坊主は最強の盲徒である。誰でもできそうだけど実はできない。 父が急世してしまいまして、23歳で長なので棚掛けを支えないといけないな。
2,3年で1回10億ぐらいでブチッとできるような、まず起業しようと。
フリーナースやっていきたかったけど、確定申告嫌いすぎて正社員に戻ってやってますって言ってて、それを聞いてめちゃくちゃゾクゾクして。
これは世界を変えられるかもしれない。タックスナップ使っていただいた方の声としては、ノーベル平和賞だろうなとか。
マジで愛してるみたいな。そういうのってなかなかないっていうか。
声で届ける企業家の物語スタートアップNOW MCの大稲荷です。
本日のゲストは株式会社タックスナップ代表取締役の田中雄太さんです。
タックスナップさんは頑張らなくていい確定申告アプリタックスナップを提供されるスタートアプリして、
2026年の1月シリーズAラウンドにて総額13億円の資金調達を実施されたばかりとなります。
田中さん本日はよろしくお願いします。
ここで番組を応援いただいているスポンサーのご紹介です。
1社目は忙しいビジネスパーソンのための超伴奏型英語スクール90English。
高天的に英語を習得した日本人バイリンガルコーチが言語学をベースに徹底サポート。
僕も受講しておりまして、最近バーさんとのスピーキングスコアが少しずつ上がってきました。
2社目は決まる商談が増えるイメリオ。
問い合わせ直後や資料を読んでいるホットナブ客と画面上で商談を自動で設定。
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いつもサポートいただき本当にありがとうございます。
気になるサービスがある方は僕宛てにご連絡をいただくか、
概要欄に記載の各種サイトより直接お問い合わせください。
それでは本編に戻ります。
本日は田中さんの人生の物語とタックスナップの歩みを紐解いていきたいなと思うんですけれども、
まずはタックスナップどんな事業内容なのかというところから、1、2分くらいですかね。
簡単にご説明をお願いできますでしょうか。
タックスナップは個人事業主、フリーランス、副業、こういった個人で頑張っている方々に向けて、
会計とか確定申告のアプリを提供しております。
特徴としては、例えば丸投げ仕分け、これが1000件の経費処理、これがたった3秒で完了すると。
マジですか。最高です。
であったりとか、あとはスマホアプリだけで全て仕分けから提出まで完結する。
こういったところが一般的な会計ソフトと違うところかなと思っておりまして、
今会計アプリのランキングでも一応ナンバーワンになっております。
すごいですね。
今テレビCM絶賛放映中と。
どなたが出てるんでしたか。
たべみかこさんでして。
大好きです。
本当ですか。嬉しいです。
今電車も今2月に放映されたら、たぶんJRで流れてると、流れてるとか今貼ってあるんですけど、
ぜひ緑のこのカラーで目立つと思うので見ていただければと思います。
一回見たらたべみかこさんが本当にZoomで話してたみたいなCMですね。
そうなんですよ。
あれはちょっと心に訴えかけられるかなと。
確定申告まだ自分で頑張ってるのっていう問いかけで始まってますので、
我々頑張らなくていい確定申告アプリという。
確定申告って普通は頑張ってデスクにレシートバーっと並べて一件一件打ち込むみたいなイメージあると思うんですけど、
タックスナップの場合はカードを連携してポチッと押すと全部一気に仕分けしてくれる。
そういう全然今までと違う確定申告が体験できるんじゃないかなと思います。
個人事業主が頑張るべきところそこじゃないよねっていうところなんですか。
そうなんですよ。
本当にこういうサービス減られてるってなると多分多くの方はきっと税理士とか会計士バックグラウンドなんじゃないかなとか想像すると思うんですけど、そうではない。
全く違いますね。
なんなら僕めちゃくちゃバックオフィス苦手ですし、だからこそ作ってるみたいな感じですね。
というのをぜひ紐解いていきたいと思っておりますので、ちょっとグッと時間を遡っちゃうんですけど、田中さんのお生まれのところから紐解いていきたいなと思っていて、家庭環境とかどのあたりで生まれたのかとか、どんなふうに過ごされていたかとかそのあたりとかってどうでしょう。
僕は東京都の杉並区小木窪っていうところ出身でして、今30歳なので、95年生まれですと、普通に一般的なサラリーマンの父と母、母はもう選挙終了だったかな、の間で生まれたという感じでして、そんなにこう何か一般的な家庭だったかなと思います。
特に親御さんが起業してたとか、そういうわけではないですか?
ないですね。父はキャノンに勤めていて、本当に、なんていうんですかね、定時に行って定時に帰ってくるみたいな、普通のサラリーマンをしてたんですけど、面白いところがあるとすると、非常にアウトドアな冒険家っていうか、なんかアグレッシブな父でして、
楽園が。
本当、朝たぶん8時とかに出社するんですけど、その前に4時とかぐらい、3時、4時ぐらいに起きて、千葉の九十九里、小木窪から九十九里のほうまでアクアラインでバーって行って、サーフィン、波乗って帰ってきて出社するみたいな、そういうアクティブな人でしたし、
あとはなんか旅行とかも、なんか一人でバーって行っちゃったりとか、結構アウトドアというか、なんかすごい行動力ある人だったかもしれないですね。
それに、朝は違うにしても、旅行とかしっかりいろいろ連れてってもらうこともあれば、なんならそのアクティブな姿っていうのは、なんだか影響は受けてるものはあるかもしれない。
今、振り返ってみると、受けてるんだろうなとは思いますね。
いいですね。
あとはなんか小学校ぐらいからスポーツ、かなりサッカーをやられてらっしゃったかなと思うんですけど、そのあたりも教えてもらえますか?
