごいじゃないですか。
オンラインだったんだけど、結構緊張して、なんか久しぶりに。
なんか妻もね、それを見てたりしてね、ダメ出しをくらったりとかね、
いろいろそういう一連の作業というか、面白かったんですけど、
ただここで話したかったのは、このポッドキャストで告知をするのを忘れていたというのがね、
痛かった。
確かにそうだね。
それ良かったと思って、
そうですね。
せっかくだし、
次回は。
そうなんですよ。だから毎回なんかこう、
その時はちょうどね、日本に帰ってたし、
先週はさわりちゃんの日本帰国の話だったけど、
その前は俺がね、4月に帰ってたのがあったり、
なんか花粉症、
あ、そういえば花粉症じゃなかったみたいだ、俺。
結局じゃなかったんですか。
ただ疲れだと思うんだよね、やっぱり。
そうなんだ。
03:00
その時はでも花粉症みたいな症状が出てたりとかね、
いろいろ本当に大変忙しくて、
それどころじゃなくて、
あるある。
忘れていて、
これだから配信の1ヶ月前に、前の月に撮ってるかな、収録してるかな、
こういう羽目になるんですけど、
そうなんですよ、どうしてもね。
こういうことは後から話すっていうのじゃなくて、
今度から告示をちゃんとしようって思ったっていう話なんですけど、
一応宣伝、もう1回言っとくと、
school.086.comでオンラインビジネススクールやってますっていう。
セミナーどうだったですか?どんな感じでした?
面白かったですよ。
あのね、投票機能もちゃんと使って、
企業してる人何パーセントとかね、
してない人何パーセントとかね、
発信してる人何パーセントとかこうやりながら、
なかなか、
ただ1時間って結構長いまで短いなっていうね。
うそ?本当です?
やってみるとまあまあ早口になっちゃったし、
質疑応答も質問もたくさんいただいたんですけど、
全部答えられずに終わってしまったという。
大成功。
やってよかったなと思ってます。
すごいすごい。
告知をちゃんとしなければという反省を、
ここにしておこうと思って。
ぜひ次回からは。
そうですね。
させてもらいます。
よろしくお願いします。
ということで、
毎回1人の方のインタビューを4回に分けてお届けしている、
この1%の情熱物語ですが、
今日はですね、
ジェネラルプログノスティックスで、
コーバウンダーとして、
ご活躍をされていらっしゃる、
ショーン松岡さん。
はい。
のインタビューの2回目です。
はい。先週がね、
そのジェネラルプログノスティックスGPXの
授業内容とかね、
心不全の再発を予知するというのを、
血液採血なしで、
ブラッドレスで行えるようなアルゴリズムを
舌が噛みそうですね。
いろいろと。
開発していらっしゃるという話だったんですけど、
そんなショーンさんがどうやって育ってきたか
というのが今回のお話ですね。
なるほど。
はい。
気になります。
では早速聞いていただきましょう。
はい。
はい、じゃあちょっと今からね、
過去のお話に入っていきたいんですけども、
06:03
松岡さん、ショーンさんの幼少期ですね。
一応、神奈川県藤沢市生まれというふうに
どこかに書いてあったと思うんですけど。
はい、そうですね。
生まれは藤沢市、神奈川県の藤沢市ですね。
いいとこですね。
その時は覚えてないですけども、
いいとこです。間違いなく。
そうですね。
2歳まで藤沢で、
その後、父の転勤の関係でニュージャージー州ですね。
父がまさに9・11であったワールドトレードセンターで
働いていたので、
もちろん9・11はもっと前ですけども、
そこで勤めていたので、
我々家族は対岸のニュージャージー州のほうに住んでいた
というのが2歳から7歳ですね。
なるほど。
7歳になって今度は父の家族で
7歳になって今度は父の転勤が終わって
日本に帰って、また藤沢の小学校に通ったという状況ですね。
その頃は本当にもう兄もいるんですけども
兄弟間の喧嘩は英語みたいな感じで。
未だに覚えているのが、
小学校転校した初日っていうのは
教室の前に立たされたりするじゃないですか。
自己紹介みたいなね。
それが全くできなくて、
ひらがなも自分の名前しか書けないみたいな
そういうちょっとヤバいやつでしたね。
ヤバいやつって言っても、
英語は普通で話せたってことですもんね。
そうですね。
ただ国語でみなさんで音読したりするときとかっていうのは
もう回ってくるな回ってくるなって
ずっと願いながらクラスを過ごしたっていう感じで。
そうですか。
僕は日本で育ったけどその音読が苦手でしたね。
回ってくるな回ってくるなって。
ただ不思議なもので、
3ヶ月ぐらいで日本語を覚えて
3ヶ月ぐらいで英語を忘れたっていう
そういうような状況。
みんなと違うことがちょっと抵抗があったっていうこともあって
早く馴染みたいっていう。
なるほどね。逆にね。
英語喋れることはすごいとかじゃなくて
早くみんなと一緒になりたいみたいな気持ちだったんだ。
子供って純粋でありながら結構コクというか
みんなの前で英語を話してとかって言われることが
すごい嫌だったんですよね。
不思議な感覚というか。
そうですよね。
ちなみにその頃の夢っていうか
ボッとしてたものとかって
もう生涯通じて運動しかやってなかった。
小学校の時は特にそうですけど運動しかやってなかったんですけども
なのでサッカーですとかやってたんですけども
夢といえばちょっと影響されやすくて
当時小田裕二のドラマを見て
弁護士になりたいとかっていうことは
何かあの時に書いた記憶がありますけどね。
小田裕二の弁護士のドラマ。
振り返れば奴がいるじゃなくて
なんかありましたよね。
09:00
小田裕二と言うと僕は
踊る大捜査船っていう
それを思い出したんだけど。
前ですね。
小田裕二。
弁護士なんかあったんですよ。
