2022-10-15 1:10:15

Vol.226: 姥一(くら寿司USA 社長)2/4

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いや〜、すっかり秋。日本ではきっと栗やさつま芋をふんだんに使った美味しい食べ物が店頭に並んでいることでしょう。秋から冬にかけて日本が超恋しくなる板倉です、こんにちは。

「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、57人目のインタビュー。
日本企業のアメリカ現地法人(子会社)として初のナスダック上場という快挙を成し遂げた「くら寿司USA」。アメリカ進出一号店オープンを手がけ、成功の一歩を踏み出した姥さんは当時まだ30代前半でした。異文化での挑戦となる多店舗展開で起きる数々の苦難を乗り越え、上場までの舵取りを遂行。異国アメリカで社長として2000人弱の社員を引っ張る経営者の仕事哲学と生き様。「私なんて普通代表みたいな人間ですよ!」という彼の言葉に、あなたもきっと武者震いしてしまうかも!?

昆虫採集が大好きだった少年が、小さな成功体験を重ね「集中して本気だせば誰にも負けない」と自分を信じる力を獲得する。成長し、出世し、トップへ上り詰めていくまでの過程。確率や統計的な視点を武器に勝ち続ける姥さんの仕事人としてのスタイルを感じるエピソード。

投稿 Vol.226: 姥一(くら寿司USA 社長)2/41%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

00:01
1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱に迫ります。
自分の名前が書いてあったりとか、家族の名前が書いてあったりすれば、自分たちのだってわかる。
あとは、このエリアの人向けとか、ここに住んでる人へとかって書いてあって、
広告だなって表を見てわかるじゃないですか。
捨てようと思って、パッてその封筒の裏を見たら、
裏が丸く透明な窓みたいになってて、ちょっと中身が見えるみたいなね。
感じで、中が見えたんですよ、何が入ってるか。
そしたらね、お金が入ってて。
札が?
普通に札が入ってて。
1ドル札で2枚ね。
1ドル札が2枚入ってて。
え?え?ってまさか本当なわけって思うじゃないですか。
ちなみにアテナはなんだった?ローカルレジデントとかそういう。
アテナはここのエリアの名前で、ここのエリアにお住まいの人。
じゃあさっきのネイバーみたいな感じの、ローカル向けの、はいはい。
03:01
沢ちゃんの名前はなかったってことね。
じゃない、全く。
でもさすがに、本当にちゃんと見たらお金っぽいから、
開けざるを得ないじゃないですか、お金そのまま捨てるんだって。
それは開けますね。
開けて、したらちゃんとした1ドル札が2枚、2ドル入ってたわけですよ。
なんかでもそれ使い込んである感じ、ピン札ではない?
ピン札です。
ピン札が2枚入ってて、初めての経験だったので、中もちゃんと見たわけですよ。
そしたら、いわゆる日本のテレビの視聴者率調査みたいな感じで、
テレビってデジタルと違って直接視聴率を測れないので、
日本の場合はランダムに選ばれた人の家に確か器具を置かせてもらって、そこから給料を取るみたいな形になってるんですけど。
そうだね、なんか聞いたことあるな。
そういう感じのもので、アンケートに答えてくださいっていう内容だったんですよ。
なるほど。で、そのお礼として?
まず2ドルは、この開けてくれたお礼に、まず2ドル差し上げますって書いて。
開けてくれたお礼に?
そう。で、答えてくれたら、また5ドル送りますって書いて。
なるほどね。
そうそうそう。
っていうか、多分俺それ受け取ったことあるな。
うそ?
多分5ドルももらったような気がするな。
えー。
ちょっと覚えてないけど、面白いなと思って書いた記憶はあるよ。
えー。
でも、最初はね、ちょっと怖いよね。
そうそうそうそう。
ちょっとなんか怖って感じもしたけど。
ちなみに、説明しなくてもいいと思うけど、2ドルだからだいたい200円、今だと300円くらい。
もう300円、もう145円。
札といってもね、札といってもそれくらいの額ですからね。
あー、そうですそうです。
なんでございます。
なるほどね。いいじゃん、それアンケートに答えて、もう500円くらいもらえばいいじゃん、5ドル。
でもなんか個人情報を書かなきゃいけなかったから。
2ドルで。
個人情報って言ったって何?住所、名前、住所、あ、そっか、名前はバレてないってことか。
そうそうそう。
電話番号とか。
開いたお礼の2ドルだけいただいておきます。
あとさ、今思い出したけどさ、話長くなっちゃってごめん。
札にさ、あの、何だったかな。
なんとか、whereismywanderer.comみたいな。
06:03
何それ。
ウェブサイトのURLが書いてあって、俺の1ドルは今どこに行ったみたいな、あのウェブサイトがあってさ。
そのウェブサイトでその1ドル札をゲットした人がそのウェブサイトとりあえず見てみるじゃない、これと思って。
したら、今の俺の1ドルがどこにあるか、ここでその位置情報を入力してくれっていう感じで。
例えばニューヨークとかからその1ドルどっかで払って、それがまた誰かのお釣りとして誰かの手元に行くわけじゃない。
で、じゃあ全国全米をどうやって回るかみたいなのをトラッキングするみたいな。
面白い。
面白いでしょ。
面白い。
それで、お札で回ってきた1ドルが今どこにあるんだろうみたいなのを、っていう話をちょっと今思い出したんで。
そんなのあるんだ。
面白い。
面白いよね。
いや、ちょっとなんかこのお手紙シリーズ、お金も絡んできたけど。
でも日本じゃでも現金は送らないよね、まずね。
もう。
100円玉とか開いちゃったらパクっちゃう人いそうだし、いっぱい。
チャリンチャリンってなってたからね。
ちょっと話が長くなりましたね。
長くなりましたね。本番に入っていきましょうね。
はい。
さあ、ということで1人の方のインタビューを4回に分けてお届けしているこの1%の情熱物語ですが、今回は倉津市の。
USAですね。
社長さんっていうんですかね、っていう言い方でいいんですかね。
はい、倉津市USAの社長さんです。
いらっしゃいます、はじめうばさんのインタビューの2回目です。
はい、先週までがね、アメリカと日本の倉津市の違いとかね、あとマネジメント、社員に千人弱のマネジメントのこうなんていうのかな、どういう仕事してるんですかみたいな話をしていたんですが、
今回はそのうばさんが大阪に生まれて、どういう子供時代からどういう大人になっていった、ちょっとご両親とのエピソードだったり、
あとアメリカに来て1号店を開けるときのね、ちょっと感動するエピソードとかね、感動するとか震えるというかね、なんて言うんでしょうかね。
あと創業者田中さんのこれもなかなか面白いエピソードを伺っております。
では聞いていただきましょう。
はい、じゃあちょっと今から過去の話に入っていきたいと思います。
じゃあまずあの幼少期のお話、どういう子供だったかっていうのをちょっと伺ってもいいですか、うばさんが。
09:00
大阪出身ですね私は、大阪の大阪市内で育ってまして、幼少期って、皆さんこれ同じだと思うんですけど、自分のことを客観的にわからないじゃないですか。
どんな子供でしたって言っても、自分は自分しか、あんまり自分普通だと思って、今でも思ってるんですけども、思って育ってですね。
ただ何か集中して、自分が好きで集中してやったら、これは何か一人も抜きに出て、結果出してたと。
なんとなくそういうのを持ち、だからちょっと崩した言葉で言うと、俺が本気出したらと。
そういうのは思ってましたね。謎の自信で、俺本気出したらと。野球本気出したら野球もうちょっとうまかったと思いますし、走るのもちょっと早かったと思いますし。
あんまり家とかで勉強したら気持ち悪くないんだけども、本気出して勉強したらテストも終えたしと。
なんかそういう感じで本気出したらと。でも本気はなかなか出さなかったです。興味ないことやらないし、しんどいことやりたくなかった。
でも本気出したらみたいな、そういった感じで、それは多分本当に結果としてはそうだったから。
逆に言うと、自分の能力を信じられてたってことですか?
