2026-01-24 1:12:46

Vol.383 安斎佳美(代表 / J1ビザコンサルタント)3/4

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やるべきことをやる。それ以上でもそれ以下でもないのだが、それが難しいのはなぜだろう。やるべきことの判断基準や動機、見える未来がその動力源になる。そこもっかい考えようぜって自分に問う金曜の板倉です、こんにちは。

「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、96人目のインタビュー。
千葉県松戸市生まれ。幼い頃から「自分のことは自分でやる」環境で育ち、現実的に物事を捉える子どもだったそう。自立心の強いお姉さん気質な彼女は、亜細亜大学在学中のアイダホ留学をきっかけに世界が大きく広がり「いつか自分の力で海外に出る」と決意。社会人として3年間働き資金を貯め、オーストラリアへ単身留学。語学学校とコミュニティカレッジを修了するも、日本とはあまりに違うスローな生活に戸惑い、帰国を選ぶ。複数社での勤務後、今の活動につながるJ1ビザインターン事業の立ち上げに携わる。自身の渡米を求められる状況となり、結婚を考えるパートナーとの遠距離恋愛へ。幾度もの選択を重ねた末、ロサンゼルスへ拠点を移しグリーンカード取得という大きな転機を迎える。
その後、42歳での起業、J1ビザコンサルタントとして1000人以上の挑戦を支えてきた。すべての決断は自分で選んだ最良のもの。そして「あなたには選択肢がたくさんあるよ」と優しい眼差しで語ってくれました。そんな安斎さんの、背中をそっと押してくれるような頼もしく力強い情熱ものがたり。

日本人にもっと海外に出て活躍して欲しい!って思う海外在住者って本当にたくさんいるんだろうなって思う。でも、それを日本の人にどう伝えるかが難しく、それこそが挑戦すべきところなのかなって改めて感じました。

投稿 Vol.383 安斎佳美(代表 / J1ビザコンサルタント)3/41%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

サマリー

J1ビザコンサルタントの安斎佳美氏が、アメリカでの起業の経緯や自身のビジネス哲学について語っています。彼女は独立するきっかけや、集客の難しさを通じて得た教訓、ポッドキャストやYouTubeでの情報発信の経験を共有しています。 J1ビザコンサルタントとしての経験を通じて、アメリカでの仕事の魅力やクライアントの声に触れ、継続することの重要性や自身の成り立ちについて説明しています。彼女のルーツは独立心やコミュニケーション能力の育成に深く関わっており、その背景には家族の影響が見え隠れしています。 また、起業後の挑戦やビザ関連の問題についても語っています。特にビザが却下された際の心情や精神的なプレッシャー、そして日本人の海外での活躍を支えるモチベーションについて深く掘り下げています。安斎佳美氏はフリーアナウンサーとしての経験や起業の挑戦についても触れ、特にスポーツ事業やアメリカの教育システムの違いについて言及し、ビジネスやコミュニティへの信念を共有しています。 さらに、教育環境におけるプレゼンテーションの重要性や、意見を述べることに対する文化的な違いについて探っています。特にアメリカでの発表の場では、自分の意見を表現することが重視されており、日本との対比を通じてその利点や課題に迫っています。安斎佳美氏がJ1ビザのコンサルティングについての知識を共有し、挑戦する人々を応援しています。

00:01
1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や企業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱に迫ります。
そうなんだね。
はい。
じゃあ成人式も終わり、また九州のほうのヤンキーが活躍したのかな。
イメージありますね。
毎回なんかあれは楽しそうだなと思うけど。
ダンジョンに登っておろされるやつですね。
いいよね。楽しそうでね。
今日何の話をしようかと思っていたかというと、
ロサンゼルスに、彼25年くらい前に来てるんですけど、蚊がいなかったんですよね、昔は。
モスキートね。
モスキートね。
モスキートの話なんか気にしてたな。
何を話そうと思ったんだか忘れちゃったな。
蚊がいなかった。
そう、いなかって20年前とかはね。
なんだけど最近ちらほら見て、この一週間、クリスマス、今これ収録してるのは年末ですけど、
クリスマスに一週間くらい雨降ってストームが来て、そっからなんか蚊がやたらいるんですよ。
でもね、日本の蚊のように、しゅんびんな動きをせずに、なんかふわーんって飛んで、バシってやったら、そこで殺されちゃうんで。
能力の劣った蚊が、太陽発生まではいかないけど、たくさん飛んでて、大丈夫かなって心配になって。
それは刺されるんですか?
いや、だからそいつが刺す前にもう余裕で殺されちゃうから、まだ刺したところを見たことがない。
けど、ルックスは蚊なんだよね。
飛び方がね、異様に遅いんだよね。
へー。
ちなみにサンフランシスコは見る?
見たことないです。
だよね。
俺も普段は見ないんですけどね。
そうですよね。蚊、アメリカってどっかにはいるかもしれないけど、いるんだ蚊。
でも普段は見ないよ。雨が降ると、たぶん出てくるんだろうね。
蚊はね、水辺に。
それって蚊じゃねえのか、もしかして。
え、でも蚊の幼虫って水辺に、水の中にいるじゃないですか。
そうだよね、たぶんね。
なんか水辺って、蚊はいっぱいいるイメージだけど。
水溜りで卵産むのか知らんけど、そうだよね、きっと。
いやー、なんかそれがもうなんかね。
嫌ですね。
嫌なんだよね。
こいつらの能力がどんどん上がってきてさ、日本の蚊みたいにシュンシュンシュンって、殺せなくなったらさ、本当に嫌なんだけど。
嫌ですよね。
イメージないですけどね。
そう。
湿気がある地域にいるイメージだから。
え、でも日本の冬はいないんだっけ?