それがかっこよかったんだ。
そうですね。かっこよくて
なんか弱い人を救うっていうので
何かこう弁護士になりたいっていう風に
思ったのを記憶しています。
そこからじゃあ
また中学校で
そうですね。
今度中学校で
中学校1年の1学期ですね。
にまた今度父の転勤の関係で
今度ロサンゼルスの方の
ロサンゼルスって言うと
アーバインっていうもっと南のところですね。
もうちょっと田舎なところなんですけども
日本人が当時は多く住まれたところであって
そこにまた中高と
通うようになるんですけども
今度逆パターンで
英語が全く話せずに
初日とかっていうのは
未だに覚えてますけど
トイレも行けずに
多感な時期なので
何かこうトイレも行けずに
恥ずかしくて聞けずに
中学生にもかかわらず泣いて帰った
っていう記憶はありますね。
えーそうですか。
怖かったって感じなんですかね。
そうですね。怖かった。
恥ずかしかったっていうところで
やっぱり
これ言語が通じないところに
いきなり飛び込むっていうところで
多分両親としては
きっと日本語
昔アメリカに住んでたし
行けば話せるようになるかなっていうことを
期待したと思うんですけど
そこは最初やっぱり
結構大きな衝撃を受けたのは
記憶してます。
そこから日本人の多い
コミュニティではあったんですけど
今から考えるとちょっと感じ悪いんですけど
一切日本人とのコミュニケーションっていうのを
絶って
嫌な感じですよね。ちょっとね。
日本人でありながら
一切日本人の人と付き合わずに
白人の人とか
いわゆる現地の人とだけ付き合った。
そこで英語っていうのを覚えていった。
その時もスポーツをして
信頼関係を得て
そうすると言語がちょっと増えてても
理解してくれようとするので
そういった形で
そうですね。もう1年半ぐらいしたら
何かこう話してても
なんか知らない言葉がスッと出てきたり
することがあったりとかして
それは多分引き出しが
あった中で
だと思うんですけども
そういったことがあって
高校の時は本当に
普通の高校生として
過ごさせてもらったって感じですね。
面白いなあ。
だからやっぱりそこに
馴染みたいっていうのが
あって
あるんですね。
そうですね。
自分の中で戦略を立てて
日本人と一緒にしたら
そっちにズボって
使っちゃうんじゃないかっていうことを
考えたんだと思うんですけどね。
なので意識的に
ちょっと日本人のコミュニティーから離れて
ある程度その感じ悪かったのは
12:01
ずっと続いたわけじゃなくて
ある程度自分の英語に自信が持てた時には
実は日本人と話したりとか
っていうことはしましたけどね。
なかなかそれってね
本当にいろんなこと考えるんだろうなあ。
子供って子供ですもんね、まだ。
そうですね。
子供でありながらやっぱり
その時のストレスですとか
大人が考えている以上に
多分子供たちっていうのを考えていて
なので、そうですね。
今から考えるとなかなか
頑張ったなというふうに思います。
それを意識的に自分で実行されるっていうのも
すごいなと思いますけど
その下地っていうか
思い出してきたっていう感覚なのか
もうまたゼロからゼロベースで
英語を習得したみたいな感じで
どっちが近いんですかね。
ゼロベースですね。
そうなんですか。
ただある程度の習得になると
いきなり知らない言葉が出てくるってことが
あったりとか
感覚的なもので話したってところも
あると思いますね。
ゼロでした最初は。
ちなみにそれはその時も
家庭に帰ると日本語で話す
っていうようなパターンなんですかね。
そうですね。
両親とは必ず日本語で話していたので
じゃあ日本語もキープしつつ
そうですね。
あとは週末の
日本人の補修校朝日学園っていうのが
あると思うんですけども
そこに通ってたので
週末はもう日本のカルチャーにどっぷり使って
友達とも遊んでっていう感じですね。
朝日学園を卒業される方は
皆様優秀な方が多いなという印象が。
いやいやとんでもないですけど
でも西田ヒカルさんとか
お塩マナップさんとか
そういう人が
あとはいるんですよね
誰々のお母さんとかお友達だったとか
そういう人が。
いやいやいや、優秀な方多いと思います。
杉蔵さんとかね。
そうなんですね。
ちょっと何かね
言いたいこといっぱいあるんだけどね。
なるほど。
ちょっとまた後で出てくる。
じゃあ次の質問
人生の
転換期となった
衝撃的ななんかエピソードみたいなのがあったら
ちょっと伺いたいなと。
そうですね。
そういった意味では
一つの転換期だったのは
まさに高校を卒業するタイミングですね。
実はさっき言ったように
現地のアメリカ人の
普通のハイスクールの学生と
同じように過ごしていて
もう大学もアメリカの大学に受かっていて
それこそUCKの学校に受かっていて
で
アメリカの大学に行くって決めていた
内心は決めていたんですけども
それこそ高校の最終学年の4月ぐらいに
放課後に
学校の先生に呼ばれて
で
その先生がちょうど日本に
短期的に留学された方でいらして
で
日本に行った、京都に行った
大阪に行った
でまた漏れ泣く
通りにお財布忘れて2時間後に戻って
15:00
また会ったとかよくありがちな話ですけど
そういったことを
もうブワーってされた時に
僕はその30分間
マシンガン特に聞くだけで
何もそのことを知らなかったんですね
私がその日本のことを
まあ日本に住んでたとはいえ
あまり記憶になかったのかな
記憶になかったですし
私自身もどちらかといえば
生意気ですけど
日本人としてアイデンティティを確立してたというよりも
普通のアメリカ人としてっていう風な
意識が強かったので
なので
そういう意識が強かったっていうところと
やっぱりアイデンティティ
外国の人とか
他の人から見られた時には