そうなんですよ。なぜかというと、好きなことをのめり込む、集中してやる傾向があったから。
なんで集中してね。能力があったんじゃなくて、好きなことをガッとやる性格だったから。どんどん練習するじゃないですか。理解してるじゃないですか。
だから上手くなる。上手くなるから人よりも上手いなと。上手いなとみんなに言われると。みんなに上手いなと褒められて嬉しいと。
で、ますます頑張ると。本当に普通の人と同じサイクルで、多分集中力があったから、多分そうなったんだろうなと、振り返っては思うんですけども。
だからなんとなくそういった、好きなことにどんどんのめり込んで、好きじゃないことはなるべくしないようにしてやってたような幼少期で。
好きだったことは昆虫採集とかですかね。今も実家にいるんですけど、実家の裏が山があってですね。
そこで鎌切りとかバッタとかセミとかね、いっぱいいて。もとにかく虫捕りがすごい好きで。
今も虫お子さん連れて行かれるんですか。
子どもできたら、夢っていうコーナーが確かあったと思うんですけど、昔で言ったらもう本当にそれも夢の一つだったんで。
子どもと一緒に昆虫採集に行くとか。
昆虫採集連れて行って、自分が楽しんでます、一番。自分が楽しんでます。
私が子どもと昆虫採集行ったら全然知らんよその子が一緒についてきて、息子よりもその子と知らんことを一緒にやって夢中になって。
遊んでる。
放置してるやん、自分の子供って言われてるぐらい。
自分が一番楽しみだって。
でも自分がね、子どもの時好きだったことを大人になってもできたら楽しいですよ。今でも楽しいです。
ゲームも好きですね。ゲームも好きだったんで。ゲームとかも一人とか野球とか好きだったんで。今もだから全部好きです。
変わってないんだね、ずっとね。
そうですね。だから好きなことをどんどんのめり込むような幼少期だったと思いますね。
なるほど。じゃあその夢も今は実際に叶ってるっていう感じですかね。
12:03
そうです。夢の一つですね。
あとはちょっと変わってるかもしれないなと思うのは、比較的自分で自分の決めた思ったことをしたいという性格だったと思うんで。
なんかやっぱりこう、生きていく中でお金っていうのが必要になってくるじゃないですか。
結構早い時期からお小遣いとかじゃなくて、自分で稼いで自分で使いたいというのは何かしら持ってたと思いますね。
なんで、たぶん中学校ぐらいだったと思うんですけども、中学校ぐらいからなんか郵管、新聞の郵管配達して、お金自分で働いて稼いで。
それで自分の好きなものを買ったり、ゲーム買ったりとか。そういったことは中学校ぐらいからしてました。
で、高校になってもアルバイトすぐにしたし、高校、大学と。
お金はなるべく自分で稼いでやってました。
自立心が大きかったんですか。それともビジネスというか、社会の。
いやいや、そんな立派なもんじゃないです。自分でお金もっと使いたかったから。
お金くれくれくれないから自分で稼いだと。そんなもんじゃないですかね。
最初の段階はね、中学校とか小学校とかそんな段階では。
あとは計算は、苦問式を幸いにもやらせてもらってました。計算は得意だったんで。
なんとなく全ての判断を、計算とか確率とか。そういったことでやる癖は、小学校ぐらいから多分やってたと思いますね。
それはちょっと今ここで話すのが適切かどうかちょっとわからないんで。
もう少し話を掘り下げていった中に出てくる話があるかもしれないですけど。
理系が得意だったというか、興味があったというか、楽しかったんですかね。
自分は理系文系で言うとね、計算という部分では理系なんですけど、
ただやっぱり人とのコミュニケーションとか、そういった部分の速度スキルで言ったら文系なのかもしれないし、
ちょっと両方バランスあるのかもしれないですね。
確かに虫が好きっていうのも確かに、どっちかというと文系の方なのか?
私はトンカチとか全くできないんですよ。うちの妻の方がね。
トンカチできないんですよ。IKEAの家具とか組み立てられないんですよ私。
着車間台座も組み立てられないんですよ私。めっちゃ厳しいんですよ。
家の何か壊れたりとかして直せないんですよ私。何もできないです。
業者さん用語しかできないっていうね、そういう。
だから理系ではないと思います。計算得意な文系みたいな感じですかね。
プラモデル作ったりとかも。
できないです。苦痛でしかないです。本当にできないです。
だからアメリカとかだったら家具組み立てるじゃないですか。
メキシカンに頼んで組み立てますもんね。
IKEA行ったら50ドルやってくれとかね。
ダメ人間ですね、そういったところに関しては。
得意不得意がはっきりしてるのかな。
今お話ししながらまとまりましたけど、計算得意な文系ですね。
じゃあちょっと次の質問なんですけど、
何か人生において衝撃を受けた出来事とか、
15:02
人生の転換期となったようなエピソードとかあれば。
これちょっと今実家にいるんで声小さくなりますけど、
結構ね振り返るとこれやったかなっていうのがあるんですよ。
私やっぱり漠然とですね、お金稼ぎたいなと思ってたんですよ。
両親仲がいいですけど喧嘩もするじゃないですか。
喧嘩よくよく子供ながら聞いてるとですね、結構お金のことで喧嘩してるなと。
どこの家庭もそうだと思うんですけどね。
家庭にはなりやすいですよね。
なりやすいですよ。
例えば旅行めっちゃ好きだったんですけど、
カブトムシとか取りに行ってくれるために旅行行くじゃないですか。
和歌山とかね。
行ってめちゃめちゃ楽しいんですよ、途中で喧嘩始まってると。
よくよく聞くと、どこの旅館泊まるとかどこ食べるとかね。
結構お金に絡んでるなって子供ながら思ってて。
住むのかなとかね。
クッと思ってたんですよね。
この辺りから早めに自分がお金稼いでっていうところに繋がったのかもしれないなと思ってて。
だから自分は別に修正して偉くなるとかじゃなくて、
いっぱい働いててもなんでもいいんですけど、
お金は苦労しないようになりたいなとはなんとなく思いましたね。
けどそういったことを思うことは、
じゃあどうしたら給料が上がんねんとかね。
お金が給料上がるだけじゃなくて、
引かれた後の生活、引かれた後のお金が残るなんねんとかね。
そういったのはなんとなく思うようになりましたね。
あんまり立派な話じゃなくて申し訳ない。
でも私結構大きな転換期になったと思うんですよ。
でもこれはもうお金自体というか金融というか、
その時は金融とかっていう単語が出てたかどうかわからないですけど、
お金自体に興味を持っていたっていう感じなんですか。
最終的にお金に立てるってことです。
だから出生するとか、たくさん働くとか、
時期のいいところで働くとか、
効率よく、Aで働くの、Bで働くの、
効率よく稼げるとかね。
なんかそういったものとか、
あとは私不適切かもしれないですけど、
昔からギャンブルみたいなのが好きだったんですよね。
これもう一つ、やっぱり確率統計の究極だと思ってるんですよね。
そうですよね。
投資に言ったらギャンブルとね。
申し上げたいですね。
板倉さん言ってくれて助かりました。
客たらし、ビジネス、投資、
突き詰めるとギャンブルと本質近いと思います。
要するに、ジャンケンしてね。
愛好を除いたら2分の1じゃないですか。
2分の1の確率で買ってね。
そしてかけた金額のね。