そうですね。5歳ぐらいからサッカーを幼稚園中からやってましたと。
それなりに活躍ができていたので、たぶんそこで成功体験を詰めて、なんかどんどん努力するようになって、
小学校6年生のときには東京都選抜とか、あとなんかその上にナショナルトレ戦みたいなのがあって。
あれですね、ナショトレってやつね。
そうそう、よくご存じですね。
僕も一応サッカーはやってて。
僕はサッカーやってたんですけど、池手地区選抜ぐらい、しかもその中でもベンチぐらいだったんで、ナショトレマジすごいなって思ってます。
はい、っていうのがありましたね。
で、なんか一個面白い話があるとすると、僕もたまに自己分析とか好きなんでやるんですけど、
幼稚園の頃ってみんなボールに集まるんで、お団子サッカーって言われますよね。
みんなわーっと集まって、ボールと一緒に人間も移動するみたいな感じなんですけど、
相手のゴールキーパーと同じとこに立って、そのお団子には交じらず、ゴール前で、ゴール前っていうかゴールに一緒にキーパーと待って、
で、この団子から抜けて、その集団からパスをもらうんですね、最後、ゴールに向けて。
で、それ最後キックして入れるっていう形で、で、ゴール決めたら褒められるじゃないですか。
なんかいいことしたみたいな、っていうかなんか褒められるし、みたいな。
でもみんなとは違うというか、みんなと混じってるとこじゃなくて、人だけなんかこう違うとこにいて、それが褒められてるみたいななんか感覚は、
なんかその時からあったというか、なんかそこは結構原体験的な感じなんじゃないかなと僕的に思ってて、
人と違うことして褒められるみたいなのは結構好きというか、そこは原点だったんじゃないかなって結構思ってたりしてます。
サッカーはその後はどんな感じですか?結構らっつりやり続けられたんですか?
そうですね、中学の時はFC東京のジュニアユースに入って。
めっちゃすごくないですか?
いや、まあでもその中1、中2ぐらいまではほんとピークで、まあ思春期っていうのはありましたし、怪我がめっちゃ多くて、
で、身長も結構割と早熟タイプだったんで、もう身長も止まってどんどん抜かされて、で、怪我しててプレーできないみたいなので、
で、まあなんか思春期も重なってちょっとやさぐれてたりとかして、
まあそこでね、中1、中2ぐらいで、もう俺無理だと思ってサッカー選手諦めちゃいました。
あ、そうだったんですね。
はい。
まあ小学校、中学手前ぐらいまでは、もうある意味スーパースターだったわけじゃないですか。
いやいやいや。
サッカーで言えば。
サッカーっていつも地域、地域の中では。
それでまあいざユース入って、まあちょっとずつ下がっていっちゃうわけじゃないですか。
どういう感情になるんですか?
いや、つらいっすよね。やっぱアイデンティティを失う感じはやっぱあるので、
なんか、でもとはいえ、まあその、どういう、まあどの環境で企画するかじゃないですか、やっぱり。
まあね、地元ではやっぱなんかもしかしたらこうチヤホヤされるかもしれないですけど、
まあFC東京って中田と全然下の方だったりっていう。
だから、まあそのとき、えっとジュニアユースからユースにもちろん上がれなかったので、
もう1回その自分が活躍できそうな、まあちょっとこう言ったらあれなんですけど、
まあカテゴリーを下げるというか、自分でも早くから活躍してまたチヤホヤされたいなみたいな、
やっぱ活躍したいなみたいな思いあったので、
まあそれでなんか高校サッカーで、まあ早稲田実業っていうところを選んで、
まあ早稲田選んだ理由としては、まあ1つはまあ驚愕っていう、
まあ女の子いっぱいいないとしんどいじゃないですか。
まあね、恋愛したかったので。
っていうのと、まあ2つ目は人工芝なんですね。
土で汚れたくないなみたいな。
そこですか。
いやもうね、よくないんすけど、小学校のときは土でやってて、中学はもう人工芝でやっちゃってたんで、
人工芝いいっすよね、やっぱ汚れないし、まあ気持ちいいと。
で、あとはそうですね、まあ3つ目がそのなんていうんですかね、
スポーツ推薦で入れたっていうところも大きくて、
で、まあスポーツ推薦も毎年5人ぐらいしか取らないので、
まあ1年生から出れる人もいたりするみたいな感じで、
まあ幸いその1年生のときには選手権で東京都の決勝までいって、
まあ僕はベンチだったんですけど、でもまあベンチに入れてみたいな感じだったんですけど、
まあ結果的に降参の選手権でももうスタメン出ることできず、
はい、もうそのまま終わっちゃいました。
悔しいですね。
そうですね、まあそこは結構人生の中でも大きな挫折だったかなと思いますね。
1回挫折して、まあある意味ちょっとカテゴリーを下げて、ここならいけるだろうって思って、
そこでも気づいたらみたいな。
そうですね、まあなんかそこでやっと気づいたのかなと思ってて、
やっぱりなんか簡単に多責にしてたなってめっちゃ思いますね。
多責にしてたし、ほんと自分のためだけにこうサッカーやってたみたいな。
はい、まあサッカーってチームスポーツで勝つためにやると思うんですけど、
もちろん勝つことを目指すんですけど、なんかまあやっぱ自分が活躍したりとか、
まあ自分、なんていうんですかね、自分視点でしかあんまりサッカーをできてなくて、
こう連帯感を持って一つ物事を成し遂げるみたいなときに、
まあ自分とか結構自己中だったので、
なんかそういったところもやっぱり、
ここの監督とかはすごく、たぶん自分の甘さとかにもちろん気づいていただいてたと思っていて、
まあそういったところからたぶん改善しなければ、そもそも試合には出られないし、
なんかサッカーってこうプレーに出るって言うじゃないですか、
まあもちろん試合にも出れずみたいな。
で、そこでなんかやっと、もうほんと高3ぐらいでやっと、
なんかチームために頑張ろうというか、だからダメだったのかなみたいな、
なんか少しずつ気づけたきっかけをもらった感じは大きかったかもしれないですね。
サッカーはじゃあ一旦そこで終了ですか?それとも大学入ってから?