日本人っていうアイデンティティにもかかわらず
知らないっていうところに
大きな恥ずかしめを覚えて
なるほどなるほど
キャップっていうか
そうですね
そこからまた転換期として
日本の大学に行くという風なことを決して
日本の大学の方に
いわゆる帰国史上受験という形ではありましたけども
そうだったんですね
ちなみにリンクトに見ましたが
慶応義塾
学部が
学部は法学部
法律学科なんですけども
在学中は
体育会のアメフト部だったので
あまりよくないですけども
勉強した記憶はないですね
体育会部
アメフト学科みたいな感じかもしれないです
なるほど
でも実際UCKの大学に向かってらっしゃったということは
その時点で
将来的な仕事に就きたいなとか
その時の夢みたいなのはあったんですかね
その時はありました
弁護士ではない
もう弁護士ではないですね
弁が立つわけでもないですし
頭も良くなかったので
弁護士ではなくて
その時には
実際にこの夢が叶ったんですけど
ソニーで働きたいという気持ちが
あって
それはアメリカに居ながらにして
そうですね
先ほどのアメリカ人としてのアイデンティティというと
逆説的なところもあるんですけども
たまたま学校に
当時あったMDウォークマン
というのを学校に持って行った時に
周りに一別れができて
かっこいいなっていうことを言われたんですよね
これ知らない人もいるかもしれないけど
カセット、テープ、CDその時にMDですね
MDですね
ウォークマン
薄くてデザインもかっこよくて
シルバーなもので
周りに一別れができて
これすげえなっていうことを言われて
それがめちゃくちゃ気持ちよかったんですよね
笑
ブラジル人がサッカーのことを
褒めたたられるような形で
日本として
ソニーとして
誇らしかったってことですかね
誇らしかったことですね
日本のことを
一対一ではなくて
それに対して
何か日本の文化を海外に紹介できるんだ
っていうところで
18:01
その時から
家庭にもソニーの商品があったっていうことも
ありましたけど
就職するんだったら
ソニーっていう会社に勤めたいな
っていうふうには思っただけですね
じゃあ
こういうことをやりたいとかっていうよりも
ソニーそのものに憧れた
憧れというか
かっこよさ
でもその時って何年くらいだろう
2000年
いやもうちょっと前で
高校卒業したのが97年とかなので
ああそうか
確かにソニー
大活躍だな
アメリカでも
最近はねテレビとか
持っていかれちゃってますけど
そうです
私が実際にその後大学卒業後は
ソニーに入社させていただいたんだけど
そこからはもう右肩盛り
そかそか
入社する前の年が最高駅で
株価も最高だったんですけど
そこから入った瞬間に
右肩下がりで
何かと人位削減ですとか
あらららら
そういったような暗い話ばっかりでしたね
うーん
そうですか
じゃあ本当にそれは
行きたいところに仕事ができて
その時期は日本で働いていらっしゃった
そうですね
その頃は日本で働いていたんですけど
結構若くして海外駐在
まさに人位削減っていうこともあって
海外
私は特に海外マーケティング
っていうのを担当させていただいたんですけども
これまでやり取りしてきた人が
人位削減の対象になっていなくなったんで
じゃあお前行ってこいよという風な形で
中継ぎ的に行くんですけども
そのまま私がそこに転勤という形で
パーマネントで
高級的じゃないですね
婦人という形で転勤になったっていうことですね
なるほど
それは場所はどこだったんですか?
そこはニュージャージーです
ニュージャージーのところにある
ソニーエレクトロニクスという販売会社の
その中でまたマーケティングをさせていただいた
というところです
そっかそっか
じゃあフルスというか
一度は暮らしていた場所に
また戻ったっていう感じなんですね
そうですね
それもあって行ってこいという感じだったんですかね?
そこまでどこか考えていなかったんですけど
まあそうですね
割と人
自分で言うのも恥ずかしいんですけども
人付き合いがうまいというか
コミュニケーション
コミュニケーションができるというところで
こいつを送っても
会社としてはあまり業績が良くない中でも
何かこうやってくれるんじゃないかという
期待もあったのかなという風には思っています
なるほど
多分身の丈以上の仕事を
任せていただいたという風には思っています
すごいなあ
その後が
ちょっと早々たる
この会社名が出てくるんですけれども
いえいえ
21:00
その後コンサルタントに
マネジメントコンサルタント
マッキンゼ
そうですね
転職をされていらっしゃるようなんですが
それは何かしらきっかけがあったんですかね
そうですね
ソニーで一旦転勤させていただいて
帰ってきて
いわゆる右肩下がりと言ったらいいんですけども
時代的に
ちょっと落ちているというか
目標の場面で
実際に
内部からもちろん我々若い人
先輩の方も
ソニーを良くしよう変えようという形で
頑張っていたと思うんですけども
一方で
私が勤めていた事業を
勉強分のところで
ちょうどマッキンゼのコンサルタントが
コンサルタントとして
ソニーに雇われて
うまく
提言というのをまとめていったのが
実際私としてもプロジェクトで入って
隣でまとめていく姿を見て
かっこいいなというのと
こういった形で
国境に立たされている日系企業の
サポートができるなんて
かっこいいなというところがあって
ソニーを
マッキンゼに勤める前に
そこで
その後に
マッキンゼに勤務したという形ですね
でもきっかけとしては
そこでソニーの時代に
マッキンゼの方と触れ合って
本当に
華やかすぎて
華々しすぎて
かっこよすぎて
そういった世界に憧れたというのはありますね
それはかっこいいというのは
なんだろうな