もし2.5倍もらうようになったら、
この勝負絶対ずっとひたすら続けるべきじゃないですか。
絶対増えてきますよね。
けど、ジャンケンやってですね。
確率2分の1に買ってね。
2倍じゃなくて1.8倍しかならんかったら、
この勝負せん方がいいじゃないですか。
こんな単純なことが実は複雑に
18:02
うまく見えないようになってくると、
突き詰めていくと、あ、そうなんだと。
2分の1の勝負で買って1.8倍なんだ。
2分の1の勝負で買って2.5倍なんだ。
そこまで判明したら、
どっちに投資すべきかってわかりますよね。
でもそこまで明らかにするのが統計とか、
確率統計とかね。
データ分析とか。
そういったことによって、
そこまでシンプルにできたら簡単に誰でも
2分の1で買って2.5倍の方を選ぶじゃないですか。
私はそこまでを突き詰めていくために
統計データとかいろんなデータをやって、
究極そこまでやって、
誰でも簡単にできるように意思決定するように
明らかにしていくのが好きなんですよね。
それが今の仕事の先ほど、
先週話したかな、
その判断基準のところとかにも
つながっていくってことなんですかね。
そうなんですよ。
それが形を変えますよ。
Aという物件がね、
例えばロサンゼルスにAという物件が、
トーランスの物件があって、
Bにサイプレスの物件があって、
AとBどっち出すべきか。
でも突き詰めていくと、
本当に突き詰めて逃げ詰めていくと、
さっきみたいに単純になってくるんです。
こっちの方が成功確率高いと。
リスクもあるけれども。
失うものはこれだけでリターン多いと。
失うもの多いけどリターンはそこそことかね。
突き詰めていくと、
さっきのジャンケンまで煮詰まってくるんですよ。
煮詰まるまで限りなく、
そこに近づけるまで、
数字をいっぱい集めてきたり、
判断基準の資料を持ってくるっていうことを。
そうですね。
なんでもトランプのゲームにしても、
いわゆる日本のゴラグレートパチンコにしても、
結局やってらっしゃる方は分かると思うんですけども、
この代それかこの代それかで勝てる確率、
必ず勝てるっていうのはないんですけども、
確率が2%上がるとか1%上がるとか3%上がるぐらいはあるんでね。
そういったことは突き詰めてやっていってましたね。
パチプロ二人育ったこともありますしね。
そういう感じです。
英語で言うストリートスマートとブックスマートだったら、
私も完全にストリートスマートタイプの人間でしたね。
それがね、
お母さんとお父さんの旅行中の喧嘩から、
そういうところにたどり着いてるっていうのが、
面白い話ですけど。
やっぱり仲良くなってほしいなというか、
あんま喧嘩せんといてほしいなっていうところからね、
始まったんだと思いますね。
だからやっぱりゲームとかギャンブルとか負けなかったですね。
勝率は高かったです。
これは勝つべくして勝ってたっていうことですね。
なるほどね。
でも確率統計とか、
そういったことの部位、ビジネスは延長線上だと。
そうですよね。
それが100%それではないとは言えないかもしれないですけど、
ほぼそうですもんね。
究極に詰めていったら。
煮詰め足りなかったらわかんないですけど、
煮詰めていったらそうなると思ってます、私。
私がやってる仕事内容は、
それに近いですね。
パンデミックとかそういうね、
予想できないことが起こらない限り。
広告費ね、こんだけ突っ込んでるけど、
リターンどれくらい期待できるかとかね。
21:00
この広告だとこうだけどこうとかね。
結局は、つけ詰めていったらこうなると思いますね。
もう仕事の話はまた次のセクションに置いといて、
話はちょっと変えて、
アメリカに来た理由ですね。
おばさんが最初は新卒で倉津市に入社ということで、
これは日本で。
そうですね。
私、大阪出身で小学校中学校高校大阪で、
大学も大阪で。
ずっと高校、先ほど言いましたけど高校、大学、
ずっとアルバイトしてまして、
たまたま飲食店、高校であったんで、
大学もアドバンテージあるからということで、
そのまま飲食店選んで。
これで合計7年間アドバンテージあるじゃないですか。
なるほど。
その状態で、ただかといって就職先、
飲食店っていうふうには考えてなかったんですよ。
私はかなり右派なところとか、
あんまり何も考えてないところもあるんで、
全部考えてるように思われるかもしれないですけど、
普通に、私は板倉さんの世代で言ったら、
NTTとか、DTに入るとか、
大手メーカーパンクとかね。
広告代理店とかね。
広告代理店とかね。
ありましたありました。
だから私も普通にエントリーシートとかやってね、
やりましたよ。
やっぱそんな甘い世界じゃなくてですね。
もちろん一時制通したりとかしましたけども、
内定取れたところまで行ってなかったですよ。
けれども、そういう就職活動の途中にですね、
たまたま倉津市の説明会が目に留まったんですね。
なんで目に留まったかっていうと、
ゴルフ、遊びゴルフみたいなのも大学の友達としてたんですけど、
その代わりに倉津市の一つの店舗に行ったことがありまして、
食べに行ったってことですね。
食べに行ったんです。
飲食店でバイトしてましたから、
なんとなく景気悪いなと。
ちょうど教学期だったと思いますけど、我々の学校。
調子悪くて。
けれども倉津市がめちゃくちゃ繁盛しててですね、
こんな繁盛する飲食店あるんだと。
びっくりしてですね、なんとなく記憶残ってたんですよ。
だから就職活動したときのリストの中に
倉津市さんのときにピンと来たんですよ。
これは自分の7年間のバイトの経験、
しかもバイトのトップまで私も集中したらやるタイプだって
お話したと思うんですけど。
常にバイトトップになるんですね。
両方で。
これバイトではトップでやってきたからと。
すぐに店長になれるんちゃうかと。
ガンガン登っていけるんじゃないかと。
しかも見た限りめちゃくちゃ人気だったけど
店回ってなかったと。
多分人足りてないと。
多分成長に追いついてないと。
自分が入ったら多分すぐにチャンスになるんちゃうかなと。
ピンと来たんで、もうちょっと就職活動もやめよと。
これで解放されるし。
やったと。
それで面接行ったら、やっぱり意気投合してですね、
担当者になったと。
君決めてくれたらもう一時で私が勝手に泣いて出すと。
泣いて出すと。
もう決めてくれと。
他のやめてくれと。
担当でもいいからやめるって言ってくれと。
やめますと。
その終わりで決まったと。
24:02
それで一応形だけ社長面接でやってくれと。
いうことで今の創業者がね。
達社長の田中とやってやりました。
それがクラウド氏に就職したきっかけなんですよね。
なんかでもやっぱ相性良かったっていうか、
ご縁があったんですね。
そうですね。
運が良かったです。
質問はそれでしたね。
確か新卒してクラウドに入ったかどうか。
はい、そういうことです。
なのでその時は海外に行こうとかって別に考えなかったわけじゃない。
全くないですね。
なんで大阪のクラウド氏とともに大きくなって、
大阪行って兵庫行って滋賀県行って関東行って。
やってる中でクラウド氏がアメリカに進出するというところで、
そうなんだと。
私は課長ぐらいだったんで、課長クラスだったんで。
でも結構あれですよね、オペレーションのトップみたいな感じの。