いないです、夏ですよ。
夏だけか、そこそこ。
まあ、そんなよた話でございました。
本編に行きましょう。
それでは本編に行きますか。
はい。
毎回一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしています。
1%の情熱物語。
起業のきっかけ
今回はインフィニティ・ウィズ代表、J1ビザコンサルタントの安西義美さんにお話を伺っています。
今回3回目のエピソードです。
はい、えっと、なので、先週がね、おいたちからなぜアメリカに来たのか、そして結婚とキャリアみたいなね、深い話になりましたけども、
今回は仕事の掘り下げ、哲学、モチベーションとかね、その辺を伺っております。
はい、それではお聞きください。
はい、ということでですね、今からじゃあちょっと仕事の掘り下げの前にちょっと先週の続きで、
残りで、残りというか、アメリカに入住するぞと決意をして、結婚も考えてた彼ともお別れし、
第2の人生じゃないけども、ステージが変わったっていうところまで話聞いてたんですけど、
そこから独立企業をね、今されてらっしゃるわけですけど、その経緯をちょっと伺ってください。
そうですね、その経緯は、グリーンカードが取れまして、そこから3年くらい働いてたのかな、その会社に。
で、ちょうどそこの社長がもうリタイアするって言って、オーナーが変わりますっていう状況になったわけですよね。
で、新しいオーナーになりました、社長が新しく変わりました。
そうなると、やっぱり会社の中のカルチャーというか雰囲気も変わってきますよね、社長が。
もちろんね。
それもあるし、あと方向性も変わってきたりするので、その方向性がやっぱり私がやりたいと思ってた方向性と、
私やっぱりJ1ビザにどっちかというと特化したプログラムというか、そっちをすごくやりたいという意識が強かったから、
新しいオーナーたちはそうじゃない方向性っていうのがあって、
ちょっとここでやり続けるのは、私も自分もストレスになってくるなっていうのもあったり、
そこでやめようかなって思ったけど、その時に他の会社に転職するっていう方向性もあったんだけど、
起業してみればって誰かに言われたんですよね、その時に。
で、起業できるのかなと思って。
そこの時点でそういう考えが生まれたっていうか。
その時はもうちょっと方向性が違うなっていう考えだけだったんだけど、
それだったら起業したらって言われることを周りの人から言われて、
そういう選択肢もあるのか。で、できるよって言われたから、じゃあできるのかな。
で、やったことがある人が起業してる子が周りに結構アメリカって多かったから、
そういう人たちがやっぱり教えてくれたりっていうのもあったら、できるのかなみたいな。
で、同じような仕事を転職するって言ってもJ1ビザの会社ってそんなにないから。
だから転職するんだったらちょっと違うことやらないといけないかなっていうことも考えた時に、
じゃあ一回起業してみるかっていうので起業したんだよね、そのタイミングで。
オーナーさんが変わってどれくらい経った?
集客とビジネスの実感
オーナーが変わって1年ちょっと経ったくらいかな。
1年くらいかな、ちょうど変わってからのタイミングで。
それがでも何歳ぐらいの頃なんだろう。
年齢も関係してる。
それは私が42だったかなの時で、
その起業のタイミングも私が前の会社で働いてた子に言われたことがあって、
起業するんだったら44までに起業した方がいいよって言われたことがあった。
44?それはどうです?
45になってくると頭も働かなくなってくるし、
フットワークも重くなってくるし、
変化についていけなくなってくるから、
そういう起業するんだったら44までに起業した方がうまくいくよっていう。
まあ早い方がいいよってことですね。
早い方がいいよってことなんだけど、
その44っていうのがすごい頭に残ってて、
そんなこと言われたなと思って。
あと2年しかねえじゃん。
その時起業することもその当時するつもりも晒されなかったけど、
たまたまその時の同僚が言い出して、
その子は起業主だから自分の会社を。
そうなんですね。
その子が言ってて、
それがすごい頭に残ってきて、
ふわっと出てきたんだよね。
なんかすごい繋がったのかもしれないみたいな。
44までだったら今した方がいいかもっていう。
結構そのタイミングで決断したんですよね。
でもたぶんアメリカで起業してる人たちを見てなかったら、
日本にいたら絶対起業するってマインドはなかったと思う。
日本だとあんまり。
ちょっとやっぱり起業してる人ってあんまりいなかったから。
周りにね。
うん。
でもアメリカめっちゃ多いじゃないですか、起業してる人。
自分でビジネスやってる人。
そうですね。
だからそこになんか抵抗感はあんまり感じなかった。
そうなんだ。
実際でも勇気はいりますよね。
勇気はいります。
不安とかもあるだろうし。
あるある。
うん。
けどたぶん周りでそれをサポートしてくれるような子がいたから、
ちょっと心強かったよね。
そっか。
うん。
そこは。
どうでしたか、実際してみて。
実際してみて、大変だって思ったことはあんまりなくて。
そうなんですか。
大変っていうか、すべてを全部やらなきゃいけないっていうのは、
すごいやっぱり実感したので。
もうたぶん起業して最初の1、2ヶ月ぐらいで、
やばい、集客ってこんなに大変なんだとか。
ああ。
やっぱり今まで会社で働いてて、
お客さんが問い合わせが来るって。
勝手に問い合わせしてくれてたみたいな。
こんなにありがたいことなんだろうかって。
逆にそのありがたさをすっごい感じた。
ああ。
なんか集客大変だけど、でも、でもすっごい大変で、
めちゃめちゃなんか辛くて息詰まるっていう感覚はなかったね。
やっぱり自分で決めてやったことだから、
結構それをやるのも意外となんか自分で楽しんでたっていうところ。
うーん。
でも、やらないとお客さんが入ってこないっていうところの、
大変さというかありがたさ。
今までのありがたさをすっごい感じたんです。
ああ。
だから、お客さんが問い合わせ来て、
めんどくさいなこのお客さんって言ってたのは、
もう本当に間違ってるなってその時に思いました。
起業して。
だから世の中の人みんな起業した方がいいってすごい思った。
ああ、そうなんだ。
その時。
大変さが分かれるんだよってことね。
逆にね、そうありがたさが、
その会社がそういうのを全部やってくれるような環境があるっていうのは、
本当にありがたいですよ。
だからそれを全部やらないといけない。
ウェブサイトとかもやっぱり自分で全部ね、
そうね。
作ってっていう。
頼むこともできるけど、そりゃそこでお金もかかるし。
そう。
だから、私は全部自分で作ったんですけど、
全部自分でやって学んだことがとてもありがたかった。
学べたのは逆にありがたい。
情報発信の経験
ちなみに、ポッドキャストもやってらっしゃったり、
YouTubeチャンネルとかもね、
情報発信もされてらっしゃると思うんですけど、
なんかありました?
これが合ってたなみたいなとか、
YouTubeしんどいなとか。
あったあった。
そうね、いろいろ多分全部やってみて、
YouTubeは私あんまり好きではない。
画像が映るのがやっぱり好きではない。
そうなんだ。
だいぶ慣れてきたけど、
あれは本当にJ-1ビザの知識をみんなに動画で見てもらった方が分かりやすいと思って、
で、あとやってる人がいないから、
多分作っておいたら皆さんの学びになるからっていうので、
YouTubeは開けたんだけど、
あんまり向いてないっていうか、あんまり好きではない。
で、どっちかというと、ポッドキャストは結構好きだった。
そうなんだ。
最初は嫌だった。
で、自分の声が嫌いだったから、
収録したものを私は聞けなかった最初。
嫌で。声が嫌で。
だけど、だんだん回を重ねるごとに、
自分の声とか、慣れてきたりとか、
あとはやっぱり話し方とかも分かってくるじゃないですか。
そうすると、意外といけんじゃないっていう、自信になってくるわけだね。
あとはお話するのがやっぱり楽しいから、
結構ポッドキャストは意外と好きだった。
そうなんですね。
ポッドキャストの存在と信頼感
今もポッドキャストは人のやつも聞くのが好きだから、聞いてたりするし。
そうか。今は更新はあんまりしてない?