大学はサークルでやってました。
なんで、まあ好きなのでやってたんですけど、そんながっつりは部活ほどはやる、
まあプロサッカー選手にならないならないなったら、
まあ部活やる意味正直僕はないなと思っちゃったので、
まあサークル程度にして他のこといろいろやりたいなとやってました。
たぶんめちゃめちゃいろいろなことをやられてらっしゃった気がするんですけど、
例えばどういうことされてらっしゃったんですか?
例えば、僕高校の英語教師の影響で、ビートルズがめっちゃ好きになったんです。
まあビートルズを聴いて、俺もああいう音楽やりたいと思って、ギターやりたいと思ったんですね。
楽器経験、音楽経験は?
ないですないです。サッカーしかしてないです。
そうですよね。
なんで、ビートルズのサークルみたいなの入りましたね。
ビートルズのサークルがあるんですか?
あるんですよ。
そんなピンポイントだ。
入って、1年ぐらいはやめちゃったんですけど、ギター買って、ゼロからやってみたりとか。
あとは、ちっちゃい頃から海外とかは連れてってもらってたんで、
もっと自分で自由にいろいろ行って、
サッカーやってたら、週5、週6でも縛られちゃうというか、他何もあんまりできないので、
それがなくなった瞬間、何で埋めようというか、何しようかなって思ったときに、
他のことを見たいって思って、わかりやすく海外に出て、知らない世界見たいなみたいな。
バックパッカーみたいな、アジアもあったりとか。
最後のほうは、モロッコとかヨーロッパのほうとか行ったりとか。
いろいろ行ったんですけど、そういうのもしましたし。
あとバイトとかも、もちろんやったことなかったので、最初、一風堂のバイトを始めて。
それもラーメンが好きだったんですか?
いや、時効か。時効だから多分でした。
高校生のときに本当はダメなんですけど、最後のほうちょっとバイトしてやって。
高校生の時給そのとき1000円とかで、結構高かったんですよ。
確かに、すごいですね。
めっちゃきつくて、ラーメン屋。ラーメン屋めっちゃきつい。
何がきついんですか?
いや、忙しいんですよ、めっちゃ。
開店早いし、人気店。吉祥寺の一風堂だったんですけど、人気店だったんで、早いし、
どんぶりを温めた状態で提供しないといけないので、めっちゃ暑いんですよ。
これ持てんの?みたいな。でもそれ持って出さないといけないみたいなとか、
なんかそういうので、初めて出したし、めっちゃ大変でしたね。
これじゃあ気合根性バイトなんですか?
いや、ラーメン屋結構、もうめっちゃ疲れましたね、なんか毎日。
なんでそれもやってましたし、なんか大人屋の、逆にホールきついなと思ったんで、
キッチン行きてみたいなって、大人屋のキッチン。
作ってたんすか、じゃあ。
ちょっとやってましたね、とか、あとは熟講師やってました。
熟講師2年ぐらいやってたかな、エコゼミナルで熟講師やったりとか。
他はどんなバイトとかしてたんすか?
あと、測量のバイトとかしましたね。
測量ってなんすか?
測量って、地点を測る三角だったり四角のこう丸いのがあると思う。
なんかたまに浮かけますね。
あそこに三脚みたいなの立てて、こうやって覗いてる人いるんすよ。
何してるんすか、あれは。
地形が変わってないかとかを定期的に確か測る必要があって、
それがそうなんすよ、なんかけっこう大変っていうか。
バイトはそんな感じですかね。
あと留学行きましたね。
大学3年生で高官留学で、オレゴン州のポートランドっていうとこあって、
そこに10ヶ月ぐらい、約1年で行って、
ほんとにそこまで英語できなかったんですけど、
やっぱ行かないと英語このままできないなと思ったんで、
とりあえず行くことにして、
現地ついても、日本人もけっこういたんすけど、
絶対日本語しゃべんねえと思って。
でも、しゃべっちゃうんすよね、日本人同士でつるんじゃうっていうか。
相当、避けない限りはそうなっちゃうんですよね。
そうなっちゃうんですけど、
それ来た意味ないじゃんと思って、
できるだけ日本語使わず、
現地の人と英語でしゃべるようにしようと。
あと何ですか。
もちろん、やっぱり大学生になったので、
女性の方とお付き合いしたりとか、
サッカーしかしてなかったって、
その分いろいろね、余裕がでたんで、
そういうこともね、楽しめるようになったかなと思います。
さっきの高校生のときの、
すなじゃなくてしばを選び、教学を選びってエピソードもそうですし、
あとなんかノート拝見してたら、
別に昔から、大学生とかもうずっと坊主ってわけじゃないんすよね。
ずっとじゃないですね。
むしろそっち。
もう坊主嫌でしたからね。
そうですよね。
坊主は高校のときね、連帯でなったりとかしてたんですけど、
マジかよって思ってたかな。
ちなみに今は何でずっと坊主ですか。
いいとこっすね。
これね、僕もいつかノート書こうかなと思ったんですけど。
坊主ノートですか?