スマートで
仕事できるなという感じですか
こういう視点で
こういう切り込みで
こういう風に歌えば
上司に理解してもらえるんだ
マネージマントに理解してもらえるんだ
と言っていたこと自体は
中には変わらないものもあったと思うんですよね
中から我々が吠えていたものと
うまく提言の仕方というのが
アプローチの仕方とか
スマートで
プロフェッショナルだった
めちゃくちゃかっこよかったんですよね
スマートで
すごくいろんなエンジニアが
プロフェッショナルだったので
スマートで
そういうスマートな
ワークフォームで
スマートで
お客さんの
サービスを
プロフォームで
プロフォームで
あっという間に
スマートな
お客さんの
パッケージを
マッキンゼンに行こうっていうところではなかったですね 入学当初は
何かこうやっぱり自分が若いながらにこう何かこう提案しても
うまくそれが伝わらなかったりとか
うまくこう倫理というかその承認が取れなかったりとかして
すごくこうあの力不足を感じることがあったので
あの何かこうMBAに行ったら
なんかスーパーマンになれるんじゃないかって
24:01
帰ってきたら
みんなの信頼られて
この業績も立て直せるんじゃないかとか
そんなような淡い夢物語みたいなことを描いて
留学したっていうのが実際のところですね
そうですかでもその時点で
以前というかそのアメリカに来た時は
アイデンティティとしてはもうアメリカ人だというような認識だったということなんですけど
そのソニーという会社を立て直したいという気持ちは
どっちかというとこう日本を助けたいという気持ちに変わっていったってことなんですか
おっしゃる通りだと思います
いつから切り替わったのか分からないですけども
あのそうですねその頃には今もそうですけど
日本人としてのアイデンティティの方がやっぱり強い
なるほど
やっぱりソニーみたいな会社をもっとできる
中にはすごい優秀な方もたくさんいらっしゃって
もっとできるぞってことを世界に示したいっていう気持ちが強かったですね
そうかなんかとても嬉しくなっちゃいましたけど
今話を聞いてて
何がきっかけだったんだろうかね
何ですかね
やっぱり大学時代の体育会でこう何かこうみんなで一緒にやる
日本的な監修の中でやったっていうのもありますよね
そっかそっか
特にね体育会系は先輩後輩とかなんて言うんだろう
日本の良さであり悪いっていうのもあれですけど
アメリカとかではないですもんねそういう文化は
ないですね
やっぱり未だにその先輩方後輩もそうですけども繋がりもありますし
絆みたいなのがね
そうですねやっぱりあのグラウンドでこう
みんな同じ目標に向かって頑張るっていうところは
青春ですよね
今から考えるともう本当に当時は毎日やめてやろうと思ってましたけれども
そうなんですか
なんとか4年間やり通してそうですね
あの絆というかあの経験っていうのは
肉体的な限界っていうのはそこで鍛えられたっていう気がしますね
やめてやろうっていうのは結構何練習がしんどいとかそういうことですか
そうですね練習はめちゃくちゃあの当時はあの今だとあり得ないと思うんですけども
ヘルメットから当たりに行くっていう
今だったらそのヘルメットから当たりに行くなんていうのは決して
そんなことは許されなくて肩でタックルするんですけども
アメフトですよねアメフトの話ですね
そうですねアメフトというのはで頭から当たりに行く
しかも体がやっぱりその大学自体は
他の体育大の方とかっていうと比べて小さいんで
結構そのタックル魂のタックルみたいな感じで
あのきつい練習をしましたね
それはやっぱりあのきつかったですし
肉体的にも精神的にも辛くてもう毎日やめてやろうというふうに思ったんですけど
なかなかやめられずにそのまま頑張りました
そうですか
まあねそこはもう肉体も精神も鍛えられたというふうに捉えるしかないですね
27:04
そうですねまあそこでの得た絆ですとかそういったものは一緒のものですし
感謝しかないですね
じゃあありがとうございます話をちょっと戻して
MBA卒業されて末勤勢でコンサルタントをされてその後にM3という
これスタートアップではないですかね
そうですねスタートアップではないですね
上場していらっしゃるようだったので
上場されている会社で
おそらく日本のそのヘルスケア関連の業界ではもうすごくトップの会社になるんですけども
勤められてその後がスタートアップなのかなこれは
そうですねあの物理的にも末勤勢を辞めてアメリカの方のM3に
末勤勢は日本での仕事ってことですね
そこら辺は何か経緯というかきっかけみたいなのが
そうですねそういった意味では先ほどの人生の転換期の一つなのかなと思っていて
私には子供が3人いるというふうに申し上げたんですけども
その長男が発達障害自閉症を持ってるんですね
なのでその子供の領域のために末勤勢を辞めて
アメリカの方に移住しようということは妻と話し合って決めて
末勤勢は辞めて
子供のことを中心に考えて
やっぱり日本っていうのは発達障害の方最近多くて
もっと世の中も変わってはいると思うんですけども
やっぱり何かこう
コンフォーミティ
やっぱり違った人がいると苦労するっていうところも
彼自身も小さかったですけどもあったりしたので
あとはその領域っていって
領域も保険がおりなくて
なのでそのセラピストの方に親がやり方を学んで
親がそのセラピーとか領域を施すっていうことをしてるんで
それが末勤勢の時はやっぱり出張がほとんど
主の大半は家にいなかったりするので
妻が子供ももう2人
3人のうちの2人を抱えながら1人に領域をしたっていう
かなりの負担をかけたので
そういったこともあって
アメリカに行ったら
そういったようなダイバーシティって言われるだけあって
多様性を認める文化もありますし