最近してないんですよね。
ポッドキャストはやろうと思ってるんだけどね、最近。
ちょっとポッドキャストあんまりやれる余裕が。
やろうと思ってるんですね。
やろうと思ってる。常に。
そうなんだ。
たまにお客さんからポッドキャスト更新しないんですかって言われる。
あれたまに結構お問い合わせいただいた方がポッドキャストで、
今の状況とか話したりするから、聞かれてる方いるんですよ。
J1ビザで検討してる人とか。
で、どういうお客さんがいてとかっていう、結構リアルな話をするから、
意外と皆さん参考になってるみたいな。
結構情報提供が主だから、
アップデートがないとあんまりしゃべることもないなみたいなこともある。
それもあったりするね。
別に法律も変わってないし。
でもお客さんは常にいるから、
いろんなお客さんのケーススタジー的なところはあったりするかもしれないし、
あとは別にビザだけじゃなくて、アメリカの部下のこととかもお話ししたり、
仕事の哲学と経験の価値
最近ソーシャルセキュリティの申請の仕方がちょっと変わったりっていうのもあったり、
ネタはあるんだけど、
時間は作ったらいくらでもあるはずなんですけど、
運動する時間とかペラペラする時間のほうが優先順位がなかったりしているけれども、
なんだかんだで今9年目になってるから起業して、
でもこれは本当にプレイヤーがいないから、コンペティターがいないから、
ニッチなJRビザのビジネスだから、これでも成り立ってるって感じですよね。
9年か、もう10年だ来年。
そうなんですよ。
実は僕も来年10年経つんですよ。
あれ起業した時期一緒でした?
多分ね、2016年なんですけど。
一緒。
ですよね。
16年、一緒だ。何月?
でも、1月。
じゃあちょっと私が遅い、その後だから。
起業してから会った?
そんなことないですよね。
起業する前に会ってます。
起業しますっていう連絡をいただいたから私。
そうですよね。
そしたら私その後に辞めちゃってるし。
あの辺でも絡みはちょっとありましたもんね。
そうそうそうそう。
そっかそっかそっか。
だから同じ同じ、時期的に。
じゃあ今度は10周年パーティーしましょう。
そうですね、10周年節目ですね。
そうですよ、それが経緯ですね。
じゃあそこから、そこまでで独立されたということね。
今から仕事の掘り下げに入っていきたいんですけど。
仕事の掘り下げ、OK。
まずはちょっとベタな質問。
仕事をしていて誇りに思う瞬間、嬉しい瞬間ってどんな時ですか?
これ本当にこれもベタですけど、
やっぱりアメリカに皆さん来て、
このJ1ビザで経験をされてアメリカで楽しんでる
っていう姿を見たりとか、
アメリカに来てよかったですって言われるお声だったりとか、
あとアメリカで経験した経験が日本に帰った時にも
やっぱり活かされてるとか、
やっぱりそのお客様の声が一番嬉しいですよね。
基本的にやっぱりJで来る方は1年か1年半だから、
その後は日本に帰ってこのスキルを活かして。
割合的にはやっぱり日本に帰る方が多い。
でもやっぱりアメリカに残りたいっていう方もとても多い。
みんな帰りたくないって言ってるけれども、
実情はやっぱりビザが取りにくかったり。
その後のビザサポートはしてらっしゃらないわけですよね。
私はしてないけれども、
でも3割くらいの子は結構アメリカにそのまま残ってるから、
いまいち就労ビザのサポートを企業さんからいただいたり、
インターンしてたところがしてくれたり。
インターンしてたところもあるし、
別の会社からお保護いただくっていうパターンもあるから、
やっぱりそういうお客さんがこっちでエンジョイしてるっていう声は、
一番嬉しいよね。
ありがとうございます。
じゃあちょっとこれもみんなにしてる質問。
これもしかして俺、安田さんに前にしたかもだけど、
してるな。
今、あなたにとっての仕事哲学とは何ですか?
前にしたけど、前の回答も覚えてないかな。
僕もちょっと今は覚えてないけど。
今は、今の仕事の哲学というか、やっぱり継続は力なりなんですよね。
それ哲学というか分からないけど。
いや、まあ哲学だと思うんですけど。
やっぱり結果として継続は力なりなんですよ、このJ1ビザの仕事を。
この続けられたから、これだけの経験値と知識が蓄積されている。
業界に入ってからは何年なんだろう?
業界に入ってから、だからもうほぼほぼ20年ぐらいになる。
でもその時、20年やるつもりはなかったわけだよね、その時ね。
J1ビザを20年もやりたいって思わない。
まず憧れる職業でもないし、この職業。
たまたまその時の会社の新規事業として始まったって感じでした。
そうそうそうそう。だからそのつもりはなかったけど、
でも結果としてこれだけ経験値を上げたから、
アメリカってやっぱり実力勝負だから、経験値が物を言うっていうのはアメリカは特にそうで、
日本は若い人の方が持ち上げられるかもしれないけど、
日本ってやっぱり専門性を貫いていくような、
日本じゃなくてアメリカはね、やっぱり専門性が高ければ高いほど、
スペシャリストを作っていく社会なので、
それも影響してるかもしれないけど、やっぱり継続は力がないっていうのは、
すごく自分の今の仕事というか哲学とか。
ちなみに日本の大企業で新入社員で入ると、
スペシャリスト部署が変わるのは、あれは何のために変わるんだ?
いろんな経験をするために。
あれはいろんな経験をさせるためって言っているけど、
要は会社の中の人位配置というか、バランスを取るためって言う。
バランスが取れるような男女だったり年齢だったりとか。
だから会社のためにやっていることで、
会社のためにはなってないとは言えないけど、
でもアメリカではあまりないですよね。
スペシャリストの話からいくとちょっと違いますよね。
日本はジェネラリストを育てる。
アメリカはスペシャリストを育てるっていう。
その前の教育からも。
アメリカと日本で教育の仕方が違ってくると思うけど。
前回聞いたときの仕事哲学はそんなことではなかった。
どんなことだったんだろう。
わからない。覚えてないぐらい。
育った環境とコミュニケーション力
何の哲学もなかったかもしれないけど。
それは独立前でしたっけ。
独立前。
聞いたのね。
うん。だからだいぶ変わってきるよね。
いろんな経験をされて。
今すぐ思うのはそうです。
ありがとうございます。
次の質問。今のあなたを作ったルーツは何だと思いますか。
過去に話したすべてですね。
幼少期の独立させられた環境ですよね。
ゼロ歳から保育所に預けられ、
離れてないけど親がいない生活をずっとしているから、
決断を子供なりにしていかないといけなかったりとか、
自分の身の回りのことをやらないといけないとか。
あとはたぶん、気づかないうちにゼロ歳から
そういう保育所とか他の子と交わってるとか、
学校の先生もそうだけど、
このコミュニケーション力っていうのがついてきてると思うんだよね。
他人とやっぱりやりとりする機会、子供なりにあるじゃん。
大人とやりとりする機会もあったってことね。
だからそのコミュニケーション力はたぶん子供のときから作られてる。
だから今この仕事をしててお客さんと対人的なやりとりをするにしても、
やっぱり苦痛がないわけですよね。
人見知りもしないし。
だからそれは子供のときからの育った過程ですよね、全部。
だと思ってます。
確かに安西さん誰とでも仲良く一瞬で慣れる気がする。
お話は普通誰とでもできるんですよね。
好き嫌いとか合う合わないはあるけど。
それは何?殺してるっていうか、抑えてる?