坊主ノート。
なんで坊主なのか。
坊主は最強のモートであるっていうノートを書こうかなと思ったんですけど。
なんでモートなんですか?参入障壁的な?
誰でもできるじゃないですか、これ。
でもやんないんすよね、ほとんどの人。
なんでだと思います。
恥ずかしいから。
そうなんです。
それなんですよね。
やっぱ一番恥ずかしいとか、かっこつけたいとかあるじゃないですか。
それさえ捨てたら、めちゃくちゃ合理的というか。
どういうことですか?
簡単に言うと、まず目立つじゃないですか。
間違いないですね。
覚えてもらうし、僕は結構、これキャラクターもあると思うんですけど、
すごく率直でオープンな人間だと思ってるので、
自分の性格を表すスタイルに合ってますし、
やっぱ髪の毛を切りに行く時間もいらないですし、
コストもかかんないですし、
もう今全部自分で、昨日もバリカンでやってるんですけど。
どれぐらいメンテしてるもんなんですか?
でも2週間に1回とか。
伸びてきちゃうとちょっと違うんですね。
こういうメディアに出るときは、でも1週間に1回ぐらいですね。
誰でもできそうだけど、実はできないというか。
そこって自分自身のメンタルブロックじゃないかもしれないですけど、
もちろん別に、みんなが坊主になりたいと思ってるわけではないと思うんですけど、
かっこつけたいっていうのは僕もうないんで、
それは結婚できてるからなんですけど、
ですし、パートナーが認めてくれているからなんですけど、
そこさえ、かっこつけたいって結構、
それなりにお金かかったり、
常に気にしないといけないって、
このマインドリソースを取られるのも、
非常にもったいないというか、
僕はそれを捨てられるのは捨てたい、捨てられる状態だったんで、
このようにして、
結果的にいろんな副次的効果を得られて、
みんなできないし、めっちゃいいなみたいな、
でもこれで落ち着きました。
もっと深掘りたいですけど、やめときますね。
これで一本できちゃうね。
ボーズノート。
ボーズノート書きたいですね。
いつか更新されるのもあってます。
就活といえば、一社目は次元に入られてますけど、
これはどういう意識でやったんですか?
理由としては、
20代でプロサッカークラブの経営者になるっていう目標を掲げたんですよ。
どこから来たんですか、それは。
それは、さかのぼると、もともとプロサッカー選手になりたくて、
僕は、特にチャンピオンズリーグっていう、
今だったらちょっと分かんないんですけど、
僕はワールドカップよりも憧れてる場所があって、
そこでピッチでチャンピオンズリーグのアンセムを聞きたいっていう目標があったんですけど、
それがプレイヤーとしては無理だなと思ったので、
ビジネスというか、経営者としていきたいなっていう目標に変わったんですね。
それをせっかくだったら、30代、40代になしときたいので、
まずはプロサッカークラブの経営者、どこでもいいけど、
早いうちになることが近道なんじゃないかと、
そのときは思ったんですね。
なんで、期限決めないとズルでいっちゃうんで、
期限決めるっていう感じで20代っていう設定にして、
そのために何が必要なんだっけみたいな考えたときに、
とにかく成長の機会と回転数段みたいなのをなんとなく確か思った記憶がありました。
だから、若いうちからどの事業だったり経営に近いところでチャレンジできる回数がおけば多いほど、
そこの目標に近づけるんじゃないかと、そのときは確か思ったんですね。
そう思ったときに企業とか、自分自身でも企業しちゃうみたいなのもあったんですけど、
正直全然自信もなかったし、何したらいいかもないし、分かんなかったし、アイディアもなかったんで、
ちょっとそれは難しいなと思って、
じゃあ、どういう環境に行けばいいかなと思ったときに、
自分、環境が大事だと思ったんですね。
それは過去のサッカーの経験から、やっぱりFC東京もそうなんですけど、
そういう、自分は結局下の方だったと思うんですけど、
強いやつらとか上手いやつら、レベルが高い環境を見おいて、
パッとちょっと外に出て自分で帰ってみると、めちゃくちゃみんなの速度はゆっくりに見えたりとか、
当たり前の基準が上がってるんで、自分のレベルも勝手に上がっててみたいな現象があって、
とにかくレベルの高いやったりとか、そういう切磋琢磨できる環境に身を置くことが大事だと思いました。
なので、そういう環境どこかなみたいなのを持ったときに、ベンチャーとかスタートアップかなと思っていて、
その中で事業家集団みたいな歌われていた次元さんが、
僕がそのときリーチしたりとか認知している中では一番魅力的だったというところで、
運良く採用もしてもらえたので、入社したという経緯ですかね。
それはすぐ活躍できたのかとか、実際どうだったのかっていうのはどうですか?