息子には日本変わってきてはいると思うんですけども
その過程を経ずに
もうそれが出来上がった土壌のところに
生かしてあげたいっていうところと
あとはそういった保険のことも考えたり
非常に国としても制度としてもサポーティブな
そういったスペシャルニーズを抱えてる
特別支援が必要な人に対しての理解と支援があるので
そこに行こうっていうことで
末勤勢はやめて海外移住で
M3のアメリカの方に拾っていただいたっていう形ですね
30:05
そこは決断はもうアメリカに行くっていうのが
先にありきだったわけですね
そうですね
ボストンを選んだっていうのは
M3がたまたまそこで仕事があったっていう
そうですね
もともとは最初にニュージャージに行けっていうことは
言われていたんですね
アメリカの本社がニュージャージですとか
フィラデルフィアペンシルベレンの境のところにあったので
なのでそこに行くっていう話だったんですけども
その時の上司が理解があって
ボストンの方がビジネススクールで
2年間ボストンにいたっていうこともあって
そこでのネットワーク
お医者さんですとか
そういった方は何人か存じ上げていたので
ある特定の町がいいよっていうことも聞いて
今住んでる町なんですけども
そこの特別支援っていうのがすごくいいよっていうことを聞いたので
ボストンに行きたいって言ったら
実は認めてくださったっていう形ですね
M3さんでは先ほどウェブサイト見てて
医療系の従事者の方のポータルウェブサイト
おしゃれそうですね
そのポータルっていうのを構築して
そこにはいろんなサービスを展開してる
登録されていてマッチングとかもあるってことですかね
人材紹介ですとか
そうですね
さっきの知見を募ったりですとか
医療情報を提供する
そういったことをやってますね
ちなみにその町の名前って伺ってもいいですか
もちろんもちろん
今住んでるのはニュートンっていうところですね
なのでボストンがあって
その隣にハーバードがあるケンブリッジがあって
その隣にニュートンがあるっていう
車ですとだいたいボストンのダウンタウンまでは
15分ぐらいで行けるところですけども
緑が多いちょっとした郊外ですね
その設備が整ってるというか
その領域にとっていい場所っていうのは
何言えそうなんですかね
市がもうそういうのを
市長さんの施行なのかどういう感じなんですかね
来てみてニュートンって住んでる町に限らず
やっぱりアメリカのところっていうのはある程度
そういった特別支援がすごくしっかりしてるな
っていうのは思ったんですけども
やっぱり多分ニュートンっていう町は
比較的裕福な方が周りには
私以外のところで周りには住んでいて
そういった方の税金があったりとか
あとは特別支援が必要なお子さんの
絶対数も多いんですよね
なので子どもと向き合って
カスタマイズプログラムを
どういったカリキュラムにするか
どういったような領域をするか
例えば私の息子の場合はスピーチセラピーを
この時間の1週間のうちの何時間を入れるとか
そういったような形でカスタマイズしていただいて
必ず通常学級との一緒にやって
一部クラスから抜け出して領域を施す
33:00
それ以外の時は通常学級の方に戻るっていうところ
なるほどね
そういった意味ではすごく良かったですし
それぞれのお子さんに合わせた形で
カスタマイズしてくれる領域があると
はいある
実際どうですか
日本からこっちへ来られて
お子さんの状況というか
そうですね
息子は息子自身はもう今中学
もう今度9年生になるんですけども
次高校なんですけども
本人が良いか悪いか別として
自閉症っていう認識がないんですよね
なるほどなるほど
なのでそういった意味でも
何か特別自由されることもなく
こっちからすると
彼はソーシャル社交性のところで
ちょっと課題があるとは思うんですけども
たぶん周りからそういったことも指摘されずに
入れるからこそ
たぶん本人も気づいてないですし
たまに何かセラピーみたいなのが入るんですけども
それも何か別に特別なものではなくて
周りにも結構そういうことがいらっしゃるんだと思うんですよね
なのでそういった意味では
すごく良かったなっていうふうには思ってます
これがたぶん自分の自己認識をして
足りないところを補おうっていうふうに
することも大切だと思うんですけども
何かカテゴライズされて
劣等感とかそういったことを感じなくていいっていうのは
すごく良い点ではありますね
なるほど
確かにそのあたりはね
アメリカはさすがに民の国というのもあるし
ダイバーシティね
先ほどおっしゃってたような多様性っていうのは
なんか何でも受け入れてくれる感はありますもんね
そうですね
本当におっしゃる通りですね
なんか日本だったらこれちょっと言われるだろうなってことも
全然何も問題なくできますし
気にしなきゃいけないことが多いというかね
なんていうか
そうですか
素晴らしいですね
そこからスタートアップ
なんていうか起業ですよね
そうですね
その前に実はもう一つ別のスタートアップに
M3の方から転職をして
現実的にはM3の方で
私が担当していた事業部っていうのは閉鎖になっちゃったので
その時に転職をしたって方ですね
別の会社にってことですね
そうですね
そこでまさに本当に自分の力の無さっていうのを痛感したところですね
私が責任者としていた事業部が
うまくアメリカでの転化ができなかったので
ダイベストという形で閉鎖したっていうところですね
なるほど
その時の結構何て言うんだろう
屈辱的なというか悔しかったみたいな
そうですね
もともとM3が買収した会社に日本から私が派遣されて
36:05
そこをうまくまとめ直してっていう
買収した後の統合とかも含めて
こいつだったらうまくやってくれるんじゃないかって期待値があった上で