あるある。嫌いな人、嫌いって言ってんじゃない。
苦手な人もいるし、人を嫌いになることはしないんですけど、
嫌いっていう感覚はあまりなくて。
苦手だとか合わないっていう人はいるいる。
だけど別に合わない人でも話を合わせられるというか。
コミュニケーション力ですよね。
それは苦痛を感じないといけない。
ちなみに寂しいとか感じなかったんですか?
子供の頃。
感じてたんですか?
感じてたんだと思う。
でも感じてたのは周りにお友達がいたり、
平日はあれだけど週末は両親一緒にいたし、
必ず休みのときとか週末とかは絶対に遊びに連れてってくれたり。
お休みのときは旅行に必ず行ったりとか。
平日遊べない分、ちゃんとそこでバランスとってくれてた。
お家での旅行とかそういう機会がめっちゃ多い。
そうなんですか。
旅行は好きだったから。
だからいろんなところに行ってたっていう。
何か思い出の残っている旅行はありますか?
旅行はね、スキーに毎年行ってたんだけどね。
だからいろんなスキー、苗場行ったりとか稲橋旅行行ったりとか、
いろいろ苗場行ったりとか、
お父さんがやっぱりスキー好きだったから。
だから結構そういう旅行は、スキーに行った記憶はすごいあるね。
子供のときのね。
だからスキーもスポーツ、結構運動神経ができちゃうので、
私スキーもちょっと上手かったりとか。
逆に敵が来て面倒を見たりとかね。
そこから全部来ますよね。
独立心だったりとか、コミュニケーション的なところは。
育った環境でかいですよね、自分を作ったルーツって。
全部絶対そうだよね。
親御さんは別に自営業とかじゃないですよね。
親御さんは会社勤め。普通の会社勤め。
自営業じゃないから会社を辞めるとか、起業するとかっていう概念が。
そもそもその発想はなかった。
発想はうちの親は全然ないよね。
だから本当に日本の最後までずっと中心雇用で、
もう一つの会社で50年とか働いてましたっていう感じ。
奇跡みたいですよね。
すごいですよね。
転職1回もしないから、うちの両親。
それが普通だったけどね、昭和。
50年とかすごくないですか。
すごいと思いましたよ。僕もできないなと思って。
一つの会社で働き続けるって。
本当に継続は力なりだけど。
ファミリー感覚だと思いますけどね。
普通に会社勤めをしてた普通のサラリーマンの家庭でしたけどね。
そこからでも起業しちゃうっていうのはなかなかチャレンジ的なことですよね。
そこのマインドはアメリカに来ちゃったからそこのエキスが入ってきたんじゃないかな。
ぶっ壊れちゃったんだからね。
うちの両親は海外志向ではないからね。
雑ドメスティックな志向だから。
日本に住んでて。
じゃあ次の質問行こうかな。
ちなみに凹むことはありますか。
起業とビザの挑戦
凹むことはあります。
起業してからそんな大変って感じじゃないって話してたけど。
大変なこともあるよ。
凹みますか。
大変なことありました。起業してから。
一時期トランプ政権の時にビザが落ちまくってた時とか。
コロナも打撃ですね。
打撃打撃。
でもコロナは国から補助金が出てそれで生活できたって。
これ多分日本だったらもうやっていけてないよねって思うよね。
補助金が出たりとかそういうね。
補助がなかったから。
だけどコロナはダメージだけどそんなに凹んでなかった。
もうみんなそうだし、なるようになればいいみたいな。
全員落ちてたからね。
だからいずれは復帰するだろうみたいな感じで途中からはやってたけど。
一番ビザが却下されて、お客さんがビザを許可されなかった時、却下された時が仕事上では一番凹む。
理由もよくわかんないってこと?
理由も明確には伝えられない。
伝えられてもそれが本当の理由かどうかはわからないから。
だからあなたは永住する意思が見えます。
どれの発言がとかわからない。
どこをどう直していいかもわからない。
だからそれをもとに結局どういう発言が疑われたんじゃないかっていうのは私たちが推測して再申請をするのかとか。
やっぱりビザが却下された後ってお客さんも結構パニック状態になるわけだよね。
そりゃそうやっぱり退金を払って会社も辞めるつもりで。
準備してね。
一年復帰して人生かけてくるわけですよね。
やっぱりビザを却下された人が経験している方はわかると思うんだけど、私もビザが却下されてるからわかるんだけど。
ビザが却下された時って結構自分も全員否定される感じで。
私ダメだったの?ってすっごいショックが起きるんですよ。
就活で泣いて取れないみたいな。
そういう感じでもあるかもしれない。
全員否定されちゃった。
就活だったら他の選択肢がまだあるかもしれないけど、結構アメリカのビザってもう他の選択肢ない。
他の国っていう選択肢あるかもしれないけど。
でもやっぱりある程度のお金がかかってたりとか人生がかかってたりするから、やっぱりダメですって突き返されたら結構な衝撃なわけですよ。
すごいショック。
だからもうお客さんもすごいパニックで連絡をしてきたりっていう。
それをやっぱり対応するのはなかなか私も精神的に結構タフじゃないと。
あとはやっぱりお客さんの気持ちもわかるし、特に却下されてるから私も。
っていうのもあるし、プレッシャーもあるし。
じゃあ次、再申請する時にどうしたら許可してもらえるかっていうのも。
これ多分他の移民弁護士さんとかもみんなこういうプレッシャーあるかもしれないけど。
でも弁護士じゃないからね。
弁護士はそれは仕事だけどさ。
でもね、やっぱりビザのサポートをしているエージェントではあるので、私が決定できるものではないっていうのは
お客様もわかっているけど。
でもやっぱりその後、何か話をしたいとかそういうところの場はエージェントになってくるから。
そうね。
とにかくビザがキャップされる。
知りませんというわけにはいかないですよね。
だからそこが一番やっぱり凹むところ。
ちょっと下世話の話かもしれないんですけど、その場合ってビジネス的にはどうなるんですか?