全然ダメでした。
ダメでした?
最初半年とかはひどい有様で、目も合っていられないくらい、泣かず飛ばずみたいな、
結構ボロクソ言われてたというか、自分でもそう思いますし、
変に勘違いしてたというか、まだまだ多色思考であったりしたっていうのは今振り返ると思います。
なので、半年間全く営業成績も出ず、新規事業の営業みたいな配属されて、
しかも営業が自分一人だけで、基準が分かんなかったんですよ。
リーダー的な人が隣にいて、ずっと手取り足取り教えてくれる環境でなかったので、
自分がダメなのか、こう言ったらいいですか、事業がダメなのかも分かんなくて、
で、事業の補正にしてたみたいな感じでしたね。
変わっていくことはできたんですか?
そうですね。結果、1年目の後半戦はそこから巻き返して、
一応そのときだったら全社初の営業成績とかで全社表彰をしていただいたり。
急に、すごいですね、短期間で。
そうですね。もちろんいろいろ裏で用意書をしていただいたりしていると思うんですけど。
なんですけど、変われたきっかけは一つは、組織体制を変更してくれて、
自分、既存事業と新規事業があって、新規事業一人だったんですけど、既存事業の営業は5、6人ぐらいいて、
そっちと一緒に既存も新規も両方一緒に売れるようにしようみたいな。
チームができたみたいなので、自分の基準であったり、自分のいけないところがよく分かるようになったみたいな。
大きかったですと。
で、もう1個はこれが成果に直結してか分かんないんですけど、
ちょうど1年目の夏ぐらいに父が急世してしまいまして、
53?51?とか、それぐらい?51かな?だったと思うんですけど。
あんなに健康的でアクティブだった?
そうなんですよ、もう。
一番長生きしそうだと思ったって、父の友人は言ってましたね、みんな。
それぐらいめちゃくちゃ動き回る人間だったんですけど、
当たっても、雲まっか出血っていうので倒れて、そのまま息を引き取ったんですけど、
それで僕が長男、23歳で長男で、母も専業種、専業種ってパートで、
妹もちょっと障害があったりして、自分が棚掛けを支えないといけないなみたいな。
そういう出来事もあって、覚悟が芽生えたとかも、もしかしてあったかもしれないですね。
めっちゃ大変じゃないですか、どうしていくんですかって。
そうっすね、でも大変ではあったかもしれないんですけど、
あんまりネガティブな思いでなくて、22年7月か、確か7月23日とかだったと思うんですけど、
僕はSUMOさんみたいなメディアを不動産会社に対して営業して、
物件掲載しませんか?みたいな、不動産会社やってたんですね。
それで、たなしに向かってる途中で、メッセージに気づいて、
親父が倒れたみたいな、母からLINEを見て、
そっから結構大事なアポだったんですけど、さすがにやばいなと思って、
全部キャンセルのお断り入れて、急いでそのまま川崎に1時間、もっとかな、かけて戻ったというか、行ったんですけど、
そのあいだ、電車のあいだに、自分でもわかんない、なぜか、それすごいなと思うんですけど、
結構ワーストケースのこととか考えてて、
てんぱってとかじゃなくて、
そうなんですよね、まじか、ってことは、このまま親父がなくなったら、自分が長男で、
そうなったら、母と妹、養うって言ったらあれですけど、支えないといけないとか、
でも自分の夢はチャレンジしたい、どうやったら両方実現できるかなみたいな、
みたいなのを結構、めちゃくちゃシナリオをなぜか考えてて、
で、そのとになっちゃったんですけど、
なんで、結構そのとき、自分でもびっくりしましたし、
でも、そうなるかもしれないって思ったからこそ、そんなにあわてず、
もちろん、たまに寂しくなったりとか、悲しくなったりして、泣くこともあるんですけど、
でも、それがあったからこそ、実は、家をたてかえてアパートにして、不動所得にして、
それで、母も妹もちゃんと新築の家に住みつつ、不動産収入がある状態につくって、
それで安定基盤ができたので、僕はそういう坂の経営者とか、今の事業に集中できてるみたいな、
環境作れたりみたいな、自分が長男で、父から譲り受けた遺産であったりとか、
権限って言ったらあれなんですけど、意思決定者みたいな長男で実質なったので、
そういう機会であったりとか、経験を与えてくれたのは、あの出来事があったからだと思っているので、
すごく感謝しているというか、そんなあんまりネガティブな思いではないんですよね。
本当に一家を立て直すというか、本来は事業じゃないですけど、そういうのに近しいオーナーシップを持って経験にはなったってことなんですね。
そうですね。
じゃあ、ことキャリアの話に戻ると、これ次転職されてVCに行ってますよね。
よくあるというか、
1回探索期間を設けながら起業するって、
ある選択肢だと思うんですけど、
結構な確率で、
なんだかんだ普通にフリーランスになっていくとか、
気づいたらその会社に振り込みしてたとか、
ある気がするんですけど、
そういうふうにはならなかったんですか?