それは大変そうな仕事ですね
そうですね
ただそこの期待に応えられなかった
あっちの文化とこっちの文化を分かった上で
買収された先っていうのは
いいとこもあったしだからこそ買収されたんであって
そこを残しつつもM3の強さというか
ITを駆使して業務効率を図るとかそういうところも
うまく融合すればもっといい会社になるっていう思想のもとで
買収したと思うんですけども
そこに行って私の方の力なさですよね
そっかそっか
そういったような悔しさもありつつ
並行して実はグリーンカードの申請もしていたので
あーそれM3さんをサポートしてもらってるってことですか
はい
それはどうなっちゃうんですか
駐在という形で来て現地化したんですけども
最初からグリーンカードはサポートしてくれるっていう約束のもとで来たんですけども
ただ腹からグリーンカードを申請するのは
こいつ転職するんじゃねえかっていうふうに思われるのが嫌だったんで
あえてサポートしてくれるっていうふうに知りつつも
私はあなたに忠誠を誓ってんだろうっていうことを見せる意味でも
グリーンカードの申請ってしてなかったんですよね
最初はビザで来てたってことですね
そうですね
でそこから何か授業を閉鎖するってなったのと同時に今度は
大統領がオバマからトランプになるっていうタイミングになって
これは早めに申請しなきゃヤバいよっていうので
まさに当選した次の日に提出したっていう形なんですけどね
それで無事取れたんですか
そうですね
通常よりは長くはかかったのと
あとはギリギリタイミングとして
グリーンカードを取る前に労働許可証が得られたので
無事に転職したんですけど
結構危険な橋を渡ったというか
それもハラハラドキドキですね
そうですね本当にその時は夜明かりに起きて
もう日本に帰らなきゃいけないんじゃないか
でも息子のことを考えたりとか家族のことを考えた時に
寝れなかったっていうことは
仕事以外のことで寝れなかったっていうことは多かったですね
なるほど
やっぱり移民局も何か全然グリーンカードの進捗とかっていうのは
何も解決するわけではないですし
移民弁護士はもうトランプが大統領になって
グリーンカード保持者も何か入国できなかったりとか
そうですよね
ちょっと怖かったですもんねあの時なんか
全然移民弁護士が連絡を何も問い合わせても何も言ってくれなくて
もう移民弁護士に妻とオフィスに消しかけて
ゲリラ襲撃じゃないですけども
39:00
もう出てくるとこを捕まえないとこいつは全然連絡返信してくれないかなって
そういったようなことをやったりとか
面接のところとかね
グリーンカードを取る前に面接をしなきゃいけないんですけども
そこも何かこううまく言えてもらえないかっていうことを交渉したりとか
結構いろんなことはしたつもりしましたけれども
まあでもやっぱり一人の地下で何もならないっていうところで
最終的にはもう運が神様が労働国家賞とグリーンカードを与えてくれたっていうかたちで
まあ本当に首の皮を本当に一枚繋がったっていうかたちですよね
そこもまあ修羅場というかまあドキドキしますなあそれは
そうですね
やっぱりビザスポンサーしてた会社はもう閉鎖するっていう風になってしまったので
そこは本当に危なかったですね
よかったっすね
そうですね
いやーちょっともう話が尽きずにあれなんですけど
じゃあちょっとねそのその独立の話から次のセクションで伺っていこうかなと思いますんで
はい
はい
なんかお話を聞けば聞くほど話のされ方とか
ロジカルに考えてらっしゃってわかりやすく話してくださるし
とても頭のいい方だしでも落ち着いてるし
やっぱすごい人は全部すごいんだなっていうふうに感じました
今さおりちゃんの上を見ながら話してる顔が面白かったけど
ちょっと目が白くなっちゃった
ねーいやあの敬語がすごくしっかりしているよね
存じ上げているとかさ俺ずっと日本で育ったけどさ
さっぱりわからんかったもんね
やっぱり勉強されてる時にされてるんじゃないですか
いやその話が面白かったというかその
2歳か7歳までニュージャージに過ごして
その日本にその後帰ってきた時はもう英語で喧嘩をしてたっていう話があったんですけど
で日本語がほとんど忘れちゃってたみたいなね
だけどもうすぐに日本人として馴染みたくて英語
英語を捨てたわけじゃないけどさ忘れて
でまたアメリカに戻ってきた時は今度あえて日本人とつるまないっていう
このこのなんていうのかな心のきびというかですね
42:02
なんて言えばいいんでしょうか
アイデンティティ所属したい願望なのか
まあ浮きたくないとか恥ずかしいとか
そういう気持ちとかいろいろ混ざってるんだと思うんだけども
この話は俺聞いてるときに実はね
あのじゅんさんの話を思い出していて
ハパ英会話のじゅん先生がね
ボリューム97から100でじゅん先生を登場してますが
じゅんさんもやっぱ同じようなことをね話してたなぁと思って
あえてだから日本人とはつるまないようにしたっていう
その時もねおっしゃっておりましたが
ただアイデンティティというか心の中では日本のためにっていうのが
あの出てくるんだよね
それがなんかすげーなっつーかなんつーかなんつーんだろうか
でもなんか感じるのは私もみつさんも日本で生まれ育ったじゃないですか
特に私とかはやっぱ日本から見た海外っていうところだから
日本に焦点ってなかなか当たりづらいんですけど
幼少期海外で育っててそっちにアイデンティティがある人って
日本を客観視できるしね
より日本のことを知ろうとかっていう気持ちがある方が多いような気がしますよね
確かにね
まあだから両方とも深く分かってるっていうのは
そうそう
多分大変な苦労がねあるとは思うんですけども
いやそうですよちっちゃくてね
なんかもう一度ねーとか言ってるときにね