ビザが却下された時のキャンセル規定というのがあるから、一部はお金をお返しする。
だけどやっぱり一部は私の方で書類を作ったりとか、ある程度のサポートはさせてもらえる。
もちろん時間も使っているわけですからね。
だから一部はお返しできるけど、そんなにたくさんの返金はできないから。
でも受け入れ側もちょっとダメージ。
予定している。
人材が一人来ない。
だからトランプ政権の時にはそういうことが起こっていたので、それも踏まえて企業さんも考えて。
可能性としては追いといて。
やっぱりビザは最終的にはアメリカ大使館が判断をするものだから。
そういう時は凹むし、やっぱり私の精神的にプレッシャーがあったりとか。
っていう時期はあります。
モチベーションの源泉
そこはでも自分の頑張りではどうしようもできないところですもんね。
そうね。
だからやれることはもちろんやってあげられるんですけど、っていうところはね。
コントロールできない部分があると凹むわね。
そこはね。
じゃあなんでその質問をしたかというと、モチベーションをどうやってキープしているんですかっていう。
その凹むこともあるけど。
次のモチベーションにどうつなげるかって。
そうそうそう。来年10年目というか。
この10年間を続けているモチベーションも含め、
私がこのJ1ビザを今やっているっていうのは、
アメリカに今住んでいて、日本人の人口はどんどん減っているわけですよね。
アメリカに住んでいる日本人。
アメリカに住んでいる日本人。
日本から来る日本人も。
日本から来ないと日本人は増えないよね、あまり。
日系人はいるかもしれないけど。
こちらに住んでいる日本人も人口が減ってきている。
なぜならアメリカから来る人が日本人少なくなっている。留学も含め。
でも私は日本人として、日本の方が海外だったりアメリカで活躍してもらいたいっていうのが、
日本だけじゃなくてアメリカでも活躍できる場があるんだよっていうのが、
自分がそれをしているので、やっぱりそこに来てもらえる手助けをしたいっていうのが強くて。
じゃあアメリカに住んでいる日本人として、
やっぱりそれを日本から来る人のお手伝いをして、
できるだけたくさんの人が日本から来てもらいたいっていうのが、
この私の仕事のモチベーションです。
だからアメリカに住んでいる日本人として、
そこに対する結構使命感的なところがあったりする。
それを途絶えるとどんどん日本人が減ってしまうっていう。
それは悲しいなって。
他の人種、韓国人とか中国人とかいっぱい増えているのに、
日本人の方は全然増えないなっていう。
僕も20年以上、25年近くかな知ってますけど、
だんだん日本人パワーが減っているなと思うんですよね。
感じる。
それはこっちにいるとすごい実感するところで、
食品とか日本の食べ物とかもそうだけど、
他の国の方のレストランとかの方がすごい流行っている。
スーパーもどでかいやつありますしね。
スーパーで売っているものも日本のものよりも
他のアジアのものが多かったりっていうのもあったり。
やっぱり日本をもうちょっと日本人として、
もうちょっと日本っていう国のアメリカでの存在感を
あげたいと。
そう、あげたいっていうのはね。
あとはやっぱり日本に貢献したいっていうのが結構強いですね。
それはだから年々強くなった。
だから日本語教師とかもやってるし、
日本語教師のアシスタントも。
そこがもうモチベーションです。
意思決定と未来への展望
素晴らしい。
っていうね、この聞こえはいいけどね。
僕もだって同じ気持ちでポッドキャッシュやってたりもしますし。
こっちの日本人の人で結構ね、
こういうマーケティングとかやってる人たちって
そういう気持ち持ってる人多いですよね。
日本の企業に頑張ってもらいたいとか。
それがね、ちょっと日本の人からどう映ってるのかっていうのが
ちょっとなんか、なんていうか、
微妙なところでもあるんですけど、
この思いがどう伝わっていくのか。
そうね、ほんとね。
なんか余計なお世話って思ってる人いるかもしれないもんね。
それを最近どう伝えるのがいいんだろうかって考えてますけどね。
確かに。
思ったこと言うしかないんだけど。
そうね。
じゃあ最後の質問をして、次のセクションに入りたいんですけど、
仕事や人生の中で今までにした最良の意思決定は何だと思いますか?
最良の意思決定って、私全部最良だと思ってるんで。
全ての決断は自分が決めたことなので、
それが最良だったと思ってるんで。
何が最良っていうのが何か。
とにかくポジティブですね。
独立したのもそうだし、アメリカに来たのもそうだし、オーストラリアに来たのもそうだし、
全部決めてきたのは自分なので、
後悔はないと。
後悔はしたくないし、それがその時の最良の決断だったと思ってるね。
言おうと思ったら、じゃあアメリカに彼氏を置いて来なければよかったね。
あの時日本に帰ればよかったじゃんっていうのも、
そういう考え方もあるわけじゃん。
パラリルワールドじゃないけど、
あの時結婚してたら自分はどうなってたかみたいなの考えることはありますか?
あるあるある。
あと留学の時にも、
これもまたその時に結婚しようと言ってた香港人の彼がいたわけですよ。
ずっとオーストラリアで一緒に住んでて。
その人も本当に結婚するつもりだったんだけど、結婚しなかったわけですよ、結局。
その人と結婚したら私はじゃあ今香港に住んでるのかなと思うよね。
アメリカにはいなかったのかなとか。
それは考えることはあります。
もちろんね。
あるある。
でも最終的に今のここにいるっていうのは、
それが一番自分としては最良の決断だって思う。
だから今の自分に満足しているというか、
そうね。
ってことですよね。
そう。
だからこの次の大失敗は大失敗って思ってない。
なるほどね。
大失敗ない。
OK。
ありがとうございます。
ポジティブでよろしい。
世の中の人は失敗と思うか思うこともあるかもしれないけど。
捉え方ですからね。
そうそう、捉え方なんですよ。
私はそう。
あとはね、そう思いたくないっていうのもあるんですか。
そういう考え方もあります。
そうそう。
ありがとうございます。
じゃあちょっとね、最後のセクション、未来を意識して話を聞いていきたいんですけども。
未来ですか、未来ね。
はい、結構仕事の話が多く充実してましたね。
内容としては。
いやでもさ、42歳で企業を決断っていうのがすごいなって思いましたね。
すごいですね。
まあ年齢関係ないといえば関係ないが、
何事も遅くはない?
何?ネバートゥーレイト?
的な話はありますが、とはいえだよね、とはいえ。
まあ安西さんも言ってたけど、44歳以降はもうきつくなるかなみたいなので、
急いで企業したって言ってたけど。
まあエネルギーがいりますからね。
いるよね。
はい。
とか、保守的にやっぱりなりがちな気もするしね、なんつうんだろう。
勢いがやっぱ若い頃の方がね、どうなってもいいやみたいなのが。
あると思います。
ちなみに、僕が起業したのはね、38だった気がするんだよな。
それでも遅いなと思ったけどね。
っていうか、もっと早くしてる人たちがやっぱり先輩、
年下としても先輩にあたるわけで、なんか起業が。
情報量、情報量っていうか何だろう、経験値がやっぱ高いなって思ったしね。
フリーアナウンサーの挑戦
でも、ゆなさんもでも、フリーアナウンサーという今タイトルあってますよね。
そうですね、そうですそうです。
それってでもある意味、起業に近い気もする?
なんか私は一応フリーランスで事務所に入ってるんで、
まあもちろん自分のことは自分でやるんですけど、起業に近い気がするけど、
実は私も起業してまして。
あっ、そうなのだ。
そうなんです。
これ言ってなかったですし、あんまり何かそうなんです。
去年ですね、今収録が25年なんであれです。
今年なんですけど、
2025年の頭の方に起業してまして。
へー。
そうなんです。これ本当に全然やってないんですけど。
何会社ですか?何会社っていうか。
スポーツ事業です、これも。
LLCとか、携帯は?
携帯?
個人事業主ですか?
いや、えっと、違います違います。
コーポレーション?