そうですね、オペレーションの部門の統括してまして、
関東に行って、出すんだ本当に社長すごいなと。
誰が行くんかなと思ったら君も来いと。
そうですかと。
君はオペレーションの意見を聞きたいということで一緒にね、
田中社長とかとその時の取締役の人たちと一緒にシアトル行ったんですよ最初ね。
シアトルで物件があってこれどうするってなったんですけど、
一旦出なくなって一旦白紙になったんですけどまたロサンゼルスのね、
物件で具体的に決まったと。
ついに決まったかと。
じゃあまた君この前も行ったからオペレーション見てくれということで、
3ヶ月ぐらいだけ応援行ってくれと。
分かりましたと。
英語も喋れへんけどなんとかなるかと思って3ヶ月行ったんですよね。
そしたらその時のトップの人が事情で戻ることになって日本急遽。
トップの人がいなくなってトップ不在で、
でももうお店で契約してるし工事もなってるしオープンも近づいてるし、
誰かが仕切らなあかんということで、
私が周り見てたら自分しかおらんなということで、
英語も全然できなかったですけども仕切ったということで、
会社の事情で行ったってことです。
自分はアメリカ行きたかったってことはないんですけども、
なるべく死ぬときには地球上のいろんなところ見てから死にたいなと思ってたんで、
行きかやなと思って軽く考えたらまさかそのまま残されると思わんかったっていうことです。
そんなもんです。
そうですか。
その時はまだご結婚はされていらっしゃらなかったんですかね。
いらっしゃらないです。
それもリアルなもので30でね。
希望はしてなかったけど英語も喋らないところに行ってですね、
日本中も1%の物語が1%しかいない。
結婚相手1%の中から選ぶなんてってもう終わりかなこれはと思ってたんですけど、
運良く素晴らしい人を見つけることができました。
素晴らしい。
それがアメリカに来たきっかけです。
じゃあまあ意図せずトップになり、
そのUSでちょっと出し切らなあかんなという状況になり、
そこからもう始まっていったわけですね。
でそのまま、
それがだから2009年に1号店で、
実はその最初の店がね、
普通のレストランにあって、
それが失敗してですね。
でクローズして帰ってこいって言われたんですけど、
いや帰ってみてやりたいですと。
いうことでじゃあ君残って何人かだけ残ってお金1億円だけでやれと。
27:04
そんな感じだったんですよね。
そういったのが2007年2008年ぐらいになって、
で2009年に自分が出して1号店開店してあげられたということです。
そこで熊さんはちょっと勝負に出たというか、
自分ならやれるっていう風に自信があったっていう。
そうです。
その時ですね、
倉田市は東北の出店失敗してですね、
もう十何店舗全部クローズして、
もう会社存続の危機という状態で、
そことアメリカの失敗が重なったんですよ。
1号店ね。
開店主じゃない1号店が失敗。
だからもう完全に帰ってこいと。
もうやってられへんと。
やけどもやっぱり開店主、
その時個人の開店主視線が結構生えてたところありましたんで、
見てましたから、
いや開店主で勝負したらいけますと。
で言ったら悪いですけど、
自分が場所を選んだら絶対成功すると思ってたんです。
自分が場所を選んで開店主だったら絶対成功すると。
だから機嫌がいい時にタイミングわかって、
資料とかデータを完璧に用意して、
自分の身体かけてですね、
絶対説得したろうと。
で思って言ったら多分もう気迫が違ったと思うんですよ。
もう本当に辞める気で、
あかんかったら辞めたろうと思ったぐらいで言ったんで。
もう一瞬で、
もうほんの何の説明も聞かんと、
5分ぐらいでIKEAと。
何本言うんですか。
いや1億円。
はい。
30ページぐらい用意してましたね。
めちゃくちゃ、
何言っても答えると思ったんですけど、
もう何も聞かなかった。
気迫がやっぱり。
最後はもう創業者を説得するのも、
気迫ですよね最後ね。
これすごい話ですね。
でも創業者の田中さんでしたっけ。
はいはい。
もうそれを見抜いたっていうのがやっぱすごいですね。
こいつマジやなって思ったんでしょうね。
はい。
いやもうほんまその場で辞めたろうと思ってましたね。
もうこんな、
もうこれ分からへんアホの下では働かれへんっていうぐらいのね。
それごめんなさいカットしてください。
これが分からへん分からずやの人の人では働かれへんとかね。
なんでこれが分からへんやーとね。
それぐらいの気持ちの勢いはありました。
実際でもその時のおばさんの心境は、
どれぐらいの賞賛というか。
100パーです。
100パーですね。
絶対成功すると思ってました。
それぐらいね、ご存知だと思うんですけど、
今の淡梅の場所めちゃめちゃいいじゃないですか。
あそこで失敗したらもう無理だと思ってました。
逆にあそこで失敗したら、
倉寿司とか海鮮寿司はアメリカで無理やなと思ってましたんで。
なるほど。
絶対成功すると。
でも明けましたらね、やっぱり予想通りだったんで。
だから先、なんかたぶん後々質問あるかもしれないですけどね。
やっぱり達成した時とかっていうのは、
そういう時じゃないですかね。
自分が失敗かけてまでやった時に結果が出たら、
見たかと。
もう世界中に先に言うじゃないですか。
見たかと。
言ったやろと。
ほんまに見たか。
世界中に見たかと思いました。
皆さんビジネスやって成功した人たちもそうだと思うんですけど、
一番最初。
そうですね。
じゃあそこから。
これはね、誰かのアイディアをね、
誰かのアイディアを遂行したとかじゃないんですよ。
自分のアイディアをやって、
反対されて押し切って、
全然反対ですね、そんなのは。
こんな時に何を言ってんだっていう感じじゃないですか。
だから1億円だけだった。
だから冒頭で話しましたが、
30:01
タウンハウス借りて、
で、囚犯4人ね、
共同生活して、
おと、野郎が3、4人共同生活して、
車もしえない時代だけでね。
オフィスで、2階のオフィスで、
ラップトップ1個で、
クイックブックスで、
ど素人が会計占めて、
最近の1号店の従業員さんも、
タウンハウスで面接して、
タウンハウスのキッチンで、
寿司ロボット置いて、
外国人寿司の作り方、
買ったことの英語で教えて、
ってやりましたよ。
1号店のオープン。
ガレージ創業ならぬ、
タウンハウス。
その時のメンバー、
今めちゃくちゃ上層部で、
いますから。
いつまでも笑い話になりますよ、その時。
そういう話めっちゃ楽しいっすもんね。
あの時人だったよなっていうね。
そうですか。
なんかかっこいいな。
いえいえ。
そこからでも、
まだちょっとIPOまで行くまでの話をね、
ちょっと聞きたいんですけど。
はい、どうぞ。
その時が1号店が、
だから2009年で、
今、2022年8月時点で、
8月末時点で40店舗。
全部40店舗。
はい。
40店舗12の州と、
ワシントンDCですね。
なるほど。
はい。
で、
なのでそのペースっていうのは、
僕もちょっと昔ね、
ウバサに話を聞いたのは覚えてますけど、
日本だったら、
店舗をコピーして、
場所だけ決めてピンピンピンと、
パッパッパといけるのが、
USは結構、
なんて言うんですかね。
コピーしてるだけじゃダメなんだって話は、
その時は。
そうですね。