確かにですね、ならなかったですね。
それは、その中でも期限決めてたというか、
辞めてからは最初、
なんだっけな、
ビパッサナー瞑想とか行ったんですよ。
そっちの道に行ったんですね。
わかりますよ。
結構最上位の瞑想のあれですね。
ビパッサナー瞑想はぜひ皆さん、
人生で一度行ってほしいんですけど、
10日間、誰とも目を合わせず喋らず、
1日10時間、12時間ぐらい、
ひたすら座って瞑想し続けるっていう、
10日間ですよ。
やばいですね。
朝4時から9時ぐらいまでやる。
3食以外はほぼ瞑想してるみたい。
頭おかしくなるりそうになるんですけど。
でもそれをやったりとか、
興味あったんですよ。
自分と向き合うみたいなのやったりとか。
そういう時間ができるからこそやれること。
旅行も行ったりしましたし。
そうやってたんですけど、
そのままだとずるずるいっちゃうんで、
その1年の中でも、
10月、6月に辞めたんですけど、
10月ぐらいからちゃんとリサーチをして、
1週間に7個ぐらいはアイデアを考えて、
それでやれるかどうかを検証してみようとか。
そういうちょっとギアを変えた。
ギアを変えるタイミングをちゃんと設定してたことによって、
できたのかなって思いますね。
結果的にタックスナップの着想、
現体験はどういうところから来たんですか?
現体験は簡単に言うと、
僕がVC時代に知り合っていた、
同じ世代のキャピタリストの方々から、
海外スタートアップの事例を色々聞いてたんですね。
背景としては、
最初から実はグローバルスタートアップを作ろうと思ってたんですよ。
やっぱりイスラエルを見てると、
イスラエルって時刻がめちゃくちゃちっちゃいので、
アメリカかヨーロッパ、基本アメリカなんですね。
アメリカにゴートゥーマーケット行くしかないので、
アメリカに行くってなると、
例えば日本と、
確定申告でも日本とアメリカは全然タムというか、
マーケットサイズ違くて、
同じことをやらせても、市場がでかいからその分バリエーション上がるみたいな。
この差って何なんだろうなというか、
言語の差とかに近いと思うんですけど、
そういうのを見た時に、
どうせやるんだったらグローバルでやった方が絶対いいじゃんみたいな。
そこの抵抗感もなくなってたのに思ってたんですけど、
いざやろうと思うと、なかなか、
いきなり大きなユニコーンとかデカコーンとか作ろうと思うと、
慎重になるというか、
アイディアでやったりとか、
方向性もだいぶちゃんと定めないと、
なんていうんですかね、いけないなと思ってたんで、
そうするとこれいつまでたってもまた起業できないなみたいなループにはまりそうだったんで、
ちょっと方向性を変えて、
2、3年で1回10億ぐらいでグジットできるような、
事業、まず起業しようと。
起業経験を積むと。
そうなると2、3年で10億でグジットできると考えると、
基本的に研究開発とか、
ハードウェアだとかなりサイクルが遅くなっちゃうので、
ソフトウェアで短期で立ち上げられるものがいいなと。
ソフトウェアで絞って、かつグローバルじゃなくても、
10億ぐらいだったら国内で、
自分の地乗りとか出身も活かしてやるほうが絶対いいよねということで、
国内でソフトウェアのスタートアップをやろうと決めたと。
そうするとあんまりこだわりというか、
輸入すればいいじゃんくらい思ってたんで、
海外のうちでスタートアップを見てたんですね。
その中で、いろいろ考えてたんですけど、
あるスタートアップがあって、
スワイプで仕分けができるみたいなのがあったんですよ。
あったんですね。
あったんですよ。
それがLilyっていうアメリカのスタートアップで、
Z世代向けのネオバンキングみたいなのをやってる会社なんですけど、
それにそのとき成長されていたんで、
それ見たときにちょっとピンときて、
というのも自分が6月に辞めて、
フリーランスになったときに、
最初に役所に年金と保険とか切り替えに行ったりするじゃないですか。
そうしますね。
ああいうのめっちゃ苦手なんですよ。
めっちゃめんどくさいですよね。
全然わかんないじゃないですか。
知らないし、
どういう構造になってるのかもわかんないし、
わかりづらいく見えるじゃないですか。
っていうのがあって。
で、各地申告も不動産所得あったので、
ずっとやってたりして、
そういうのめっちゃ苦手なんで、
僕はもう全日産丸投げしてたんですけど、
でもこれ自分でさらにやらない、
さらにというか事業所得もあるので、
入ることになるのでやらないといけないとか。
あと一番つらかったというか、
それは結構おっきな出来事だったんですけど、
僕がフィリピンに不動産投資をちょっとしてて、
ローン組もうと思ったんですけど、
落ちちゃったりとかして、
そんな大した金額じゃないじゃないですか、
1000万以下って、
普通の日本の住宅のような。
なんですけど、余震落ちたりして、
これはフリーランスだからのか、
みたいなことなんですよ。
不動産所得もあって、
そういうふうに安定してると思うんですけど、
ちょっとわかんないですよ、
もちろん答えとか教えてくれないですけど、
フリーランス、
いろいろ確定申告とか保険の話とか、
余震の話とかあって、
めっちゃ行きづらいなと思ったんですよね。
フリーランスってそもそも、