株式会社です。
株式会社って言っても、LLCもそうだし、Sコープ、Cコープ、いろいろあるけどね。
あー。
まあいいか。その辺はいいかと。
どれでもいいけど。
まあでもじゃあ株式会社なんですね。個人事業にしてなくて。
すごいね、じゃあ統計して税金も納めて。
そうそう、統計して。
ちょっとまだ立ち上げたばっかりなんで、あれですけど。
そうですね。
スポーツ事業って言った?今。
スポーツ事業です。
そうか。
そうですそうです。
まあ二人で立ち上げたんですけど、まだサービスをやっていく予定ではあるんで、まだあんまりいろいろ始めてはないんですけど。
そうかそうかそうか。まあでも動き出してるってことね、すごいね。
動き出してるっていう感じで。
ゆなさんの年齢を聞きづらいけど聞いてもいい?
全然いいですね、もちろんもちろん。
こないだ誕生日で31歳になりました。
そうだよね。
はい。
こないだね、1月9日は誕生日って話してましたけど、31歳か。
31になりました。
いい時ですね。
そうなんですかね。
だって経験もあって、パワーもあってさ、さっきのエネルギーみたいな。最高じゃん。
いやでもそう、まだ本当に立ち上げたばっかりなんで、
なんかやっぱ自分の無知さにとか、あとやっぱ新しいこともやらなきゃいけない?
自分の専門じゃないこともやらなきゃいけないことがあったりして、
やっぱ難しいなと思ってるところで。
そりゃ忙しいわ。
思ってるところなんですけど、もちろんね、安財さんみたいに42歳だったら、もっと経験がある中で起業されると思うんで、
あれだと思いますけど、それでもやっぱ大変なこといっぱいあるだろうなと思って。
すごいなと思って。
起業への道
いやー、素晴らしい。楽しみですね、なんかでもそういうのは。
やっぱそれでもさ、側があるだけでさ、別に会社立てなくてもこういうビジネスやってみようかなとかで考えることはできるんだけど、
実際に側があるととないとで全然動き方が違ってくるしね、なんかその周りの見方もそうだしさ。
会社だったら仕事一緒にしましょうっていう人もいるだろうし、なんか信頼感みたいなのもあるじゃない。
確かに。
ね、素敵ですね。
そうですね。いやちょっと私の話になっちゃってあれなんですけど、
そう、でもね、なんか自分でやらなきゃいけないとか、なんかいろんな話もされてたんで。
そうね。
そうそう。
まあだから安西さんもね、最初からだからそういうことを考えたわけではなくて、流れというかその環境で、
まあ自分でやるかっていう話になったんだけどね。
でも全然後悔はないという感じだと思うんで。
そうね、あとその続けることで蓄積される知識と経験値って、やっぱそれは超共感ですよね、納得というか。
みつさんも同じぐらいに会社作られてるってことですもんね。
そうなんですよ、そうなんですよ。まあ年取ってるだけな気がするが俺は。
いやいやいやいや、続けることでっていう部分に共感されたところもあったんじゃないですか。
そうですね、まあでも本当にそれは、もうそれしかねえと思ってますよ。
でも続けることも大変じゃないですか。
大変ですよね。
あとその続け方みたいなのもね、なんか俺間違ってんなのかなって思いつつも、でも続けなきゃっていうちょっと変な意地張ってるところもあるんだが、たまにね。
でもやっぱり続けないとその先が見えないなと思うから、続けるしかないみたいな感じになっちゃってるけど。
それもいやいややっても続かないから自分に対してのモチベーションというか、楽しんでやれるように持っていくスキルが上がってきる気がするな。
面倒くさくてならないようにやり方を考えるみたいな。
なるほどね。
確かに、実務でどうするかだけじゃなくてこうメンタル面とかモチベーションとかも大事になってくるから。
こういうふうなやり方しとけば自分がめんどくせえって思わなくて済むなっていうやり方を発明するみたいな。
でもさ、ゆなさんテニスは何年やってたんだっけ、今はやってないんだっけ。
今は全然やってないですね、ほんとに1年に1回趣味でやるかなぐらいで。
それまでも続けてた。
それまでも十分長いよね。
大学卒業するまでなんで15年ぐらいですね。
じゃあそのアナウンサーの職歴よりも長いよね、テニスのほうが。
そうですね。
テニスやればいいのに。
いや、できるんですよ、いつでもやろうと思ったら。
なんですが疲れたくない。
疲れたくないってのがあって、ほんとにたまにやりますよ。
なんかね、アメリカ、日本もそうなのかなわかんないけど、うちの周りは結構テニスコートもいっぱいあってさ。
無料ですぐにできるからさ。
いや、アメリカそういうとこ多いですよね。
きっとね、そうだよね。
日本だったらなかなかないですね、そのテニスコートがあるような公園って。
だよね、だからそれはテニスプレイヤーにとってすごいいい環境だなと思うけど。
アメリカはいいですよ。
あと何話してたっけな、他人?
いろいろ話してました。
コミュ力みたいな話をしてたな、コミュ力ね。
コミュ力が無理に頑張る必要ないみたいな話もされてましたよね、確か。
そうですね。
そうだね、この番組とやってるコンセプトと共通する部分で、やっぱりアメリカ、海外で活躍してほしいみたいな、そういう手助けをしたいみたいなことをおっしゃっておりましたが。
そういうふうになりがちっていうか、なんか俺もそう思うんです。
ありきたりっていうのかな、なんて言えばいいのかわかんないけど、なんでそう思っちゃうんだろうね、みんな。
でもわかりますよ。
なんか、私もまだ1年半ですけど、妹も4年生の大学、アメリカの大学を出ていて。
なんか、このいい環境があることも知ってほしいみたいな、じゃないですか、もっと知ってほしい、こっちも選べたらいいんじゃないのみたいなのをみんなに提示したいみたいな、
自分が知ってるからこそ伝えたいってのはあるのかなと思うんですよね。
まあね、選択肢っていうキーワードも出てましたけど、これをだからね、おせっかいみたいに捉えられているのかもな、そうなったらやだな、みたいなこともね、なんか最近考えてて。
この間、ゆなさんにもちょろっと言ったんだけど、なんかね、それをどう伝えるのがいいのかなって思うけど、難しいな。
いやでも、たぶんね、海外で生活してる日本人の方は、やっぱりあんまり日本人の方がね、あのお話でもありましたけど、海外で生活してる人って、他の国の出身の人に比べたら少ない気がするから。
アメリカの教育スタイル
あー、それね、そうなの? 全然少ないよ。
ですよね、やっぱり中国の出身の方とか、いっぱいいるし、アメリカにも、韓国とか、それ比べると日本人が少ないから。
そういうか、海外に出てる率がダントツ少ない、日本は。まあそれぐらいいい国だってことなんだけどね。
そうなんですよね、それはそうなんですよ。
逆に言うとね。
そうなの。みんなね、自国にいても、あれだからとか、いられないから来る人もいるから。
自国なんか、自国から抜け出したいって言って、必死になってくる人が多いからね。
すごいいいことなんだけど。
まあ俺も半分そんな逃げてきたような感じもあるけど。
え?