比較としては、
姉妹会社が台湾にあるんですけど、
台湾は、
うちアメリカにも5年遅れて、
創業したんですけど、
店舗連れされちゃってます。
ああそうですか。
恥ずかしいな。
けどやっぱり台湾は、
日本に近いものを持っていったら、
8割方受け入れられますから。
でも。
でもそこが違うんですよね。
だからほとんどもう日本の、
店舗デザインとかメニューとか、
会社の文化とか、
それも日本のそのままいったら、
その日本のそのままのことを、
学びたいとかやりたいと、
いうふうに台湾人の方思ってくれる人が、
多いと思いますんで、
その辺り、
違いがあると思いますね。
逆にアメリカでは、
日本のやり方そのままやった会社は、
成功したとこもあると思うんですけど、
ほとんどが失敗するというとこありましたんで、
やっぱり、
振り返って15年で40店舗っていうのは、
もともと考えたことから、
ほど遠いぐらいスローペースになってしまったんですけども、
やっぱり最初の10年間は、
きちんとアメリカの方に、
そのメニューなり、
アメリカの人の食べ物の指向なり、
あとはサービス、
求めているサービスレベルなり、
あとは物件とかね、
そういったことにアジャストする時間が必要だったと、
いうふうに思ってますんでね。
最初の10店舗までやっぱ10店舗ぐらいしか、
33:00
最初の10年間10店舗ぐらいしかできなくて、
残りの5年間で残り30店舗カットね、
いきましたんで、
必要な10年間だったと思いますけどね。
それをショートカットしてね、
パッとやってしまうと、
失敗事例たくさんありますから、
ここでは具体的に何も言いませんけど。
まあ、上々失敗したところもありましたしね、
日本の。
いきなり失敗したところもありますもんね。
いきなりっていうのがキーワード。
いきなり失敗したところもありますけど。
だから言ったら、
エリアに住んでる人種も違えば、
そうですね。
層も違う。
富裕層もあれば、
貧困層もあれば、
それが全部違うんですね。
では想像できるくらい違うんですね。
そうですね。
アメリカっていうのが、
世界中から人が集まってる国なんで。
なんで言うたら、
全ての国の人の思考とかも、
そういったことも入り混じった中で、
ビジネスしていくっていう部分で、
なんで世界で一番難しいっていうふうに思いますけどね。
確かにそうですよね。
台湾だったら、
台湾人の好みの合う目にビジネスモデルがあれば、
そのフォーマットでガンと広げていきますし、
中国だったら同じですし、
インドだったら同じなんですけど。
アメリカっていうのは、
世界中の人がミックスされてる国なんで、
その人たちにバランスよく、
程よく支持されるやつをアジャストしていかなあかんと。
しかもやっとアジャストしたとしても、
カリフォルニアとテキサスで違うと。
カリフォルニアとテキサスって、
まだ台湾と日本ぐらいの距離もあって、
まだ全然人種構成も違うし、
食べ物指向も違うし、
何もかも違う。
レジャーじゃないので高いけど面白いですよね。
まあでも、
10年経つ、
10店舗まで10年かかったけど、
そこから上がってきてるってことは、
もうそのチッピングポイントを超えたというか、
今からスピード上げていくぜみたいな感じには、
IPOもしたということで、
そうですね。
増えてるっていうことなんですかね。
そうですね。
まず日本の最新のシステム、
許認可を取れることができて、
そういった高速ベルトっていう、
注文したものを運ぶベルトですとか、
あとビッグラポンっていう、
ゲームのシステムですとか、
タッチパネルのシステムとか、
そういった最新版のものの認可が取れて、
何年か後かに、
創業者何年か後かに、
これでオペレーションが簡単になったりですとか、
集客力も非常に上がって、
やっぱり利益が出やすくなったと。
あと運営もしやすくなったと。
これが一つの転換期ですね。
あともう一つが、
トヨタさん、
最低時給が上がるとカリフォルニアで。
それがアナウンスされてですね、
倉敦市はつい最近値上げを発表しましたけど、
日本の倉敦市。
創業してから全く値上げをしたことがなかった、
会社だったんで、
値上げをせざるを得ないぐらい、
最低時給が上がると。
その中で値上げして受けられなかったら、
ビジネスが終わってしまうと。
だからリスクヘッジのためにですね、
そういった最低時給が上がらない州にも出しとかないと、
危ないということで、
他の州出そうかなと思ったタイミングで、
トヨタさんも最低時給アップということとかのタイミングで、
テキサスのダラスに移すということで、
36:02
これは多分多くの日本人の方が行くなということで、
ダラスもいい候補地だなと思いながら、
テキサスだけじゃなくて、
いろんなところも候補として見ている中で、
たまたまですね、また運良く、
テキサスのダラスにですね、
トヨタさんが行くダラスの方にいい物件が出てきてですね、
こうやったらとりあえず日本人の方も
何千人と行くから、手堅く行けるなということで、
こういった会社が危ない軌道に立つところで、
手堅く行こうということで、ダラス一号として、
それで成功したと。
これでカリフォルニアと、
あとすごくユニークなテキサス、
しかもカワウォーイで肉食べると、
魚食べないと言われるところで成功して、
これで全米行ける可能性が広かったなということで、
この辺りぐらいからね、
売り上げも人も利益も出てきましたから、
ガッと加速していったっていうタイミングになりますね。
それがなので2015年とか。
そうですね、その辺りですね。
そこから4年後ぐらいにIPOすることになるんですけど。
それはもうIPOを考え始めたのはいつ頃なんでしょうか。
IPOは、創業者の田中はアメリカ来たときに、
上場しろと言ってましたね。
上場自体はいつか上場するしろということなんですけど、
あまりにも板倉さんとお会いしたとき、
店でシェフコート着てね、自分で寿司作ったり店長やってて、
何でも自分がね、もちろん広告を直接やってたから板倉さんと直接やってたんですけど、
何でも自分がやった時代なんで、
上場ってなんやねんと。
そもそも上場ってなんやと。
よくわからんと。
成田区の上場条件すら知らんと。
そんなレベルのところですけど、一応言われてたことは言われてたんですね。
けど2015年ぐらいになったら、
成田区に上場するなんてどういうことをクリアしたら上場するんだろうとかね、
そういったことを調べ始めたりとかをしてましたね。
やっぱり結構、ダラスとかでもドカーンと当たりましたんでね。
これは何年後かだったら、
Excelとかで簡単なあれ作ってですね、
何年後ぐらいだったら届くかもしれないなと。
そんなのは意識し始めましたね、
テキサスで成功し始めた時くらいには。
あの時もね、テキサス引っ越しますって言ってね、行っちゃったと思って。
ダラス行きましたね、楽しかったです。
本気なんだなぁとは思いましたけどね。
でもやっぱり建設会社さんとかもね、
うち行くんで全部お願いしますから、ちょっと拡大してくださいって言ってね。
作るさん作るさん、来てくれましたから、
カズさんにめちゃくちゃ感謝してるんですよね。
そうですか。
口約束ですよ。
もちろん絶対に約束守るつもりだった方も伝わったんだと思うんですけど、
彼らもね、やってくれて。