その当時はね自分の意思じゃなくてやっぱ親の意思でそうなっちゃうわけだから
確かに確かに
なかなか大変だけども力になるんだろうなぁと話を聞いてると
思いますね
やっぱ人付き合いだっていう話ありましたけど
そういうところで鍛えられてこられたのもあるんでしょうね
確かにそうだね
すごい
力を得て今に生きてて
そういうところでやっぱりいろんな感じた自分が感じたね
恥ずかしさとか悔しさみたいなものとか
そういうものを分かってるからちゃんとコミュニケーションがね取れるんだろうね
でしょね
それとあと最後のあのご長男のね
発達障害自閉症でいらっしゃるってことで
それもあってアメリカに行く決断をしたっていうのもね
話もなかなか素晴らしいなっていう
なんか簡単な言葉しか出てこないんですけど
アメリカの普通に住んでるだけでもアメリカの全体的な制度っていうのが
特にあの
45:00
何て言うのかな
スペシャルニーズが必要な方のためのものが多いっていうね
そこは本当に大きな違いが感じますよね
逆にやっぱりなんか俺もさ日本のことを思い出すと
なんかやっぱその障害者という風な
まで言ってるっていうかね
張られてるたなーって思い返すとそう思うもんね
いるとあんま気づかないかもしれないですね
当事者じゃない限り
日本にいると
日本にいると当事者の方は感じると思うけど
そうじゃない方ってあんまり気にすらしないかもしれない
そういうことか
なんかこう分けられちゃってる感がすごいあったなって
まあそのね長男の話アメリカに来て
今は自分がだから発達障害と認識してないっていうか
逆に言うとだから伸び伸びね
こう生きてるっていうことが本当逆
逆だよなきっと日本だと
そうですね
って思っちゃって
日本のその辺が良くなるといいなーって思いますね
なんか何もできないんですけど自分の力では
だんだん変わってはきてるんでしょうけどね
そうねこういうの発信するのも大事なのかな
先週の沢ちゃんのクレームじゃないけども
公共の電波に乗せて
そうですかね
で次回は
感じでもうね本当情報量が多くてですね
話が止まらないんですが
次回が企業の話ですね
そして仕事哲学モチベーションとかね
そのあたりの仕事に対しての姿勢の掘り下げを
来週行っております
楽しみにしております
リアルアメリカ情報
このコーナーでは最新のビジネス生活情報を
アメリカロサンゼルスからお届けしてまいります
前からお話ししてますけれども
私が今年家を買いまして
その家をいろいろリノベーションしているというお話のね
まあ続きにはなるんですけどね
48:01
そうなんですね
もう3ヶ月経ってほぼほぼ完成しましたと
まあほぼ立て替えたようなぐらい
全部変えたんですけど
そうだよね最初は何だったっけ
トイレだけ
じゃあキッチンだけ変えようかみたいな話だったね
キッチンだけ変えようかって言ったんだけど
全部変えて柱もほぼ付け替えてるから
ほぼほぼ立て直してんじゃんみたいな感じなんですけど
3ヶ月か
そうね3ヶ月間ちょっと休んだりいろいろあったんですけど
ちっちゃい家なのでね
それぐらいで落ち着いたかなと思って
暮らしていたんですけど
あの最初の頃からね
私はねもう家に帰ってきて
ドアを開けた瞬間に変な匂いすんなーって
すごい思ってたんですよ
最初の頃から
最初っていうのはまだリノベーションを始めた頃から
まだ住む前ぐらいからかな
もうすっごくなんかツンとしたような変な匂いするなーってすごい思ってて
まあでも工事してたからね
あの工事中だといろんな液体とかね
いろんな工事の素材とか塗装剤とか匂い強いじゃないですか
だからそういうのかなって思ってたわけですよ
でも絶対やっぱガス臭いなってずっと思ってて
ガス?
ガスじゃないかなってすごい最初から思ってたわけですよ
2、3ヶ月ぐらい前からね
で、ただ旦那に聞いても
家主のようとか言うし
で、まあ工事も終わって人だらなくしたので
普通に住み始めたんですけど
やっぱり帰ってくるたびにその匂いがするわけですよ
で、全然ね、こうなんていうの止まらないわけですよ
気になる、出すともう気になってしょうがないよね多分
そうそうそう
でも明らかにこれ絶対するなと思ってた時に
あの旦那の家族が泊まりに来て
お母さんとお父さんなんだけど
泊まりに来て
これ絶対ガス臭いよねって言っても
これはペイントの匂いだねとか言って
なんか全然誰も気にしないんですよ
絶対ガス臭いって私3ヶ月間思い続けてて
ついにそのウォーターヒーターだから温室機?
違う違う違う
水を温かくする機械、給湯機です
ウォーターヒーターね
はい、ウォーターヒーター給湯機のところに近づいた時に
うわってさらにガスの匂いがして
これ絶対ガスだって思って旦那に
51:02
ここに鼻つけてみてって言ったら
これはガスだって言って
もう速攻プラミングの人呼んで
っていう風な事態になったわけですよ
でね、そのプラミングの人がガス検知機を持って
ピッピピッって近づけたら
やっぱガス漏れてるねって
どっからか漏れてるねってピピピって音がするわけですよ
で結局そのウォーターヒーターのところから
なんかたぶんちっちゃい穴がどっか開いてたのか
たぶんずっと漏れてて
線というよりもどっかのパイプのとかとか
そういうところってことか
途中で
うんうんそうそうそう
途中でから漏れてたってことね
そうですね
たぶんねじのとこかわかんないけど
絶対やっぱ良かったこれでと思って
見てそこのガスのパイプをね
変えようってことになって
その日に変えてくれたんですよ
でその後にまたピピピって測る
ガス漏れ検知機
で下の方までやったら
その下の方に地面の下のところに
ちょっと穴が開いてるから
パイプってガス缶って
床に埋めてあるんですね
漏れても大丈夫なように
コンクリートの下に
地中にあるってこと?