そう。
まあまあ。
わかります。
とにかくね、発信を続けて頑張りましょうということですかね。
安西さんも頑張っているので。
うんうん、そうですね。
それを応援しつつね。
はい。
はい、じゃあそんな感じで締めましょう。
ということで来週が、なんだ?未来を意識したお話ですね。
そしてなんかちょっと、幸せって何ですかとかね。
あとあの思い出の曲とエピソードが、俺はいつも楽しみなんですけど、そんな話を伺っております。
はい、それでは次回も楽しみにしております。
はい。
リアルアメリカ情報。
よっ。
このコーナーでは、最新のビジネス生活情報をアメリカからお届けしていきます。
お願いします。
はい。
今回は、学校の話。
学校。
はい、私今大学院に通っていて。
そういうことですね。
はい。
で、なんか授業のスタイルとか、生徒のスタイルが、全然違うなっていうふうに感じたので。
それアメリカの、じゃあ日本の大学とアメリカの大学とってことですか。
そうです、そうです。
それはね。
なんかその辺も、そうミツさんともお話ししてみたいと思って。
まあ俺はね、大学に行ってないのでね、その話はできないんですけど。
いや、たぶん、なんて言うんですか、教育からなる人格みたいなのもあると思うから。
教育からなる人格。
なんて言うんですか。
なんか、じゃあ例えばなんですけど、日本の大学とか日本の学校って、基本的にレクチャースタイルで。
日本の高校とか中学校とかもそうだと思うんですけど、先生の話を一方的に聞く。
はいはいはい。
で、ノート取って、最後にテストとか、最後にレポートがあって、それで評価される。
はい。
っていうシステムだと思うんですけど。
そうね、ノート取るのを必死にノート取ってたもんな。黒板に書いたやつを。
ですよね。
今だったらシャメで一発なんだけど。
ね。
カメラで写真撮れば。
そう、でも、まあこれは自分が出てる授業とか自分が出てる学校によって違うとはもちろん思うんですけど。
はい。
今私の行ってる大学院だと、授業への参加度っていうのが、やっぱ評価の一つ。
ああ、なるほど。
で、
それは手を挙げるとかそういうことですか?
先生がお話ししてるときに手を挙げて質問するとか。
はいはいはいはい。
先生が投げかけたときに意見を言うとか。
はい。
なんか授業があんまり一方通行じゃなくて、かなり生徒からの意見もこう求めるスタイルなんですよ。
インタラクティブですね。
でもこれってどの先生もそうなんですよ。
相互性があるってことですね。
そうそうそう。
で、必ず評価の中に授業への貢献度とか参加度みたいなものがあって、
一回の授業で一人一回は発言しましょうみたいなことを言ってくる先生もいますし、
プレゼンテーションの文化
あとはプレゼンテーションも非常に数が多い。
というのはその意見を述べさせられる、発表させられるってことですか?
発表が多い。自分でスライド作ってみんなの前で話すとか、
そこまで大掛かりなものじゃなくても一人一分、この文章を読んできた感想を話すとか、
すごい参加を求められる。
で、プレゼンテーションで20%評価しますとか、最後にテストっていうのがあんまりないくて。
あ、そうなんだ。
筆記テストみたいなのがあんまりなくて、かなり違うなって思って。
日本だと意見がないって別に何とも思われないんです。
意見を言わないって、ただ言わないだけですけど、
アメリカだと意見を言わないイコール意見がないみたいな、考えていないってとられるから、
ちょっと失礼にあたるっていうか。
なんかそういうのって日常会話でもありません?
ありますね。こいつもうやる気ないっていうか、なんて言うんですかね。
極端に言うと怒ってるって思われちゃったりもする時があるよね。
喋らないと。
喋らないとですよね。
何かあいつ何かあったの?みたいな感じで。
いや別に何もないよっていう。
別に日本って意見を言わない、言うほうが逆に目立つかなと思ってて。
そうね。
すごい違うなっていうふうに思ってて。
はい。
スチューナーさん的にはどっちがいい、どっちに、どっちもいい長所短所あるのかね。
そう思います。
なんかアメリカ。
でもその冒頭に言った、ごめんなんだっけ、なんて言ったっけ、性格?人格?
ああ、教育からできる人格みたいな、性格みたいな。
それに戻すと?
戻すと、アメリカの人って、自分の意見を言うのが上手?
そうですね。
言い方が上手?
アピール上手ね。
アピール上手。
悪く言ったらというか、何にも考えてなくても何か言えるんですよ、あの人たちは。
わかりますか?
わかるよ、はったりってことでしょ、はったり状態ですよね、言ったら。
そうなんですよ、なんかすっごい中庸的なことを上手く言える。
しかもめっちゃ自信満々に言うからね。
そう、でもあの能力もう生かせるときがあるじゃないですか。
絶対それ、ビジネスとかだったら絶対有利だもん、そっちのほうが。
そう、そうなんです、だから、私は思いつかないときは本当に思いつかないんですよ。
ああ。
ああ、何だろうな、とかなるんですけど、アメリカの人たちは。
まあでもそれは真剣、真面目というか、そういう気質もあるのかもしれないね。
思ってもないこと言ってはいけないんじゃないかみたいな。
そう、でもそれはなんか、たぶん日本人は慣れないと思う。
口から出まかせみたいな、なんていうんですか、そういうのはあんま慣れてないから。
そう、そういう日本人もいるけどね。
まあまあまあ、うちもいるんですけどね。
俺もどっちかっていうと、営業トークっていう見方をすれば、口から出まかせとまではいかないけど、
なんか適当なこと言える方だと思うけどね。
うんうんうん。
まあただ、アメリカはその能力ね、かなり引き入れていますよね。
能力高いですよね。
高いですね。
全然ダメじゃんって言うときでも、めちゃめちゃ自信満々に言うからね。
そう、本当こんなこと言ったらダメなんですけど、本当に大したことないプレゼンでも、すごい堂々とやるから。
いや素敵ですよ。
すごいな、そうそうそう、その姿勢はすごい素敵と思いつつ。
まあ日本は日本でテストで結果を求められるから、それまで真面目に勉強するとか、ずっと机に座って勉強するとか、そういう能力は引い出てると思うから。
まああとそのアメリカにはない美学がありますよね、日本人はこの、なんて言うんですか、でしゃばらないとか、謙虚さ、謙遜するとか、まあそれは多分相手を敬っている部分もあるじゃない、俺がこんなこと言うことじゃないみたいなさ。
文化的な違い
うん。
ね、それはそれで美学ですよね。
そうなんですよ。
自分の美学が、感覚がアメリカ人には難しすぎてわかんないんだと思うけど。
そうなんですよね。
っていうかそういう経験はしてないからね。
だからなんか怒ってると思われる。
そう、そうなんですよ。っていう違いがあるなと思って。
大学に行ってよかったですか?