僕も自由に好きなときに好きに稼げるの、
めっちゃいいじゃないですか。
自分で全部選べるみたいな。
それが思って、
しかも自分の、
僕は全職のつながりのスタートアップの
事業支援とかいろいろやってた。
それで業務委託させてもらってたんですけど、
好きなことで仕事できる。
それだけやればいいって勘違いしてたんですけど、
蓋開けてみると、
もちろん仕事の核とかわかりますけど、
そういう保険、
バックオフィスですよね、
簡単に言うと。
バックオフィスも全部自分でやらないといけない。
得意じゃないことも、
ある意味一人社長みたいなもんなんで、
やらないといけないみたいなのが、
自分自身も嫌でしたし、
とにかく自分のやりたいとか、
一番バリエーションを出せるところに
集中させてほしいって思ったんですね。
その思いを持ちながらリリーを見たときに、
これだったら確定申告がめちゃくちゃ楽にできるんじゃないか、
みたいな思ったのと、
あとはこういう確定申告だけじゃなくて、
本業に集中できるような、
特にバックオフィスの周りって苦手な方多いと思うんですけど、
そういうところをまるっと巻き取れれば、
日本の個人事業主の方とか、
フリーランスの方が、
自分のもっと好きなこととか得意なことに集中できる、
時間も余裕も増えて、
そうすると結果的にクライアントさんもハッピーになるじゃないですか、
そうすると日本全体よくなるじゃん、みたいな。
こうあるべきだよな、みたいな思いが増してったっていう感じですかね。
先行となるようなプロダクトの成功事例もあり、
実際につらかったっていう現代意見もあり、
それが良くなったら社会こうなるんじゃないかってビジュも見えたわけじゃないですか。
とはいえ、この2つ目の現代意見、
田中さんご自身も確定申告苦手だったわけじゃないですか。
これを事業化するって結構ヘビーじゃないですか。
そうですね。
どうだったんだろうな。
でもそんなにヘビー。
僕はエンジニアじゃないので、
なんていうんですかね、
そこの技術的なところとかは、
なんていうんですかね、ヘビーに僕自身が直接感じたことはないんですけど、
どちらかというと、僕はリリーを見てみたときに、
2、3週間で60人ぐらいに、
多分そのときにもしかしたらお話させてもらったかもしれないですけど。
そうなんですよね。
個人事業主やられたときにね。
当初のタックスマップのヒアリングを受けたことがある。
そうなんですよ、そのときから。
2、3年越しの縁だった。
そうなんですよ。
それでガーッとインタビューしたときに、
簡単にキャンバーでスワイプで仕掛けできるみたいなモックを作って持ってたら、
めちゃくちゃ反応良くて、
お手解決ソフトさんがいるので、
いって解決されてる市場かなと思ったんですけど、
全然まだまだペイン残ってんじゃん、現場ではみたいな。
なったときびっくりしましたもんね。
その会計ソフト僕も使えばいけるんだろうと思ったら、
え、なんか会計ソフトだけどアナログじゃない?みたいな。
結局めっちゃ知識も必要だし、
学習コストは必要できつって思ってました。
そうなんですよ。
そういうところのイメージと現実のギャップを、
実際インタビューして感じたんですね。
特に印象に残ってるのが、
どこだっけな、鹿児島とかに住まってる40代女性だったと思うんですけど、
その時その人はもう正社員、
もう正社員戻ってる状況でしてる。
というのは、フリーランスやってて、
フリーランスやっていきたかったけど、
拡張振興嫌いすぎて正社員戻ってやってますっていう人で、
すごいそれを聞いてめちゃくちゃゾクゾクして、
これ、いや、何ですかね、
これチャンスだというか、何なんだろうな、
これは世界を変えられるかもしれないみたいなことなんですよね。
で、そのスワイプを見せて、
これなら私でも戻れる、戻れるというか、
フリーランス受けられたかも、みたいに言ってくれて、
お世辞だったかもしれないですけど、
その言葉とかめちゃくちゃ覚えてますね。
それでこれならいけるって思っても起業したって感じですね。
短期間でシリーズAにまで来て、
もしくもウィルさんがリードで2桁億円で調達してって、
相当な事業成長のスピードだと思うんですけど、
でも結構順調に立ち上がっていったって感じですか、事業は。
もちろん試行錯誤はめちゃくちゃしてるんで、
大きな目線で見たら一般的には、
早いスピードで成長できてるかなと思うんですけど、
もちろん中を見るといろんな失敗もやっぱりあったりとかしている中で、
大局というか大きな一年単位とかで見ると、
順調に成長できてるんじゃないかなっていう感じですかね、評価としては。
そこがうまくいってる事業成長のキードライバーというか、
例えばまさにPMFとかしてきたから今だと思うんですけど、
そこを手応えを感じた瞬間しかり、何があったのかっていうとどんな感じですか。
24年の10月ぐらいに新しくプランを出したんですね。
それがPMFの主要因だったかなと思ってました。
簡単に言うと安心プランっていうのを作ったんですけど、
それが年間3万円ぐらいで全部使えるんですけど、
何が出てるか。
めちゃめちゃ安いですね。
ありがとうございます。
ただ一般的な会計ソフトと比べると、もしかしたらちょっと高いって感じる方もいるかもしれません。
1、2万とかであるっちゃいますよね。
