自己紹介と今回のテーマ提起
このチャンネルは、介護・福祉業界で約20年間働き、現役の主任ケアマネージャーである私、やまとゆきが介護の話や、自身で作ったノート、ライフデザインノートの話をしております。
聴くエンディングノート、ライフデザインノートって一体何だろう?と気になられている方は、
概要欄にありますベースの販売ページ、または私のインスタグラムで内容を公開しておりますので、どうぞそちらをご覧ください。
おはようございます。やまとゆきです。
今日は、とある一言に関して、私の自己理解が深まったというお話をさせていただきたいと思います。
これはですね、今回と次回と、二部構成というか、自己理解という話での二部構成になるかと思いますので、
やまとゆきがどんな感じで自己理解をしたのかとか、そんなことが気になられる方は、どうぞ最後までお付き合いください。
この仕事をしていて、3回かな、2回、2、3回としておきましょうか。
ゆきさんは人の不幸でお金をもらっているんだよね、というニュアンスのことを言われたことがあります。
言われてですね、ショックだったりとかイラッとしたりとか、もちろんそんな気持ちもあるはあるんですけれども、
ちょっと違う感情も抱いているので、自己理解として今日はその話をしていきたいと思うんですけれども、
過去の経験とショック
まずはじめにですね、私が先日ですね、Xでこんな感じのことを言われたんだっていうつぶやきをしたらですね、
何人もの方がですね、皆さんそんなことないっていうふうに言ってくださったりとか温かいお言葉をいただけてですね、本当に嬉しかったです。
ありがとうございます。すいません、なんかもう心配させるだけさせてしまったっていう感じだったので、申し訳ないなと思ったんですけれども、
これ一番最初に言われたのは、20代後半ぐらいの時だったと思います。
しかも言われたのが同業の方に言われたんですよね。
僕らはっていう感じじゃなくて、あなたはっていう感じで言われたので、なんかすごいショックだったっていうのと、
それでちょっと心がぼっきりと折れましてですね、
当時は障害福祉の仕事をしていたんですけれども、
その仕事を辞めるっていう、別にその一言は原因とか全くそんなことはないんですけれども、
自分の母のこともちょっとあったので、その現場を去るっていう決心をしたっていうところがあるんですけれども、
その後は約2回かな、
同業の方じゃなくてご家族さんだったりとか、疾患を抱えているご本人さんだったりとか、そんな感じの方に言われております。
介護・疾患における受容の難しさ
言われる私に原因があるっていうのももちろんあるとは思うんですが、
今言われても、言われてもというか、そういう感情になってもやっぱりしょうがないだろうなっていうのは理解が難しくないと言いますか、
やっぱり介護って今までできていたことができなくなる疾患によってとか、
今まで自分の中で思っていたこういう親というものが、時には若くして発症されるっていうこともありますので、
子どもっていうのがその時の状態じゃなくなるっていうのを受け入れるっていうのは本当に難しいです。
疾患の理解っていうのは本当に難しいんですよね。
私自身も自分がもし脳梗塞になってとか、こういう状態になってって言った時に疾患の理解がきちんとできるかって言われたら、多分難しいかなって思います。
やっぱり病気はですね、いろんな自分が受け入れるまでの段階っていうのが結構流れみたいなのがあって、
怒ったりとか悲しんだりとか、契約をしようとしたりとか、契約って自分のこれを差し出すから健康を返してほしいとかそんな感じで取引みたいなのがあって、最後に需要みたいなのがあるんですけれども、
それの中の一つに、やっぱりこういう他者へのこういう話があるっていうふうに思うんですよね。
支援者への怒りの矛先とプロとしての対応
私は常々、例えばケアマネージャーとか、あとは介護の施設とか、
そういったところにですね、喜んで入る方っていうのは基本的にいないっていうのを、
ずっとずっと研修生とかそういった方々に伝えてはいるんですよね。
自分で望んで自分で入るっていう人は少ないと思っておいた方がいいよって。
だからやっぱりいろんな胸の内をいろいろ抱えて、それでもやっぱり自分での生活が難しくなったからこういうところに入るんだっていうので、
納得しないでっていう方ももちろんいらっしゃいますけれども、
ご入居されているっていうのを念頭において私たちはケアしないといけないんだっていうのをずっと言ってるんですけれども。
なのでね、やっぱりね、どこにも向けられない怒りとか悲しみとかそういったものが私たち支援者に向くっていうのは何も珍しい話ではないんですよ。
ただね、ただ、私たちも人間だからそれを結構エイリーな刃物みたいな感じでね、言葉でブッって言われると、
そりゃ傷つくしイライラもするし、でやねんって思うこともそれはあります。
だから私たちがどういう対応をするのかというか、私がどういう対応をするのかっていうのは、
やっぱり私は専門職である、私はプロフェッショナルであるっていうのを忘れないようにするっていうのがすごく大事なんですよね。
私は介護支援専門員という、就任介護専門員っていうケアマネージャーのもう一つ上というか、もう一つ研修を受けて就任ケアマネージャーっていうものを名乗っておりますので、
やっぱりそのケアマネージャーという生業に関してはプロフェッショナルでなきゃいけないと思うんですよね。
だからイライラすることもあるし、理不尽なこともあるし、いろんなこともあるんだけれども、やっぱりプロフェッショナルだからプロフェッショナルに徹しないといけないんですよ。
腹が立つ。悲しきもなる。やるせない気持ちにもなる。
なんだけど、それをすべてギャーギャーギャー言うっていうのは私はプロじゃないと思うんですよね。
次回予告:冷たさと優しさの再定義
だからこそ次回お話しさせていただくのは、私ずっとずっと私は結構冷たい人間だよっていうのをこの発信でも何回か言ってきたと思うんですよね。
やっぱりその人の人生はその人がどういうふうに生きていくのかとか、その人の家族がどういうふうに思ってどういう意思決定をするのかっていうのを決めてもらわないといけないので、
やっぱり私は言うてもやっぱり他人なんですよね。
なので、私はできないことはできないって言うし、やれないこと、自分の中でもこれはやっぱり私の担当じゃないからっていうことは結構はっきり言います。
で、それに対して私はなんか優しくないなっていうふうに思ってたりもしたこともあったんですけれども、
これは優しい優しくないとかじゃなくて自分がプロフェッショナルだからだっていうところを常日頃思って対応しているっていうのと、
もう一つ私が先日とある本を読んでいて、この優しい優しくないってこういうふうに言い換えができるんだっていうのに気づいたっていうお話がありますので、
次回はそのお話をしていきたいなと思います。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございます。
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今日が皆さんにとって素晴らしい一日になりますように。
それではまた次回。