よかったですよかったです。
まだ終わってないけど。
しっかりまずは修士号を取らなきゃってのはあるんですけど。
そうですよね。
いやよくやるね、でもそんなネイティブの前で1分間にスピーチとかしてるわけでしょ。
いやだから最初は、最初は本当に嫌だったんですよ。
嫌だって言って恥ずかしいってこと?
いやなんか大したこと言えないなとか。
あとはやっぱり正直最初の方とかはもっと英語に自信もなかったから。
なんか簡単な表現ばっかりだなとか。
本当はこういう意見があるけどこっちの方が言いやすいからもうこれでいいやみたいな。
ただの授業の議論だしみたいな感じだったんですけど。
なんかそこをみんな意外と何も考えてなくて適当に喋ってるぞとか、意外とみんな聞いてないぞとか、
そういうことをわかりだしてから、もうちょっと気楽に喋れるようになりました。
確かにな。
わかる、なんかわかる。その言葉の重さを考えすぎると出てこないんだけど。
誰も聞いてねーって思えばね。
そうなんですよ。
あとは仕事じゃないんで、あんまり学校だからそこまで責任感なくてもいいから、
みんな意外に聞いてないからいいやっていう気持ちでやるようになりましたけど。
俺も英語じゃないけど日本語で喋ってても口から出まかせじゃないんだけど、
思ったことをとりあえず言ってみると話が広がるっていう時はあるよね。
とりあえず投げちゃうみたいな。合ってるかどうだとかどうでもいいよみたいなのを。
それはそれでなんかそういうのもありだなと思うけどね。
そう思います。いろんな考え方を知れてって感じですね。
そうそうそうそう。だから本当は自分が思ってなくても、カウンターで相手と、
まあディベートってねよくあるけど、カウンターオファーというかカウンターを投げることによってその議論が深まるっていうのもあるもんね。
そうですそうです。
いやいいな俺学校にたまに行ってみたいなと思うんですけどね。
もう今さらに行かないと思うけど。
私結構学校が好きで。
いいよね。
なんか学びたいっていうのがなんかあって留学にしたっていうのもあるんですけど。
素敵ですよそのやりたいことをね。ちゃんとやって。
若い子たちとも混ざりながら頑張ってます。
まあ若いって言ったってうなさんはルックスも若いし全然違和感ないでしょ。
いやいやまあでも本当アジア人は若く見られるのかもしれないです。ずっと23ぐらいだと思われてました最初の方。
いやいやそりゃそうでしょ。
そうそうでも楽しくやってます。
素晴らしい。
学びが多いです。
素晴らしいです。またじゃあ学校の今時の恋愛の仕方とかそういう話も待ってます。
確かに話したことあります。
友達と。
またまとめてきます。
お願いします。
コロナ禍の影響
はいありがとうございます。
はいということでリアルアメリカ情報でした。
あ、そうでした。
では最後の質問コーナーです。
はいえっとですね、安西さんのお話があやかってでもあるんですけども、ちょっと今興味がパッと出たんですけど、
うなさんコロナ禍の時ってまだ日本だったと思うんですけど、
その時になんか打撃ってありましたか?まあ会社だったり自分のことだったりでもいいんですけど。
ありましたよ。
どんな?
私は会社員だったので、こう例えば売上がどうとかそこまではあまり関与してなかったんですけど、
アナウンサーという仕事上やっぱりオンラインで済ませられない部分がたくさんありまして、
例えば番組出演。
まあセットというか、そこで収録現場があるってことですもんね。
そうです。カメラの前に立ってスタジオでお話しするとか。
リモートワークが増えたと思うんですけど、なのでリモートで家から一歩も出ないで仕事をするっていうことはできなかったんですね。
なので会社には必要最低限の出勤みたいな感じにはなりましたけど、会社には行きましたし、
あとやっぱり一番大きかったのは東京オリンピックが無観客で開催されて、
選手への取材もほとんどできなかったことですね。
スポーツ系がやっぱり一番大きかった。スポーツが全部止まった時期もありましたし。
いやー確かにあの時無観客でやってたもんね、試合とかね。かわいそうになっちゃっただもんね。
まず一番最初、すべてのプロとか高校生の試合とか全部中止になりましたね。
全部なくなっちゃった。
そうだそうだ、あの時の甲子園の子たちとかも超悲惨じゃんと思ってたもんね。
本当にそう、本当にそうです。甲子園なくなりましたからね。
でもその次の甲子園で優勝した監督のメッセージがあって、俺は号泣した覚えがあるな。
もうそのもうとにかくだから、生徒たちがもうつらかったっていう。
本当にそうです。そういう姿を見ましたしね。
スポーツ関連が多かったから皆さんもそういう現場が多かったんだろうね。
そうです。ストップしちゃった後に再開ってなったけど、無観客だったりとか、
あと私たちもやっぱり選手のことを取材する時に対面で取材したりとか、
練習の雰囲気を見るってすごく大事な要素の一つなんですけど、コミュニケーションとって関係性を深める。
それがもう2年ぐらい、1、2年はできなかったですね。
やっぱり感染防止のために選手とは関われなかったし、
まあそうだよな。
全部リモートになっちゃったりとか、
スタジアムに取材に行けるようになっても、メディアと選手の動線が全部違うように組まれていて、
同じとこで接触しないように。
通らないように。一切顔合わせないような仕組みになってたりとか、ありましたよ。
大変な嫌な時代でしたね。
いや本当に戻ってよかったなと思いますし。
ごめんね変な話題を振ってしまった俺。
いやいやいや、でも皆さん苦労があったと思いますから。
まああったね。
特殊な経験ではありましたけど、
そうだね。
そんなこともあったなって感じで。
そうだね。
試行錯誤しながら番組も作ってました。
それでオンラインのインフラが整備されて、できなかったこともできるようになったりとかね。
いろいろ増えたけどね。
そうありますね。
俺も地元の豊田市なんですけど、愛知県豊田市のひまわりネットワークっていう地元のテレビ番組みたいなのがあって、
このインスタグラムを2年前ぐらい、この中だったかなそれこそ。
なんかやっぱりインスタライブとかで報道っていうか裏側とかを見せたりしてるのが面白いなと思って見出したりとかね。
そうそう、皆さんが裏側発信し始めたのもそういうことだと思いますし。
そうだね。
それはそれで面白いね。
そう思います。
ちょっとだらだらとしゃべってしまいましたが、何の質問してたんだっけ?
コロナ禍の打撃。
コロナ禍のダメージね。コロナのことは忘れよう。
まあまあ、いい学びになりましたね。
ビザコンサルタントの役割
そうですね。
はい、ということで。
こちらの本編とリアルアメリカ情報の詳細はブログに掲載しています。
podcast.086.com、podcast.086.com、または1%の情熱物語で検索してみてください。
はい、1%の情熱物語は、日本を飛び出し世界で挑戦していく人を応援します。
ご家族、友達、同僚などへのご紹介大歓迎です。
リスナーコミュニティ情熱の部屋、ぜひ覗いてみてください。
はい、今週も聞いてくださってありがとうございました。
ありがとうございます。
それでは、また来週です。
じゃあね。
01:12:46

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