できるところもあるんですけど、
われわれ会計ソフトではあると思うんですけど、
一番確定申告で楽な状態というか、達成したいゴール、
どういう状態が理想なんだろうみたいなのを24年夏ぐらい考え直したんですね。
その時に行き着いたのが、
税率算で全部丸投げできたら最高だよねっていう。
最高ですね。
でも高いじゃんみたいな。
高いですね。
あとちょっとコミュニケーションちょっとめんどくさいみたいな。
そこら辺、税率算に丸投げしたいけど、
それが安くなって、しかもなんかもっとリアルタイムで自分の思い通りに動かせるみたいな。
簡単かつ安心が大事だよねみたいな。
シンプルに言うと、その2つが大事っていうところに気づいて、
じゃあそれを実現する、
それをアプリで、税率算をアプリで実現できたらいいんじゃないかという問いというか、
僕らは真なる課題みたいに言ってたりするんですけど、
そういうのに行き着いた時に、
安心プランっていうのが、
税率算にレシートを郵送して全部仕分けしてもらったりすると思うんですけど、
普通のあります。
それをアプリで実現するために丸投げ仕分けっていう機能を作って、
カードを連携すると、経費かどうかもそうですし、感情科目もどうかっていうのを、
全部、ほんと税率算丸投げしてるからに、
バーっともう選権が3秒ぐらいで仕分けしてくれる。
っていう機能を作ったりとか、
それも税率算監修、税率監修のAIによって仕分けてくるので、
かなり9割以上の制度で正しく仕分けしてくれたりとか。
実質、税率算がやってるのに近い制度でというか。
あとは、もう一つが税務調査リスクチェックっていうのがあって、
税率算頼むもう一つの理由としては、
安心する、お守りみたいな感じですか。
税率算を出してくれると反抗してくれるんですけど、
それは解決することはできないんですけど、
税率算がどのような観点で、ちょっとこれは経費じゃないですねとか、
危ないですよみたいな、コントロールしてるかっていうところを、
可視化したり言語化して、
それを分かりやすくユーザーさんに伝えてあげるっていう機能ですね。
それがもうアプリでいつでもリアルタイム見られるようにした。
これが入ってる安心プランっていうのを出して、
これがうまくはまったというか。
全体の半分以上の方が安心プランを選んでいただいて、
25年の2月、3月ぐらいに、
その確定申告の時期に、
我々の規模感ですけど、
削減10倍ぐらいユーザー数を伸ばすことができて、
数値的にもそうなんですけど、
一番PMFを感じた瞬間はTwitterでの声で、
本当に面白いというか、
全然PRとかは特にしてないですけど、
確定申告ってめちゃくちゃストレスなんで、
その分解決できるようにめちゃくちゃ皆さん反動で喜んでくれて感謝されるんですよ、めちゃくちゃ。
爽快感。やっと終わったみたいな。
なんならちょっと自慢したいじゃないけど、誰かに伝えたいみたいな。
だからそれでTagSnapで、
本当に使っていただいた方の声としては、
これノーベル平和賞だろうみたいな。
名言ですね。
あとはスマホから、
ガラ系からiPhoneぐらい概念変わったみたいな。
めっちゃ嬉しいじゃないですか。
マジで愛してるみたいな。
ありがとうございますみたいな。
そういうのってなかなかないというか、
これは本当にいいプロダクト作ってるな俺らっていうのは、
本当にユーザーさんに気づかせていただいたっていう。
そこが結構確信に近くて、
一応スタートアップ的には定量的にもそういうデータを抑えたいので、
NPSとかでアンケート取ったりして、
それも結構高い数値が出せて、
訂正定量ともにこれPMFしたと言えるんじゃないかなっていう状態に、
25年3月ぐらいになってた感じですかね。
TagSnapの今後の展望と言いますか、
これは確定申告アプリというものだけでめちゃめちゃマーケットがあって、
それこそ海外にも行けるみたいな話なのか、
もうちょっと別の軸足のずらし方をして大きな市場を取りに行くのかとかでいくと、
今後どんな感じになっていくんですか。
そうですね、ちょっとまだまだ未確定な部分多いんですけども、
我々はもともと僕が思っている通り、
個人事業主、確定申告だけじゃなくて、
仕事を獲得したりとかするところから、
請求業務もそうですし、契約業務とかもそうですし、
入金管理もそうですし、
あと収支のキャッシュフローの管理とか、
そういう確定申告だけじゃなくて、
いろんなマックオフィスも含めた、
フロントも含めた課題とか業務があると思うので、
そういったところをまるっと、
我々がインフラのような形でアプリで、
アプリなのかサービスなのかわかんないですけど、
全て解決して、本業に集中できる、
個人事業主のためのインフラを作りたい、
っていうのは間違いなくあるかなと思います。
なので、そのために必要なことはやっていくという感じですかね。
結構広がりも見えてきて、楽しみなフェーズになってきそうですね。
あと個人事業主になるのは、
田中さんが、経営者っていろんなタイプがいるなと思って、
田中さんはどんなタイプというか、
どういう思想を大切にしているとか、
もしそういうのがあったら教えてもらえませんか。
そうですね。
どういう思想か。
でも本当に、
なんていうんですかね。
プロダクトとかサービスでいくと、