そういったお世話になった人たちが結構ね、
信用できる人がいっぱい来てくれましたから、
ほとんど日経の企業さんでしたけどね。
ありがたいことに。
で、皆さん今もお付き合って、皆さんもね成長して、
やっぱり成功の果実をね、やっぱり共有できたらよかったなと思いますよね。
素晴らしいお話です。
本当にね、その創業、
39:01
馬さんがね、その創業者の田中さんに
気迫で説得したという話もね、すごい面白かったですけど。
他にも何回かありましたよ。
この店、調子悪くなった時にこの店出すなって言われて、絶対売れると。
あかんかったら自分の妻と、もう一人、部下の妻、
この二人、タダで働くと。
我々給料ゼロで働くと利益出るまでと言いました。
あーそうですか。
これもでも、ほんまにやれって言われたら、ほんまにやってましたけどね。
でも、それが想定る点です。
そうですか。
想定る点は失敗するわけないでしょ。
まあ、でも競合さんもいましたもんね。
競合さんもいましたけど、
一応うちのそれまで成功したパターンに当てはまるから、
これ断ったら、しかもあそこ物件なんか出てこないじゃないですか。
あんないい場所にね。
ちょっと小さい場所でしたけどね。
そういうのもありまして、何回かそういった起動があって、
そのためにはそういったぐらいの気持ちで仕事はしてましたね。
凡人なんですけど、それぐらい仕事にプライドをかけて、
それぐらい自分で頭で考えて、
創業者が何を言おうが自分は絶対これいけるという自信はあって、
それぐらい一生懸命突き詰めてやってたってことですね。
そこは一番成功のあれだったかもしれないですね。
本当だったかもしれないです。
本当そうだと思います。
そういう人についていきたいって思いますよね。
かっこいい。
結構やめますから、みんな。
ついてこられてないからノーコメントだったんですね。
ちょっと沈黙だったんです。
聞きますよ。
あんだけおばさんが、トップがあんだけ仕事してるのに、
自分がやらないわけにはいかないですとかっていう話は聞いたりしますんで。
いやー結構サボってますみんな。
私もサボってます。
適度にサボるの大事なんで。
サボってるからサボってる人のことね。
気持ちわかるよと思って。
逆にサボりたい気持ちもわかりながらね、
その気持ちもわかりながら組織作っていくっていうのも大事かなと思ってるんで。
自分は普通の人の気持ちがわかるから緊張するし、
サボりたいなと思うし、給料上がりたいなと普通に人並みに思いますし。
それが大事だと思います。
そういうの全く興味ない。
お坊さんみたいな人が社長だったら多分会社主張になりますよ。
あとガチガチにやりすぎてもね、パーフェクトなんて絶対ないもんね。
そうですそうです。
ちょっと話止まんないんですけど、
ちょっとそろそろ次のセクションに入っていきたいと思います。
倉澤さんにとっては宝の人材ですね。
本当だよね。
最後の創業社長の田中さんとのお話は面白かったですけど。
そんな従業員いないですよ。
でもね、それを見抜く創業社長もすごいよね。
42:01
そう、その通りですね。
規剥だけでもプレゼン資料を30ページ用意してたのに、
それを見る前からもう行ってこいっていうね。
わかっちゃったですね。
まあこういう話ね、ちょっとまあ、
実はね、他の日本で上場してる企業さんで、
こちらに子会社で来てる、そこの代表を務めた方からもね、
そういう話が似たような話がやっぱりあって、
その人を選ぶときのやっぱ最終的なこの、
こうなんかこいつならできるっていうかね、
それを選ぶ社長さんのこのなんていうの、
人を見る力ってすごいよね、と思うね。
本当にそうですね。
知らなかった、そんなね、
撤退みたいなことになっていたっていうことも知らなかったですね。
そう、僕はまあ、うばさんからね、そんな話は聞いてて、
もう戻ってこいって言われてんだけど、
うばさんがいや、これ絶対いけますって言って、
見事に成功させてるからね、
アーバイン店は今でも大繁盛ですけど、
どこの大繁盛ですけどね。
そうですね、どこ行っても並んでるって言うんじゃないですか。
並んでるもんね、ほんとそう。
これこそまさにV字回復ですね。
そうだね、だからほんと多分もう、
日本側も多分もう東北で出店失敗してたってその時期言ってましたけど、
そういう時に、説得ができる、みんなが反対してる中で。
その自信は多分、先週からも話してるけど、
やっぱり数字とか確率とか統計のこだわりがあって、
絶対にこれいけるって、自分にそれを信じられてるってのがね、
ただの勘とかじゃなくて、
確率的にもう絶対大丈夫って思えてるのがすごいよね。
ほんとですね。
最初の新入社員として新卒で入られた時のお話とかされてたじゃないですか、
ほんとにご縁があってたまたま入って、
アメリカにもたまたま来られてって感じだったんですね。
ほんとそうですよ。
だから、うばさんが望んでアメリカやりますとかって言ったわけじゃないんだけど、
たまたまトップになっちゃって。
そこでね、でも今奥様と出会いもあったということで、
本当にラッキーというかなというか、
そういう面もあったと思うんですよ、運の強さっていうかね。
もちろん実力もある人ですけど。
45:01
面白いよね、ほんとに。
大企業の経営者になる方、代表をされている方って、
もともとそういう経営者になりたいとか、
そういうのがあってやってらっしゃることが多いんだろうなーなんて勝手に思ってたんですけど。
こういううばさんみたいなね、タイプ。
そうだね。
まあでも出世欲はあったとは思うけどね。
それかまあその稼ぎたいっていうのがね、たぶん言ってましたけど。
一応雇われている社長ではあるけれども、いわゆる雇われ社長じゃないじゃないですか。
自分で企業家としてやってらっしゃる感じですよね。
一緒だと思いますよ、それは。
USで外国でね、そんな別に英語を学んできたわけじゃないし。
本人も言ってましたけど、普通の大学出てますからね。
普通代表って言ってましたけど。
それでね、そこまでやれるのはもう創業者と言っていいと思いますけど。
すごいなあ、企業家ですね。
面白い。
まあそれでいて、こうなんか雲の上の人のような存在というよりもめちゃめちゃ身近に感じる喋り方をしてくれるんで。
そこがいいですよね。
確かに。
自分もバイトをね、長年現場でやってらっしゃったから、その人たちの気持ちもわかるし。
っていうところはやっぱり勤めてる側からして、彼の下で働く人からしてもすごくね、信頼がおける方ですね。
そうですね。
面白い。
そんなウバさんなんですけど、来週はもうちょっと仕事に対してのこだわりとかね。
ありそう。
もっともっと掘り下げておりますので。
あとはね、自分へのモチベーションの上げ方みたいなね、ウバさんなりのやり方があってね、それも面白いですけどね。
その辺の話を伺っております。
楽しみにしております。
リアルアメリカ情報。
このコーナーでは最新のビジネスで生活情報をアメリカ・ロサンゼルスよりお届けしてまいります。
ちょっと噛んだ。
やっと、やっとやっとやっと、免許証が届いたぞ。
48:07
なんか今回は割とあれじゃない?うまくいったというか、もう一回やり直ししてたもんね。
そうです。一番最初に更新の手続きをしたのが今年の4月なので、5ヶ月で届きました。
その前回はちなみに?