そうそう地中に埋めるんですよ
でその地中の方に
ガス検知機を入れてみると
やっぱり音するなってなって
あれこれ別のとこで漏れてんじゃねってなって
その日夜の6時ぐらいから
コンクリート割る工事が始まり
結局夜中12時ぐらいまでやってて
まじ
ほんで次の日それちょっと開けてみて
見たらちょっとガス缶これだねって
古いからここ変えようって変えたわけですよ
ほんでまたガスの検知機で
フビッて測ったら
もうちょっと先からまた
ペペペペッて音がしてきて
なんだその家
でねガス缶かね
なんか物置のところに
新しいガス缶が置いてあったんですよ
前の住人が置いてたガス缶があって
これなんだろうって
旦那がずっと思ってたみたいなんですね
ガス缶
ガスのパイプの細い
ガスパイプね
でやっと旦那がそこの点と点が線で繋がって
これはもう前の住人の時からガス漏れてて
変える予定だったけど
売っちゃったかなんだかで
やばいな
やばいじゃんってなって
もうじゃあ全部ここの駐車場
54:00
駐車場どれくらいだろう
車2台分ぐらいのコンクリート全部割って
ガス缶全部変えようってなって
次の日からまたコンクリートガタガタガタって割って
ガス缶を全部変えたので
うちの家は今は安心安全になりました
ひどい家買ったねしかし
なんなんだよその
全部ボロボロじゃん
70年ぐらいガス缶が変えてなかったんでしょうね
やべえなつっても俺も一言じゃねえかなそれ
ていうかさ
俺最初なんかもう話聞いてた
なんかなんかの死体が埋まってるとかって話じゃなくて
よかったんだよ
いやよかったそれは本当に
そういう系のね臭いのじゃなくてまだガスでよかったわ
そういうね臭いじゃなくてよかったよね
よかったよかった
でもポイントはですよ
みんなどうして気づかないんだっていうぐらい
臭いが 気づかない
私はもう本当おかしいって思ってたんだけど
で私の鼻を呼吸トーキンに近づけると
ちょっと今でも若干ってやるとガスの匂いがするなって思うところがあって
これ漏れてるかもって思うとガス検知機では検知しないので
私の鼻の方が それは漏れてるっていうか
多少はある匂いするんじゃない近くに行ったら
ああそうかもしれない漏れてるっていうよりも
もう漏れてるっていうか
温めてるわけだからね実際漏れてるわけだからね
種びれのところは漏れてるしね
だからさわやちゃんの鼻もいいかもしれないけど
どっちかと言うと彼らが
鼻が悪い
あれだねペパロニじゃなくて
ハラペーニョの食いすぎでバカなんじゃないかって鼻が
ハラペーニョを食いすぎなんじゃないか
なるほどね本当本当よ
誰も気がつかない
このガスの漏れた家に住んでて怖いわ
てか危ないよねそもそも
爆発しなくてよかったねとりあえず
よかったですとりあえず
今は全くガスの家はしませんし
建築も一切反応しません
てかその確信犯じゃねえかその前の住んでた人
そうかもしれない
こんな家早く出ていかないと
いや海底が見つかったって大喜びだったね
間違いなくあの普通のなんて言うんですか
一般的にそのレディートゥムーブインって言って
すぐ引っ越せるような家じゃなかったから
初心者向けの家ではないことは分かってたから
57:02
なんで今はもう全部変えて新築にしましたって感じかな
お疲れ様ですまあでもね良かったね
それはそれで死ななくてよかったです
そうガス缶が綺麗になりました
皆さんもお気をつけください
リアラムイカジャンバーさん
ではでははいえーと締めのコーナーです
今重大なことが発覚いたしました
はい2年間放置されたガス漏れはね
3ヶ月ということでしたけども
2年間気づいたのは
沙織ちゃんが今このね
ポッドキャストの収録でマイクを使っていて
僕と沙織ちゃん同じマイクを使ってるんですけども
編集するときに大輔くんからですね
いつもね何故か沙織ちゃんの声が小さいんですと
もう何回も言われてね
何回も直して沙織ちゃんもうちょっと近くでとかって言ってね
あのいろいろな付属品を買ったり
こないだはマイクスタンドを買ってね
送っているわけなんですけども
でも今日は口がつくぐらい近い距離で話していたんですよね
で先ほどのリアルアメリカ情報のお話を
沙織ちゃんがしている間に僕は気づいてしまったんですが
沙織ちゃんがマイクのですね
真横に向かってですね喋っているんですよ
正面前と向きがあってね
前後ろのマイクには
沙織ちゃんずっと真横の
どっちかというと後ろの後方斜め後方ぐらいがね
喋っていることに気づきまして
そりゃ聞こえんわって言って
今正面でしたらもううるさいぐらい聞こえてます
言い訳をしてもいいですかね
この今使っているマイクはですね
いわゆる上にポフポフのスポンジを乗せているわけなんですよね
黒いマイクのね
そうすると後ろも前も横も右も左も
一緒に見えるわけなんですよね
であの私がアナウンサー時代に使っていた手持ちのマイクはですね
前横後ろなくてですね
360度対応なんですね
360度披露マイクなんですよね
だから私はどこから喋っても同じだろうと思って
ずっと喋っていて
毎回毎回見てたから声が遠いって言われてるよって言われて
1:00:01
おかしいなぁなんでかなぁなんでかなぁって言ったところで
今原因がわかったという言い訳をしつつ
特にたいすけさんごめんなさい
これでねいつもより
さおりちゃんの声がよく聞こえてるんじゃないかと思いますけども
今まではもうさおりちゃんの声だけがね
俺の4分の1ぐらいのこの周波数しかなくてさ
で俺の方ずっと下げて
さおりちゃんの上げると今度
この部屋の中の音まで上がっちゃうからさ拾ってる奴が
なんかさおりちゃんの奴だけ雑音が多いんですよね
つって毎回言われてたからね
あーもうほんとに手をね
手こずらせてねお時間をかかさせてね
もう信じられない
そんな前と後ろ待ち上げ
静かに聞こえる雑音だけを下げて
さおりちゃんの声だけを上げるのよ
そこがね大変なんだよねたいすけ君特に
ほんと信じられない
ほんとまさかそんな前と後ろがあって
そんなのを間違えるなんて信じられない
ひたすら深く謝罪をいたします
いやよく聞こえるわ
あーごめんなさい
音量下げました
いつもね音量マックスなのにねなんか遠いなーって
あー謎が解けた
ほんとにこれで綺麗な声でお届けできればと思います
よくも2年間も後ろ後方斜め後方からばかり喋ってたよね
あのね特にこのコードがあって
後ろ側にコードがあるので
それをね見せないようにした方がいいかなと思ってたから
多分基本真後ろとかで喋ってたと思うよ
聞こえんわびっくりした
だからねそれは聞こえんわな
毎回やってたもんね
毎回まあしつこいですね
ということで今回お届けしたインタビューの内容とリアルマリカ情報のインフォメーションをブログに掲載しております
podcast.086.com
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よく聞こえるしね
雑音がないですわこれは
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今週も聞いてくださってありがとうございました
マイクは前と後ろを間違いないように使いましょう
はい