コロナ前に手続きをして届かなかったのでほっといた。届かなかった。
2年ぐらい待ったけど届かなかったっていう。
うん、届かなかったって感じでした。
ひどい、ひどいあれですけど。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
いやでも、なけりゃなしで不便だもんね。
不便なんですよね。見せる機会があったりとかね。
お酒買うときとかもですし。
届いたのが多分1ヶ月前くらいなので、前回の収録をした直後ぐらいに届きましたと。
なるほど。
で、やったーと思って、親とかにも写真撮って、やっと届いたよとか送って。
わーもうすごい大ごとだったわけですよ、私の中で。
大イベントだ、なるほど。
大イベントでお財布の中に入れて。
で、結婚で名前が変わったので、クレジットカードとかも全部新しい名前にしたわけですよ。
で、全部新しいクレジットカードとかも届いて、全部いろいろ新品の状況でイエーイとかなりながらお財布に入れて。
いいね、新しい生活、ニューライフが始まるぞみたいな感じですね。
ニューライフ、イエーイって。免許証が一番嬉しいってなってですね。
ある日、ショッピングに出かけたわけですよ。
で、一人で普通にお洋服を見てて、お昼、お昼だったんですけど、すごく空いているお昼だったわけですよ。
で、ちょっとお洋服を見てて試着して、試着室に入って、ちょっとカバンを置こうと思って。
ちっちゃい肩掛けバッグをしてたので、肩掛けバッグを見ましたら、チャックが空いておりまして、お財布が盗まれておりました。
それ、マジっすか。大笑いして話してますけど、マジっすか。
マジっすか。
ちょっと待って、落とした、落とした、落としたに、いや、自分って、だって肩掛けバッグってチャック絶対閉めるし、自分でもし携帯を取ったときに落としたとしても、
それはないし、自分でね、こう、なんかしたらチャック絶対閉めるから、チャックが空いてるってまずおかしいなーみたいになって。
肩掛けのこのバッグの位置はどの辺なの?腰の辺りなのか、
51:04
胸の下ぐらいなのか、前側にあったのかとか、
お尻ぐらいのところに。
後ろ側にあったのね。
後ろ側に置いてて、多分こう、すごいお洋服に集中してわーって見てたんでしょうね、私。
試着室に入ってさ、着ようかと思ったら。
着たら、あれ、お財布だけないぞってなって、
で、一応お店の人とかに聞かれるのも。
そんな、もう福永が着てる場合じゃないね。
着てる場合じゃないから、やべーってなって。
っていうか、免許届いて1週間だぞってなって。
そっちね。
そっちだぞってなって。
やっと来たぞっていうやつね。
やっと来たよ、全部クレジットカードも買えたばっかだよってなって。
で、やーべーってなったんですけど、
とりあえずクレジットカードを盗まれたってことは、すぐ止めなきゃいけない。
はいはいはい。
と思って、お店を出て、お店の外にあるソファーに座って、
こう、もう、携帯のアプリをピッと開いて、
いつもクレジットカードでいくら支払われてるかとか見れるアプリがね、
各クレジットカード会社あるので、
でも開けた瞬間にもすぐにフリーズっていうボタンがあるので、
ピッて押して、はいロック、ピッて押して、
3枚くらい持ってたのかな、アメリカのやつ。
ピッて押してロック、ピッて押してロック、ピッて押してロックって、
もう5分くらいで、
もう全部ロック。
そんなボタンあるんだね、フリーズって。
ある。
へー、知らんかった。
あとはチャットとかにね、今AIなので、ロックとか押すと、
オッケー、ロックしますか?とか出てくるから。
あ、そう。へー、知らんかった。
オッケー、ロック。
それちょっとなかなかあれですね、知っておくべき情報ですね。
非常に便利。でも本当にね、
本当に5分くらいで全てのアメリカのカードは、
ピッピッピッとロックができたわけですよ。
はいはい。
で、使ってるかどうかも一応確認できるし、
自分の携帯に金額が支払われたときは通知が来るようにしているから、
何もなかったと。
だからカードは別になくなっちゃってもね、
そういうふうにロックができると。問題ない。
あとは、日本のクレジットカードを1枚入れてたわけですよ。
あー、それはビザカード。
ビザか、マスターかビザか?そんな感じで。
こっちでも一応使えるってことね。
使えるやつ。だけど日本のみずほかどっかのやつ。
はいはい。
で、お、みずほだ。これもアメリカみたいに簡単にできるだろうと思って、
みずほを開いて、ログインするんですけど。
これちょっとね、まずログインがですね。
ログインめんどくさい。
別のカードがね、行ったりするわけですよ。別のなんかログイン用のカードが。
俺なんか実家に電話しないとログインできないから。
あー、そうそうそう。そんな状況です。
54:00
私も実家にすぐ電話して母親にちょっとこれお願いみたいなことしたんですけど。
そして見てみたら、もちろんフリーズみたいな簡単なボタンはなくてですね。
それでここの番号に問い合わせてください。
アメリカの番号はこちらですと書いてあるから。電話するじゃないですか。
アメリカの番号って10桁なんですけど、その番号なんか12桁ぐらいあって絶対につながらない番号が書いてある。
なんだそれ。え、あの8、1とかその国番号とかじゃなくて?
じゃなくて。
マジ?何それ。
国番号だったらね、1プラスじゃないですか。
プラス1。
アメリカはね、そうだね。
アメリカは。で、とかなのになんか見たことのない12桁ぐらい番号が書いてある。
あれじゃない?インドとかにつながるんじゃない?
あー、そういうことかな。
いや、知らんけど。
かもですね。でもなんか全然かけられもしなくて。
あー、確かにな。
日本の朝になるわな、そりゃ。
待って。で、親に日本の番号にかけてもらって止めてもらったんですけど。
はいはい。
またこれフリーズっていうのができなくて、なんかもうそのカードを一旦配信にしますみたいになって。
めんどくさー。
日本のやつちょっとめんどくさい。
いろいろめんどくさいよね。
してみたいな。で、まあ一応全部止められたので、何もなかったんですけど。
ちょっとまずその前にちょっと聞いておきたかったんだけど、ここで聞くべきかわかんないんだけど、店の人には聞いたの?その財布落ちてなかったっていうの。
うんうん。聞きました。
なかったんだ。
なかったけど全然。
オッケーオッケー。
アメリカじゃ出てこない。
まあ出てこないけどね。
落ちてても。
で、次の日に日本のやつを止めて。
次の日に止めて、もうクレジットカード自体は、で、もうその日のうちに全部のアメリカのクレジット会社に再発行手続きをピッピッピッボタンを押すだけなんですけど。
あー、違う番号でもう一回再発行してくれと。はいはい。
そうそう、無くしたとか盗まれたってボタンを押せば、じゃあ無料で送るねって全部ピッピッピッって送って、もう一週間経たないうちぐらいにもう全部のカード新しく来て。
で、日本のカードは使えないままで。
え、そう?
で、私の免許ちゃん、免許ちゃんはいい週間で来たのに、もう私の手元から無くなり、どうしよう、これまた時間かかるかなと。
ネタにするたびにわざとやってるように聞こえてきたけど。
いや、ほんとに。
マジで?
DMVのオンラインに行ったらですね、最近ね、DMVここ数年頑張って買いようとしているんですね。
そのウェブサイト?
ウェブサイト。
システムをね。
システムをですね。で、無くした人はこちらっていうところで、一応申し込みフォームみたいなのがあって、ウェブサイトから申し込めるって。
57:08
うん。
ほんとかよっていうとこもあるんですけど。
また半年、一年かかんじゃねえかね。
ピピピ、申し込み。一週間後に届きました。
よかったね。
そこらへんは、じゃあ進んでんだな。
そこはもうだからあれじゃない?人を返さないんだよ、ほぼ。
もう全部システムに乗っかって、はいはいはいはいって、ロボットくんが働いてくれるからスムーズに行くんじゃない?
どこかに人を返すとね、何かあちら問題が発生するからね。
そうそうそう。
え、ていうか。
マジでそれはパクられたんだ、財布。
多分そうかなとは思うんですけど。
へこむよね、割と。
おまもりちゃんが入ってたので、ちょっとおまもりちゃんがいなくなっちゃったのは、ごめんねって、ありがとう、ごめんねって感じなんですけど。
そうですか。
アメリカのクレジットカードの場合は、すっごいスムーズに何にも問題なくできたし、早かったし。
確かにね。
あとね、ひとつのところとかは、盗まれたってピーピーって押して、6かけるね、6かけるピーピーって押して、新しいカード発行するね、ピーピーって押したら、
じゃあカード発行してる間に、このiPhoneで使えるApple Pay用のデジタルのやつ、新しいの発行しとくねって言ったから、何にも隙間がなく使えました。
ほとんどね、クレジットカード社会ですからね。
ないとちょっとね、生活がしにくくなっちゃうしね。
そうそうそう。
その辺をちゃんと保証してくれてるんだね、すごいね。
ほんと何も持たなくても携帯さえあればって感じ。
ほんとそうだね、これはでも本当に日本とだけじゃないけど比べるわけじゃないけど、差が出るよね、その辺のアプリの便利さとか。
あとこの何、クレジットカード他の誰か知らないやつに使われた時にそのディスピュートってさ、意義申し立てができるじゃない。
あれも割とスムースにすぐに返金してくれるし。
返金してくれる。
あとAmazonとかのね、オーダーのリターンとかもめちゃくちゃスムーズだもんね。
そう。
ボタンほんと2クリック3クリックでもう完了みたいなね。
この便利さは日本の銀行のアプリとかにはもう真逆だよねほんとに。
1:00:04
すごい真逆。
どんだけめんどくせえんだと思うもん。
そうそうそうそう、ほんとになんか日本の使ってたら何回ログインしなきゃいけないみたいなね。
使いにくいしね、直感的にわからない。
うん。
どこに行けばいいの一体っていう。
いやーほんとに、ほんとに昨日楽天使ってて全然ね、ログインボタンさえ見つけられなかった。
わかんないもんねほんとに。
それはでもやっぱりアメリカの良さでもあるし、そのアメリカの教育水準の日本の高さでもあるんだよね。
日本は教育水準が高いからみんなそういうことがわかるんだけど、こっちはわかんない人もいるから、
パッと見てパッとわかるようにしないと、クレームが来まくるからおそらく。
だから多分ユーザーフレンドリーにならざるをえないっていうのはね。
確かに、みつさんがおっしゃる通りいろんなタイプの人がいるから、ほんとにまさにこれがユニバーサルデザインということでして。
ね、そうですね。
それはいいのか悪いのか直感でわかるようになってるから便利だなと思いますよね。
うん、すごいねそこ便利だなと思いました。
まあその分そういう釣りのような犯罪も多いという。
まあありますね。
でも初めてだったんですか?みつさんあります?経験とか。
あるよ、でもそれはね、1回かライブでもうもみくちゃにされたというかされに行ったというか、
そういうのが好きだったからぐちゃぐちゃになって暴れ回ってるライブで財布が刷られたのかなくなったのかよくわかんない。
その当時はもうソーシャルセキュリティカードをなんか財布に入れててさ、知らなかったからね。
それがなくなったのはちょっと焦ったけど、まあ別に今んとこ問題ないんですけど。
でもさわりちゃんも日本のクレジットカードなぜ入れてるんだろうと思ったけど。
ほんとね、日本のお金でたまに買うことがあって直近で。
あ、そうなんだ。
そうなんだ、たまたま入ってた。
そういう時になくすんだよね、たまたま。
選挙が届いた直後にね。
まあまあ笑い話が一つ増えてよかったですね。
って思うしかない。
勉強になりました、こういう仕組みになってるのが。
こういうふうにすぐできるんだとか、日本は複雑な。
でもだから逆に言うと日本は財布落としてもほぼ帰ってくるからね。
ロストアンドファウンドに行ったら。
そんな話いっぱい聞くよね、アメリカが日本に帰って財布なくしたけど、
駅に届いて感動みたいな話に。
素晴らしいことです。
ね、どっちがいいのか。
そうね、確かに。
1:03:00
こっち100%帰ってこねえからね。
帰ってきたとしても中身はないからね、まず。
まあね、中身はあっても、見だけでも返してると思いますけど。
そうね。
ということで、リアルアメリカ情報でした。
はい。
締めのコーナーです。質問。
はい、どうぞ。
えーと、今のリアルアメリカ情報に関連することで、
はい。
過去のなくしものって、みつさん何がありますか?大事なものとか。
大事なもの?
なくさない人ですか?
えー、なくさないっていうか、そもそももうコロナ禍以降あんまり外に出ないからね。
なくす機会をなくしたね。っていうダジャレを言ってみた。
そうかも。
いや、なに、でもこの間ね、海でね、サーフボードのフィンをなくしたね。
そう言われれば。
なくしたというか、もうもげて、取れて、探そうにもう海底だからもう。
探せない。
見つけられないっていう。
まあ、それはしょうがないか。
なんかなくしたもんあるっけな。あんま思いつかないな。
なんかあった?さわやちゃん。
この前のプールに入ってて、プールジャグジーか。家のジャグジーに入ってて。
うん。
たぶん10人ぐらい入れるジャグジーなんですけど。
え、けいなの?
けっこう大きい。10人も入れないか。まあでも入れるぐらいのジャグジーで。
で、めいこおいこちゃんたちが来てたから、水中ゴーグルを投げて遊んでたんですよ。
ジャグジーに?
ジャグジー。
あわあわの状態で?
あわあわの中で、こうやってあわあわがこうやって。
下からあわあわ出てる状態でね。それは楽しそうだけど。
ごちゃごちゃになるからどこに行ったどこに行ったみたいなのをみんな探してたんですけど。
透明のね、完全に透明の水中ゴーグル。
ポッて投げたら、中に一緒の色になるからなかなか見えづらいじゃないですか。
スペース探すの楽しそうだけどね。
で、めっちゃおいこちゃんめいこちゃんと。
ないないって。
3人でもずっと中探してて。
まあ言ってもそんなにおっきくないから、もう端から端まで探してたのに、結局消えちゃったの。
1:06:04
15分ぐらい探したけど、見つからなかった。
まあ。
どこに行ったんだろう。
翌日とか見た?翌日。
多分、排水溝のところに流れてたんじゃないかなって。
なるほどね。
おもしろいじゃん、でも。
でも海ではね、結構泣くしますよね。ゴーグルとか帽子とか。
指輪とかさ、ピアスとか時計とか、あれをピーピーって、金属探知機で探してる人。
いるいる。
いるんだよね。いっぱいいるよね。あれも結構楽しそうだけどね。
見たことあります?YouTubeの、前言ったかない。
潜水師さんたちとか、結構海底深くまで潜れる。
潜れる人たちのYouTubeで。
ボンベなしで、自分の息だけでってこと?
ボンベあり。
ありなんだ。
ダイビングか、ダイバーの人たちが金属探知機を持って、
川とか海とか海底を探すっていうのをYouTubeめっちゃ楽しいです。
何が出てくるかみたいなね。
いろいろ出てくる。
いやめっちゃ沈んでるよね。俺もフィン返してほしいもん。
まあまあたけんだよ、あれ。
え?たこ。
150ドルぐらいするんだ、フィンだけね。
たこ。
たこは1個だけ潜れてるからさ、1個あってもしょうがないからさ、どうせ2個買わないといけなくて。
そうなんだ。
誰か見っけてくんねえかなと。しばらく探してたんだけど。
結構高い。
そうそう。
久々に潜まれて、海底まで持ってかれて、ガーンって海底にぶつかって。
え!?
上がってきたらボコってフィンが取れててさ、ねえじゃんってなってさ。
え?そんな海底にぶつかるほど浅いんですか?どこですか?
まあまあ浅いよ、エルポート。サボリちゃんも一緒に入ったことあるよ。
もう恐怖のエルポート。
恐怖のエルポート。恐怖のエルポートなんですよ、もう。
鬼ダンパーが来るっていうね、ちょっと言ってもわからない人に多いと思うけど。
半分天国が見えるってことですね。
やばい奴が来るんですよ。それにタイミング超悪いとこでハマって。
あーっと思って、でも全然体はねなんともダメージなかったからね。
ほんとかーってボードとともに海面に上がってきて、でちょっとパドルしてみたら、なんか傾くぞみたいな感じで。
1:09:00
なんか変だぞみたいな。で裏っかわ見たらもう一個なかった。
あらま。
なんか安いのとか見つかるといいですけどね。
まあそうですね、探します。
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また来週お会いしましょう。
スリには気をつけてね。
じゃあね。
01:10:15

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